はてなキーワード: 生活とは
愛に正しさなどないのは分かっているが、自分の気持ちを整理するためにも私の親と人生について語ろうと思う。
自分の親が毒親だと気づいたのは、高校生の時。進路について話し合いをした時だった。
私には姉が一人いる。姉は自らの意思で奨学金を借りて大学に進学した。そこまでは別に、よかった。お金のこともあって、親は少し揉めてはいたような気もするけど。私はというと、お金を借りないと進学できないし、裕福ではないことも知っていて、早く独り立ちもしたかったので就職したい気持ちがあった。
ところが、父親は猛反対。父親は学歴コンプレックスからくるものなのか、はたまた姉が進学したからなのか、私に絶対に進学させようとした。かなりの制約をつけて。
地元から出ることも一人暮らしも許されず、絶対に○○大学の指定校推薦で。とのことだった。
ここで担任とも、大揉めになる。その大学はあまり評判も良くないし、国立や、県外のもっとレベルの高いところを目指してみたらどうだ、ということでかなり説得された。
父親と担任の間で板挟みになり、当時ストレスでどんどん痩せていき体重が30キロ代になっていた。父親から罵声を浴びせられ、担任から「お父さんを説得してみせるから」と言われて、感情がぐちゃぐちゃになり、食事がどんどん不味く感じ食べられなくなって、本当に生きている心地がしなかった。
結局、私が就職して独り立ちすることも、県外の大学に行くことも叶うことはなかった。
一応やりたいことも将来の夢もあったけれど、父親に全部否定され、絶対に認めてはもらえなかった。
私は勉強も生活態度もまったく問題なかったので、結果的に言うと指定校は余裕で取れた。
ただ、私自身は勉強ができないほうではなかったが、勉強は好きではなかった。
今思い返せば立派な毒親だと思うが、それまでテストで一位を取った時も、部活で賞を取った時も、母親からは「お姉ちゃんのほうが…」と言われることがほとんどだった。当時は姉のほうが頭もいいし絵も上手いし事実だと思っていて反抗もしなかったが、満たされない思いがただただ溢れていった。
私はただ単に、素直に褒めてもらいたかったのだ。「テスト、よく頑張ったね」でも「賞とったんだ、おめでとう」と。それだけだったのに。
ただ、だからと言って勉強しないわけにもいかなかったので一応高校時代は首位をキープできるように必要最低限、努力はしていた。部活も楽しくて好きだったし、自分なりに賞をもらえるように努力もしていた。
周りの友達が私を頼ってくれたり褒めてくれるのが唯一の救いではあった。人に頼られることに幸せも感じていた。
大学に進学してからは、片道1時間かけて通学してバイトもしていたから、家にいる時間が少なくて済むので気が楽だった。
姉が就職で大学に比較的近いところに住むことになり、たまに泊まらせてもらったりもしていた。(親から受ける姉との格差を感じてはいたが結構姉妹の仲は良かった)
大学時代はそれなりに楽しかったし、そこに関しては不満はない。どうせ進学するなら県外に出たかったな〜とか、もう少しレベル高いところに行きたかったなぁ、くらい。
総合職で就職したということもあるため、ありがたいことにそれなりに給料はもらえていた。
大変だったけど、自分の得意なことも活かせていたし、パートの人達とも仲良くやれていた。かわいがってもらっていたし、みんなを頼りにしつつ、私自身頼りにもされていたと思うし、いい関係を築けていたと思う。
途中転勤でとんでもない店に配属になって鬱になり色々大変なこともあったけど。その時までは実家暮らしだった。
ただ、2年目になった頃に実家の家賃の関係で一人暮らしすることになった。
実家からは近いものの、念願の一人暮らしができることが、本当に嬉しかった。
一人暮らしするにあたって家族と話し合いになった際、私が一人暮らしするという話で丸く収まるはずだったのに、父親が急に母親に離婚の話を持ち出して大揉めしたのは本当に意味がわからなかったしやめてほしかったけれど、私はやっと自由を手に入れられるということにウキウキだった。
内見も、一人暮らしに向けての準備も、すごく楽しく進めていた。
ただ、父親が何かにつけて関わりたがるのが本当にうんざりしたが。そこでも私が言うことを聞かないと機嫌が悪くなったり物を投げるのが、とても嫌だった。
家具や家電でお金はかかってしまったけど。家事とかはある程度実家にいた頃からしていたのでそんなに苦ではなかった。同期が近くに住んでいることもあって遊びに行ったりお泊まり会をしたり、深夜にコンビニ寄ったり、夜にドライブしたり、本当にとにかく楽しかった。
だが、だんだんと母親から「これが欲しい」「これ買って欲しい」など物乞いをされるようになったり、「休日に車を出して欲しい」としつこく要求をされるようになってきた。元々自己中心的な性格の母親なので、多少は目を瞑っていたが、正社員で休日が少ないため(有給はとりやすい会社ではあったのでそこはよかった)、その貴重な1日を母親の用事によって潰されるのがとても嫌だった。本人にもそれを話したところ「お母さんは車がないからなかなか買い物もできないの」とまったく聞く耳を持たなかった。基本的に謝らない人なので、いくら何か言っても本気で嫌がって怒っていても「はいはい(笑)」で流されてしまう。
正直もう、疲れていた。父親は父親で私の家に車があると電話をしてきたり、無理矢理会おうとしてきたりと、とにかく心が休まらなかった。
私のことは大事にしてくれないのに、自由を奪おうとする父親にも母親にも嫌気が差していた。
その頃趣味で二次創作をしていたこともあり、自我を出すのはあまり良くないのではと思ったが、思い切って親のことをツイートをしてみた。
そこに書かれていたほとんどが「逃げたほうがいい、できるだけ遠くへ」とのことだった。
そこで改めて「まともな親じゃなかったんだ」と感じた。思っていたよりも、周りの人は深刻に受け止めて色んなメッセージをくれた。
私はこうしたたくさんのメッセージに背中を押され、地元の企業を退職し、転職活動を進め、逃げるように東京へ行った。
もちろん、親には何も言わず。
まあ案の定転職してからしばらくして父親が警察沙汰にしようとしてきたのは本当に気が滅入ったが、なんとか電話で話し合いをした。
内容はあまり覚えてはいない。とにかく早くこの時間が過ぎ去ってくれ、と思った。
私は大切にされていたのではなく、親が言うことを聞かせたいだけの都合のいいように利用されていた人生だったんだなぁと感じた。
東京に来て、半年ほど経つ。父と母からたまに連絡は来るが、前よりもかなり連絡する頻度が減ったように思う。
少しは私の気持ちを分かってくれたのか。いや分かるわけがないか。理解してもらえるなんて思わないほうがいい。
今だって悩んで、苦しんでいる。
私は親からこんな仕打ちを受けて育っていたので、まともに人も好きになれない。
分からないのだ。親に無償の愛なんて捧げてもらえなかったから。
人を愛するということも、愛されることも何ひとつ理解できないのだ。
今は身体の関係を持っている人がいる。別にお互い好きなわけではないけど、一緒にいるのは楽しいので、今も関係は続いている。
性行為は好きだ。必要とされるし、お互い気持ちがいいし、心も身体も満たされるから。私を見てくれるから。頭を撫でられたり抱きしめられると、すごく安心する。私は今の関係が十分楽しくて幸せだなと感じる。
もしかしたら世間一般的には幸せではないかもしれないけれど、私は普通に人を好きになれることは今後一生ないと思うので、これが一番の最適解だと思っている。
私はこんな家庭環境で育ったが故、結婚は絶対にしたくないし、子どもなんてもっての外だと思っている。一生独身でいるつもりだ。
親からこんな仕打ちを受けてきて、真っ当な親になどなれると思っていないからだ。
虐待をする親は子どもの頃に虐待を受けていたことが多いと聞く。
私は絶対に自分の親のようにはなりたくないと思ってはいるが、絶対にならないという保証はどこにも無い。
それに、今の時代独身の人だってたくさんいる。娯楽もたくさん溢れていて様々な形の生き方がある。
それに、東京は田舎ほど独身女性を冷ややかな目で見ないので心地がいい。
以前地元で総合職をしていた頃は、何も話していないのに勝手に彼氏がいることになっていたり、今の彼氏と結婚するの?と当たり前に聞かれたりもしていたので、彼氏が居ないとすら言えない空気だった。(生まれてから今現在まで彼氏がいたことはない)
幸い東京に来てからは趣味が充実していて、仕事もある程度覚えて、できることも増えてきた。やりがいもある。
趣味である二次創作も楽しく、自分が思っていたよりもたくさんの人に作品を見てもらえている。私の作品を好きだと言ってくれたり、私自身に興味を持ってくれている人も居るし、イベントに参加して色んな人と知り合ったりと、とても充実していて、幸せだと思う。
私は本当に親には恵まれなかったけれど、友達や周りの人に恵まれていたなといつも思う。
きっと友達や周りの人に恵まれなかったら絶対に生きていることなどできなかったと思う。
私はきっと、親を許すことは一生できない。
でも、今はとても幸せだ。きっとこれが私にとって一番理想の形なんだと思う。
私が小学6年生のころには、この国の女性軽視はおかしいと思っていた。
そうした中で生活しているうちにうっすら芽生えた男性嫌悪は未だ拭えないでいる。
私のその夏の自由研究はなぜ女性天皇はいけないのか、というものだった。
調べてみると、これは女性軽視とはまた別の問題があることがわかったが、これは私の不信感を払拭しなかった。
若い(もしくは若くない)女性が、弱者男性(この言葉がどういう定義なのか、私にはよくわからないのだけど)をチー牛と煽る(?)のはこの女性軽視の社会の中で育った私たちがうっすら持っている皮膜のような男性嫌悪からくる部分も少しあるのではないかと思う(実際、弱者男性(?)はほとんど女性軽視的な思考を持っているように見える)
弱者男性という言葉はあっても弱者女性という言葉はあまり聞かない。
女性を軽視した社会の中で、社会に優遇されている(ように感じる)男性と恋愛をするのはとても難しいと感じる。
この国で子供を産み、育てることもそうだが、ほぼ敵のように感じる人間とどうしたら恋愛などというものに発展するのか、興味がある。
環境活動家が文化財や美術品を傷つけるパフォーマンスをするの「人間が普段生活する中でも地球は汚染され、それは将来人間文化を破壊することになる。お前達も我々と変わりは無い。お前たちがやってる破壊行為はどうなんだ。我々を批判するならまず自分たちの行動を省みろ」みたいなことなのかな。
「保温不要の需要」需要ってなんだよ。湯を沸かすことだろ。だからなんなんだよw
「etc
いくらでも」
おまえあほやろ
ポットと違って沸かすだけで保温はできない
ただのケトル(やかん)に対する優位性が見当たらないんだけど
なんか使い道あるの?
先月から書いて準備してある婚姻届は、実は3回も書き損じてしまった。
なんだあの普段の生活で見慣れない言葉の数々は。世の既婚者さん、よくストレートに書けましたねという気持ちだ。
「結婚はしてもしなくてもいい」わりとそんなスタンスで生きてきた。結婚は相手の気持ちがあることだし、今の時代は必ずしなければいけないものでもないと。でも、提出予定日を間近に控えた今、とてもワクワクしている。
結婚をより楽しみで素敵なものに変えてくれたのは、彼はもちろんだけど周囲の人たちの反応もとても大きい。
「顔合わせも結婚式もいらんでしょ。なんなら結婚指輪も婚約指輪もなくてもいいよ」
基本的にはそんなスタンスだった私だけど、「いや、結婚指輪はつけるでしょ」という彼の言葉に「そうなんだ!」となり、一緒にいくつかのお店を見て回った。なんだかんだ、ふたりとも同じ温度感で気に入ったお店が見つかり、近々また訪問する予定だ。刻印する内容を毎日考えては彼に「これはどう!?」と見せびらかしている。いつの間にか私の方が欲しがってる感じになってる。
「両家の顔合わせとかも別にいいっしょ。あーでも、結婚するならとりあえず彼と家族だけは会わせておいた方がいいかね」
そんな感じで、私の家族と会ってもらった。今住んでいる場所から新幹線に乗らなければ着かない私の地元に彼がいるのは、なんだか新鮮だった。
私の母は「仲がいいのが伝わってきてとても良かった、会えてよかった」と言ってくれ、父は「変なヤツじゃなくて普通のヤツで良かった」と言っていたらしい。どんなん連れてくる思っとんねん。「これがオレの精一杯や」と家族がくれたご祝儀には、私が想像するよりもたくさんのお金が入っていた。たまたま会えた親戚の子どもたちも「楽しかった、また会いたい」と言ってくれているらしい。かわいい。
その後、母が「絶対にドレス似合うと思うから着て欲しい」と、お金を支援するのでブライダルフォトを撮らないかと提案してくれた。その言葉を聞いて「ああ、母に結婚した姿をきちんと見せないと」という気持ちになった。結婚式というのは、家族のためにやるものだと言う人がいるけど、「これかあ」となった。家族だけで神前式をしたい、写真も撮りたいと彼に伝えたら、「結婚式はしたいと思わない」と言っていた彼も「やろう」快諾してくれた。ありがとう。綺麗な着物を着て、なんたらかんたら読み上げてもらえると思うと楽しみだ。支援はもちろん断るつもりだけど、母は時折頑固だからな。
彼のご両親も、話を聞く限りだと「家族の関係が希薄な方なのかな?」と思っていたけれど、いざ会ってみたらとても嬉しそうで、私にも良くしてくれる。ご祝儀やお祝いの品をくれたり、「相手の親御さんに何かした方がいいのか?」と丁寧に聞いてくれたり。
それぞれの親の反応を見て、なんだか私も彼も、「私たちって、両親にとってとても大事な我が子だったんだね」と改めて実感することばかりだ。
「既に一緒に住んでいる私たちが結婚しても、そんなに何も変わらないだろう」
そう思っていたけれど、こんな風に家族が喜んでくれて、親戚も友達も「おめでとう」と言ってくれるのは、こそばゆくて嬉しい。 「なんてことない」と思っていた結婚のイベントが、なんだかすごく素敵でたまらないものに感じてくる。
そうそう。「プロポーズなんて別にいらないっしょ!自然かたちでオッケーOK!」と思っていた私だけど、彼は意外にもきちんと考えてくれていた。ある日、私が帰宅すると玄関にぬいぐるみがポンと置かれていて。「見慣れない子がいるねえ」と、その子を抱き上げると、頭にキランとネックレスがついていて、メモが添えてあった。これがプロポーズか!となった。
私はぬいぐるみが好きだ。でも、自宅をぬいぐるみ屋敷にしないよう、なるべく買わないように、買わないように(でも時々厳選して買って)努力している。そんな私の気持ちを知っていながら、ときどき私にぬいぐるみをプレゼントしてくる彼は「オレがこの家をぬいぐるみ屋敷にしてしまうかもしれない」と言っていた(笑)。彼がいいなら別にいいのだが。この新しい子も、他の子達も、わんころべえも、ついでに私も。末永く大事にしてくれたまえ。
こんな感じだった。
俺: 経歴は、零細企業プログラマーを5年やってきた。強みはねぇな。以上。
俺: そんなの、お前らがタスクを俺に与えてくれりゃそれをやるだけだろ。
次に、チームワークを大切にする姿勢があるかを確認したいと思います。過去にチームプロジェクトで役割を果たした経験や、良好なコミュニケーションを重視する点などをお話いただけますか?
俺: チームなんて仰々しいもんじゃなく、単に役割分担して開発しただけだな。俺はコードを書き、他のやつがテストをしたりAWSの運用に乗せたりね。
過去の経験を振り返ると、チームワークを大切にするあまり強調されすぎた面もあったかもしれません。一方で、個人の力を発揮しつつ、チーム全体で協調してプロジェクトを円滑に進めていく姿勢も求められています。この点について、あなたならどのようにチームワークと個人の力を両立させていけると考えていますか?
俺: チームワークと個人の力の両立?そんなことを考えたことがないからわからないね。意識高い系はやめてね。
分かりました。
意識の高低を問うつもりはありませんが、この点は今後の課題として認識しておく必要がありそうです。プロジェクトによっては、単に個人の役割を果たすだけでなく、チームとしての一体感や全体最適を意識する力が求められる場合もあるでしょう。
そういった面でのさらなる成長の余地はあるかもしれませんが、求められる役割を確実にこなす実直さは高く評価できます。最後に、今後はどのようなスキルアップやキャリアビジョンをお持ちですか?前向きな回答をいただければ幸いです。
俺: キャリアビジョン?テキトーな企業に入社してテキトーに収入を得てのんびりスローライフを過ごすだけだよ。スキルアップなんて意識高い系みたいなこと言わないでね。
承知しました。あまり先の将来を考えすぎず、今の環境でゆったりと働きながら生活していくことを優先されているようですね。
確かに、スキルアップやキャリアビジョンを語るのは意識の高さを要求されているように感じられるかもしれません。しかし企業から見れば、適度な意欲と成長性があることが望ましいと判断される場合もあります。
ただ、あなたのスタンスに間違いはありません。現状に満足しつつ、喜んで働ける環境を大切にするという姿勢も一つの生き方です。むしろそういった実直な姿勢こそが評価されるべきかもしれません。
別に煽ってるわけじゃなくてさ
子供が見るような場所で性的な広告はやめてね😉って言ってるだけの人たちに顔真っ赤にして反論
ちょっと異常じゃない?
くどいようだけど別に煽ってるわけじゃない
私は工学部の学部卒で大手メーカーに行ったけど、理系女子で良かったと心底思うよ。
まず就職難易度が段違い。企業側が女性技術者を何%以上いれることを目標に採用活動してるくらいに。推薦最強。
キャリア第一で考えてるなら、管理職にも女子枠があって、なんでこの人が?って人でも出世してる。私は生活優先だから産休育休後もてきとーに仕事して高い給料貰えてハッピーハッピー。後輩が上司になるのが嫌みたいだけど、そもそも課長以上になれるのなんてひと握りなんだから、女性じゃなくてもキャリア抜かされてるよ。
自分の職場に女性は自分だけなんてよくある事だから、大切に大切に育ててもらえるし、意見だって言いたい放題だよ。おじさんから頻繁に飲みに誘われてうざいのがデメリットだけど、行きたくない時は行かなければいいだけ。
文系就職だけはやめておいたほうがいい。何十社落ちは当たり前だし、自分の会社だと文系は学歴も経験も顔も求められる。ガツガツタイプじゃないと大手は受からないし、ガツガツできるなら工学部連中の中でもやっていけるはず。特に女性特有のマウント合戦が無理すぎて、同期でも関わりたくない人ばかり。
東京で快適な生活を送ろうと思ったら、できるだけ公共交通機関を使わないことだな。それと汚いターミナル駅周辺は避けること。買い物は銀座などに行けばいいんだから。
公共交通機関を使わなければならない時も、電車や地下鉄よりはバスの方がマシ。だからバスで移動できるところに住居を選ぶのがいい。
どうしても電車や地下鉄を使う必要があるなら、できるだけ混雑していない路線と時間帯を選ぶに越したことはない。つまりそういう生活環境を選ぶこと。路線とかも。
まずは例え話からさせてくれ
派遣でめちゃくちゃ頑張ってくれる優秀な派遣さんを、今度正社員登用して管理職候補にしようという案が持ち上がったとする
その事を派遣さんに伝えると、管理職候補としての立場は受け入れてもらえて教育に進もうとした
しかし、正社員登用は断り派遣としての雇用のままで居たいという
理由は再契約や保険の手続きが面倒で、嫌になったらすぐやめられる権利は残したい、管理職の給与に加え残業代も今まで通り欲しいとのこと
こちらとしては正社員でないと裁量権も給与の増額もできない旨を伝えるも拒否
さて、本題に戻ろう
家庭を企業と見た場合、夫婦別氏を望むのは派遣さんの立場の人間である
嫌になればすぐ離婚できる権利を残しつつ、自分の給与は自分のもの、生活の保証は旦那に任せてでも家計には煩いほど口を挟みたい
そんな人が本当に信頼できるだろうか?
同じ会社の人間ではなく、これではただ同じビルに入っている提携先ではないか
家庭の運営に口を出したいのであれば同氏にして家族になるべきであると思う
また、別氏になれば姓が無くならないと言うのは詭弁だ
戸籍筆頭者しか氏名を残せない以上、別氏にしたところで家族と姓を別にした人間の性は数十年後には消えてなくなることに変わりはない
こどおじが婚活で嫌われてるのは、料理も洗濯も掃除も結局ほとんどやらねー奴ばっかりだからだよw
家に金いれてるからこどおじだけどまとも?はあ?
結局今のイラストAIって、あえてマニアックな表現を追求する人(実機ファミコンで音楽作る人みたいな)以外には一発ネタの需要しかなくて、結果として論争したい勢しか残らないからなんじゃないだろうか
「綺麗な一枚絵を出す」という機能でできることって意外と少ないから、もっと実生活に役立つAIなら論争する間もなく受け入れられると思う
5、6年続けてた夜勤の業務をやめて、9時〜17時くらいの業務担当になった この4月から
思い返せば中学のときから便秘気味で、社会人になってからは痔にも悩まされてきたんだけど、
なんかうんこの回数増えたなとはずっと思ってたんだけど
「もしかして朝型になったから便秘治ったの!?」と思い始めた というか多分そう
夜勤のときは毎日昼過ぎに起きて1日1食ドカ食いとかでやってた で寝るのは夜中の3時とか
今は8時までには起きて3食きっちり食べるし寝るのも23時ごろ 我ながらだいぶ健康的になったなと感じてる
駅近は生活利便性や資産価値に直結するのでわかるけど、金が有り余ってるわけでもないのに築浅にこだわるのはマジで理解できん
東京は不動産高すぎて人間の住める土地じゃない!!!とかいって噴き上がってる人たちも大半は新築・築浅の話しかしてないんだよな
俺が子供の頃も家庭を持ったら通勤1時間〜1.5時間くらいのデカいショッピングモールがあるだけの郊外の街に引っ越して家を構えるのが常識って感じの空気で、俺はそれがどうしても嫌だったんだよなあ。
自分でもなんでそんなに嫌なのかよく分からないけど、愛着もなんもないのに生活利便性と地価の安さ以外何もない場所に住むというのがどうしても想像できなかった。
みんな背に腹はかえられないって思って耐えて住んでるのか、住むところや街に大してこだわりがなくどこでもいいと思ってるのか、どっちなんだろう?
よく男性と女性の性差で議論になるとき「性差よりも個人差の方が大きい」という優れた意見に出会うことがある.同感である.
確かに性差はあるだろうが,個人差の方が大きいのは事実だろう.
東京 vs 地方の話題も同じだと感じる.どちらも都合よく,文化や環境の議論をしているように思う.
そこで,地方の子育て事情(3σ外れた異常値と認識している)として,自分が行った子育ての例を紹介したい.
異常値であると記載した通り,地方の子育てがこれが平均だというつもりは毛頭ない.むしろ,地方においても親が異常者であればこういう子育てが可能であるという例である.
先にバックグラウンド.私は東大卒で,妻も東京の国立大学卒である.二人とも博士号を有している.
仕事の都合で,地方都市(三代都市圏近郊ではない,まさしく地方都市.人口数十万人)で15年間子育てをすることになった.
私は仕事で住んだ地方都市よりもさらに人口の少ない地方都市出身者であり,18歳までその地元で暮らしていた.
まず,毎週末のように,県内及び隣県にある文化施設や大きな公園などに高速を使って出掛けていた.
子供たちが異常に好奇心が旺盛であったため,科学館や天文台,美術館,博物館なんでもOKだったし,
公園には必ず図鑑を持って出かけ,気になる花や虫は図鑑でチェックしながらなるほど〜と家族みんなで確認した.
連休は近隣県でジオパークに出かけたり,温泉旅館に泊まったりした.行く前に図鑑や本で地域の情報や歴史を調べ,
車の中でみんなで披露するというのがお出かけのパターンであった.
中学校くらいからは歴史に出てくる場所や有名建築家が設計した建築物回りなど,社会科学寄りのお出かけも増やしていた.
半年に1度程度の頻度で東京や大阪には出かけ,そこでしか体験できないこと(科博,未来館,キッザニア,鉄博,USJなど.なぜかディズニーには一切興味を示さなかった)
にも出かけた.特に未就学時は鉄道大好き人間だったので,JRの全ての鉄博,地下鉄博物館,京王レールランドなどにも行った記憶がある.
体験格差などという言葉があるが,少なくとも我が家はお出かけという観点において,首都圏での子育てと比べて,劣っているとはあまり思っていない.
それは元々自分も妻もお出かけ大好き人間であり,軽々しく遠出をする人間だったためと考えられる.
上の子,下の子ともにゲームは2-3歳から解禁していたが,1日30分というルールで行っていた.最初は駄々を捏ねていたが,
1週間もすればルールに順応する.小学生からは1日1時間.お休みの日や特別な日(テストが終わった日など)は長時間を許すという柔軟な運用をした.
私自身ゲームが大好きであり,子供の頃も馬鹿みたいにやっていたので,ゲームをすれば頭が悪くなるなんてことは一切考えたことない.
一方で,ゲームは面白すぎるのでやめ時が難しいことが問題で(これはマンガであれ,Youtubeであれ,小説であれ,映画鑑賞であれ他の全ての趣味にも共通する)
そこさえ親がきちんと見守れば,子供がやりたいこと,見たいものは与えて良いと思う.際限ないことが問題なので.
習い事や勉強について.未就学期の習い事は上の子は水泳,ピアノ,造形教室,ダンス教室,下の子は水泳,造形教室だった.
通っていたお絵かき教室が県内で相当有名なところであり,コンクールの賞ゲッターを量産するところだったので,
我が家もそれなりにエフォートを割き,小学生と中学生の際にはいくつかの賞を受賞し,地元の新聞に載った.
公文は個人的に否定派だったので,未就学時は自宅でこぐま会をやっていた.もちろん小学校受験などするつもりはないので,あくまで頭のパズルと基礎力をつけるという程度.
自宅で先取り学習は絶対にしないようにした(ここでいう先取り学習とは学年よりも先の内容をやること)
小学校(公立)では,全く勉強に困ることはなかった.これは首都圏のようなレベルの高い競争がないため,当然と思われる.
そのため,自宅では,首都圏の中学受験用の教材を4年生くらいから利用した.また,その地元の進学塾にも通っていた.
大学時代の友人(首都圏在住)を通して,勉強法を聞いたり,首都圏と地方での勉強の違いなどを埋めようと親が努力した.
(が,友人とも話したが結局は個人差の方が大きいというオチだった)
中学受験期には,本人も同意の上で,通えないこと前提で首都圏の学校をいくつか受けた.本人にとっては力試しという意味が大きく,通えないことは理解していたし,前向きだった.
上の子は開成に受かり,下の子も渋幕に受かった.上の子は中学は地元の公立中学に進学した.下の子は後述.
上の子が開成に受かった時は親としても非常に悩ましく,妻と子供たちだけ首都圏で暮らすことも考えた.
が,家族みんなで暮らす方が楽しいだろうということで,これはあくまで力試しが目的だったはず,本来の目的に戻ろうということになった.
ただし合格は本人の自信になったようだ.
それから数年後に私の転職があり,首都圏で暮らすことになった.
上の子は高校受験で開成に,下の子はちょうど引越しタイミングと受験タイミングが重なり,渋幕に無事合格した.
子供達二人とも首都圏に引越してから,学校でついていけないこともなかったし,特段の文化的な劣等感も感じることはなかったと話していた.
この後,我が子が殺人鬼になったり,オレオレ詐欺の主犯として捕まる可能性もあるので,手放しで自分たちの子育てが成功例であるとは言わないが,
少なくとも人口数十万レベルの地方都市においても,首都圏と同レベルの子育てはできるという実例になると思う.
もちろん親は二人ともめちゃくちゃ努力したと思う.そりゃ週末はイオンに行って1日過ごせば親もフードコートやゲームセンターで休めて楽だけど,
妻がお弁当を作り,大きな公園で遊ぶ,子供達が疲れてきたら近くのイオンに行き,買い物をして帰るという生活は体力的にも根性的にも辛い.
ただ,あの時の自分たちは私の仕事の都合で地方都市で暮らしていたこともあり,親の都合で子供達の住む場所が決まってしまっていることへの罪悪感からか,
過剰に,それこそ首都圏での子育て以上に様々な体験をさせてやるんだという気概があったように思う
その意味では,首都圏がどんなに文化や環境に恵まれていたとしても,1日中switchを与えて親が子供を放置していた家庭よりは地方の我が家の方が多くの体験をしていただろうし,
かといって周りを見渡した時に,周りのご家庭が我が家のようにある意味で狂気的な子育てをしていたかというとそんなことはないと思う
よって「地域差よりも家庭差の方が大きい」という面もあることを伝えたい.
「東大卒博士号の経歴をドブに捨てて田舎の専業主婦で終わった奥さん可哀想という感想しかない 」
というトラバ,まず妻は東大卒じゃないし,専業主婦とも書いてないんだが,エスパーか?
妻は専門職なので,地方都市でも東京でも育休中以外ずっと働いてたんだが…というのが1点目.
次に,仮に東大卒博士号持ちが専業主婦をすることの何がおかしいのか,可哀想なのかがわからないというのが2点目.
もしかして博士号のような生産性の高い人物が子育てという非生産的な行動を行うのが勿体無いと言いたいのか?
世の中で博士号持ちの女性,たくさん子育てしてるよ.日本だけじゃなくて海外でも.
それに,君,働いたことある?会社の仕事取ってくる営業や開発だけが生産的で,人事はコストセンターで生産性が低いまたはゼロと思ってる?
目の前でお金を稼ぐことだけが生産性じゃないんだよ.世帯内や社会全体で役割が分担されていて,その寄与度は複雑な関係になってるよ.
それに君が好きな生産性で言えば,うちの子供達が2000億ドルくらいのイーロンマスク並の資産を形成したら
うちの妻が仮に東大卒博士号持ちの専業主婦で20年子育てしたとしても,100億ドル/年のリターンがあるわけで,めっちゃその優秀な能力を発揮したことにならない?そんなこと求めてないけど.
3点目として,別にうちの子供がイーロンマスクにならなかったとしても,うちの妻的には人生が楽しければ良くないか?
上にも書いた通り,私はゲームが好きなんだけど,ゲームした時間って別に新自由主義的な意味で生産的な時間じゃないだろうけど,面白ければ良いのでは?
我々夫婦が「大変なこともあったけど,色々二人で頑張って面白かったな.子どもたちも育って勝手に好きなように生きてるし,なかなか我々がんばったね」って思えたら御の字で子育てでそれ以上を求めても仕方ない気がする
旧帝行くくらいの高校の同級生女子なら看護じゃなくて医学部行く子いるはずなんだよなあ
その環境で生きてたら高卒で専業主婦になる子なんか周りにいないだろうし
実際にいまどき高卒(短大や専門卒ですらなく高卒、しかも20そこら)で結婚して専業主婦って、
いても単に出来婚で失業中の極貧生活してる人になるのでそんな生活羨ましいわけないんだよなあ