「数学的帰納法」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 数学的帰納法とは

2024-05-27

   強数学的帰納法東大入試でも出ていないとは言い切れないが、 強数学的帰納法とは、授業で習う、 n=k ならば、 n=k+1というものではなく、

    n<kならばという奴で、参考書にたまに乗っているもので、それを特に、強数学的帰納法とは言っていない。

    但しどのみち、東大はきまぐれで出題しているので、体系的にやってるわけではないので、こんなのをやったところでなんのものにもならない。

  インタネットでも、

          strong inductionを紹介するサイトは上がっているが、スカスカで誰も読んでいないし参考にしていないし、哀れにもほどがある。

2024-05-16

   数学ではまず基本的な初等的な問題分野に関する考察から初めて、 そこで発見されている色々なものを整備しておくことから始まる。そこで研究を深めて完全なものを整備しておくとその

   完全無欠と一般観念されているものは後々色々な問題に出て来ることになるからなおざりにしてはならない。 これが中学校までにやることである。 しかし、高等学校数学となると

   毛色が違ってくる。 高等学校数学とは何か?というとよく分からないのである。 二次関数という分野が特に文科省が分類をしているが、二次関数はただの関数であってそこに何か

   定理があるかというとそういうものはない。定理のないところに技術もない。従って、二次関数という分野を特に重点的にやったところで論理学思考の何も成長しない。ならば二次関数とは何か

   ということである微分積分サインコサイン何になるというのが昭和50年代流行った。サインコサインまり三角比の分野には、定理が大量にある。さらには複素数しかし、定理あるかないか

    でいうなら、三角比の分野であるしかし、その証明にあたって、いわゆる驚愕的な証明はない。平成時代2ちゃんねるにいる数学マニアが、そういうものは知っていても沈黙というスッドレが

   流行った

   これでは話にならない。 数学の偉大な定理は発表されたとき驚愕されるが数学技術は、 定理による技術と、数式の計算それ自体技術がある。組み合わせ論的な議論で、

   円はしょっちゅう出て来るから、組み合わせをやるなら、円が出て来ることは覚悟しなければいけませんよと、ブレジスとかオレインなどが言っていた。そういう技術的着想の意味で私のころは

   フェッファマンスターだった。数学帰納法でも、  帰納法背理法は完全無欠で有名な論法から、出て来るときがある。そういうのを出せると、界隈では、スターと呼ばれる。

     私の感想で、代ゼミ荻野のぶや先生Youtube講義の中に、 えー、-af(a)+bf(b) という部分が出て来るし、東大入試問題にも、 最近数学帰納法で示せ、

     という問題がある。しかしその問題はいわゆる超絶難問ではない。だから眠くて仕方がない。

   

2023-12-18

n=1 で成り立てば、数学的帰納法を使ってすべてのnで成り立つ

よってn=1で結論を出すのは正しい。

2023-09-20

https://anond.hatelabo.jp/20230920031938



   数学では完全無欠であることが理想とされ、完全無欠なものの一番初等的なのはであるけれども、その円のように使用できる様々な完全無欠と考えられるもの存在する。

  ところでそんなことはどうでもよくてここで、現在問題を解くときに、何を用いたらよいのか?帰納法はなぜ円のように使用できるのか疑問なしとしない、しかしinductionが円のように

   使用できることは間違いないことである。ところが民事訴訟法などと呼ばれる、法と呼ばれるものが、全て、このように高度な知能指数がないと理解できないようなものであるかというと

  悪質すぎてまだ解明されていない。なぜなら誰も教えていないし理解しようがないかである数学帰納法とひとくちにいっても練習問題のように円ではないものがあることは誰でも理解できる

   だろう。しかし、民事訴訟法社会に出てからは円であるのかというと分からないという他ない。a,b,cの直角三角形に対して、a+bの正方形の中に一辺がcの正方形が与えられることに関しても

  完全無欠だから出てくると言われるが何をもって完全無欠というかは分からないところである

2023-05-14

学生時代に一度も彼女ができなかった人

そんな人間は1日行動したところで彼女はできない

その次の日も同じ

数学的帰納法により一生彼女ができないことが示された

Q.E.D.

2023-03-19

anond:20230318174022

全然関係ないけど昔から数学的帰納法って帰納じゃなく演繹じゃね?と思ってたけど、wikiにそう書いてあって高校生以来に納得した

2022-12-29

anond:20221229045445

数学的帰納法を使えば表現の自由戦士矛盾解決できるよ。

問題・あらゆる表現は「表現の自由の範囲内」「範囲外」のどちらかに分類できる

証明

ある表現 n に対して…

のような表明を意味してる表現を、n + 1 と定義する。

いま、純粋フィクションを 1 とすると、奇数表現の自由の範囲内、偶数表現の自由の外になる。

以上、証明完了

奇数を守り、偶数抹殺するのが表現の自由戦士なのさ。

2022-01-16

[]社畜プログラマ気分を味わえた2Dアクションパズルゲーム

Steamで買った『Recursed』というゲーム全ステージクリアしたので、記念に感想を書く。

Steam:Recursed

https://store.steampowered.com/app/497780/Recursed/?l=japanese

操作方法/目的

一見すると『Recursed』は2Dレトロ雰囲気アクションゲームである操作シンプルで、方向キーで左右に移動し、アクションジャンプと物をつかむ/投げるだけだからだ。部屋の中を移動してブロックをつかんで足場を作ったり、鍵をつかんで扉を開錠したりしてゴールへと到着(crystalを獲得)すればステージクリアだ。

概要/パズル

ステージの始めはチュートリアルの様に簡単だが、ステージを経るごとに難しくなり、そのうち何度も試行錯誤したり難しさのあまり何十分も頭を抱えたりもした。

この複雑さを生み出す要因は箱(ゲーム表記ではChest)である。このゲームでは箱の中へジャンプすることで部屋の内に入れるが、一度箱の外にでると箱の内部状態リセットされてしまうのだ。よって箱の中にブロックや鍵などのオブジェクトを持ち込んでも保存することはできないし、ブロック位置リセットされるし、開錠した扉もまた施錠されてしまうことになる。

さらに大きな特徴として、箱を持ち歩いて移動することができるのだ。それにより、箱を持ったまま別の箱に入ったり箱を持って箱の外にでることもできる。

そして、ステージを経ると箱の中の部屋は箱の外と同じ部屋という場面に出くわす。Recursedは『再帰呼び出し』という意味らしいが、まさにこのゲームタイトル通りの現象が起こるのだ。そして、以降のステージでは再帰を交えることでパズルの複雑さはより深まっていく。

再帰プログラミングとRecursed

再帰数学的帰納法アルゴリズムでは定番概念だが、それがパズルとなってプレイヤー思考回路を奪ってくる。私はかつて社畜プログラマとしてJavaプログラミング経験していたので、箱に入ることはメソッドを呼び出すことの様に感じた。オブジェクトを持って箱に入ることは引数を使ってメソッドを実行することであり、オブジェクトを持って箱の外に出ることはreturn文でメソッドを終わらせることであった。

「ゴール前の段差が大きくブロック必要からブロック生成メソッドを呼び出してブロックオブジェクトを返り値として渡さなくてはいけないけど、そうすると鍵オブジェクトをゴールメソッド引数として渡すことができなくて……、いっそのこと、ブロックメソッドからゴールメソッドを呼び出すべきか……、メソッドの返り値は一つだけだが何度も呼び出せばいけるか? この緑色オーラはなんだ? Staticを意味するのか? Staticなオブジェクト位置情報をあらかじめ変更しておけば、ゴールメソッド引数渡しをする必要がなくなるのか?」

こんなことを一つのステージクリアするだけのために何十分も考えていたのだ。念のために書いておくが、ゲーム内には数学用語プログラミング用語は一切出てこない。ただ単に、私にJavaプログラミング経験があるからその用語パズルを考えていただけだ。ゲーム内で箱から出入りしたりオブジェクトを箱の中から出し入れするとどうなるかを、Eclipseステップ実行するように想起していた。ちなみに、ゲーム内で存在しない部屋や壁の中に移動しようとするとparadoxが発生して強制的特殊な部屋へ移動されるが、私はその度にステップ実行でExceptionに遷移されたことの様に感じた。他の言語精通するプログラマだったり数学畑の人ならば、私とは異なる概念パズル思考をするのだろうか。

プログラマを辞めて何年もプログラミング思考をしてこなかった私でも全ステージクリアすることができたのだから学校プログラムを学んでいたり現役でプログラミングをしてきた人ならばこのゲーム『Recursed』をクリアすることは可能だろう。いっそのこと、『Recursed』のクリアすらできない人にプログラミングができるのか? と煽ってみたいくらいだ。

ちなみに、もし私が社畜プログラマ時代にこのゲームをやったらブチ切れていただろう。なんで仕事プログラミングで脳を酷使した上に自宅のゲームでも同じようなプログラム的な思考をしなければならないんだよと。プログラミングから何年も離れていた今の私にとって『Recursed』は、プログラミング単体テストが無事成功した時の快楽を思い出させるものだった。

感想

『Recursed』はパズルとしての難易度は非常に高いが、理不尽な解法を求められることはない。理不尽な解法のクイズパズルには怒りが湧いてくる。ひと昔前のクイズ番組を見たことのある人なら『モヤッとボール』を投げつけたくなる、と言えばその感情が伝わるだろう。『Recursed』はどんなに難しいステージでも、ただただ開発者パズル作成能力に感嘆するだけで怒りは湧いてこない。

似たようなアクションパズルゲームとして有名なのは『The Witness』であろう。『The Witness』も私が好きなパズルゲームであり、ゲームとして高い評価を得ていることに間違いはないのだが、しばしば理不尽な解法を求められるパズルがありその度に私は怒りが湧いてきたものだ。そう考えると、『Recursed』はパズルとしての洗練さだけなら『The Witness』を超えるものだと私は思う。

好きなステージ

具体的にパズル解説するととただのネタバレになってしまうので(もっとも、文字だけでパズルの解法を説明できないのだが)、『Recursed』で私が好きなステージを述べる。順番は攻略順に並べた。

Woodland/Loop

再帰概念が利用される最初ステージ

チュートリアルの様に簡単だったこれまでのステージから突如再帰概念を見せつけられることで、このゲームタイトル名の意味理解することになった。

Ruins/Interlock

鍵を手に入れたら扉に到達できず、先に扉に到達したら鍵が手に入らずで、まさにインターロック名前に相応しいステージだった。

Temple/Blister

一画面だけのオブジェクトが少ないシンプルステージだが、氷の壁に阻まれてゴールできず苦戦した。試行錯誤の繰り返しの末クリアできたが、何故クリアできたのかがわからない。

The Void/Sojourn

The Voidステージはどれもこれまでの集大成という感じでやりごたえあったが、中でも頭をひねらせたのがこれ。ゴールの部屋を水没させたり水の無い状態で入ったりして鍵を運搬するのに苦労した。

The Void/Escalate

箱を左右へ投げて移動を繰り返して、高い位置にあるゴールを目指すのがまさにEscalateというステージ名そのものだった。paradoxを発生した後のパターンが複雑だったのが印象に残っている。paradoxを発生させたらcrystal獲得(通常のクリア)できないのかよ……という落胆は大きかった。しかし、それだけにcrystal獲得とdiamond獲得(paradox発生によるクリア)のどちらも大きな達成感を得られた。

The Oobleck Conundrum/Transfer

簡単そうに見えて難しく、唯一ステージ飛ばして次のステージへと進んだので印象に残っている。後に複数日に及ぶ数時間試行錯誤で改めてこのステージクリアができて、クリアにかかった時間が最も長くなったステージでもある。しかしながら、おそらく開発者想定外方法でのクリアであり。初期画面から右の方へ一切行かずにOobleckさえ使用しないというクリア方法スッキリしなかった。といっても、開発者の想定を無視するゴリ押し的なクリアを見つけたのはこのステージだけだった。

The Last Tapestry/Flight

The Void/Escalateと似たコンセプトのステージだが、釜(JavaにおけるThread?)のギミックを利用したより複雑な構成となっている。高い位置にあるゴールを目指すのは、やはりFlightというステージ名そのものだった。

最後

この記事投稿する前にエンディングを見れていないことに気づいた。

全ステージクリア(全てのCrystal取得)したからと、この記事執筆するためにネタバレを気にせず攻略情報を調べていたけど、エンディングなんてわかる訳ねえよ。The Void/Trilemmaの最後にCrystal取得とは関係ない意味深なオブジェクトがあることには気づいていたけど……。ちなみに、私のSteam実績によるとdiamondとrubieの全取得はできてないけれども、もう取得する気力はない。パズルゲームガチ勢にとっては、実績全解除を目指さない私は軟弱者に映るのだろうか? 攻略を調べずに実績全解除できる人は、高い論理的思考能力を有しているに違いない。

2021-09-17

anond:20210917003251

数学的帰納法みたいで好き。じゃあ、こう考えよう。名字廃止しよう。

2021-07-28

人工知能、というか深層学習機械学習っていうのはさ

既存プログラミング演繹的な手法で複雑性に応対しようとしたのを、数学的帰納法のようにマシンパワーを使って無理して対応させようとしているのかな?

2021-02-28

東大理3は誰でも入れる、と理3生の集団が言っていた

よくある奢り高ぶりとか自慢じゃなくて、彼らが家庭教師予備校チューター業を通じてシミュレーションした結果、得られた確信だという。

詳しく話を聞くと数学的帰納法みたいだ、と思った。n=1のレベル論理的思考ができるなら、それを応用したn=2もできるようになる。それを繰り返して最終的に東大理3レベルに到達できるのだと。才能は一切関係ないと

家庭の経済力とか時間とかを一切抜きにすればこのモデルは成り立つのだろーか?学習障害の生徒は無理にせよ、平均程度の学習能力がある生徒の場合

俺にはやはり才能というものがある気がしてならんのだけどね

2021-01-04

anond:20210104105600

GOTOトラベル停止は一切考えていません → 停止

緊急事態宣言効果に疑問がありますので → 宣言

センター試験は何があっても絶対実施です → ??




いやいやいや、数学的帰納法じゃん。

二度あることは三度あるじゃん

2020-02-27

世界日本である可能

白人が割と多い国に住んでいる。

この国に住んでいてよく思う。「ここ日本じゃね?」と。

ネットなどで見る「海外では〜」という話にことごとく外れ、逆に「日本では〜」という話を聞いて「それこの国じゃね」と思う事が非常に多い。

そうなるともうこの国は日本だと考えてもそれほど間違いでもないんじゃないかと感じる。

そこから発展して、この世界は全て日本のような国ばかりなんじゃないだろうか。数学的帰納法的に。

2019-11-26

anond:20191126085540

「うっすらわかってる」ことと「言葉にできる」ことの違いとか、「仮に」の話をどのよう理解するかとか、流石に中学生には(何も言わなければ)難しいと思うけど。「わかってるつもりになること」はあるかもしれないが。

背理法数学的帰納法高校で習うじゃん。中学生ってまだ証明概念も習いたてで、「なんでわざわざそんなことするの?見ればわかるじゃん」って考える人の方が多いでしょ。

2019-09-13

anond:20190913204548

当然、その可能性も検討したが、

俺が破産してないから、俺より金持ちの前澤も破産しない

よって前澤は破産しないという結論に至った

これが数学的帰納法ってやつや

2019-02-06

anond:20190206105728

坂本九

柳生十兵衛

数学的帰納法により、常に名前nを名乗ろうとしてn+1を求められるようになり、無名となる

2018-10-29

自然数と正の偶数は同じ数だけ存在する」←この話の正しい説明

この話に関する最も愚かで、最も多い人種説明は、全単射だのヒルベルトホテルだのを持ち出して的外れ解説をした挙げ句、「人間感覚裏切られる数の性質ひとつ」などとのたまうアレである本質をまるで理解せず、明らかな矛盾や自らの違和感を深く追求することもせず、権威を前に思考停止して、自分よりは深くものを考えている人たちが納得できずにいるのを見て優越感に浸る真性のゴミカスである

頭の働く人であれば、無限集合の「大きさ」の定義一般的定義とは違っており、表題のような混乱を招かないため新たに「濃度」という語が定義されている、ということを明言するだろう。この話ではそもそも言葉定義知識と違うのだから齟齬が生じるのは当然だ。この再定義を経ずに表題結論に至るとしたら、間違っているのはそちらの方だと言ってもいい。受験レベル数学的帰納法でも偶数自然数より少ないことは証明できるだろう。これが感覚であるなどと、よくもまあ言い張ったものである

参考までに、次のロジックなら誰もが納得できるだろう。『2つの無限集合において集合の全ての要素が1対1で対応するとき、「2つの集合は大きさ(濃度)が同じである」と言う。無限集合A={1,2,3,...,n,...}と無限集合B={2,4,6,...,2n,...}は各要素が1対1で対応するため大きさ(濃度)が同じである』。これは数学的にも直感的にも何ら欠陥の無いロジックだ。

さて、定義を改めればひとまず納得することはできる。だが逆に言えば、一般定義で見た場合に明らかな誤謬が生じているという事実は残っている。集合の要素が1対1で対応するのであれば同じ大きさである、というのは一般的にも間違いなさそうに見えるからだ。真理を冒している論理の誤りがどこにあるのかを明らかにしてこそ、この問題を十分に考え抜いて理解したのだと言えよう。

違和感がどこにあるかは、おそらく誰もが直感的に分かっている所だろう。すなわち、仮に集合Aを100までに限ると、集合Bは200までの偶数となる。一方では100を上限としながら、もう一方では102~200までを考慮してもいいのだろうか。普通自然数偶数と言われてこのような解釈をすることはまずありえない。この矛盾感が、無限集合という言葉を盾にされても看過しがたいものに思えているのではないだろうか。その直感は何も間違っていない。それこそが核心である。何故なら「正の偶数自然数に含まれなけれなければならない」からだ。要素を1対1で対応させようとすれば集合Bは必ず集合Aに無い要素を含む。そのため自然数に含まれるという本来定義を満たすことができない。集合A={1,2,3,...,n,...}を自然数、集合B={2,4,6,...,2n,...}を正の偶数の集合、とすることは各々では正しくとも、偶数定義自然数が関わる以上は両者の定義上の関係性を改めて保証する必要が生じていたのだ。かくして表題のような誤謬が生じたわけである

2018-07-06

anond:20180706120017

たいていは身勝手他人の命という人権を奪ってるんだから死刑囚人権なんて制限されて然るべきものだろ

死刑以外の刑が人権侵害してるのは良いかってなるし、死刑人権を求めたら数学的帰納法観点ですべての刑に人権を求めなきゃならなくなる

他者人権ゼロにしたのなら死刑囚人権ゼロになるべきだ

2018-02-04

anond:20180204200046

自分のあとにも誰か続け、

数学的帰納法のようにな

って意味が(無意識的にしろ)こめられてるもんだと思ってたが

n番煎じという言葉

オタクがよく使う言葉に、n番煎じという言葉がある。「n番煎じですが、書きたかったので書きました!」といったような感じで、おもにネタかぶりへの配慮を兵源するのに使われる。これは「二番煎じから派生したスラングで、「何番目かすらわかんないくらいとにかく大きな数字」として「n」が使われている。ここからさら派生して、「n」という言葉は「とにかく大きな数字」として使われている。「キンプリが好きすぎてn回も見たわ」「わらびもち旨すぎ。n個食べたい」のような感じ。

私見だが、この「n」というのは、たぶん高校で習う数学的帰納法イメージからきてるんじゃないかなと思う。1、2、3、………n……というような表現をよくやるので「n」というのが「漠然と大きめの数字」として共有されたんだと思う。ここまで読んで変なのと思った人は多いと思うが、元ネタ?の「n」は任意の数であって任意の大きな数字ではない。だからなんか、「n番煎じ」「n回も」というスラングを見るたび、なんだか居心地の悪さを感じている。

2017-07-03

"途中の状態"は存在しない

「〜したい人生だった」

という言葉オタクの皆さんなら1度は耳にした事があるだろう。

これについてよく言われることといえば、

「やりたいと思った事はその時点で行動まで完了しているから、後回しに出来るって事はあまりやりたくないのでは?」論である。ちなみに私も支持している。

これについてのありがちな答えが「いや、明日やるかもしれないし」的なやつである

さて、本当にやるだろうか。

今日やりたかったけどなんだかんだ言ってやらなかった事を次の日もなんだかんだ言ってやらなかったら一生やらないといえるだろう。数学的帰納法から明らかである

やりたかった事がなんだかんだ言ってやらなかった日々に熟成された結果としての「〜したい人生だった」

だとするならば、オタク過去経験から学ぶべきである

一生は短い。言い訳をする前に行動に移したいものだ。

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