はてなキーワード: 機能不全家族とは
まあ多少問題はあれど、姉妹揃って一人暮らしで大学進学させてもらえる家庭で育った。親がADHDぽかったりで衝突はあれど祖母含めて旅行するし、家族LINEだってある。
けど、親と姉が私を愛してるくらい三人のこと愛せていないなーと思って怖くなる。
身内に対して近いということが理解できないし、身内だからコントロールしあえる感覚もわからない。大人だからほっといてっていう永遠の反抗期かと思ったけどそれもそれで微妙にズレてるみたいだし。
そもそも三人と恐ろしいほど価値観が違う。母親からは就職したときに結婚結婚結婚と言われたけどその頃すでに自分のセクシャリティに気づいていたから就職の次の人生のステップは死だった。
そうこうしてるうちに鬱になりここ1年ほど自殺未遂を繰り返している。
親も姉もとても愛を込めて私のケアをしてくれるが、どうしても「私のことを放っておいて欲しい」という気持ちが消えない。端的に言えば忘れられたい。
希薄な、吹けば飛ぶような友人関係だけ私にあれば、私は今すぐ死んだって誰も傷つけることがないのに。
私が自ら命を絶つことで傷つけることはわかるのに、そこに何かを返すどころか愛を捨ててくれない相手に腹が立ってくる。
こういう家族愛が希薄な場合は機能不全家族のパターンを見るが、じゃあ私はなんなのだろう。まあ、私自身が機能不全を起こしているのだろう。
いわゆる機能不全家族で育った。
男尊女卑、学歴至上主義、DVあり、時々命の危険を感じるなどまあそれなりの家庭だったけど、20代半ばで結婚して、縁を切った。結婚して名乗ったのは、夫の姓だった。
改姓する前の私は心身が非常に不安定で、何よりまともな人間が一人もいない家庭で育ったせいで、もれなくまともでなかった。人との適切な距離感がわからず、様々なハラスメントを繰り返し、沢山の人を傷つけた。今でも毎日思い出して風呂場でウォォォアアー!!ってなってる。
常識的な家庭に育った夫から学び、今ではだいぶマシになったと思う。少なくとも飲み会でネタにされるような「ヤバい人」の域は脱したと思う。
結婚による改姓は、家族と絶縁したい、「ヤバい人」だった自分と決別したい私にとって、最高にプラスに働いた。
職場では、入籍の翌日からすぐに周囲に新姓で呼ぶようお願いした。SNSでの旧姓併記ももちろんなし。
銀行や各種アカウントの手続きも一つ一つ、自分を苦しめた家庭の証拠を消すつもりで、行っていった。
やっと、本当の自分になれた気がした。夫の姓は、「自分で選んだ」姓だから。
日本がもし、結婚しても改姓はできず、「改姓は生家の絆を壊す行為」という論調が溢れている世の中だったら、私は絶望したと思う。
「たまたま制度が自分の選択に合っていた」という立場で、選択的夫婦別姓の実現を願う人たちを眺めている。
今でも古くからの知り合いに偶然会って旧姓で呼ばれようなら、耐え難い違和感に背筋がゾッとする。
生まれ持った姓にアイデンティティを感じる人からすれば、配偶者の姓で呼ばれる方がこの感覚に近いんだろうな、と想像する。
より多くの人が、「自分で選ぶ」ことのできる社会になることを願う。
あ、あと、黒歴史辛い人は改姓おすすめです。何も言わずに旧姓の痕跡なくせば、面白いくらい古い縁が切れる。あ、でも名前が平凡な場合だけかも。
ていねいなコメント、ありがとうございます。
私は発達障害で存在してるだけで他人様を不快にさせる悪い人間だから、
家族のせいにするなんてとんでもないって思ってたよ。
専門家でも何でもないからわかった風なことを言うべきではないとは思うんだけど、でも。
それに対して傷ついた、傷ついていると言葉にし文字に起こすのは大変だったと思う。
でも今それをして、もしかしたらだけど無意識に自分を客観視しているのかな、なんて素人分析しちゃった。
アダルトチルドレン関連のサイトや書籍って沢山あるし、きっとしんどいかもしれないけれど、
でも少し心の余裕が持てそうなときに眺めてみたらどうだろう。
読んでいるだけで胸が痛んだんだから、元増田氏の心の傷は想像もできないくらいだと思う。
もし可能ならカウンセリングやセラピーなど受けて、心の平安を取り戻せたらと祈ります。
他のコメントにもあるように認知行動療法やジャーナリング、ナラティブセラピー等々色々あるし
自助グループ的なものを探したり、(自分だけじゃないんだ!仲間がいる!って、実感できて個人的にはとても癒された)そんな方法もあるだろうし。
まずはアダルトチルドレンを検索してみることを勧めさせてほしい。
既知だったら本当ごめんなさい。
とにもかくにも今まで31年間も頑張ってきたことに胸を張ってください。
ゆっくりせめて心だけでも休めてね。
あ〜〜友達でも何でもいいんだけど誰かの1番というポジションにつきたいな。でもそこにたどり着くまでにはそれに見合うだけの相互コミュニケーションの積み重ねが必要なんだよなあ。
大体は1人で事足りるおかげで誰かとコミュニケーションをとる労力を割く必要ないと思って行動してしまうから、いざというときに積み重ねが何もなくて詰むんですよ。
こういう損得を持ち出すような考えしてるからダメという説もある。
だけど人との輪に入ってるうちはそんなこと考えないんだよ。学校とか仕事とかで関わってる分には損得考えずにコミュニケーションとってるし、見返りも求めずに人に親切にしちゃう方だ(と思う)し。それなのにプライベートの付き合いを自分から進めるの一切しないんだよね〜〜そういう流れできてれば別だけど。
一度糸が切れると繋ぎ直そうとしないというか、切れそうになってる段階でぷっつり切っちゃうというか。それでふとした時に、周り見て「あれ?」って思うんだよね。普段は別にいいしむしろ楽なんだけど、今見たいに精神的に落ちてる時ダメってわけです。
ネットを観測してるとこういうタイプの人けっこういる印象だけどどう?自分の場合はSNSでのコミュニケーションを継続するのも無理なタイプです。
健全な考えをするとそういう関係構築する上で難易度1番低いのは家族なんだけど、意外とそう上手くはいかないよね。
向こうは自分のこと1番に思ってる雰囲気あるけど、自分視点だと1番にしてあげてるんだからそのぶんこちらの思い通りになりなさいって思ってるんだろうなという受け取り方しかできない。
こう書くと反抗期の延長でしかない感じするけど、うーんなんていうか毒親までいかないけども機能不全家族ではあったなあと思うから大目に見てください。今まで生活してきた中で信用できないなというか心開くのは無理だなと思ったポイントいくつかあるんで。
恵まれた家庭ではあるんだけど、こういうのって下を見ればキリが無いし、今この立場にいるのは自分1人しかいないんだし誰とも比較なんてできないよ。多分ね。
というかそもそもの問題は自己肯定感の低さだという自覚があるんだよ。度重なるセルフカウンセリングの結果ですが。
一度ちゃんとしたカウンセリングを受けるべきだと思うけど、諸々の事情により難しいというか一定以上の効果認められないだろうなというか。
うつの診断基準満たしてる気がするし現在の状況と幼少期振り返って考えてADHD的素養ありまくりだし、何かしら処方してもらった方が早いのかも。医者じゃないんで自分で診断できないけどさ。
そうそう、その発達障害的な部分で言えばずっと自分のことASD寄りだと思ってたんだけど、ひとつひとつ整理して考えるとどっちかっていうとADHDだったんですよ。おもしろいねえ。こうやって話題移り変わってるのもそれっぽくない?
まあくっきり線引きできないのが発達障害の難しさなので話半分でお願いします。自分の今の現状で全然ADHDじゃなかったら絶望しちゃうからね。それも病院避けてる理由かも。でも本当にADHDだったらコンサータとかストラテラとか飲めばなんか変わるんですかねえ。
めちゃ話が変わってしまったのでこのくらいにしておきます。試しに考えを出力してみただけでした。
一応タイトルに戻っておくと、誰かの1番的なポジションにつきたい(というか誰かに全肯定されたいという方に近いかも)けど、それを求めるにはコミュニケーションの積み重ねが大事。それ抜きに誰かにリターン求めるのって傲慢だよなあという話。
おしまい。
今年の1月に入籍をした。が、旦那の両親が高齢で両家遠方に住んでるから、コロナだからとかなんとか言い訳をして、まだ両家顔合わせをしてない。
とうとうしびれを切らした母が「両家挨拶しないのか?」と電話をかけてきた。当たり前だと思う。だけど顔合わせが憂鬱で仕方なく、重い腰が上がらない。嫌だという気持ちが勝って憂鬱だ。
いろいろ理由はあって、自分の両親を両親だと紹介するのがいやで仕方がない。私と両親、ひいては弟や妹と関係がよくない。半分くらいは私がぶち壊した。
うちはいわゆる機能不全家族に該当するんじゃないかなと思ってる。両親は私が幼い頃、ある日を境に事務的なやりとりしかしなくなった。両親のことは両親にしかわからないけど、たぶん口論になって父が母に馬乗りになって首を締めたあの日から、あの人たちは夫婦じゃなくなったんだろうなと推察している。
この喧嘩からすぐに、父は逃げるように単身赴任に行った。私をはじめとして3人の年子を抱えた母は、ワンオペ育児でストレスマッハだったため、その解消として父の悪口を言いまくった。私は幼稚園とかそこらだったので、善悪の区別がつかずに母と一緒になって父の悪口を言った。そして父の居場所は家庭内になくなった。もともと口数が少ない父だったが余計に話さなくなった。コミュニケーションがなくなり、母はますます父の悪口を言うようになった。
当時は本気で父が悪だと思いこんでたのだけど、今では本当かどうか定かではない。大人になった今でも、理由のない生理的な嫌悪感が勝って私は父の顔を直視することができない。
心のどこかで母に嫌われたらひとりになってしまうと怯えていた私は、徹底的に母の味方になろうと努力した。父を徹底的に嫌った。誕生日や週末など各種家族イベントに父親がいなくても、あんなのいなくてもいいよとか平気で言ってた。本当は寂しかったけど我慢した。
父にも母にも素直に甘えられなかった結果、順当に反抗期を迎えた。詳しくは忘れてしまったけど何気ない母の一言でプチンとキレてしまい、一切口をきかなくなった。イライラを暴力という形で妹たちにぶつけたりした。家の中の空気は最悪になった。反抗期の終わりは妹に馬乗りになって首を締めたとき。さすがに、これは自分がやばいと思って、妹たちとの接触も避けるようになった。
そんなことをしているものだから、私も家の中で居場所がなくなった。いろいろあって大学受験も失敗して、1年浪人したけど最終的に精神的に参って勉強机に向かえなくなったので働きに出た。2年くらい働いた後専門学校に入学し、手に職をつけて、家出同然で遠方に逃げた。そこで今の夫と出会い、入籍を機に両親と連絡を取るようになった。
たぶん父や母に素直に怒りや寂しさをぶつけてたら、こんなよくわからないことにならなかったと今は思ってる。
でも祖母に「お母さんは、お父さんがいなくても一人でがんばってたんだから」とか「一人で大変なんだから」と常々言われていて自分が長女だったことも手伝って、母ががんばってるんだからと我慢してたら、母に向かって気持ちを話そうとすると声がでなくなってしまうようになってよくわからない方に拗れた。素直な気持ちを話そうとすると声が詰まるのは今も治らない。
母は当時、子どもを育てるために父と婚姻関係を継続しているんだろうと今ならわかるけど、子供のときはそれが辛かったし、反抗期はそれが理解するとこを拒んだ。育ててもらって感謝はしている。なので贅沢な悩みかもしれないけれど、父や母の人生を犠牲にしてまで不自由なく育ちたくなかった。
会話もしないで、ほんとにこの人達夫婦なんだろうか?そんなに嫌いなら、いっそ離婚してくれればいいのにと思ってた。自分がいなかったらこの人たちはもっと楽しい生活を送ってたんじゃないかと、子供の頃は自分を責めた。
どうしてほかの家の両親は仲良しなのに、うちの両親は仲がよくないんだろう?と、ほかの家が羨ましくて仕方がなかった。小さい頃は、二人の間を取り持ったり変な気を回して空回りしたりと余計な努力をしていた。
大人になったら多少なりとも分別はつく。私は「いい夫婦、よき両親」の理想を押し付けているだけだった。うちはうちで、よそはよそ、ないものねだり、どこの家でも多少なりとも問題はあって、DVとか殺人とか世の中のニュースを見ていると「うちってまあ酷い事件に比べたら平和だったよね」って思う。会話がなくても金銭的に困ったことはなかった。
理屈ではわかっているけど、心が追いつかない。当時のことを思い出すと、さみしいとか悲しいとかいう感情が湧いてくる。
今度両親を「両親」として二人並べて紹介するんだと思うと、気持ちがぐちゃぐちゃして胸が苦しくなる。夫の両親はとても仲良しなので余計に惨めになる。羨ましさも入ってるので、そこでさらに自己嫌悪を覚える。
5ちゃんとかの壮絶修羅場スレと比べれば人生超絶イージーモードだと思います。贅沢な悩みだよって。だけど両親に連絡取れるようになるまでにはかなりの時間を要したし、母に「お前が家出をされてとても苦しんだ」と言われた時は軽く憎悪を覚えた。黙って家を出て連絡を絶ったのは事実なので何も言わないし、これからも言うつもりもないけど。
まあ夫もやろうかと言ってくれてるので、ちゃんと顔合わせはやると思います。
両親を繋ぐことが出来ず、家族の関係を拗らせてしまった私の罪は重いよなと、本当に無能な子供でごめんなさいと、ずっとずっと思っています。
つまりは、ワイドショーを独占するような凶悪犯罪に手を出すようなド腐れた人間性じゃなくて良かったんだけど、それはそれで結局この「何者かに成りたい欲」に毒された者には緩やかな地獄の延長にしかならないんだ、という話。
私って結構すごいんだよ。ガキに理不尽な暴力を振るう虐待親を持つ、今でいう親ガチャ大ハズレの人間なんだよ。ちょっと伸びをしたら「そんなに肩凝ってるなら肩たたきしてやる」って言いながら思いっきりぶん殴ってくるような。ロクに飯も作らないくせに、わずかな小遣いを飯に使ってたら「ロクな使い方しないから金の無駄」って言ってそれすらも没収するような。ちょっとでも反発したら「社会で通用しない」って呪いをかけるような。それでいながら、世間様から褒められるようなアルバイトも馬鹿にされるようなアルバイトもこなして、遥か後方のスタートラインから国立大学で院卒っていう学歴持ってるし、今はちょっとは名のしれた大企業で技術者やってるよ。初年度から実家の世帯年収超えたよ。自分への給餌のために、ちゃんと栄養バランス考えた飯も作れるようになったよ。あんまり偉ぶれるような肩書はないけど、スタートラインからの差分で言ったら結構なもんだと思ってる。
それで、ゴミみたいな実家から開放されたら、自分が何者なのかってさっぱりわからなくなっちゃったんだよね。今までずっと自分の人生生きてなかったんだ。あのゴミ共よりマトモな人間になってやる、社会で通用してやる、幸せになってやる、って思ってたんだけど、社会は実家よりはるかに理不尽じゃないし、ゴミの社会と普通の社会って全然違う。幸せって、なんなのか全くわからない。幸せなんてゴミの社会にはなかった言葉で、全員が「私は不幸」で埋め尽くされてたゴミの社会では、不幸でいることが義務だったんだろう。そんな社会から決別するのは正解だと信じてるんだが、決別したらしたで、その社会の価値判断で生きてたので何もわからなくなった。当然ながら「普通の社会」って決してやさしいせかいではなく、私が凡人であることを容赦なく突きつけてくるんだよな。私と同じくらいの立場の同僚も、幼少期からピアノ習ってたとか塾に通い詰めだったとか、個人的には羨ましい限りなんだけど、どうもそれはそれでクソらしく。また同僚は学生時代に一般的な社会経験を積んでいて、やっぱりそれも羨ましくて。こんなにも苦労したんだから、私は何某かの立派な、世間から褒められるような、何かになっていなきゃおかしいみたいな、何者かに成りたい欲はずっとくすぶってる。
同僚たちが結婚ラッシュになるような年代になって、それが本当に悔しくて悔しくて仕方がない。とっくにマスのヒーローになるのは諦めて、誰か個人のヒーローとして頼ってくれる人がいるんだろ、そして相手は苦しむ自分のヒロインになるような人がいるんだろ。私はまだまだマスに対するヒーローになりたいっていう願望が抜けないし、そもそも誰かのヒーローになるような器じゃない。私がしょーもない人間であることなんて、私が一番わかってるのに、この「何者かに成りたい」という欲は歳を重ねるごとに酷く膨れ上がっていく。今日もまた「結婚おめでとう」っていう嘘をついてきた。歳を重ねると諦念が身につくのが普通の大人なんだろう。それが欠片もない。現状の私は世界に対して「良いことをする」ようなマスのヒーローどころか、個人に対して「良いことをする」ような個人のヒーローにもなれない、宙ぶらりんの「悪いことをしない」だけの普通の社会に溶け込んだ空気みたいな存在なんだろうけど、自意識だけは誰もが私を凄いと思って尊敬されてなければおかしいと遙か上空に行っちゃってる。
調べてみたら、これはアダルトチルドレンという、機能不全家族で育った人間によく見られる兆候らしい。これは完全に自分の恥で、傲慢で、どうしようもない自我なんだが、「そんなところまで、「よくいる」人間の兆候なのか」と、自分に対する嫌気が差してしまった。マスの医療(認知行動療法というらしいが、医療なのか?わからないけども医療としておく)で改善はできるらしい。これすらも、お前は悩みすらも一般的なのかという、自分は特別でなくてはならない、というあまりにも強烈な自我に自分を揶揄される。自覚と自我だったら自我が勝つから、とウエストランドという漫才師が言っていたが、今は完全に自我が勝っている。強烈な飢餓感を訴える自我と、足るを知れという自覚。この喧嘩、「普通の人」だったら高校生のときに終わらせてるのか?それともそんな喧嘩は起きないんだろうか?わからないが、こんな悩みも一般的なんだろう。
「何者かに成りたい」という強烈な自我は、一束いくらの人間になりたくない、自分は特別でいたいという、ある程度は当たり前の精神であると思っているが、私はあまりにも強い、それも大人になってからが本番のヤバい欲望になってしまった。特別感を演出する引き出しが多い分、飾り立てる言葉が多い分、重たくのしかかってきている気がする。これすらも「自分は殊更に不幸」って言いたいだけの精神から来ているのだろう。「私は不幸」で埋め尽くされてたゴミの社会の価値観だ。これは適切な年齢のときの自我としては、自分を伸ばす背伸びになったんだろうが、伸びをすると思いっきりぶん殴ってくる親がいた私には、大人になってからしか持てない自我だったのかもしれない。
過干渉母と無関心父
寂しがりの母がストーカー並みにウザいので電話番号は元々着信拒否してる
LINEでもかまってムーブがウザくなってきたので精神的にやられそうでブロックしていた
で、ブロックされてるのを察知したのか不在中に父が母を連れて家まで来たようだ
ポストを見ると「お前の部屋の来客がいつまでもうるさいどうにかしろ」と殴り書きのメモが入っており
他に居ないよなあ…と思いつつインターホンの録画を確認したらやはり母が何十分もインターホン鳴らしてドアノブをガチャガチャしていたようだ
さっさと諦めろよ面倒臭い
ていうか父のことは一度も着信拒否もブロックもしたこと無いのに
なぜ母が連絡が取れなくなっただけですぐ突撃という発想になるのか
ムカついて父に数年ぶりにLINEを送った
苦情が入った旨と、「迷惑だから二度と来るな」「しつこいので母親とはそろそろ縁を切りたい」と
了解ってw
とにかく母が不倫をする人だった。
母は綺麗だったし、ホステスだったから話も上手で本当にすごくモテていた。
いつも綺麗で生活感がなくて少しガサツで、私に優しい母のことが自慢だった。
そんな母と結婚した父はヤクザだった。手首からふくらはぎまでびっしりと完成された和彫の入った本格的なヤクザだった。
父は優しかった。私と母や、カタギに暴力を振るうことは一切なかった。
私はあの歪で、一般からしたら終わった家族のことも愛していたし、感謝していた。
自宅に帰ってこない二人、家事もしないので毎日ゴキブリや蜘蛛の這うゴミ屋敷で、帰ってくる二人を待っていた。
ある日、母が私を呼び出して「好きな人ができた」「あの人と離婚がしたい」と言い出した。
戸惑っていたら「あんたは実はあの人の子じゃない。前の旦那の子。今まで黙っててごめんね」と言った。
そうだろうと思った。
私は父に一切似ていないし、愛着を持たれた感覚もなかった。育ててくれたことには感謝しているけれど。
バレないように夜逃げ資金を貯めた。母さんは弱い人だから、私が助けてあげないとと思って大学に通いつつキャバクラで働いた。
新しい家で暮らしていくうちに、母の彼氏やその子どもが入り浸るようになった。
なんだこれ。と思った。人生ってこれなのか?と思った。
母の彼氏に連絡をしてあげようと母のスマホでLINEを開いた。
そこにはおびただしい数の、男性とのLINEのやりとりがあった。
中には直接的な表現でセックスが楽しかった話もたくさんあった。
私のことは、家事をするえらい子と言っていた。
それをみてそのまま、不動産屋に行き、家を契約して自室のテレビとベッドだけを持って一週間後には家出をしていた。
でもなんか、私という人間が恋愛やセックスをすることが酷く気持ち悪いと思う。
中年がセックスするという様子に大きなトラウマができちゃったんだと思う。
じゃあ私のがんばりとか辛さってなんだったんだろ。
仲良くやってくれるならもうそれでいいんだけどさ。
よくねーか。
機能不全家族ってぼんやりした言葉にしてるけど結局は崩壊家族。
家族が崩壊するんじゃなくて、崩壊しているのに家族のままっていう地獄。
そこで生きてきて、そこでこれからも生きていかなきゃいけない。
おかげで私は何をするのも「面倒」だと思いながら生きる面倒な生き物に成長してしまった。
そんな家族からはやく離れろなんて普通の人は言うけど、それすら面倒なんだ。
とここまで書いて気づいたけど、私は自分の面倒をみる事が面倒みたいだ。
母親の機嫌をとること、父親のフォローをすることは今まで沢山してきた。
でも自分自身の事は特段どうこうしようとした事はなかった。
自分の誕生日だって興味がないし、何なら人に祝ってもらうのも面倒だから嫌で仕方がない。
一人でいいのに、周囲が有難迷惑な感じでコミュニケーションをとろうとしてくれる。
友人も居るようで本当はいない。
表面上の友人は気楽でいいのだけど、深く付き合うようになると面倒になってフェードアウトしてしまう。
好きな人とのコミュニケーションもはじめは楽しいけれど、面倒になってすぐフェードアウトしてしまう。
好きな人なのに、大事な友人なのにと思っててもそれいじょうに面倒が上回ってしまう。
こうやって書いていくうちに自分の事を客観視できるかとおもったけど、書くことも面倒になってきた。
最近はもう全部が全部面倒なのでいっそた人生終わらせようと思うんだが、それも面倒で仕方がない。
ああ面倒だ
私の場合は、いわゆる優秀のレッテルが貼られる前に、毒母から散々過干渉があったのよ。
「あなたはこの地域の公立小学校に合ってないから私立に入れさせるわ」→友達とうまくやってたのに途中で強制転校。
「地元の中学なんて入れたくないから私立中高一貫に入れるように低学年から塾に入れるわ」→電車通学でいくような都心の有名塾本校にわざわざ活かせる
私個人の意見を一切聞いてもらえなかったんだよね。泣いて抗議したけど。
父も母を止められなかったから、機能不全家族ちゃ機能不全家族なのよね。
というわけで、まあ生まれたときから親がスピリチュアルかつ過干渉、必然的にそれから生き延びるために反抗してたよね。
ご参考までに。
入籍を控えている。
自分の実家からは、数年前から早く結婚をだとか孫の顔が見たいだとか散々言われて、うんざりしていたところ。
元々両親との折り合いが悪く、思春期真っ只中の頃に不登校だったり精神疾患だったり発達障害持ちなのが分かったり、この10年間ホント無駄に病気して勿体なかったな~とまで思うようになった。
幼少期から親にブスとかデブとか言われ、自分の性別もクソだな~20代半ばまでに死にてえと思っていたのに、プラスアルファ年生きるどころか普通に会社員をして、結婚まで視野に入っているのだから人生とは全く分からない。
そんなデブスメモリーを掘り起こされるような、親とのやり取りが先日あった。
親としてはイジリのつもりだったんだろうけど、こちらとしては全然嬉しくないと、文面でキレた。
"友達"のように、一緒にキャッキャやって遊ぶことは出来る。多分。
結婚相手も機能不全家族で生きていたというのもあり、仮に子供が出来たとして、子育てに漠然とした不安を抱いている。
以前自分の実家に挨拶に行った時に「孫は」と言われたが、経済的な面からも二人揃って「今は無理」と答えた。
というか自分が発達障害持ちなのに子供を持っていいのかとか、生まれてきた子供を不幸にしてしまわないかとか、考えることが増えた。まだ結婚すらしていないのに。
完璧な子育ても、正解もないし、当たり前だが経験すらないし、そこまで考えなくてもと思われそうだが。
離婚、旦那の悪口、不倫ネタ、果てには某革命家Youtuberのニュース記事をしょっぱい世の中だなぁと思いつつ見、そんなことをぼんやりと考えている。
まあ、経済的な面での諦めより自分の中の問題が大きすぎて、結果として子供を作らない可能性も大いにあるのだが。
そこら辺は二人でよく話し合おうと思う。
君の両親が30でいなくなったら機能不全家族一直線やで
父親の学歴、仕事内容、年収、幼少時代や若い時・現在のエピソード、両親の馴れ初め、考え方や価値観…etc
を何も知らない。
仕事内容は詳しく知らないけど会社と部署は知っているので大体お察し。なぜかというと名刺をコッソリ見たから。さすがに年収は子供に教えなくてもおかしくはないとは思っている。厳密に言うと学歴はこれまたコッソリ卒業証書を見たので出身大学は知っている。
お察しの通り「機能不全家族」ってやつだ。
小さい時は仲が良く可愛がってくれたけど、いつからか会話をする事もほぼなくなった。
聞けば答えてくれるのかも知れないが、聞いたことはない。
母親に聞けば?と思われるだろうが、これまた微妙な関係なのだ。
パーソナリティを何も知らないので家族としての無条件の愛とか情みたいなものがない。でも暴力や暴言みたいな虐待をされた訳でもないので嫌いでもない。
逆に彼は私がピンチの時に命を投げ売ってでも助けようとしてくれたりするんだろうか?
謎である。
小さい時にキャラクターの絵をリクエストしたら何も見ずに描いてくれて、それが大層上手かったので驚いた。
絵上手いんだ、小さい時から描くの好きだったのかな、みたいな。
陰キャっぽいのに学生時代の友人(男女)と楽しそうにしてる写真を見たり、運動神経良さそうだったりが垣間見えるとなんかギャップ萌えしたりもした。
人生においてのアドバイスとか役立つ話もしてもらった記憶がない。
いや、唯一してもらったのは
という話だけである。
私は一生このアドバイスを守り続けるだろう。
いや、塗り絵する機会なんてもう無いけど。
たまたま仲良し家族で育った人のブログを見て羨ましくなったのと、他の人ってどうなんだろうと思った次第。
親の事、どのくらい知ってますか?
TV版リアタイで当時高校生で、テンプレのような機能不全家庭で生まれ育った俺の視点なんだけど。
シンジは親として接してくれない親父がいて、その代わりに安心できる場所を提供してくれるミサトという大人がいる。
アスカは仲は良いけど心が開けない育ての親がいて、気丈に振る舞っていて、綾波はネグレクトを受けた子みたいに思っていた。
大人組だと当時リッちゃんが強烈で、母親と同じ人を愛してしまい同じ道を辿り、母親をエヴァのシステムに組み込むことで一緒に居られると思うなんて…とゾワゾワした。
「僕はここにいていいんだ!」
と叫んだら世界に色がついておめでとうと言われるの、結構羨ましかったんだよね。
俺は親に認められようとしてもどうも叶わなくて、でも認められることにメンタル全振りすると自分が壊れるのもわかってるからしんどくて、あーこのシンジみたいに何も考えなくても認められる世界に行って、悩みがなくなったことにおめでとう言われてーなーと思った。
そして時は流れて。俺は今人の親をやってて、機能している家庭を構築していると思う。絶対という自信はないけれど。
で、諸事情で劇場では見られないから、ネタバレ上等で新エヴァの色んな感想を見てみてさ。
俺が我が子が成長するに従ってエヴァに対して感じていたものが詰まってるっぽいと思った。
子にとって俺らがゲンドウやユイになりたくないし、ミサトが必要になって欲しくないし、リッちゃんみたいな不倫相手要らない。てか、リッちゃんの母親への執着怖い。
子の同級生に綾波みたいな子がいたらどうしたの?くらい声かけて家で飯食わして包帯巻き直して親に連絡つけようとするし、アスカは多分心に何か抱えてる子だと良くも悪くも思わない。
「僕はここにいていいんだ!」
と気づくまでもなく、いていい場所と世界は色を持っていると感じて欲しいし、そのために子にとって我が家や両親が心地の良い存在であって欲しいと努力をしてるつもりではある。子にとってどうかはわからんが。
そういう俺のエヴァのTV版+旧劇(序破Q見てない)への気持ちが少なからず昇華されると思う。
だから俺は
「変わって完結したエヴァンゲリオン」
を喜んで受け取るんじゃないかな?
なんかこう書くと、お前に家庭や子どもができたからだって言われるかもしらん。
大学時代に意気投合した彼氏と3年の交際を経て結婚、今年で2年目になる。
なんだかんだと延期になりつつ来月結婚式を迎えるので記念に自分のことを書き出してみる。
私は典型的な機能不全家族に生まれ、家では適当に殴られていれば良かったものの、外での振る舞い方が全く分からなかった。
小中のころは道でウンコをしたり机の天板で彫刻作品を制作したり消しゴムを食べたりなどの奇行が目立ち、バチボコにいじめられていた。
が、ガサツでメンタルが強く、とにかく勉強が出来たため県内トップの公立高校に進学することとなった。
こうして擬似アスペモンスター状態で高校に入学したわけだが、場所は県内トップ校だ。真面目で育ちの悪くない学生に囲まれ、ここで初めて「人間として話しかけられる」経験をする。
恋愛や青春ごっこに手を出しては失敗し、たまに上手くいき、親友や恋人が出来ては絶縁した。
成績はみるみる落ちていった。
常にお金がなかったためバイト先を転々とした。JKカフェを喧嘩で退店した直後にその店が摘発されたこともあったし、レンタル彼女も円光もとりあえずやってみた。
そうこうして卒業を迎えるのだが父が女の大学進学を認めるはずもなく、高校に就業する学生は1人もいなかったため、まず金銭的に自立すべきと考えて浪人という名目でキャバクラ勤務で生計を立てることにした。
これも本当に面白かった。面と向かって酔ったおっさんにブス!ガキ!乳首見せろ!と詰られる日々だがそこは鋼のメンタルで乗り越えた。
客の心をつかめばめちゃくちゃ嬉しそうにはしゃいでくれ、売り上げも伴う。他人に対して情のようなものを感じたのは初めてだった。自分の心は金で動くと知った。
酒での失敗は本当に多かった。記憶を飛ばして先輩嬢の客にキスしたり、アフター先で眠って客に店まで届けてもらったり、気に入った客をホテルに誘ったはいいがチンコが臭すぎると爆笑して何もせずそのまま帰ったこともあるらしい。
その後人に迷惑をかけ貯めたお金で入った大学を即中退し今の夫と付き合い始め、キャバ勤務を再開、遊び回っていたところ、ひょんな縁から今の会社に就職することとなった。
大学時代の教授が知り合いの社長に私を紹介してくださったのだ。「誰か勢いのある奴はいないか」と聞かれて私が思い浮かんだらしい。
上司のセクハラに困った時期もあったが、毎度舌打ちしていたら直った。
残業は多いが仕事内容は全く難しくなく、家事は帰宅の早い夫がほとんど済ませてくれるためストレスがない。
年収は私550・夫400と24にしては文句のない程度でのびのび過ごしている。
ときどき、どうやってこの快適な生活を手に入れたのだろうかと不思議に思うことがある。
大きな決断は自分で下してきたというのもあるが、なにより巡り合わせとタイミングだと思う。
小中で友達がいなかったからこそ大量の読書が出来たし、高校とキャバクラの経験が無ければ一般企業で働けるほどの人間性は間に合わなかったし、就職のタイミングが少し違えば結婚することもなかっただろう。
間違いなく今の私には余裕があるので、このタイミングで感謝の気持ちを改めようと思う。迷惑をかけた方々に対しての自省の念を添えつつ。