はてなキーワード: 白川とは
どうも都合のいい総括が行われているようだ。
IthacaChasma 3本の矢のうち、1本目(金融緩和)は上手くいった。しかし日銀は金融緩和はできても需要は創出できない。2本目の財政出動が全く足りなかった。おかげでデフレ脱却ができず、賃金も増えなかった。消費税率上げは最悪。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20200902213816
本来のリフレ政策がどのようなものであったか、振り返ってみよう。
戦後の各国は、ケインズ経済学の影響の下で、財政政策および金融政策を用いてマクロ経済の安定化を実現するという枠組みを受け入れてきた。しかし、世界的な固定相場制が崩壊した1970年代以降は、マクロ安定化の手段は金融政策を主軸とし、財政は基本的に公共財や公共サービスの供給に割り当てるという考え方が定着するようになった。(略)したがって、金融政策をそれ(引用者注:国内マクロ経済の安定化)に適切に割り当てておけば、財政政策をマクロ政策に用いる必要は特にない。
岩田規久男(編)『まずデフレを止めよ』 pp123, 124
この認識を支えていたのが、
1920年代の長期的成長経路への回帰という意味での終焉については、さまざまな要因が指摘されている。「1940年3月のドイツ軍フランス侵攻によるヨーロッパからの大量の戦争資材の発注による輸出の急増とアメリカ自身の軍事費の急増による拡張的財政政策」(加藤[2001]199-200頁)を強調するのは加藤出氏である。白川方明氏も同様に戦争を強調する(白川[2002a])。(略)
アメリカが参戦したのは1941年だが、生産はその前にすでに上昇している。1940年にはほぼ終焉が完成していると考えるべきである。(略)1941年以降、財政支出が増えたことはそのとおりである。しかし、それまでの時期については、それほど増えていない。(略)
さらに、安達氏の研究でも、公共投資の増額は大恐慌からの回復、終焉とあまり関係がないことがわかる。デフレからの脱出が達成された1933年には公共投資は減少していたし(ルーズベルトは、就任と同時に緊縮財政を行っていた)、40年にはまた減少していた(図表5-3を参照)。
岩田前掲書 pp159, 160
という実証と、
そもそも、先進国のマクロ的な景気対策はほとんど金融政策に頼っている。というのは、資本移動が自由な場合、金融政策が財政政策より効果的というマンデル=フレミング理論のほかに公共投資のような財政支出は特定の利益集団に利用される可能性が高いために敬遠されるからだ。広範な消費者を対象とする減税政策であれば、こうした問題は避けられるが、財政赤字を考えると減税の余裕はないからだ。
岩田前掲書 p210
という理論だった。すなわち、緊縮財政であっても(緊縮でない方がベターであるにせよ)、レジーム転換を伴う十分な金融緩和を実行すればデフレ脱却は可能だ、というのが本来のリフレ政策であった。これを総括するのであれば、
のいずれかでしかあり得ない。本来のリフレ政策が実現されていたにもかかわらず消費増税のせいでデフレ脱却ができなかった、とする冒頭に掲げた意見は、本来のリフレ政策は誤りであったというのが論理的必然であると考えるが、そのように理解していいのかな?
お昼はじゃんぎ丼を食べてみたいですと白川さんが自分から言ってきたとき、なにか他に話したいことがあるんじゃないかという気がした。
会社の近くにある居酒屋はランチ営業をしていて、そこで出しているじゃんぎ丼は居酒屋っぽいくっきりとした味付けで、たまに食べたくなる。コロナウイルスの前はお昼時に毎日混んでいたけど、最近は並ばなくても座れる。
二人で店に入って注文して、丼が来るのを待っているあいだ、やっぱり白川さんはためらいがちに、朝会の新しいやりかたを私はどう思うか、訊いてきた。
会社では毎日、始業前に朝会がある。今月から週1回、朝会で出席者が順番に「いま感謝を感じていること」を発表することになった。これは部長の発案で、全員でポジティブな感情を共有すると、チームの「エンゲージメント」が高まるらしい。
「自分の番が来る前に、なんか感謝していることを、探して思い出しておかなきゃいけないってことですよね」 冷たいお茶を飲みながら、正面に座った白川さんの方を見ると、曇った顔で湯呑を見ている。
「そもそも、感謝していることって、口に出して強制的に言うようにしなきゃいけないことなんですか?」 湯呑から顔を上げずに白川さんが言う。
なんだろう。この、もやもやして答えのない感じは。丼が二つ運ばれてきてテーブルに置かれる。
「感謝していることを、あえて口に出すことに、白川さんは抵抗があるってことですか」
「うーん、よくわからないんですけど、すごく、しんどい感じがしてきそう」
なんだろう。わかる気がするんだけど、うまく言葉にできないし、どう反応していいかわからないこの感じは。
「ほんとうに心から感謝していることは、私もなんか照れて言えなそうだから、当たり障りのない話題を出しちゃうかも」 と答えると、白川さんは少しほっとしたような顔で私の方を上目遣いに見た。
そこで話に一区切りつけて、ごはんが冷めないうちに食べて会社に戻ったが、午後もどこかもやもやした気持ちが残った。
帰りにいつもより一つ前の駅で電車から降りて、大きめのスーパーで買い物をして、家まで歩いているときにも、頭の中のどこかでお昼のことを考えていた。ひょっとしたら、白川さんは転職するかもしれない、という気がした。
橙田(とうた) 橙木(とうぼく) 橙山(とおやま)
浅黄(あさぎ) 黄木(おうき) 黄地(おうち)
白川(しらかわ) 白木(しらき) 白崎(しらさき)
茶園(ちゃえん) 茶木(ちゃき) 茶谷(ちゃたに)
大空(おおぞら) 空閑(くが) 空田(そらた)
茜部(あかなべ) 茜ケ久保(あかねがくぼ) 茜谷(あかねや)
紅林(くればやし) 紅露(こうろ) 紅谷(べにや)
紫垣(しがき) 紫藤(しどう) 筑紫(ちくし)
緋田(あけた) 緋本(ひもと) 緋山(ひやま)
飴田(あめだ) 飴谷(あめたに) 飴本(あめもと)
鴬地(うぐいすち) 鴬生(おうしょう) 白鴬(はくおう)
このくらいでしょうか・・・赤色・桃色・青色・水色・緑色・草色(黄緑)・橙色・黄色・黒色・白色・灰色・茶色、桜色・空色・朱色・藍色・鼠色・茜色・紅色・紫色・緋色・飴色・銀色・金色・蓬色・鴬色・紺色・土色・藤色で苗字を計153程挙げてみました。
お役に立てれば幸いです(^_^)♪
たしかにそういう面もあるが、本質はそうでなかった。今日気付いた。
インフレは借金者が得する仕組みだ。最大の借金者とは誰か?銀行だ。銀行家が富を集中的にかき集める体制なのだ。
デフレ悪玉論はいくつか読んだがよく分からない。それは御用経済学者の詭弁だからだ。日銀副総裁はその最たるものだった。
信用創造などとご大層にいうが、それは銀行の詐欺的な富吸引システムを正当化するための都合のいい論に過ぎない。
日銀は白川総裁時代までインフレリスクに対して慎重で金融緩和には及び腰だった。悪いことではない。
黒田総裁が異次元人だ。とんでもない金融緩和、量的緩和で円通貨をじゃぶじゃぶに溢れ返させている。それでもインフレにならない。インフレを望む中央銀行の政策が効かない時代に入っているのか。モノの供給が十分でインフレにならないのか。戦争なく生産体制の効率化が進んだためなのかもしれない。
しかし局地的なインフレは既に発生している。不動産価格は高すぎる。土地の供給はなかなか増やせない。供給を増やすことの難しい資産の価格は上昇している。
筋トレ始めてから2年、見た目にも強そうになったしベンチプレスもMAX100kg越えたんだけど
電車の中でイキってるオッサンに怒鳴りつけたり騒いでる大学生っぽい集団にオラついたり
住んでる部屋の隣の奴がうるさいから怒鳴り散らしながらドアを蹴りまくったこともある
このままだと前科者になりかねないと頭ではわかってるんだけど自分に向けられたストレスを一切我慢できなくて、自分でも些細と思うようなことでめちゃくちゃにキレるようになってしまった
どうしたらいいんだろう
これは筋トレなんかしてない人による筋トレ逆ステマだと思います。
まずこのベンチプレスMAX100kgというところでも、経験者なら「あっ(察し)」となります。
なぜならこれは、やったことない人が思う”凄い”の基準だから。
これはウエイトトレーニングしてる人の中ではすごくない。全然。雑魚と言われるレベル。
100kg挙がるぐらいまでやった脱初心者なら、「上には上がうんざりするほどいる」ということは気付く。
1人でやってても雑誌やyoutubeやウエイト板見てるだけで気付いてしまうし、
多くの人はジムやスポーツクラブでやるので、扱う重量も体も自分とくらべものにならない人を必ず目にする。
だからほんとにトレーニングしてる人で、ベンチがMAX100kgなら、恥ずかしそうに申告するんです。
あなた達の周囲にベンチプレス100kgだという人がいたとして、
気まずそうに100kgだと認める人は本当にやってる人で、100kg挙がる人です。
得意げに100kgだと申告する人はやってない人で、100kgも挙がりません。
まとめます。
・ベンチプレス100kgごときですごいと思うトレーニーはいない。(それをすごいと思うのは明かにやってない人の感覚)
・自分が初めて100kg到達してもそれで増長することも不可能。(何の趣味でもやりはじめるとより上の領域が目に入る)
・ウエイトやり始めると美的感覚が変わり、ベンチプレス100kg程度の体は「強そう」ではなく「細い」「クソガリ」と感じるようになる。
パワーリフターみたいな身体を「強そう」「かっこいい」と感じるようになる。同性にも異性にも筋肉で太いケツや脚を求めるようになる。
以上のあらゆる観点から、元増田にはトレーニングしてる人の臭いがしません。
トレーニングについてのディテールもなさ過ぎるし。いきなりポンとベンチプレス100kgっていうでしょ?
どういうフォームなのか何もなし。ビッグ3の他の種目はどうなのかもなにもなし。
更に言えば喧嘩やぶつかり合いで強くなるのに必要なのはデッドリフトとスクワットで、
ベンチプレスは胸板が厚くなること以外は実用的には何の役にもたたないし。
そして100kg程度じゃ胸板なんかいくらも厚くならないし。「見た目も強そうになった」とか笑わせないでほしい。
こんなの本当に妄想だとわかるのが、
ベンチ100kg程度の一般人と変わらない体でこんなことしたって
イキったおっさんも騒いでる大学生も余裕で「あ?」って向かってくるから。
100kgなんて準備運動の私にすらつっかかってくるおっさんがいるんです。
体つきで彼我の強さがわからない、あまり気にせずに突っかかる人間は実は結構いる。
ましてMAX100kgぐらいのクソガリがそんな傍若無人に振舞えるわけが無いでしょう。
そしてウエイトトレーニングに興味ある人の為にも書いておきますが
ウエイトトレーニングの精神作用について、テストステロンが出るとか活力が出るとか凶暴になるとか言われるああいう効果を得たいなら、
それもやはりベンチプレスではなくスクワットとデッドリフトです。
何故か?
ベンチプレスより遥かに使う筋肉が多くて大きくて、キツいからです。
スクワットで限界にチャレンジしてるとき、顔がジャックハンマーみたいになります。
あそこまで血管は浮き出ませんが、目が釣りあがり目が据わり恐ろしい顔つきになります。自分で鏡にビビります。
スクワットやベンチプレスで限界に挑戦していると日常生活でも活力が出ます。
ベンチプレスでは変なホルモン出ません。少なくとも100kgなんて領域では出ません。
私はベンチプレスならストリクトフォームノンブリッジノンベルトで140kg上がります。
でもこんなの全然すごくありません。上には上がうんざりするほどいます。
そもそも身近にいる私の先生が200kg上がるから増上慢など不可能です。
ていうか女性ですら私より挙がる人が山ほどいるんです。
体重たった52kgの白川カオリさんが私と同じ140kgです。
ね?「自分がすごい」なんて感じる隙どこにもないでしょ?
知れば知るほどそうなるんです。
フィクションなんかでよく「格闘技ちょっとかじった人間がイキる」という描写が出てきますが
あれもちゃんと格闘技やったことある人ならリアリティがないとわかります。
何故か?
ちゃんと始めてみれば、教室や道場で繰り返し「自分が一番雑魚」「すごい人は山ほどいる」「自分程度がイキったらすごい人達が黙ってない」「そもそも自分程度では誰にも自慢できない」というのを肌で感じるからです。
格闘技とかでイキってる人間がいるとすればそれはその道場のトップの人間です。
始めて2年で実力もキャリアもないという人は絶対に身の程をわきまえて謙虚なものです。
何故なのかはっきりはわかりませんが、筋トレに対して敵意を顕にする人がネットで結構います。
話題フリーの掲示板でトレーニングスレ立てて歓談してると喧嘩腰で入って来たり。
彼等は筋肉に対する変な意識過剰、コンプレックスや恐怖心があるのではないかと思います。
元増田の嘘話の異常な乱行
も、
筋肉のある人間に対する恐怖や嫌悪のイメージが膨れ上がったものではないでしょうか。
「あいつらこんなことやってるに違いない」みたいな。
でも電車とかで暴れてる人は単にストレスで頭が狂ってるだけで、体は普通だったりすることが多い。
実際の所はトレーニングしてる人間は大体みんなオタク傾向で寡黙で礼儀正しいです。頑固な人は多いかな。
イキってるといってもチンピラ的なノリではなくナルシスト的なノリです。
基本はウェーイな仲良しで、でもそのうちその輪の中で弱い誰かをじんわりはぶってるみたいな。全員大して挙がらんくせに。
筋肉を恐れて妄想逆ステマしてるぐらいなら、興味はあるんでしょうから、ジムに飛び込んでみて体で体験した方がいいと思います。
コンプレックスは未経験ゆえに生じるものですが筋トレはすぐ体験できるのだからコンプレックスの中では解消しやすい部類です。
2019/06/27
うんごめん
ぶっちゃけ近くのジムでよく見かける駄サイクルフィジークサ-クルが嫌いなだけ
前にジムにいたフィジーク頑張ってる若者は重量も挙がるし真摯だった
サークル避けてよそ行っちゃったけど
自分は慈善事業を生業としている者で、慈善事業にはあくまでも仕事として取り組んでいるのだが…それでも仕事の毎日に引きずられるものなのか、オフの日でも慈善事業めいた行いをする事が多い。
具体的に何をしているのかというと、恵まれない子に食べ物を施したり、遊んであげたり、一緒に時間を過ごしたり。
(字面にすると別の不道徳な意味に読み取れてもくるがそのような邪推とは無縁で、本当にそのままの慈善行為しかしない)
身銭を切って休日を施す、というのは他人にあまり共感を覚えられるオフの過ごし方ではないだろう。それほど多いタイプの人間ではない。
しかしオフの日に見かける、同じ行いをしている人間は他にも居るので、
そういう人たちのすべてが、同じような慈善事業者気質かと考えていた。
しかし、全く違った。
垣間見せる極度の過激さゆえに既に周囲からの鼻つまみ者となっており、
その狂ったエネルギーをつぎ込める先がもう慈善行為しかないから長年取り組んでいるだけであり、
ただ場所や相手に執着ししがみついているだけなのだと知らされてしまった。
その活動への熱心さは、
自分が向けているのは善意なのだからいくら対象に暴力的に押し付けても大義名分が通ると信じているから、
そして大義名分を盾に同じ活動をしている他人をも縛り付け酷い扱いをしても許されると考えているから、
堂に入った恫喝を受け、伝手と語る反社会的団体による嫌がらせの指嗾まで匂わされ。
さらには自分のやった事を白日の下に晒されてもなお、あくまでも相手を嘘つきと言い張るその姿勢を見て、初めて思い知った。
清き白川に住まう無垢で無知な白魚とは、そもそも住む水が違う、濁った田沼に潜む得体の知れぬ影でしかないのだと。
まさか休日に行っていた慈善行為の先で、そのような相手に不当な扱いを受けるとは、まるで予想もしなかった。
同時に、相手が自分にだけおかしな態度を取り続けてきたその理由もよく理解した。
立場からすると、慈善事業者が休日に慈善行為を行う事そのものが、鼻について仕方がないのだろう。
南センチネル島だったか。未開の部族に接近し声をかけていた宣教師は無残な姿で見つかったと聞く。
開拓精神は立派だが、布教の志は見事だが、清い水で育ってきた人間が、足を踏み入れてはいけない領域が実在するのだ。
慈善事業者の価値観は、恫喝と面子とプライドしか気にしない単純な世界観の持ち主にはまるで理解できぬものなのだ。
簡単に法を犯す部類の人間には、近寄ってはならない。関わってはならない。話しかけてはならない。
近寄るのは警察がやり、関わるのは弁護士がやり、話しかけるのは裁判官がやるべきであった。
もう二度と前科者には関わらない。
なんかひょんなことから月蝕歌劇団の公演を観てきた。
『怪人二十面相 黒蜥蜴復活篇-ガス人間第二号とフランケンシュタイン-』
『ピーターパン 月蝕版』
自分にとっては初めての月蝕歌劇団。
忘れてしまわないうちに記憶を記録に変えるため、レビューを残しておくことにする。
(月蝕歌劇団を知らない人は目の前の箱でググってほしい)
.
■全体として
これ、過去の演目を見る限り、そう間違ってはいないはず。
自分のボキャブラリでいうと、ボルヘス、池澤夏樹、イタロ・カルヴィーノ、筒井康隆、このあたり(マルケスは積ん読状態なので知らん)。
『怪人二十面相』やら『ピーターパン』やら、もとからマジカルな舞台設定の既存作品をさらに2つも3つもカットアップ、マッシュアップして、"魔法世界の中で、さらに有りえねぇ超現実が起きる"ある意味なんでもありの“ごった煮”的な世界設定を作って、舞台の制約が許すかぎり絢爛豪華なスペクタクルに仕立てる。
で、そこに昭和風俗をまぜ込んで(たとえば突然、山口百恵のワンフレーズが出てきたり、吉本新喜劇的なシークエンスが乱入してきたり)、さらに'60年代新宿のアングラシーンの楽屋オチ、「唐十郎と李麗仙が~」みたいなネタをチクリ、チクリと混ぜ込めば月蝕歌劇団になる。
.
あと、これはどうかな……はずれてるかもしれないけど。
60年安保、70年安保的な新左翼の臭いと、その文化の“祭りの終わり”みたいな寂寥感が通底しているような気がする。
自分が当時のアングラシーンの空気と政治的な空気を混同しているだけかもしれないけど。
でも、“岸信介”とか、“ロシア革命”とか、そういうワードはちらほら出てくる。
2演目とも、終盤クライマックスにマシンガンの乱射をきっかけに急速に話が収束するところも、かならず流血をみるところも、まあ、ほら、いろいろと。
.
ともかく自分にとっての月蝕歌劇団はそんな感じ。
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あと、演目の間に『詩劇ライブ』というのがあって、基本は歌唱ショー。短い芝居と群舞。
キャストの紹介も兼ねている、のかな?
.
良かったかって? うん、良かった。
ただね。
大正末期(1910年代)の冒険小説、明智小五郎シリーズが戦後(1945年~)に伝奇ロマン化したものをアングラ時代(1960年代)の空気感で舞台化しようとして、当時の若手(高取英、1985年)が古豪となって2017年に上演した作品世界に、どの時代の気分で接すればいいのか、混乱するところはあった。
寺山修司とかが登場する楽屋オチに、どの時代の気分で笑えばいいのやら。
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良かったところは……、
舞台は超現実的なんだけどプロット自体は、なんというか、それぞれの人物群が自分たちの課題の解決を目指して動くような、破綻も不条理も無いオーソドックスな作り。
ときどき舞台袖で狐舞が始まったりとか、解釈に困るような隠喩的な演出が入るほかには、ストーリーを楽しむのに支障はない。
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くわえて、これは自分が舞台観劇の初心者だからだろうけど、衣装と舞台と演技と、つまり色々と作りこんだ箱庭を見ているような感覚。
これが新鮮。
そりゃ、どんな超現実もCGでリアルに作ってしまうハリウッド映画はすごいけど、いっぽうで、いろいろと“作りもの感”のある世界を、19世紀の見世物小屋のパノラマのぞき窓みたいに見ている感覚が良い。
(どうしても想像できない人は、映画でいうと
あたりを思い浮かべてください)
同じビジュアルスペクタクルでも、モデリングとレンダリングが古びてしまったら一気に観る価値がなくなってしまうVFXではなくて、どんなに古びても観ていたくなる、吊り操演とミニチュアと火薬の特撮みたいな。
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で、そこに少女歌劇団(厳密には若手女性主体の歌劇団)の、なんというか、キャッキャウフフ感がのっかってくる。
実際、終演後にはチェキの時間があったりと、アイドル公演的な。
(昨年だか一昨年だかに『アリスインデッドリースクール』を観たときにはチェキと握手会があったけど、そういうのって少女演劇のスタンダードなのか?)
というわけで、全体として
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1)呪術的なストーリーテリング
2)箱庭的な幻想感
3)若い娘さんたちが頑張ってる感
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が、それぞれX軸、Y軸、Z軸に広がって立体的にホンワカした気分になってくる。
これで役満。いい気分。
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■岬花音菜
歌、ダンス、芝居、3枚そろって超人。
もともと彼女がアンテナに引っかかったから舞台を観に行ったわけで。
行く前は「ひょっとしたら芝居が弱いかなー」と思ってたけど、そんなことはなかった。
純朴ショタ(少年探偵団の小林少年)からガラッパチ女子高生まで演じ分けていた。
いま確認したら、全体の振り付けもやってる。スゲェよこの人。
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■白永歩美
上に書いた岬花音菜嬢がトップか一枚看板かと思ったら、すごい人がいた。
白永歩美。
OG客演なのか、現役トップなのか、よくわからん。(そもそも一般的な意味でのトップと、月蝕歌劇団の“ヒロイン”とか“トップ”の意味が違うのかもわからんが)
動いて良し、喋って良し、歌って良し。加えて舞台向きの強力な眼と唇、長い手足その他ビジュアル。
ピーターパンになって最後は飛ぶ(榊原郁恵ばりとは行かないけど)。
普段は何やってる人だ? 専属か?
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■白川沙夜
コメディ、アクション、ストーリーテリング、怪盗紅あざみのパートはほとんど彼女一人で回していた。
アンサンブルも彼女が周囲をブン回している感じ。(いや、周りが抑制しているのか? そこまでの鑑賞眼は俺にはない)
イヤそりゃ紅あさみ役なんだから当然といえば当然なんだけど、そういう長時間の高負荷に耐えられるキャストなんだから、信頼性の高い人なんだろう。
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■新大久保鷹
で、この人。
発声から演技まで、一人レベルが違った。
いや、レベルというのとは違うな。
キャラクターの性格と感情と現在の意図がわかりやすい、演劇らしい演劇をしていた。
キャリアの違いか。
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■河合瑞恵
この人というか、この人を見て思ったことを書く。
河合瑞恵さん、男役として帝国軍人とラスプーチンを好演。なんだけど、それとは別に幕間のライブで『夢は夜ひらく』(藤圭子)を歌っていて、これが実に良かった。
そこで気が付いた。
いや、大人の女性のキャラクターは出てくるのよ。でも、『二十面相』の誘拐少女の母親にしても、『ピーターパン』のアレクサンドラ皇后にしても、設定上の年齢よりは10歳か20歳は若いキャストが演じてる。黒蜥蜴も紅アザミも、おそらく。
少女とショタと男役とサポートの男優だけで構成されていて、大人の女性の存在がすっぽり抜け落ちてる、この劇団。
いつもそうなのか? そういうコンセプトなんだろうな。暗黒タカラヅカだし。
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■嘴音杏
上手い、凄い、空気も変わる。専業で本業なんだから当然か。
ただ、ほかのキャストが黒を基調にした演出で、おそらく劇団のストック音源をバックにJ・A・シーザーの幻想世界や女心とかを切々と歌ってるところに、パーソナルカラーの赤コルセットと赤ドレスで生バンドの高音質2MIXをバックにブルースをゴリゴリ歌って月蝕歌劇団を3分間だけ痴人倶楽部にしてしまった感じがする。
良いか悪いかは別として。
芝居は。んー、良しあしが言えるようなキャラクターじゃなかった。
政治的に正しくない、だけど、ある意味では由緒正しい戯画化された“インディアン”だったので。
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明智小五郎+α役。オフの顔を見たら、アラかわいいお嬢さん。ベテラン主体の劇団だったら、小林少年をやっててもおかしくない。
客演らしい。
「美丈夫ですか? やりますよー」といってこなせる彼女みたいな人が、実は隠れた高能力者なのかもしれない。
だってあれよ? 明智小五郎と黒蜥蜴といったら、つまり天地茂と丸山明宏よ? そういうダークで苦みのあるキャラを演じて象徴的にせよベッドシーンまでこなす。役者ってすごい。
そういえば高畑亜美さん。一緒に観劇した元同僚が「あの黒ボンデージの人は役者魂を感じる」と言っていた。
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■北條華生
緊縛師をエキストラで連れてきたのかと思ったら、そのままシレっと芝居を初めて、V・フランケンシュタイン博士を演じきってしまった。しかもうまい。
調べたら緊縛師ではなくて緊縛もこなす役者さんだった。みんな多芸なのね。
吊るしのとき、役者の影で見えなかったけど、1/2なり1/3なりのプルアップ・システム(滑車みたいに距離2倍、荷重1/2にするロープワーク)をやってるはずで、一瞬、芝居が停滞したように見えたけど、あれでも相当手際が良かったんだなと後から思った。
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■はるのうらこ
北條さんのロープワークもさることながら、吊るしというのは吊るされる方にも技量がいるわけで、ハーネスをガッチリつかんだまま気絶するという難しいことをやっていた。
男役。
悩める青年将校をきっちり演じきっていたけれど、華奢なのはいかんともしがたい。女性役であらためて見てみたいと思った。
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■中村ナツ子
な!に!も!の!だ!? こ!の!ひ!と!
Web/エディトリアルデザイナー、ライター、イラストレーター、Photoshopper。
チャラっと調べてみたけれど、原稿(というか体当たりルポ)もロゴデザインも依頼主のテイストに合わせて手堅くこなす。
役者で声優。前説もこなす。となりの知乃さんにも目配りしながら観客席と当意即妙のやり取り。
舞台にも立つ。しかも端役じゃなくてしっかりスポットのあたる役どころ。
これでJavescriptとSQLが書けたらホンマモンの超人や。
こういう人が一番まぶしい、そして怖い。
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足りぬ足りぬは工夫が足りぬ。いやそうなんだけど、せめて南部十四年式拳銃は用意してほしかった。ポスターにもあるんだし。
ネバーランドの崩落シーン。大道具の意地と苦労がしのばれる。というか、そのための柱だったのね。
周囲の柱といい、中央の小部屋といい、随所に設けられたピットといい、演目に合わせて必要十分な空間の設計がなされていることに、いまさら感心する。
意地と苦労といえば、ピーターパンの飛行シーンも、無くても成立するだけに、「これをいれねば!」とウィンチを仕込んだ意地と心意気がうかがえるよなぁ。
ところで、いま調べたら、中央の小部屋は常設みたい。
なるほど、上手と下手のほかに中手があると、バーン! と登場するシーンとかに便利だよね。
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『絶対運命黙示録』『私の中の古生代』(←だったっけ?)しか知らなかったんだけど、「ほかにどんな曲があるんだろ」と思ってたところ、つまりはこれこそがシーザー節だった。
主旋律の音域を広く取ってロングトーン多用おまけに変拍子の幻惑的なスタイル。
これがそのまま歌手泣かせの難易度となって跳ね返ってくるわけで。ノリで合わせていたら絶対にロストする、ブレスで死ぬ、超絶覚えゲーみたいな世界。
こりゃ役者さんが大変だろうと思った。
あと音でいえば、既成の歌謡曲のダビングもの、J・A・シーザー氏の打ち込み音源、ボーカル無しで舞台で歌うもの、ボーカルありの既成曲で舞台でも歌うもの、マイクあり、マイク無し、古いローファイ音源と新しいハイファイ音源、とバラバラのチグハグだったのが気になった。
歴史の長い劇団だから地層のように多種多様な音源が混ざってるんだろうと想像するけど、どこかで専門家がDAWで新録して整理しないと、大変なことになると思う。
あとマシンガン銃声のポン出し、キャストにトリガーを渡せるような仕組みはないものか?
.
……んー、こんなところか。
機会があったら、一度は観てみても良いと思います。そこでハマるかハマらないかは、あなた次第。
自分? チャンスがあったら、もう何回か行こうと思ってる。
う~ん、まず世界各国の中央銀行で意思統一されているのは、プラスのインフレ率が経済にとって重要だということ。
だから白川日銀までの日本を例外として、先進国では上限と下限を明示したインフレターゲットが採用されている。
まあ実は白川日銀や福井日銀もプラスのインフレ率が好ましい政策目標としていたし、アリバイ程度に金融緩和はしてたんだけどね。
で、経済にとってプラスのインフレ率が重要なのは、景気循環にとって欠かすべからざる要素だから。
ある経済には自然利子率というものが存在して、おおむね長期国債金利を想定する市場利子率が
これを下回った時に、労働や資本設備といった経済の生産能力=所得の源がフル稼働する。
でも我々が通常目にする国債金利や預金金利、ローン金利はゼロを下回るのが非常に難しい(人に貸すより
現金で保有している方が得だから)ので、自然利子率がゼロに近いorマイナスになった時には大変困ったことになる。
だからその打開策としてインフレ率をプラスに引き上げて、実質的な(この”実質”は実質賃金の”実質”と同じ)
市場利子率をマイナスに引き下げることが、経済のフル稼働を実現するのに必要なわけ。
具体的な流れとしては、まず国債の追加発行を伴う拡張型の財政政策と合わせた金融緩和政策を進め、
インフレ率がプラスになり次第、金融を緩和したまま徐々に緊縮型の財政政策へ移行する。
インフレ率が上昇すれば、金利をゼロに据え置いたままでも実質市場利子率はどんどん低下していくので、
金融の緩和水準を維持するだけで、緊縮財政のショックに耐える余地がどんどん生まれていく。
そして財政収支とインフレ率の両方が各々の目標水準(プライマリーバランスなり目標インフレ率なり)に達したら、
金融の方もいわゆる「出口」や「正常化」を模索し始めるという段取りが望ましい。
昨今言われる緊縮論はこうしたプロセスを全部すっ飛ばしているので、概ねポジショントークと見ていい。
増税による利権に与る人達や、金利がゼロ近傍になると商売あがったりになる人なんかがその中心。
無謬性を志向する官僚組織のOBが、過去の過ちを認められずにグダグダと愚痴っている例も多い。
自然利子率は国の長期的な成長率に左右されるから、日本のような低成長国にとって
他国と比較してなおさらプラスのインフレ率の実現が重要であることが、この話で理解できると思う。
まあ低成長といってもマイナス成長になると決まっているわけじゃないけどね。
国の長期的な成長率は労働人口と資本設備と生産性の伸びが合わさったものだから、
労働人口が下がってもその他の2要素を(たとえばロボット設備やAIの導入など)引き上げていけばいい。
実際労働人口の減少はたかだか1%も成長率を引き下げないので、仕事の効率を年率2%も引き上げればまだまだ全然対処できる。
それと「庶民にとってインフレはそんなに甘いもんじゃない」というような見解は
アメリカを例にした話だと思うけど、それは景気循環でなく所得分配の問題なので
全く的はずれなツッコミになっている。所得分配の是正が必要だと思うなら、
税なり社会保険料なりを財源として、所得再分配を行えばそれで済む話でしかない。
そもそも経済の不平等度は国ごとに様々なのに、その中でも特異なアメリカの一例だけを用いて、
プラスのインフレ目標を持つ世界各国を代表させるのが、無理筋な議論であることは理解できるよね?
あと「フリーランチはない」という紋切り型のセリフは、緊縮論者が愛好する思考停止ワードの一つだけれど、
ここ数年の日本経済を見ても、財政収支を改善させながら(そう、安倍政権は緊縮政策を布いている)も
理由は、フォローしている人たちの安倍政権に対する擁護ぶりがあまりにもひどくて、耐えがたくなった。
自分はどちらかといえば中道右派だと思うが、「左派だって安倍政権批判で牽強付会がひどいじゃないか」と言われたらそれまでで自分も左派には批判的だ。
でも、だからと言って右派に対してなんでもかんでも肩入れしろとは思わない。
自分が支持するものであっても、批判するべきものは批判するべきであって、無理やり擁護したって、それは左派と同じことをやってるだけにしかならない。つまり党派性がひどくなりすぎることにしかならない。
最近出ているスキャンダルと、それに対する対応を見ていると擁護のしようがないんだが、それでも無理やり擁護して、左派を笑って済んだ気になっている人たちにもう耐えられない。これがそこらのアホならともかく、高学歴高収入で、社会的には割にしっかりしている人たちの認識だとなると、絶望しかない。
最後は「経済政策が」ということになるけれども、これは検証がどうしたって必要で、肝心かなめの鳴り物入りの「リフレ政策」は完全な失敗だったとしか言いようがないのに、それが言えないから日本銀行は、メンツをつぶさずにどうやって撤退するかしか考えてない。櫻井眞審議委員はリフレ派だったはずなのに、まるで白川さんとおなじになっていて、日本銀行内部の空気が伝わってくるのに、にもかかわらずリフレ派が怒らない、おかしいと言わない。
つまり、今の安倍政権のいいところとして唯一挙げられるのは政局の安定性だけということになるんだと思うけど、それがスキャンダルに対してこういう対応しかできてない、そしてそれに対してたいした反応がないという状況は絶望するしかない。
そういう状況を、毎日毎日、Twitter で確認するのはもう耐えられない。
だからやめた。
村上春樹はラノベに分類されることすらあるようだけれど、ラノベと違ってストーリがよくわからない。
たとえばこの小説、頭の方にテレビの中からこちらを見つめる仮面をつけた謎の男が出てくるのだけど、
中盤に姿を消したこの男は、その後再登場することはないし、この男が何者でなにを考えているのかわからない。
また、物語中盤で白川という男がコンビニではんぺんを買って、コートのポケットに入れるシーンがある。
(ちなみに、白川がなぜはんぺんを買ったのか、どうするつもりなのかは特に説明されない)
そのシーンのしばらくあと、白川とは無関係の高橋という男が、なぜかはんぺんを持っている。
そのはんぺんがどこから来たものか、白川の買ったそれと関係があるのかはせつめいされない。
コンビニではんぺんを買ったり、深夜にバンドの練習をしていた男がはんぺんを持っているのはありふれた描写には思えないのだけど、
これ以外にも、作中には一見無関係な事象の関連を予期させるアイテムが出てくる。
白川が使う社名の書かれた銀の鉛筆がエリの閉じ込められた部屋に落ちているなど。
そうした伏線のようななにかの多くは、結局最後まで回収されないまま物語は終わる。
あまりに意味が分からなくて、独語ググって書評ブログなんかをいくつか除いだのだけど、
純文学は難しい。
自分のベスト100選んで、「またかよ」って思われそうなタイトル抜いたらいいぐらいの数になったので書くよ。
※試し読みとかあるのはできるだけリンク貼ったよ。
・ぷらせぼくらぶ(1巻完結)
http://sol-comics.shogakukan.co.jp/solc_dtl?isbn=9784091886385
大橋博之のアシスタントをしてた奥田亜紀子のデビュー作。題材としては『桐島、部活やめるってよ』的なスクールカースト。
主人公であだ名が「毒まんじゅう」の岡ちゃんと、イケてる「向こう側」の人とのなんとも言い難い関わりを、綺麗なトーンワークで描いている。
「自分で始まり自分で終わる岡ちゃんの恋は、クライマックス以外のバリエーションが無い」という掴みから引き込まれてしまう。
・ケンガイ(3巻完結)
http://sol-comics.shogakukan.co.jp/solc_dtl?isbn=9784091847904
レンタルビデオ屋を舞台にした、フラグの全く立たないラブストーリー(仮)。
主人公で普通のイケメン・伊賀君が惚れたのは、映画を観ること以外のことに興味を持てない、バイト内で「圏外女」と言われてしまうような白川さん。
自分も映画観て勉強したり努力するんだけど、一緒に映画観てても全然いい雰囲気になる気配はなく。
好きな人に映画のチケットあげたら「伊賀くんはあたしを買収して何がしたいの?」「SEXですか?」「します?」って死んだ目で言われるの、キツすぎる。
あと、この漫画読むと映画観たくなる。(自分は『エレファント・マン』を観た)
・たまりば(2巻完結)
http://maoh.dengeki.com/tamapon/
「溜まり場」である「多摩リバー」を舞台に、女子高生・美和とアラサー会社員・ハルオの恋を描いた作品。
女子高生の「青春」をいい年こいた人間が奪っていいものか、という問いかけ。
これをヘビーに味付けすると緑のルーペ『こいのことば』になるのかなあ。
・さきくさの咲く頃(1巻完結)
http://www.poco2.jp/comic/sakikusa/
『ぼくらのへんたい』でプチブレイクしたふみふみこの、奈良に暮らす幼馴染3人の不器用な関係を描いた作品。
ビターな恋愛。ふみふみこはセリフに無駄がなくて、感情をえぐり取るのが上手い。
https://viewer.yondemill.jp/?cid=1196&u0=3
『椿荘101号室』でハマったウラモトユウコの作品。高野文子っぽいタッチのいい線を描く。
本作は女性の身体のパーツに関するオムニバスで、個人的には『キミの脚』という話が好み。
フェティシズムを刺激される。↑の試し読み読んでほしいんだけど、服を脱ぐ描写にこだわりを感じる。
ほんとにいい線だ。
http://mag.kawade.co.jp/mama/pdf/%E3%83%9E%E3%83%9E%E4%BA%BA1-1x.pdf
自分が子育て経験ないもので、端から端まで目から鱗、というか自分の想像しようのない部分を埋めてくれた。
同作者の『母がしんどい』も秀作。
・誰も懲りない(1巻完結)
https://note.mu/nakamuraching/n/n5680094105e2
『羣青』の中村珍作品。一見「理想的」な家庭の裏で何が起こっていたか。
どこまでが実話なんだろう?となるほど、表現がリアルで肉薄してくる。
ほんと誰も懲りなくてどうしようもねえな、とタイトル通りの感想。
読んだら1日は活力奪われるほど重くて苦しい。
http://www.shodensha.co.jp/sayonaragirlfriend/
(こんなちゃんとした特設サイトあるぐらいには期待作だった)
今年初めに出たばっかりの新鋭の作品。山内マリコの『ここは退屈迎えに来て』が好きな人はぜひ読んでほしい。
いわゆるファスト風土の話。
自分が地方出身都会住まいなこともあって、作品全体を覆う閉塞感のようなものにすごくシンパシーを感じた。
・宇宙を駆けるよだか(2巻続刊)
http://www.s-manga.net/omf/omf_978-4-08-845351-4.html
美人で性格もいい主人公と、ブスで性格の悪い同級生の身体が入れ替わってしまう。
設定的には松浦だるま『累―かさね―』に近いかもしれないんだけど、これを少女漫画の文脈に落とし込んだのが尊い。
「主導権は常に外見が優れた人間にある」「あんたら美形はいいわよね キレイごと並べてればそれが正義になるんだから」
http://comic.pixiv.net/works/790
BL作品。自分はノーマルなのでいわゆるイチャラブ系のBLや百合は読まないのだが、これは凄くよかった。
http://blog.livedoor.jp/aki22two/archives/1802123.html
このブログを読んでみてほしい。ちなみに百合でいうと「私の世界を構成する塵のような何か。」が好きです。
ギャグマンガ家・地下沢中也のSF作品。全ての事象を予測できるオーバーテクノロジーのコンピューターが開発され、それが人類の滅亡を予測してしまったら?という話。
こう書くと平凡な印象を受けるかもしれないけど、ストーリーテリングが秀逸なのです。
いがらしみきおの『I』といい、ギャグマンガ家の描くSFって独特の雰囲気があって好き。ただ次の巻がいつ出るか未定で、もう4、5年生殺しを食らっている。
見ての通り息切れしてきたのでこのへんで終わりますが、↓のもおススメなので興味あったら読んでみてください。
故・青山景の作品。「よいこの黙示録」が未完なのが本当に惜しい。日本は貴重な才能を失ったと本気で思う。
・まちあわせ(1巻完結)
http://kc.kodansha.co.jp/product?isbn=9784063770209
・68m(1巻完結)
http://csbs.shogakukan.co.jp/book?book_group_id=9362
http://morning.moae.jp/lineup/451
ノワ―ル時代劇。道を踏み外す怖さ。
http://csvt.tank.jp/img/rtk/rtk1.html
・変身のニュース(1巻完結)
http://morning.moae.jp/lineup/376
つげ義春、華倫変の系譜に連なる宮崎夏次系のデビュー作。これが一番トガってる。
当時どのくらい有名だったのかわからないのだけど。
http://afternoon.moae.jp/lineup/187
とても切なくて、とても綺麗な話。
・男の操(1巻完結)
http://www.shogakukan.co.jp/books/09186865
妻を亡くした演歌歌手が歌い続けて、売れて、そして死ぬまで。ギャグなんだけど、最後は泣くしかない。
・名勝負数え唄(1巻完結)
http://sokuyomi.jp/product/meishoubuk_001/CO/1
・星のポン子と豆腐屋れい子(1巻完結)
http://www.moae.jp/comic/hoshinoponko
小原愼司とトニーたけざきの素晴らしいタッグ。1巻でよくまとまってるSFってだけで自分の中での評価が上がってしまう。
・透明なゆりかご(2巻続刊)
http://kc.kodansha.co.jp/product?isbn=9784063409574
仕方ないんだけど、なんかヴィレヴァンっぽいラインナップになっちゃった。
反応あってうれしい。
→訂正しました。偉そうに言ってて恥ずかしい。
・サブカル臭がキツい
→冒頭でも書いたように今回は「またかよ」系(明らかな名作であったり、こういう類の記事で頻繁に上がるもの)の作品を除いて書いたので、人によってはサブカルっぽく感じても仕方ないかもです。
『NARUTO』とか『HUNTER×HUNTER』のジャンプ系も100には入ってましたし、『ギャングキング』とかも。『プラネテス』、『惑星のさみだれ』も。
皆さんのおすすめも聞いてみたいです。『弾丸ティアドロップ』は未読でした。
寝て起きたらけっこう読まれてた。
ブコメで上がってる中だと、
http://kc.kodansha.co.jp/product?isbn=9784063806786
http://kc.kodansha.co.jp/product?isbn=9784063842906
『ネムルバカ』
『不死身ラヴァーズ』
http://kc.kodansha.co.jp/product?isbn=9784063949261
あたりは100に入ってました。
既にそこそこ有名かと思って外してました。線引きが雑でしたね。
http://anond.hatelabo.jp/20151018015453
というのがありましたけど、本当に不遇ですよね。もっと知られて然るべきだと自分も思います。