はてなキーワード: 破綻とは
シャケには海におりないでずっと川で生活している身体の小さい個体がいて
海で育った個体が産卵に戻ってきたときにこっそり精子を卵にかけて
子孫を残すという
他にもメスに擬態して巣に近づいてきて卵に精子の掛け逃げをする魚もいるらしい
そういうオスに対してメスの方は追い払うどころか融和的(おめこぼし)である
それは子供の遺伝子の多様性を確保した方が自分の遺伝子を半分もった
居残りオスは身体が小さくてもある種の病気に罹りにくいなど別の強みをもっている可能性はある
鳥なども子供のDNAを分析すると一部はツガイじゃないオスとの間にできた子供ということがあるらしい
これらの動物がこういう戦略をとれるのは一生に産む子供の数が多いからだ
もしも、これが極めて少数(生物的には破綻するが一人とか)の子供しか産まないならば弱い(可能性が高い)遺伝子の半分に
A 氏は本件原作者がプロットに不満を持ったまま制作を進めると今後うまく進行しないと思い、C氏に対し本件原作者の懸念点を教えてほしいと依頼したところ、同年6月14日、4話のプロットについてのやりとりをしている中で、C氏からA氏に本件脚本家に読んでもらうには少々憚られる内容であるが、推敲するとわかりづらくなってしまいそうなので、というコメント付きで「脚本懸念点について」というタイトルで本件原作者の言葉通りそのまま Word文書にしたものをメールで送ってきた。
そのWord文書では、オリジナルのセリフやり取りが挟まっている点について、冗談とはいえ、ふつーに感じ悪いなと思ってしまう、一連のセリフの流れが意味不明、こんな短いシーンでも理論立てて説明できないキャラの言動の不一致が起こってしまう、他人をディスる言葉の扱い方と、文脈やキャラの言動の破綻が気になる、切り貼り挿入も前後の意味が繋がっていない等と指摘のうえ、「原作があるうちは、失礼だと思いつつ事細かに指摘して修正してもらうことも可能だけど・・、オリジナル展開の9話10話で、収拾つかなくなっちゃうんじゃないかと、不安に感じてます。」と記載されていた。この時、A氏は、C氏が今までは表現を柔らかく変えて本件原作者からの指摘を自分に送ってきていたことを認識した。このWord文書の各指摘点については既にプロットで修正済みであったこと、本件脚本家に対しかなり厳しい表現であったため、A氏はこの Word文書は本件脚本家には共有しなかった。しかし、コアメンバーに対し、本件原作者がキャラクターがブレることについてコアメンバーが思っているより、気にしているとの趣旨の話はしていた。
ここ面白かった
大学3年生で今まで彼女が欲しいと思い行動を起こしてきたが恋人が全くできそうもなくつらい。外で歩いている恋人を見ると羨ましくて悶絶しそうになる。
いつか読んだ本で彼女は本当は必要ないのではないか周りの影響でほしがっているだけなのではないかと読者に問いかけるような内容を読んだことがあるが、全く持って私の場合これは当てはまらない。純粋に周りの影響関係なく彼女が欲しいのだ。
アイドルマスターが好きでライブにも言っているのだが、そこで声優さんと出会い、女の子の可愛さと2次元とは違った奥深さ(例えば、いわゆる”ゆるふわ”な女の子でも掘ってみると”ゆるふわ”という一言では表せない多面的な要素が複雑に絡まり合って人格を形成しており、2次元とは異なる、性格を一言で表せない奥深さを感じる)に気づきそこから彼女がいてくれたらと思うようになったのだがいまだできたことがない。
大学1年の頃から試行錯誤しており、主にファッションとスキンケアについて転がり立ち上がりようやく様になってきたが女性側からの反応はいまだない。髪もセットしているのであるが、フィードバックを求められるおしゃれな友人もおらず、これでいいのかと不安ながら通学をしている。私を不安にさせているのが女性からの反応が全くもらえないことであり、ファッションについては人気のファッション系ユーチューバーを参考にしているので間違いないと思うがヘアセットやその他の要素(例えば猫背、肌など)についてどう思われているかが不安である。
最近パーマをかけたのだがセットしてもいわゆるチー牛顔にしかならず本当にショックだ。やはりヘアセット初心者の私にパーマは早かったのか。しかし、マッシュ等の髪型には惹かれず一番パーマがよさそうとインスタを見て思ったのだが、私には似合いそうもない(誰からのフィードバックもない)。
今まで女性に何度か話しかけたことがあるがその話しかけた女性から自分は話しかけられることがないのできもがられているのではないかと感じ、それが私を悲しい気持ちにさせる。今となっては黒歴史であるが、以前ひげ脱毛のダウンタイムの関係もあり大学にひげを生やしていったことがあった。相当な変化であるがだれからも反応をもらえず、なぜ誰もフィードバックをくれないのだろうと怒りすら感じる。
いままで大学に入って好きな女の子が3人で来たのだが初めて好きになった子にも次に好きになった子にも彼氏がおりそれが本当にやるせない。女性は簡単に彼女ができるというが(ネットの受け売りだが)その受け身でも彼女が出来るのは本当にうらやましい。前述した私の見ているファッション系youtuberでは「街中で好きな男性の服装を女性に聞く」という企画があるのだが、そこで偉そうに男性の服装に意見している女性を見ると非常に憎たらしく感じる。私は拒絶され(女性から話しかけられないことを私は拒絶ととらえている)ているのに、世の中の女性は男性のアプローチにケチをつけ、アプローチをもらったことで自信を高め、さらにそのひとをけなすことで快感を得る。なんて偉そうな立場にいるのだろうと嫌悪感を感じる。私が初めて好きになった女の子はあまりいけていない子であったので(性格が悪い言い方であると思うが誰しもこれくらいの性格の悪さは持ち合わせていると思う)私自身と同一視している部分もあるのだが、なぜ私は恋人ができず受け身な彼女は恋人ができるのだろう→彼女が女だからだ という論理でネットでみた女性だから受け身でいいという言説を鵜呑みにして(実際自分で確認したわけではないので本当に受け身でいいのかはわからないが)受け身なくせに女性のほうが恋愛がうまいという論理が破綻しているように感じる世の中の言説も合わせて、近頃は女性に憎しみを感じている。
私がそのうち彼女が出来ればいいのような楽観的な思想になれないのは結婚相談所やマッチングアプリでの恋愛をしたくないという点がある。マッチングアプリや結婚相談所は男性が多く払うという制度があるのだと思うがこの男性が多くというのが結婚相手とは平等の関係を築きたい私にとっては拒否感があり、今恋人がほしいのだ。
恋愛で死ぬというのはバカであると感じる人も多いと思うが、最近は本当に自殺を考える原因になっている。女性の可愛さを認めている私にとって女性が周りにいる環境で女性に相手にされないというのは非常に自己肯定感を失う体験の連続であるし、目の前異性がいるのに、ネット等で誰でも頑張れば恋人ができるという言説があるのにも関わらず恋人ができないのは、自分はニンジンを目の前にぶら下げられた馬であり、手に入らないのにそれ求め続ける、しかし手に入らないことを薄々は感じていているのに求め続けるむなしさを感じる。私は人一倍無能であり、バイトでも何回も無能扱いされてきた、将来仕事でも成功は納められないだろう。そういった自身の無能さを勝手に女性の目を借り自分を下げ、自身の首を絞めているのかもしれない。今、バイト先ですごく素敵な女性と出会い、この人と一緒にいられたらと思っているがどうせこの人にも彼氏はいるのだろうと思い、どうしていいのかわからず心がかき乱される。そして簡単に恋人ができる女性へのヘイトを考えてしまう自分がいる。
私が恋人になってもいいと思っている女性がいるなら何か合図が欲しい。こういう部分に拒否感があるのような女性側の意見もわからずアプローチをするのはつらい。女性からの愛に餓えているのかもしれない。私のことを愛してくれる女性なら誰でも好きになる自信がある。女性も異性からの愛を求めていて、お互いが空回りしている状態だったらどんなに良いだろう。女性は私が話しかけてうれしいのだろうかそれとも嫌悪感を感じるのだろうか。女性は基本自分から異性に対して話しかけないのだという情報をネットでみた。私も女性に何度か話しかけたことがあるがその女性から以後話しかけかえしてもらえることはなかった。話しかけてもらったら次にお礼で自分から話しかけるという考えを持っている自分にとっては無礼な行為であり、怒りを感じるがこれが私が彼女から嫌われているからではないかという悲観的な考えもある。どうせ彼氏がいるから私に話しかけてこないのだろうという 女性=誰しも彼氏がいる というネットで見たことと私の経験から作った法則に当てはめ、恋人が簡単にできる女性への憎しみも感じる。
↓ここからは私の日ごろためている女性ヘイトについて書こうと思う。
正直女性はかなり優遇されていると感じる。恋愛面に関しては男性が寄ってきてそれを見定める立場である。バイト先でも男性は女性よりきつい仕事を任されることが多い(女性より時給300円くらい多くもらっても良いのではないかと感じるくらいハードな仕事を同じ職場でも求められることがあるし、それで今日の仕事きつかったねと話しているところを見るときつい仕事は男性がして当たり前なのかと殺意がわく。バイトや自動車学校等でもネットの女性のほうが優しくされるという言説を意識して見てみると大事にされているというのを感じる)大学で女性がやたらとジェンダーと関連付けたレポートを書きたがるのは憎たらしい。今の待遇に不満があると言いたげなその姿勢は本当に憎たらしい。
ここまで長々と書いてきたが私は結局女性のせいにしたいだけなのだろう。女性にも興味がない男性を拒否する権利はあるし私が女性でもそうしていただろう。私は軽度の障害もあるし、仕事もできないので未来がない。文系なので女性が多い職場で女性の目を借り自身を傷つけながらこれからも生きていくのだろう。もともと私は理系だったのだが、理系でも女性が少ないと不満を言っていたと思うので、結局私は身の回りに常に不満を感じるような人物なのだろうと感じる。今、バイト先で好きな女の子がいるがこのような歪んだジェンダー感と他責思考を持つ私が彼女に話しかけていいのかと感じる。本当に久しぶりに出会った素敵な人なので彼女から拒絶されたり、彼女にすでに彼氏がいたりしたらリミッターが外れこれまで以上の女性ヘイト思考になり私の感情はぐちゃぐちゃになりどう変貌してしまうか(おそらくモンスターになってしまう)は想像ができず非常に怖い。しかし、私の課題を先に終わらせたい思考から彼女との関係をどうにか帰着させたい一心だ。
大学3年生で今まで彼女が欲しいと思い行動を起こしてきたが恋人が全くできそうもなくつらい。外で歩いている恋人を見ると羨ましくて悶絶しそうになる。
いつか読んだ本で彼女は本当は必要ないのではないか周りの影響でほしがっているだけなのではないかと読者に問いかけるような内容を読んだことがあるが、全く持って私の場合これは当てはまらない。純粋に周りの影響関係なく彼女が欲しいのだ。
アイドルマスターが好きでライブにも言っているのだが、そこで声優さんと出会い、女の子の可愛さと2次元とは違った奥深さ(例えば、いわゆる”ゆるふわ”な女の子でも掘ってみると”ゆるふわ”という一言では表せない多面的な要素が複雑に絡まり合って人格を形成しており、2次元とは異なる、性格を一言で表せない奥深さを感じる)に気づきそこから彼女がいてくれたらと思うようになったのだがいまだできたことがない。
大学1年の頃から試行錯誤しており、主にファッションとスキンケアについて転がり立ち上がりようやく様になってきたが女性側からの反応はいまだない。髪もセットしているのであるが、フィードバックを求められるおしゃれな友人もおらず、これでいいのかと不安ながら通学をしている。私を不安にさせているのが女性からの反応が全くもらえないことであり、ファッションについては人気のファッション系ユーチューバーを参考にしているので間違いないと思うがヘアセットやその他の要素(例えば猫背、肌など)についてどう思われているかが不安である。
最近パーマをかけたのだがセットしてもいわゆるチー牛顔にしかならず本当にショックだ。やはりヘアセット初心者の私にパーマは早かったのか。しかし、マッシュ等の髪型には惹かれず一番パーマがよさそうとインスタを見て思ったのだが、私には似合いそうもない(誰からのフィードバックもない)。
今まで女性に何度か話しかけたことがあるがその話しかけた女性から自分は話しかけられることがないのできもがられているのではないかと感じ、それが私を悲しい気持ちにさせる。今となっては黒歴史であるが、以前ひげ脱毛のダウンタイムの関係もあり大学にひげを生やしていったことがあった。相当な変化であるがだれからも反応をもらえず、なぜ誰もフィードバックをくれないのだろうと怒りすら感じる。
いままで大学に入って好きな女の子が3人で来たのだが初めて好きになった子にも次に好きになった子にも彼氏がおりそれが本当にやるせない。女性は簡単に彼女ができるというが(ネットの受け売りだが)その受け身でも彼女が出来るのは本当にうらやましい。前述した私の見ているファッション系youtuberでは「街中で好きな男性の服装を女性に聞く」という企画があるのだが、そこで偉そうに男性の服装に意見している女性を見ると非常に憎たらしく感じる。私は拒絶され(女性から話しかけられないことを私は拒絶ととらえている)ているのに、世の中の女性は男性のアプローチにケチをつけ、アプローチをもらったことで自信を高め、さらにそのひとをけなすことで快感を得る。なんて偉そうな立場にいるのだろうと嫌悪感を感じる。私が初めて好きになった女の子はあまりいけていない子であったので(性格が悪い言い方であると思うが誰しもこれくらいの性格の悪さは持ち合わせていると思う)私自身と同一視している部分もあるのだが、なぜ私は恋人ができず受け身な彼女は恋人ができるのだろう→彼女が女だからだ という論理でネットでみた女性だから受け身でいいという言説を鵜呑みにして(実際自分で確認したわけではないので本当に受け身でいいのかはわからないが)受け身なくせに女性のほうが恋愛がうまいという論理が破綻しているように感じる世の中の言説も合わせて、近頃は女性に憎しみを感じている。
私がそのうち彼女が出来ればいいのような楽観的な思想になれないのは結婚相談所やマッチングアプリでの恋愛をしたくないという点がある。マッチングアプリや結婚相談所は男性が多く払うという制度があるのだと思うがこの男性が多くというのが結婚相手とは平等の関係を築きたい私にとっては拒否感があり、今恋人がほしいのだ。
恋愛で死ぬというのはバカであると感じる人も多いと思うが、最近は本当に自殺を考える原因になっている。女性の可愛さを認めている私にとって女性が周りにいる環境で女性に相手にされないというのは非常に自己肯定感を失う体験の連続であるし、目の前異性がいるのに、ネット等で誰でも頑張れば恋人ができるという言説があるのにも関わらず恋人ができないのは、自分はニンジンを目の前にぶら下げられた馬であり、手に入らないのにそれ求め続ける、しかし手に入らないことを薄々は感じていているのに求め続けるむなしさを感じる。私は人一倍無能であり、バイトでも何回も無能扱いされてきた、将来仕事でも成功は納められないだろう。そういった自身の無能さを勝手に女性の目を借り自分を下げ、自身の首を絞めているのかもしれない。今、バイト先ですごく素敵な女性と出会い、この人と一緒にいられたらと思っているがどうせこの人にも彼氏はいるのだろうと思い、どうしていいのかわからず心がかき乱される。そして簡単に恋人ができる女性へのヘイトを考えてしまう自分がいる。
私が恋人になってもいいと思っている女性がいるなら何か合図が欲しい。こういう部分に拒否感があるのような女性側の意見もわからずアプローチをするのはつらい。女性からの愛に餓えているのかもしれない。私のことを愛してくれる女性なら誰でも好きになる自信がある。女性も異性からの愛を求めていて、お互いが空回りしている状態だったらどんなに良いだろう。女性は私が話しかけてうれしいのだろうかそれとも嫌悪感を感じるのだろうか。女性は基本自分から異性に対して話しかけないのだという情報をネットでみた。私も女性に何度か話しかけたことがあるがその女性から以後話しかけかえしてもらえることはなかった。話しかけてもらったら次にお礼で自分から話しかけるという考えを持っている自分にとっては無礼な行為であり、怒りを感じるがこれが私が彼女から嫌われているからではないかという悲観的な考えもある。どうせ彼氏がいるから私に話しかけてこないのだろうという 女性=誰しも彼氏がいる というネットで見たことと私の経験から作った法則に当てはめ、恋人が簡単にできる女性への憎しみも感じる。
↓ここからは私の日ごろためている女性ヘイトについて書こうと思う。
正直女性はかなり優遇されていると感じる。恋愛面に関しては男性が寄ってきてそれを見定める立場である。バイト先でも男性は女性よりきつい仕事を任されることが多い(女性より時給300円くらい多くもらっても良いのではないかと感じるくらいハードな仕事を同じ職場でも求められることがあるし、それで今日の仕事きつかったねと話しているところを見るときつい仕事は男性がして当たり前なのかと殺意がわく。バイトや自動車学校等でもネットの女性のほうが優しくされるという言説を意識して見てみると大事にされているというのを感じる)大学で女性がやたらとジェンダーと関連付けたレポートを書きたがるのは憎たらしい。今の待遇に不満があると言いたげなその姿勢は本当に憎たらしい。
ここまで長々と書いてきたが私は結局女性のせいにしたいだけなのだろう。女性にも興味がない男性を拒否する権利はあるし私が女性でもそうしていただろう。私は軽度の障害もあるし、仕事もできないので未来がない。文系なので女性が多い職場で女性の目を借り自身を傷つけながらこれからも生きていくのだろう。もともと私は理系だったのだが、理系でも女性が少ないと不満を言っていたと思うので、結局私は身の回りに常に不満を感じるような人物なのだろうと感じる。今、バイト先で好きな女の子がいるがこのような歪んだジェンダー感と他責思考を持つ私が彼女に話しかけていいのかと感じる。本当に久しぶりに出会った素敵な人なので彼女から拒絶されたり、彼女にすでに彼氏がいたりしたらリミッターが外れこれまで以上の女性ヘイト思考になり私の感情はぐちゃぐちゃになりどう変貌してしまうか(おそらくモンスターになってしまう)は想像ができず非常に怖い。しかし、私の課題を先に終わらせたい思考から彼女との関係をどうにか帰着させたい一心だ。
これを読んで昔の彼氏のことを思い出したのでちょっと書く。この増田の話と私の話が同じとか言うつもりはない思い出しの書き散らしだ。
私の元彼は優先席でなくても電車でお年寄りや子供連れを見つけたら速攻で立って譲るとか、ゲームセンターで取れたぬいぐるみを子供にあげるとか、街中で迷ってるぽい人がいたら声かけて道案内するとか、お年寄りの荷物持ってあげるとか、フィクションの登場人物か?ってくらい人助けをする人で、それは別にデート中とか関係なく行われる超正しい人であった。そういうところが好きだったんだけど、そういうところが原因で別れた。
ひとつのことが原因というより積み重ねだったのだけれど、一番決定的だったのは彼と私が好きだったキャラクターのショップに限定商品を求めて並んだときのことだ。この手の行列にしては短いのかもしれないけど、一時間半くらい外で並んで整理券を手に入れた。一人一枚なので彼と私で二枚。
記載時間までかなり時間があるからどうしようか、って歩いているところで整理券が終了したことを店員に告げられて泣いている子供と慌てている親がいた。正直に言って超嫌な予感がした。案の定彼氏はその場で店員に一枚で親子が入れるか確認したうえで自分の分の整理券を譲った。二人分の個数制限分ほど買わないからこれでいいよね、外で待ってるから俺の欲しいものもお願い、と言われた。
彼氏の行動は今考えても間違ってはいないと思う。一人分の購入制限で欲しいものは足りるのも、子供がメインターゲットに含まれているようなコンテンツだったので、子供を優先する態度を取るのも正しい。
でも綺麗にかわいくラッピングされたりオブジェが置かれた店内を一人で回って、なんで私は今これを一人で見ていて、かわいいね素敵だなって彼氏と言い合えていないんだろう?と思った。それを彼氏に伝えた。でも子供優先じゃん。俺が見られなくても、その分あの子たちは楽しんだと思うからよかったよと言われた。喧嘩した。たぶん幻滅された。別れた。
よく女は感情(笑)って言うけど、そうなんだろうなーと思う。結果だけ理性的に見れば、彼氏の行動は超正しい。むしろ利益を生み出している。私たちは欲しいものを全て買うことができた。譲られた親子も欲しいものを買うことができただろう。私が一緒に店内を見たかったとか、買い物がしたかったっていうのは感情の話だ。彼氏にとってその感情は他人のために我慢できる範囲であった。皮肉でもなんでもなく素敵な価値観だと思う。
でも私はそうなれないなと思った。テーマパークで一日遊んだあと、足が痛くて疲れてるのに優先席でもない席でお年寄りに席を譲れるほど、美味しそうって事前に言ってたのに後ろの人が食べたがってるからってビュッフェで残り少ないケーキを我慢できるほど、頑張って朝から並んで手に入れた整理券を知らない子供に譲れちゃうほど、他人のために我慢できないのである。それが当たり前だって言えない。
彼氏は当然私にもその飛び抜けた善性を期待するが、私は利己的な人間のため、電車を一本見送ったら座りたいし、自分の順で食べられるものは食べたいし、ゲームセンターで二人でとったぬいぐるみは思い出に持って帰りたかったし、朝から並んだら一緒に店内を見て回りたい。それも伝えたがわかりあえず、私は彼氏の当たり前の基準値の高さについていけなかった。
たぶん人によって他人のためにどこまでリソースを払えるか、損を許容できるかってちがって、それがずば抜けて広い人と私みたいな狭いカスが付き合うと破綻する。
私はおばあちゃんの迎えが来るまで待ちながらイライラしてしまった彼女さんの気持ちがわかってしまう。好きな相手との初めてのデートで、二人で楽しく過ごす時間というリソースがどんどん他人のために払われていくことが辛くて、辛く思ってしまう自分の心の狭さを感じてさらに辛くなったのだと思う。私もそうだった。聖人とカスは付き合えない。
40を超えてから1年に1.5キロずつ体重が増えるようになってきて、そろそろ小デブと呼ぶには限界を超えそうな体型になってきたためにダイエットを始めた。まずは有酸素運動はじめたんだけれども、運動するとお腹が空いてますます食べてしまうので今食べているものを健康的なものに置き換えることにした。例えばチョコパイを干芋や干し柿に変えたりとかアイスクリームを冷凍のカットフルーツやぶどうに変えたりとか。まぁでもはっきり言って満足度が全然違うんだよね。やっぱあのガツンと来る甘さとか満足感が全然ない。それでもまぁおいしいはおいしいから置き換えでも量を食べれば多少は物足りないけどなんとか我慢はできるかなあと思って、満足できる量を食べてると痩せないどころか増え幅は減ったけれども、やっぱ体重どんどんじわじわ増えていく。チョコパイ3個食べるよりも冷凍のマンゴー300グラム食べる方がマシでしょ、て感じはするけど、我慢してる感が強くて、こんなに我慢してるのにやっぱり徐々に体重が増えていくことに絶望感がある。甘いもの食べたいんだよ。がっちり満足度の高いもの食べたいんだよ。私はミルキー1袋1日で空っぽにできる究極のエリートデブの遺伝子を持つ母のを持ち、母と同じくミルキーは1袋1日で空っぽにできるし、チョコパイ1日7個食べたって全然普通に夕ご飯おいしく食べられるんだよデブの才能に満ち溢れてるんだよ。
仕方がないから冷凍マンゴーは50グラム位にしてひもじく過ごしていたら少しずつ体重が減ってきたような気がするけれども、こんな生活いずれ破綻すると思う。耐えられる気がしないもん。どうしたらこの有り余る食欲を飼い馴らしつつ、健康的に標準体型を維持して一生を全うできるんだろうか。やっぱ薬飲むしかないの?
あとさ、白米どんぶりで食べたい。玄米美味しくないし、美味しくないくせに食べてても体重減らないなんてなんかのバグだと思う。
こんにちは。腐女子ちゃんだよ。過疎カプだけど楽しく小説を書いてるの。
でもね、pixivに新しく投稿された別の人の小説でね、すごいブチギレちゃって。
お話聞いて欲しいんだ。
その投稿されたやつはすけべな小説だったんだ。背面座位ってまず本文中に書いてあったの。
わかるかな、背面座位
座った攻めの股ぐらに受けを乗せるイメージをしてくれたらいいよ。攻めも受けも向いてる方向は同じね。向き合ってるのは対面座位だから。
わかるかな、攻めの胸腹と受けの背中がくっついてる状態なのに攻めが受けの乳首舐めちゃうの。
無理じゃない?ねえ体勢的にどうやっても舐められなくない?
しかもね、受けがその状態からアナルにちんこが入っていく様子を見てるって書いてあるの。
わかるかな、肛門ってもう頭と反対側にあるの。頭が日本ならアナルはブラジルなの。
試してみて欲しいんだけど、大股に開いて膝立ちした状態でさ、視線だけ下げてさ、自分のケツ穴見える?
見えないの。体半分に折り曲げても自分の尻穴はなかなか見えないの。鏡使ってようやくなの。
それでね、行為を終わらせて、受けが攻めの背中にもたれかかるってあったの。
本文中で体位変えたって書いてないの。
思い出して欲しいんだけど、二人は背面座位なの。攻めの前身に受けの後身が向き合ってるの。攻めの背中はがら空きなの。
無理じゃない?攻めの背中に受けがもたれ掛かるの。受けは攻めに背中を凭れ掛けさせたならわかるの。読み間違えたのかなって思ったけど何回読んでも攻めの背中に受けが凭れ掛かったって書いてあるの。どうやって???????
書いてるのも読んでるのも文盲なの????????????お前らよくこんな破綻しかしてない小説読んでいいねとか思えたな???????
書いてる側は読み返さなかったの????頭の中で何も想像せずに書きたいこと並べただけか????
あと攻めキャラの口調が原作と違いすぎる上に潤滑油が何も無い空間から出てくるしマジでなんなの???????????????荷物漁って取り出す描写も書けよどこから出てきて何で出来た潤滑油なんだよそれ!!!!!!
絵が描けないから小説書いてみました系か?????だとしても小説バカにしすぎじゃないか????????????
ブチブチブーチギレ! あーあ
ネズミ講はまあ一見で明らかに破綻してるから、おもしろい話をする奴がいねぇってことだろ?
自分が短絡的にもうけたいと思う人間は糞だが、どうやって楽しもうか考えることは、ネズミ講はしないってことかもしれん。
とにかく、人が楽しもうの工夫してることを、一方的で非文化的な主観で否定する人は脳味噌足らんのではないかとかそういうことですわ。あ、ベランダで焼き肉の話です。
「平等にあつかえ」と
「公平(フェア)にあつかえ」と
「俺を虐げるな」
何もかも間違ってる
このような固定化された社会的・構造的な有形無形の事象を彼らは差別と呼ぶ
オタクが社会から固定化した構造的な排除・迫害を受けているか?否という訳
だから、彼らにしてみれば、「差別と認められるほど酷い目にあって出直せ」となる
「加害者は黙れ」と
侮蔑や偏見も差別と呼ぶし、固定化を助長する表現物も差別を構成する
だが、差別を構成する要素に偏見があるが、その逆、偏見があるから差別とはならない
だから、彼らにしてみれば「ジャップオスを偏見で罵倒する」のは何の問題も発生しない
それは偏見で描かれるジャップオスが被差別クラスタではないから
自明な事だ
話は変わるが
元来、無敵の弱者として他者を罵倒してきた女性様とその騎士団は
自分よりも弱者属性の強いLGBTと対峙する事で、これまでの戦略が使えなくなっている
描いてる人が漫画家じゃなくてアニメーターだからだと思うんだけど、次のコマを視界に入れずに、1コマを凝視しては、次に次のコマ、次のコマ、とみていくのを強制される。
私は鳥山明以降の漫画に慣れてるので、ページ全体を見ただけで流れがわかるようにしてほしい。あの漫画は、ページに10コマあったら、10枚の絵だ。
絵は一見雑だ。1コマずつ凝視するのは疲れる。あんなに雑だが、コマごとに微妙にオブジェクトがズレていく様が、アニメのようだ。エンジンの振動が伝わってくる。
普通、ラフなのに動きが見えるような漫画って、すいすい読める。でも、この漫画はコマごとに見ることを強制する。つらい
漫画でなく、全てのコマを引き伸ばして紙芝居にしたらよかったのかもしれない。
最後のほう、とにかく理屈っぽい展開だけど、それはたぶん作者も作品を通してなにが描きたいのかわかってなくて、主人公を通して怒りをぶつけてくる。お前が始めた物語だろと。
米山元知事 > ひろゆき > ふーみん > へずまりゅう > syamuさん
論戦の結果をまとめると、こんな感じか。
上位の論者が下位の論者に対して常識的な立場から説諭を行い、場の空気感がおおよそ固まった順。
ある場面で規格外と評された論者も、自分より更に規格外の論者とぶつかった時には常識的な説諭を行う。
例:米山元知事がひろゆきの論理の破綻を指摘する https://www.youtube.com/watch?v=eOz1CzMBmuQ
ひろゆきがふーみんの価値観をたしなめる https://www.youtube.com/watch?v=AvoO-5v-S1A
ふーみんがへずまりゅうの言動を注意する https://www.youtube.com/watch?v=qZ3v1NjfIFA
へずまりゅうがsyamuさんの暴走をフォローする https://www.youtube.com/watch?v=Z3bnmycD_4I
奢りたがる男性が一定数いて、それが男性全般について何の関係があるんだ?一部にそういう人がいたら、全員をそういう人だと思って接しても悪くないだろ、ってこと?そんな破綻した話が世の中で通じると思うの?
→「嘘をつく弱男」は存在するかも知れないが、存在しているなら増田が気づけてしまってはいけない
→「見えちゃったら、嘘の意味ない」
「嘘ついてることが見えるという話はどこから出てきましたか?」
「出てきた」のではなく、前提条件が破綻しているので出さざるをえなかった
自分の頭の出来の悪さを呪おうな