「モハメド・アリ」を含む日記 RSS

はてなキーワード: モハメド・アリとは

2010-08-03

大阪の海は、悲しい色やね」──GIGAZINE求人募集に思うこと。

http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20100802_gigazine_job/

同じような業界で働いているので、ちょっと思うところを書いてみようと思う。

今回の求人について。気持ちは分かるけど、やっかいなことになっているなぁ、と思う。結論から言って、GIGAZINEにいい人材が集まらない根本的な要因は、たぶん会社大阪にあることがすべてだと思うのだ。

現在国内マスコミの大半は在京である。当然、記者編集者カメラマン東京周辺に集まっている。出版不況正規雇用からあぶれている記者編集は山ほどいるが、その人たちがGIGAZINEに応募するということは、フリーランス仕事を全部断ち切るということだ。これは、常識的に考えて無理がある。それこそ「GIGAZINEのために生きる!」という決意が固まらなければできないことだし、残念ながらGIGAZINEにそう思わせるだけのバリューがあるとは、現状、思えない。紙媒体記者編集ネット媒体を下に見ているので、「GIGAZINEに行く」=「都落ち+妥協」という、あんまり心地よくないコンボなのだ。

そもそも、いい編集やいい記者とは、24時間365日ネタを探しているような人間だといわれる。GIGAZINEが今回求めているのも、そういう人材だろう。だけど、そのような人材は決して、プロ意識が高いわけではない、というのが現場の感触だ。

一線級の芸能記者に何人か会ったことがあるけれど、彼らは総じて、相当に野次馬根性の染み付いた人間だ。要するに、仕事が好きなのではなく、芸能人の噂話が大好きなのだ。お茶でも共にしようものなら、のべつまくなしに「あれ、知ってる?」「あれとあれが付き合ってるっていうけど、実はね!」「朝青龍にどつかれた川奈ってさ!」と、聞きもしないのに次々とゴシップネタを披露してくれる。

イチローは暇さえあればバットを振っていたというし、夜中にギターの練習をしながら「仕事だ、給料くれ」と言うギタリストはいない。ボクシング評論家ジョー小泉は「新潮45」のビートたけしとの対談で、天才ボクサーの例としてモハメド・アリシュガー・レイ・レナード名前を挙げ、「天才とは遺伝子レベルで練習が組み込まれているボクサーのことだ」と語っている。彼らは決して、24時間365日をその職業に費やすことを苦にしないのだ。

つまりは、性格的な適正の問題なのである。いい編集者やいい記者になる人間は、ネタを探して他人に披露するという行為をまったく苦にしないし、それに無償の喜びを感じる人間なのだ。そうでない人間は、記事のクオリティを上げるという行為に情熱を持つことはできない。人の情熱を孕まない記事は、当然、人の心を打たない。

一方でマスコミ関係の仕事にはまだまだステータスのようなもの(完全に幻想だが)があって、未経験者や学生から「憧れの職業」として崇められているという一面もある。マスコミ職に身を置いているというだけで満足できる人間も決して少なくない。そうした人間は数年、厳しい現場経験すれば会社を移るし、いずれは、どこに行っても厳しいだけだと職業変えをすることになる。20代で、大方の記者志望や編集志望はふるいにかけられることになる。

そうして、情熱とそれを具現化するスキルの両方を身につけ、経験値を積んだ者だけが生き残ることになる。生き残ったいい記者やいい編集は、常にいいネタを求めている。そして、いいネタ元やホットな現場はほとんど東京である大阪にいては、せっかくネタを掴んでも機動力を発揮できない。だから、いい記者やいい編集ほど、大阪に住む理由はないということになってしまう。

GIGAZINEがつまらなくなった理由は、従業員がGIGAZINEを愛していないからではない。単純に、「向いてない」人間しか集まらなかっただけだと思う。大阪媒体を運営するというのは、それだけで人材面の不利があることを、山崎編集長はどれだけ自覚しているんだろう。

今、業界全体が不安の渦の中にいる。雑誌ネット情報媒体そのものが暗中模索の状態だ。そんななかでJ-CASTやスゴレン、RocketNewsなどなど、次々にネット媒体が台頭してきた。複数の媒体を掛け持ちしているライターも数多い。編集者記者はそれぞれの媒体をしたたかに値踏みしながら、安定した生活の糧を探している状態だ。GIGAZINE未来永劫、終身雇用の安定した媒体だと思っている人間は、皆無だろう。

だから、今回の求人、明らかにやり方を間違っていると思う。単純に、「編集者正社員給与40万~」とすればよかったのだ。それで、ここに書いてあるようなことは面接でぶちまければよかったんだ。在京媒体よりいい条件を出さなければ、誰もはるばる大阪に居を移そうなんて思わないだろう。GIGAZINEが倒れたら、ほかに仕事があると思えないもの。東京にいれば、たとえばスゴレンが倒れても、まぁR25やらリアルライブやらで、何とかなりそうだもの。

ともあれ、健闘を祈りたいです。GIGAZINEしばらく見てなかったけど、また見ようと思います。

2010-03-03

http://anond.hatelabo.jp/20100303092844

うまいこと言うな、と思ったら、

モハメド・アリアメリカ合衆国喧嘩を売った事例を思い出して、そのものズバリだと思い直した。

なるほど、江川たちは{(国に喧嘩を売った奴)を売国奴と呼ぶ奴}を非難しているのか。

2009-04-28

http://anond.hatelabo.jp/20090428143426

そりゃ笑うだろwwwww

蝶のように舞い 蜂のように刺す

by モハメド・アリ

だな。蜂食うならそりゃあもっと強いけどさww

何故食ったwww

2008-08-15

増田中国語講座

http://www.zakzak.co.jp/spo/2008_08/s2008081202_all.html

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/sports/169405/

http://d.hatena.ne.jp/pr3/20080813/1218634355

あの応援ですが、中国人が言ってるのは「殺」であって「射」ではありません。

で、なぜ「殺」というかと言えば、バドミントンなどのスマッシュのことを中国語で「扣??(釦殺)」というのですね。

「殺!」という掛け声を応援で出すのは、中国バドミントンファンの間ではポピュラーなことで珍しいことではないし、日本選手が相手の時に限ってそう言ってるわけでもないです(対戦相手を威圧する目的はあるだろうし、日本人相手だからそう叫ぶのに心理的抵抗は少ないということはあるにしても)。

たとえば、2005年5月のスディルマン杯直前には人民日報

教??????常提醒????要正确??待有可能出??的??判、??判????,??于??????众的??情也要冷静??待,不能被??众的喊??声冲昏了????而打乱了自己的??奏。

コーチ陣は選手たちに起こりうるミスジャッジに対して正しく向き合うように常に注意しており、観客の情熱に対しても冷静に対応し、観客たちの「殺」の叫び声に惑わされて自分のリズムを乱さないように、とも注意している。

http://sports.people.com.cn/GB/22155/22164/3375263.html

という記事が出ています。

引用した部分からも読み取れることは沢山あると思います。

関係ないけど、ジョージ・フォアマンモハメド・アリとキンシャサで戦ったとき、まわりの観客がみんな「アリ、ボンバイエ(アリよ、〔フォアマンを〕殺っちまえ)」と叫んでるんで泣きそうになったそうですよ。

2007-03-23

モハメド・アリ言葉

「不可能」とは、自分の力で世界を切り拓く事を放棄した、臆病者の言葉だ。

 

「不可能」とは、現状に甘んじるための言い訳にしかすぎない。

 

「不可能」とは事実ですらなく、単なる先入観だ。

 

「不可能」とは、誰かに決め付けられる事ではない。

 

「不可能」とは、可能性だ。

 

「不可能」なんて、ありえない。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん