はてなキーワード: 活動領域とは
貧困、飢餓、抑圧、教育機会の喪失などは社会制度や国際システムの所産だと考え、人間が本来持っているはずの寿命、可能性、活動領域などが、社会構造や南北格差の中で損なわれ制限されている状態を「構造が暴力をふるう」と比喩的にとらえた概念。J.ガルトゥング(1930〜)は、暴力とは「人間が潜在的に持つ可能性の実現の障害であり、取り除きうるにもかかわらず存続しているもの」と、概念の拡張を試みた。彼は通常の暴力を直接的暴力(direct violence)と呼び、それのない状態を消極的平和と規定した。これに対し、例えば工業国で牛肉の消費が増え、途上国から大量の飼料を輸入するようになり、そのため途上国の作付けが、自国民の消費用穀物から輸出用飼料に切り替えられ、子供たちの食糧が失われて飢餓に苦しむという場合には、結果は直接的暴力と同じだが、因果関係は複雑で暴力行使の主体は特定できず、しかも他者から食物を奪ったはずの人々はその自覚を持たない。このように、社会関係の非対称性を介して間接的に生命や人間の可能性を奪い去るような行為をガルトゥングは構造的暴力と呼び、制度や構造に内在した暴力の解消を積極的平和と定義して広範な論議を呼んだ。◇Johan Galtung(1930〜)オスロ生まれ。平和研究創始者の1人。59年オスロ国際平和研究所創立。著書『構造的暴力と平和』(1991年、中央大学出版部)など。
無理っしょ(笑)勢だったんですわ
会う人会う人ピンとこないなーの繰り返しだったんですわ(笑)
それがなんだよ!好きかもって人いるじゃん!
こうなったらもう好きだって言いたいんだけどまだ会って2回!
これまでのアタクシなら「2回で何がわかんねん!!」って言ってたよ言ってたんだけどだってどうしてもめちゃくちゃ楽しい人だったんだもん、、好きだよお!!!クソが!!
既読無視されてるしアプリはログインしまくってるみたいだしなんなら別のアプリにもいるらしいし
え、ていうかさ、そんなにアプリログインしたり活動領域増やしたりしてさ、、、だったら私で良くない???なんなの???
選んでよーーーーお願いだよーーー選ばれたらもう何も言わないからーーーー
「弱者男性」という言葉が指すのは、以前のフェミニズム的な文脈にのっとった場合では、ケーキを三等分できない非行少年たちを含む領域だったはずだ
フェミニズムが弱者救済思想を捨てて、「女性」のユートピア思想のために使われるようになってから、フェミニストからもアンチフェミニストからも、恣意的なラベル付が横行している
「弱者」という語は、それが表しているとおりに、救済が必要な全てのものを指すようにするべきだ
したがえば当然、認知が歪んでいるために女性に対して痴漢を繰り返す男性加害者のような人間も「弱者」に分類されるはずだ
フェミニズムがこれらを救済しないことに問題があるのではなく、これらを救済しない以上、フェミニズムは「弱者」の救済をする活動ではないということなので、フェミニズムは「弱者であること」による「女性」の立場について論じることをあきらめると同時に、「弱者」とは何かといったラベル付けや、「弱者」という言葉をつかうことについて、他の活動領域に明け渡すべきなのだ
好きな児童文学が消えていたから新たに書こうかと思ったんだが、それよりも思い出したことがある。中学生文学だ。
児童文学は分かりやすい。高校生にも成れば好きに小説を読む。中学生の読書体験というのは、かなり特殊なものではないだろうか。
まず活動領域が狭く、本屋は活動圏にそれほど多くない。小遣いも、月に文庫を一冊買えるか否かだ(これは家庭に依るか。本は買って良い家庭もあるだろう)。身体は概ね出来上がったばかりだが、精神はインプットとアウトプットのバランスを欠いて、とにかく成長したがる。読書体験に興味を持ったならば自然、図書館の本を読み漁ることになる。そこにあるのは、教科書のように「子供に読んでもらいたい」作品、しかし選者にもある「この頃に読んで物語の世界を開いてくれた」作品。本を選定するのもまた本好きであり、図書館ごとに特色がある。
ホームズシリーズ、玩具修理者、赤川次郎、氷室冴子、そんな入り口から世界の広さを知り、やがて友達との会話では満たされない気持ちを物語に救われたりするのだろう。語りたいことはたくさんあるが、誰かの語りを追って欲しくもない。もう自由に旅路を往っても良いが、まだ自由が重たい。あの頃の読書体験をなんと言ったら良いのだろうか。ともかく、救われる道は色々あるよ、ということをまずは言いたい。ひとつは読書だ。
おっぱいを育むには睡眠時間が重要と言われているので、おっぱい星の自転周期は長そう。
重力が大きいとおっぱいが垂れて辛いけど、自転周期が長くて遠心力が期待できないので、惑星自体の質量が小さいか、高質量の月がありそう。
月の引力が大きいと潮汐力が強くなって、海は荒れ、マグマの活動が活発化するので噴火を避けるために、おっぱい星人の活動領域は自ずと内陸部に限られそう。海路が使えないので文明初期の国同士の交流は少なく、活動がローカルに閉じるので文化や人種が全体としては多様になりそう。でも低重力のおかげで動植物が巨大化し、退治するためには大人数で狩りを行う必要があるけど、吹き荒れる砂塵で音や触覚を頼りにすることができず、結局狩りはおとりやワナを用いたものになりそう。そんな中で生き延びるには軽い砂の中に潜るのが一番で、つまりはサンドワームみたいなのが陸における捕食者の頂点に位置しそう。ヒットアンドアウェイを繰り返すおっぱいサンドワームを倒すのには金属の弓矢でも爆薬でもダメで、かといって落とし穴はもちろん使えず、毒矢が唯一の対策となりそう。しかし巨体に毒が回って死ぬまでに時間がかかるわりに必然的に食用になり得ないので、戦うだけのメリットがなさそう。だからおっぱい星人の生活拠点は岩の多い山岳地帯か密林の中に限られてしまいそう。山岳部で放牧をおこなうおっぱい民族の生活は激しい気象のため繁栄しなかった鳥類による上空からの攻撃に怯えることこそないが、噴火活動が活発なので噴石と火砕流によるコミュニティの消滅は頻繁に起きていて、一方ジャングルに逃げた人々も木の間を飛び回る大型のネコ科動物になすすべなく地表近くに追いやられるも鬱蒼と積み重なる森に遮られた微かな光の中で採取できる食料の栄養は少なく、結局おっぱい猫に戦いを挑まなければならなくなりそう。生き残る為に取れる戦略は多産多死しかない。つまり、おっぱい星人は性欲が強そう。
書店(あくまで一般的な大手書店)で好きな漫画の絵が表紙に描かれている「公式アンソロジー」とやらを見かけ
思わず手に取り、同人誌というものの存在を知らされてしまった世代といえば、心当たりのある方もいるかもしれない。
当初は晴海に足を運び、会場が変わってからはビッグサイトに足を運び、ナントカ会館等で開催される小規模なオンリーで
コピー本を携えてサークル参加デビューを果たし、当時は割と楽しく活動していたと記憶している。
その後、活動していたジャンルの衰退、進路云々という人生の選択等も重なり、自身が創作してイベントに参加することが
自然となくなった。友人スペースの手伝い程度。それも楽しかった。
ここまでお読み頂いて「もしやこれは中年の懐古を元にした愚痴なのではないか」と思われた方。
恐らくそうなので、何か違うと思ったら閉じて頂いて構いません。
■とあるジャンルで同人の世界に戻ってきたら面倒なことになっていた
2010年代に入り、個人的には転職をして少々生活が落ち着いた頃、とあるジャンルで創作活動をしてみたくなった。
そこで遭遇したのが下記の面倒事だった。
慣れ合い、擦り寄り慣習
情報発信の手段としてTwitterが主流になりつつあったので自分も登録して同ジャンルの人々をフォローしたのだが、
・創作者同士による「え〜〜◯◯さんの方が上手ですよぉ〜〜」的社交辞令
こういうことを言い合う人たちはだいたい心の中では自分の方が上だと思っている
・壁や誕席に配置される創作者(一部商業作家を含む)へのあからさまな擦り寄り
その時のジャンルには商業BLへの進出を狙う野心家も多かったため、奴らは必死だった
・良配置を得た創作者の「はわわわ〜〜私なんかがこんな配置を〜〜!!何かの間違いです〜〜!!!
当日は私は無視してください〜〜〜!!!」という心にもないムダ謙遜
本当に無視したら今度はすねて「どうせ私なんか…やっぱり実力もないのに…」って構ってネガするくせに
正直な話、あなたのツイートが面白くてフォローしているけれどあなたの創作物が欲しいわけではない、という相手もいる
こういうことを書くとだいたい「じゃあ付き合いをやめればいい」という意見が出るのだが、一度繋がってしまったものは
それこそジャンルごと変えるでもしない限り安易に切りにくい、という事情もある。もちろん私自身の性格起因もある。
そこはどうしても平行線議論になるので、いろいろな意見もあるよね、に留めておきたい。
どちらかが正しいということではないと思うので。
ありがたいことに何年か活動を続けているうちに、個人的な繋がりのないところから私の創作物を気に入ってくれる人が出てきたり
BLであったにも関わらず男性の読者さんがついてくれたりして、それなりのやりがいも感じられていたのだが
あるイベントの終了後、急激に「なんか疲れたな…」という気分に襲われ、フェードアウトする形でそのジャンルでの活動をやめた。
どうでもいい話だが、そのジャンルには大学在学中にデキ婚出産した当時20代前半の専業主婦創作者がおり、
何かにつけて「大学では◯◯を専攻していて〜就活も本当は△△(大手)を目指してて〜〜」などの「私はバカじゃない」主張や
そうかと思えば「あたしおかあさんだから」的ツイートで既婚子持ちマウントを取ろうとしてくるので、非常にうざかった。
彼女には嫌いな創作者がいて、何かにつけてはその相手をディスり「だから◯ちゃんで叩かれるんだよ…」などとツイートしていたが
彼女自身もまた◯ちゃんで叩かれていた。二人とも今頃どうしているだろうか。もう30代のはず。正直どうでもいい。
■別のジャンルで数年ぶりに同人の世界に戻ってきたら気味の悪いことになっていた
さて、それから数年、本当に何の創作にも関わらずにただの漫画アニメオタクをしていた私に、また新たに興味を持てるジャンルが現れた。
久しぶりに「沼に落ちた」という表現が出来るほどのジャンルに出会った私はそのジャンル専用のTwitterアカウントを作り、
同じジャンルが好きな人達と繋がり、たまに自分で描いた絵をツイートに貼り付けては一般人にふさわしい数のRTやいいねを頂いて
楽しくやっていたのだが、ここでもまた面倒なものが目に入るようになってきてしまった。
慣れ合い、擦り寄り慣習
以前いたジャンルよりもさらにひどい(※個人の感想です)ものだった。
私がそのジャンルに落ちた時、既にそのジャンルが盛り上がり始めてから一年以上が経過していた。
その間に何が起きていたかを察するに、
1.元作品の発表当初から二次創作をしていた人が「偉い」という風潮
2.「偉い」人の創作しているCPで新たに創作をしたければそいつに気に入られなければやっていけないという空気
3.そもそもその「偉い」人の創作物を皆が好きで当たり前という空気
1.元作品の発表当初から二次創作をしていた人が「偉い」という風潮
私もジャンルに足を踏み入れた者としてはド新参なのだが、創作者を中心にあちこちの古参に「私など新参ですから」と
謙遜して回らなければいけない雰囲気が蔓延していて、辟易するのに時間はかからなかった。
全体的なジャンルの雰囲気としては「ご新規様歓迎!あなたもこの作品を見てください!」という呼び込みも多いのだが、
創作者に目を向けるととにかく新参が頭を垂れている様を目撃する。
そのジャンルには商業作家はあまりいないのだが、「偉い」人は「先生」などと呼ばれて崇め奉られているのだ。
気味が悪い。
2.「偉い」人の創作しているCPで新たに創作をしたければそいつに気に入られなければやっていけないという空気
ジャンル内で「偉い」とされている創作者の中でも、一番の人気CPで活動している一番「偉い」とされる創作者が存在していた。
一番の人気CPなので、後からハマって創作を始める人の中にもそのCPで活動したい人が多い。
・その「偉い」人をまずフォローし、
・「以前から拝見していました!ファンです!!」という挨拶で忠誠を示し、
という、もはや偉い人の宣伝媒体となることによってそのCPでの活動領域を得るということだった。
気味が悪い。
3.そもそもその「偉い」人の創作物を皆が好きで当たり前という空気
1および2から、「偉い」彼女の創作物は「読みたいから読むもの」というよりも「礼儀として購入し、読んだら褒めちぎるもの」という
気味が悪い。
だが、「偉い」人の創作物は正直あまり好きではない。もっと言うと、その「偉い」人自身が好きではない。
知り合いなの?と聞かれれば、いいえ違いますということになる。
知り合いでもないのに嫌いなの?と聞かれれば、「あなたにもいませんか?知り合いでもないけど好きではないなと思うタレントとか」と
いうことになるが、とにかくその「偉い」人の発言の端々に自分とは合わないものを感じてしまい、受け付けないのだ。
ただ、推しCPが推しCPである以上、どうしてもTLにRTやいいね、さらには空リプまで含めて彼女を崇め奉る空気が蔓延する。
そこで私は彼女のアカウントID、ペンネーム、「先生」という単語まで含めて、彼女の影がTLに現れないように徹底的にミュートした。
それでもイベントが近づけば彼女の新刊に関連すると思しき新たな単語がTLに発現するので、それをミュートする…ということを
繰り返している。もちろんはじめからフォローもしていない。信者からすれば、私は不心得者だろう。
これもどうでもいい話だが、ここまで崇め奉られる◯◯先生とやらはどんな人なんだと思ってググってみたところ、
見事に◯ちゃんで叩かれていた。なんだ、皆が皆崇めているわけではないのだなと思うと同時に、表向きは信者に見えるあの人やあの人も
心の底ではどう思っているか分からないのかもしれないな、と思い、そっとブラウザを閉じた。
そんなこともあり、私は現在身をおいているジャンルではある意味中途半端な創作を続けている。
たまに描いた絵をツイートに貼り付けてみたり、ある程度まとまったらpixivに載せてみたり、それで満足だ。
心優しい人からはイベントに出てほしい、本を読みたいと声をかけて頂けることもあるが、上記の気味の悪い風習がなくなるか、
偉い先生とやらが去るまでは御免被りたい。
先生とやらは自己顕示欲と自己高評価と承認欲求の塊のようなお方とお見受けするので、ジャンルが盛り上がっていて
適当にキャラクターをセックスさせて崇め奉ってもらえるうちは去ることはないだろう。
昨今、同人誌の価格設定や創作活動における人間関係に疲れる等の記事が拡散されているのをよく目にする。
私はそうした疲れを感じたくはないので、今のままでいようと思っている。
返答遅くなってしまいました。
私が上記した行動は、あくまで「現時点での人間関係に不満を持つ人が異なる関係性を獲得する為の行動」として挙げさせてもらいました。私自身が「頭の良い人間と知り合いたい」という要望を持った事がない為にそこで留めざるを得ませんでした。
ですが自分自身の事例として「単一の価値観に囲まれ過ぎてしまい自身の思考や活動に制限がかかるのが気持ち悪い」と感じた際に、上記のように「交遊関係や活動領域を意図的に変える」「異なる価値体系の集団が欲する物を探りながら自身の言動を変化させる」等の行動を採った結果として、完全ではありませんが、新たな人間関係の獲得に成功した経験はあります(私自身の活動領域を含めた身バレは避けたいのでこれ以上の擬態的な記述は避けます。あしからず)。
より具体的に、元増田氏が要望される「頭の良い人間と知り合う方法」に関しては「頭の善し悪し」にかかる判断基準がわかりかねるので、残念ながら、私がお応えする事は難しいと考えます。申し訳ありません。
私のトラバとは異なるツリーで、元増田氏が「相対評価ではなく」と記述されている事から類推すると、元増田氏は「何らかの絶対評価に則った中での頭の良い人間」との関係性構築を要望されている様子ですが「絶対評価」自体も所属する集団やコミュニティによって、その判断基準が大きく変化する物なので、元増田氏が、どの集団に則った頭の良さを要望しているのかは、ここに記述された情報からだけでは見当を付ける事が出来かねます。
しかしながら、もし、元増田氏の中で「頭の良い人間」に関する、より具体的な基準や価値感、判断基準等が想定出来ているのであれば、その様な人材が集まる場所やコミュニティを探り、更に、彼等の価値観に対応した言動を意識される事で、要望の達成に近づく事は出来るのではないでしょうか。
断っておくが、初恋人ではない。というか自慢じゃないが、結構モテる。高校生くらいから女性関係が絶えたことはなかった。約30人の友人女性と性的関係を持って、その中から何人もの女性と交際した。婚約までいった女性もいたが、どうにも自分自身に納得がいかず、結婚までにいたらなかった女性もいた。
ただ、どの女性にも共通して、心の底から好きじゃ無い、という感情を持っていたことだ。すごく相手の女性には失礼な事は重々理解している。たいていの場合、飲み会やイベントなんかで盛り上がって、そのまま肉体関係を持ってしまうことがほとんどだった。その場のノリであって、毎回事が済んだ後に、「あーやってしまった」と後悔することが多かった。もちろん女性側は恋愛感情を持っていることがほとんどで、そのまま交際という流れになった。ただ、自分自身がそこまで強い恋愛感情を持っていないので、どうにも世の中の恋愛観とかけ離れていて、「俺は世の中の一般人とは恋愛に対する姿勢が違うんだろうな」とよく感じていた。「彼女が可愛くてたまらない」とか、「彼女が浮気なんて絶対に許せない!男友達と連絡!?ありえない」とかそういう感情は一切持ち合わせてなかった。もちろん、交際をしているわけなので、誕生日やデート、Lineなどちゃんとやったし、たぶん世の中の男性以上にしっかりやっていた。つまり理想的な男性像を演じきっていた。当然、交際中の女性にも好かれていた。
交際していて別れるのは、たいてい決まって同じ理由だった。本気じゃないことがうすうすバレて(バレて良いんだけども)、「あなたと一緒にいても、結婚できる気がしない」という理由がほぼ全てだった。大正解。こちらにも、その気はなかったのだ。ある意味、デキ婚を望んでいた。だって、色々決まって楽だなぁと思っていた。といっても、ある程度期間が積もると、情ができて、別れるときは結構寂しい気持ちにもなっていたのも正直なところなのだ。
数ヶ月前、同様の理由で交際していた女性と別れた。もちろんショックを受けたが、この女性もその場の勢いで交際がスタートした相手だった。結構楽しく過ごしたし、色々思い出も作った。
別れた事は悲しかったが、それはどちらかというと友人を失ったような喪失感だったと思う。
ちょうど女性関係が極めてクリアな状況になったので、自分が好きな女性にアタックしてみよう。という気持ちになった。
相手は、年が一回り下で、すごく可愛い。おしとやかで、すごく上品な人だった。周囲からの評価も抜群な女性である。その人とは共通の趣味で知り合って、こちらの活動領域にわざわざ遠いにもかかわらず1年以上来てくれていた。周囲にも「おまえがいるからあの子来てるんだよ」と吹聴されていたが、正直なところ「俺とは不釣り合い」だと思っていた。それぐらい素晴らしい女性だった。こんな女性と交際できたらいいなと思うことはあったが、前述の女性と交際していたために、その気持ちは胸の奥にしまっていた。
先月、連絡がきて二人で遊びに行くことになった。もちろん手も繋がないような観光をして軽く食事をして、そのまま普通に帰宅した。でも、その3日後にまた、軽く食事をすることになった。連絡を頻繁にとるようになって、先月だけで7回も遊びに行った。最後には、交際を申し込んでいた。すぐにOKされた。
その後自分自身に、信じられないような変化が起きた。猛烈に彼女のことが「好き」なのだ。不思議な感情だった。こんな年をとって、まるで小学生で初めて恋をしたかのような感情を再び体験するとは思わなかった。連絡がとりたいと思うけど、「連絡取ったら迷惑かなぁ」なんて思ったり、無性に会いたくなったり。それで、会いに行ったら向こうからも大喜びされて、その日帰宅するのが惜しくなったり。世の中の普通の「恋愛」をしている事に大きな喜びを感じている。
この感情がいつまで続くかわからないが、人生観が大きく変わったことは間違いない。こんなに素晴らしいものだとは知らなかった。最初から興味の無い女性と関係を持つべきじゃ無かったと思うけれども、もし昔からそうだったら今の女性と関係を持つことはできなかったと複雑な想いでもある。
限定知性がその限定的な繁栄のみを独善的に追求するのであれば(有限であるということを無知のままに真として受け入れ、それを実行に移せば)、支配と継承が存続における重要な概念として受け入れられることとなる。支配とは一部の個または集団の限定知性の得た知及び理念を他の限定知性の固有の知、経験を尊重することなく押しつけ、蹂躙し、その形へと染め上げることを指す。個々の価値や経験は個に属することを許さず、特定の個、または集団の限定知性のみが多数の限定知性を浸食し、それら固有の能力や活動領域で培われた影響力を搾取したうえで、一部の限定知性のためにこれらを利用する状態を是とすることとなる。継承とは、支配で得た益を一部の限定知性がその存在を終えても自身が属していた集団に従属するようそれらを維持、存続、そして繁栄させることを指す。限定知性の活動領域において知性の介入は顕著に示されることはない(それゆえ、限定知性が自身の限られた知見における能動性を発揮しうる事由ともなっている)。従って、限定知性という限られた活動領域においては支配とその継承が相互補完に匹敵する対抗軸として永続的に存在しうる。
知性にとって、支配と継承により占有された限定知性は望ましい状態とならない。支配と継承によって染められた限定知性は、本来の個の限定知性の能動的な活動領域を著しく制限し、その知性が個別の活動から得られるうる経験を最低限のものにしてしまうからだ。
ingressを「自分の活動領域を自軍色で染め、それを常態化すること」を目的としたゲームとして考えた場合の話です。
※ingressの遊び方は個々人ごとに全く異なるので上記が全てではないです、ねんのため。
基本的な事として
団子デプロイしない、MODの挿し方を工夫する、リンク張りを工夫する、多重CFをかける/かけない、ファームを保持する/破壊する、FFを開く/邪魔をする等々…
いろいろと皆さん地域ごとに考えたり考えなかったりして動いているかと思いますが。
まずingressの特徴として、開始当初からぶれない以下2点があります。
何をしようがいつかは無かった事にされます。
賽の河原でレゾを挿し続ける苦行です。
「やられたか!よっしゃ即復旧してやるぜ!」と思う人が、
結局は人海戦術です、単純な話。
(活動できる時間帯や、エリア等も重要ですが、それも結局は「そういう人が要る」という話に集約されます。)
で、ゲームを長く、積極的に続けてくれるような人を集めるにはどうすればよいか。
簡単な話「楽しそうにしてりゃいい」です。
何の見返りもないただのゲームである以上、面白い雰囲気さえあれば、それでいいんです。
「なんだか良くわからないけど○○をしてたら■■さんにおこられた…」
→やめます。
「良くわからないまま○○をしてたら■■さんから面白い話を聞いた!」
「このHOはなんだかネガティブな事を言ったり人を貶したりする…」
「このHOは誰に何をされても逆に盛り上がる!見ていて面白い人が沢山居る」
→活動が活発になります。他所からわざわざファクションチェンジしてこっちに来たりもします。
(他にも色々例上げられると思ってたんだけど、
楽しくしてたら人は集まるよ。
つまんない雰囲気出してたら人は離れていくよっていう、
まあ当たり前の話です。
おわり。
初期投資は厳禁。せいぜい交通費まで。間違っても情報商材なんか買うな。
一番簡単なのは転売かな。とはいってもネットで買ってネットで売るのは不可能だ。
ツール使いが拾いまくってるし、ネットで買える程度の品は儲からない。
アフィブログが煽りまくってるが、あんなもん読む奴はただの養分。
神は細部に宿る。知ってるジャンルでなければ、落とし穴に落ちるぞ。
アホがやっても月収50万以上いってたから、浪費して今は消息不明のヤツも多い。
これを読んでいるヤツは同じ罠にはまるな。自分は社会に迷惑をかけているカスだと自覚しながらやれ。
あくまで急場しのぎ。資本の無いカスが這い上がる手段でしかない。
あくまで副業で稼いだ数百万な。会社員の貯蓄は稼ぐ過程で知恵がつかんので無意味だ。
ここまでこれたヤツなら、商売のタネを見つけられるはずだ。
まぁ田舎で月収50~100、都市部で月収100~200くらいなら難しくはない。
もちろん自分が働く前提だ、不労所得とか寝言を言うな。働かざるもの食うべからず。
少しヒントを書くか。
月に数万~10万くらいでメシが食えて語学を覚えてキャッキャウフフも出来る。
語学はカネの源泉だ。特に日本人は習得が難しい日本語を使える分有利なんだ。
義烏や広州でカモ狩りにあうなよ。たかが数百万のタネでは、まともな問屋は相手にしてくれない。
気持ちマイナーな所行け。日本語が話せる問屋には絶対に行くな。語学はカネの源泉なのは相手も同じだ。
英語を覚えれば、活動領域は世界中になる。両方使えるとベストだ。
別に難しい事じゃない。日常的に真剣に使っていれば嫌でも覚える。
習ったらさっさと実践しに行け。
安いバーで女引っ掛けて現地の事情が聞けるようになる頃には、お前も社長になってるだろうよ。
健闘を祈る。
アジアのどっかで会ったら飯でも食おうぜ。