「結婚しようよ」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 結婚しようよとは

2024-04-23

anond:20240423211529

botはこんな面白いエントリ投稿できないよ

    年が明けたら結婚しようよ  真面目顔 ぷち氏から言葉

     いじわるをしてまたねと答えて あわて顔うそようなづく私

   取り出した指輪小箱には決断が添えられ  永遠を訪ねてゆくのね 旅立ちを決めたのね

     ぷち氏がいたから生きてこれたんだ おおげさにいうとそんなとこ

     ぷち氏がいるから生きてゆけるんだ  おおげさじゃなくてそんなとこ

       年が明けたら結婚するのね 窓の外雪のようがきれいで 懐かしい歌を道ずれに思い出世飛び立て 怖がりな私を励ました人たちのひざのうえからいま

       国際数学オリンピック予選落ち地区優秀賞をひっさげていきてゆく~  

2024-01-08

アナルきっかけで結婚した

「今度アナルでしてみたい」

致している最中彼氏からそう言われた

なんとなーく彼氏が私のアナルに興味を持ってるのは察していたけど気付かないふりをしていたがいよいよ言ってきた

汚いし痛そうだしでさすがに嫌だしアナルを捧げた男にふられたら精神的にかなりつらい

致している最中だったこともあり変にムードを壊したくないので

軽いノリで「結婚してくれるならいいよ」と言ったら

彼氏は「いいよ 結婚しようよ」と、まさかプロポーズ

この日を境に

お互いの両親と顔合わせをしたり結婚式の検討結婚指輪の準備など結婚に向けて着実に進むのと並行して

私のアナルは着実に開発されていった

結果、入籍直前に私のアナルは彼のものを受け入れるに至った

事前に入念に準備してたからかあまり痛くもなかったが

彼氏の方もそこまで気持ちよくはなかったようで

その後数回求められる程度で終わった

こうして私はアナルと引き換えに結婚したけど

こんなエピソードは恥ずかしくて仲のいい友達でも話せない

自業自得な部分もあるとはいえ

どうせならもっとちゃんとした形で結婚の話を切り出してほしかったという未練が残る

これを見てる人はくれぐれも結婚の話を切り出すタイミング大事にしてほしい

2023-08-23

遺品を整理していたら新婚時代父親写真が出てきた

なんかクソダサいロンゲで「えぇー似合ってねーwwww」って笑ってたら

母親から「当時、吉田拓郎結婚しようよがすごく流行っててね。その中に『僕の髪が肩までのびて君と同じになったら約束どおり 町の教会結婚しようよ』って歌詞があって、お父さんそれに影響されて髪伸ばしてたのよ」って教えてくれて、なんか泣いてしまった。

ちゃんチャペルで式上げてる写真も出てきた。

あの、男らしさの権化みたいな父親にもそんな時代があったんだなぁ……

吉田拓郎天才っていう記事が出てこない

吉田拓郎の「結婚しようよ」の曲は当時の作曲ルールから考えてもかなり逸脱していて天才的すぎるっていう

そういう特集をした映像を昔に見たことがあるんだけど

同じような該当記事を探しても全然出てこない

当然その映像も出てこない

今頃になって「あれは何がそんなに天才的だったんだろう」って思ってるんだけど誰か知らないか

確か、3拍子だか4拍子だかの曲なのに何かが違うから途中で破綻するのに

その破綻するところで「結婚しようよ」っていうフレーズをもってきたので

聞いている人に「結婚しようよ」がサビでもないのに印象に残る、みたいな話だったんだよなぁ

2023-06-09

のび太「俺と結婚しようよいいだろ?ライン教えて?年収1億あるよ」

不快感を覚える女性は多いな

2023-05-14

https://anond.hatelabo.jp/20230507100121

   年が明けたら結婚しようよ  真面目顔 ぷち氏から言葉

     いじわるをしてまたねと答えて あわて顔うそようなづく私

   取り出した指輪小箱には決断が添えられ  永遠を訪ねてゆくのね 旅立ちを決めたのね

     ぷち氏がいたから生きてこれたんだ おおげさにいうとそんなとこ

     ぷち氏がいるから生きてゆけるんだ  おおげさじゃなくてそんなとこ

       年が明けたら結婚するのね 窓の外雪のようがきれいで 懐かしい歌を道ずれに思い出世飛び立て 怖がりな私を励ました人たちのひざのうえからいま

       国際数学オリンピック予選落ち地区優秀賞をひっさげていきてゆく~  

2023-01-31

結婚しようよ、お嫁においで、幸せになろうよ

ちょいちょいごっちゃになる

現代ポリコレ的には「お嫁においで」はNGだな

厳格な父が学生時代吉田拓郎に影響されてロンゲで母にプロポーズしたという事実

昨日、遺品を整理しているとロンゲの父の写真が出てきた

母に見せると「当時、吉田拓郎結婚しようよ流行していて、父さんラグビー部だったから髪を刈り上げにしてたんだけど2年かけて伸ばしてプロポーズしてきたのよ」と嬉しそうに話していた

なかなか意外なことを聞いてしまった

俺が知っている父は頭はバリカンで五分刈りにしており土建屋で常に不機嫌で

かにつけて躾と称して鉄拳を浴びせてくるような男だった

そんな男も流行りのポップソングに影響されてナンパ髪型で意中の女に迫るような時期があったのだ

もう少し生かしておいてやってもよかったなと素直にそう思えた

2023-01-05

彼氏との情事を録音し続けて2年、驚愕事実

彼氏との情事を録音するのが趣味だったが

半年から同棲して、セックスしてもロクに声も出せない日々

(木造アパートだしね)

そして、いつからセックスレスにさえなってしまった

こんなにも「なんとなく」セックスレスになるんだな……と呆れ果てた

私たち同棲前はデートの度に必ず情事があったのに……。

同棲初夜から三日三晩(と、寝起きのセックスも)抱かれて「これが毎日か〜疲れるなー」と幸せのため息が出たものだというのに……。

セックスを断られたら翌日は寝込む勢いで落ち込んだ。

彼氏が「どしたん?話聞こうか?」って言っても原因は貴方セックスを断るからだよ、とは言えなかった

何故ならばセックス関連で男を責めると義務感とか生まれるし抱いてくれなくなるんじゃねぇかと怖かったからだ

それでも何回もトライしてエラーして、

私はトラウマになり、もう誘えなくなってしまっていた

そんなある日、彼氏ラブホに誘ってきた

ラブホで久しぶりの情事

もちろん私は録音した

当たり前だ

次回はいつかわからない

次回もその次も、永遠に録音した音声を聴きたい

喧嘩した夜こそ聴きたい

なんて思っていたら彼氏が目の前でスマホをつけた

なんと画面にはびっくりするものが映っていた

録音アプリケーション起動中の画面

おい

貴方も録音していたのか……

すぐ隠してたけどバレてるよ

私も同じの使ってるから

結婚しようよ

早く

2022-12-27

[]ぷち氏といきてゆく



    年が明けたら結婚しようよ  真面目顔 ぷち氏から言葉

     いじわるをしてまたねと答えて あわて顔うそようなづく私

   取り出した指輪小箱には決断が添えられ  永遠を訪ねてゆくのね 旅立ちを決めたのね

     ぷち氏がいたから生きてこれたんだ おおげさにいうとそんなとこ

     ぷち氏がいるから生きてゆけるんだ  おおげさじゃなくてそんなとこ

       年が明けたら結婚するのね 窓の外雪のようがきれいで 懐かしい歌を道ずれに思い出世飛び立て 怖がりな私を励ました人たちのひざのうえからいま

       国際数学オリンピック予選落ち地区優秀賞をひっさげていきてゆく~  

2022-11-15

https://anond.hatelabo.jp/20221115190814

    年が明けたら結婚しようよ  真面目顔 ぷち氏から言葉

     いじわるをしてまたねと答えて あわて顔うそようなづく私

   取り出した指輪小箱には決断が添えられ  永遠を訪ねてゆくのね 旅立ちを決めたのね

     ぷち氏がいたから生きてこれたんだ おおげさにいうとそんなとこ

     ぷち氏がいるから生きてゆけるんだ  おおげさじゃなくてそんなとこ

       年が明けたら結婚するのね 窓の外雪のようがきれいで 懐かしい歌を道ずれに思い出世飛び立て 怖がりな私を励ました人たちのひざのうえからいま

       国際数学オリンピック予選落ち地区優秀賞をひっさげていきてゆく~  

2022-10-13

なぜ日本では偽物の教会結婚式をするの?と聞かれたら答えられるようにしておこう

外国から言われてみれば奇妙な日本結婚式

アメリカ人友達「偽物の教会で、お葬式の曲が流れる不思議結婚式に出たのよ」「それ、日本標準的結婚式です…」

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1956479

これはつまりブライダル業界結婚式」だが、なんでこうなったのか?。

 

イエから逃避行

今主流のこういう結婚式の始まり1970年代なんだが、その元は60年代にある。

日本のイエ制度明治に出来たようなもんだが(武家を除く)、昭和初期には堅固なものとなり、更に国家天皇がイエに擬製されて人間はそこから逃れる術はほぼ無かった。ゲマインシャフト国家有機体論の合体だ。

戦争に負けるとおせっかい焼きのアメリカ自由の形だけを作って置いていった。国家権力だけは縛ったからあとは勝手に使うがよいと。

それで戦後時代下り生活レベルが向上すると段々と生活人生上の自由が増大化していった。

 

イエというのは家督であり、継げるのは長男一人だけだ。しかしその他の女子次男以下も生き方制限された。

長男は適齢期になると親が勝手に縁談をまとめて「あの家の娘と一緒になれ」。断った場合勘当されて死ねと言われる。

次男以下は中学尋常小学校)を出ると「小僧」の勤め先を親が決めてくるので、そこに入る。小僧っていうのは商家に住込みの店員見習いだ。然程の長時間労働ではないが「仕事」ではなくて24時間主人に仕える事が求められる。全人格労働だ。

こういう風習があったので会社勤めが一般化しても昭和中期まで独身者会社の寮に住込みが基本だった。勿論集団生活で雑居だ。プライバシーかいう事を気にする者はアメリカかぶれの不良である

女子妙齢になるとやはり親が勝手に嫁ぐ先を決める。断るのはアメリカかぶれの不良であるそもそも断ると生きていく術が無い。本人が何とかなっても家族村八分になる。

商家に女版小僧として働くというケースもあった。勿論住込みの全人格労働だ。これも妙齢になると主人が見合い相手を見つけてくるので恋愛期間なく結婚せねばならない。

 

都会と田舎の落差と中島みゆきの『ファイト

戦後まれ団塊世代が成人する60年代末になると都会ではそういう古いイエに縛られない核家族が増え、子供用個室が出来たりもした。

でもそれは都会の話で、田舎の方ではまだ古いイエに縛られたままの人間が多かったのだ。

例えば中島みゆきの『ファイト』は1982年の歌だが、「薄情もんが田舎の町に砂かけんのか、出てくならお前の身内住めんようにしちゃる」と言われて長距離切符燃やそうとしたが出来なかった。東京行の文字が滲んだ切符をまだ持ってる、っていう節がある。

なんでこんなキツイ歌詞を考えつくの…と思うがこれは中島みゆき深夜ラジオに送られて来たリスナーハガキの内容を切り貼りした歌詞なんである

まり1970年代末~1980年代頭にもこういう思いをした人は居たという事だ。

「ファイト」の語感だけで元気を振るう歌だと思っていると衝撃を受ける事と思う。苦難や挫折が生々しいのだ。

 

それで団塊世代は色々な方法田舎因習から逃れようとした。

勉強を頑張って東京大学に進む事が出来るように先生に親を説得してもらう(余計な勉強なんかして更に大学に進もうなんて親不孝のアメリカかぶれの不良である)。

集団就職に参加する。

一度商家に入り、数年奉仕し18or20歳年齢制限クリアして暇を貰い、水商売に入る(増田の親のパターン。単に不良である)。

 

ロマンチックラブイデオロギー

そういう状況だったから古い世間では自由恋愛=不良であった。それは流行恋愛歌に乗せられて人の道を踏み外すアメリカかぶれの不良である

一方、若者からすれば自由恋愛とは誰と恋愛してもいいよという状態の事だけじゃなくて因習から逃れる解放テーゼだ。

人は好きな人と結ばれる権利がある。それを称揚すべきであるロマンチックラブイデオロギーだ。

そういう訳で沢山のフォークソング自由恋愛称揚されるようになった。1960年代には社会への異議申し立てという歌詞が多かったのが、70年代になると安保闘争挫折相俟って現状肯定恋愛称揚などのポジティブ系にシフトしていく。

 

有名なのが吉田拓郎の『結婚しようよ』1972年で、僕の髪が伸びたらチャペル結婚式を挙げよう、というもの

チャペルキリスト教会礼拝場の事なのだが、実際に多く使われるのはミッション大学礼拝場だ。要するに学生結婚したいねという欲求惹起する歌だ。

もう一つ有名で披露宴でも使われるのがチェリッシュの『てんとうむしのサンバ』(1973年)で、夢の国の森の小さな教会結婚式を挙げました、という歌詞

 

こういう曲のヒットにより「小さなキリスト教会での挙式」というのが憧れとなり、実際にミッション大学併設の教会での挙式が多く行われた。因みに式の前に洗礼を行って形だけでも「キリスト教者」になっておく。

ただ、ミッション校の教会は限られていてパイが少ないし両方の親族が沢山来たら礼拝堂に入らない。

でもそれがまた「イエvs.イエ」の結婚式へのアンチテーゼとして働いた訳だ。

 

なんでキリスト教会なの?と言えば、それは第一西欧への憧れであり、第二に「日本古来の神式仏式でないから」だ。神式仏式にはイエの因習表象をまとっていた。

今は厳かな神式も人気で特に鎌倉鶴岡八幡宮の舞殿で行われる神前式は人気だ。これには団塊/全共闘の残した軽いノリへのアンチテーゼ権威的なものを好むというテイストもあるだろう。

でも今の神前式を選ぶのと60年代の仏/神前式意味が違うのだ。現代のは一度因習との結びつきが嫌われて廃れ死んだ後に、「博物館入り」して個人にとって安全になったものだ。安全になったので「自由意思で選択」しているのである

 

花嫁夜汽車に乗ってとついでいくの」という『花嫁』(はしだのりひことクライマックス 1971年)なんか歌詞をよく確認してみたら駆け落ちなのな。こいつを披露宴で掛けるのはヤバそうだ。

 

それ以前の結婚式はどうだったのか

それ以前の結婚式仏式/神前とあったが、特に都市部だと著名な特徴があった。

それは「祝言(しゅうげん)として能の演目高砂』の一節の謡いを仲人がやる」という事。俗にいう「高砂や~」である

https://www.youtube.com/watch?v=Zm1Se2fRnvU

これをこの調子仲人が謡う。これは都市部では必ずやる。絶対にやる。だから仲人はこの祝言を暗記して慣れない能の謡い方を練習した。それを笑った落語もある。「高砂や~」って練習してる時に「とうふ~」と豆腐売りが来ちゃって混じって覚えちゃうのな。

これは恐らく江戸時代後期には一般化していたと考えられるが、廃れた時期ははっきりしてて団塊世代の適齢期だ。

 

老松という地名

ちょっと脱線だが老松町という地名があったり地名変更で無くなったが祭り町内会名や祭り神輿山車の提灯なんかで出てきたりする。

それらは長寿を願った年寄臭い地名に見えるかも知れない。

でも昔は結婚式では「必ず」高砂祝言を謡ったのだ。『高砂』の内容とは、神主兵庫県高砂で老女老男に出会い、我らは片や高砂の、片や大阪市住之江区住吉大社老松だと言われる。小舟に乗って去った老夫婦の後を追って船で住吉に向かうと、住吉明神が神々しい舞を見せた、というものだ。

まぁ今は埋め立てで遥か内陸になってしまって阪堺電軌じゃないと行けませんがね…。

この「老松」なのですよ。昔は結婚式で必ず仲人高砂を謡った。故に門出の歌なのですな。

関東大震災下町が壊滅すると多くの人が板橋区とか池袋世田谷杉並などの郊外に移り住んだ。すると農村人口が増えて村から町になり区画も分割される。そこでめでたい瑞祥地名として新婚の門出と長寿と願って老松町というのが増えた。

でもその後字面年寄臭いって事で消えてしまった。『高砂』が廃れた現在から見るとやっぱ年寄臭く見えるけど、それは習俗が途絶えて常識が消えたせいなんでありますな。

団塊結婚式に戦中戦前派は大憤慨

会場が教会だったり披露宴フォークソングとか歌うし高砂やはやらないしで、この新しい結婚式保守的な人らは憤慨していた。

どのくらいかというと、わざわざ入試問題に新型披露宴批判したり、親戚のオヤジマイクを渡されてフォークソング披露宴への憤懣ぶちまける説教演説したのを現代文の問題で出したりするくらい。そんなのを入試に出すなよ。過去問としてアーカイブされて10年以上参照されるんだぞ。

 

定着と業界

しか芸能人などが次々とキリスト教式で挙式するようになる。するとこれは大きな需要であるからブライダル業界」が立ち上がり、洗礼とかがない宗教的に気軽なキリスト教結婚式提供するようになったのだ。それまでは互助会のような組織が主だった。

ホテルなどでの挙式よりは断然安い。しか教会での式よりは断然高い。

 

から団塊のイエへの抵抗から始まったブームが大きくなって70年代中頃に業界化し、80年代には完全に一般化してこっちが主流になったのである。だが80年代には色々行き過ぎて珍妙な式が行われており、それでまた年配者の顰蹙を買ったようだ。ハイジみたいなブランコ新郎新婦が登場とかラブソングカラオケ熱唱とか色々おかしい。

 

から「なんで偽物の教会でやるの?」と聞かれたら「それが昔は近代的な解放だったんだよ」「その意味社会から消えても形式業界がそのままになってるんだよ」「貴方の国の若い人らもハングルひらがなを混ぜて書く事があるけど、それも同じ抑圧からサブカルチャー解放意味があるんじゃないの」と言えばよい。

 

それとは別にやっぱあの形式結婚式にはダサさを感じるし、偽物の教会中途半端教会建築への理解の少なさが出ちゃってる。標準的形式の練り直しはすべき時期かもしんない。

2021-06-16

人生ルート分岐してた

俺は2年前に結婚して、子どもはいないけど可愛くて支えてくれる奥さん幸せ暮らしている。

 

それで満足。何の問題もないんだけど、結婚する前に「これ人生ルート分岐してたな~」って思うことがあった。

 

俺は高校とき写真部に入っていた。ただ、俺以外の部員が全員女子だった。

周りのやつらは気にもとめないで俺と仲良くしてくれたし、俺は半分女子になった気分で過ごしてたので、特に問題なかった。

俺はその後、部員の1人と結婚することになる(それが今の奥さん)んだが、実はもう一人、何かが違えば結婚してたかもってやつがいた(浮気はしてないよ)。

 

そのもう一人の部員を仮にAと呼ぶ。

俺は奥さんと一緒にイベントに出掛けたりしてたが、Aとも映画を見たりして遊びに行ってた。

高校3年のとき、Aが俺に「私もあんたも、30歳になって結婚してなかったら結婚しようよ」と言ってきた。

俺は、なんだその保険みたいな扱いは!と怒りつつ、内心まんざらでもなかったので、いいよと答えた。

 

俺が高校卒業して、一人暮らしをしていたとき、Aから泣きながら電話がかかってきた。

理由は大したことじゃなかった。大学のやつらとモメたみたいな話だったと思う。案の定すぐに解決した。

ただ、その電話相手は俺じゃなくてもいいんじゃ?という感じだった。Aには男友達もいるし、女子友達だって何人もいる。

それに、Aとは高校卒業後、何回か会ったきりだった。

 

成人式の日、俺は奥さんとAを探して回った。奥さんは式典だけ出席してすぐに帰ったため会えなかった。

Aとは会えた。ばっちり晴れ着姿のAはすごく綺麗だった。取り留めのない話をして、一緒に写真を撮った。Aは撮った写真を綺麗に加工して俺に送ってくれた。

 

奥さん交際してすぐ、部活メンバーに、奥さんと付き合っていることを飲み会の席で告白した。

奥さんはすごく照れてた。Aは俺の話し方が男らしくないといちゃもんをつけてきた。

飲み会の後、俺は1人帰る方向が違うのでみんなとは別で帰った。

帰りの電車の中、奥さんから「Aがあなたのことをすごく褒めているよ。私があなたのことを、実はかっこいいと話したら、Aはとても共感してくれたよ。よかったね。」というLINEが届いた。

その時俺は、奥さんと付き合いたてだったので、あんまり気に止めなかった。

 

俺が結婚する前、Aから「今付き合っている彼氏はとてもいい人だけど、本当にこの人でいいのかわからない」と相談された。話を聞く限り、Aの彼氏は滅茶苦茶いいやつだったので、俺はAに「完璧人間はいないし、彼氏さんはいいやつだと思うよ」と答えた。

Aはうんと答えたあと、特に何も話さなかった。

 

Aとはその後、部活飲み会でたまに会うくらいの関係になった。彼氏ともうまくやってるらしい。

 

正直、Aのことは結構好きだった。でも、奥さんの方がもっと好きだった。

奥さんとは死ぬまで添い遂げるつもりだ。

ただ、30歳に近づいてきた今、ちょっとそわそわしてる自分がいる。

2021-03-03

結婚しようよベイベー

一寸先の闇も怯えることなどなにもない」

人生って虚しいもんさ

愛してるのは君だけだ」

「繋がった楽しかった」

「つもれつもれ」

「ベイビーアライブ

2020-05-28

anond:20200527145007

個人時代感覚って大きく分けて「生まれる前」「小学校低学年ぐらいまで」「学生の間」「それ以降」に分かれるのかなと思っている。

から1980年前後まれ自分場合オイルショックが少し面白い

第一次(1973-74)は歴史上の出来事という感覚

二次(1980-81)は、記憶は無いけどかーちゃんは幼い俺を抱えて右往左往したのかな、と少し当事者感覚がある。

1990年代後半は今でも有名な人だと、B'zやミスチルTMRポルノグラフィティ山崎まさよしとかが活躍してた。

から、当時学生だった自分は、音楽的な感覚だと「現代の音楽」という感覚がある。

でもこれは、例えば今20歳の人からすると「生まれる前からの人」なので、前時代音楽に感じるのかな、と思う。

自分感覚に置き換えると、例えば「神田川」のかぐや姫や「結婚しようよ」の吉田拓郎かに対する感覚に近いのかなと。

(この辺は各世代の人に詳しく聞いてみたい)

「それ以降」に関しては興味ある分野はある程度変遷が分かるけど、無い分野は全部まとまっちゃうね。

例えば自分アイドルには興味薄いので、モーニング娘はまだしも、AKBももクロ欅坂も全部ごっちゃの「最近アイドル」という感覚

興味ある分野も、若い頃に比べると時間の流れが速く感じるので、2-3年ぐらいなら最近と思えてしまう。

学生の頃は半年前ですら一昔前の感覚だったけど。

2019-08-29

anond:20190829185604

吉田拓郎「髪を伸ばした人に需要がある業界もあるにはあるんだけどね」

ムッシュかまやつ「ねぇ、結婚しようよ♡」

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん