はてなキーワード: 田中一郎とは
夫婦別姓が選べると嬉しい人間のひとりなんだけど、たとえば子どもとか社会のシステム的な利便性とかのことを考えたとき、どうするのがベストなんだろう。
夫婦別姓がいい理由は、今の自分のフルネームに愛着があるからっていうだけで、反対派が言うところの自分勝手で社会のことなんか全然考えてないアホそのもの。名前が論文に載ってたりもするけど、まあ今の仕事は全然分野違いだし、今後業績として数えることもないと思う。べつに名前が変わったって手続きがめんどいくらいで支障はないと思うけど、自分の名前が気に入ってるからできれば変えたくない。
でも、だからといって相手の名前を変えさせたいわけでもない。今結婚を考えてる人は、あなたの名字に変えてもいいよって言ってくれるけど、名字ランキングを検索したら相手の名字のほうが自分の名字より人口少なかったから、変えちゃうの残念かもなって思った。人数がすべてではないけど、でもいつかもっと少なくなって消えちゃったらもったいないじゃん。
会社とかでは旧姓使えるんだからそれでもいいだろとか、免許証にも旧姓書いてもらえるとか言うけど、なんかそうじゃなくて、今の名前が公式な名前ではなくなってしまうのが悲しいんだけど、うまく説明できない。自分の名前はりんごだと思ってずっと生きてきて、明日から公式な名前は梨になりますよ、まあでもりんごって名乗ってもいいですよ、病院とかでは梨って呼ぶけどあなたがあなたであることには変わりないんだからいいでしょって言われても、りんごって名前が完全になくなってしまうわけじゃないけどちょっとやっぱ寂しい。何言ってるかわからなくなってきた。
べつに相手の名前を名乗りたくないわけじゃなくて、自分の名前が公的には残らなくなることが嫌なだけだから、普段は相手の名字で暮らすのでもいい。〇〇さん一家とか〇〇さん夫妻とかいうのは家族なんだなってすぐわかって便利だし。
ということで今一番いいなと思ってるのは、南米みたいに二人の名字をどっちも残すこと。山田さんと田中さんが結婚したとき、戸籍には両方記載することにして、普段は山田-田中一郎って名乗ってもいいし、場合に応じて山田一郎でも田中一郎でもいいみたいな。子どもの学校では田中くんパパって呼ばれるけど、会社では山田課長って呼ばれる、そのどっちもちゃんと公的な名前だったらなんか別々の家で育った別々の人同士が結婚した感じも出ると思うしけっこういい案だと思うんだけど、やっぱ難しいのかな。
戸籍のメリットデメリットとかは、納得するにはちょっと難解でこんがらがってきちゃって今いろいろ調べてるので、もし誰か解説してくれるような人がいたらうれしい。
なぜわざわざ宣言したかというと、もちろん自己顕示や承認の派生からなる欲求が関係しています。
というわけで、これから私のセンチメンタルな身の上話を交えながら、増田をやめることになった理由を書き出していきましょう。
前置きとして、とても長い文章であることや、これが駄文であることを保険としてかけておきます。
もちろん、私は生まれてすぐに増田を始めたわけではないため、この情報は客観的に見て蛇足です。
ですが、このまま話を進めましょう。
父と母は今風にいえば“毒親”というやつで、そこから毒を抜いたような親でした。
そんな家庭で育ったこともあり、私は思春期を迎えたときには性格が歪みきっていました。
そして還暦を迎えたとき、友達の田中一郎様に誘われて匿名ダイアリーに出会いました。
匿名ダイアリーでの体験は毎日がエキサティングで、私はたちまち虜となります。
特にハマっていた時期だと、人気エントリに必ず言及したり、流行りの議論には積極的に参加していました。
匿名性をウリにしているのに特徴的な文体で存在感を示したり、一部のファンが必ずブクマしてくれるのをいいことに同じ形式のエントリを何度も書いたりもしています。
ここだけの話、自分の書いたものに別人を装って言及したり、自分でブクマしてホッテントリを狙うこともありました。
それだけ、私にとって当時の増田は切り離せないものだったのです。
しかし、それは長く続きませんでした。
そんな日々が数十年も続くと、さすがの私もマンネリを感じ始めます。
私の気持ちの問題か、他の増田が問題なのか、ブクマする人達が問題なのか、はたまた匿名ダイアリーのサービスが問題なのか。
確信はありませんが九分九厘、匿名ダイアリーの問題だと私は思っています。
もちろん俯瞰して考えれば、ブクマする人達の性格が原因ではあったのですが。
いずれにしろ、増田はストレスとトラブルの温床になっており、今すぐやめるべきであったのは明白でしょう。
だのにやめられない、とまらない。
完全に中毒です。
もはや私にとって増田というものは、貧困層にとっての高カロリー食品と同じになっていました。
生活習慣病まっしぐらの私は、家族や友人をいつも心配させていたように思います。
直接謝る気はないので、ここで「申し訳ないと思っている」と書いておきます。
もはや死ぬまでこのままだと思っていたある日、転機が訪れます。
従姪孫の友達が遊びに誘ってくれたのです。
もちろんそれは断りましたが、ふとその遊びの起源が気になりました。
検索してみるとトゥギャザーなまとめ記事が出てきて、私は何の気なしにそれを見たのです。
「戦隊ヒーローは多対一だからズルい」と言われた時以来の衝撃といえましょう。
何も変わっていないのに、何かが変わったような感覚に漠然と包み込まれたのです。
没個性のキャラを描いて、自分の主張を喋らせることに人生を費やそうと。
そういうわけで、夢を実現させるため私は増田をやめる決意に至ったのです。
ですが増田のことが嫌いになったわけではありません。
もしかしたら十数分後には戻ってきて、なぜ戻ってきたのかを説明するエントリを書くかもしれません。
それを恥ずかしいことだと私は思わないし、思う必要もないと考えています。
自分の意志で「やめる」と宣言したので、それを撤回するのも私の意志なのだから。
なので皆さんは私を応援して、何らかのセンセーショナルな言葉をかけて欲しい。
己の人生観を下地に、何かを悟っているような口ぶりでブコメを書いてもらえると嬉しいです。
そしたら追記のエントリを書いて、皆さんと馴れ合うことができますから。
未練が残るのみです。
ここで仲間たちと過ごした日々、たくさん書いたエントリを忘れないでしょう。