はてなキーワード: 種田山頭火とは
ケーブルテレビSTBでは見られない場合が多いようなのでBSパススルーとか
地域によってはSTBで見られるようになったかもしれないので最新情報要確認
・04 木村庄之助 きむらしょうのすけ
・05 桃太郎電鉄
・06 『キングダム』
・07 [漢字を読みましょう]いんど ぱり ぶらじる さんふらんしすこ ろんどん とるこ べるりん すいす
・08 『ゴッドファーザー』
・09 井戸田潤 いとだじゅん
・13 カシュクール
・14 草(かんむり
・15 沖縄(県
・16 つんく♂
・18 なかやまきんに君
・19 7(つ
・21 [共通]ユキ
・22 [AC]叡 えい
・27 [3択]6 7パーセント
・29 アメリカ
・30 [3択]田安(家
・32e Hard
・xx 佐野常民 さのつねたみ
濱大樹幸一郎(はまたいき こういちろう 2320年4月3日 - )は、北海道広尾郡大樹町(現:釧路國広域行政区大樹)出身の元大相撲力士。第211代横綱。本名は濱田幸一郎。
天興24(2320)年4月3日、北海道広尾郡大樹町浜大樹で漁業を営む家に生まれる。実家に近い大樹町の漁港宇宙港は、内陸にある中心市街と対比して浜大樹と呼ばれており、のちの四股名の由来になっている。代々の家業である漁業と大樹宇宙港での不安定な重力下での積荷の上げ下ろしを繰り返し強靭な足腰を鍛えあげた。大樹高校卒業後に家業を手伝うも、専門知識や技術を身につけたいと上京を決意。新新とかち帯広空港から羽田大気圏内空港に降り立ったところ、別の入門者の到着を待ち構えていた宮城野部屋の力士に、その筋骨隆々で偉丈夫の姿から入門者と間違われ部屋まで連れてこられてしまう。事情を説明し去ろうとしたところ、女将からの説得を受け入門を決意した。
如上の経緯から序の口からの出身となったが、漁港と宇宙港重力下高層域および大気圏外での積卸の経験による筋力とバランス感覚の良さで順調に昇進。入門後4年ほどで十両に昇進した。ところが2342年に勃発した火星独立運動に突然単身従軍。これは大樹時代の思い人が火星に移住していたことが遠因と言われる。そこで右ふくらはぎにレーザー銃による貫通創を追う。紛争後、3年のブランクののち宮城野部屋に戻った濱大樹は火星から連れ帰った弟弟子布雄母巣(フォボス)と泥茂巣(デイモス)らとともに再び猛稽古に励み、2349年に大関でTOYOTA場所で13勝2敗、秋場所11勝4敗、九州場所で13勝2敗と安定した成績を収め、横綱に昇進した。横綱審議委委員会では第24代内館牧子委員の熱烈な推薦の一幕もあった。
横綱昇進後も安定した成績を収めたが、生涯には1度しか優勝の機会に恵まれなかった。これは当時土星・木星系力士の全盛期に当たっていたためと言われる。同時代の横綱土星山(どせいさん)や丸輪花(まるわっか)、名大関の大赤斑ら、高重力下で鍛えた力士たちが鎬を削っており、たびたび優勝決定戦での激戦が繰り広げられた。2352年の優勝の際には、21年ぶりの地球惑星出身の力士の優勝となり、列島はもとより出身の大樹町では住民たちが7昼夜にわたり祝宴を催し、漁船及び宇宙港船のデジタル大漁旗の皓々たる明かりは月世界からも確認できたという。さらなる活躍が期待された濱大樹であったが、2355年の冥王星巡業へ行く途上、日本宇宙航空分解事故により、天王星沖で消息を絶つ。
先述の通り土星・木星系力士全盛の時代に、普通重力下で育った力士として出世したため、地球人からの人気が高かった。また火星への従軍経験から火星系人類にもファンが多く、くわえて戦傷したことから傷痍軍人からの人気も得ていた。さらに土星・木星人のなかにも地元出身力士のライバルとして語り継がれるなど、惑星植民時代の力士の象徴的存在として言及される。
日本大相撲協会の火星巡業で現地を訪れた際、土俵上が火星重力のままである経験をした。当時は重力制御のためのエネルギーが十分でなく、先述の土星・木星系は高重力であり、火星や各惑星の衛星植民地や小惑星帯植民地は程度の差こそあれ低重力下での生活を強いられていた。濱大樹はこうした現状を目の当たりにし、「まずは土俵から」と一重力土俵(土俵内部に重力制御装置を埋設したもの)を低重力植民圏各地の小学校に設置する運動を始めた。その運動は濱大樹の消息不明後も宮城野部屋により継続された。一重力土俵普及運動はその後各地の生活圏一重力獲得運動へと展開し、現在の様な地球と変わらない生活環境の実現に一役買うことになる。
2352年に行われた、木星と火星の中間に位置する小惑星フローラの巡業にて行った土俵入りの際、あまりに強い四股のためフローラの地軸が0.8度ほど傾いた。移動式一重力土俵を用いての巡業だったこともあり、宮城野部屋はNASAから厳重注意を受けた。ただし当時の在フローラ人からは大変好評でフローラ毎日新聞には「この土地に箔がついた」の見出しが躍った。またこの一件は、火星の歌人である種田オリンポス山頭火(明治から昭和にかけて活躍した種田山頭火とは別人)により
と詠まれた。
大樹での幼少期に濱大樹が思慕していた女性は、大樹宇宙港から火星に赴いた。その後火星事変中に火星結核によりこの世を去っている。濱大樹は火星巡業の際には必ず立候補し参加しており、巡業中にはヘラス平原の無天蓋墓地にアホみたいな大きさの特製対外活動服で墓参りする謎の人物の姿が度々目撃されている。
日本宇宙航空分解事故の際、乗客乗員の多くは緊急脱出ポッドに乗り込む時間的猶予があったと言われている。実際に機体の通信記録からは緊急脱出ポッドの相当数の稼働履歴が検出されている。その中でも特に注目するべきは連結ポッドである。2つ分の緊急脱出ポッドを連結されたものが8機射出された記録がある。これは冥王星巡業で当地に向かった力士の人数と合致しており「関取」ならぬ「席取」により生存の可能性を知ることができる。このため宮城野部屋及び日本相撲協会は、太陽系外縁を航空する機体に今もなお周知活動をしており、懸賞金もかけられている。
もし無事に脱出ポッドに乗り込んでいた場合、濱大樹の身体はコールドスリープ状態にある。ただし、当時の科学水準においては現在のような2000年単位での冷凍睡眠技術は確立されておらず、独自統御をなすAIも搭載されていない。ポッドの寿命は持って300年程度と言われる。乾徳49(2517)年、エリス天文台の宙域スキャンにより、脱出ポッドの可能性のある古い時代の物質が検出され、地元大樹でも話題になった。第389代横綱大譚(たいたん)はこのニュースを受け「もし復帰されたら胸を借りたい」と述べ、世紀を超えた名横綱対決が実現する可能性もある。
濱大樹の業績を称え、大樹宇宙港の地上部に横綱濱大樹伝承記念館があり、当時の低重力下火星土俵の再現や横綱の手形や化粧回しなど展示があるほか、濱大樹の立ち合いの威力や得意技のけたぐりの威力を体験できるコーナーがある。また宇宙港高層域にも濱大樹資料室が存在する。さらに濱大樹の巨大なブロンズ像が宇宙港正面入口に所在し、この地の宇宙開発の立役者である堀江貴文翁顕彰記念碑と肩を並べており、宇宙港を訪れた際の撮影スポットになっている。
お湯沸かしソリューションのオートメーション化を目指すべく私のファイナルアンサーとしての結論は
やっぱり3リットル級のポットを準備し導入することを可及的速やかに行うことなの。
火にコンロに掛けている間の目を離せない時間がもったいないので、
ここはやっぱりポットでお湯沸かしを自動化するべく、
私はこの夏にいよいよ可及的速やかに動き出すかのように
全米が泣く湯沸かし素麺ソリューションのファクトリーオートメーション化を目指すのよ。
簡単に言えば、
ポットでお湯を沸かしてお鍋に移して素麺を湯がく!ってだけの話しなんだけど、
そのお湯沸かしソリューションの問題解決としてインスパイヤザネクストなの。
私の中の頭の中ではもう
問題はそう!
薬味をいかに良い状態の新鮮のものをキープしておくかってことに
次の焦点をあてるのよ。
予め薬味セットって売っていればありがたいんだけど
ネギはあるのよ。
素麺つゆもまたいろいろと楽しめていけば捗る率アップ間違いなしよね。
なんかぎりぎり面倒くさくないって言っている新垣結衣ちゃんのお湯を沸かすことすら、
私は面倒なのよね。
優勝出来るんだけど、
ティファールでは一気に800ミリリットルしか沸かすことが出来ないから
これ4回もその作業続けないと行けない羽目になるじゃない。
これじゃ元も子も虎の子もないので
4回湯をくべて沸かすなら
鍋で沸かすちゅーの!って言いたいところだけど
もうすでにギリギリ面倒くさくない緒湯沸かしですらお鍋でお湯を沸かすところが面倒なのよね。
だから
世の中に3リットル以上のお湯が一気に沸かせるポットの存在に気が付いたとき、
この大量の湯量で一気に素麺ソリューション解決じゃね?ってね。
でもさ、
お湯沸かしソリューション
全てこれ解決したとしても
素麺ってあっと言う間に気付いたら食べてしまって無くなってないかしら?
切ないわね。
さすがにどかどか食べているとお腹がポンポコリンになってしまうので、
一気にたくさんは湯がけないけど、
無意識で麺を食べているとあっと言う間に無くなってしまう夏のさみしさみたいなのが大黒摩季さんの曲を聴きながら夕立に打たれて食べる素麺の美味さよって
あの俳句名人の松尾芭蕉先生もきっとその美味さに種田山頭火先生との
そのぐらい
言わないわよ。
愛しさと切なさと……なんて。
そのぐらい寂しいものよね、
心強さをもったないとって
この夏は乗り越えられないわ。
またポットは買ってないけど、
きっと可及的速やかに導入に至ったあかつきには宴もたけなわでありますが、
まだパーティーは始まっていないけどね!
みんなに素麺を奢る羽目になってカウンターの上に吊されている鐘を鳴らさないように気を付けたいものよ。
カードが使えなかったら大変じゃない?
今からそれを思うと素麺バーでうっかりやらかさないことを切に祈るばかりよ。
うふふ。
ヒーコーも美味しいし、
薄暗い店内から出たときに眩しーって思うぐらいそんな感じよね。
カッツスイカ買ってきたのでカッツスイカアンド苺もこの時期加えてみて、
久しぶりにというか
夏すいか待ってました!って
季節到来よね!
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
これもいろいろ間違ってるんだけどな。
だけどそれをここに書いちゃうとはてなーは自分で調べる姿勢を失うことになるから書かない。
ただこれだけは言わせて欲しい。
3つめ。これは一番勘違いを修正いただきたく、返信をしようと思った最大の理由ですが、「分け入っても分け入っても青い山」は、種田山頭火の俳句です。川柳ではありません。無季自由律であってもそこに俳句スピリットがあればそれは俳句だ、というのが彼らの主張であり、その主張自体をどう取るかは人それぞれの考え方にもよりますが、「あれは俳句ではない」と主張するならまだしも違うジャンルの呼び名で呼ぶのは、俳句に対して、川柳に対して、そして山頭火に対して、あまりにも失礼で不当です。この勘違いは、即刻修正していただきたいです。
この部分は本当に酷い。
それなのに誰もコレに突っ込まず、むしろ「そうか、この増田は正しい知識があるんだな」とアッサリ信じてしまったのが本当に恐ろしい。
国語警察です。増田の書き込みにはいくつも間違いがあり、看過できません。
1つめ。まずお茶のペットボトルに書いてあったのならそれは川柳ではなくおーいお茶の伊藤園が主催する新俳句大賞です。夕立という季語を入れているので、作者は俳句としての読み取りを求めていると解することができます。俳句の解釈にはいくつかフォーマットがあるので、読み取りにはある程度それを知っておく必要があり、簡単に云々するのは適切ではありません。
2つめ。件の句は大変面白い句です。やや読み口が未熟ではありますが、賞に選ばれるだけの作品だと言えます。以下、少しだけ解説をします。
まず、夕立を季語として用いているので、季節は夏。象は「夕立」が降る日本でよくいる動物ではありませんから、場所は動物園とほぼ確定できます。夏の夕方に作者は動物園を訪れているわけです。事情はさまざま、ですが、一般的にいってどんな心境だと想像できるでしょうか。夏休みの家族連れ?詠み手は子供?親? 確実に言えるのは、詠み手はそう不幸な状況にあるわけではないと考えられるということです。不幸な人は、夏のさ中に動物園に来たりしませんし、夕立の中でぼーっと象を眺めたりもしません。むしろ想像できるのは、それなりに幸福な人で、新鮮な心と驚きをもって周囲に向き合っている人だということです。そこで、そういう心で、目の前の情景に向き合ってみましょう。
何も心配することのない子供のころの心で、夏のさ中に動物園にやってきた状況を想像してみてください。いろいろな動物のむせかえるような匂いに少しへきえきしながらも、非日常感に心躍らせる思いで時間はあっという間に過ぎ、気づけばもくもくと黒雲が辺りを覆っていて、不意に夕立が訪れます。象はいつも動物園の人気上位です。目の前の象の圧倒的な非日常感は、この日一日の中でもとりわけてあなたの心を喜ばせたでしょう。そして、夕立。遮るもののない中で、夕立は普段よりもいっそう激しく感じられます。雷もなってあなたは少しひるんだかもしれないし、あるいはワクワクしたかもしれません。ですが、目の前の象はどうでしょう。象舎に入るでもなく、動じるでもなく、まるで心地よいシャワーでも浴びるかのように、何物にも動じません。そんな象の姿は、あなたの心を揺さぶらないでしょうか。それが、象への感動なのか、夕立への感動なのか、二つが混ざった状況は、目の前の柵の存在すら忘れさせて、ふと見たこともない遠いアフリカでスコールを浴びる象の野生すら幻視させるかのようです。象が夕立を浴びている風景を、主語を逆転させ、夕立が象を洗っている、と見たのは、夕立に象に劣らぬ存在感や主体性を詠み手が感じたことを表しています。そして、夕立というあまりにもありふれた題材が、象という、俳句にはなりにくそうな題材と出会うことで、なんと生き生きと、生々しく荒々しい存在感を生み出していることでしょうか。異質な二つが出会うことで取り合わせの妙が生まれる、つかず、離れず、のこの関係を「不即不離」と言います。上質な俳句に欠かせない、新鮮な感動だけが生み出す言葉のマジックです。
最後の「またたく間」もとても素晴らしい。夕立は短いものですが「またたく間」というほどかというと少し誇張なので、このあたりやや詠み手の未熟さ若さと捉えられるかもしれません。しかし、この「またたく間」は、まさに瞬きも忘れるほどこの情景に見入っていたこども心の「またたく間」であり、必ずしも一瞬とは限らないとも言えます。また、ウォッシュされた結果クリーンになるのがまたたく間だった=それほど激しい夕立だった、と取ることもできますし、さらに読みを深めれば、これらの幻視、ひいてはこの日一日の非日常の全てがこの瞬間に込められており、夕立とともに非日常ははかなく消え去っていく、ただし、後に残るのは夕立の後のような爽やかさで、この一言とともに、象と夕立の幻視に閉じ込められていた詠み手が再び現世に返り、我々読者もその爽やかな読後感を共有できる…そんな終わり方です。幻は一瞬であり、一瞬であるがゆえに永遠。この句はそんなことまで感じさせてくれます。
そんな、まるで壮大な幻を一編の短編映画に仕立てたような幻想を、わずか17字に詰め込む、これこそが俳句の妙であり、これはそんな俳句という表現形式の魅力を存分に発揮した作品だと言えるでしょう。実に見事というほかはありません。
3つめ。これは一番勘違いを修正いただきたく、返信をしようと思った最大の理由ですが、「分け入っても分け入っても青い山」は、種田山頭火の俳句です。川柳ではありません。無季自由律であってもそこに俳句スピリットがあればそれは俳句だ、というのが彼らの主張であり、その主張自体をどう取るかは人それぞれの考え方にもよりますが、「あれは俳句ではない」と主張するならまだしも違うジャンルの呼び名で呼ぶのは、俳句に対して、川柳に対して、そして山頭火に対して、あまりにも失礼で不当です。この勘違いは、即刻修正していただきたいです。
最後に、俳句と川柳の面白さはまた違うところにありますが、川柳の面白さはもっと言葉の響きや並びの妙といった所にあるので、「情景が浮かばないとダメ」といったような狭い(ある意味俳句的な)縛りの下にあるものではありません。その点も、増田は勘違いを修正された方がよいと思います。俳句の世界、川柳の自由さは、それぞれに面白いものであって、それぞれの特長をきちんと知ることで、それらの作品をより深く味わうことができるようになります。知らないで否定することは簡単ですが、それはあなたの世界を狭くしてしまいます。分かったつもり、の人生より、世の中にはまだ知らないことがたくさんある、という人生の方が、楽しいと思いませんか。お茶のペットボトルを飲み捨てることなく、そこに書かれた一言に目を向ける精神は素晴らしいと思います。どうかそのように、物事を簡単に切って捨てるのでなく、小さなところにも発見のある人生をお送りください。
大変趣がある。◎
尾崎放哉や種田山頭火の系譜を思わせる自由律の裏側に、女性用の下着という単純な提起だけに一見思えるが、
読む相手によって想像の奥行きに無限を与えており、鑑賞者に委ねる事で季節感についても省略の技巧を凝らし、
自らが感じ取るパンティーに対する悲喜こもごもの感情を想起させることがたった5文字に凝集されている。
私には、興奮のあまり後先を考えない若者の高揚の発露と見ることができた。
その場合、確かに性行為を暗喩する上でパンティーは乱暴に放り出され、脱がされ丸まったパンティーは、
興奮が冷めるまで注目され得ないことを見事に表現している。
情熱の本体は、行為の開始によってパンティーではなく人間本体に移ることにもこの表現技法は適切に見える。
文学や映像の世界で修辞的技法である、性行為の生々しい場面を、夜が明ける、花が落ちるなどの
比喩であらわす作品は陳腐化されているが、この作品では自然に視点を逸らすことに成功した。
パンティーはどんな色だろうか、汗ばんでいるだろうか、とするとこの行為に及んだ人はどんな人物だろうか。
どんな季節だろうか、どんな部屋だろうか。好奇心をこれほど擽る作品に出合えたことに感動している。
昔の偉い人ははこう言ったかもしれない。
一本の線がどう見えるのか。それを鑑賞する者に託すことが芸術の強さだ。
子供が描いたような絵が、何億もの価値で売られるのを目にすることがある。
その人には無価値にしか見えないことが、他の人にはとても価値があるように見える。
一滴の水と見るか、大海の一部と見るか。全ては自分次第なのだ。
私はこの作品を生涯忘れない宝物にしたい。
イマイチいいのが思いつかないんだよね。
「バーカ! 升田の○○! ○○!」の○○に入るヤツ。きょうもえさんくらい自然に豊かな罵詈雑言が出てくればいいんだけどなあ。
……言っていいことと悪いことがあるなやっぱり。さすがに言い過ぎたよ。
ごめんね。
追記)