「負の感情」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 負の感情とは

2024-04-26

子供の頃から、世の中の「闇」というものに対して、異様に怖い感覚がある。

「闇」と言うと感覚的だが、「悪」定義を少し広げたようなものだ。馬鹿にする、見下す、茶化すネタにする程度のものや、冷たい、メシウマ、突き放すなどの冷酷さ、そういった負の感情や行動に対する強い恐怖心がある。

そういったものは、ざっくり「闇」という名前で括っている。簡単に言えば「正義ルールマナーが守られていて、暖かみのある人間場所しか安心できず、それ以外の存在に対する極度の恐怖心である

そしてこの「闇」への恐怖心は、田舎廃墟であったり、あるいはボロアパート、あるいは場末スナック、あるいは薄暗いビデオショップなどの、私の中のある種の「貧しさ」のイメージと、密接に繋がっている。あとはバッドエンド系の青年向け漫画なども、そういった「闇」を感じさせられる。

子供の頃はこの「闇」が消え去った、誰も不幸にならない、完成された世界を作り出したいと願っていた。だがその闇は年月を追えば追うほど、私の生活の周りに這い上がってくる。振り解けば解こうとするほど、闇は私の近くに差し迫ってくるように感じる。

「闇」というのは、おそらくは「貧困」「孤立」に対する恐怖心の、私の中の原初的イメージの事だ。私の家庭は一言で言えば「貧困家庭ではないが機能不全家庭」であり、故にそうした貧困への恐怖は、実際の貧困家庭出身人間以上に、「見えない」からこその恐怖心が肥大化している。

貧困の無いみんな平等な世の中、実現するといいね👍

2024-04-07

anond:20240407055151

負の感情原動力に成り上がった人は成就したらメチャクチャ性格悪くなりますよ。ファンが居なくなるまで気付かないから。

2024-04-04

anond:20240404165329

怒り怨み悲しみ不安焦燥恐怖後悔不満妬み優越劣等感嫌悪軽蔑殺意

そういう負の感情お金になるからね😁!

2024-04-02

政治に関する話題投稿禁止NG・厳禁

といったルールが定められているコミュニティは決して珍しく無い

それは「◯◯支持派」「□□支持派」といった、支持派閥の違いによる対立・言い争いにより場が荒れるから、というのは理由の一つ

もう一つは、単純に『ネガティブ』な書き込みが増えるからである


増田ブクマカを見れば分かる通り、◯◯支持派による「◯◯のここが素晴らしい!優れている!」といったポジティブ書き込みよりも

「□□のここがおかしい!□□を支持している人間ゴミクズ!」といった、◯◯支持層以外をsageネガティブ書き込みの方が多く、より反応も得られる


◯◯支持派以外を揶揄誹謗中傷・愚弄する様なネガティブ書き込みは、例え政治に興味なくとも、単純に見かけた人間の気分をsage

ネガティブ投稿から負の感情しか発生しないかである


増田も近年、嫌儲から避難してきたであろう政治厨や対立煽り障害者がやれあれは駄目これは屑こいつは犯罪者、などと騒ぎ煽り立てる増田を乱発し

その結果、増田自体民度がより悪化している


以前いたコミュニティも、男女対立煽りネタが増えて元からいた層がうんざりしなくていなくなり、荒廃してしまった

増田も似たような末路を辿る気がしてならない


過激政治に関する話題は、一律禁止にしても良いのでは無いか

2024-03-28

癌になったので臓器丸ごと手術で取ってきた。

診断直後に臓器丸ごと取るか腫瘍だけ取るかをちょっと悩んだものの、決めてから結構さくさく進み現在リハビリである

 

手術前準備であらゆる科を回ったところ、だいたいのカルテに「気丈に振る舞っており極めて冷静」と書かれた。割と取り乱した側だと思っていたので頭をひねるも、そういえば自分には身近に比較対象がいないのだった。

術後の痛みの具合やどのくらい動けないかなど、体験談があれば参考に聞いてみたい。

身近にいなければネットの海だ!と軽い気持ち検索し、難なく罹患体験談を見つけることができた。

結論、あまり参考にはならなかった。

 

健康診断での疑いから診断確定までの動揺、これまでの生活の後悔、人生設計見直しによるストレス検査結果が出るまでの長期の不安感、癌のステージや終わりのない転移に振り回される疲弊

体験談にはあらゆる負の感情が細かく記されており、時間が進むにつれ「これは人生の試練である」「自らの成長のきっかである」という結論に集約されており、独特の明るさや精神的成長の記録に満ちていた。

 

苦手分野である

術後のドレーンの痛み具合・退院後の一般的な療養期間・入院便利グッズなどが知りたかったのであって、他人の試練や心理的成長には興味がないのだ。

 

テキスト群でこれだけ感情が読み取れるのだから医師看護師の人たちの前ではもっと大きく感情が出るんだろう、と先のカルテ記述に思い至ったのである

 

分かるんだけどね。

自分罹患グループ入りした手前、自分に降りかかった不幸に理由付けをしたくなる気持ちも、罹患によるメリットを体外的に示したい気持ちもよく理解できる。不安になって体験談を公開する心理は今まさに自分がやってることだし。

でも、そこまでの気分じゃない時に目に入る、セミナーめいたポエムたちはちょっと肌に合わなかった。

結局2〜3個の体験談を読んだあと、ドレーンが痛いか痛くないかの事前確認は諦めたのであった。

 

ちなみに、実際に入ったドレーンは痛くなかった。

ただし抜けた後の穴がなかなか塞がらず、その間に術創までの道が膿んでしばらく痛み、長く苦しみました。

2024-03-24

人生って、うんち!

俺は何もできない人間だ。心からそう思う。

自分存在不愉快まりなくて、どうしようもなく許せない。

常にあり方を変えてくれるナニカを求め続けている。

劇的な、人生が変わるような出会いを求め続けている。

知らなかった頃は、愛がそれかと思った。今も彼女のことを心から愛している。最初に会った時には、ここから人生が動き出すのか、己の人生もようやく灯ったか

本心から期待を抱いた。淡かった。私をただ認めてくれる人間存在は、確かに助けにはなったのだが。

人は人生問題が一つ解決しても、それだけで全て救われるものではない。

浅ましいこと限りない。どれだけ欲張れば気が済むのか。渇愛の念は弱まり自責の念けが残る。素晴らしい彼女からの素晴らしい愛によって、生きる理由が一つ増えた。それでも、自分にとって自分不愉快なままだった。

生きる理由が増えたことは、生きたい理由が増えるということではないらしい。

また一つ、希望が消えた。一般的に生きる理由とされるもの。年を重ねるごとに、生きる理由の心当てが無くなっていく。私は変われないのだろうかと不安になる。

負の感情を抱くことは、それ単体で生きたくない理由になる。生きる理由ストックが減り、生きたくない理由の不良在庫けが着々と積み上がっていく。

ここまでの思考すらも負の感情足り得る。人に救われたい。でも救われたくない。

進めないまま、ここで立ち止まって生きるしかないのか。嫌だ。苦しい。

両親は善人だ、友人は善人だ、社会に生きる人間は、随分と楽しそうに生きている。

知能も、身体能力も、感情の抱き方も、愛も、信頼も、社交力も、努力も。

社会必要だとされているものが、全て中途半端。全く持っていなければ諦めもつく。

諦めるには惜しいだけの要素が揃い、上を目指すことだけはできる立場にある。立場上は。

周りの人間は私に期待してくれる。過剰な評価だ。根拠が弱い、そうあって欲しい願望だ。

なぜ自分意思でもないのに、生きなければいけないんだ?

死ぬこと自体ももちろん難しいことだ。完遂できる自信は、はっきり言ってない。

私が死ぬことは、周囲の人間に多大な不利益を引き起こす。

とにかく生きてさえいれば。現状維持か多少のマイナスで済む。

生きる理由の一つ。そしてこれも生きたい理由ではない。

辛い。決断力が人並みにしかない。全てを捨てられない。

私を生かすために私以外の人間が捧げたものを返すまで、死ぬことは許されない。

現世こそ、真に無間地獄のように思う。

2024-03-20

[] 異常に強い怒りにラベルをつけるなら"破壊衝動"であると気付いた

他人との怒りの話題で話が噛み合わないのは、マジでこれが原因だったのよね

 

ワイの強い怒りの衝動は、相手謝罪反省負の感情を持ってもらうことを求めてはおらず、単純に破壊したいという衝動に基づいている

強い怒りを感じた場合、即座に反撃する。その場で、相手から謝罪を受けても、相手反省ポーズを見ても、衝動はおさまらない

なぜなら、ワイの行動は破壊したいという衝動に基づいているか

 

えっ、何?破壊したいってどゆこと?っていうと、そのままだよね

ストレス解消のために皿などを壊したりする、“Rage Room” とか “Break Room” とかのサービスあるじゃん?(日本にも物ぶっ壊し体験としてある模様)

Rage Room

https://en.wikipedia.org/wiki/Rage_room

 

Rage room | CBC New

https://youtu.be/sCb_JFGQpto

 

あいう、強いぶっ壊す願望・衝動があるってことですね

 

ただ、ワイは物や動物に対しては破壊衝動を感じない。『物が可哀想くない?』となったり、『物を作った人に対して悪いことをしている』となるため、物を壊すことに抵抗がある

また、関係のない人に対しても破壊衝動はないが・・・・・・・ーーー直接的な原因となった人や無形のものに対しては純粋破壊したいと感じる(ホラー)

 

クソ雑魚ナメクジゆえ、他人に対して物理的な衝動を向けることはないけども、書ける(過去書いちゃった)範囲だと、例えば下記

ワイは業中に上司に泣きながら殴りかからたことがあるぞ

その上司休職したけど、結局、首に警察沙汰にもならかったので、ことある事に恨みがましく増田に書いてた

 

この強い衝動は、水泳ジョギングをしても収まらず、瞑想創作ゲーム映画を楽しむために静かに留まることもできない

場合によっては食事も取れない。そもそも座っていることすら難しく、エネルギーが完全に尽きて眠るまで、対象をどう破壊するか以外にはまったく集中できない

(破壊計画を練ったり、実行するためなら、静かにまれる)

 

それは1日であるかもしれないし、数週間かもしれない

怒りの対象に対しての目標が単純な破壊であるため、他人共感を得ることもできない (むしろ、今からそいつを これからそいつを 殴り行こうか〜ってなったら怖いよね)

 

 

しかし、この強い衝動に『破壊衝動』というラベル適用することで、ワイは以下のような認識に至りました:

 

 

以上の理由から破壊衝動に身を任せることは避けるようにしました。万能の解決策ではないけど、多少の効果は感じてる

(そもそも最近は怒ること殆どないけどね。気張って生きなくなったから)

 

あと、どんな風に考えようとも、結局、長い時間掛けて認知変えてくしかないな・・・となりました

 

 

 

 

 

2022-01-12 シリアルキラー、いわゆるサイコパスでも『親に申し訳ない』とかの概念がある現実

https://anond.hatelabo.jp/20220112122604#

2024-03-16

anond:20240315142305

から中学だけど、生まれから辛いとか負の感情なんてなかったよ!

世間の人は何言ってるんだろう?って謎すぎる

自分趣味かいろいろ満足にできないこともあったけど、子供で来たら子育てが最大の娯楽なんだから大満足だよ

みんな自分の子供大好きじゃないの?って思う


家庭それぞれ差があることは理解するけど、あえて思いっき主観100%だとこんな気持ちだわ

2024-03-10

悪口雑言を内側に向けてしまタイプ

 これは自慢でも何でもなく、真剣な悩み。

内側っていうのは、もれなく矢印を自分自身に向けてしまうという意味だ。人への愚痴や陰口、悪口罵倒ができない。その代わり、自らに向ける汚い言葉は沢山出てくる。だからそういう時は、外部との接触をすべて絶って、一人で汚い言葉に向き合う。

 学校バイト先に行くと、(ネット、あるいはここもそう、)さまざまな悪口や陰口が飛び交っている。私もたまに、友人たちのこぼす負の感情を聞く。私はそれらに「悪いこと」という感情よりも先に、「すらすら言葉にできるなんて凄い」と思ってしまう。何も言えないのだ。言えないし、分からない。

 今日、かかっているカウンセリング先生から、「〇〇さんは孤独に過ごしているみたいで心配」と言われてしまった。自らに悪口雑言を向けている時は、前述の通り外部との接触を断つ。別に悪口は言ってもいいのだ。少しくらいは。先生が言うにはそうらしい。

ストレス発散には、多少汚い言葉を吐くことも必要なのだろうか。本当に言えない。自分には溢れるほど出てくるのに。今も、何でこんなこと書いているのかと、ずっと自責している。

2024-03-08

原作アンチをしながら同人誌を作るオタク

本人たちは「アンチなんてしていない」と口を揃える

なのに原作の話の流れが気に食わないとつまらないつまらないって叫んでいる。

こういう展開にしろって俺の考えたさいきょー展開を垂れ流している。

原作者の人格否定している。

からすればそんなのアンチ以外のなにもんでもないんだけど…

不思議でならないか原作悪口を言いながら同人誌を作るオタクがこれを読んだら教えてください。

なんで同人誌作ってんの?

原作を楽しんでる私からしたらアンチしか見えないんだよ。原作者の悪口を言う人間なんて目に入れたくない

自衛はしてるよ

けど君たちがまるで普通ファンのような顔してそこに存在してやがるのが無性に腹立つ時があるからこれ書いてる

こういうことを言うと少しの否定意見も許せない盲目信者扱いされる。まあ好きだから否定意見を見たくないのはあるんだが…

でも同人誌出しながら悪口言ってる人たちはその悪口言ってる作品原作者が死に物狂いで描いてるキャラを使っている自覚あります

作品感想なんて自由だよ

悪口なんてみたくないけどそこはこっちが自衛するよ

でも同人誌出しながら原作負の感情を撒き散らすオタクは大嫌いだ

存在してほしくない

同人誌出してたら文句言ったらダメなのかって言われたら私は迷わず当たり前だろって返事するよ

やめてから文句言えよ

なぜやめない?

2024-03-04

職場の人

他人悪口言いまくったり嫌がらせしたりするの自分感情抑制したりコントロールできなくて"どうしてもそうしてしまう"んだなと気づいた

増田がどんなに頑張っても人の名前覚えられなかったり使った物片付け忘れちゃったりするのときっと一緒なんだろう 脳の特性がそうなってるんだな

"感情のまま周囲に負の感情を撒き散らさない"ということができなのかもしれないと理解したらああそうなのかってなった

自分簡単にできること他人もできるとは限らないってわかってるけど、いざ自分が全く苦もなく当然のようにやってることできない人いるとわざとやってるのかな?と思っちゃうのは定期的に思い出す必要がありそう

増田も人の名前覚えないし間違えるの嫌がらせか?とか使ったもの置き忘れるの片付けるのめんどくさくてわざとか?とか何とか思われてるかもしれんしな 肝に銘じておこう

2024-02-26

なぜインフルエンサー駆逐せねばならないのか

なぜ、インターネット悪口を書きにくくなったのか。私はその原因を知っている。匿名がどうとかい問題ではない。簡単結論から言えば人気者の巨大化だ。

推し」という言葉流行っている。本来「推す」はある地位に推薦するという、限られた意味言葉であるが、昨今単に「好き」を置き換えたとしか思えないような形で濫用されている。この「推し」という概念は言うまでもなく欺瞞である悪辣アイドルグループ双方向性を捏造するために広めた概念だ。コンテンツ消費者数字ではなく、一人の意思のある人間として扱いますという嘘だ。人のことをなんとも思っていない「人気者」とコンテンツ産業が、人々から承認を奪うために蔓延させた害悪である

人気者とは、限りある人の認知リソースに食い込む能力に長けた人物のことで、要は好かれる性質を持った人間のことだ。インターネットはこの好かれる性質を使って金を稼ぐ狩り場に成り果てた。なぜ私が、「限りある」と強調するのかというと、人が人に抱く感情は有限の資源だと考えているかである。つまり、「人気者」に向けられる感情の総量が多くなればなるほど、私達が身近な人たちに無関心になっていくということだ。ビジネスという動機付けによって狂ったように加速していく双方向性や身近さ、帰属意識捏造は、私達のコミュニティ破壊している。私達はコミュニティから得ていたものコンテンツから摂取するようになり、身近な人と人との繋がりに感じる価値絶対的に低くなり続けている。身近な他者との繋がりではなく、「推している物事」が自己規定するようになる。限られた一部の巨大化した人気者に人間感情は集中して向けられる。つまり自己規定も、その多様性を失いつつある。

アイデンティティ商業的に画一化された社会で、何か物事に対してネガティブなことを発言するのは、その物事存在依存した大量の人間を傷つける行為だ。インターネットの人気者に対して有象無象友達のような態度で褒め称えたり慰めたりする光景を見たことがあるだろう。遠く離れた手の届かない人間友達だと勘違いさせられた哀れな人間が、友達成功を喜び、友達悪口を見聞きして傷つくわけだ。なんて馬鹿らしいことだろう。コミュニティ破壊され、「推し」が自己規定するようになった人間が増えると、悪口の影響が不必要に大きくなる。これがインターネット悪口を書きにくくなった大きな理由の一つだ。

私はインフルエンサー悪口を書くべきだと考えている。誹謗中傷をするやつは画面の向こうに人がいることを忘れた~とか間抜けなことを抜かすやつがいるが、それは人から好かれる性質を楯に欺瞞を広め数字を稼いで人間生活破壊しているインフルエンサーにこそ当てはまる指摘だ。巨大化した人気者に人間の、限りある負の感情を集中して、巨悪を打ち倒すべきだ。自分行為と人々に感情を向けられて得た利益を棚に上げて、受けた被害ばかりをことさら強調する悪党を、許してはいけない。そして悪口によって沢山の人を傷つけることで、「推し」が自己規定するようになってはいけないという、極々普通の当たり前のことに気付かせるべきだ。そして、嫌いなものがある人間面白いという、当たり前のことにもう一度立ち返って、私達は、私達の隣人と慎ましく暮らそうではないか。もう一度、愛と尊敬の念を持って、私達の身近な人々と日々の生活を形作ろうではないかインフルエンサー駆逐せねばならない、と強く思う。

2024-01-29

anond:20240128182712

全然矯正されない、、いや、なんだかんだずっと一人になれない環境でなんとかやってるのだから矯正されたのかな?

1個アドバイスにもならないアドバイスというか、最終手段かもなんだけど、期待しなければ割と耐えられる

辛いとか悲しいとか怒りとかは相手環境に期待しているから生まれてくるものなので、そこに希望を抱かなければ負の感情も生まれにくい

一人になれないのが辛い人って未だ一人になれるかもという希望を持ってるんだと思うんだよね

から今後の人生でもうひとりの時間を楽しむっていう選択肢は消してしまう。選択肢があると思うからつらくなる

自由に空を飛び回れないって理由しんどい人間っていないと思うんだけど、

もし自由に飛び回れてた人が飛べなくなったら絶望半端ないと思んだよね

周りの友人が飛び回ってるならなおさら

から最初からそんな選択肢はないのだと納得してしまうと良いかなと

そしてそれはそんなに悪いことじゃないのよ

2024-01-26

anond:20240121221433

3話まで見たけど、ブレイバーンとイサミの感情のズレをああも繰り返し見せつけられると、ブレイバーンがただ他人の話に聞く耳持たない自己中というより、実はイサミの嫌悪感とか負の感情ブレイバーンにとって美味しい餌になってるんじゃないかと思えてきたわ。

2024-01-24

anond:20240124202726

9:1くらいで増田に非はないと感じる。

その前提で、相手先行ブロックしていたのは、増田に頼らず自分の力だけでやってみたかっただけかもしれないことを言っておきたい。負の感情がなくてもブロックすることはある。

ただ、その上で増田不快に思う気持ちは当然で、増田の行動は確かに行きすぎた部分もあるかもしれないが、その位は言う権利があると思う。意趣返しでもなんでもなく直球で文句なのだから、これはもう仕方ない。

ただ、A子さんは恐らくスキルとして自分のまずいところを察知する能力も切り分ける能力もない。

から、そこは諦めるか諭してあげるかしてあげてほしいなという気持ちはあった。

でも、この手の人に諭してもヘイトをためて向こうが絶縁してくるだけなので、どちらにせよ不毛である

お疲れ様でした。

2024-01-18

anond:20240118155947

インスタに子供写真とかハイスペ彼氏写真を上げまくってる女子サークル時代はパッとしないか

埋もれていた人なので、「満たされている」というよりかは「満たされてなかった」人が取り戻してる感じがあるな。それで今は満たしている最中なんだと思っている。


でも「受け手を喜ばせる情報」ではなくて「発信者である自分を喜ばせるための情報」を永遠に見続けるのはストレスなので、2ヵ月くらいたったらミュートにしている。


カッコいい彼氏ができた、子供ができた、そこで舞い上がって自慢するのはわかる。

こちらも近況がわかるし、素直に喜ばしいと思う。

でも舞い上がりの時期が終わって、興味が無くなっても、

いつまでも需要の無い同じ情報を発信してくるのはささやかな加害だ。


相手の底の浅さが見える。飽きる。飽きると粗が見えてしまう。

「あ、こいつマウントしたいんだな」と思ってしまう。「そういえばこいつパッとしなかったな」「愚痴ばっかりだな」「ガキの顔上げながらガキの愚痴言うの頭おかしくないか?」「なんで知らない男の笑顔見なきゃいけないんだ?ちょっと男の顔も呆れてるし」

負の感情が増えていく。

妬みや恨み、その果てには。「お前さ、俺の事馬鹿にしてるんだろ?言えよ!」

ってなってくる。そうなったらそっとミュートする。人間性を疑う場合ブロックしておく。

ストレスを貯めないのが人に優しくできるコツだ。

2023-12-31

>あまりにも口調が荒い意見、偏った意見、もはや憎悪でしょそれ…みたいなダイレクト負の感情

ウチら本家やし😤

Twitterくんにちょっと疲れちゃった

Twitter、本当に色んな意見が聞けるから目から鱗ときや見え方が広がるときもあるし、バズによっては日常生活じゃ辿り着けない話題に辿り着けたり(最近だと素敵な短歌を知れました^^)するから大好きなんだけど、最近ちょっと疲れちゃったな

まりにも口調が荒い意見、偏った意見、もはや憎悪でしょそれ…みたいなダイレクト負の感情に晒されすぎちゃった

からこんな時間になるまで増田でひとりもそもそ日記書いてる

優しい人だけフォローしてても、TLの更新止まったら退屈になってついついおすすめを見てはしんどくなるのを繰り返してるから、思い切ってアンインストールちゃおっかな

いつかまた優しいTwitterに戻りますように

2023-12-19

anond:20231217212104

相手男性で同じ態度とられてもこんなケチョンケチョンに言うんかな?言わんやろな。

善意忠告したのに嫌な態度されたのは気の毒だけど、そのエピソードの書きぶりからし女性に対する負の感情を感じ取られたんだよ。

2023-11-27

認知症祖母が亡くなった

喪服に腰回りが入るか心配をする季節。祖父三回忌がもうじき行われよう、という頃であった。


祖父を追うようにして、と言うには少し年月が経っていた。そして、三回忌になる祖父の死を、祖母認識できていたかは、はたしてわからない。


介護4。祖母認知症を患ってから、もう20年は経っただろうか。


合掌。


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戦前を知る祖母海外旅行が好きで、アルバムが何冊もある。そのほとんどをめくったことはないし、思い出を尋ねたこともないが…。実に惜しいことをした。


裁縫が得意で、幼少期に好きだったゲームキャラクターぬいぐるみを、ねだって作ってもらったことがある。手作りプレゼント、と思い返すと、今でも気持ちがあたたまる


祖母は長年、自営業だった祖父会社経理を務める傍ら、学童保育なんかの地域活動に勤しんでいた。60歳を過ぎたあたりで、そうした仕事縁が切れてしまったようで、毎日特にすることもなく、会う人もなく、自室に籠りがちになった。


特に具合が悪いとは聞いていないが、時おり部屋を覗きに行くと、散らかり放題。まず、足の踏み場がないくらい服が散乱している。万年床で力なく横たわる祖母の頭上には、布マスクが何枚も干してあり、床には消費期限切れのあんぱんやバナナが、袋に入ったまま潰れている。


当時はげっそりするばかりで、祖母を慮ることができなかったが、おそらく、鬱だったのだと思う。社会に、自分の居場所がなくなってしまったのだ。家族でさえも、居場所を作れなかったのだと思う。


おばあちゃん、なんかヘンだね、と家族話題にあがることもあるが、「しっかりしてよ!」と本人に言うくらいで、解決のしようがわからない。これからしばらく経つと、祖母の口から物や人の名前が出てこなくなり、めっきり口数が減った。


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次いで、認知症らしい症状が出てくる。


自分食事が済んで部屋に戻ったあとで、入れ歯咀嚼時間がかかり、食事の遅い祖父に対して「まだ食べているのか」「洗い物ができない」と小言を言いにくるようになった。…3分おきに。


まりに頻度が過ぎるので、逆に祖母咎められる始末。でもまたすぐに、小言を言いに戻ってくる。まるでコントのようだが、本人の言い方は鬼気迫っている。見方によっては、祖父にだけは強く出られる、…それは愛情だったのかもしれない。


わかった、わかった、と折れるが食事の終わらない祖父。 その後、また小言を言いにくる祖母祖母老人ホームに入るまで、夕飯時はこのシーンが毎日、繰り返されることになる。


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振り返って、認知症の決め手に思えたのが、「死んじゃいたい」という祖母発言だった。小言を言うようになって1年ほど経った頃に、祖母ふいに口にしたのだった。


なんてことを言うんだ…! …と驚いた。家庭に、希死念慮のある人がいるとは。


「情けないよ、死んじゃいたいよ」


これを何遍も繰り返す。認知症の人は、直近の出来事記憶はなくなっても、腹が立った、哀しかった、恥ずかしかった、という感情は残るのだという。おそらく祖母は、このときには自身認知症をはっきり自覚していて、それに伴う負の感情が、いよいよ堰き止められなくなったのだろう。


これはもう家族の手に負えない、と思って診断を受けてもらうと、当時は軽度ではあったが、やはり認知症認定をもらったのだった。遅かった、と悔やむが、早ければどうにかできたのだろうか。接し方くらいは、変わったかもしれない。


買い物は危ない。出先で声をかけられたのか、家族登録済みの生協個人でまた登録してしまったり、フルーツ訪問販売に食べきれないほど買わされそうになったり、人の良さや判断能力の鈍さに"付け込まれる"ことは多々あったが、それでも祖母は、自宅で自分身の回りのことをやれるだけの元気はあった。


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我が家ではねこを飼っている。認知症祖母にとっても、ともに同居する家族にとっても、ねこ存在は救いだったと思う。


相変わらず祖父への小言は絶えなかったが、ねこを愛でるときは、祖母本来の、やさしい気質を感じさせた。


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祖母と過ごした時間は、祖母認知症を患ってからの期間の方が、ずっと長くなった。


もう祖母の思い出というと、例の夕食のシーンがほとんどだったが、あるとき反物をもらったので、これを浴衣にしてほしい、と無茶を頼んだことがある。


「ずいぶん久しぶりだから、どうかしら…」

ちょっと困った顔をしていたが、やるだけやってみる、と十数年ぶりかに、針と糸とを手に取ってくれた。


数日後、ちょっと丈の短い浴衣が完成していた。物が出来上がったこともうれしかったが、大変だったのよ、とこぼす祖母の"小言"にも、うれしさを感じた。


**


それから私は家を出て、LINE家族から近況を伺うか、たまに帰ると名前を忘れられている人になるか、そういう距離感祖母と接していた。


認知症が進み、施設介護必要になってきた。ショートステイから始めて、遂にホームに入居するようになった。相変わらず、祖父食事が遅いが、それを咎められることもなくなり、家は静かになったそうだ。


一方で、祖母ホームではよく食べるようで、自宅にいた頃よりもがっちりとした姿を写真で見せてもらっていた。


**


一昨年、祖父が持病で亡くなった。


"長生き"が目標。90歳を超えて、呼吸や聴力、咀嚼に難はあったが、認知能力問題はなく、足腰は丈夫で、最後まで自分身の回りのことはこなしていた。友人には先立たれ、お金もあまりなかったようだが、酒と煙草はやめられない。…適量でね。カメラ高校野球が好きな、元気な人だった。大往生だろう。


年齢からすると、祖母大往生と言える。ただ、人生の後半20年は、認知症との並走だった。家族も辛かったが、本人も辛かっただろう。どんな心境だったか、皆目検討がつかない。


本人が「情けなくない」と自分安息できた瞬間は、この老後にあっただろうか? ひとつねこを撫でているときは、そうだったかもしれない。


孫の私は30歳を超えて、訃報を聞いたきょうも、だらしなく生きている。もう倍生きると、祖母認知症が始まった歳になる。


「情けないよ、死んじゃいたい」と、私もいずれ、誰かに言うことになるかもしれない。誰に言えるだろうか? そう口にしてから、どう仕切り直していけるのだろうか?

2023-11-26

ネット流行語大賞どっちも酷すぎるwww

ネット流行語100 2023

ニコニコ大百科ピクシブ百科辞典がやっている方。

百科のページアクセス数だけで決めているという潔さはいいのだが、そのせいで作品タイトルキャラクター名ばかりになっている。

ブリ管理とかも一切せずFGO・ブルアカガンダム辺りから複数ノミネートが当たり前のように起きている始末。

つうかそのキャラ去年から居たじゃんって状態のもチラホラ。

これを見ても「何が今年話題になったのか」なんて全然分からん

たとえば「にじさんじ」が流行語とか言われても2023年のにじさんじの何が流行したんだよとしかならなくなねっていうね……。

つうかどれも「それの何がこんなに流行ったのか」が全然伝わらねえのよ。

1人3つまで!『ガジェット通信 ネット流行語大賞2023』一般投票スタート / 締切は11月29日17時 | ガジェット通信 GetNews

ガジェット通信がやっている方。

ユーキャンがやっている流行語大賞と比べると治安の悪さが一目瞭然。

増税メガネに始まりドリル優子や公金チューチュー、教育教育死刑死刑スシローペロペロ、最新のネタとしてデスマフィンまで取り入れる貪欲さ。

もはや私刑のセケンレイプとさえ言えるラインナップでインターネットという空間に人々が求める負の感情が凝縮されている。

これを変なノリの個人や5chのまとめWIKIではなく営利団体記事の一環としてやってるんだから恐ろしい。

親会社未来検索ブラジルからこそ令和にこんなノリが出来るんだなあ。

2023-11-17

ファンクラブに入る幸せ

スポーツでもアーティストでもアイドルでもマイナー趣味でもなんでもいいんだけどさ

ファンクラブに入るってことはそれだけその物事に対する熱量があるからできるんだろう

有料ならなおさらだけど、無料であっても自らファンクラブに入るって行動起こすのはそんなに簡単じゃない

増田にはそんな熱量を持てる事柄存在しないから、そんな人は幸せなんだろうなと思う

もちろん、ファンクラブのしがらみがあったり、希望サービスが受けられなかったりと負の側面はあるんだろう

だけど、負の感情を持つことも熱量があるからこそなんだよね

増田には本当にそんなものがない

世の中に対する関心が薄いかっていうとそうでもないんだよな

例えば、日本代表スポーツはそれなりに見る

最近で言うとバスケW杯ラグビーW杯などは楽しんでみた

からと言って、Bリーグとかほかのラグビー観るかっていうと観ない

大谷翔平MVPもすごいなあとは思う

だけどメジャーリーグは観ない

麻雀Mリーグ結構見てる

でもファンクラブに入る気はない

Abemaプレミアムに加入する気もない

ほどほどに楽しめてるからいいのかもしれないけど、もっと熱量をもったほうがいいのかとも思う

今後、どうすればいいんだろうか

2023-11-14

人類幸せを願える人間なんているの?

多かれ少なかれ誰かしらに負の感情を抱いてて、

そいつが不幸になれば嬉しいって普通感情じゃないのか?

2023-11-13

他人の歳の差婚やデキ婚負の感情を抱く理由わからん

無関心ならわかるが自分関係ないことでなぜ怒るのか

本当の本気で全くわからん感情

2023-11-12

ビンの蓋の話

 いい年をして職場押し付けられる事務処理がなかなか自分担当というかたちから変わらず、やりたくねえなあと毎日思いながら毎日やっている。

 誰に尋ねても必要性がうまく説明できない業務と、それに伴う得体の知れない数字PCスクリーンと紙面の両方でこれをにらんで、憎悪疲労で膨らんでいく負の感情を、せめて、自分の次の若手はこういうくだらない作業から解放してやりてえな、という気持ち中和しようとしながら、積み重なった量をようよう消化している。

 あるイラストレーターtwitterで、「自分が受けた嫌な経験を、他人には経験してほしくないと思うのと、味あわせたいと思うのと分かれ道はどこにあるのだろうか」ということを書いていた。

 これを見て最初イメージしたのは、中学生の頃にやったドラクエ7の石板集めのことだ。

 ストーリーを先に進めるために、割れた石板のピースを集めて一枚に復元する必要があるのだが、これの一部分が欠けていると、極端な話、これまでに行ったすべての街やダンジョンを訪れて探し直さなくてはならない。ちょうどゲーム攻略インターネットクロスし始めた時代だったので、自宅に環境がある人なら特に困らなかったのかもしれないが、我が家はそうではなかった。一度通過した興味のない場所を嫌々たどり直す、ただただ苦痛で、うんざりさせられる「作業」に多くの時間を費やすことになった。

 ドラクエ7は何回かリメイクされているようだが、もし石板集めが簡単になっていたら、過去経験者としては少し残念? な気分がなくもない(それこそ、いまはネット接続しない攻略環境なんてほぼあり得ないので、当時のままでも困りはしないだろうけど)。

 あれが醍醐味だったのに、とは口が裂けても言えない。あの石板探しはまごうことなゴミ要素だった。

 それでも、今のユーザーにもあれを経験してほしい、と思うのは…なんだろうな?

 もしも楽になってしまったら、当時のプレイヤーけが馬鹿馬鹿しい時間の浪費に巻き込まれたことになって気に入らないから?

 「まあさ、こういうゲームだったんだよ」と新規ユーザーの肩を笑って叩くため?

 なんにしても後ろ向きで、なんとなく湿り気のある、あまりポジティブ感情ではなさそうだ。

 ゲーム経験というのは、けっこうこういう感情に人をとらえがちな気がしていて、過去経験者はどこかで、評判の悪い要素にブーブー言いながら、新しい参入者も被害者になるのをどこかで楽しみにしている気がする。

 それでも、嫌な経験というのは、基本的には根絶されていくべきだと思っている。

 だいたい、世代が変われば次の世代にはそのとき悪弊が新たに生まれるのだから、今あるもの積極的に無くさなければ、どんどん増えてしま理屈である。俺が最後世代だ。そういうつもりでやっていることがいくつかある。

 職場燃え尽きた人がいる。

 そろそろ定年も見えてきた大変に優秀な人である燃え尽きた、ということは過去燃えていたということでもある。

 俺のやっている気の滅入る事務処理だってちゃんとやらなければ会計に細かい狂いが生じたり、今後の事業計画に影響したりするので無駄とは言わないが、その人が以前所掌していたのは、組織の今後や体制にモロにかかるような仕事だった。その業務を進める過程で、組織内に一定数いる非合理と旧弊権化のような上層と同僚と、あとは人ではない空気感みたいなものに対して戦い(別に、あらゆる古いものがすべて悪いわけではないが)、すり潰されて疲れて、最終的に2勝8敗、ぐらいの感じの人だ。

 その人とこの前に話をしていた。流れで、ある事業広報方針について「あれはどうもおかしいと思う」という話題になった。

 それは以前、この人が取り組んで最後まで取り崩せなかった、企業の内部コミュニケーションの不足と各セクションごとの自負と他課へのおもねりあいが嫌な感じに複合した悪魔のような部分と関連していて、火中の栗というか、正確には昔その栗を取ろうとして大火傷をした人がいたので冷めても誰も手を出さなくなった、みたいな状態なのだが、その火傷を負った当事者であるその人は俺の話を聞きながら、(特に期待もしていないだろうし、俺は登った梯子を外されるほど仕事ができない)「今だったら、自分ならこうするな。やってみれば」というようなことを言ってくれた。俺はというと、自分でも意外だが、まあ頑張ってもいいかもな、と思った。

 何年も前に読んだショートショートで、飲み屋で誰かが開けようとしたビンの蓋がなかなか開かず、その場にいた何人かの客が挑戦したあと、特に体格がいいわけでもない冴えない男がそれを開けてみせた、という話があった。

 様子を見ていた語り手に男が聞かせたところによると、ああいものは色んな人が挑戦するうちに、誰も気づかないうちに少しずつ蓋がゆるまっているもので、自分成功したのは、その頃合いをちょうどつかまえただけなのだ、ということだった。

 科学的には力が足りない者が何人挑もうが関係ない気がする。それはともかく、この世の色々なビンの蓋が、色々な人の手によって少しずつゆるまっているということを考える。

 まだ蓋が固く閉まっているなら、強烈な英雄でなければそれを開けられないかもしれないし、誰も成功しないかもしれない。ただ、特に優れたところのない人間でも、単にやろうとするというだけで、結果として蓋を開ける最後の誰かになるかもしれない。

 なので、くだらないことは終わりにするよう頑張りたいし、意味のあることは始めていきたい。それが凡夫の目に無価値有意義と見えるだけで、実はちゃん理由があって余計なことはしない方がいいことだってあるだろうが、それはまた別の話である新劇エヴァだって、Qのあとちゃんハッピーエンドで終わったじゃないか。まあ、それでも、ドラクエ7未来プレイヤーが虚ろな目で画面をにらみながら、あのくだらない石板を探さなくて済むとなると、それは多少、面白くねえなと思わなくもないわけだが。 🦑

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