はてなキーワード: 里山とは
都会人が田舎に移住すると確実に色々な悩みが出てくる。そんなときに「なんでここに来たんだっけ?」とならないために有効。書式は一ページに一項目、イラストなど交えて出来るだけ具体的に書いておく。
2.近所の人たちとSNSで繋がっておこう
田舎の人たちは、本当は仲良くしたいけどシャイなので遠めに見てコソコソ本人がいないところで喋るという好きな女の子に対する小学生男子的なことをするところがある。これが田舎が監視社会だと言われる所以。監視される前に自分からオープンに発信することで仲良くなれるかも。
よく分からないが、山あいの田舎では「暇は悪」という価値観が根付いている。暇してると見られると地域行事や変な役を押しつけられがち。全力で趣味に時間をかけ、先述のSNSで発信しまくろう。
4.本当に仲良くするのは3人くらい
志明館便り
・2016/6/13 橋田代表、山口副代表、八尋副代表の三者鼎談
・2016/6/27 谷井宗像市長の思い
「宗像市は古くから教育のまち」「高い教育理念を掲げる志明館小中学校の開設に最適の地」「今後、地元や議会の理解を得ながらできる限り協力したい」
・2016/6末 寄付金総額3088万円
・建築分科会報告。建築設計をシーラカンスK&Hに決定。工藤和美代表は国家戦略特区WG委員。ほか、宗像市都市計画課、清水建設(造成)交え協議中。
・スクールカラーを山桜の色「志紅色」に決定。桜は武士道の象徴。
・ホームページ開設。
・独自設定科目「国学」を設定。日本人四要素である「和、誠、礼、勇」を身につけ、新しいものと伝統の共存を目指す。
・2・3・3・1制の9年制
・3-5年生 オーストラリア教育使節。皇居清掃。英語GTEC GRAED(※)2、漢字検定3級を必取得。
・6-8年生 希望制で部活開始。寄宿教育スタート。英語GTEC GRAED(※)3を必取得。
・9年生 卒業論文、自主研修計画書作成。英語GTEC GRAED(※)4を必取得。
・校舎レイアウト
子供達の「知 徳 体 志」を育む。宗像市河東に拡がる悠久の森。
瞑想の部屋(国学室):落ち着いた部屋で、暗転するなどICT等に対応した国学の部屋。
・寄付金・財務分科会報告。橋田代表、両副代表が、東京電力数土会長や数学者の弘中平祐氏、伊藤哲郎元警視総監らと東京で面談。
・2016/9末 寄付金総額3704万円
【平成29年春 第3号(2017/4)】
A4裏表カラー
・幹事会副代表の八尋氏が開設準備室室長として陣頭指揮を執る。
・「志明会」を創設し、賛同者の拡大を図る。
・武田薬品会長長谷川氏、フォーバル会長大久保氏、九州国際大学学長西川氏、イメージプラン代表取締役田口氏、中村学園教授占部氏の応援メッセージ。
・2017/3末 寄付金総額4144万円
【平成30年新春 第4号(2018/1)】
A4裏表カラー
・2017/12 費用見積もりが見込みを大きく上回るため、開校予定地を宗像市市有地から変更し、宗像市・福津市周辺の用地を調査中。2022年4月開校を目指す。
・2017/12 東京志明会発足。共同代表の石原JR九州相談役が開会挨拶。
・台湾志明会の結成準備。
【マツタケ近縁種のバカマツタケ 人工栽培に初成功 良食味生かし有利販売へ 奈良県】
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180228-00010000-agrinews-bus_all
さて、研究の成功とマニアックなきのこが話題になったことに喜びつつも、記事の内容にひとつひとつツッコミを入れてみる。
・マツタケと近縁種のバカマツタケの人工栽培に初めて成功したと発表した。
培養菌糸を苗木に感染させ植林する方法。マツタケやホンシメジ、ショウロ等で同様に研究の成功例があるが、それを「人工栽培」と定義できるかどうかは微妙。これが正しいとマツタケも「人工栽培」に成功していることになる。
・やや小ぶりでマツタケ程度の大きさに育つ。
実際にバカマツタケを見たことはないが、図鑑や人から聞いた情報から察するに、だいぶ小ぶりだと思う。1本あたりの平均重量は1/2〜1/3程度ではないか(もっと小さいかも)。おそらく身もマツタケほど締まっておらずボリューム感はあまり無さそう。
・2016年11月に約10本植え、菌糸などの塊「シロ」を3本で確認。17年10月にきのこ1個が発生した。
感染率は30%、1年かけてたったの1本のきのこ。データの蓄積がなさ過ぎてなんとも言えないが、今のところ実用化できるレベルには程遠い。野生化ではそれなりに珍菌だと思うので、もともと感染率の低い(広葉樹は他の菌などの競合も多い)可能性は否めない。となれば、まだ本家マツタケのほうが期待できそうだと感じる。
マツタケのほうが既に膨大な研究蓄積がある。(それでもほとんど実用に至っていない。)どのあたりが応用可能なのか謎。
・同センター森林資源課は「広葉樹を生かし、収入増加や荒廃した里山の手入れを兼ねた栽培につなげたい」と普及に期待する。
そりゃあ税金で無駄な仕事していますとは言えないだろうけど、「普及に期待する」というのはちょっと盛り過ぎ(笑) 典型的な新聞屋の作文なのだけど。
仮に普及したとして、発生時期は日本国内だと雨と虫の多い梅雨〜秋にかけてになる。野生のきのこは極端に日持ちが悪く、食べようと思ったら地中から顔を出したその日のうちに収穫しないといけない。(ちなみにそれでも120%虫が入っている。)悪くなると食味が落ちるばかりか中毒の危険性すらある。(過去に古いマツタケを食って人が死んだ事例がある。)
というわけで一般のスーパーなどでの流通は不可能。余談だが、道の駅等の直売所は利用しないほうがいい。品質はばらばらだし、下手したら有毒のものも混じっている可能性がある。(素人が手を出すもべきものではない)乾燥品なら、もしかしたら流通可能かもしれない。食味はいい的なブコメがあったけど、菌床等で工業的に生産できない生きのこは、高温多湿の本国では(乾燥したヨーロッパとかだと多少事情は違ってくる)まず食味が落ちる前に流通にのることができない。
# 最後に
というわけで、普及はどう考えても無理ゲーやろ!と冷静にツッコミを入れつつ、バカマツタケの植菌に成功したのはすごい。えらい。バカマツタケの名前(と学名;Tricholoma bakamatsutake)の認知が広がるのは嬉しい。
ようやく陽の目をみた bakamatsutakeと名付け親た研究者、培養と植菌に成功した研究員に賛辞を贈りたい。(ちなみにマツタケの学名も:Tricholoma matsutake である。)
「いちはらアート×ミックス 2017」ってイベントがやっていると聞いて千葉県の市原市に行ってきた。
内房線五井駅で小湊鐵道に乗換えも、たまたま乗合せた便は上総牛久駅までで終点。折りよくトロッコ列車と時間が繋がったので、蒸気機関車に初乗車してきた。
汽笛が鳴り、ゴトゴトと走り出す。でも速度は大人の駆け足ほど。青空から注ぐ陽光や風を感じながらぼんやり里山を眺める。
田圃の畦道でキジが声上げて縄張りアピールするそばから鴨が空気読まずにザブーンとダイブをかましたり、それをダイサギがポーカーフェイスで見ていたり。
農作業中の婆ちゃんや部屋着のおっちゃん、散歩中の母子連れが沿線でめっちゃニコニコしながら手を振ってくる。俺ってこんなに人気あったっけ、ああ、汽車だからか、子供も乗ってるしな、って思いながら、悪い気はしない。そこへ、オルゴールの音色とともに停車場のアナウンス。オルゴールってなんだか異世界の音色だよね、このシチュエーションだと、まるであの世に連れてかれていくみたいに感じるね。彼女がいたら絶対そんな寒いことを呟いていたと思う。
廃校やら湖畔やらの会場を散策し、肝心のアートもたくさん巡ってきた。なんというか、アーティストさんもスタッフさんたちもまったりとしてて距離が近かった。何よりも、子供たちがやたら伸び伸びと楽しんでた。
なんだか、地域まるごとピクニックって感じだったし、これがあの世ならまあいいんじゃないかと思った。
間もなく連休は終わっちゃうけど、東京近郊在住、近場で家族サービスしたい向きにはぜひお勧め。期間中は最寄り駅から各会場へ、市営バスが無料運行も行っている。
いつも家系図自慢(真偽はわからないが)をしていた本籍地もいつの間にか動かし、好きだったカメラも飛行機の資料もほとんどすべて処分されて、それでも母に愛されたくて遺産は全て母に、葬式には兄弟さえよばなくていい、と言った。
しかし故郷の話は好きな父だった。田舎育ちで最後まで近所の里山に心血を注いでいた。田舎嫌いの母親は理解し難かったようでかなり強引にやめさせようとしたが、他のことはなんでもいいなりだったくせにそれだけはやめなかった。
お父さん、あなたはバカだったよ。決して愛してくれない人のために子どもにまで犠牲を払わせて、自分で尊厳を捨て去ってさ。たぶんあなたの妻は数年で4000万を使い切るし、子どもに全力で寄生しようとするだろうけど私は面倒は見ません。勝手に野垂れ死ねと思ってる。それがあなたの残したものだよ。
人生、最終的には実家の近くの里山の一画を買って家と山の間をフラフラしながら引きこもりたい。
農村から政令指定都市に出てきたけど、マジで人が多すぎてめまいがする。
実際にめまいがする時期は通院投薬と電車を避けることでどうにか乗り越えたけれど、
夜に自転車で大きな橋を渡っていると、川沿いのマンションや、住宅地や、離れた道路を走る沢山の車のライトが見える。
その光一つ一つの下に人間がいると想像すると、鳥肌が立って、気持ち悪くて、なんだかそのまま死んでしまいそうな不安感に襲われる。
あとマンションとかいう構造物がどうしても蜂の巣に見える。中で幼虫の代わりに蠢いている人間、みたいな。
そう言う自分も今マンションに住んでいるけれど、ふとした瞬間に俯瞰してしまうと、艶やかな蜂の子の頭がモゾモゾと動きながらこっちを見てくるイメージがあって、
気が付いたら自分も人間サイズの幼虫になってしまったような感覚になって、何とも言えない気持ち悪さがこみあげてくる。
そういえば、昔行った夜景スポットでも、きれいな景色を見ていられなかったな……。
あの時は、眼下の夜景を見た瞬間に、今すぐ絨毯爆撃されてほしいという感想が思い浮かんでしまって、
その直後にがれきの中で泣く人たちを想像して、自分の感性のあまりの醜悪さと恐ろしさに怖くなって逃げたんだけど。
別に人間嫌いなわけではないしコミュニケーションを取るのが嫌いなわけでもないと自分では思っているのだけれど、
親しい友人でも半年に1回、友人なら数年に1回も会えば満足してしまうし、それ以上間隔があいても気にならないタイプなので、その辺はちょっとイマドキではないのかもしれない。
予告なくふらっと現れた古い友人と酒を酌み交わしながら一晩喋って、起きたら置手紙と出し忘れてた手土産を残してもう居ないとか、そういう付き合い方に憧れる。
そういう風に、ふと思い立った時でも、あそこに行けば増田は昔と変わらずいるよ的な、客人を迎えられるような場所を持ちたいと思う。
なんだったら、自分みたいに人の多い都会に疲れたけど、かといってあんまり逃げられないような人が、ちょっと元気になってまた人間の世界で頑張れるようになるまで、
なんとなく一緒にごはん食べたり、お酒飲んだり、話したかったら話してくれてもいいし、猫撫でたり、虫つついたりしながら一緒に暮らしたりとかしたい。
ポケモンGOが出てからというもの、毎週土日は嫁と一緒に色んなところに出かけていって、ポケモンをGETしてまわっている。
先週は木場公園、潮風公園、戸田公園、その前の週は葛西臨海公園。他にもなまえ忘れたけど色んなところに行った。
お盆休みには、新潟にも行った。半分は大地の芸術祭が目当てだったけど、訪問は2回目だったので、もう半分はポケモンが目当てだった。作品鑑賞もそこそこに、炎天下のもと、里山や廃校を巡りつつポケモンを探すのはほんとに楽しくて、今年の夏休みは過去最高の夏休みになった。
(ちなみに田舎はポケモンがいないってよく言うけど、ポケストップや巣がないだけで、それ以外の場所で出るポケモンは東京と同じか、東京よりレアなのが出る気がしたが気のせいだろうか)
そんな感じでここ最近はとても充実した日々を過ごしているのだが、それもこれも全部、任天堂さま(とnianticさま)のおかげ。ありがたやありがたや。にもかかわらず、任天堂さまには1円も支払っていないことに気付いた。
○湯山勇君 この前にお尋ねしておつたときの御答弁について、なお疑義がございますのでお尋ね申上げたいと思います。それは例の狩獵法の「ノイヌ」、「ノネコ」ですね、これはどういうふうになつているか、もう一度御説明頂きたいと思います。
○政府委員(楠本正康君) この「ノイヌ」「ノネコ」いずれも野犬その他の犬を意味いたしておりませんし、又猫とも全然別なもので、種類の違うことを意味しております。従つて狩猟法は犬及び猫には適用がないものと考えなければなりません。
○湯山勇君 ところがこれは林野庁長官から各府県知事に出ております通牒によりますとそういうふうにはなつていないのです。これは愛知県知事からの問合せに対して昭和二十五年十二月二十八日林野第一万六千九百九十九号を以て回答したのには、そういうふうにはなつていない。でこの「第一条のノイヌとは山野に常棲する犬をいう市街地村落に棲息する所謂野良犬はこの範疇には入らないものと解せられたい」と、こういうふうになつておりまして、結局この畜犬が山に入つたもの、種類としては同じものを指しているわけです。林野庁のほうの見解としては……。そうすると種類が違うというのじやなくて、ただその棲息の場所が違つただけであるのです。そうなりますと薬殺の場合に非常に問題になつて来るのじやないか、こういうふうに考えるのですが。
○政府委員(楠本正康君) 私この「ノイヌ」の見解を、動物園の古賀園長に実は尋ねたわけであります。古賀園長はこれは全然もう種類が違うものである。そしてすでに日本には現在はこの「ノイヌ」というものは残念ながらいなくなつたということを伺つておりますが、なお併し只今御指摘のような林野庁の見解等については、更にその点を質してみたい考えでございますが、なお実際に薬殺するというような場合に、山野の、人里離れた山野等において薬殺することはこれは考えられませんので、実際に人畜に傷害を与える犬を、つまり薬殺する意味であります。殊に現に狂犬が出て、真に緊急上止むを得ない場合に限つておりますので、さような観点からいたしましても山野に適用されることはあるまいと、かように考えておる次第であります。
○湯山勇君 今の見解は動物園長のお話だつたということですけれども、これは園長も恐らく若干勘違いしておられると思います。と思しますのは、学名じやなくて和名ですね、日本の名前というのは、いろいろな文献見たのですけれども、やはり「ノイヌ」という名前はありません。「山の犬」となつているのはあります。「山犬」若しくは「山の犬」、まあですから「ノイヌ」というのは、やはり林野庁の言う見解に立つたほうが、この法の適用上から言つても間違いないと思います。そうでなければ今部長の言われた処置もできなくなると思いますので……。
なお都市の中には、都市の真ん中に山がある、例えば私の郷里の松山なんかは市の真中に山があります。そうしてその山の中に相当多数の畜犬の野性化したものがいるのです。そうしていわゆる野良犬がそれに入り込むということもたくさんございまして、このことは、やはり林野庁との間にはつきりした見解統一をなさるのと、そうして今のように山に入ることはないというけれども、事実そういうこともあるということも併せて一つ事施上においては御検討頂きたいと思います。
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/019/0790/01904190790030c.html
○湯山委員 この問題は、ここで議論するにはあまりにもばからしい問題ですし、これでは話になりませんから、あとでもう少しはっきりするようにしたいと思います。
今度資料に直接入ります。たとえば狩猟鳥獣で、これも私はいいかげんな解釈をしておられるように思うのですが、狩猟鳥獣にノイヌ、ノネコというのがあるのです。これは何でしょうか。ノイヌ、ノネコという種名を持つ動物が日本にございますか。まずそれから伺います。
○若江説明員 ノイヌ、ノネコは、元来は家畜でございましたものが野性化いたしまして山野に自生いたしまして、野山におるというのを、のら犬、のらネコ等と区分いたしまして、この場合ノイヌ、ノネコと称しまして狩猟烏獣に入れておるわけでございますが、アメリカあるいはカナダ等におきましてはこれらをファーラル・ドッグあるいはファーラルーキャットというように区分いたしまして、やはり狩猟鳥獣にいたしておるというような例もあるわけでございます。それにならいまして野山に自生しておりますノイヌ、ノネコを狩猟鳥獣に入れておるわけでございます。ただしこれは動物学上の分類では区分がないわけでございます。
○若江説明員 たしか昭和二十二年に狩猟鳥獣に加えたというふうに考えております。
○湯山委員 昭和二十二年というのはちょうど占領下であって、そういうことがよくわからないで向こうの法律をそのまま訳したのではございませんか。
○若江説明員 先ほど申し上げましたように諸外国の例等に徴しまして加えたというふうに考えております。
○湯山委員 東京にノイヌがおりますか、あるいはノネコがおりますか。
○若江説明員 東京都下にはおりません。
○湯山委員 もう一ぺんお聞きします。東京都下にいるのかいないのかはっきりわからないのですか。どうなんですか。
○若江説明員 のら犬、のらネコはおりますけれども、ここでいうノイヌ、ノネコはいないと思います。
○湯山委員 それではどこにおったのでしょうか。それが狩猟されたという報告がございますか。いただいた資料にはそういうノイヌ、ノネコが狩猟されたというのは一つもないのですが。
○若江説明員 お手元に差し上げました資料の中には明記しておらなかったかもしれませんけれども、狩猟統計には狩猟された頭数があるわけでございますので、必要でございましたら、後刻年次別の頭数を御提出申し上げたいと思います。
○若江説明員 ここに持ち合わせておりませんけれども、あるようでございます。
○若江説明員 ノネコにつきまして資料を手持ちいたしておりませんが、あとで調べまして、お答え申し上げたいと思います。
○湯山委員 ノイヌ、ノネコ以外の犬、ネコを狩猟すれば違反になるわけですね。これはどうですか。
○若江説明員 狩猟鳥獣として指定されておりますノイヌ、ノネコを狩猟期間外に狩猟いたしますと違反でございます。
なお先ほど資料の手持ちがないので御答弁申し上げかねましたが、三十五年度の有害鳥獣の駆除の中には、ノイヌ、ノネコがそれぞれ八頭ずつ上がっております。
○湯山委員 狩猟期間以外、それからノイヌ、ノネコ以外の犬、ネコを狩猟すれば違反になるというけれども、狩猟されたものでノイヌ、ノネコと普通の犬、ネコの区別がつきますか。つまり店先につってあるそれを見てその区別がつきますか。
○若江説明員 判別は生息状況によって識別するのが最も判然とするのでございますが、これが店先に並べられたときに、どれがのらネコで、どれがノネコかということは、判別が非常に困難であろうかと思いますが、医学的に胃袋その他を検査して、食性の種類等で判別しなければならぬのではないかというように考えます。
○湯山委員 これは私、妙な問答をしようというつもりじゃないのです。こんな名前を残しておくことは不合理だ。これは今おっしゃったように判別困難だ。解剖して内蔵を見ればわかるだろうといってもわかるものではありません。そういう答弁じゃ何のために質問しておるかわからないので、そういうことをお尋ねしておるのじゃないのです。こういうわけのわからない、種類の名前でもないようなものはこの中からのけなければならぬでしょう。そうしてその野生化したものは人畜に害を加える場合があります。これはさっきおっしゃったように、ちゃんとはっきり野犬狩りとか、野猫狩りというのがあるかどうか知りませんけれども、そういう方法でやらないとできるものじゃないのです。あなた方のいうノイヌだって本来これは人になつく性格を持っていますから、野生化した犬だって、連れてきて飼えばけっこう役に立ちます。そうして非常に利口です。だからその区別をつけようたってつきません。私の家はちょうど松山の城山の下にありましたから、よく知っておりますが、あなた方の言うノイヌの子をとってきて飼うと、とてもいい犬が育ちます。そういうことですから、おそらくこれはアメリカあたりのほんとうの野生の犬というものとそれとをごっちゃにしておると思いますので、そういう判定もできないし、ことにそれによって処罰を受けるというときに、こういういいかげんなものを並べておくというのはよくないことだ。これは考えなければならない。そうでないと困るのじゃないでしょうか。
○若江説明員 仰せのようにノイヌ、ノネコとのら犬、のらネコとの識別は非常に困難でございますが、野生いたしておりますノイヌ、ノネコがいるということも事実でございます。この際これを狩猟鳥獣からはずしますと、ノイヌ、ノネコ等の狩猟に事かりまして、山野にこれを狩りに行くということになりますと、狩猟秩序を乱すということにもなりかねませんので、その点は先生の仰せのように、識別を十分行なうように考えて参りたいと思いますが、大へん困難な点はありますけれども、従前とも入れておりますし、ここでこれをはずすという特段の理由もありませんので、従前通り入れて参りたいと考えております。
○湯山委員 はずす理由がないという理由がわからないからお尋ねしておるのです。はずさなかったら今のように困るじゃありませんか。
○若江説明員 特にこの二種類を加えておりますために大きな障害があったという事例もないわけでございますし、今後ともそういうことのないように私の方でも運営して参りたいと考えるわけであります。
○湯山委員 障害は、こういうふうにお尋ねしてもはっきりお答えができない、また狂犬病の問題とも関連して参ります。そのほか関連するところ大きいのです。ネズミにはちゃんとノネズミという種類があるのです。ところが国の法律でノイヌ、ノネコというのがちゃんとあれば、これはずいぶん迷わしますよ。だからあって益なきものはやはり害があると見ていいわけなんですが、どうですか、これをのける意思はありませんか。
○若江説明員 先ほど来申し上げておりますように、これを直ちに除外するという考えはございません。
○湯山委員 それじゃ、めんどうになりますが、もう少しお尋ねしてよろしゅうございますか。
この犬、ネコの野生化したものですね、これは一体どの程度野生化したものをいうのですか、飼っている親が山に入って、山で生まれたその子はもうノイヌですか。それがたとい町へ出てきても、あるいはどこをどう通っていても、ノイヌというのですか。
○若江説明員 野生のノイヌから生まれましたいわゆる子犬でございますが、これは獲物を山野で得て、山野で自生していくという状態におきましては当然ノイヌと解しております。
○若江説明員 その行動範囲の中でたんぼ等へ出て参りましても、ノイヌであるということには変わりはないというふうに考えます。
○若江説明員 家の中に獲物を探しに来るという場合もあるいはあろうかと思いますが、それはたとえばイノシシが獲物がないために里山に来るというのと同じような現象であろうと思いますので、同然でございます。
○湯山委員 だから間違いを起こすのです。イノシシというのはイノシシという種類です。動物園の中にいようが、山の中にいようが、家の中にいようが、イノシシというのは動物の一つの極数の名前です。ところがあなたは、ノイヌというのは固定した種類の名前でなく、生息の状態であると言う。だから家にいたらどうなるか、田の中にいたらどうなるか、山にいたらどうなるかをお尋ねした。そうしたら今度はどこへ行ったってノイヌはノイヌだ――今度は種類になったのです。それならノイヌとはどういう種類ですか。またもとへ返りますが、どうなんですか。
○若江説明員 もともと山野におりまして、生まれた子供がたまたまたんぼに来た、家の付近まで来たというのは、行動半径の中で行動したのであって、本来終始山野で生活している限りにおいてはノイヌであるというふうに申し上げた次第であります。
○湯山委員 違うでしょう。今おっしゃったのは家の中に入ってきてもノイヌはノイヌ、だとおっしゃったのですよ。さっき私が申し上げたのはそれなんであって、あなたのいう意味のノイヌの子を飼えば、とても利口でいい犬ができます。それでもノイヌですか。生まれたのは山で生まれたのです。飼い方だっていろいろありますから、主た飼い方で聞かなければならぬことになるわけです。
○若江説明員 狩猟家がノイヌをとりまして自分の家で飼養するということになりますと、それは飼養鳥獣でありますので、自己の支配下で飼養されているノイヌであるというふうに解釈されます。
○湯山委員 そうすると、はっきり言ってノイヌというのはどこにどうあってもそれは撃っていいわけですね。
○若江説明員 先ほど来申し上げておりますいわゆるノイヌを免許者が期間中に撃つということは当然よろしいわけであります。
○若江説明員 欄、柵、囲障あるいは人家等で狩猟するということは禁止されておりますので、撃つわけには参りません。
○湯山委員 私はそういうことを尋ねているの、じゃないのです。つまり狩猟の対象になるかということを尋ねておるわけで、今大へんな間違いを犯しておるというのは、その生息の状態だと言われたのが、今部長の御答弁ではだんだん一つの品種になってきておるのです。よろしゅうございますか、品種でないものがだんだん今の御答弁でも、どこにいてもノイヌはノイヌだ、今のように別な規定を考慮に入れればどこで撃ったっていいんだ、こういうことまで変わってくれば、もうそれは、はっきり一つの品種になっているのです。大へんな間違いですから。
○若江説明員 最初に申し上げましたように、ノイヌという区分が動物学上にはないけれども、それが生息の状態からしましてノイヌと判定せられる犬がおる、それを狩猟鳥獣の中に入れておる、そのノイヌがたまたま山野から田畑の付近まで現われてもそれはまだノイヌであろう、こういうふうに申し上げた次第であります。
○湯山委員 あろうじゃなくてこうこうだということが明確でなければ、間違ったら狩猟法違反に問われるわけです。罰金をとられるわけです。だからそういう不明確なものは明確にする責任があります。ところが明確にしようたってノイヌ、ノネコに関する限りは明確にしようがありません。私は前に古賀園長にもこれは聞いたことがあるのです。そんなことはわからぬとはっきり言っておられる。よろしゅうございますか、ほかの動物学者に尋ねてみましても、それはわからない、こう言うのが常識です。もしあなた方がこの法律の中にある言葉だからあるいは規則にある言葉だからというので統一解釈をおつくりになっても、ほかでは通用しません。その証拠には、狩猟されたもので、はたしてノイヌであったかどうかという区別はつかないのですよ。ことに今おっしゃった内臓を抜いて皮と目だけにしてつっておけば、絶対区別がつく人はないでしょう。どうなんです、区別がつかないでしょう。
○若江説明員 内臓を抜きまして皮だけぶら下げたというふうな仮定の問題では、ほとんど識別が至難であろうとは思います。
○湯山委員 そして同じようにノウサギというのは種類の名前です。だがわかります。見ても区別がつくのです。そういうノウサギというのは区別のつく種類でいいのです。ノイヌというのは区別がつかない。ましてノネコに至っては全くわからない。それをなお個室されるところにこの法律がまだ脱皮していない。私が申し上げたのはそこなんです。白痴、瘋癲という、わけのわからない言葉がそのまま残っている。そしてノイヌ、ノネコというようなものが、まだどうもあるようなことになっている。そういうところに不徹底さがあるから、それで抜本的に考えなければならぬのじゃないか。今のようなお考えだとほんとうの鳥獣保護はできませんよ。取り締まる人にもわからないのだから。白痴、瘋癲なんて、読んでも法律もわからない。そしてまだかたかな書きでしょう。これはどうですかね、こういうことにこだわって、そういうお考えでほんとうに鳥獣保護をやっていこう、狩猟の適正化をやっていこうなんて、できますか。そういうお考えがなお残っておって、はたしてできるかどうかです。できないでしょう。
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/043/0408/04303120408017c.html
とりあえずググってみた。
どうもシロオニタケってのだと思う。まだカサは開いていないが。
こんな感じの説明が書いてあった。嫌な部分は太字。
庭に放り出して育ててみることにする。
有毒。以前の図鑑では毒性に関しては不明とするものも多かったが、比較的形体の似たタマシロオニタケは、死亡例もある猛毒菌。シロオニタケも同様の強い毒性がある可能性がある。毒成分は胃腸系と神経系に作用するといわれる。発生環境は、シイ、カシなどの照葉樹林およびコナラ、マツの混生林で、里山でも普通に見られるキノコの一つ。幼菌は森のなかのいたずら坊主という風情で愛嬌がある。シロオニタケのカサは、表面に尖った錘状のイボが密生し、白色、条線は無い。このイボは脱落しやすく、成菌になるまでの間に雨で流れ落ちてしまうことがある。カサの周囲には、厚く白色の内被膜の破片が垂れ下がることが多い。成長の状態によっては柄の上部にツバを形成する内被膜だが、どちらかといえば、カサに垂れ下がるか、脱落し消失してしまうことが多いようだ。ヒダは白色からのちにクリーム色、離生し密。ヒダの縁は粉状。柄は白色、中実。表面は細かく白い片鱗に覆われる。基部は縦長の根状に肥大し、カサと同様のイボが何層も環状に付く。肉は白色。無味。乾燥すると独特の異臭を放つ。
風立ちぬを劇場で見てきた。当方海外在住で、話題が古いのは許してもらおう。そして、なんだこりゃと思った。
・主人公の台詞の棒読み。朴訥とした人柄を表したかったのかも知れないが、かなり違和感がある。あんな棒読み風に話す実在の朴訥とした人物はいない。
・少年の頃の夢に没頭する話なのか、悲劇のラブストーリーなのか、何を主張したい映画なのか良く分からん。
・どちらか絞らなければならないわけではないが、映画は製作側と観客の共同作業というか、こちらも趣旨が分かればどんどん乗っていけるのだが、本作ではそこが分からず非常に乗って行きがたかった。
・2次大戦の日本の代表兵器・ゼロ戦。作中で設計屋は兵器か否かではなくより良い飛行機を作りたいだけというエクスキューズが入っており、登場人物もちょくちょく戦争に否定的な発言はするものの、ゼロ戦の開発を夢とした男を主題として取っているので、どうしても言い訳がましく聞こえてしまう。宮崎監督は極端なくらいリベラル側だということを知っているが、監督が反戦平和主義だと良く分かっている視聴者にとってすら、兵器の開発に没頭している主人公には感情移入しにくい。
・結核の奥さんに冷たすぎないか?ラブストーリーとはいえないように思う。
・英国で見たのだが、こちらの価値観だと仕事より奥さんを取るのが一般的なので、日本でも今ならそうだと思うのだが、英国人が日本人の価値観というものはこういうものだと誤解しないかハラハラした。
・夢>奥さんというのが最も残った印象なのだが、監督の主張したかったことはそういうことでいいの?勿論、そういう趣旨なら描写に成功したということになるけど。そして、一つの考え方としてはあるのだろうけど。
・妻は昔の日本、今の老人世代の男性が理想とする都合のよい女の描き方に思えて気持ち悪かったと言っていた。それもまた極端な見方だとは思うけど。
・結核の奥さんの横でタバコを吸うのはどうなんだ?そういう時代だったからそういう描写にしたと言う主張は百も承知だが、もともと写実主義の映画でないので、わざわざそこだけそういう描写にする必要あったのかな。
・原作読んだことないが、夢の中と山荘の2人のデフォルメされた外国人は原作にも出てくるの?ちょっと見ていて恥ずかしかった。
・淡々としているが、そこが魅力的なのかというと、一方で夢の中の突飛な描写が繰り返され、淡々は魅力ではなく単に盛り上がりにかけているように思えた。映画の中には風が微風くらいしか吹かなかった。
・悲劇ももっと描くのかと思ったら、奥さんは山に帰りましたと。あとは夢の中で登場と。んんん?原作がそうなの?勿論直接的だけが演出ではないけど、輪郭から描き出す力も弱いような。少なくとも感情を揺り動かす力は弱いよね。
というわけで、非常に長く感じてしまった映画でした。英国の映画レビューサイトを見ると、5段階で4ちょっとくらい。良い評価なんだろうけど、肯定レビューのほとんどの言及が映像の美しさ。なるほどね。日本人は綺麗なアニメは見慣れてしまっているし(その中でもジブリはやっぱり凄いけど)、日本の里山的風景を見るのも珍しくはないけど、外国人にはあんなに綺麗なアニメと風景と言うのは凄く新鮮なんだろう。
本作をもって監督は引退されたと聞いている。引退する投手がもう130km/hくらいしか出なくて打たれまくって火ダルマになっても、最後まで投げることができて満足、本人も世間も引退に納得というか、そういう意味の作品とすれば確かに巨匠の最後の作品にふさわしいのかもしれないと思いました。宮崎監督の作品は、魔女の宅急便くらいまではきちんと見たのだが、それ以降はTV等で見る機会はあったものの、途中で寝てしまったりして、今回は日本の映画を観たくて映画館に行ったからなのだが、見切ったのは久しぶりだと思う。
初期作品のナウシカは、監督が頭の中にあんな空想世界を構築していたのかと思うと、深海とか蟲のデザインとか、その発想力は恐ろしくもあり、天才だと思う。今でこそそのプロットは手垢がついてしまったかもしれないが、それだけこの作品の影響は大きかったのだろう。漫画版は、最後のグダグダが残念なので、映画版くらいがよいのかもしれない。この1作だけでも宮崎監督の天才性は語り継がれていくのだろう。
その美しい田園は、人がいないと保たれない
そしてその美しい田園を支えていた人たちが今、
都会で汚れた生活をおくっている。
同じ人たちが、だ。
それを踏まえると、考えなしの田園賛美は
例をあげよう。
都会にスプロールのように残る竹やぶ。
それを見て、かつてはあった田園の残り香に
胸を痛めているのだとしたら、その理解は浅い。
何故ならその竹やぶは、残り少ない雑木林を
竹の繁殖力は異常に高い。
著しく速い竹は、自然のままでは気候さえあれば
そこらじゅうの木を十年単位で確実に喰らいつくす。
人里がある限り問題にならなかったのは
人が定期的に刈り入れを行っていたからだ。
かつてはどこも田園だったのだ。
改めて問おう。
田園は人の手によってしかその美しさを保てない。
テレビで風評被害を受けている地域の野菜でもネット通販だと適性価格で売られている
と報道されていたので、どんなもんかと思い自分なりに検索してみました。
(当方増田を書くのが初めてなので空気読めない子だったらごめんなさい。)
http://www.oisix.com/CategoryX.707.215.htm#LMenuL215
福島県産のお米と茨城・千葉を原産とした野菜が40点ほど売られていました。
レタスが1玉・お米が2kからと手ごろな量と値段で売られていて、一人暮らしや少人数家
庭でも手を出しやすそうな感じです。
http://otodoke-marche.com/?page_id=148#MIYAGINO
これは数種類の野菜の詰め合わせがダンボールで毎週or臨週で配送される形式。
S・M・Lサイズがあって小さいものは1000円台から買うことができます。
「みやぎの野菜物語」は宮城県産のやさいの詰め合わせになってるみたいです。
少量で配送してくれるので一人暮らしの方でも、少人数家庭でも消費しやすいと思います。
http://www.ja-town.com/shop/f/f0/
農産品といえばJA。
http://www.nihonmatsu-farm.com/
キュウリ・たまねぎなどの野菜やみそなどの特産品を買うことができます。
http://www.purefarm.jp/index.html
葉物やお米を買うことができます。
お米・野菜・今旬のイチゴなどのフルーツを中心に福島の農協で扱っている商品を買うことが
できます。
ネット直販限定の「がんばるぱっく」という特産品を詰め合わせたお手ごろ価格の支援メニュ
ーがありました。
三元豚や和牛・地鶏、それらを使った加工品、地元の素材を使ったスイーツ、南部鉄器などの
加工品まで東北で生産されたありとあらゆる特産品を買うことができます。
こんなときこそ、普段は買えない東北の名産品を買ってもいいかもしれませんね。
「沿岸でがんばっている生産者さん達」というページがあって直接津波被災地で頑張っている
福島県の会津地方で生産されたジャム・味味噌などの加工品、かりんとうなどのなつかしめの
右側の「食べて・飲んで・使って」から。
手軽かも。加工品中心。
http://event.rakuten.co.jp/area/special/tohoku/?l-id=area_map_top_02
種類もたくさんあっていい感じです。
調べきれてないのですが、楽天なら農家直販の店舗があるかもしれません。
また上記は2011年4月26日現在の情報をもとに記述しました。
農家直販で購入すると量が多いこともありますが、職場で分け合ったり近所の方々でシェア
することで解決できると思います。
20代30人、本気で“森林ガール” 岩井有加さん
「衰退が著しい日本の林業を変えるには、今までなかった『女子目線』が必要だと思うんです」
淡々と話す様子からは、“パイオニア”に位置づけられるべき気負いがまったく感じられない。屈強な男性が山で黙々と木を切るという、林業のイメージからは最も縁遠い、都会の女子が集まる「林業女子会@京都」を昨年7月に立ち上げ、代表を務める。
平均年齢20代のメンバーは京都の女子大生を中心に、建築士や会社役員なども含めて約30人。アウトドアを楽しむ「山ガール」や、おしゃれ重視の「森ガール」が人気だが、「大木を切ったり、急斜面を登ったり、現場は体力勝負」と、明らかに一線を画す。
昨年11月に開催した京都府南丹市での「伐採体験会」。メンバーはヘルメットや地下足袋、つなぎ姿で山に入り、のこぎりを使って手入れした。一方で今年2月にはフリーペーパーを発刊し、薪ストーブを置くカフェなどを女性向けに紹介するという。
「家の柱や家具、読んでいる雑誌の紙だって、森からいただいた恵み。都会の女子的生活にも林業はなくてはならない。だから、あえて女子をターゲットにしてみたんです」
大学では森林科学を専攻。京都で活動する男女混成の林業サークルにも所属したことがあるが、女子会結成はツイッターでのつぶやきがきっかけだった。
《農業に興味のある若い女性が「農(ノ)ギャル」と呼ばれて注目されるんだから、林業に若い子がいてもいいんじゃない?》
反響は大きく、賛同した若い女性と意気投合し、つぶやきはわずか2カ月で形になった。
大学近くのカフェを活動拠点とするが、定期的に集まるわけでもなく、思いついたときにブログやメールで呼び掛ける。「『木っておしゃれ!』みたいな、シンプルなところから入ってくれたらいい」という軽いノリも魅力の一つである。
国土の7割を森林面積が占める日本。「里山」の良さは近年見直されてきてはいるが、木材自給率はわずか3割しかなく、林業の衰退が叫ばれて久しい。
「一過性のブームに乗るのではなく、ライフスタイルとして山とつながり、100年先を考えられる余裕のある女子が増えたら、未来はきっと明るくなる」
「草食系男子」とは比べものにならない「女子力」なら、日本の山に活力を与えるかもしれない。(白岩賢太)
=おわり
林業って簡易トイレから離れた所でも作業やるからトイレは……なんだけど、こいつらその覚悟あんのかね。
大学近くのカフェを活動拠点とするが、定期的に集まるわけでもなく、思いついたときにブログやメールで呼び掛ける。「『木っておしゃれ!』みたいな、シンプルなところから入ってくれたらいい」という軽いノリも魅力の一つである。
あ、こりゃ望み薄だ。死傷者出る前に飽きる事を祈るのみ。
貴方の書いてることは間違ってはいない。けれど全てではないと思うよ。
割り箸は間伐材を使ってるってのは△どうやら全てではないらしい。
9割中国からの輸入(調べたの2004年だから今はどうかわからないけど)
間伐材を使うのはいいことだし、林業の為になるんだけど、やっぱり日本は経費が高い、中国から輸入しようってことになるみたいね。割り箸の裏側見ると原産地中国って書いてあるのすごく多いよ。中国産の間伐材を使ってるならそれはそれで悪いことではないと思うけど、どうかな?間伐材を使っているものもあるかもしれないけど、普通に切って割り箸にしてる商品も多々あると思うよ。
そしてこの割り箸使わない活動って「啓蒙活動」って分野だと思うのね。まー企業がやってるのは所詮イメージアップ作戦。この時計はエコです!!みたいなよくわからん戦略だね。
マイ箸なんかはちゃんとした活動してるところは「あくまでこれを切っ掛けに環境問題に意識を持ってもらいたい」って書いてあるよー。
ただ今日本の里山が放置され酷い状態になってるのも事実だから、「割り箸は日本の間伐材を使おう!」って活動はもっと広がってもいいと思う。