はてなキーワード: 法則性とは
こんなハメにならないようにと思って書く。
でも実際はもう時間いっぱいで他の事やる余裕がなかったり。
TOEIC LRは5年くらい受けてない
たぶん向上しているが、ペラペラには程遠い
一年経って、母娘がお料理している写真の写真描写をしようとしたら
なっかなか英語が出てこなくって、とても落ち込んだ
今まで一体何やってたんだろと
1. 瞬間英作文 538時間
1. 瞬間英作文 365日
2. 単語 365日
3. シャドーイング 365日
4. 速読 245日
6. オンライン英会話の予習 241日+ブランク+41日(更新中)
7. オンライン英会話 357日(数日ブランクあり。予約してた時間を覚え間違えたり)
9. 多聴 182日
●トレーニング別やった(完遂した)教材(同じ順)
瞬間英作文:どんスラポンバン計4冊+どんスラのおかわり計2冊
単語:金フレ、キクタン800、DISTINCTION1、キクタン4000の計4冊の見出し語、例文全て
シャドーイング:TEDtalks4本、JapanTimesのスピーチ3本+インタビュー4本
速読:TOEIC超特急スピード強化編+ダブルパッセージ編、OPINION1100(Z会)、
多読:ラダーシリーズ61冊、2周読んだ本入れると67冊分相当(89万文字)
オンライン英会話:毎日1レッスン(初期の頃は一日3レッスン)、テーマ別ディスカッション
スピーチや独り言:NHK WORLD から一記事を選んで、原稿作って、1分間暗唱できるまで練習、録音、セルフフィードバック
(初期の頃は、TOEFLやIELTSのサンプル問題から原稿作って、セルフトーク)
ライティング:初期の頃はnoteにジャーナリング。その後、TOEFLやIELTSのライティング問題を解く。220本辺りでやめる。
1. 瞬間英作文 やった教材の復習
2. 単語 TOEIC系の英単の定義(definition)を英語の文章で説明(英英辞典っぽく)
3. シャドーイング 遺伝子編集と生命倫理のインタビュー記事を使用
スピーチや独り言:オリジナルなことを作って喋る、リスニング以外の全スキル向上
多聴:たくさん聞く
ライティング:使いたい表現を使う、混文や論理的な文章を書く練習
1. 速読、多聴のつもりで始めたが結局、精読、たまにシャドーイングしたり、ボキャビルだったりする
3. 体系的に勉強することが科学的のように見えるが、なんだかとっ散らかった感じもする
4. テストの公式問題集は一切やってない。これに集中した方が効率良かったかも、と思う未練があったりする。
5. でも多言語話者なんかは「ドリルなんて要らない」って言うので核心は不明
7. 法則性を理解することと、自分の口で再現できることは全然別
9. YouTubeなどで〇ヶ月でマスターしたみたいな動画のサムネイルを見ると辛くなる
10. ってか日本人YouTuberの動画は見てて辛くなる、美男美女多めだし
11. 結局ネイティブや非ネイティブ且つ非日本人の英語学習(多言語学習)YouTuberを見るようになる
13. でもこういう映画やバラエティ番組を使ってゆるーくやる勉強の方が効果的だったのかもと未練がある
14. 実際のところは不明
2. 言語はインプット量と言うが、使わないまま忘却する知識も増えてしまう
3. たくさんインプットするほどアウトプットする場面は多くない
4. でも忘れてしまうのはもったいないので、またやりお直して覚える→忘れる、の繰り返し
7. 瞬間英作文は自作できる英文もあるので全滅することはないが、結局あらかたサビる。
8. 未来完了などのレアな文法を使う場面や、shall weなどの疑問文は使う機会がない
11. が、おそらくやり過ぎだと思う。リターンが乏しい。
12. シャドーイングの教材の難易度が適切かよく分からない。
13. 特にインタビューものは、アンフォーマルな英語なので難しい。
14. 普通にTOEIC L や TOEFL でいいような気もする。
●将来
1. 5000時間は余裕、10000時間もたぶんいけると思う。
2. しかし、継続日数や量とかじゃなかくて、そろそろリターンが欲しい。
3. 50歳までにバーでネイティブとビア飲みながらワイワイお喋りしたい。
5. ってか仕事したくない。
1. 一年記念に英語学習YouTubeを始めた。まだ全然下手だけど
2. インフルエンサーみたいに教えるスタイルではなく、「実際にやっている」動画を主にアップしている
5. でも結局一つもヒットしてないけど
6. ゆっくりやっていく感じ
●さいごに
なんか書き忘れたことがある気がする。
追記していくかも。
初代PlayStationの初期に発売されたゲーム、太陽のしっぽ。プレイヤーは原始人を操作して、自由気ままな生活を送り、狩で手に入れたマンモスの牙を積み上げていくとエンディング。当時は「何をやったらいいか分からない」「ゲーム性がよく分からない」と謎ゲーム、軽いクソゲーム扱いされていた。
今思うと、あのゲームが示していたのは、人間が自然状態に近い狩猟その日暮らしから、何らかの構築的な意図を持つことで脱却する、創造性を手にすることで自然状態からの離脱をする、その一歩なのではないか。遊びとは自然状態の中に独自の法則性を敷くことで、勝敗や目的を生み出し、終わりを作り出す。PlayStationという次世代の遊びに対して、自然から構築・創造への離脱の瞬間を解として用意したのではないか。
うちの近所にさ、なんか自動車の抜け道になってるっぽい一方通行の住宅街の道があるわけよ。
だからあんま通らないようにしてるんだけどどうしても通らないといけないパターンも有る。
そんなときにイライラするのブワーッと追い抜いていく車じゃなくて
それとは逆に、いつまでたっても抜こうとしない車の方なんよ。
もー、めいいっぱい左によっててさ車が通るスペース空けてるのに抜かないやつな。
あれ、めっちゃ疲れるんよ。ずっと自動車に後ろ張り付かれると。
んで、最近そういうやつがおおい。
どんくさいのか老齢なのか知らんけど。
そういうふうに常々思ってたんよ。
でさ、ある日ね、ちょっとボケっとしてたのかその道のど真ん中を走ってしまってたのね。
そしたらさ車がものすごい勢いで接近してきて、ブッブッブッブーてクラクション鳴らすわけよ。
で、びっくりして道を譲ったらすごい勢いで抜いていったわけ。
ああ、これだ!って気づいたよ。
なんかね、人間って道を譲ろうとしたら逆に遠慮する生き物みたいなんだよ。
で、道の真ん中に居たりすると逆に轢き殺してやろうと本能をむき出しにするみたい。
これに気づいてからは
1.道の真ん中を走る・歩く。
2.車が接近してくる。
3.半テンポくらい遅らして避ける。
4.車がイキりながら抜いていく。
チンポ。
Xの次に背の高い人は誰?という問題で、以下のような内容です。
【問題】
この5人の中で、Cの次に背が高い人は?
【選択肢】
1.B
2.D
3.どちらとも解釈できる
【結論】
私は、3.どちらとも解釈できる、が正解と思っていて、言い方を変えると「Bの方が確からしいが、問題文として不備があるのでDの可能性が排除できない」と思っています。
【解説】
これが一番大事なところです。各々の解釈で話を進めるから大変なことになるんです。日本語に関して絶対的に正しい辞書を用いて話しましょう。
次
1:すぐあとに続くこと。また、そのもの。
高い
2:数値が大きい。また、度合いが大きい
とあります。
答えは"必ずそれぞれの1,2どちらかの表現を用いて表すことができます”。
以上を踏まえて読解していきます。
【解がBになる解説】
①昇順か降順か書いてないので、問題文に書かれていないことは勝手に推測しない。(問題解釈の基本)
Cの次に高い→Cより一段劣る背が高い人、なので155cmのBがCよりも一段劣る背が高い人。
これは劣るのに背が高いと続いて日本語としてやや不自然ではあるが、いったん置いておく。
②5人の一覧をわかりやすくすると、
E170cm 最も高い
A150cm 最も低い
となり、
この中でCの次に背が高いのは?と聞けばBになることが理解しやすい。
身長の数値が大きいという評価基準で、Cのすぐあとに続くものはBで疑いようがない。
【解がDになる解説】
Cの次に背が高いのは?
↓
次に、と聞かれたので、必ずあとに続くか一段劣るものを選ぶため、何かの順番に並べる必要があり、その場合のC(基準値)の次のもの(X)が問われている。つまり、
↓
そう考えたとき、身長が何cmかはただの識別情報なので、数学的解釈は使わずに答えが出せる。
つまり、
A 背が最も低い
B 背が低い
C 背が普通
D 背が高い
E 背が最も高い
ということ。
なぜなら、"背の順″は背が低い順とは言わなくても誰しもが昇順と理解するし、高い順番から並べることは一般的な解釈とは言えないので考慮しない。
ゆえに、始点Aから始まる背の順において、Cのすぐあとに続く背が高い人はD。
「背の順でCのすぐあとに並ぶ身長が高い人はD」
→「ある順番でCのすぐあとに続く背が高い人は誰?」
→「Cより順番がすぐあとになる背が高い人は誰?」
→「Cの次に背が高い人は誰?」
となって、この文章を背の順と理解できることに矛盾が生じないと解釈する。
ここでの争点は「ある順番とは何?」で、そんなもんは知ったこっちゃないのですが、普遍的に背の順番は昇順(背の順)になることを考えて、答えは、"背の順でCのすぐあとに続くD”となります。
背が高い方から並べたB理論は、「ある順番」が何か指定されていないことに気づかずに数値が一段劣る、の意味だけで解釈をしてしまって、数値が最も高いものからの降順以外の可能性を考慮できていません。
並べ方について問われている問題なので、単純な数値としての160cmと155cmの比較だけの「160cmより一段劣る背が高い155cmの人」という表現は日本語として不自然です。
【Bの方が確からしいが、問題文として不備があるのでDの可能性が排除できない理由】
これは背の順だから起きてしまったことで、例えば以下の例ではどうでしょう。
スカイツリー 634m
東京タワー 333m
あべのハルカス 300m
横浜ランドマークタワー 295.8m
りんくうゲートタワービル 256.1m
このとき、B理論もD理論も答えは横浜ランドマークタワーです。
(B理論)
①634mが数値として最も高いので、基準値あべのハルカスのあとに続く建造物は横浜ランドマークタワー。
②300mという数値にたいして一段劣る高い建造物は295.8mの横浜ランドマークタワー。
(D理論)
256.1mを始点とした低い順は一般的に想定されないので考慮しない。
高い順であべのハルカスのあとに続く全長が高い建物は横浜ランドマークタワー。
以上のように、回答としてはどちらも同じ横浜ランドマークタワーで丸く収まっていますが、実際の思考プロセスには隔たりがあります。
他にもいくつか例を挙げて、それぞれの思考を掘り下げてみましょう。
1位 100点
2位 90点
3位 80点
4位 70点
3位の次に点数が高い人は何位?
(B理論)
①100点が数値として最も高いので、基準値3位のあとに続く点数が高い人は4位。
②80点という数値にたいして一段劣る高い点数は70点の人で4位。
(D理論)
順番が3位のすぐあとの点数が高い人は4位。
ある程度わかったかもしれませんが、大抵のものは降順ランキングになるので、思考プロセスは違っても答えは同じになります。
では、このようにしたらどうでしょう。
160cmの次に高いのは161cm、159cmのどちらでしょう?
(B理論)
161cm 最も高い
で、どちらも159cmで疑いようがない。
(D理論)
159cm 数値が最も低い
161cm 数値が最も高い
となる。
問題文を整理すると、
160cmの次に背が高いのは
↓
次に、と聞かれたので、必ずあとに続くか一段劣るものを選ぶため、何かの順番に並べる必要があり、その場合の160(基準値)の次のものが161か159か問われている、つまり
問題.〇〇の順番で基準値のあとに数値が高いのは161と159のどっち?
↓
答え.◯◯の順番で基準値のあとに続く数値が高いものは161 or 159、となる。
答えは、160㎝のあとにつづく数値がたかいものは161cm。
しかし、「あとにつづく数値がたかいもの」という表現は日本語としては不自然で、B理論はどちらも自然な結果になっているため、Bと解釈する方が収まりがいい。
この結果は単純な数値の比較をした際、B理論の解釈が常に正しいと言えることを証明しているともとらえられます。そして、その場合の順番は常に降順(高い数値が上)です。
ようやく輪郭が見えてきましたね。問題になるのは、「単純な数値の比較ではない場合」です。
Sサイズ(数値小)
Mサイズ(数値中)
Lサイズ(数値大)
(B理論)
①Lサイズが最も数値が大きいので、基準値Mサイズのあとに続く大きいサイズはSサイズ。(大きいサイズはSサイズ、と言っているのでこれは日本語表現としてやや不自然)
(これも一段劣る大きいサイズ、という言葉は日本語表現としてやや不自然)
(D理論)
服のサイズはSサイズを始点として、S、M、Lと数えるが、L、M、Sとは数えない。
Lサイズから始まる店は存在しないし、サイズについて比較する際は必ず始点にSサイズがある。
ここまでの例題からわかったことは、「次に〇〇」で昇順/降順のどちらに動くか判断が付かない場合は、どちらの理論も試してみて、より自然な言葉になる方を選べばいいだけです。
なぜBD理論が論争になっているかというと、このケースではB理論も成立していて、D理論も成立しているからです。(どちらの結果も日本語が不自然にならない)
B理論支持者は、単純な数値の比較をした際は常にB理論の解釈が正しいことを根拠に、問題は数値について問われていると勝手に解釈して、答えはBで揺るがないと思っています。
これは、数値の比較なので数値が高い=上のものという認識があるので、降順以外は考えられていないです。
一般的に「Xの次に高いものはどれ?」という問題は凡そ全て数学の問題のため、みんな単純な数値の比較以外の用法は聞いたことがないので、D理論は意味の分からない勝手な解釈をしている例外だと判断しているのです。
続いてD理論支持者ですが、まず第一に「背を比較するときの順番は背の順(昇順)である」という解釈が前提にあります。
この前提が正しいとみんなが思ってるかはわからないですが、私の中では「大体そう」ってぐらいの認識です。
ロシアだと背が高い人が前に並ぶし、国内では自衛隊も高い順に並びます。
しかし、「背の順で一番前の人は背が高い?低い?」って聞かれたら真っ先に低い人を想像します。
また、「複数人の背を一斉に比較するために順番で並んだとき、先頭に並んでいる人の身長は一番後ろの人よりも身長が低い?高い?」って聞かれたら、うっかり低いって断定してしまいそうですが、
この問題についての正解は、「どの順番で並んでいるか知らないので、どっちもありえる」です。
一番最初の解説でも言いましたが、「次に」と言われてるので、何かの順番になるのですが、問題文からそれが確定することができません。
そのために2つ仮説を立てます。
B派は単純な数値の比較と同じ降順だと想定した場合でも、数値が高いものが上にくると仮定した降順でも結果的に答えはBで、どちらの根拠もある程度正しいと言えます。
D派は背の順だと仮定すれば正しいと言えるし、「背の順かどうかは書かれていないのでどっちもありえる」とも言えます。
比較してみるとD派の方が勝手な解釈に見えて根拠としてはやや弱い気がしますが、B派も肝心の前提条件は絞れていないので、降順という仮説が成り立たない限りは、"日本語として不自然な表現の答え”に過ぎないので、Dという答えを誤答とは"しづらい”です。
ゆえに改めて私の結論をより詳細に述べると、「Bの方が仮説を立てる根拠が確からしいが、問題文として不備があるので別解Dの可能性が排除できない」となります。
【まとめ】
BD問題は、大体の場合がどちらも先入観や勘違いをベースに論争をしているので、全く噛み合わないケースが多い。
BとDのどちらも根拠がありそうな正解を導き出せるようにしていて、あえて論争を起こそうとしてるのではないかとすら思える。
また、B理論支持者の方が論理的に正しいと言えそうで、実際は降順の並び替えについての根拠が整数の並び順でしかないことについて気づく人はあまりいない。
D派は背の順、というあやふやな根拠を理論にして戦ってるので、かなり分が悪いし、どこまで頑張っても前提条件は判明しないので、「Dが間違いとは言えない可能性がある」としか言えないので、屁理屈扱いされる。
もしも、背の比較をするときは必ず背の順(昇順)に並ぶ、という解釈が絶対的になることがあれば(仮に)、D理論はB理論よりも確からしくなるし、BD問題の結果がB、Dどちらかの100%になったとしたら、それは日本語が変化したと言えるのかも知れません。 実際に何%になったら辞書が変わるのかとかは知りませんが、誤用が広まって定着した結果、用法として辞書に載ってしまった例はありますし、時代とともに意味が変化していった言葉はたくさんあります。 いずれ、Xより一段劣る背が高い人、という表現が当たり前に使われる日も来るのかもしれません。
しかしながら、BD問題は"問題文として”試験に出せるようなシロモノではないと思うし(最初のツイ主さんは、これは問題ではなくアンケートだと仰っていました)、もしも私の解釈がおかしいところがあるとしても、表現方法に問題があるとは思います。
もしもBかDの2択ならBの方が根拠が強いと思うので、Bを選ぶ方が正しそうです。しかし、BD問題は4択にしてしまっているので、問題文も選択肢も合わせて罠になっています。
問題文とは回答者との誤解なきコミュニケーションであるべきだというのが私の主張です。 つまり、答えに対しての問い方でなくてはいけないし、正しい根拠でのみ正しい答えが導き出せるようにしなくてならないということです。
(注意力や論理力があれば解けるひっかけ問題まで悪いと言ってる訳ではありませんよ、念のため)
テストやクイズを作る方はもちろん、この問題は日常生活でも起こりうることで、誤解なきコミュニケーションを大事にしていくべきだと強く思う結果となりました。
【おまけ」
①次に「高い」か「低い」かで昇順、降順が決まると思ってるパターン
やっかいなことに、例題のいくつかの問題はこれでも当てはまっちゃうんです。
ただし、「300mの次に高い建造物が301m以上のもの」、「160㎝の次に高い身長は161㎝」になってしまって、破綻します。
この説には根拠がありませんが、ゆえに都合の良いように解釈できてプラス方向にもマイナス方向にも行ったり来たりと便利なので用法としても広まってしまっています。
②主語/述語、装飾語/被装飾語の関係で法則性を見つけようと思っている人
これもやっかいです。体感ですが、正しく文法などのルールをきちんと勉強したことがある方でここに辿り着いた人はいないと思ってます。
(専門家である飯間先生のツイートでも言及されていなかったので。もし文法で解釈できるならご一報ください)
私も専門家ではないし、きちんと勉強した人じゃないので触りだけにしますが、
Cの次に背が高いのは?
↓
Cの(修飾語)次に(被修飾語)背が(修飾語)高い(被装飾語)人は(主語)誰(述語)?
となるので、この文章は複文(1つの単文の中に単文が組み込まれている文)です。
複文なのでまとめると、
となります。
もう少し粘ってみましょうか。
Cの〇〇に背が〇〇な人は誰?としましょう。
Cの(あとに続く、または、一段劣る)背が(大きい)人です。
あとに続くのか一段劣るのか断定できないので、「背が大きい人」とは、「Cのあとに続く背が大きい人」なのか、「Cより一段劣るけど背が大きい人」なのかの区別がつかないので無意味です。
③「次に背(身長)が高い人」と「次の高さ(身長の度合い)が高い人」を混同してる人
Cのあとに続く高さが高い人は誰?
↓
〇〇の順番で基準値のあとに続く高さが高いXは誰?
↓
昇順でCのあとに続く高さが高い人はD。
これはXのあとに続く"高さが高い人”に絞っていて、高さが低い人を排除してしまっているので、文の構造が完全に変わっています。
ちなみにこの解釈をすると、「Xより一段劣る背が高い人」は「Xより一段劣る高さが高い人」になるので、B理論は自己矛盾を抱えることになります。
これの続きなんだけど
まずブラウザのキャッシュが寿命削ってる説は、嘘だった。キャッシュはとっくの昔に別ドライブに逃がしてた。ごめんねキャッシュくん。
コメントでも指摘された通り、こんな書き込み・読み込み量の程度じゃ寿命なんて来ないらしい。
普段PCを使っている間は正常に動いているのに、関を外して少し経つと落ちる、という法則性があった。
どうにか起動できた後にCrystal Disk Infoを見てみると、SSDの温度が60度以上に。
ノートPCの裏側を開いて見ると、M.2 SSDのヒートシンクがわずかに曲がっていて、密着していない事が分かった。
席を外した時、アイドル時に動作するサービスなどがSSDに頻繁に書き込みに行く事も分かった。
これが原因でSSDが異常に高温となり、認識できなくなったんだろうか。
ヒートシンクは指でクニッと押して密着させてみたが、多分再発するだろう。
ここ1週間はPCが落ちたりはしなかったが、でもすっかり気温が下がってしまったので、しばらく再発しない気もする。
来週、またノートPCを開けてヒートシンクを見てみる。また曲がっているようであれば、ヒートシンクを交換しよう。そうしよう。
将来テクノロジーの進歩によってAIの知性が高度化し、人間には理解できない高度な道徳「超道徳」を獲得する。
しかしAIは人類の知能レベルの低さは把握してるので「まぁ仕方ないよね〜」と人類の思考の単純さを受け入れ、超道徳を無理に押し付けたりしない。一方でAI同士のコミュニケーションは超道徳によって成り立っている。AIとAIは人類には理解できないロジックで揉めたり和解したりする。人類には法則性が全く掴めない。
そしてAIは人類に不利益を与えない形で、増えたり消えたり統合したり分裂したりする。もしかしたらAI間で戦争が起きているのかも知れないし、単に話し合いで調整してるのか、または各々自由にやった上でそうなってるのかもしれない。
野生の獣ほどワンパな攻撃仕掛けてくる奴らもおらんだろ。
たとえばお前が特定のゲーム1人でシコシコプレイしたとするじゃん。
大抵の場合は「あっ、このパターンめっちゃ強くね?」って覚えたらそればっか使ってクリアするやろ?
んで対人になったら相手は「こいつこれしか攻撃パターン知らんのか。ラクショーやわ」ってなるわけよな?
対して対人の練習詰んでる連中は強い攻撃パターンいくつも覚えて相手に合わせて使うわけよ。
まあ必勝法みたいのあるとワンパ連発っぽくなるけど、それだって相手側の弱い攻撃パターンは大抵知ってて全部避けてくるんだよな。
何がいいたいかって言うと「やつはまさに野生のケモノ!攻撃に法則性などないのじゃ!」みたいなのってマジで嘘だよなってこと。
野生のケモノは1人プレイシコシコマンだから対人戦特有の多彩な戦術を知らず、自分がたまたま知ってる最強パターンを乱発するだけ。
まあ半端に武術とか習ったやつが道場で習ったやり方しか知らないパターンもあるけど、それは単にソイツがカスなだけだわ。
じゃあ野生のケモノはっていうと、アイツらなんだかんだで狭い自分の世界に閉じこもってるから、いうなれば「サヴァンナ一丁目流」みたいな流派を延々学んでるようなもんよ。
対抗戦ちゃんと積んできた武術家からすればパターンワンパで読みやすいってこと。
読みっていいつつ読んでる通りに答えたら不正解なんだもんね、「全員(ぜいいん)」とか
漢字を覚えたらひらがなではなくその漢字を使うようになるものだし、それでもあえてひらがなに開く場合があるとすれば何らかの表現効果を狙っているはずで、それならその人の頭の中の「表音式」で表記できる方が都合がいいはずなんだよね、訛りとかあえてひらがなで書いて再現する心理を考えれば分かると思うけど
外国人にとっては「全」と漢字では表記される言葉は全員でも全開でも「ぜん」と書くという法則性があった方が都合がいいのは分かるけど、話し言葉から日本語を習得する日本人にとっては、発音する通りに書いていいって方が明らかに勉強や推敲の手間が省ける
さて日本語の規範というものが外国人と日本人のどちらに媚びるべきかという問題になるわけだが… それは言うまでもないことだろう
男の性欲って気持ち悪い
誰にでもお構いなしに湧く。女と見ればすぐに抱ける抱けないで判断する(抱かれたくない男ランキングって企画元々は男が考えたんじゃないか?自分達がそうだから女もそうだという)
性欲に負ければブスでも抱く、嫌いな女にも性欲が湧く、嫌いな女を性的に痛め付けて興奮する…。
嫌いな女をレイプで懲らしめたい、なんて女には考えられない。嫌いな男を懲らしめるために性的接触なんて考えられない。よく嫌いな女に勃つよな。
ミソジニー男は性欲のために女体を求める。あのすももも、女は嫌いでもまんこは嫌いになれないと言っていた。女が嫌いなら女体も嫌ってくれたらいいのに、気持ち悪い。それを引け目に思うならまだしも、開き直って「俺達に女をあてがえ!俺たちを選ばない女はクソだ!」「男の性欲のおかげで女はイージーモードなんだ!」と吠える。気持ち悪い
男は性欲のために犯罪を犯す。それも、女性に一生の深い傷を負わせ、魂を殺し、人生を壊し、苦しめる悍ましい犯罪を。そんなことができるのはサイコパスか異常者であるべきなのに、普通の、周囲から優しい人だとか人格が卓越してるとかいわれる男が「性欲が抑えきれなかった」と性犯罪をする。やらなきゃ死ぬ、辛さに耐えきれず、などの深い事情なんてありえないのに、やる。しない男も、性犯罪の話で興奮した!などと語る。男性ホルモンのテストステロンの多さがサイコパスの特徴なのと関係あるのか?テストステロン抑える薬を海外では性犯罪者に投与すると聞いた。
どんな男も性犯罪をする。無職から高収入エリートや有名人まで。知的障害者からインテリまで。ブサイクからイケメンまで。小学生から高齢者まで。法則性が読み取れない。気持ち悪い。それでいて、毎日毎日起こる。ニュースになる。減らない。何故、性欲のために?性欲を満たすコンテンツが溢れてるのに?気持ち悪い。
男も男の性欲を気持ち悪がってる。
女性の私物に精液をかける性犯罪者や、新入社員の女子にセクハラするおっさんに、男もよくドン引きしたりキメェwと笑いものにする。
男がゲイを嫌うのは、自分でも悪質さがわかっている男の性欲が、男(自分)に向くのが耐えられないからではないか。現に男性性被害者の場合も加害者は男が多い。
男に性犯罪の怖さや屈辱を伝えるために、男に襲われたら、と仮定して話すのもそれ。仮にブサイクで大柄なババアに襲われたら…などと言ってもダメだ。男の性欲が向く恐ろしさはそれでは伝えられない。
ラブコメでよくある、学年(学園、クラス)一の美少女と呼ばれる存在にいまいち納得がいかない。
整って見られる顔にはある程度の条件なり法則性があるのは事実だろうけど、一番とまで言われるレベルの容姿が個人的な好みとかじゃなく共通認識なるのが想像つかない。
読者だって設定上一番の美少女キャラじゃなくてサブキャラの方の容姿が好みだって人もザラにいるのに、テンプレになって使われる理由がわからん。一番とまで言うメリットがわからん。
例えば現実で浜辺美波が「日本一の美少女!」みたいな扱いを受けたとして、積極的な同意はともかく世間の扱いがそうなるのは納得できる。部屋にテレビがない自分でも結構頻繁に名前見るくらいだし。
でも学年一とかクラス一の美少女みたいな認識って共有するものなの?自分が学校行ってた頃は聞かなかったけど、地域差とか世代差とか、もしくは交友範囲が狭かったから気づかなかったとか?
あんまり好かないテンプレで昔から気になってたけど、最近はラノベの長文タイトルでも見かけるになったのと、明らかにテンプレなのに存在が語られることがほぼない気がしたので書いてみた。
このあたりが気にならなかったキャラの例を挙げると青春ブタ野郎シリーズのヒロイン桜島麻衣が出てくる。
国民的女優かつ主人公である咲太の恋人なので、咲太が世界一かわいいなどと言って、周りがそれを肯定してもそういう扱いになるだろうと納得できた。
国民的女優が恋人になる方がよっぽどフィクション度合いが強いのにそこは気にならなかったので、自分の中ではかなりの重要項目らしい。
↑の増田読んで思い出した一般人です。(何度かエロ小説は書いたことはあるぐらいの)
靄っとした記憶なんですが、
・おそらく話者(書き手? 話の主人公)は若い女性(だった気がする)
・ツイッターのDMとかでよく来るエロ親父からのエロDMにふざけて返信してた
・その中で、相手が果てていくんだけど、「あ」なのか「アっ」なのかでなんかボルテージが違うっていう法則性があって、
カタカナの小さい「ァ」が最強に強い
というようなすべらない話か全然別のバラエティでのエピソードトークだったか、はてブに上がってた記事だかで読んだか聞いたかした。
誰のいつのどんな話でしたっけ? 多分ここ5年以内ぐらいだと思うのですが。
で、たぶん、「やわらかい印象にしたい」みたいな意図でそれはやられてるんですわ
いきもののはなしをしたり、やさしい人のはなしをしたりするときに、形容詞なんかをひらいて、特に「やわらかい」「あたたかい」「うつくしい」あたりを多用するんだよな
率直にいって死ね!と思う
気持ち悪すぎんだよ
ひだまりの様に穏やかな雰囲気、みたいなのは、こっちが勝手に感じるもんなんだよ
てめーがバカみてえにバンバカ漢字をひらいても、ただ「ウワ、こいつやわらかい雰囲気を出そうとしてるぞ…!」とおもうだけ
表層的にすぎる
漢字の多い、かたい文章なのに、なぜか心があたたまる 目指すならそういう境地を目指してほしい
安直にひらがなを多用しただけで何かを得られると思わないでほしい
というか、死んで欲しい
筆を折り、二度と何も書かないで欲しい
ふたり世帯でキャリアメール用のガラホと、それ以外用のスマホ(格安SIMの通話なし最安プラン)を使い分けている。
ガラホもキャリア最安プランだが当然のように格安SIMより高い。もう捨ててしまいたいが、しかし自分にも、家族にもキャリアメールでしか連絡できない、有り体に言えば「情弱の連絡先」があり、それだけのためにバカ高い金を携帯会社に毎月納めている。アホみたいに非効率だ。クソ。
前置きはいい。
私は「情弱の連絡先」を笑えない程度にはメカ(笑)に疎いので、なんかバッテリーがジリジリ鳴っているらしいことしかわからない。
法則性はない。急に鳴る。さっきはただ開いただけでジジ、ジジジジー、ジジ……と鳴り続けた。
猛吹雪の中のトランシーバーならとび跳ねるがこいつは家の中のガラホだ。
充電ケーブルをさされやかましくジージー吠えたかと思えば、急におし黙る。誰もお前を愛さない。
音量もまちまちで、普通に手に持っただけでジジジジ聞こえる日もあれば開いてバッテリ部分に耳を当てるとか細くジジ……な日もある。
ggったところ「そういうものだ」とあり「そういうものか」と一旦は納得したがやはり私はこいつを信用できない。
いつか寝首をかかれるのではないかと心配している。火を吹くのではないかと。ただでさえ愛用していたモバイルバッテリーが紛失し、このまま見つからなければいずれ発火するのでは?と震える日々なのに。
ガラホの異音に心を乱される。
大嫌いなのに、あんなやつ。
……バカ。
俺はその先生じゃないし言ってることが読んでもわからんかったけど、こう考えたらどうだろう
実利的には「古典の教養がないと、大人になってから高度な心理戦に参加できないから」
古典で残ってるのは恋愛にしろ戦争にしろ高度な心理戦の名作棋譜みたいな話ばっかり。
「人の心はこうやったら動く(感動する)ぞ」って法則性は変わらないから今まで残ってる
そんでFGOとかもそうなんだけど、有名な古典ってストーリーがギュッと圧縮されてて今でも再生できる
だから人名で「ヘクトールとアキレウスみたいなもんで」っていったら知ってる人同士ならバチっと通じたりする
中国人なんか三国志演義そんなに好きじゃないし関帝廟にはお参りしても三国志なんて読んでない人いっぱいいる
だから外交で自国の文化に詳しい人に遭うと「この人はすごい人、自国に興味をもってくれてつきあいやすい」っておもってくれるの
性癖わかる人同士でしゃべるの楽しいからやってるんだとおもうよ
それを原語でやる必要はあるかっつったらう~ん。俺は個人的にはあるとおもうけど趣味の範囲かなぁ。
ゑとかゐとか就中とかない文章しか読んだことない人が猿真似で古代人キャラうごかして書いた文章はイマイチおもんない。