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2022-11-06

[] そのよんひゃくななじゅうさん

レオナルドゥーッス

 

日曜作業お疲れ様です。

本日戦争武力紛争による環境搾取防止のための国際デー日本ではお見合い記念日です。

環境搾取と言われると微妙に分かりづらいですが、戦争をしてる人達が優位になるために現存自然環境破壊することですね。

井戸水に毒を入れるとかの奴です、アレをやっちゃうダメなんですって。

喧嘩すんのはいいけど後片付けはちゃんしろよって話ですね。

でもあまりにも人数も多いしみんな正気じゃないから、他の団体が事前に動いて上手いこと頑張ってるらしいです。

まぁどちらにせよ戦争ちゃうと色々大変だよね〜って話ですね。

今じゃ勝っても戦い方が晒されてしまう世の中ですから、勝っても負けても当事者達には損が多そうですね。

 

ということで本日は【作業後の清掃よいか】でいきたいと思います

作業後の清掃よいか作業後の清掃ヨシ!

 

それでは今日も一日、ご安全に!

2022-10-16

32年前のUR団地に住み始めている

日本不動産バブルの真っ只中、三菱地所ニューヨークロックフェラーセンターを買収した1989(平成元)年10月31日、その少し前に竣工されたUR団地に住み始めている。

10月なのに朝と夜が結構寒い。外気は16度ぐらい。

・この冬の電気代が怖い。引越し前に電力会社10回ぐらい電話して従量電灯Bにしておいて良かった。

・上階の生活音が結構聞こえる。ドラム式洗濯機は設置できたが、なかなか乾燥が終わらないのでクレームにならないか心配

・午後6時くらいになると様々な家庭の料理のニオイが部屋に流れ込んでくる。

キッチンレンジフードに頭が当たる。160cm未満の身長の方(というか女性)が料理することを想定しているのでは?

・やっぱり畳良いかも。

・周辺環境が凄く良い。緑が多く散歩コースが素晴らしい。横断歩道を渡らない生活最高。コンビニスタバマクドサイゼドラッグストア、最寄り駅まで歩いていくとき、「信号を待つ」という概念必要ない。

団地内の商店街最近出来たような個性的なお店が何店舗かある。もちろん横断歩道など渡る必要などない。団地商店街=衰退という認識は間違っていた。

運転やすい、駐車しやすい。車で行ける外食や小売の郊外店も楽しい最近も新しいお店が出来た。

子どもをよく見かける。もっと老朽スラムっぽいのかと思っていた。

まとめ:

当時、不動産ブームだったならば、せめて窓・サッシ・ドア・スラブ厚にもう少し余分に投資しておけば全然違った。団地の周辺環境は素晴らしいが、団地自体負債が多いと思う(多分、URのPL上でも減損処理されている or いずれされる)。このレベル居住空間で、もはや経済成長必要ないみたいな発想になれてたのは不思議

そもそも「断熱」という概念があったのか疑わしい。ただ、表面的なリノベではなく、しっかりとした改修をすれば住み心地はかなり良くなると思う。住宅性能を考慮しつつ、自然環境郊外店の面白さ・人口密度の低さを取るならば、この辺の戸建てに住むのが良いのだろう。

横断歩道を渡らない生活がとにかく良い。世界的な「ウォーカブルなまちづくり」の流れからか、国交省も沢山の補助金を用意しているが、この点に関してはすでに32年前の水準を超えるのは難しそう。

追記:

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/twitter.com/ueno_wan/status/1580566196164100096

この上野先生の二流国家定義不明だが、信号無駄に渡らせるまちづくりをする国家である趣旨ならば、それは完全に同意できる!信号がなければ自動運転社会はもうすぐだ!

日本人が没落したこの32年間で信号を作りすぎた可能性がある。32年前の一流国家ときのように、信号をなくそう!横断歩道は待つためにあるのではない、なくすためにある!

ちなみに、確か上野先生ジェンダー理論では大量に作られた51C型間取りが「標準家庭」を大量生産したと主張されているが、単に当時の日本人が貧しかっただけなかもしれない。今の70~80平米の3DKが51C型なのか分からないが、案外テレワークしながらの1人暮らしにちょうどよい。51C型提唱した鈴木成文の本を読みたくなっている。

2022-09-30

経済成長環境の両立に「出生率低下」が重要なワケ、ノーベル賞候補とされる米大学教授解説

https://news.yahoo.co.jp/articles/9578101d979ca88fa83380bfda72c03301c1ba93?page=1

経済成長は、地球自然環境の維持と本当に両立できないのだろうか?  私たちは、そのどちらかを選ばねばならないのか? 

必ずしもそうとは限らない。国際比較分析からは、次のことがわかる。

人口の増加は炭素排出量の増加につながるが、その排出量増加分は、人口を増やす代わりにその分だけ物の豊かさを増したとき炭素排出量の増加分よりも一桁多い。

まり人口が5000万人で1人当たりの所得が1万ドル地域は、人口が1000万人で1人当たりの所得が5万ドル地域に比べて、総所得はまったく同じであるのに、炭素排出量がはるかに多いということだ。

したがって、出生率の低下によって促進される経済成長――生産年齢人口相対的規模の増加による経済成長(経済学世界では「人口ボーナス」と呼ばれている)――は、炭素排出量の予測水準を大幅に減少させうることになる。

事実人口転換(社会近代化する過程で、多産多死から、多産少死を経て、最終的に少産少死へと転換する現象)が始まって以降、出生率が低下したおかげで、急激な人口増加が環境にかける負荷が減ってきている。」


これってめちゃくちゃ正論だと思うけれど

どうして日本ではこの正論を認めず少子化悪玉論をやめようとしないのか

2022-08-15

【再計算】蟻を足で踏んづけてしま確率

通勤中、足元をアリが横切るのをみた。危うく踏むところだった。

今回は踏まずに済んだが、今までに何度となく踏んでしまっているに違いない。

気の毒だが、実際どれくらいの頻度で踏んでいるか計算してみよう。

まず、アリを踏んづけるとはどういうことか。ここでは、ヒトの足の面積のなかにアリがたまたまいることを踏んだとみなす土踏まず考慮せず、靴の凹凸も考慮しない。

言い換えるなら、アリがどれくらいの確率である面積の下にいるかを求めることになる。

まりランダムで移動してくる面積の中に任意のアリが収まるかどうかを考える。

人の足の裏の総面積は、足のサイズを25cm×10cmの長方形で近似すると、これに80憶人をかけて2.0×10^12平方センチメートル、つまり200平方キロメートルだ。実際には両脚なのでその倍、400平方キロメートルになる。

一方のアリは面積は、クロオオアリだと1cm×0.3cmはあるだろう。

アリとヒトがいるのは南極大陸をのぞいた陸地の面積だから、1億5000万平方キロメートルから1366万平方キロメートルを引いて、1億3634万平方キロメートルだ。

もちろん熱帯雨林シベリアとでは人とアリの人口密度が全く違うが、概算のため省く。

また、ヒトは移動している。1秒に1歩踏み出すとすれば、アリが踏まれ場所は1秒ごとに変わっていく。前提として、ヒトは1日に2時間歩いているとする。狩猟採集民族女性が9km歩くというデータがあるし、都会の人間通勤ランチを合わせるとそのくらいだろう。最初の1桁があっていればいい概算レベルの話だ。もともとこの計算は、ヒトとアリが地上に均等に分布していると仮定している。

https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/web/18/071000013/091800005/?P=4

そしてアリの総数は、具体的な数字が出てこないが、アリの体重の合計と人の体重の合計がほぼ等しいといわれているのでそこから算出する。老若男女の平均体重を60kgとし、これが80億人。働きアリ1匹の体重は1mgから5mg、間を取って2.5mgとすると、1.92×10^17匹。日本語にすると19.7京。英語検索するとone quadrillion~ten quadrillion(1000兆から1京)と出てきて、桁として1つずれる。だが、以下のBBC記事を見ても桁数に幅があるし、そもそもこの説に対する疑問が述べられている。1京どころか100兆程度だとも言われているのだ。諸説あるが、間を取って1兆としたい。

https://www.bbc.com/news/magazine-29281253

さて、実際の計算だ。

まず、1個人が1日でアリを踏む確率は、ランダム分布するアリの面積と自分の足の裏の面積が重なる確率、これに試行回数を考える。

これはある範囲から点を選ぶのではなく、面で考える確率になる。たぶん積分を使うことになるので計算が厄介だが、ここでは概算を出せばいい。つまり地球上をアリの面積の数だけのセルに分割し、足の面積もセルに分割、そのなかにアリがいる確率を出す。

個人が1歩でアリを踏む確率

=1-(任意のアリが足の裏にいない確率)^(アリの総数)

=1-{[(南極をのぞいた陸地の総面積/アリの面積)-(足の裏の面積/アリの面積)]/[南極をのぞいた陸地の総面積]}^(アリの総数)

=1-{[(南極をのぞいた陸地の総面積)-(足の裏の面積)]/[南極をのぞいた陸地の総面積]}^(アリの総数)

=1-{[1億3634万平方キロメートル-250平方センチメートル]/[ 1億3634万平方キロメートル]}^1兆

=0.00022202。



グーグル電卓では無理だったが、エクセルだと1兆乗も計算できるとは驚きだ。

さて、アリの面積が消えてしまっているが、これは足の裏に対してアリが十分に小さいので大丈夫だろう。これは任意の点がある面積に含まれ確率と同じになる。

これを2時間続けるとなると、2時間後(実質1日の)アリを踏む確率は、先ほどの確率をpとおき、1秒で左右の2歩とすると

1-(アリを踏まない確率)^(2×60×60×2)

=1-(1-p)^(2×60×60×2)

=0.959133405535374



有効数字はせいぜい1桁から2桁なのだが、普通に歩いていたらおおよそ96%確率でアリを少なくとも1匹は踏んでしまうことが明らかになった。もちろん、都心オフィスや人工的な舗装道路を歩く都会のビジネスパースンはこれよりも確率がぐっと下がることだろう。もちろん、ざっくりした推定なので1、2桁ほどぶれる可能性はあるが、全くの的外れではないはずだ。

せっかく総人口の足の裏の面積を求めたので、全人類が一歩踏み出してアリを踏まない確率を求める。

(全人類が1歩でアリを踏む確率

=1-(任意のアリが全人類の足の裏にいない確率)^(アリの総数)

=1-{[(南極をのぞいた陸地の総面積/アリの面積)-(全人類の足の裏の面積/アリの面積)]/[南極をのぞいた陸地の総面積]}^(アリの総数)

=1-{[(南極をのぞいた陸地の総面積)-(足の裏の面積)]/[南極をのぞいた陸地の総面積]}^(アリの総数)

=1-{[1億3634万平方キロメートル-200平方キロメートル]/[ 1億3634万平方キロメートル]}^1兆

=1



気の毒に、エクセルでは桁が切り捨てられて、全人類が一歩歩くたびにアリが ほぼ確実に踏みつぶされることがわかった。人類がアリを一切殺さな確率を出そうと思ったが、あまりにも確率が低すぎて無理らしい。合掌。

追記

トラバブクマの通り、計算おかしかった。なぜか間を取った値ではなく1000兆ではなく1兆で計算してしまった。

せっかくなのでアリの総数とpとの関係を表にするとこうなる。

なお、1日で踏む確率はp2と置いた。

アリの総数1兆10100兆1000兆1京10
p0.000222020.0022179830.0219597560.199120360.8914393251
p20.95913340611111

このようにアリの総数が10兆を超えると、1日の間にほぼ確実に踏んでしまう。

ただし、確かに自然環境では土壌と素足の間にアリがいても、アリが圧死するとかは限らないという指摘も事実だろう。

コンクリートと靴のほうが例外だし、かなり意図的に踏みつけないときっとアリは死なない。

陸地はコンクリート舗装されていない場所のほうが多く、一方でそうした場所人口密度は小さい。

元来が人とアリが均一に分布しているという無茶な仮定に基づいた計算なのだ

2022-08-04

anond:20220804010951

子供教育とか周りの家族迷惑とかじゃなくて、魚の餌をばら蒔いたりすると水域富栄養化してヘドロが溜まったりして自然環境が壊れることを突っ込めよ

2022-08-02

タバコ有益事実

結論を先に書く、

健康長生きしたければタバコを吸え、統計的実証されました」

 

今すぐコンビニに走りタバコを買ってこい、素人メンソールの軽いやつから始めろ。

最初はムセたり不快感があるが、2,3日頑張ってみろ。すぐに慣れる。

良薬口に苦しだ。

国家統計から導き出された事実から仕方がない、諦めろ。抵抗無意味だ。

長生きしたけりゃタバコを吸え。

 

以下、信じられないバカのために論じるが長文なので読む必要は無い、結論は上の一行で終わってる。

 

喫煙者非喫煙者比較して寿命が10年縮む。

よく見るセンテンス、人は権威っぽい数字を出されると簡単に騙される。

ファクトチェックすりゃ出鱈目であることが簡単に分かる。

 

禁煙したら、あるいは喫煙習慣が無ければ寿命が10年伸びる(喫煙者は10年縮む)と仮定するなら。

モデル計算してみよう。

 

80%の人が喫煙者平均寿命65歳の世界があるとする。

50年後に喫煙率が20%まで下がりました、

平均寿命は何年になるでしょうか。

(他の要因は無視するとして)

 

喫煙率80%の時は

喫煙者平均寿命が63歳

非喫煙者は73歳と仮定できる。

まり

0.8*63 + 0.2*73 = 65

 

では

その後8割の喫煙者のうち6割が禁煙成功し10年長寿グループに移動したとする。

0.2*63 + 0.8*73 = 71

 

全体の平均寿命は6歳伸びることになる。

いいことじゃないか、アホはそう解釈する。

 

計算を続ける。

上の計算モデル男性

女性でも計算してみる。

 

女性喫煙率は50年で2割から1割に変化したと仮定する、平均寿命は70歳スタート

0.2*62 + 0.8*72 = 70

これが50年経って

0.1*62 + 0.9*72 = 71

平均寿命は1歳しか変わらない。

 

というか、50年前の男女の平均寿命の差は 65歳と70歳で5年の差があったのに

50年の喫煙率の変化で寿命差がなくなった事になる、どちらも71歳。

 

スタート時点の喫煙率が違うとこういう計算結果になる。

ここまではわかるかな?

なんとなくすでに矛盾があることに気づいたかな?

 

上の計算はわかりやす数字丸めもの、ほぼ現実社会数字なんだが

疑り深いキミのため、実際の数字で見てみよう

 

ちなみに同じ日本人の男女だから自然環境社会環境、医療制度は同じであることを先に書いておく。

 

日本の男女の平均寿命の変化

 

1970年→2020年

女 74.66歳 → 87.45歳 「+12.79」

男 69.31歳 → 81.41歳 「+12.10」

 

日本人性別喫煙率の変化

1970年→2020年

女15.4% → 7.6%

男78.5% → 27.1%

 

 

男女の寿命の差は半世紀で変化が無い。

喫煙率は大きく変わったのに。

あれれ?計算合わないよね

禁煙したら10年寿命が伸びるんじゃないの?

それはどこに消えたの?

 

喫煙で10年寿命が縮むという条件モデルで辻褄の合う方程式を出してくれ。

無理だろ?

無理なんです。

どんな係数を入れても計算の辻褄が合わない。

まり10年縮むはファクト。嘘でした。そんな結果になってません。

 

現実数字から推察されるのは、喫煙はむしろ健康有益という結果にしかならない。

だって喫煙率の低下で寿命の伸び率が鈍化してるんだぜ。

 

意味わかる?

バカにはわかんないよね。

 

女は平均寿命が12.79年伸びた

男は12.10年しか伸びてない。

0.69年の差はどこから出てくるのか。

男の方が喫煙率の低下率が大きい、それを要因と仮定するなら、

喫煙率低下が寿命に対してより大きくネガティブな影響を与えたことになる。

まり男女とも喫煙率が50年で変化が無ければ寿命の差にも変化が生じなかったと仮定するなら

現実ネガティブ側に振っているのだから、逆に考えると喫煙有益であったと推定される。

 

バカ

 

他の要因がぁ

反論するだろう。

 

そうなの、人の死なんて無数の要因がある

俺が言いたいのはそれ。

 

人はリスクを避けたい、健康長生きしたい。

健康に良い習慣や食事を取り入れて長寿を目指す。そりゃ悪いことではない。

アレが悪いらしい、ならば避けよう

コレが良いらしい、ならば取り入れよう

 

無数の取捨選択ライフスタイルを作る。

悪いものを捨て、良いものを取り入れれば結果は良くなるに決まってる。

 

はい、これが勘違い

ならねぇのよ。

社会や人体はそんな単純で直線的な方程式で解けるものではない。

良いと思ってたものを取り入れても相互干渉副作用を起こすこともある。

 

健康マニアがさほど長寿でない事からも推察できる。

抑圧的な社会が与えるストレス無視できない。

 

単純なハナシ、結果だけ見りゃいいの

先進国最後まで禁煙化に反対していたのが日本フランス

ちなみにフランス喫煙年齢制限すらない。

子供合法的タバコが吸えるほど寛容。

 

一方でヒステリック禁煙正義を振り回してきた健康ヲタクアメリカ

平均寿命を見てみようか

 

日本 84.3(世界一)

フランス 82.5(11位)

アメリカ 78.5(40位)

 

あれ?

 

アメリカの短命の原因は肥満だの言いたいだろうが、

なぜ肥満大国になったか

ストレス社会的抑圧が根本原因ではないのか。

いうても科学大国医療技術トップレベル

でも、アレもダメこれもダメで許さえる快楽脂肪か糖分しか残ってなけりゃ肥満大国になる。

まり社会や人体はそんなに単純ではないって事です。

 

保険制度だの社会格差も言いたいだろうが、

それも全部ひっくるめて社会が作られてる、喫煙が与える影響なんて微々たるものだし、プラスマイナスかもわからない。

統計的にはまったく証明されてない。有意な影響は無い。

それなのに

マクロな観察で見える有害ヒステリック排除する社会が個々人の健康ポジティブな影響を残すのか。

 

ここまで書いていまさらだタバコ有害なんて当たり前です。

こんなもの体に良いわけが無い、30年吸ってる俺が断言する。

そりゃ否定せんよ、でもね、

 

タバコを毛嫌うキミは人畜無害生活をしてパーソナルで完結する趣味しかいかもしれない

でもその趣味、他の文化圏で許されているか

例えば漫画アメリカでは社会的抑圧で大人が嗜むことは憚れる。

漫画なんて他人迷惑もなけりゃプライベートなのに、なんとなく許されない。

こういう不自由が無数に敷かれているのがアメリカなんだが。

アレもダメ、これもダメの行き着く先はそういう社会だぜ。

漫画が抑圧される社会なんて想像できないだろうけどさ。

実際にはどちらかというと世界常識はそっち。

ちなみにイスラム圏では偶像から一切ダメ

 

俺がタバコを完全に取り上げられたら、俺は八つ当たり他人趣味生活習慣に難癖つけて迫害に回るぜ。

それっぽい正義を振り回してやんよ。どんなものにも理由付けはできる。

ちなみに俺は漫画は読まん。

 

現実、この無益な殴り合いしてるのがアメリカだ。

スギスにしかならん、そして寿命を削ってる

 

それよか、みんな少しずつ我慢して寛容な社会の方がよくね?

とりあえず一服して考えてみ

2022-07-24

anond:20220724154051

23区内でメトロ始発で家賃がまあまあ手頃となると方南町しか思い浮かばないな。街の退屈さが難だろうけど

ただ増田健康問題を抱えてるなら、夫氏が受け入れる可能性が少しはありそうな候補の中では、西高島平光が丘しか無いと思うが

基本郊外の方が自然環境が良いわけだし(東京から江戸川利根川の向こうに行くと、ベタベタした空気が清涼になるというほどの劇的な違いは無いにしても)

2022-07-15

anond:20220715193205

未成年がやると危険から規制しろ」って言われて当然って意味では

屋外の自然環境に大規模な機材を持っていって長時間録音するってのも大差ないと思うけどな

火のパチパチ音を10時間録音します!ってやってる人とかいたけど

子供やらせないほうがいいリスクふつうにありそうだとおもう

それを「性的搾取とか適当に言ってしまうから反発されるんだってことだろうけど

2022-06-17

正しい教育

電車の中で息子がつり革に捕まろうと頑張っていた。

俺は座っており俺の膝によじ登り俺を踏み台にして捕まろうとしている。

だが届かない

もうすぐ4歳だというのになんと愚かな事を。とうちゃん情けない。

不安定なので支えてやるしか無い。

すっ転んで怪我したら俺が妻に叱られる。

少し持ち上げれば届くがそんな事はしてやらん。

人生メリットのあることしなさい」

一言だけ注意をする。

諦めて歌を歌いだした。

大好きなウンコの歌。うんこうんこー歌ってる。

「外でうんこは辞めなさい」

喜んでボリュームアップ。

俺も息子もノーマスクなのでつり革の時点で近くにいた痩せ中年男と壮年女は席を離れている。

こんな時の正しい教育の答えはなんだろうか。

往復ビンタだろうか

先日似たようなシチュエーションを見かけたが

母親ヒステリー声で「バカ、辞めなさい、アホ」と叱っていた。

俺は正しい教育法を知らないのでとりあえず傍観するしかない。

「人様に迷惑をかけるな」

息子はグローバル社会を生き抜かねばならない世代から日本独特のコモンセンス刷り込みたくない。

社会はお互いに迷惑を掛け合う、仕方がないこと、一定ルールはあるが過度に萎縮する必要はない

生命財産にかかわることでなければギリギリまでは寛容に受け入れ、許し許されよう」派

 

アメリカであれば分別のつかない子供パブリック場所に連れてくるべきではない。

だろうが、

日本都市部でそれは無理だ。

では日本社会構造都市構造適応した子育て人間性を身に着けさせるべきか。

だがそれではやはり世界通用する価値観は育ちにくい。

ジレンマがあるのだ。

ならばアメリカでも田舎でも好きなところに引っ越し理想の子育てすりゃいいじゃないか

かに正論である

だが、ガキの声、騒ぐ姿が鬱陶しい、と感じる価値観が間違っているとしたらどうだろうか。

間違ってる価値観に合わせこちらが適応してやらねばならないのか。

倫理常識コモンセンス共通価値観

国家民族文化自然環境社会的制約で変わる、絶対的な正しさなどなかろう。

 

ふと思い出したが昔本屋でぺちゃくちゃ喋っていると睨まれたことがある

雰囲気からかにせよの意と察したが、図書館じゃねぇんだから突っ込みたくなった

だが概ね日本本屋の中は静かに共通価値観のようだ。

これは正しいのだろうか、アホではなかろうか。

 

話を戻す、

突き詰めれば息子が幸福人生を歩むための基礎能力を授けるのが俺の仕事であり目的だ。

他人不愉快など知ったことではない。

 

だが、好き勝手協調性欠落人間はそれなりに苦労する。

 

ん?そうだろうか、それすら怪しいゾ

ほら周りにも大勢いるじゃない、横暴で得手勝手好き勝手人間

結構幸せそうなんだよね。

死ぬまで続くか知らんが。

 

そごう会長水島廣雄は俺の理想の一人だ。

クソ無能の癖に声のデカさだけで好き勝手し102歳まで逃げ切ったクソクソ男。

謙虚だの思慮なんて言葉は一切ない。

ただアホが威張り散らしてるだけ。

200億円の個人債務を踏み倒し、6400億円の法人債務逆ギレ債務免除を求め

そごう経営破綻したのに何故か彼は自己破産も免れ、最後まで俺は悪くないと言い張り

聖路加タワーで老後を過ごし100歳の誕生日会には政財界の超大物から続々と祝電。

どう考えても素敵な人生ではないか

見習いたい。

だが声の小さな俺はとてもこんな人にはなれない。憧れだ。

 

彼は不幸で間違えた人間だろうか、

死に際まで人生省みることな幸せを感じていたのではないか

いいじゃん。それでいいじゃん。

息子がそんなつおい人間になってもらって構わない。

 

だが、問題がある、成功率が低い

水島生存者バイアス、生き残れた希少種にすぎない。

威張り散らしていたら全員幸福になれるわけではない。

 

息子には高確率コースを歩んでもらいたい。

 

周りにあわせてふつーにするのが比較幸福ゲット率が高い、と世間一般では信じられている。

本当かなぁ

 

世界幸福ランキングを見ると日本は低い、かつどんどん下がってるではないか

 

うん、やはり正解がわからん、などと考えていると

息子はうんこソングも飽きて大人しく椅子に逆座りし外を見ている

ま、いっか

2022-06-07

anond:20220606221049

フェアトレード要件には自然環境への配慮もあるからアニマルウェルフェアなども考慮されているわけだよな

金銭利益を最大化するために、動植物を密集生育して大量の廃棄分を織り込んで加工することは、倫理的にも環境的にも斥けるべき悪であろう

2022-06-02

anond:20220601231131

逆。人間が滅びたり不幸になるなら、地球自然環境いくら保存されても意味なくて、それらを守るのは守ったほうが人類に良いからに過ぎない。

 

人が生きることを崇高と見ないなら、もうこの世に崇高なものなんてないのよ。

2022-05-07

ミリオタや元陸自隊員(現陸自予備役)とロシア北海道侵攻を話した

前提

強調して現在現行リアルタイムロシア軍予測保有戦力を考慮したもの

ミリオタ5人、元自衛隊員8人との会話を統合した記録。

北海道西部からロシア軍戦力を揚陸する可能性は限りなく低い

北海道西部日本海が広がり、現在ロシア海軍保有する全揚陸艦を用いても電撃的に北海道の一部地域制圧掌握できる戦力を揚陸するのは並大抵のことではなく、海上自衛隊保有艦艇の約半数および航空自衛隊航空機の約半数で完封、1/3で撤退余儀なくされる可能性が非常に高い。

これは北海道西側北海道侵攻のための橋頭堡となる離島存在しないためで、自衛隊自在補給線が確保できるのにロシア軍は長距離補給線を維持し続けなければならない非対称戦となることが濃厚であるため。

加えて、自衛隊北海道を侵攻するロシア軍を独力で追い返せる戦力を保有しつつも米軍連携することで一層の消耗抑制へ努めることが予測され、ロシア軍ほとんど消耗しない軍隊対峙する必要のある北海道西部ルートを選ぶ理由が無いと思われる。

ロシア軍北海道西部から侵攻するには北海道西部全土へ文字通りの昼夜問わず常時絶え間のない高火力ミサイルによる爆撃を敢行し続ける必要があり、現在ロシア軍にはそのような戦力は存在しないため、北海道西部沿岸への高火力ミサイルによる爆撃はハラスメント以上の効力を発揮しないと予測される。

自衛隊北部方面隊根拠地ミサイル爆撃した後に北海道北部および東部からの同時侵攻となる

ロシア軍戦術ドクトリン考慮すると、縦深攻撃を仕掛けた後に複数ルートから多面侵攻を仕掛ける可能性が高い。

縦深攻撃ターゲット自衛隊北部方面隊根拠地、つまり北海道自衛隊駐屯地であり、自衛隊北部方面隊の即応迎撃能力を奪いつつも北海道北部および東部からロシア軍陸戦力揚陸するための時間を確保することが狙いだ。

北海道北部および東部の侵攻ルートとは、すなわち樺太および北方領土国後島からの侵攻であり、前項で挙げた補給線のための橋頭堡の確保にこれら離島が上手く機能すると思われる。

しかしながらそれは北海道秋季までの話だ。
北海道北部および東部冬季流氷で覆われることが知られており、電撃的な侵攻により北海道北部および東部制圧し掌握下へ置いたとしても冬季となれば流氷により補給線が物理的に寸断されてしまう。

ロシア軍がこの様な状況を回避するためには北海道全土を電撃的に制圧し掌握下へ置く必要があるが、それは北海道自然環境が許さな可能性が高い。

北海道中央には山脈が広がり、東西南北への進軍を阻害する地形となっており、多大な時間を要することが予測されるためだ。

北海道中央山脈により時間を浪費し続ければ冬季が到来し流氷により補給線が寸断され、更に時間をかければ春季が到来し北海道の大地は泥濘となる。
しか北海道東部には湿地である釧路湿原存在し、国立公園のために開発が進んでおらず侵攻の足止めとなる。

当然ながら自衛隊北部方面隊中央山脈拠点を構築し、本州より補給を受け続けながらロシア軍補給線へハラスメントを行いつつ冬季春季を待つ遅滞作戦を取る。
積極果敢に反撃せずとも自然環境ロシア軍を追い詰めるため自衛隊は消耗抑制へ努めれば良いのだ。

自衛隊は弱いだろう、しか北海道が強すぎる

自衛隊ロシア軍と正面からぶつかり独力でロシア全軍を撃破できるか?と問われれば不可能であると言わざる得ない。

しかし、自衛隊北海道という地の利を活かし消耗を抑制しながら遅滞戦術を取ればロシア軍は多大な犠牲を強いられ、しかもその犠牲に対して得られる成果が無残にも非常に乏しいものとなる可能性が高い。

その上で日米同盟がしっかりと機能するのであれば現在ロシア軍北海道侵攻を成功させる可能性はより著しく低くなる。日米同盟機能しなくとも成功可能性は低いのだ。

最大の懸念日本国内政治

ロシア軍による初手と予測される北海道自衛隊駐屯地への縦深攻撃を防ぐにしても、自衛隊北部方面隊の即応迎撃行動を取るにしても、自衛隊北部方面隊への本州から補給線構築にしても、最大の懸念日本国内政治である

日本政府がしっかりと日米同盟米国と信頼を築けていれば、今般のウクライナのようにロシア軍による縦深攻撃情報を得られるかも知れないし、情報を得られれば自衛隊北部方面隊戦力を現在よりも分散するなどして掃討されることを防ぐ動きも出来る。

自衛隊命令がなければ動けないので即応迎撃行動にも命令必要であるし、補給線構築にも命令必要であるため、日本政府がしっかりと侵略へ対して日本国内政治リーダーシップを取る必要がある。

当然ながら仮想敵国へ対して平和外交を推進する必要もあるし、平和外交のため抑止力としての戦力整備が必要だろう。

日本国憲法へ記されている通り日本国平和希求していくべきなのだ戦争をするために生まれ落ちた者なぞ誰も居ない。

からこそ考えよう。
平和を維持するためにはどうしたら良いのか、最悪のシチュエーションとして他国が攻めてきた際にどうしたら国民家族を大切な人々を守ることが出来るのかを。

2022-04-04

anond:20220404164151

ぶっちゃけ通勤に便利な路線で選んでるんじゃないか

個人的には千葉は薦めない

神奈川→高い

    おしゃれなイメージもあってか人気

埼玉→安くて便利

   最近高騰

千葉→安いが上野駅東京駅勤務以外全体的に通勤の便が悪い、道路がクソ

多摩→高め

   自然環境がいい

2022-03-16

anond:20220316145949

どこからそんな鯉憎しみたいな感情が湧いて出てるのか知らないけど、テレビのせいだとしたら本当に恐ろしい

すでに鯉のいる川に鯉を放流することが生態系に何の影響があろうか、というのは考える間もなくわかるだろう

そして安易な放流による問題は、外来種からどうとか言う話とはまた違う話だろう

遺伝子汚染病気拡散もあるし、それそのもの問題点が存在するのは間違いない

しかし、放流や自然への介入というのは人間利益があるからやってるんだよ

それを一切否定するのは特別正しい態度とは思わない

自然をそのまま自然のままにしておくべき、というのは宗教観であって科学工学ではない

放流がダメだとか遺伝子汚染だとか生態系がとかそういう話をすれば、すべての栽培漁業ダメだし、一度捕まえたカブトムシは再び放せないし、農業だってできやしないわけで、それを厳密にしたいという主張なら別にそれはそれで否定しないけどさ

畑も林業もそうだし、田んぼのサイクルだってそれ込みで生きている生物はたくさんいるし、人の営みと生物の営みは結構相互作用しあってるものなのだけど、人は一切自然環境に影響を与えるべきでないかのような主張はかなり引く

何も鯉もおらず護岸も昔ながらのような川に放したという話じゃない

馬瀬川コンクリート護岸の農業用水路のような状況を知ってて言ってんなら、それはもう宗教というか思想家やなあと

生態系破壊しきって絶滅種が発生するようならそれは人類からするとマイナスだか、そうならずコントロールできる範囲で人が自然に働きかけるのは当然のことでしょう

そこに宗教心で憎しみをぶちまけるのはなんか怖いよ

2022-03-09

「これまで「基地があると攻撃される!」と喚き散らしていた反基地だが、空港テレビ塔病院高層マンション攻撃されているウクライナを見てもまだ同じお題目を繰り返すつもりなのだろうか」

って、そもそもその『「基地があると攻撃される!」と喚き散らしていた反基地』なる存在を一度たりとも見た記憶がねーので藁人形論法やめろとしか

基地の主張の根拠地元住民への犯罪の増加や騒音事故被害自然環境破壊なんかだろうが。

2022-03-02

今回の戦争ロシア文化は分けて考えろみたいなこと言ってる人がいる。正論なんだろうけど、あの国文化って過酷政治環境自然環境の下で生まれてきたものだと思ってるから、なんか微妙な気分にはなる。

anond:20220301091513

どうも核兵器をつかってはならん、というのは「自然環境を過度に破壊する兵器」だかららしい

2022-02-22

anond:20220222111600

そうだね。だからジュネーヴ条約第1追加議定書によって禁止されている。

https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/k_jindo/naiyo.html

(5) 文民たる住民保護(第4編)

(イ) 敵対行為の影響から文民たる住民保護

軍事目標主義軍事行動は軍事目標のみを対象とする)の基本原則確認(第48条)。

文民に対する攻撃禁止(第51条2)、無差別攻撃禁止(第51条4-5)、民用物の攻撃禁止(第52条1)、攻撃の際の予防措置(第57条)等に関し詳細に規定

(その他の主な規定

 ・文化財礼拝所の保護(第53条)

 ・文民たる住民生存に不可欠な物の保護(第54条)

 ・自然環境保護(第55条)

 ・危険な力を内蔵する工作物等(ダム堤防原子力発電所)の保護(第56条)

 ・無防備地区(第59条

 ・非武装地帯(第60条)


https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/gian/159/meisai/m15911159011.htm

十七、危険な力を内蔵する工作物等、すなわち、ダム堤防及び原子力発電所は、これらの物が軍事目標である場合であっても、攻撃によって文民たる住民の間に重大な損失をもたらすときは、攻撃対象としてはならない。

2022-01-11

anond:20220111153546

会社株主のことだけ見てればよくて、従業員取引先や社会ことなど考えなくていいってのと五十歩百歩

消費活動ステークホルダーには、生産者流通自然環境社会も含まれるとは思いませんか?

2021-12-19

スキー場の近く

スキー場の近くのホテルに泊まってみると、当たり前だけど山だから寒いし、雪もどさどさ降るし、そんな環境から外を出歩く人もほとんどいないし、とにかく静かだ。ホテルの中には小さい音量で、ハッピー洋楽がかかっているけど、その音が微かに聞こえる室内では、それが逆に静けさを演出している。

ホテルは築数年くらいだろうか、とても新しいから、建具も流石にしっかりしていて、窓の近くにいてもそんなに寒く感じない。室内の過剰じゃないか?くらいの暖房で頭が若干クラクラするから、窓際に寄って、ちょうどよい温度になる位置を探している。

普段東京ど真ん中に住んでいるせいか自然や山に憧れを感じていて、山のホテル意気揚々と訪れたけれど、この厳しい自然環境の中で普段生活をする人たちがいるということは驚くべきことだと思う。雪かきをする現地の人たちの見事な手捌きを見て、積み上げられた生活の重みを感じ取れる。

都会と自然の間、ちょうどよい温度感になる場所を探すのがいいのかもしれない。

2021-11-03

anond:20211026000426

https://youtu.be/szyFDNklwOI

既にこういう状況だからな。

自然環境から人類を守るためには、結局は温暖化を食い止めるしかない。それがSDGs

anond:20211026000426

現代SDGsはむしろ自然環境から人間を守ってくれ」に近い考え方だから安心していいよ。

「持続可能な発展目標」って名称自体がもうストレートにそういう意味でしょ。

2021-11-02

anond:20211026000426

浅すぎる。

平成狸合戦ぽんぽこ』は多摩の開発と自然破壊を題材にしているが、そこに描かれているテーマは「自然vs人間」ではない。

里山vs都会」だ。

なぜ狸が擬人化されているのか?

狸の反抗が左翼活動家集団のように描かれて、居座りやら内ゲバのようなものまで描写されるのはなぜか?

ラストに敗北した狸が「慰み」として作り上げた幻覚は、どうしてただの狸の生息する森や山ではなく、かつての暮らしをする人々のいる人里なのか?

狸たちは都会人としての生活に反抗し、里山的な生活を固持しようとする人間表象だ。

擬人化というよりは、擬狸化と言ってもいいくらいだ。

物語ラストで、敗北した狸たちは、人間に化けられるものは都会の暮らし余儀なくされ、人間ではない狸たちは社会から阻害されて死出の旅へと出る。

その表象現実と照らし合わせたときに、単に自然破壊はよくないという感想になるのだとしたら、あまりに貧しい。

この物語類型は、戦後日本において産業構造の変化に伴い、それまであった田舎といったものや、そこに住む人々たちが変化していかざるを得なくなったという話の仲間だ。

たとえば『フラガール』なんかは第3次産業に移行する時期の地方の村における人々を克明に描写している。

同じジブリでも、近い時期に製作された『耳をすませば』や『もののけ姫』は同じテーマベースにしている。

この時期というのは、宮崎駿漫画風の谷のナウシカ』の方向性を裏返してラストを書き上げた時期でもあるし、寄生獣岩明均が「環境問題への見方が連載当初と変わってきた」と述懐しつつあのラストを描いた時期でもある。

増田が考えるような純朴な「自然環境保護」の思想日本アニメ漫画で力を持っていたのは、藤子・F・不二雄が没するくらいまでだろう。

晩年大長編ドラえもんではかなり純朴な「自然環境保護思想描写される。

顕著なのが『雲の王国』や『アニマル惑星』などだ。

思うに、こうした「自然環境保護」の思想90年代前半にピークを迎えたあと、90年代後半には変質したのではなかろうか。

純朴なほうの「自然環境保護」は「道徳」と親和性が高いので、2000年代くらいまでは学校教育に根強く残っていたような肌感触がある(その後の教育がどのようであるかは寡聞にして知らない)。

この時期的なギャップから、この時代作品についての評価についてはかなり歪みが残っているように感じられる。

2000年代以降は複雑化し単純に善悪で語れなくなった「自然環境保護思想はあまりフィクションで求められることがなくなったというのもあり、当時鑑賞していた人間もこの認識無自覚のまま、見方更新できていないのだろうと思われる。

もし現在の視座から再び『平成狸合戦ぽんぽこ』をみるとしたら、空疎に都会化する郊外についてとか、ゴーストタウン化する商店街とか、高齢化した多摩ニュータウンに残る空き家とか、多摩で育った子供大人になってどこに行ったのかとか、そういったことに思いを馳せることになるだろう。

しかしやはり作品のメインとしては、活動をする集団人間くさい失敗あるあるをみて笑い泣くエンタメという楽しみ方になるだろう。

多摩自然が素晴らしい」という感想はその次に、絵としての美しい描写として出てくるものになるだろう。

そして、「自然を守らなければならない」というのは、この映画テーマとしてではなく、描かれた美しい自然に感動した観客が、自身良心でもって結論づける感想としてしか出てこないだろう。

2021-10-28

anond:20211028214731

その発言をしているひろゆきも夏野も、ことのほか政治に関心がある人間だと思うが…

そもそも個人企業も、自分生活に大きく影響する要因には日頃から注意を払っておいたほうが良い。

政治経済社会科学技術国際政治(軍事含む)、自然環境など。これらの巨大な要因がまずあって、その下のさらに小さな要因として、市場(顧客)、競合、自社、調達先、チャネルなどの業界環境がある。企業勤めの人間であれば、そのうちの自社の、さらにその中の歯車の一つとして自分という個人がいるのだ。

天気予報を知らずに何の準備もなく出かけて雨に降られるのは愚かだ。天気に限らず、自分とりま環境の中でとりわけ大きな事象がどのように動きそうなのかをあらかじめ把握し、それを自分の行動に反映させることはスマートな行動に欠かせない。政治に関心のない奴はバカ

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