はてなキーワード: 成功率とは
「今日は何人とやった」「彼女化成功w」「将来娘ができたら自分のしてきた事を考えて胸が痛むな」
「俺たちは『与えてる』んだ」「女は俺たちと話す事が喜びなんだ」
そんなくだらない会話を仲間として早3年。
暴言を吐かれつつも、ナンパをしまくって、セックスをしても雑に扱われ、
苦しかったが同時に成功率が上がり、女性とスマートに話せるようになり、性病になり、会社などでも女性にモテるようになった。
「俺たちは『与えてる』んだ」「女は俺たちと話す事が喜びなんだ」と言いつつも、心のどこかでは信じてたんだな、
というより信じたかったんだな。
「女はセックスが嫌いだ」とか「女は男と話したくない」とかね。
それは女性への幻想を守るためでもあったし、女性に「一矢報いたい」、「俺が」得をしたいと言う願望の表れでもあったわけだ。
貴族への反抗意識に近い。やっぱり男と女は生きやすさもモテやすさも全然違うからね。
でも、この前複数の女から「会いたい」「今度デートしようよ」「付き合いたい」というLINEが来て、目が覚めた。
連絡先も全部消したよ。
途中で薄々気付いてた。確かに俺がナンパをしたての時は「搾取」できてたかもしれない。
でもある程度慣れてきて、女性が嫌にならないナンパ方法(これすると成功率もあがる)をして、トーク磨いてセックスも無難なものができるようになって気付いた。
はい。
ナンパ師は女を食い物にしてると言われる。ナンパを釣りに例えられることもある。
酒を奢る、話を聞く、セックスをする、女は満足して帰る。
釣りじゃない。餌を撒いて、食べられただけ。金も精神も肉体も消費したのは俺。
言うなれば無料ホスト。無料レンタル彼氏。というか、無料だけじゃなく飯も奢ってくれるしセックスもサービスでしてくれる。
よりどりみどりのナンパ師を選んで、ヤッてすっきりして無料風俗として利用してたのは女。
東京の女が風俗なら、俺はそもそも拒否されてないし媚びうることも無いはず。
男女という差にある、覆せない立場、価値の差。いくら頑張ろうが、男はどうあがいても「搾取される側」になる。
ナンパ師をやって学んだことは沢山ある。
俺が血を吐いて学んだことを、女は向こうから男が勝手に来て学べる。
もういいんだ。しばらく女とは関わりたくない。
なんどもダメで、「もうこの月ダメだったら不妊クリニックの扉をたたこう」と思っていた矢先に妊娠でき、夫婦の協力は一旦終了となった。
なんというか、おめでとうとしか言いようがないな。
妊娠成功率が下がっていく35歳で自然妊娠できるのは結構ラッキーな方だと思う。
そうそう、
にもちゃんとやっとかないと、いざというときに使い物になるオタマジャクシがいなかったりするんやで。
使わないものを作ろうなんて体はしないし、当然古いものはどんどん劣化するからな。
あと、そういうときのコミュニケーションがあってこその、たまごがいるときのコミュニケーションやで。
そうなのかー。今はよくなったのね。
自分のころはそれなりに大きな薬局で、身分証を見せて、薬剤師から説明を受けて、1回数千円出さないと正規ルートで排卵検査薬を買えなかった。
ただ、子供が欲しいだけなのに、辱めを受け、大金を払わされて、何の罰だよって思ってたよ。
これって、女の方はこの状況でイケるんだろうかと。
オタマジャクシの運動性能って弱アルカリのほうがいいことが知られていて、女がいくことによって中をアルカリにすることで、たまごまで到達する確率をあげられるんだけれど。
無難って「難しく無い」って書くけど、めちゃめちゃ難しいんだよな
例えば恋愛で、特に凝ったテクニックとか使わず「無難に」アプローチするのが結局一番成功率が高いだろ?
だけど素人が「無難に」やろうとすると、ただ褒めるだけ、ただ優しくするだけで「一番確率の低い」行為をしてしまう。
それだったら無難じゃなくて少し尖ったことやった方がマシ、みたいなのがよくある。
「無難な就職先」ってのも、結局は「ある程度収入があって安定している仕事」だけど
その「安定」つまり「いつまでも続いて潰しが効くかどうか」なんて、人生経験が無いと難しいと思うんだよね。
ガンなのかニキビなのか分からねえイボがワキに出来ることもしょっちゅうだ。
「臭い奴は存在そのものが犯罪である」という全体主義じみた理論の元、ワキガの人間は必死に誤魔化すことを強要される。
スプレー式の消臭剤でワキガの臭いをピンポイントで消せるものは存在しない。
対処療法は効かないので発生前にミョウバンを塗りたくることしか臭いを回避する方法はない。
ワキガ手術は調べれば調べるほどにその成功率が決して高くないこと、成功したとしても効果が完全でないことが分かるはずだ。
最も古典的なアポクリン汗腺切除手術であっても取りこぼしの可能性はある。しかも最悪なことに失敗するとワキの可動に影響が出る。
吸い出し機も結局ワキを小さく切って物理的に吸引するので条件はあまり変わらない。
ビューホット(高熱の針)やミラドライ(マイクロ派による遠隔加熱)といった手法も存在するが、これらは100%の効果を保証するものではない。
手術をするレベルの人間がワキガ手術をして得られるのは、1日4回塗っていたミョウバンが1日2回になる程度のものだ。
それでも炎症のリスクはかなり下がるのでまだマシではある。
だが「薬で誤魔化すことなく社会がワキガを受け入れた状態になる」には程遠い。
それこそナチスのホロコーストのようなことをしても、隔世遺伝で突然ワキガになってしまう人間がいるのだから。
それはもう仕方がない。
だって現代社会における「臭いの良し悪しのテンプレート」においてワキガは「悪臭」としてカテゴライズされているのだから。
「デブ」が「リッチでカッコイイ」から「貧乏で不潔」へと転落していった歴史を逆行させるのは不可能に近いのだから。
だが社会はワキガにそのような努力を強要していることに対して「産まれた持った体臭で自分たちが相手を差別している」という認識を持つべきだ。
「差別は絶対悪なので自分たちは差別をしていません。なぜなら自分たちは絶対悪ではないので」といった意味の分からん無辜妄想に走るのをやめろ。
ワキガ人間の臭いを「そういう体臭もあるよね」と受け入れようとしない。
それに対してワキガは「殺されたくないから臭いを減らそう」と努力し、リスクのある手術をしたり、炎症を引き起こすような薬を塗ったりして必死に暮らしている。
この状況を「差別ではない」と言い張るな。
「差別です。でも仕方ないでしょ?」とも開き直るな。
「差別です。ごめんなさい。でも今の社会を生きている人間の知能ではこの差別を辞める方法が思いつきません」と正直に言え。
そうしたら許してやる。
そうじゃないなら許さんぞ。
それがいつどのように引火してしまうかの責任だってちゃんと俺が取る。
だがコントロール出来る保証までしてやるる気なんてサラサラない。
「ワキだけにサラサラってか?」←ころすぞ?
30代後半
人をガチで好きになったのは3回くらい、全部失敗
ほんのり好きになったのは5回くらい、全部何もせず
基本非モテで、原因の半分は自分にあり、もう半分は出会いの数が少なすぎたと思っている
でもそれほど悲観していなくて、最近恋愛を諦めて手当たり次第に女性に会っていった結果、十人以上の女性と友達くらいにはなれた
2年毎月数回会ってる人だけで5人居る
自分の非モテ人生を語ると「信じられない」と言われるくらいには一見するとフツメンでそれなりに女慣れしているように見えるらしい(ガチ恋した時に頑張った成果)
ガチ恋ってなんか病的だよね
良い面もあるけど悪い面の方が多い
それより普通に遊んでる方が良いわ
と思うんだけど世間的にはどうなんだろうな
いや世間的には結婚してる奴らが大半だろうけど、超絶非モテじゃないけどまだ独身みたいな人は40過ぎてどうするんだろうな
だって俺が本気になったら引くじゃん
上手くいくわけない、知ってんだ
都内在住のアラサー 小説家になりたいと思い始めたのは高校生ぐらいから
俺は大学生の時から小説をシコシコ書いて賞に応募していた。学生の時は、短編は一次通過するけど長編は棒にも端にも、みたいな、まあよくあるワナビーだった。
それでもめげずに、なんとかつづけた。
二十代半ばから、出したらだいたい通過するようになった。二次まで通るようになったので、何回か編集部側からコメントがもらえたりした。
そんで今年、初めて最終選考まで通過した。もちろんうれしかったけど、地獄みたいな時間だった。
一カ月も結果を待ってなきゃいけない……ただそれだけなんだけど、落ちたらどれだけ落ち込まなきゃいけないんだろう、みたいなことを延々考えてしまって、意識を保っていること自体苦痛だった。
一回目は正直本命の賞じゃなかったから、つらかったけど、落ちたあとはわりとケロッとしていた。
問題は二つ目。今年二回も最終に残ったんですよ。働きながら。すごない?
けどこれが本当に本当に地獄すぎた。毎日結果のことを考えて泣いた。起こってもいないのにすでに絶望していた。
前回の賞と違って本命度が違ったというのが大きいと思う。賞金もちょっとした年収ぐらい出る。書籍化も約束されている。名だたる作家を輩出している名門の新人賞。
もしこれでデビューが決まったら……めちゃくちゃ楽だよなあ……そう、思ってしまう。そんなふうに思ってしまう自分の心の弱さに、また涙がでる。その繰り返しだった。毎日毎日。
俺は一年に一本長編小説を書いていて、500枚ぐらい(15万字ぐらい)になるので一年がかりの大がかりの作業だ。これがもうものすごく疲れる。
会社員ではないが仕事をしながら執筆しているので、普通に忙しい。バイトではなく自営なので、繁忙期は仕事してるだけでわりとハードだ。
仕事して金稼ぐ方が圧倒的に楽だよなあ、と。
あたりまえのことだがデビューしていない人間の書く原稿に原稿料はいっっっっっっっっっっっっさい発生しない。あたりまえだ。
あたりまえではあるのだが、仕事をする一時間と原稿を書く一時間で生み出すものの差を思うと泣きそうになる。
もちろん金のことを言い出すのは言いっこなしだと思う。でも、何年もやっていると、どうしても、バカみたいな時間だよなあ、と思ってしまう。
学生の頃、小説を書くだけあって俺には全く協調性がなく、みんなと一緒に頑張って何かをする的なことが全然できなかった。そういう自分の性根をわかっていたので、就活をしながらも(小説家にならないとどっかで人生詰むだろうな)と思っていた。実際会社員を数年やっていたが全然ダメダメだったし、給与もキャリアも全然上がる見込みがなかった。
けど独立してみたら案外イケた。一人親方で仕事をする分には俺はわりとうまくいく側の人間だったらしい。月70万~90万ぐらい、バッと稼げるようになった。会社員の時は手取り25万とかだったのに。
手取り25万の会社員の頃、仕事へのモチベーションは皆無で、(まあでも俺小説家になるっていう切り札隠し持ってますし?)(賞獲ったら一気に出し抜くぜ)と思ってどうにか、キャリアを積めそうにないことをごまかしていた。同世代たちが中間管理職になったり後輩指導したりしてるのを、すごいなあと思いながらも、自分がどうやらそこにはいけなそうなことにないことに絶望したり、バリバリ働いて稼いでいるらしき同世代らに対して醜いコンプレックスを感じたりしていた。小説家になりたい、と思っている一方で、同世代よりは年収稼ぎたい、とか、出世してみたい、とか、そういう世間一般に即した野望も捨てきれずにいた。要するにすごくどっちつかずだった。
会社を辞めたのにはいろいろ理由があったのだが、辞めたら適性があっていたのか会社員時代よりいろいろうまくいった。
仕事内容も自分の得意分野だしやってみたかった憧れの仕事だった。ものすごくあっさりと年収が上がったし、お金を遣える幅も変わった。
そうなったとき、あれ?と思った。俺小説をわざわざ苦しんでまで書かなくても楽しくない? と。
話は戻る。最終選考の結果、落ちた。振出しに戻った。
あーーーー自殺したい、と心から思った。それを実行するには成功率がものすごい低いらしいと知っているので試しもしなかったが、何をしても、もう、楽しくない、と思った。
落ちたことよりも、落ちたということはまた最終選考に残って、はらはらするひと月を過ごすこの地獄みたいな体験を繰り返さなければいけないのかということが、とんでもない苦痛に思えた。今も思う。一応原稿は書いてるけど、今後どうしていいかよくわからない。
二回も残るってことは才能があるんだと思う。でも、ここ継続できるかどうかも才能の一つだ。ここでダメなら小説家になれたとしても続かない。
みんな、やたらと頑張ってって言ってくれるけど、努力している人を応援することで夢に乗っかりたいだけなんじゃないのかって最低なことを思ってしまう。
小説を書くことだけじゃない。夢を見続けるのにも体力がいる。
最終選考どころか選考通過もせず、小説誌の選考結果ページに自分のペンネームがないことに絶望してはしょげかえっていた学生時代の自分に言いたい。
どうにかここまではこぎつけた、でも、ここはここで地獄だぜ、と。
AV女優とかお笑い芸人とかが小説書いて出版してるのみると正直発狂しそうになる。俺も何か突飛なプロフィールあればカドカワあたりが拾ってくれるんだろうか、とかね。
読書ぐらいしか好きなことないから金は売るほどあるし人生それなりに楽しい。
それでも俺は小説家をこれからも目指すんだろうか。今はもうよくわからない。疲れてるから小説家目指してるとは思えないぐらいの駄文だけど小説家なりたいワナビに届いてほしい。
都内在住のアラサー 小説家になりたいと思い始めたのは高校生ぐらいから
俺は大学生の時から小説をシコシコ書いて賞に応募していた。学生の時は、短編は一次通過するけど長編は棒にも端にも、みたいな、まあよくあるワナビーだった。
それでもめげずに、なんとかつづけた。
二十代半ばから、出したらだいたい通過するようになった。二次まで通るようになったので、何回か編集部側からコメントがもらえたりした。
そんで今年、初めて最終選考まで通過した。もちろんうれしかったけど、地獄みたいな時間だった。
一カ月も結果を待ってなきゃいけない……ただそれだけなんだけど、落ちたらどれだけ落ち込まなきゃいけないんだろう、みたいなことを延々考えてしまって、意識を保っていること自体苦痛だった。
一回目は正直本命の賞じゃなかったから、つらかったけど、落ちたあとはわりとケロッとしていた。
問題は二つ目。今年二回も最終に残ったんですよ。働きながら。すごない?
けどこれが本当に本当に地獄すぎた。毎日結果のことを考えて泣いた。起こってもいないのにすでに絶望していた。
前回の賞と違って本命度が違ったというのが大きいと思う。賞金もちょっとした年収ぐらい出る。書籍化も約束されている。名だたる作家を輩出している名門の新人賞。
もしこれでデビューが決まったら……めちゃくちゃ楽だよなあ……そう、思ってしまう。そんなふうに思ってしまう自分の心の弱さに、また涙がでる。その繰り返しだった。毎日毎日。
俺は一年に一本長編小説を書いていて、500枚ぐらい(15万字ぐらい)になるので一年がかりの大がかりの作業だ。これがもうものすごく疲れる。
会社員ではないが仕事をしながら執筆しているので、普通に忙しい。バイトではなく自営なので、繁忙期は仕事してるだけでわりとハードだ。
仕事して金稼ぐ方が圧倒的に楽だよなあ、と。
あたりまえのことだがデビューしていない人間の書く原稿に原稿料はいっっっっっっっっっっっっさい発生しない。あたりまえだ。
あたりまえではあるのだが、仕事をする一時間と原稿を書く一時間で生み出すものの差を思うと泣きそうになる。
もちろん金のことを言い出すのは言いっこなしだと思う。でも、何年もやっていると、どうしても、バカみたいな時間だよなあ、と思ってしまう。
学生の頃、小説を書くだけあって俺には全く協調性がなく、みんなと一緒に頑張って何かをする的なことが全然できなかった。そういう自分の性根をわかっていたので、就活をしながらも(小説家にならないとどっかで人生詰むだろうな)と思っていた。実際会社員を数年やっていたが全然ダメダメだったし、給与もキャリアも全然上がる見込みがなかった。
けど独立してみたら案外イケた。一人親方で仕事をする分には俺はわりとうまくいく側の人間だったらしい。月70万~90万ぐらい、バッと稼げるようになった。会社員の時は手取り25万とかだったのに。
手取り25万の会社員の頃、仕事へのモチベーションは皆無で、(まあでも俺小説家になるっていう切り札隠し持ってますし?)(賞獲ったら一気に出し抜くぜ)と思ってどうにか、キャリアを積めそうにないことをごまかしていた。同世代たちが中間管理職になったり後輩指導したりしてるのを、すごいなあと思いながらも、自分がどうやらそこにはいけなそうなことにないことに絶望したり、バリバリ働いて稼いでいるらしき同世代らに対して醜いコンプレックスを感じたりしていた。小説家になりたい、と思っている一方で、同世代よりは年収稼ぎたい、とか、出世してみたい、とか、そういう世間一般に即した野望も捨てきれずにいた。要するにすごくどっちつかずだった。
会社を辞めたのにはいろいろ理由があったのだが、辞めたら適性があっていたのか会社員時代よりいろいろうまくいった。
仕事内容も自分の得意分野だしやってみたかった憧れの仕事だった。ものすごくあっさりと年収が上がったし、お金を遣える幅も変わった。
そうなったとき、あれ?と思った。俺小説をわざわざ苦しんでまで書かなくても楽しくない? と。
話は戻る。最終選考の結果、落ちた。振出しに戻った。
あーーーー自殺したい、と心から思った。それを実行するには成功率がものすごい低いらしいと知っているので試しもしなかったが、何をしても、もう、楽しくない、と思った。
落ちたことよりも、落ちたということはまた最終選考に残って、はらはらするひと月を過ごすこの地獄みたいな体験を繰り返さなければいけないのかということが、とんでもない苦痛に思えた。今も思う。一応原稿は書いてるけど、今後どうしていいかよくわからない。
二回も残るってことは才能があるんだと思う。でも、ここ継続できるかどうかも才能の一つだ。ここでダメなら小説家になれたとしても続かない。
みんな、やたらと頑張ってって言ってくれるけど、努力している人を応援することで夢に乗っかりたいだけなんじゃないのかって最低なことを思ってしまう。
小説を書くことだけじゃない。夢を見続けるのにも体力がいる。
最終選考どころか選考通過もせず、小説誌の選考結果ページに自分のペンネームがないことに絶望してはしょげかえっていた学生時代の自分に言いたい。
どうにかここまではこぎつけた、でも、ここはここで地獄だぜ、と。
AV女優とかお笑い芸人とかが小説書いて出版してるのみると正直発狂しそうになる。俺も何か突飛なプロフィールあればカドカワあたりが拾ってくれるんだろうか、とかね。
読書ぐらいしか好きなことないから金は売るほどあるし人生それなりに楽しい。
それでも俺は小説家をこれからも目指すんだろうか。今はもうよくわからない。疲れてるから小説家目指してるとは思えないぐらいの駄文だけど小説家なりたいワナビに届いてほしい。
比較するのは「就活のサービス市場化」と「恋愛のサービス市場化」
・自分のスペックを提示し、大量の相手とマッチングしようとする
・最終的に1人・1社を選ぶ
・沢山出会う割に最終的に選ぶ相手は1であるため、1出会いあたりの成功率は下がり、結果沢山会う必要が生じる
・エントリーシート、プロフィール、自己PRみたいなことを書く必要が出てきた
・お試し期間も割りと似てる(3ヶ月くらい?)
・20代が最も利用する
・サービス利用料は似てる
・一部の強者が掻っ攫う
・自尊心を失う
・恋愛市場は自由市場も未だに健在である、特に学生恋愛(就活市場に例えるなら、研究室へのオファーみたいな感じ?今少ないよね)
・見られるスペックが違う
・就活市場にくらべて恋愛市場は期間が長い(転職市場も含めれば似てるけど)
似てるのかどうか保留
そりゃ諦める奴ら増えるわ
2021年 19%
2023年 22.7%
だそうだ
まじで2020年代にガラッと変わると思ってる、4割は行くんじゃないかね?
https://news.mynavi.jp/article/20231116-2819171/
前
次回の検診で「まだ逆児っすね~」ってなったら帝王切開になってしまうんじゃ。腹かっさばくことが嫌なんじゃなくて、「せっかく産むんだから、どれだけ痛くてすごいのか味わってやるぜグヘヘ」って楽しみにしていたのに、それが出来なくなることが嫌なんじゃ。本当に「鼻からスイカ」なのか知りたいんじゃ。あと帝王切開になったら出産予定日より早く取り上げることになるから、色々と予定が狂うんじゃ。
「胎動が変わったら直ってるかもよ~」って話だが、蹴られてるのか頭で押されてるのか分からんのじゃ。
外部から腹で色々やって直すやつもあると前回の検診で紹介されたが、逆児が直る率が半分くらいなんじゃ。ゲームにおける命中率70%で外しまくっているから、50%の成功率は信用ならんのじゃ。しかも入院が必要だし金かかるしでやめたんじゃ。もう中身がひっくり返るか腹を切るかの二択だけなんじゃ。
あびゃ~
ま、なるようになるか。
業務上の相手だろうが、町ですれ違った人だろうが、付き合いたいって思ったら告白するって別に個人の自由だろ
その告白の成功率がどうとかは関係なくて、感情が行動につながっただけでしょ
急な告白はあり得ない。まずは知り合いになって友達になってから告白が常識でしょ
このような意見はあってもいいけど、みんな同じ思考してるわけじゃないんだわな
多様性を認めていけ
一度の告白は犯罪じゃない(やり方に問題があったら犯罪になる可能性はあるけど)ので、犯罪とは切り離して考えようね
あとは、人間である以上、感情によって行動は変化するし変化しないのであればそれはもうロボットなんだよね
感情によってどの程度行動に影響するか。どの程度コントロールできるかって議論はあるべきだけど、感情に動かされるのはキチガイだの
障害だの犯罪者だのってのは、人間を否定していることになるから注意しよう
https://eleminist.com/article/2174
まぁところどころ逆転してたりはするけれど概ね下の世代になるにつれて数が減っていっている
この表だと35歳の人口が、男71万1000人、女68万2000人。
30歳の人口は男64万4000人、女61万3000人。
35歳の女性が5歳上の40歳の男性を狙う場合、人口が約9万人多いのでそれだけ競争率は低くなり、成功率は高い。
一方、35歳の男性が30歳の女性を狙う場合、人口が10万人近く少ないのでそれだけ競争率は高く、成功率は低くなる。女性のように5歳上の異性を狙えば4万人多いので全然いけるのに…。
まぁ年齢が上がる程既婚率も増えるだろうが、成人ともなれば未婚だとしても交際中の人も多いだろうから比率はそんなわらないだろう。