はてなキーワード: 歴史教育とは
ここの論旨がおかしい。
言語だから教えるという話にするなら、現代人が習得するべき言語は母国語以外に3つある。
まず、英語。
この世のほとんどの学術論文や専門書籍は覇権言語の英語で書かれているからである。
次に、高等数学。
この世の高度のな情報は高度な数式が読めないことにはそもそも理解できないからである。
次に、プログラミング。
この世で最も実用的な読みかきは、プログラミングだからである。
で、これらを差し置いてまで漢文を習得する必要があるか?ということになる。
英語を差し置いてまで、ドイツ語の授業をする必要がないように、漢文の授業をする必要は無い。
唯一、漢文をやる理由があるとすれば、良く言えば歴史の一貫性、悪いく言えば惰性だ。必要性は存在しない。
元増田は、自分自身が「漢文は必要ない」と言っているのに気づいてないのではないか?
そこが気になった。
ネットの良さはこの種の人間の愚かさの表出を、半永久的に保管陳列できるところだな
後世から見たら、めちゃくちゃ笑えるだろう
ある一方の側に立って、偏向した情報しか得ていない者が、その自覚もなく、
まるで自分が全ての情報を不自由や偏りなく得られた上で、全く公平な立場からもの言ってると信じ込んでるんだもん
ロシア国民からすればウクライナのプロパガンダは無茶苦茶に見えるだろうし、
イスラエル政権から見たらCNNのガザ推しにはなんらかの陰謀を感じるだろうよ
国際関係においてどっちが完全に正しい、なんてことはないというのなんか今まで一度でもあったことはないって
まったく、自分が頭がいいと信じ込んでるバカほど手に負えないものはないよ
そういう奴らが増えたというか、可視化されるようにしたのもネットだから、
ま、ネットも良し悪しだねー
“しかしその実態はというと、歴史研究の蓄積をほぼ無視し、断片的な<事実>から自分が固執したい<意見>へと飛躍しているだけなのですが。感情史研究がいままで明らかにしてきたように、「他者」はしばしば「感情化」されます。「感情的」な存在としてレッテルを貼ることで、その人の発言の価値を貶めようとします。”
“だからこそ、私たちはイメージに対するリテラシーというものを身につけていかなければならないわけで、歴史教育でも今後、重要な課題になるのではないでしょうか。”
元の記事と思われるものを読んできたが、元の記事は学問や知識がどういうものか、「知る」という営みにどういう意味があるのか、に重点をおいて語っていた。他方でこの記事は学校教育がなぜ必要かを語っていて、少々論点がズレているような気もしなくもない。
「教育の受益者が社会だ」、この主張には概ね納得。ただ勿論、教育にも功罪があって、例えば優生学や社会進化論を下敷きにして作った教育はファシスト的なものになるかも知れない(それこそ周りを見下すための教育になりうる)。或いは、歴史教育。隣国との領土問題や過去の戦争問題を語ったり聞いたりする時には、歴史の知識を使うわけだけれども、教育で与えられた知識をそのまま(或いは自己流に解釈して)使った結果として、隣国との対立が続いたままになっていたりはしないだろうか?この記事も学問や教育の善を部分的に語っているわけだけれども、その悪も合わせて知らせないと、そこから生まれる社会は少々歪になるかも知れませんね(ここが我々の現在地かも知れません)。
教育制度の論点からするなら少々話がずれるかも知れないが、主体的な学びであるならば、広義の「学ぶこと」「知ること」「考えること」それ自体は社会のためであれ、個人のためであれ良いように思う。個人的な興味から幼少期に好きだった昆虫や恐竜を探究するもよし、文学を学ぶもよし、災害から街を守るためにインフラ整備について学ぶもよし、娯楽である家庭用ゲームについて個人的に考えるのもよし。
教育から与えられた「勉強」がなくても生きること自体はできるだろう。しかしながら、自分から何か(扱うものは極端な話なんでもいいんです)を知ろうとする時に「勉強」がないと困るのも事実だ。我々が文章を読めるのは、どんな形であれ共通のコードとして教育があったからだ。映画や音楽、詩や文学、(極端だが)ブログなどの娯楽を楽しめるのも、部分的にそのコードに沿いつつ「主体的に何かを学んだ人」がいるからのように思う。「勉強」がみんなで楽しめるものの基礎の部分を作っていること、社会や文化の一部を作ってきたことも否定できない。
ざっとまとめるならば、「勉強」と「主体的な学び」に乖離があるのは事実かも知れないけれども、「勉強」が個人も社会も(物質的にも内面的にも)豊かにしうることは事実かも知れない。勿論、どちらにも功罪はあるけれども、一見無駄に見える「勉強」であれ、「主体的な学び」であれ、我々が何らかの形で日常的に使うものであることは否定できないはずだ。
(長文失礼しました)
兵庫県から神奈川県の高校に転校した人間なんだけど、同じ偏差値の学校に引っ越したはずなのに動物園すぎて民度を疑いました。少なくとも勉強や立ち居振る舞いについては同じ偏差値なら兵庫の人の方が民度が高い / “公立学校って言うほど動物園だったっけ?”
「西太后」 まさにけた違いの中華最凶悪女! 世界史悪女列伝って動画を見た。
「当時の清は日清戦争よりも、西太后の誕生日会にお金をかけた」
↑
そりゃ負けるわ!!近代化してないからとかじゃなくて、西太后が暴れまくってたから負けたのかよ…
日中戦争でアレだけドロドロになった相手に日清戦争ではあっさり勝てた理由は「西太后がいたかどうか」だったのね…。
「権力のためなら身内でもほふる人」ぐらいのことは知ってたけど、想像以上に腐敗エピソードが酷くて、「あ、明治政府の実力じゃなくて西太后が歴史変えちゃったのね」だよ!!
日露戦争→王朝グダグダ、バルチック艦隊は地球半周してげっそりでほぼ自滅
…歴史教育でこの辺を中学までに教えてないの、割と致命的な気がしてきた。(※)
今の教科書知らんけど、20年前の教科書は明治維新すげーみたいな教え方されがち(※)
面白いのは第二次世界大戦時の日本軍がグダグダになった話しはするけど、そこも漠然とした恐怖を植え付けるだけ。(※)
陸海軍それぞれに自分の管轄外では押せ押せで日本の立場をこじらせたり、
うわぁ〜片手落ちやん(※)
知り合いに自衛隊で偉い人がいるからちょっと聞いたんだけど、やっぱ今のご時世にわざわざ防衛大学校に入るような人達って、ハラキリ切腹お国のために天皇マンセーハラショッショーな人らが多いっぽいですね。
怖いね。
偏ってるね。
そりゃまあ歴史教育ちゃんと受けてたら自衛隊キンモー日帝の精神引き継ごうとかしてるしマジないわーってなるもんね。
つまる所、この国の軍人って頭の中は今でもゼロ戦で特攻しろと言われたら喜んで飛びだっていく人達なわけですよね。
ビリジアンコントロールが効いてるからなんとかなってるって事らしいですが、でもいま日本で上にいる人達は超無責任だから、なにかあったら全権移譲かまして軍人が勝手にやりました~~で終わらせようとしてくるよね。
この国はいつだって、あの戦争をやり直せる状態のままこの令和の時代を生きていくんだろうね。
どうにかする方法って何かないのかな。
歴史教育というのは、愛国教育など関係なくともある意味で思想の押し付けという性格を持つ。
そんな中で、学問としての歴史学、特に日本史学は邪魔であろう。
よく、右翼は歴史家を左翼だと言う。学術的に考えられていることを、左翼歴史家が捏造したことだと言う。
マルクス主義史観の時代でもないのになぜそんな事が言えるのか。
左翼的でない歴史、右翼が納得する歴史、極論を言えばそれは古事記や日本書紀のように国が定めた正史だ。
愛国教育というのは、これに近い性格の物であると私は考えている。
最後になるが、私は元々歴史家を志していたが近年の歴史を巡る情勢の変化に嫌気がさし、未来がないと踏んで飛び出して来たものである。