はてなキーワード: 論点のすり替えとは
弾きだされて仕方なくなっちゃうような職業が底辺だろ。もっと学歴よかったら「警備員」にはなってなかっただろうなとか、親ガチャ大当たりだったら「介護職員」にならずに済んだのにとか。
結局上下というものは確固たるものとしてあって下の方から余り物の職種につかざるを得なくなっちゃうわけだよな。
こんなこともわからない愚鈍な奴だからこそなれる職業に余り物しか残ってなかったんだろう。
しかしそういう奴がいなっかたら今上の職業にありつけてる奴は下の方からそういう底辺職にならざるを得ない不可抗力に押し出されていくわけで…いやありがてえありがてえ!
「誇りを持ってやってるのにそんなこと言われて悲しい」だって?そりゃ底辺でもなっちゃったからには誇りを持って取り組もうってそいつが勝手に思ってるだけの話でしょ。ルサンチマンみたいな論点のすり替えやめろって話だな。
それは間違ってるとは言わんがな?けど論点のすり替えではあるよな。
お城を作ったのは大工さんだが、それは城とはいえ大名個人による依頼なんよな。町となるとちょっと話は違う。
「町だって建物作って町を作り上げたのは大工や諸々の人たちじゃないか」
その通りだが、大工は別に大工を排除した町造りを依頼されたわけではない。
何を言いたいかというとだな。依頼である以上、受けるかどうかは業者次第なんだよ。
女だけの町を作りたいから、お前ら作れよ。といわれても、気分わりーから受けないわと言われたらそれまでで、その自由は業者側にあるんよな。
「大工仕事やら道路の敷設やら、都合いいとこだけ使って、心底じゃ男を排除したいと思っているのが見える相手からの仕事なんて受けたくない」と、思うかどうかの自由は受ける側にあるんだから、そこを無視してお城と大工の例を出されてもな。そりゃ個人依頼のお城作ることに抵抗感なんて湧くこたないんだから大工さんだって儲け話ってだけで引き受けられるだろ。ちからの見せ所と感じて発奮すらするかもしれんな。気に入られたら次の仕事に繋がるかもだし。
そういうのと全っっっ然話は違うぞ。上っ面の構図だけ合わせて同列で比較するのは詐欺師の手段だからな。マルチまがいなやつらとかの得意な手だ。無意識でやってるなら気を付けた方がええぞ。
「トランス差別 女子トイレ」と検索すると、トランス女性が女子トイレを使用することに反対することはトランス差別といった記事が結構ヒットする。
たとえば、したり顔でトランス差別である理由を書いているもの→https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_6195e619e4b044a1cc02391e
この記事によると、それがトランス差別である理由は以下の4つが理由らしい。
① 性犯罪者と見分けがつかないから怖い→両者は「別の人」です
②心は女性だと言えば女子トイレに入れるようになる?→そんなことにはなりません
③法律で、戸籍上の性別と異なるトイレは使えないようにするべきでは?→それをしたら、逆に混乱が生じます
④トランスジェンダー女性を「排除」しても、違法な侵入者はいなくならない
一見もっともらしいが、かなり危険な論理であることは、少し考えれば分かる。
そして、トランス差別であると主張する人は、この危険な論理が自身に跳ね返ってくることに無自覚なまま、あたかも「正論」を振りかざしているのである。
①
これはまったくもって正しいのだが、性犯罪者(=男)の侵入を防ぐには最適な方法ではないだろうか。
②
では、誰が「この利用者はトランス女性だから女装した変質者ではない」と判断するのか。
③
法律ではできないのだから、何らかの線引きを規範として定めようという話では?
④
①と同じ。ただの論点のすり替え。
トランス女性の利用を拒否する女性の心性は、電車でわたしの身体をまさぐった変態を排除するために、あの気持ち悪いペニスが女性空間に存在する恐怖を封じ込めるために、わたしにトラウマを植え付けた変態から離れるために、当然のものといえる。これを差別と言えてしまうのは、あなた何様?
そういう人は、女性専用車両前で待っている女性客に向かって「痴漢とここにいる会社員は別の人です!そもそも女性専用車両を導入しても痴漢はなくなっていません!」と叫んでいるのだろうか。
女性専用車両は、男=痴漢と決めつける、男を排除しても痴漢は減っていない、ただの男性差別でしかない。
トランス差別を主張する人の論理は、知らず知らずのうちに、自身の差別性を綺麗に明らかにすることになっていたのである。
繰り返そう。
女子トイレを利用する前に、カメラが仕掛けられていないか、トイレの前でさっきいた怪しい男が居座っていないか、などなどただの排泄に嫌な思いをしまくっている女性の本音を差別などと断定できない。
あるいは、これが差別であるのなら、掛け値なしの本音なのだから、もう仕方がない。
現状、「私はトランス女性です。決して変質者ではありません。ペニスはありますが、関係ありません。誓ってただ排泄をするだけです」を女性側に信頼させる装置は一切ないのだから、女性専用車両と同じように、ある程度の線引きは必要である。
そして、それが差別というのであれば、そういう制度が整っていない環境を責めるべきであり、女性の本音が差別である、というのはやはりおかしいのである。
余談
①これはもう言葉遊びにすぎないのだが、トランス女性がただの排泄に嫌な思いをしまくっているのであれば、それはその否定性において、女性であることを強く証明しているのである。
②清水晶子というフェミニズム研究者かつトランス差別反対論者が、以前、今回言及したペニスに関してツイートしていた。
要するに、怖いのはペニスそのものではなく、ペニスを持った危険な男性である。そして安全な女性空間にトランス女性が入ることとそのトランス女性と危険な男性を同一視することは、トランスフォビア(≒トランス差別)である、というもの。
これは、女性専用車両にも適用できるものであり、怖いから事前に避けるというのは全く不思議ではない。別に、怖いのはペニスでも男でもどっちでもよくて、要は怖いから守られた空間にいたいだけの話では?
横断歩道を渡ろうとして、車が来た場合、「車には歩行妨害禁止・一時停止義務があるから私は安全に渡れる!」と歩みを止めない人ってどれくらいいる?
おそらく、文字通り向こう見ずな未就学児だけでは?
「もし止まってくれなかったら轢かれるし、様子見するか」が正常な判断。
トランス差別を主張する人は、ぜひ赤信号でない限り、歩行を止めないでください!われわれは、怖いので、自衛します。専守防衛。
そういうの含めて権利者の裁量で著作物をどう扱いたいかを決められるってことよ。
著作物を売りたいなら締付けを弱めればいいし、別の意図があるなら小学生だろうが何だろうが取り締まればいい。
それを現状そうなってもいない意味不明な過程を持ち出して「ってことになる」とか何の話してるんだ?
論点のすり替えなら下手すぎるし、真面目に言ってるなら論ずる価値もないアホにしか見えん。
お前が言ってることは「俺が望むことを実現するためなら他者を害しても構わない」ってことだよ。
アンフェのために論点のすり替えの見本文を書いてくれた優しい人
男はブス女を見ると「こんな奴のオマンコにチンポを入れられるか!俺に近づくな!気持ち悪い!お前どうせオハギに愛液入れてるんだろ?俺に惚れてるんだろ!キメー」って過剰反応する。
女もブス男を見ると「こんな奴のチンポをオマンコに入れられるか!私に近づくな!気持ち悪い!お前どうせ毎日私で精液出してるんだろ?私に惚れてるんだろ!キメー」って過剰反応する。
別に相手がLGBTかどうかなんて関係なく人類は皆過剰反応しててヤバイよ。
相手が自分に性欲を感じうるってことに対しての自意識が過剰すぎる。
それとも自分が「性欲をメラメラさせる奴が悪いんだから、レイプしてもそれは自然の摂理だしいいよね」とでも思ってるんじゃねーのか?
いわゆる「痴漢したくなるような格好で街を歩いている女が悪い」「アイドルやホストは性を売っているのでストーキングされても仕方がない」とか言い出すタイプ。
性欲が過剰だろうがなんだろうがレイプは犯罪なのでそもそも普通の人間はやらない。
あー幽霊の正体見たり枯れ尾花だわこれわ。
お前の正体!見破ったぜ!
妖怪ウォッチ起動!
レイプはされる方がえっちなのが悪いと主張する妖怪。ジャップ地方に出没。特技は論点のすり替え。だと自分で思っているが実際にはロジックが完全に破綻している。必殺技は逆上個人情報バラマキ
まず前提として、イジメた側とイジメられた側を比較するならばどう考えてもイジメてる側の方が悪い事は火を見るよりも明らかである。
したがってイジメられた側に落ち度が在るか否かの議論をするヒマがあるなら、また、イジメられた側を非難するヒマがあるのならイジメた側の落ち度を非難すべきだ。
今でこそLGBT等で人権意識が高まりつつある中、昔よりはイジメの被害者が守られる傾向にあるのかもしれない。
自分は昔の古い教育体制で育ったもんだから中学時代なんか教員にその手の発言(イジメはヤラれる側も悪いという趣旨の)をする連中はザラにいた。
でもそれを聞く度に得体の知れない違和感を子供ながらに常々感じていた。
それはイジメの加害者を見つける努力もろくにせず、見つけたとしてもそいつに対する追及もそこそこにしておいて(酷い場合など少し加害者の肩を持って理解を示し共感してやがる)、イジメられた側にも落ち度があるんだという論点のすり替えをしてるからに他ならないと漸く今になって思う。
確かにイジメられた側には周りの人間との「違い」はあるだろうな。
背が低い、太っている、毛深い、髪の毛が生まれつき茶色い、運動音痴、勉強が苦手、イジメられてる子を庇った、家が貧しい・・・。
でもそれらは他の人との「違い」であって決して「悪い」のではないのだよ。
「悪い」人間を差し置いて「違う」人間を秤に掛け非難する不条理がこの世の中にまかり通ってしまっている。
未だにイジメはイジメられる方も悪いとかいう戯れ言を抜かしてやがる連中よ。
その無い頭を振り絞ってよく考えてみな。
あんなのをネタに記事を作らないと見てもらえないって、そもそも記事を書く才能がないんじゃないのかって話だよ。
見られりゃ何でも良い、読まれりゃ何でも良いってなら、そんなのその辺のYouTuberにでもやらせておけばいい話。
もはやそんなものしか作れないようなメディアはゴミと変わらない。
だいたいひろゆきなんてのをネタに使うこと自体が駄目なんだよ。
常に屁理屈、誰かに指摘されたら間違った知識を当たり前のように反論材料に使って
それも指摘されたら尻尾巻いてスルーしはじめるってヤツの何が良いの?
だれも「現実的だから面白い」あるいは「現実的でなければ面白くない」なんて話はしてない。
「面白さ」なんてどうでもいい。
大元増田の論点は「フィクショ内での、【ある表現・設定】に難癖がつかないなら、【その表現・設定】は現実世界の価値観で広く受け入れられている」だ。
言い換えれば、
「現実世界の価値観で受け入れられていない【表現・設定】は、(たとえフィクション内の表現であっても)難癖がつく」だ。
たとえば直近の炎上でいえば、ルックバックで描かれた犯人が統合失調症への差別につながる、だとかそういうのだ。
そばかす姫で細田守の行政不信癖が叩かれてたのも記憶に新しいな。
ま、これまで炎上してきた数々の作品をみれば言いたいことはわかるだろう。
で本題に戻ると、もし仮に、社会が本当に「大人×子供の恋愛・性交」に否定的であったならば、大元増田に上げられているような国民的アニメで「大人×子供の恋愛」が描けるはずかないんだ。
だってそんなことしたら炎上するし、ボロクソに叩かれてしまうからな。
「大人×子供の恋愛」が、ごく普通のメジャーな作品の中で(ここ大事)、当たり前の表現として描かれている。そしてそれに対してクレームがついてない。
このことこそが、現代日本を生きる人々の価値観に「大人×子供の恋愛・性交」が「否定すべきでないもの」として自然に溶け込んでいることの証左だ。