はてなキーワード: アドレナリンとは
アドレナリンのことかと思ったら違った
コンサータを18mgから32mgまで増やした段階で子供の頃から悩まされてきた眠気が改善され、雑念や焦燥感もなくなってだいぶ仕事しやすくなったのですが、先月最大量の72mg(32mg × 2)まで増やしたところ
・帰宅後薬が切れた反動が酷く、家事すら出来なくなる(家族からも薬飲む前の方がましだったという指摘あり)
・仕事中喉が渇く
といった副作用が酷くなり、一応今日まで様子を見ていたのですがこのままだと今の現場にも逆に迷惑を掛けてしまうので病院と相談して明日より先月までの32mgに戻して様子を見ることにしました。
コンサータ自体ドパミンやアドレナリンの量を増やす仕組み上、覚醒剤に近いようなものですし、自分の周りでもこの手の薬を服用しておかしくなった方がいたのであまり頼りたくはなかったのですが、確かに効果はあったのでこれからのことも踏まえ当面続けていきたい・・とは思っているのですが、最大量はさすがに多すぎたようです。32mgだと特に変な副作用もありませんでしたし、確実に改善は見られたので少し様子を見て病院と相談していきたいと思っています。
せっかく転職できたのに伝えた時点で解雇されてしまうのが不安だったのもあって伝えるべきか迷ったのですが、会社の社長さんには電話で自分がADHDの診断を受けていること、薬の副作用でパフォーマンスが落ちていることは伝えました。幸い理解はしてもらえたました。今の現場での作業が諸事情で年内から来月末に短縮されてしまったのですが、その期間一度一緒に昼食を取ろうというお話をいただいているので、そのタイミングで改めて自分が不安に感じていることを正直に話そうかなと考えています。
ちなみに転職したのはエンジニア(SES)の会社です。好きなことを続けていきたかったので、これから資格の勉強などもやっていきたいと思っていますし、ADHDの特性(過集中)を生かして長く続けていきたいと思っています・・・
ブログ含め何かを書く作業が好きだったのですが、正直現状この趣味にすら影響が出てきているので・・・
一応現場のチームメイトさんにもADHDの件は伝えていますし、ADHDだから配慮してくれなくていいとも伝えてあるのですが、残り少ないとは言え一緒になった仕事仲間に不快な思いはさせたくないので今日の午後、作業に影響するようであれば無理せず早退しようかな・・・と思っています・・・ただ残り5〜6時間で作業終了ですし、最初の案件なのでどうしても頑張りたいという気持ちもあるので結局最後まで残ってしまうことになりそうですが・・・
寝てるところを起こされるの、一番嫌いなんだけど。
それでも、自分が何かやるべき家事をやり残して寝てしまったとか、
子どもに起こされたとか、本当に緊急のことなら起こされてももちろんムカつかないけど。
妻と二人並んで寝てて、俺がまどろんでようやく眠りについたかつかないかで話しかけられ起こされて。
「何?」
「眠れないんだけど」
で、またうとうと…眠れそう…
「ねぇねぇ」
「…何」
「やっぱ眠れない…」
「…うん。頑張って寝な。それか、眠くなるまで本でも読めば。酒か、ホットミルクでも飲めば。俺は寝るから」
そんでまたようやく寝られそう…
意識が遠のいてきた…ところで体をゆすられ。
「ねぇ、眠れない」
「俺はラリホー使えないの!!!あなたが眠れないことに対して、何もできないの!!!」
「誰でも眠れないとき、あるよ!?明日仕事なのに、寝ないとだよね?焦ると余計寝られなくなったりして。あるある。辛いよね?
でもそれで、人を起こそうと思ったこと一度もないわ。意味ないし。マイナスしかないじゃん。俺も明日仕事だし。
なんで自分が辛いからって、人を巻き込むの?俺まで寝不足になって、あなたに何か得ある?」
アドレナリン出るし泣かれて後味悪いし俺も1時間くらい眠れなかった。
これ、俺悪くないよな?正論だよな?
29歳 男 既婚
社会人7年目
友達に誘われて始めた吹奏楽だったけど、みんなと合奏するのは一体感があって楽しかったのを覚えてる。
中学校からはギターを始めて、高校大学と軽音楽部でギターボーカルを担当した。
あまり器用な方ではないし、上手な方ではなかったけど文化祭で大勢の前で演奏した時はアドレナリンが出て、これ以上楽しいことってないと思えた。
今思えば、大学では学部に友達はいなかったけど、サークルがあったおかげであまり話すのが得意ではない自分にも彼女ができた。
楽器が弾けたり、歌えたりすることが自分のアイデンティティを構成していた。
しかし、社会人になってからは好きだった音楽をやりたいと思わなくなった。
いつの間にはフェンダーのテレキャスターには誇りが被って、手にもつこともなくなった。
自分は音楽が好きだったんじゃなくて、音楽を通してこんな自分でも人と話せて、コミュニティに属せるのが嬉しかったんだな。
俺は大人になった。
中高、吹奏楽をやっていた。
フルート以外に興味がなくて、授業中もずっと音楽と楽器のことしか頭になかった。
となりのトトロのような、人間より猪の方が多いレベルのクソ田舎のオンボロ公立中学でフルートと出会い、高校は親に無理を言って県内強豪校に進学した。
通学には1時間半かかった。
必死で練習して、人数が多いフルートパートの中では一年で唯一コンクールメンバーに選ばれた。
大学は音大に行った。毎日フルートが吹きたい。ずっとフルートプレイヤーでいたい。そう思っていた。
就職先は県外の警察音楽隊だった。憧れだったオケマンにはなれなかったが、音大四年間で現実を見たわたしからすれば上々の結果だと思った。
県境を2つ跨ぐほど遠くの県へ。
これを機に、中学から付き合っていた幼馴染の恋人と別れることになった。
小学校から一緒だった。中学に入ってすぐ付き合い始めた。高校は別々だったけど地元が一緒なので電車の時間を合わせて一緒に帰るのが日課だった。
大学生になって電車の方向が反対になって、会う頻度は減っていた。
なんとなく、大人になったらこの人と結婚するんだと思っていたのに、目の前に「県外の警察でフルートを吹く」という道が現れた瞬間、この人と結婚する未来を選びとれなくなった。
フルートをずっと続けてきたんだから。親に無理言って私立の高校、大学に行ったんだから。県内の警察には空きがないから。フルートを吹かなきゃならないから。
警察に就職して2年経った春、異動でやってきた上司と恋に落ちた。
幼馴染の元彼とずっと付き合っていたわたしとしては、恋する感覚というのを長年忘れていたと言うか、ままごとみたいな初恋の延長でしか恋愛をしたことがなかったわたしにとって、この経験は衝撃的だった。
抗いようもなく惹かれる。心が持っていかれる。好きな人の一挙手一投足、声、言葉、全てが、わたしの心を揺さぶる。
フルート一筋で生きてきたわたしにとって、上司の存在は猛毒だった。
出会った年の冬のさしかかり、こっそり2人で飲んでいた時、酔いに身を任せた彼は、「駆け落ちしようか、もう」と言った。
そう、上司は既婚者だった。
わたしは音楽隊の訓練やフルートの練習もそこそこに、既婚者である彼との逢瀬やメッセージのやり取りに夢中になった。
不倫の沼にズブズブと沈んでいった。
彼に愛されるのは幸せで切なくて極上だった。
フルートの楽しさ、音楽の葛藤の数倍のアドレナリンだったと思う。
一緒にいたくて、隣にいて欲しくて仕方がなかった。
奥さんにバレた。
奥さんは、わたしに、「監察官室にバラされるか、慰謝料払って退職するか、選んでほしい」と。
監察官にバラされたら、彼のキャリアにも悪影響になると思った。
警察寮に住んでいたため、退職と引越しが同時に発生しとても忙しかった。
実家に帰りたかったが、兄が結婚した時に、両親と兄夫婦が同居の家を建てたため、わたしの実家はもうなかった。
両親と兄夫婦の家に転がり込むのも気が引けて、ひとまずは就職先の県で新しく住居を探した。
それに、上司は「どんなに時間がかかっても必ず離婚する。待っていてほしい」と言っていた。
はいともいいえとも言えなかったが、この地に留まる理由の一つにはなった。
警察寮より狭いアパートで、もちろん壁は薄いしフルートは吹けない。
警察を退職してからしばらくは休みの日なんかにスタジオを借りて吹いたりしていたが、別に誰に聞かせるでもないアクティビティとしてのフルートはつまらなくなり、その頻度は減っていって、今はもう半年ほど吹いていない。
上司とは接触禁止命令が出ていたから、退職後は一度も会ってないし連絡もとっていない。
本名でやってる奥さんのインスタアカウントをたまに覗いて、上司の動向を探るくらいしか、接点はなかった。
先週見てみたら、待望の第一子を授かったと報告していた。
あんなに恋したのが、愛し合ったのが嘘のように、当時の記憶を俯瞰して思い返すわたしがいた。
中学の時わたしの隣でクラリネットを吹いていた友人からラインが来た。コロナも落ち着いたし同窓会がしたいって。帰ってこないかって。
その流れで聞いたけど、元彼も結婚してて、2人目が生まれるらしい。
わたしは、生まれた街から離れ、フルート吹きになるという夢も潰えて、何をしてるんだろうなぁ。
どこで間違ったんだろう。
フルートを始めたこと?警察に就職したこと?元彼と別れたこと?既婚者と関係を持ったこと?既婚者の言葉を信じたこと?
上司が「いつかまた会えるように」と贈ってくれた、内側にふたりの名前が刻印されたプラチナのペアリングのかたわれは、今日も虚しく輝いている。