はてなキーワード: 享年とは
今朝、千葉の爺さんが亡くなったと実家から連絡がきた。特筆するべき思い出もないけど、孫から見ていい爺さんだった。享年88。最後は肺炎で亡くなったらしい。今週末葬式をやるから帰って来れないか、というのが実家からの連絡だった。
しかし、私は転勤で岩手の田舎の方に住んでいて、今週末千葉には帰れそうもない。死ぬ間際に爺さんと話せなかったのが悔やまれる。
ここでふとアイデアを思いついた。
私がいま青森県の恐山に行けば、爺さんと話せるのではないかという仮説だ。恐山なら日帰りで行ける。しかも、私の休みは明日なので、葬式より早く爺さんと話すことができる。
ここで疑問なのだが、人の魂の転送速度って何日かかるのだろうか。88年分生きた人間の魂と考えるとそう数分で完了するとは考えにくい。しかも無線と考えると、千葉から直接というよりいったんクラウドにあげてから、恐山におろすというのが妥当な気がする。とすると、千葉→天国、天国→恐山 の2回、爺さんのデータのコピー作業が必要になる。
描いた絵とか見せ合うのすごい流行ってて
私はpixivで見た緑間の絵を一生懸命模写して描いてた で、たまに自分で描いてみたりもした
写しただけだよ〜って予防線張ってても、仲いい子は皆上手い!とか天才!とか褒めてくれて すごい気持ちよかった
でも美術部の中に全然オタクじゃない(普通に漫画は読んでたと思うけど)子も一人いて、その子は多分絵を描くのが好きで美術部に入った子で
描いた絵とかたまに見せてもらったら、いつもめちゃくちゃ上手だったの覚えてる 美術の授業でもよく先生に褒められてて、廊下にクラス全員分の作品飾るときも皆〇〇ちゃんすごい!って言ってて 当然成績は5で
でもオタクじゃないから美術部の中ではちょっと浮いてて、仲間内では私の描いた絵の方が褒められてた
なんでだよってずっと思ってたけど、やっぱ仲の良い身内が描いたオタクっぽい絵の方が受けが良かったんだろうね
大人しいけど明るくて、普段は運動部の子とも仲良くしてるような子だったし
その子も私の絵のこと褒めてくれててさ 二人っきりのときに私が「〇〇ちゃんの方がすごい」みたいなこと言ったら、「いやなんでなの、すごい上手だよ、この緑間イケメンだよ」って
目がでかくて首が細くてアンバランスな緑間の絵を褒めてくれた 優しい子だった
学校ではよく喋るけど遊びに行くほどの仲ではなかった
でも高校のときも通学路が途中まで同じで、たまに朝会うとすごい嬉しかった お互い高校の話とかして、ちょっと話足りないなって思いながらまたねって別れてた
自分は高校では帰宅部で、そのときにはアニメも然程見なくなって絵も描かなくなってた
中学時代に買ったコピックを見るとあの子の絵を思い出して嬉しくなった なんか美大とか行ってすごい人になるんだろうなって勝手に思ってた
坊さんがお経を読んでる間に周りの墓石を見てたら、その子の名前が書いてあるお墓があった
名字も下の名前も珍しい子だったから、あの子の墓だとすぐに分かった
母の墓に線香を立てるとき、自分の母のことよりもその子のことで頭がいっぱいだった 手を合わせるのも忘れていて父におい、と言われた
遊びに行ったこともない仲なのに、あの子のことで頭がいっぱいで今かなり苦しい
鳥山明さんが68歳という若さで亡くなったことで、にわかに漫画家の寿命が話題になっている。
漫画家は魂を削って作品を生み出す過酷な職業だが、果たして一部だけを切り取って短命というのはどうなのか - Togetter
大元の調査ツイートにはさっそくコミュニティノートも付けられており、確かにこれだけで短命かどうかを判断することはできない。
https://twitter.com/monakayoshihiro/status/1766072771971576033
この調査では、1987年生まれの享年36歳の人を調査対象に入れている一方、1987年生まれで2024年現在も存命の人(享年が80歳や90歳になる可能性のある人物)は調査対象になっておらず、平均寿命より低い年齢が導出されるのは当然です。
平均寿命とは、各年に誕生した人間が調査年時点で生存している「割合」を用いて算出されるものです。
また、平均寿命は、1947年から2023年のうちに、男性は30.99年、女性は33.13年伸びています。
このことからも、1890年代生まれや1980年代生まれの人を混ぜ合わせた今回の調査は不適切であると言えます。
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/life22/dl/life22-15.pdf
そこで、私は以前、そうした事情を考慮した 将棋棋士の平均寿命は本当に短いのか という記事を書いていたので、漫画家についても同様の手法でグラフにしてみることにした。
(追記: なぜか時々404になるのでURLを変更しました)
📈グラフ→ https://f.hatena.ne.jp/Knoa/20240311125534
このグラフを見る限り、いくらか予感していたことではあったが、将棋棋士とは異なり、確かに「漫画家の平均寿命は、世の中の平均よりも短い」と言えそうである。(ただし、ひかえめに見ても10歳以上とかなりの差ではあるものの、後述の注意事項には目を通しておいてほしい)
私たちに夢や感動や笑いを与えてくれる漫画家という職業ではあるが、きっと健康に長生きしてくれれば、結果的にはもっとたくさんの漫画を生み出してくれることにも繋がるはずだと思う。それは出版社などにとっても、息の長いビジネスという観点から、考慮する価値のあることなんじゃないだろうか?
最中義裕 @monakayoshihiro
https://twitter.com/monakayoshihiro/status/1766729822607221162
多くのご意見及び情報の提供を賜り、御礼申し上げると共に、それらを加味し大幅改造した表を再UPいたします。
変更点は下記
没年齢が不明の方の追加
なお、人選には何の基準もなく、私が過去、漫画家さんの訃報を聞く度に書き留めたデータと
今回、皆様から寄せられた情報で構成されているため、当然ながら、情報の偏りと(訃報が訃報がニュースにならないマイナー作家を中心に)かなりの漏れがありますことをお詫びいたします。
もう一つ変更点(書き忘れ)
※ 漫画家男女のグラフは男女比までは考慮しておらず、時代と共に女性比率が増えて、それに伴って死亡年齢が高くなっている可能性がある。(性別は精査していない)
※ 「訃報がニュースにならないマイナー作家」という偏りについては、単に世の中の平均からより乖離した上澄みを対象にしているだけと見ればよいが、逆に自殺や事故死などで死亡年齢が若い場合ほど、マイナー作家でもニュースになりやすいという事情が考えられる。本来であれば将棋棋士のように一律の条件でデータが揃っていればよいのだが。なお、自殺や事故死は政府の統計にも含まれているので条件は同じである。
※ 漫画家という職業自体の歴史はある程度長くても、まだまだ発展途上の職業で、人口ピラミッドの比率が日本人平均より若い世代に偏っているという事情も考えられる。極端な話、たとえば2018-2022年における「Webデザイナー」の死亡年齢をデータ化しても、少数の不幸な事例ばかりが集まり、80歳で天寿を全うした事例は見つからないだろう。これを考慮して検証するには、存命中の漫画家のデータも必要となり、なかなかむずかしい。参考: プロ漫画家は日本に何人いるのか? - 漫画の真ん中
※ 政府の統計は5歳ずつの階級を中間値で平均して求めた(たとえば80-84歳での死亡を一律で82歳とみなしている)。新生児と高齢者は本来の死亡年齢より高く、それ以外は低く算出されやすいが、結果的にある程度相殺される。
※ 政府の統計は「その年」に死亡した男女だが、漫画家の統計は「その年の前後5年(2020年なら2018-2022年)」に死亡した漫画家男女である。2025年分の漫画家のデータは期間途中であり、今後2027年にかけて変動する。
※ 政府も漫画家も誕生日までは考慮していないので、「80歳と11ヵ月」で死亡しても80.0歳として計算される。(どうしても平均寿命と比べたいなら、+0.5するとよいが、本来は人口ピラミッドの影響も差し引かなくてはならない)
資産だけあるアレな男は結婚できず普通に働いてる普通の貯金額しかない20代男性の方が結婚できる
・肩書きは「不動産管理会社社員」だが、親が作った同族企業に所属しているだけで勤務実態無し
・家族全員、ほとんど働かなくても不動産の家賃収入で暮らしていける環境
・植毛手術をうけていた
・結婚相談所で女性と会っていたが、説教をするので誰ともうまくいかなかった
・結婚相談所がうまくいかないので出会い系サイトで婚活を始め、木嶋容疑者と出会った
・出会い系サイトについて、木嶋容疑者とのデートについてなど、なんでも77歳の母に相談していた
・服装に関心が無く、77歳の母にすすめられてデート服を買っていた
・木嶋佳苗の両親へのお土産として選んだ品が、二次元美少女イラストがパッケージの「アキバdeエクレアケーキ」と「メイドイン東京メイドクッキー」
小学生の頃、スラッとしててすごくかっこいい40歳くらいのおじさん先生がいた
学校は片田舎の僻地、周りはもっさりとした小太り教師ばかりだったし、その先生は目立っていた。
私が卒業してすぐくらいのころ、バイク事故で半身不随で寝たきりになってしまったと聞いた。
小5のころの担任は、自分が中学生の時、地方新聞のお悔やみ欄に名前が出ていて亡くなったのを知った。享年56歳だったのを覚えている。料理が好きで、若い頃は料理人になりたかったと言っていたことを思い出した。
妹が小2のころの担任はまだ教師になって数年の若い教師で、美人かつパワフルでもあり子供から人気だったが、妹が卒業する前くらいに休職し、30歳で病死した。
平均寿命を持ち出して上か下かを口にするならまだいい。
でも大抵の人間は自分の今の年齢を基準に他人の享年について、人生の残り時間がどうだったのかを概算して論じたがる。
不愉快だ。
自分が10代の頃は60の人間が死んだ時に「まあもうジジイだしなあ」と言っていた癖に、自分がいざ60代になったら「60なんてまだ全然若いのにねえ」と口にする。
んだそりゃオィ?
小学生の読書感想文じゃねーんだから何でもかんでも「もしも僕が桃太郎だったら、怖くて鬼退治なんて行きません。行く行く詐欺をしてテキトーに村人からチヤホヤされて、ある日鬼ヶ島に行くふりをして夜逃げしてからどこにも帰れないまま1人と3匹で野党か用心棒かをして余生を過ごすと思います」みてーな話に持っていくなっての。
「俺には分からねえ幸せと苦しみがあって、俺には分からねえ勝利と敗北があったらしいな。でも何も分からねえから何も言えねえな」で終わらせろって。
それ以上あーだこーだ言いたがるのは結局、「僕このニュースの感想にこんなこと思っちゃった!それは僕の感性がこうで僕がこういう人間だから!皆どう思う?僕の感覚っておかしい?」っていうテメーの自分語りの承認欲求稼ぎでしかねーんだよ。
結論 →宗教(とNPO)に大切な資産を奪われ、老人ホームに閉じ込められてしまうのじゃ。
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これはただの一例なのじゃ。
ちょっと詳細を言葉をぼかしてお話しすると、盆の帰省時に親から伝え聞いた伯父のお話なのじゃ。
世の中には、有名な所からマイナーな所まで、いろいろな宗教があるみたいなのじゃ。
あと、わらわの文体も隠すために、魔法のAIで書き換えているのじゃ。
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伯父は7人兄弟の次男として生まれ、東京に出て結婚したものの、子どもに恵まれずに定年を迎え、妻を亡くした後、西日本の山間部にある故郷の集落に戻ってきたのじゃ。
伯父の父(わらわの祖父)も亡くなり、土地は伯父が相続することになったのじゃ。
長男はもう亡くなっており、わらわの親は県内の都市に住んでいるし、他の兄弟たちも東京や大阪周辺に住んでいるため、東京から長時間の移動をしても、夜遅くなるとタクシーも利用できず、9時間もかかる山間部の土地を誰も手に入れることを望まなかったのじゃ。
そして伯父も老齢のため、だんだんと体調がすぐれなくなってきていたのじゃ。
そのため、わらわの親は月に2回ほど、お世話のために通っていたのじゃ。
伯父は、お金の使い方が大らかで、金銭で好意や感謝を表現することになんとなく得意さを感じていたのじゃ。
伯父の妻が亡くなった後、その傾向が一層強くなったそうなのじゃ。
わらわの親が通って世話をする際、金銭は渡していたが特に口頭での感謝の言葉は少なく、そのことから気持ちのすれ違いも生じたこともあったのじゃ。
そしてコロナの影響もあって、訪問が途切れることもありましたのじゃ。
それが3年前のことじゃ。
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伯父にはわらわの親以外の存命の兄弟がもう1人おるのじゃ。
わらわから見れば、どちらも伯父なのじゃが、便宜上「宗教弟」と呼ぶことにしておるのじゃ。
伯父と宗教弟は仲が悪く、特定の宗教を信仰し、貧しい暮らしを送っておるのじゃ。
伯父は宗教弟のことを、「あいつにお金を渡したら、その全てが宗教のために消えてしまう」と言っていたそうじゃ。
わらわの親と伯父の関係が途切れてから、宗教弟が絡んできたのじゃ。
気がついたら、遺言書が書き換えられ、伯父の家も相続した先祖代々の土地の名義も宗教弟のものとなっていたのじゃ。
どのようにしてそれが成されたのかはわからぬが、当初宗教弟はその知識を持っていなかったとされているため、おそらくは宗教が裏で手を引いたのだろうと思われておるのじゃ。
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伯父は今、その宗教と、その宗教が運営する福祉系のNPOに縁がある老人ホームにお住まいなのじゃ。
数千万という財産はNPOによって管理されており、伯父が認知症を発症したため、携帯やスマホは預けられ、老人ホームへの入居後は面会も難しく、現在の様子は全く不明なのじゃ。
伯父はもう平均寿命を超えた年齢なので、いつ天寿を全うするか分からぬ状態にあるが、おそらくわらわがその最期を知ることはないだろうのじゃ。
伯父はその老人ホームで(宗教弟を除いて)、親戚に会うことなく過ごすことになるのじゃ。
このままの状況で、伯父の人生が終わることになるが、それが幸せであるかどうかは分からないのじゃ。
孤独ではなく、支えられる環境で過ごせることは、伯父にとっては救いになっているのかもしれませんのじゃ。
ただし、10年後になると、もしも伯父が祖父の享年を超えて生きることとなれば、老人ホームの月々の費用が減少し、最終的には財産も底をつく可能性があるのじゃ。
月額費用が支払えなくなると、追い出されてしまう危険性もあるのかもしれませんのじゃ。
その点については、心配しておるのじゃ。
ってニュースに
超個人的な祈りとして、私が好きな作品のクリエイターとその周辺の皆様には、作品完結までは何卒健康にお気をつけいただきたく。
2023/08/15
2023/08/15
というブコメらが人気1位2位につけてる。
こいつらどう考えても不謹慎じゃん?
どちらのやつも丸山俊平さんという人間の死に何も情緒が動かなかったんだろうけど
1位「俺の好きな作品の制作者は完結まで死なないで欲しいと思います」
どうよこれ。
「丸山俊平さんが亡くなったことを悼みます」要素は微塵もねえって言うか
むしろ「丸山俊平さんの死には何も思わないけど~」って内容だよなこれ。
わざわざ人の訃報に際して書くことかこれ。
これが1位2位。
俺も丸山俊平さんに何の思い入れも無いしガルパンは見たことないけど
まあ失礼だし不謹慎だし。
でも俺はこの2人やこれを人気1位2位にしたやつらを責める気は全くないんだ。
不謹慎なんてことはその程度じゃん?
言いたいことを言う権利の方が優先されるべきだって俺は思うから、
この2人の発言とお前等の☆がかなり失礼で不謹慎だなーって感覚は持ちつつこいつらのことを支持するわけ。
だからお前等もそうしてほしいんだよ。
不謹慎ですか。そりゃそうですね。それで?
俺はそういうスタンスで行きたいわけ。
お前等だってこの不謹慎で失礼なコメントを人気1位2位に出来るんだから、出来るんだよ。
俺はこの2人とお前等を支持する。
でも自分の好き嫌いでそういうことを判断しちゃいけないから全部支持するんだよ。
違うだろ。
自分の好みの表現だと不謹慎でも失礼でも気にせずに支持するのに
自分の感性と衝突する表現にだけ「不謹慎だ」「許されない」って言う奴等なんだよ。
口喧嘩次元であいつらを侮辱し返せばいいだけだろ。ネタは無数にあるし何でもアリなら勝てるよ。
自由を選んだんだろ。
戦国時代とか今は絶滅したような謎の生物もおおかったでしょうね いま清潔だから
天正13年(1585年)4月16日、長秀は積寸白(寄生虫病)のために死去した[11]。享年51。跡目は嫡男の長重が継いだ。
『秀吉譜』によれば、長秀は平静「積聚」に苦しんでおり、苦痛に勝てず自刃した。火葬の後、灰の中に未だ焦げ尽くさない積聚が出てきた。拳ぐらいの大きさで、形は石亀のよう、くちばしは尖って曲がっていて鳥のようで、刀の痕が背にあった。秀吉が見て言うには、「これは奇な物だ。医家にあるべき物だろう」と、竹田法印に賜ったという。後年、これを読んだ平戸藩主・松浦静山は、この物を見たいと思っていると、寛政6年(1793年)初春、当代の竹田法印の門人で松浦邸に出入りしていた者を通じて、借りることができた。すると、内箱の銘は『秀吉譜』と相違があり、それによれば久しく腹中の病「積虫」を患っていた長秀は、「なんで積虫のために殺されようか」と、短刀を腹に指し、虫を得て死去した。しかし、その虫は死んでおらず、形はすっぽんに似て歩いた。秀吉が侍医に命じて薬を投じたが、日を経てもなお死ななかった。竹田法印定加に命じて方法を考えさせ、法印がひと匙の薬を与えると、ようやく死んだ。秀吉が功を賞してその虫を賜り、代々伝える家宝となったとあった。外箱の銘には、後の世にそれが失われることを恐れ、高祖父竹田法印定堅がその形を模した物を拵えて共に今あると書かれていた(内箱・外箱の銘は、天明7年(1787年)に竹田公豊が書いたものであった)。しかし、静山が借りたときには、本物は別の箱に収められて密封されていたため持って来なかったというので、年月を経て朽ちて壊れてしまい、人に見せることができなくなってしまったのだろうと静山は推測し、模型の模写を遺している[12]。これらによると、石亀に似て鳥のような嘴をもった怪物というのは、寸白の虫(ただし真田虫ではなく蛔虫)と見るのが妥当である[13]。証拠の品を家蔵する竹田譜の記事に信憑性が認められるからである。割腹して二日後に死亡したことから判断して、いわゆる切腹ではなかった[13]。
高島ファミリーの大邸宅から、寿美花代(91)の姿が消えたと発売中の「女性セブン」が報じている。同誌によると、昨年あたりに施設に入ったのだという。
夫・高島忠夫(享年88)、高嶋政宏(57)、政伸(56)の2人の息子たちとともに家族で歌番組に出演するなど“芸能一家”でお茶の間に親しまれてきた高島ファミリーだったが、いつの間にか息子同士の確執が報じられ、2人は共演NGに。夫の高島は、1998年にうつ病を発症。一時は回復するも、パーキンソン病を患い、心臓にペースメーカーを入れるなど20年近い闘病生活ののち、2019年に逝去。その間、献身的な介護をしたのは寿美だった。
方法は知らない。
祖父は生前父に「他にも姉たちが沢山いたのに父は身勝手に死んだ」と言っていたらしい。
享年47歳だったらしい。
ご近所さんの倉庫にあった農薬をお酒と一緒に飲んで自死したらしい。
父は生前私に「結局姉たちやわしのことも考えずに、近所の人への迷惑も考えずに死んだんや」と言った。
享年48歳だったようだ。
父は生前ヘルニアを患っており、手術はしたものの担当医から「数年以内には車椅子になる事を覚悟してください」と言われたのを苦に、
私は当時小6で「結局お父さんもじいちゃんたちのようにうちのことも、弟のことも考えてくれなかった」と思った。
享年49歳だった。
弟は小5で父が自死したこと、そんな父に姿も声も癖も段々そっくりになっていくことがコンプレックスになっていた。
しかも住んでいた家が大◯てるに一時期掲載され(今は跡地にスーパーが建っている)、「早朝に出る」と怪談話にもなってしまった。
しかし、弟本人は高校生くらいで「47、48、49、ときてるからもし何かあっても俺が死ぬのは50歳ちゃう?」と話していた。
遺書によると、担当部署が残念ながら「顧客との通話に録音機能が無い」という状況で、
上司にも代わってもらえない環境で毎日毎日クレーム対処を行っていたのが辛くなって
人生RTAを誰がしろと言った。男女の双子が生まれてすぐにぶっちぎりで更新するんじゃない。
享年26歳だった。
祖父も父も弟も皆「父親が自死した」というのが本人も自死するまでずっと人生に暗い影を落としていた。
そして自死した末っ子長男達に対して歴代の母(妻)や姉たちは「何も出来なかった」とずっと思いながら人生を生きていくしかない。
弟に関しては父の二の舞にならぬようきちんと投薬治療・入院させようと病院を探していた矢先だった。
りゅうちぇるのニュースを見て「なんて身勝手な父親なんだろう」と思ってしまった。(あえて「父」と言わせてもらった)
死人に鞭打つな、と思う人もいるだろう。
・「お父さんがいない家の子と仲良くするのは…」と交流をなくそうとする保護者がいた
・「お父さんが亡くなったのは信心が足りないから」としつこくしつこく宗教勧誘された
・「心の健康のためには良い調理道具が必要」としつこくしつこくマルチ勧誘された
・婚約してご両親にご挨拶しに行ったら、「うちの子まで自死したら困る」と反対されて結局破談した
ことがあったのを思い出すと
「お父さんの所為で苦労した」「お父さんにあの時守ってほしかった」と思ってしまうのは酷だろうか?