はてなキーワード: 感覚とは
30くらいまでまともな環境で過ごして、まともな人間と付き合ってきたら
歳を重ねた人に対する尊崇の念くらいは培われて当然のように思う
巨人の肩じゃないけど、やっぱり先人たちのお陰で今の平和な暮らしが享受できるわけで
幼少の頃から年上の人や、年上の人が敬われている場面に出会うことが少ないのも一因か
別に某国のように老人、ホームレス、薬物中毒者、その他弱者は凍え死ねばいい
というような完全な自由資本主義社会を標榜して突き進むのならいいけれど
個人的には資源に乏しい日本でそういう感覚がまん延するのは得策ではないように思う
もちろん、中には生来から性格の悪い人間も、年齢問わず刑務所に行く人間がいることからもいるだろうけどごく一部で
ただ、高齢化や認知症など社会の仕組みが追いついていない部分における
非モテの男連中で集まってだらだらゲームしたりアキバ巡りするの超楽しかったわ
結局交際とかっていうのはやりたいやつがやりゃええねん
でも40も超えて1度もデートもした事無いヤツは人間性に問題あると思うぞ
危機感を持て
『ガチ恋粘着獣』、スバル編やコスモ編は狂った人間同士の爆走群像劇で面白かったんだけど、ギンガ編以降は「推し論」語りに偏重することが多く、狂ったキャラが物語を転がすくだり(林檎のタガが外れていく変遷)以外はどうにも停滞感が強いんだよなぁ...... ミツクリの存在がどうにも結果的に足を引っ張ったような気がしなくもないのよな......。まぁ、「推しにガチ恋の女性ファン」という主たる構図を三度続けるのに抵抗があって変化球を入れたいのは分かるんだけど。な〜んか悪い意味でネチネチし過ぎちゃったような印象を受けた。
「推し論」的な部分に自分はあんまり興味が持てないからなぁ。狂ったキャラの狂った行動による狂った事態の連続を楽しんでいたというか。「ネット配信者とガチ恋信者版ウシジマくん」だと思って読んでたらなんだかいつの間にか違うジャンルになってきた、みたいな感覚がある。
「俺の行ってる病院の効率悪いところ」の話だなこれ。通院先に要望を出せばいいんじゃないの。
大学病院だと診療科ごとに予約制だったりそうじゃなかったりする。予約時間通りに診てもらえる診療科もあるが、ほとんどの診療科は待ち時間が長い。
クリニックの場合、予約制かそうでないかは事前に公式サイト(あれば)を見れば分かる。
医者に直接「また来るの面倒なんで電話じゃダメなんですか」って聞けば?
私の通院先の大学病院は直接受け取りか後日郵送か選べる。
担当医引き継ぎでそんな困った経験がないので増田の意見がよく分からない。
主治医制を導入していない病院や診療科もあるが、それで困っことは今までない。
自分の通院先の場合、同じ病院内の別の科にかかるときは紹介元の医師が紹介先の医師に詳細な紹介状を書く(電カルに記入する)からそんなに困らない。
命にかかわる確認事項なのに「もっとサクッとしろ」という感覚が理解できない。薬の受け取り時間すら惜しいならOTCを積極的に利用して、病院の受診そのものを減らしてはどうか。
クレカが使える病院をかかりつけ病院にすればいいと思うのだが。
「○○という病院が多すぎる」って、まるでドクターショッピングしてる人みたいだ。
そんなに新しい病院にかかり続けるってどういう状況なのか。
女が想像している以上にヤバ親父は存在しててキレた時の暴力性は女とは桁違い。女が素性の知らない男とサシで会うなんて本来絶対やらない方が良い。日本が平和すぎてその辺の感覚がおかしくなってる。
刺し殺されるようなことしなかったらそうはならんのやし
うちの会社はフレックス制度なので、遅い業務開始時間の人は珍しくないが、最近は「早朝開始勢」が台頭している。
業務開始時間が8時台は普通、7時台はけっこう早いなという感覚だったが、早朝勢は6時台、さらには5時台の人もいる。
仮に6時に開始して休憩1時間の8時間勤務だと、終了は15時。どうやら早めに仕事を終わらせて、ジムで汗を流したり、副業や趣味に打ち込んだりするらしい。
そういうのもアリだな。
相談所で婚活したけど、容姿はよほど極端にガリとかデブで病気を感じるのは流石に避けたけど、後の人なんか正直ほとんど顔の差なんてわからなかったし身長も気にしたことなかったけどなあ。
逆に多分こちらの身長がネックだったのか(170を超えてる)、自分より背が低い人から声をかけられることがほとんどなかった。多分もう見境なし手当たり次第に送ってそうな4〜50代の人とか僻地に住んでるみたいな人はそういう人もいたかもだけど、それを除いて実際にお見合いした人だと多分自分より低い人いなかったと思う。身長の項目見てなかったから、もしかしたら少しくらい低い人はいたかもしれないけど。
明らかに小さいと思った記憶ないから、やっぱり背が高いのも避けられるんだなあとか考えた覚えがある。
というかアラサーで婚活するまで、ほんとに他人の容姿に興味がなくて、だから美醜とかも全然わからなくて最初すごく苦労した。さっきの人とこの人で何が違うんだコレって感じで、スーツの色とか髪型とかは違うのわかるけど、顔の差が全くわからず、みんなよくこの膨大な顔に優劣がつくなあと思ってた。どれも同じように見えてウォーリーを探せみたいになってて初期めっちゃしんどかったもん。
婚活してる人ってみんな最初から好みの顔とかあるもんなのかなあ。婚活終わった今も結局今も好みの顔ってわからないままだけど、やってるうちに感覚が身についてきたりするもんだったのかな…。いまだに謎。
iPad Airは新しいものというよりは若干の廉価版って感じだよ
Proを使うほどの用途はないけれどある程度スペックが高いほうがいいな、となったらAirがいい
AirにせよProにせよこれまで「横向きでスタンドに置いて使うのにカメラが中央になくてオンラインMTGで目線が変なところを向いてしまう」というデメリットは今回解消された
とはいえ、Pro→AirはProMotionではなくなるから、人によっては「なんか変な感じがする」くらいの奇妙さを覚えるかもしれない
性差を助長する表現があって、それが男性の生きづらさに繋がってるとか考えたりしないの?
もしそういうのがあったら教えて欲しいし、尤もな内容であれば連帯するよ。
多分だけど、自分の生きづらさと表現物が繋がってるって感覚がなくて、
それが反発に繋がってるんだと思う。
一部の表現を見直すことで、自分を含めたみんなが生きやすくなる。
そういう感覚を持ってほしいと思う。
子供の頃の私は親の知り合いや親族の中にいる「独身の、おもしろい、話が通じる、頭の柔らかな大人」がとても好きだった。かなり懐いていたように思うし、その人物たちはほかの子供たちにも大人気だった覚えがある。
私は結婚する予定が現在なく、自分がそのルートに乗っかっていく可能性も一応検討しておいた方が、後々のためにも幸福かもしれないと思い、最近つらつらと考えているのだが、意外とハードルが高いのかもしれないと気づきつつあり、怯えている。
まず、子供のそばに置いてもよいという判断を親からもらえるレベルの社会性や身分の保証が必要である。
次に、友人や親族が続々と結婚や妊娠・出産のラッシュを迎えていても同調圧力や社会規範に屈することなく、あくまで朗らかに緩やかかつしっかりとした関係性を築く。
そして、子供たちの流行やその世代におけるなんとなくの暗黙の了解、社会的なルールやタブーをアップデートし続けることで、頭の固い親とは違った唯一無二のポジションを獲得する。
意外とステップも多い。その上、実は二つ目の、社会規範に流されない、卑屈にならずにちゃんと接しやすく親しみやすい己を整えておくことで好かれるように努力する、という手順。実はこれこそが曲者で、みんな自分ならできるだろうと軽んじているのに、最も難しく、乗り越えがたいハードルなのかもしれない、と薄ら理解し始めてしまった、という話である。
人手不足の時代である。一つ目の、定量化できる身分の保証が一応の定職があるということを指すならば、そこまで実現は難しくない。ちゃんと食い扶持さえ稼いでいて、そこそこやっているように見せられればある程度はよさそうだ。
三つ目の子供たちの暗黙の了解の獲得はとりあえず、ちゃんと相手の話を聞くことと独身ゆえの身軽さを利用して、インターネットなど社会に広く開かれた窓口を往復しておくことが重要だろう。また、自分が若い頃の文化について体系的に話せたら、おそらくそれなりにはおもしろがってもらえるのではないだろうか。よほど話が下手で聞いていられないほどではない限り、親というものは権威があるので、子供と同じ目線に降りて自分の若い頃の情熱や失態を話せないから、親と同世代の自分がきっと楽にかっさらっていけるのだ。
じゃあ、自分のケアをして愉快な接しやすい人格を保っていられるか。ここがどうやら思っていた以上の難関なのだ。
というのも、現在アラサーの私の友人や知り合いの動き方を眺めるにつけ、人間というのはかくも一貫性を保つのが難しいのかと実感するからである。
彼氏を作った友だちに呪詛を吐き、結婚式を唾棄していた女性がいつのまにか結婚する。ポップな女嫌いをつぶやきまくっていた男が唐突に結婚相談所に登録する。恋愛がわからない、自分はひとを好きになれないと悩んでいた友人が、その悩みがどこにいったか、なぜ解決したのかの経緯を説明することなく嬉しそうに同棲中の部屋の写真を見せてくる。こういった流れに対して、なぜか私と同じ身分の者たちがどんどん卑屈になっていき、他者との関わりを絶ってしまうのだ。
私は先述の通り、愉快なおもしろおじさん・おばさんポジションが欲しい。まぁ、実際に得られるかはわからないが可能性はとりあえず残しておきたい。なので、上述した人々はまさに格好の獲物である。「あなたのお母さん、昔は彼氏持ちのひとを心底羨んでてね……」「お父さん、若い頃は結構おもしろい荒れ方してたんだよ!」「好きになることわからないとか言ってたけど幸せそうでなによりと思ってるわ〜」など、密やかな秘密の話としてポップに子供に吹き込む、毒にも薬にもならない存在を目指すのに楽だからだ。当人たちは自分の子供にそのような話は決してしないだろうし。「お父さん/お母さんには内緒ね!」と告げたときの相手のきらきらとした目が見たい。
でも、仲間がどんどん消えていってしまう。なんなら消えている期間に自分もパートナーを見つけて、何事もなかったように戻ってきて、私の次の獲物に変貌するひともいる。それはそれで構わないのだが、帰ってこなかった「おもしろおじさん・おばさん」候補はどこへ消えてしまったのだ。というか、なぜ消えたのか。これではどんどん私がマイノリティになっていってしまうではないか。
と、ここまで至ってなるほど、自分自身のケアをして揺るがない自我を築いていくという作業は思っているよりも難しいのだ、という結論を得た。周囲の「結婚ラッシュ」に焦る気持ち、自分は出来損ないなのではないかという劣等感、現実が見えなくなり狭窄になっていく感覚、なんとなく慢性的に存在する不安感。こういったものに抗うのは、意識的でなければ、人間は全員ちっぽけなので、不可能に近いのだった。
いまの私は、まぁたぶん、まだこのビッグウェーブに呑まれていない。そう信じたい。なので、一応おもしろおじさん・おばさんポジションの候補にはなれていることだろう。未来のことはわからないので、もしかしたら文字通り「闇落ち」を迎え、候補者リストから外れるかもしれないが。それは考えても仕方のないことだ。
最近は休日にひとりでドライブをしたり、写経をやっている。また、ジムにも通い出した。そして、編み物にも手を出している。映画も観るし、若いアイドルたちにもおそらくほかの友人よりは詳しい。こんなことを続けながら、自分自身の心のケアをしておくくらいしか、おもしろおじさん・おばさんルートは開かれないのだとしたら、それはまるでライトな修行僧のようではないか。実際に結婚や妊娠・出産とも縁遠かった結果として開かれるルートではある気がするので思っているよりか近い存在なのかもしれない。
幼少期に懐いていた「独身の、おもしろい、話が通じる、頭の柔らかな大人」にもこんな苦悩があったのかもしれないと思うとなかなかの感慨である。そして、だからこそ、わりと寛容な人格者だけが残り、子供からちやほやされていたのだなぁ、と思う。結果だけを見たらお気楽そうにも見えるが、努力をしたからこそ得られたボーナスポイントで若い世代からの支持を得られるのだろう。
かわいそう
てか誰からも好意を持たれた事が無いキモ男が初めて好きって言われて舞い上がってむしろ騙されてても良いやって感覚で貢ぐんだろうな
もう理解できる事はないだろう
っつーかラディカルな活動家にパンピーがついていけないのなんてトランス以外でも当たり前じゃん
環境とか全部そうでしょ
パンピーの感覚で嫌なんですとか言われたらそもそもああいう活動家持ち上げるムーブ自体、大衆のお気持ち損ねるから全部やめろやってそういう話になる
1万円が100円に感じられるお金持ちになったらレゴ好きなだけ買いたい。
100万円分買っても1万円。
あーでも、