はてなキーワード: 政治思想とは
民主主義のために必要な前提条件とは、国民が自由に意見を表明し、政治に参加できることです。また、国家権力が法によって制限され、人権が尊重されることも重要です。
民主主義は古代ギリシャで生まれた政治思想で、多数者の支配を意味します。しかし、その後は衆愚政治や権力の乱用といった問題が起こりました。近代になって、自由主義や社会主義などの思想が民主主義に影響を与えました。
民主主義にはさまざまな形態があります。直接民主制は国民が直接政治に参加する制度です。間接民主制は国民が代表者を選び、その代表者が政治を行う制度です。自由民主主義は個人の自由や市場経済を重視する思想です。社会主義は経済的平等や社会的正義を重視する思想です。
民主主義は世界中で広く受け入れられている政治理念ですが、実際に民主的な国家は少数派です。人口比では3割に過ぎません。民主主義の実現には多くの困難や課題があります。例えば、政治的不安定さや暴力的な紛争、経済的格差や貧困、社会的差別や偏見、教育や情報の不足などです。
民主主義は人間の尊厳や平和を守るための価値ある理念ですが、それを実現するためには国民の意識や行動が必要です。また、国際社会の協力や支援も重要です。民主主義は決して完成したものではなく、常に改善や発展が求められるものです。
自分は彼らの事をあまり評価していないのだが、彼らが大量の信者やファンを獲得出来る理屈は分かる。
例えばひろゆき。彼は2chを立ち上げたという「実績」と、「自分は頭が良いと思い込んでいる、そこまで頭が良くない類の人間」が理解出来る程度の概念を言語化するのが非常に上手い。
また若い世代に嫌われがちな左翼を愚弄するスタイルや若者の意見を代弁する様な「若者の代弁者」的な立ち位置に立とうとしている姿勢は、若い世代特に中高生には受けるのは分かる
暇空は高いアジテーション能力で点と点からある程度の人が納得出来る「物語」を作るのが上手い。この辺りは彼のクリエイターとしての経歴が生きているのだろう。
攻撃的な物言いや仲間を増やさないという姿勢は、アンチも多いのも一定数の信者・支持者が出来るのは分かる。
白饅頭は明確に「弱者男性の味方」という姿勢と立ち位置を崩さない点が強い。弱者男性や予備軍の「報われない感」を慰める物語を提供する新手の宗教家スタイルだが
既存のカルト宗教と比べると、せいぜいnoteの記事購読代金ぐらいしか信者から徴収しないのだから遥かにマシに思える。
また自分はまったく評価出来ないし嫌いだが菅野完という男も、敵視する相手を汚い言葉で糞味噌に罵るやり口は、政治思想・党派性が同じ人間にとっては
「自分達の敵を徹底的に論破する凄い人間」に見えるのだろう。理解は出来ないが一定数の信者を獲得出来る理由・理屈は分かる。
要するにアンチも多いが信者やファンの多い人間というのは、何らかの能力や実績があったり、自分達を支持する層に対してのアプローチが上手かったりと、何らかの「強み」がある。
しかし彼ら彼女らの超絶劣化コピー、Twitterのフォロワー数で言うと数千~2、3万程度のフォロワーを持っている、準アルファアカウントだと、質が一気に低下する。
単純に口が悪いし品が無いから頭も悪そうに見える、言っている事も一皮剥けばどっかのアルファの劣化コピーに過ぎず、能力も実績も無いただのノイジーな一般人達。
多分、大物政治家や大政党の後ろ盾や応援なしに、人気の力だけで東京都知事や衆議院議員になれるほどのポテンシャルを持った人物だぞいまや。
この金の卵をよその政党に囲われる前に自民党は一本釣りしたほうがいいのでは?
血盟団事件で團琢磨を暗殺した菱沼五郎は恩赦で出獄したあと改名し、自民党!から茨城県議会選に出馬し当選。
原発誘致にまで深く関わった茨城の超有力者にまで登り詰めたのだ。
はっきり言って、山上徹也は菱沼五郎と比較にならないほどの超大物だ。
その境遇に涙し同情した熱烈でピュアな応援者やファンがめちゃくちゃいるところが考えられないくらい凄いし、とにかく強い。
1980年代中盤、
さる政治評論家が「たけしが政治家を志したらどうなるか」を雑誌の企画で真面目にシミュレートしたことがあったが、
結果は
『都知事選ならぶっちぎりトップ当選。自民党から衆院選に出れば当選どころか党の思惑で総理大臣すら全然ありえる』。
ちなみに、
人殺しといっても、伊藤博文は幕末の乱世での政治的暗殺だからあれだけど……
黒田清隆のほうはというと、
『俺が帰ってきたというのに出迎えて待っていないとは何事だ!!!』
と怒り狂い、
なんなら自民党は各所に手回して刑期を短くさせて(こういう根回しは大得意だろ)、
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230723/k10014139781000.html
この記事のブコメ、反自民強めの人達は案の定、「自民が2つに増えても意味がない」って論調だけどさぁ、アメリカの民主VS共和みたいな思想が大きく異なる政党による二大政党制なんて、あんなの全然違うこと考えている国民が同じくらいの数いるハイパー分断国家じゃないと無理ゲーでしょ。
当たり前だけど与党になるには国民の一番人気になる必要があって、そのためには大衆から妥当性が高いと思ってもらえる政治思想・政策を打ち出さないといけないわけで、本気で与党になり替わろうと思ったら必然的に今一番支持されている与党に似通った方向性にならざるを得ない。
例えば立憲みたいなマジョリティからしたらトンチキな方向を向いた政党が自民と対等な二大政党になることは、少なくとも今の日本じゃありえないのよ。
(もちろんマイノリティの声を拾い上げるのも政治の役目なので、そういった政党の存在が無価値とは言わないが)
自民一強体制が嫌なら、第二自民党を受け入れるしかないと俺は思うわ。
数年間私を殴り、蹴り、噛みつき、骨を折り、首を絞め、髪を抜き、罵倒した、あのあなたが人の親とは感慨深いものです。
配偶者のAさんに暴力をふるっていませんか? 娘さんにはどうですか?
あなたは、高校生当時にいじめで人を一人、自死に追いやっていたと聞きました。あなたははぐらかしますから、本当のところはわかりません。
しかしあなたは「いじめられる方が悪い」「勝手に死ぬ方が悪い」と言っていましたね。
私も昔少しいじめられた経験があり、見過ごせなかったものですからそれについては苦言を呈しました。
そうしたらあなたは「いじめはいじめられる方が100%悪いんだよ、増田は自分がいじめられっ子だったから受け入れられないだろうけど。そういうところだよ」と言いましたね。
万が一娘さんがいじめられても、あなたは私に言ったことと同じことを言うのでしょうか。
娘さんは今年から小学生ですが、小学生はなんとも馬鹿らしいことで簡単に他人をいじめてしまうことがあります。
まだその行為がいじめだともわからず、それゆえ反省も謝罪もなく、いじめられた側だけが苦しみ続けてしまう可能性も否定できません(当然、そんなことは起きないようにすべきですが)。
そうなってもあなたは娘さんに「おまえが100%悪いんだよ」と言いますか。
あなたに暴力をふるわれた私は、当時完全におかしくなっていました。
あなたに殴られれば殴り返すようになっていましたし、死ねと言われたら自殺を実行しました。恥ずかしながら近隣住民に発見され、未遂で終わりましたが。
その後、誰にも言っていませんがPTSDと診断され、自分で自分の人生を破壊する行為がやめられなかった時期もあります。
絶対にそんなことをしたくないのに、今でもあなたを殺す夢や、あなたに殺される夢を見ます。
一応、私にも産んだ親がいます。当時はお互いに想像もつかなかったでしょうが、私たちは人の子だったのです。
あなたも人の親となった今なら、これらの発言や行為がどのようなものだったのか、どうかわかるようになっていることを信じます。
また、ここ数年のあなたは
・「差別、戦争、原発、死刑は絶対にだめ」ということは言い続けることが大切
・憲法9条を守るべき
・女性議員を増やそう
等々の主張に賛同しているようですね。
あなたは気に入らないことがあれば暴力を使って私を黙らせませんでしたか?
今、人種や性などが理由で差別されている人は、差別される側が100%悪いですか?
そういえばあなたは、「コーラで膣内を洗えば大丈夫なのだから、妊娠を望まない状態で中出しがあっても問題ない」と言っていましたね。
そのような知識・理解でよくもまあ男性もHPVワクチンを接種することに賛同できたものです。
もちろん、私と別離後に知識をつける機会があったのかもしれません。そうであれば喜ばしいことです。
さすがに「コーラで~」という発言は有名大卒のあなたから出たとは思えず、当時驚いてしまったものでした。
「安倍昭恵夫人はいつ逮捕されるのだろうか」という疑問もお持ちのようですね。
逮捕されるべきだと思う人間が野放しになっていることには、当然疑問を持つでしょう。分かります。
あなたは度重なる暴力で警察から厳重注意を受け、私に対する接近禁止令を出されましたよね。
あなたが逮捕されなかったのは、私がその場で通報しなかったからです。もとい、あなたに毎回携帯電話を奪われるか遠くに投げられるかして通報できなかったからです。
当時は今よりDVに関する理解や法整備も進んでいませんでしたし、あなたは運が良かっただけです。
私もあなたに対して「いつ逮捕されるのか」とずっと思っていましたよ。もっとも、報復が恐ろしかったので逮捕されてほしくないとも思っていましたが。
この投稿はNISAを活用している方々に向けて書かれたものである。ただし、その中でも「わたしは新自由主義の信奉者です」という方々は除外する。その人たちに伝えるべきことは何もない。対象としては、NISAを活用しているが新自由主義の跋扈するこの世界と社会に改善すべきところがあるのではないかという疑念を抱いている人たちに向けて書かれたものである。
NISA(ニーサ)とは、個人の資産形成を応援する国の税制優遇制度です。通常の証券総合口座の投資では、株式・投資信託の売却益や配当・分配金に20.315%の税金がかかるのに対し、NISA口座での投資ではそれらの利益に税金がかかりません。
出典: NISA(ニーサ):少額投資非課税制度 | 楽天証券
国家による福祉・公共サービスの縮小(小さな政府、民営化)と、大幅な規制緩和、市場原理主義の重視を特徴とする経済思想。
資本移動を自由化するグローバル資本主義は新自由主義を一国のみならず世界まで広げた ものと言ってよい。
国家による富の再分配を主張する自由主義(英:liberalism、リベラリズム)や社会民主 主義(英:Democratic Socialism)と対立する。
子どもへの性犯罪では、犯人が巧みに被害者の心をつかんで接近する準備行動をいう。幼い子どもの従順さや思春期特有の悩みにつけ込み、被害者と「信頼関係」を結ぶため、周囲も気付かないまま加害行為が長期化することもある。
出典: 性暴力の前に巧みにつけ込む 忍び寄る「グルーミング」:朝日新聞デジタル
NISAとは少額投資非課税制度であり、これは国民に投資を推奨する政府の施策であることは言うまでもない。投資がギャンブルであるか否かといった議論はここではしない。
資産は何もせずに金銭として持っていても目減りするから、別の形(不動産、証券、純金etc)で持っておくことはある種賢い選択であろうから有効と考えられる。ただし、それらの資産は逆に価値が下がるというリスクもあるが、これは政府も広報していて公正な態度だと言える。
ただし、NISAという制度を使って政府は投資という相場に国民たちを参加させたいのだということは再度認識しておくべきだ。
1970年代から始まったこの経済・政治思想は英国ではサッチャリズムと呼ばれ米国ではレーガノミクスやレーガニズムと呼ばれた。日本では中曽根康弘が始め、小泉政権下で顕著に推進された施策だ。
現在の自由主義諸国で新自由主義とグローバリズムが猛威をふるっていることは言う必要がないだろう。しかし新自由主義者たちはまだ足りないのだ。あらゆる世界市民が新自由主義の旗の元にあつまる世界を夢想している。
世界では貧富の差が拡大し、一部の富裕層の持つ資産は下位50%の持つ資産を大きく超えている。新自由主義が富者を肥えさせ貧者をより細らせていることは明白なのに彼らはまだそれを推進しようとしている。宗教のようにその思想を伝道し、経済的ダーウィニズムがこの世界に浸透することを望んでいる。
何故か。
彼らは捕食者であり被食者を求めている。市場に碌な知識もないまま資産をさらけ出す愚か者を求めている。
更に彼らは自分たちの主義主張がこの世界を過酷なものにすることを知っているから、その反対勢力が興隆することを危惧している。経済的弱者が連帯することを恐れている。それなら、まだ敵ではない人々は味方につけてしまえば敵になることはない、そう思っている。だから新自由主義を啓蒙しその成果が分け与えるようなふりをして味方につけてしまおう、洗脳してしまおうと思っている。
そしてNISAはその策謀のひとつだ。少額で始められること、非課税であることなどを呼び水として参入ハードルを低く設定し、投資という行為に忌避感がある層にもこの競争に参加させようとしている。経済的弱肉強食、金銭的適者生存のサバンナに放り込もうとしている。クスリの売人が最初の一服を無料でサービスし、甘言で誘惑して顧客に仕立て上げることを思い出そう。
あなたたちはその被食者になるかも知れないのに夢を描いて自分だけはそうならないと無駄に楽観的な見通しで投資に手を出すことになる。運良く被食者にならずに済み、捕食者となったあなたたちはどうなるのかと言えば新自由主義を支える一員に成り果てる。そう、新自由主義に加担するのだ。
NISAを活用しているけれど新自由主義に疑念を持っている人々はここで矛盾を味わうだろう。個人としてNISAを通して投資を行うことは生活の防衛であり、一市民としてのより賢い選択でしかない、新自由主義を肯定するものではない、と。しかしそのような君たちの個人的な心情をあなたたちが出資した資産は主張しない。あなたたちが預託した資産は新自由主義者に大いに利用されるのだ。あなたたちは彼らに燃料を供給している。兵站を担っていると言っても過言ではない。
「我々は新自由主義の弊害は認識しているし、その改善も必要だと考えている、そして貧者に対しても博愛の情を持っている」と。そして「そのこととうまくNISAを利用することは別だ」と。
別ではないのだよ。あなたたちは別だと思っているかもしれないが、あなたたちの選択は結果的に新自由主義を推進している。正確に言えば、新自由主義を推し進める政府の政策に乗せられて加担させられている。
こんな風に批判されればカッとなって
「家族と生活を守ってより良い生活をしようとすることのどこが悪いのだ」と主張するかも知れない。中には
「新自由主義だって悪いことばかりじゃない、それらの施策によって現実的に世界は豊かになっているというデータもある」などと言い出す者もいるだろう。
あなたたちは新自由主義に対して批判的な気持ちを持っていたかもしれないが、NISAを利用することにより新自由主義に加担させられ、そのことを批判されると新自由主義に対する疑念を打ち消す方向に考えを改めてしまう。己の選択と行動を正当化したいが為に。
性犯罪の被害者が加害者を擁護してしまうのと同じ行動だ。加害者に洗脳されて、自分たちの行為は悪くない、そうなった事情さえある、だからいけないことだとしてもそれほど悪いことではない、加害者さえ弁護してしまう、そんな風に考えるように仕向けられる。
だからNISAというものは投資のリターンを期待させたり、その利益が非課税であるといった甘い言葉で誘惑し、自陣に引き込み加担させ、そして新自由主義を肯定するように洗脳してしまう施策なのだ。取り込まれてしまっている。これをグルーミングと言わずして何と言えばいいのか。経済的、若しくは思想的グルーミングとでも言えばいいのだろうか。
そのような事例は、はてなでも大いに認められる。新自由主義や現代日本の政治にブックマークコメントで批判的な人物でも投資やNISAという話題になればせっせと肯定する。もう手懐けられてしまっている。
「へーそーなんだ、じゃわたし生徒会行くね」とミームで返すのかも知れない。
あなたたちは加害者になろうとしている。新自由主義を支え格差を拡大し経済成長の名の下で環境破壊を推進する加害者の一員になろうとしている。そのことだけは覚えておくべきだ。
俺はNISAなんてやらない。俺は俺の責任として加害者にだけはならないから新自由主義に加担するなんてことはしない。生活者として賢い選択ではないだろうが馬鹿でいい。口座に積立するくらいならその金で安い酒を買う。そんな金さえ無いがな!金持ちにはなれないだろうし貧乏なままだろうが、知ったことか。人間は主義主張というものをそういう生活態度で示すものだ。「新自由主義には反対ですが投資は生活防衛のために行います」みたいな二律背反していても平気でいるような小狡い態度はとらない。狡いってのは卑怯ってことだからな。絶対にNISAなんかやらない。絶対にだ。
畑は違えどイベントの仕事をやっていた事があるだけに、埼玉県のグラビア撮影会の騒動はあまり他人事に思えなかった。
そこそこの規模のイベントが、土壇場で中止。
これが会場側の一方的な都合であれば損害賠償も可能であろうが、あくまでも「会場側の都合だが先に問題を起こしたイベント開催側に原因がある」
というスタンス(に見える)ので、会場側も全力で責任転嫁するだろうし仮に損害賠償請求しても全額は認められないだろう。
こういう場合、大抵は泣き寝入りである。相手が一民間ではなく公営(に近い)というのも大きい。
主催する側もそうだし、イベントに関わるスタッフ、飲食店の損害は計り知れない。
表舞台に立つ出演者の裏には、何十倍もの名も無き関係者がいるのだ。
会社員ならまだしも、大半はフリーランス(自営業)。損害は全て自分ら持ちで泣き寝入り。
主催側も損害を被ってるので気持ちはともかく無いものは出せないのでどうしようも無い。
例の共産党関係者と支持者以外、本当に誰も得していない事件だと思った。
自分は別にグラビアアイドルなる連中に対し好感を抱いている訳では無い。寧ろ忌避感情がある。
人間にステータスがあるとすれば、彼女らは外見にかなりの割合を振っている人達である。
「無能な美人」が一般企業や職場に潜り込んで来た時の事を想像して欲しい。
ポンコツぶりに頭を抱え、注意しても、注意した方が「美人に嫉妬してるw」などと男達には小馬鹿にされ
ポンコツ美人の方が庇われ、こちらが悪者にされる。女同士でも似たような事が起こる。
「外見が良い」というのは男だけでなく女からの好感にも繋がるからだ。
どんなに迷惑をかけられ相手に非があったとしても、「美人に嫉妬する非美人」の構図に見られがち問題。
外見だけの無能な美人は、是非とも外見が物を言う世界に居続けて欲しいのが本音だ。
性を売り物に「出来る」様な人達が、一般の社会に来られる方が困るのだ。
グラビアだのアイドルだの、興味も無いし触れたく無い界隈だが、そういう界隈が無いと困る人間も一定数いるのだ。
それが所謂グラビアアイドルであったり、「美人に嫉妬する非美人」にさせられる一般人なのろう。
どう見ても中年の、若い頃も決して美人サイドにはいなかったであろう人達。
本人達がいくら否定しようが、どう見たって構図は「若く綺麗な美人達に嫉妬して仕事を潰した中年ババア共」である。
共産ガールズ(中年)達は、本気で、嘘偽り無く、嫉妬の気持ちは無かったのかもしれない(寧ろその可能性は普通に高い)。
政治思想に基づき、撮影会が女性性を商売にする悪徳な行為だと、未成年も参加するかもしれない事を本気で危惧し、
嘆いて、イベントの中止に熱意を捧げたのかもしれない。
だとしても、構図としては「美人達の仕事を潰した中年ババア共」である事に変わりは無い。
「嫉妬して」という一文が抜けた所で、事実と結果は変わらないからである。
仮に通行人を鉄パイプで殴った人間がいたとして、何となく気が向いたから殴ったのか、
マスクをしている馬鹿さ加減を分からせてやろうと思い仕方なく鉄パイプで殴打したのか、
動機は違えど「人間を鉄パイプで襲撃した」という事実に変わりは無いので、情状酌量の余地が多少あるのか無いのか、という違いしか無い。
そして今回の場合は、既に被害がアイドル連中以外の多数に渡って発生している為、情状酌量などしている余裕は皆無である。
イベントの仕事の経験があるから思うのかもしれないが、ビジュアルイメージというのは本人・第三者が思っているより重要である。
例えば某Kutoo運動が失敗に終わったのは、「前を向いて腕を組み勇ましく睨みつける女性とハイヒールを履かされ後ろ向きで俯いている」
という、男性との協調では無く対立姿勢を強調してしまったせいで、いつものフェミニズム運動の域を超える事が出来なかった、というのも原因の一つだろう。
逆に某暇空の運動がある程度成功しているのは、「美少女探偵とそれに振り回される美少女助手」という二次元美少女エッセンスを表看板にした事により、
やっている事の過激さ・エグさをある程度緩和しつつライトオタク層を取り込む事にある程度成功したからであると私は考えている。
ビジュアルイメージという観点からすれば、「美人グラビアアイドルの仕事を台無しにした中年女性が笑顔でファイティングポーズをキメている」という、
本人達の意図とは全く関係無く「美人を叩きのめして勝ち誇る中年女性達」というネガティブなスティグマを植え付ける事に見事成功している。
恐らく共産ガールズ(中年)達はそういう意図として受け止められるとは思ってもいなかっただろうし、心外だろう。
けれども完全にビジュアルイメージの展開に失敗してしまった以上、誤解されるのは仕方ない。素直に反省すべきだ。
「ブスが美人や美少女アニメに嫉妬して潰す」「ブスは美人を妬んでいる」なんてのは、男共の差別的な偏見である。
実際には美人だろうが何だろうが「嫌い」「気に食わない」「ムカつく」から叩いているケースが殆どだ。そこに嫉妬は無い。
しかし嫉妬している「様に見える」構図というのも確かにある。今回の共産ガールズ達などはまさにそのものだった。
何故もっとまともな人達を表に出さなかったのか。共産ギャルズ(20代後半~30代)は…正直厳しい。
少しは顔のマシな共産マン達が前に出て「性の商品化に反対します!」とでもやっていれば、まだ多少はマシだったと思う。
けれど事実として、「美人に嫉妬し妨害する不美人達」「女の敵は女」という構図が出来てしまったのだ。
「女の敵は女」などという、男達にとって非常に都合の良い言説を、何故体現してしまったのか。
何故女自身が男達の偏見を助長する様な愚図を自ら描いてしまったのか。
それが非常に解せないし、許し難い。
つい最近中の人バレしたPENLIGHTしかり、SEALDSしかり、小4なりすましサイトしかり、左寄りのアカい人達って
「何の政治思想も無い一般人が立ち上がって政治を変える」という『物語』が大好きだよね。
実際には一般人(活動家、プロ市民)なのに、ちょっと探られればすぐにバレるのに嘘をつく。
堂々とやれば良いと思うのだが、きっと彼ら彼女らも内心後ろめたい事やってるって自覚はあるんだろうな。
自分達が嫌われている、という認識があるから、一般人を装って隠そうとするのだろう。
共産党と強い繋がりがあった人達も、共産党呼ばわりされた事に何故か激怒して無関係装っていたけど、恥じる事が無いのであれば隠す必要無いだろうにと思っていた。
きっとアカい人達は、学生運動の夢物語の続きをしたいのだろう。
あれは現実に「何の政治思想も無い一般人達」が立ち上がった運動だった。それは事実だ。
結局、凄惨は内ゲバと一般人を狙った無差別テロと一般人を狙った凶悪犯罪を起こした事で、アカい奴らはヤバい奴らだと知れ渡ってあっという間に廃れてしまったが。
一般人達は学生運動の末路を多かれ少なかれ知っているから、一般人(活動家)が仕掛ける運動には中々乗らない。
一枚岩だからじゃないからこそ政党発足当初は「テキストデータで処理できるモノの改善」をマニュフェスト策定の中心に据えれば良いと考える
テキストデータと言っても幅は広い、当然ながら数値もそうだし幾何学だって処理が可能だ
代表例として事務処理が誰にでもわかりやすいから公的申請などを挙げているだけ
テキストデータの処理はまさに得意分野だし、ビット的に実数として処理時間が計算可能で誰の提案が優れているのか明確に判別可能な上に、確実に目に見える成果として国民へ還元できるというメリットがある
誰の設計・実装が優秀なのか処理時間・影響効果がわかるので政治思想で歪められる可能性が非常に低いんだよ
むしろ一枚岩でないことが設計・実装提案のバリエーションとして有利に働く
そんなの極限的には手を付けられる部分が無くなるという意見はもちろん理解する
その極限へ達したときIT系左派政党の役目は終わってるだろうし、何ならその思想は自民党や共産党が取り入れているだろうね、そうなることこそがIT系左派政党の最終目標と言えるだろう