はてなキーワード: いつまでもとは
5年前に亡くなった妻の骨の一欠けらを財布に入れている。
彼女が亡くなった時、俺は激しく取り乱していてずっと泣いてたと思う。
情けないことに自分は夫な癖に妻の葬式の手配すらままならなかったのだ。
ほんと、情けない話だよ。
骨上げの際、俺は妻の骨をくすねた。
周りから気付かれないようにしたつもりだがバレバレだったと思う。
それでも誰も、なにも言ってこなかった。
何処の部位の何かも分からない小さな骨の欠片。それを今も財布に入れている。
あんなに好きな人はもう二度と現れないだろうと、本気でそう思っていたのだ。
少しずつ、ようやく妻がなくなったという事実を受け止められるようになってきたのは最近のことだ。
増田もそろそろ前を向いてもいいんじゃないか?そう声をかけてくれたのは友人だった。
俺はもう妻を悲しませたくない。そうした思いもあって、俺は婚活を始めた。
自分のためでもあった。どんどん腐っていく自分がいて、このままでは駄目になるのは分かり切っていた。
感じのいい人で話題も豊富、気遣いもできる人で俺のことをいつも気遣ってくれた。
食事の回数を重ねることでお互いの気心も知れるようになった時、彼女がそれは?と財布を指してきたことがあった。
俺は悩んだ末にすべてを話した。妻のことを。そして遺骨のことを。
「「気持ち悪い」
家に帰ると一人で号泣した。気持ち悪い。その一言が、本当に悲しかった。
大人になるというのは殻を作ることだ。だから何を言われても心の底から本気で傷つくことはない。
傷がつくのは殻で、でもその時の俺は殻の中身の俺が、」俺自身が本当に傷つき、まるで時が止まったかのように俺の耳には彼女の声がこだまし続けていた。
俺は30過ぎにも関わらずわんわん泣いた。相手の女性からは何度も電話がかかってきたが、とることはできなかった。
あのとき以降、俺は連絡を取っていない。
こんなことを言えるのも書けるのもここだけなので俺はこれを書いている。
俺は今でもあの一言に怯えている。
元増です
コメントありがとう、世の弱者男性に対する扱いはひどいと思うよ。てか弱者男性って言葉が広まりすぎて、定義がガバガバだよね。
君ほんとに弱者男性?上でへんに噛みついてくる人はそうなんだろうなと匂うけど…
コメもらって気づいたんだけど、
もしかしたら彼女達って女性の中でも弱者男性より、弱者女性なのかもね。弱男ほどひどい扱われ方をしてないだけで…だからこそキモいのが増長するんだろうけど。
書いてくれた通り、ネットでうるさいのは弱者女性側なので、私とか昔ながらのフツーの結婚をした人らの声はあんまりデカくないと思うよ。騒ぐメリットないから
彼女らにしてみれば自慢話だし、女子会でも幸せ自慢話なんかしないからね…男女共にだろうけど。
だから私がイライラするんだと思う。自分の選択の結果に過ぎないのに、ピーピーうるさいんだよね。人生で何も頑張ってこなかった女が頑張ってきた男に相手にされるわけないのにいつまでも被害者ヅラしてさ…
ggってみたらマチアプ婚って1割くらいみたい。充分増えたとはいえ、サイレントマジョリティはふつーに結婚してる人達だと思うよ。
いや俺も招待制のときからニコ動は見てたから(といっても2007年くらいで飽きて離れたが)弾幕とか一部のコメントが流れを作る特異性はわかってるが
それを意義と呼ぶよりも、冷静になって他サービスがなぜ追随してないのか考えると、負の側面の方が多いからなんだよ
ああいうオタクノリな場所ではいいかもしれないが、視聴者側が悪目立ちしようとする自己顕示欲ツールとして使えてしまう
それの気持ち悪さ、異常さにニコ厨はあまりにも無自覚だから、自分たちがとんでもなく煮詰まった蛸壺にいることを恥じることができない
目立ちたい、寂しく感じたくない、連帯感を感じたい、そういう幼稚な衝動をいつまでも抱えてる精神的未熟な人間の自我を肥え太らせるのがニコ動のコメントシステムだ
違うか?
俺は投稿者もやっていて、あのコメントシステムを中傷や冷やかしに使われたこともある
華やかな人気の動画ではそんな負の側面を見ることはないかもしれないが、普通のコメントシステムならもっと目立たず無視できるようなものでも、
そのフェーズは当然あるだろう
だが人類はそれを乗り越えることができる
なぜなら、物質にしばられなくなることで寿命からも解放されるからだ
今のネットは自分が成長してくだらない煽りあいをしなくなったとしても
次から次へと未熟なリテラシーの人間が参入してくるから、いつまでも地獄絵図に見える
男女平等なので女からもプロポーズしろなんて言われる昨今だけど
自分の観測範囲でしかないが、女性からプロポーズして結婚した男性は
他に良い女性がいるのではないか、結婚しなければ別の人生が…等と夢を見続ける
たぶん男性は性質上、自分が渇望して女をゲットしないと満足できないんだろう
従来通りの男が渇望してプロポーズする。女がそれに応える。って形が一番うまく行く
小さな作業がたくさん積み重なって面倒だ……ちょうど今がそんな気分。なぜ面倒なのか。それは一個やったところでさらなる一個、また一個と芋づる式に作業が出てくるからだ。
目に付く作業に振り回される。つまり作業に主導権を握られている。そりゃしんどい。いつまでも心が休まらない。じゃ、どうする。主導権を握り返す。その意気だ。
主導権を握るとはどういうことか。それは終わりを決めることだ。たとえば15分だけやるとか、〇回やるというのがそれだ。決めたら動かさない。仕事じゃ難しいけれども、家事や勉強ならこの方法を使える。
やってみると分かるが、楽しい作業もある。やっている内に気分が乗ってくる作業もある。15分と決めたのに、10分経ったあたりから楽しくなってきて、「これは30分いける」と思い始めたりする。でも止める。
そう、本当に主導権を奪いに来るのは作業ではなく自分自身なのだ。己がだらしなくて時間を侵す。そして楽しくなってついついやり過ぎると、時間と体力を浪費していて疲れ切っている。ろくなことがない。
止めるべき時に止めることだけを考えると、毎日がもどかしい。そこに満足はない。しかし活発な自分が現れてくる。そのためには満足することや没頭することをしばし手放す必要がある。
あまり没頭することから離れすぎるのも健康に良くないので、たまにはチートデイとしてめちゃくちゃにやり込む日があってもいい。
転職サイトを眺めた感じ、ドワンゴはaws/k8s等のいわゆるエンジニア下限ラインは守ってるぽいんだよな
それだとblue green deployしてるはずだし仮に本番切り替え作業中にDDoSでコケてもIF境界閉じればロールバックはできるはずなんだよね
それができないってことはマイクロサービスの設計がそもそも乙ってるか(逆に失敗するのむずくない?)内部にやらかしが居るか
そもそもWAF貼っててDDoSをいつまでもシールドアウトできないのも変な話なんだよな
FITでもやってたのか?
子どもの頃から性に対する興味や欲求が人一倍大きく、日常生活に支障を来している。
複数の同僚と関係を持ってしまい、人間関係をうまく構築できなかったことがある。
仕事中にセックスの空想に耽り、30分で終わる仕事に2時間も3時間もかかってしまうことがある。
夜寝る前に、数年前の充実したセックスを思い出し、うっとりとして眠れないまま朝を迎えてしまうことがある。
ひとつひとつは取るに足らないことだが、他にもたくさん、自分の性欲が原因の困り事が山ほどある。
セックス依存症とは違う気もする。
幼少期からセックスに対する強い憧れがあり、大人になった今でもそれが消えていない。
セックスをしているのに、パートナーがいるのに、子どもまでいるのに、いつまでもエッチな妄想と自慰をしてばかりいる。
どうして自分はこんなにも性欲が強いのだろう。他者への加害がないことと不倫をしていないことだけが救いだが、もう何年も悩んでいる。
自分だけなのか。他の人は、心が満たされていればこんなふうにはならないのか。
熱量が薄れて文章が短くなり、対象へのリスペクトが失われて興味本位の乱文になり始めている。かつてのように事実関係をきちんと確かめず、表層的な調査や単なる和訳で終わっている。
短文では、読者の知的好奇心も満たせまい。
そろそろ潮時だろう。
投稿日 | 記事名 | ブクマ数 |
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ネットの浅瀬ではこれくらいが限界だ。ネットにアップロードされていない郷土史的な情報は、書籍に当たらなければならない。当たり前だが情報はタダじゃないのだ。汗を流して足を運ばねば、肝心のところはわからない。
得られたのは、論文ではほんの一行で済むような事実を実証するのにも、膨大な労力が費やされている実感だ。以前はライターになるのはどれくらい大変かを実感したと書いたが、こういう実感は、泥臭い調査をする真っ当な情報発信者に対する敬意を持つことにつながる。
はっきり言って、ブルマーが学校で採用されていた地域・年代を正確に理解することは、一個人の能力を超えている。redditで質問スレを立てることも考えたが、調査対象の地域と年代が膨大になると気づき、諦めた。学校で採用されていた地域の大まかな分布は、イングランドから北欧・中欧・東欧を含む共産圏、それから日本とごく一部の東アジア地域、及びイスラエル、というのが当面の結論だ。イスラエルをヨーロッパにも分類しているウィキペディアを見ると納得できそうだ。だが、例えばイングランドのすぐそばのアイルランドではブルマかどうだったかさえ分からない(追記:ブクマカによれば、イスラム圏では体育の授業がない地域もあるそうだ。そうなると、女性の体育の授業があった地域ではかなりの割合でブルマーが採用されていたことになる)。
ぜひとも、どこかの大学で研究してもらいたい。できれば、日本の研究と同じように、採用された経緯や背景にあった思想、つまり自立と恥じらいの葛藤・共犯みたいなも知りたい。
ブルマをはいて運動していた人がいつまでも生きているわけではない。SNSの画像も理由もわからずにBANされる。アーカイブはいつまでも保存されるわけではない。魚拓を取ってもいつまで残るか。
ところで、証言といえば不思議なのは、ブルマーについて好きだったとか嫌いだったかとか腹が立ったとかと情報発信しているのが、ほぼ英語圏と日本語圏に限られていることだ。服装フェティシズムがこの言語圏で強いのか、個人が情報発信するモチベーションの違いなのか、自分の検索能力なのか、理由はわからない。
例えばチェコのフェイスブックでも、ブルマーがどうだったかとかあまり書かれていない。懐かしいとか今の子はもっと運動させるべきとかそんな言葉が多い。
もちろん、書きたいこともないではない。例えば天皇陛下のお好きな映画は大林宣彦「転校生」だが、ってことは小林聡美のトップレスをご覧になったのかなとか、そんな小ネタがある。
しかし、どう書いてみても面白おかしい小話になってしまい、リスペクトが失われているのがよくわかる。表現の自由とつなげたところで、面白く書く自信が無い。だから、終わりにする。
以上。
よくもここまで続いたもんだ。
いつか誰かがこの研究を引き継いでくれることを祈って擱筆する。
はてな匿名ダイアリーとはてなブックマーク、それから他のSNSで拡散してくれた皆様、そして読んでくれたあなた。
お世話になりました。
【終】
横浜市立図書館のサイトでは、毎月9日になると文藝春秋(雑誌)の最新号を予約できるようになる。
9日の予約スタート時間が始まったら、即予約するよう父に頼まれていた。年を取ったせいか、父は予約のやり方がわからないようだ。
ログインとかでもたもたしていると、あっという間に予約20番目とかになってしまう。そうすると、読めるまでに2週間くらいかかる。
今日は完全に予約の事を忘れていた。12時頃に父親から「予約できたのか」と訊かれ、謝りながら慌てて飛び起きて予約したが42番目になってしまった。
もちろんネチネチ文句をいわれた。
「42番目?!いつまでも読めないじゃねーか」
「買ってきたほうがマシじゃねーか」
「何日か前にも、9日は予約の日だと確認したじゃねーか」