はてなキーワード: 授業参観とは
今日は子の学校公開だった。午前中の授業参観と午後からの保護者会のあいだ微妙に時間があいていたので、夫が午前の授業を参観し、その間に私が昼食を作って、夫と入れ違いで午後の保護者会に出ることになった。
自転車を漕いで学校に向かっていると、大声で私の名前を呼ぶ夫の声が聞こえた。参観を終えて学校から帰る夫が、大通りの反対側から私を呼んだのだ。
夫は、なんというか、普段、私に対して優しく接することがほとんどない。滅多に目も合わせないし、基本的に不機嫌。もう何年も夫婦関係はなく、私のことが鬱陶しい存在なのだろう。私は夫の機嫌を損ねて自分がすり減らないよう、常に気をつけて生活している。結婚して10年以上経った夫婦なんて、どこもこんな感じなんだろうか。
だからまず、名前を呼ばれたことに一瞬驚いた。さいきん名前を呼ばれたのが何年前か思い出せない。
子の授業態度が悪かったかなにかで私に不満を訴えるために怒鳴っているのかもしれないと考えた。怒りの沸点が低い夫にはそういうところがある。そうなると、さりげなくたてたり、なだめたりして夫の気持ちを落ち着かせるのが私の役目だ。
やれやれ…と、自転車をとめて通りの向こうへ顔をあげると、柔らかい表情の夫が、私に手をふっていた。
なんだか拍子抜けしてしまった。
妻子を送り出して玄関の掃き掃除、資源ごみのゴミ出し、換気扇の掃除。
スーパーに買い出し。夕食用のカレーの材料と昼飯用のカット野菜、豚こま。
周りの子に見られて息子の顔が真っ赤になってる。
国語の授業で題材は俳句。息子は1回も手を挙げることなく、無言でじっとしてる。
途中で抜けて娘のクラスを覗く。
こっちも国語の授業。題材は辞書の使い方。正直あまり面白くない。
終わって三人で家に帰る。
子どもが二人とも眼科検診で視力が悪かったため、イオンモールの眼科に行く。
Zoffで息子はレンズ交換、娘は眼鏡新調。1時間後に出来上がり。
息子のメガネはレンズ交換期間が過ぎてたけど、無料交換で案内してしまったとのこと。
休みだけど、休んだ気になれない。
少し前に車椅子女性の話題で盛り上がっていたときに思い出した。
小学生時代、ある同級生の母親は、彼女の夫が押す車椅子に乗って運動会やら授業参観やらの行事を観に来ていた。周りの保護者より少し若く見える、痩せた、色の白いお母さんだった。
その同級生は子供のくせにそこはかとなく辛気臭いオーラを纏っていて、暗くて友達もいないのに一人で何か喋ってニヤニヤしているようなやつだった。当たり前にずっといじめられていた。仮にOとする。
Oは児童養護施設から通ってきているのに、学校行事にはいつも両親が揃って参加していた。休日には家族揃ってスーパーで買い物する姿を度々見かけた。
母親の病気のこととか何か事情があって家族で暮らせないのだろう、と今ならば想像するに難くないけど、施設育ち=親がいないという認識の当時のわたしたちの目には、別に居を構えながらも仲がよさそうなO一家の姿は異様なものとして映った。
ひどい話だけど、Oだけでなく家族ごと、クラスメイトから、いや学年中から差別されていた。気がする。
例のごとく車椅子でグラウンドにやってきて運動会を観覧し、教室に戻って昼食をとる際、土のついたタイヤのまま校舎に乗り込むO夫婦の姿を、わたしたちは冷ややかな目で見た。ちゃんと入り口にそれ用のマットが敷いてあって、踏んできているにもかかわらず。
小学校高学年、思春期にさしかかり不安定な心身をもてあまし、わけのわからない苛立ちやさみしさをお互いに悟られまいと取り繕っていた。障害とか施設育ちとかの事情を抱え、差別されながらも健気に生きているO一家の姿はいじらしく、尖った心を持ち寄るわたしたちの格好の的だった。
ある土曜日の午後、市の陸上大会に向けての練習があった。全員参加ではなく有志の集まりだったので、普段教室であまり喋らないタイプの子とも仲良くなれて、楽しい。
練習が終わって、わたしたちは麦茶を飲みながらずっと喋っていた。日焼けするからと木陰のところに集まって、実はあの子のことが嫌いとか好きとかキャアキャア叫びながら喋った。
ふと話が途切れ、もうそろそろ帰る?という雰囲気になったところで、一人が「そいえばさー」と口を開いた。
「そういえばさ、どうでもいいんだけど、こないだイオン行ったらOがまた家族でいたんだよ。
でねぇ、これマジだよ?…Oのお母さんが、歩いてた」
わたしたちは、爆笑した。ゲラゲラ笑った。全員で涙を流して、息も絶え絶え転げ回って笑った。
おかしかった。いつも白い顔をして、旦那に車椅子を押されているお母さん。そんなお母さんが自立して歩いているなんて、突飛で、シュールでナンセンスだった。前衛的な発想のようだった。
おかしい以上に、気持ちよかった。言ってはいけない、笑ってはいけないことなのはみんな分かっていた。
広い校庭にわたしたちしかいなくて、おかしいことなんて何もないのに馬鹿笑いして、すっごく悪いこと言ってるのに誰にも迷惑をかけていないから咎められなくて、こんなひどいわたしたちを誰か止めてほしいのに、芝生の上に転がったままどこへでも行けそうな、行ってしまいそうな気がして、怖いけど楽しくて、無敵だった。
曇ってるけど日射しは強くて湿った風が吹いていて、みんな同じ日焼け止めの匂いがしていた。ひざの裏側に芝生が刺さってチクチクしたけど、手で払うとさらりと落ちた。気持ちよかった。
家に帰り、キッチンに立つ母にOのお母さん歩いてんだってーと言うと、「Oさんの奥さんは脚が悪いんじゃなくて病気で体力がないから車椅子なんでしょ。何言ってんの」と返ってきた。つとめて不愛想な母の声になんでか安心したのだった。
数年後Oのお母さんは亡くなったと聞いた。
陸上練習のときのメンバーは、中学に入って少しヤンキー風味になったけど、成人後に同窓会をしたときにはごく普通のかわいいお嬢さんの姿だった。今ではほとんどの子が結婚して親になって、忙しく過ごしていることと思う。
Oが大人になった姿はどうしても想像できない。どんな暮らしをしているんだろうか。
校庭でひどいことを言って笑い転げて、誰か止めてほしいと思った。
その後の人生で、ちゃんと止めてもらえたと思う。元々優しい気持ちの子もたくさんいるけど、意地悪だったわたしたちも、失敗して傷ついて、自分のことが嫌になってもそれでも生きていくという選択をしたとき、他人に寛容になろうと努めて、その習慣が体に馴染んだと思っている。
何の罪もないO一家に冷たい目線を向けて嘲笑っていたことを思い出すとき、ひどかったなと思う気持ちは本当なのだけど、あの陸上練習後のお喋りの時間には青春フィルターがかかっていて、思い出すとキュンとする。
キュンとしたあと、でもやっぱり酷すぎるよねと心の中でつぶやいて、少し許されたような気持ちで回想を終えている。
私の母は、本能のままに生きている。
考えることと、我慢することが苦手。思ったことはすぐに口に出す。
私が子どもの頃、授業参観に来た母は同級生の男子ばかり見ていた。○○君がかっこいい。授業の感想はそれだけ。
当時私は学年一のワルに好かれて、毎日送られてくる下ネタメールに辟易としながら神経をすり減らす日々を送っていたが、母は変わらずいい子いないの?彼氏欲しくないの?と言っていた。早く孫がほしいとも言っていた。もし赤ちゃんができてもお母さんが育ててあげるから、なんて言っていた。
ある日、私が居間でくつろいでいると、母がドタバタと帰ってきて、「聞いて聞いてー!外で野良猫がエッチしてたー!!」と興奮気味に話してきた。野良猫の交尾に、この人は何をそんなに興奮しているのだろうと冷静に思ったのが半分、あとはとにかく気持ち悪いという生理的嫌悪感。
それは高校以後も続く。
高校で学年一のワルに好かれて取り巻きと共に囲まれ神経をすり減らす日々を送るなか、母は変わらず授業参観が終わると○○君がかっこいい。あのかっこいい子は誰?とニヤニヤ顔でそんな話をした。
恋バナがしたいー!なんて言われたが、すでに母に対して積もり積もった生理的嫌悪感があったため、好きな人ができても隠し通した。
中学生の従妹に彼氏ができたと聞いた時、母はニヤニヤ顔で「高校生になったら、一線超えちゃうよね~」なんて言っていた。
母が気持ち悪い。すぐに性的なことに結び付け、それを顔にも口にも出す母が気持ち悪い。
どうやって?
無理。どうせバレる。
面倒くさい。
じゃあ、いらない。
好きな人ができた時は、好きな人と付き合いたい欲>母に対する気持ち悪さ
となるけれど、好きな気持ちが小さくなった時、突然気持ち悪さが勝って、そして消える。
まして、好きな人もいない状態で彼氏を欲しいと思うことは、まずない。
正直母の精神年齢はとても低いと思う。私はそんな母の精神年齢を大きく上回り、なんとも思わない境地にいかなくてはいけない。
だけどまだ到達できない。
母は自分のことを「普通」と思っており、私のことを「変わっている」と思っている。
変わっているから、彼氏もつくらないし結婚もしないんだ。早く孫が見たかったのに、思い通りにならない。
こんな風に書いたけど、私は母のことが好きだ。
愛情をもって接してくれる母のことが好きだ。
放っておいてほしい。干渉しないでほしい。私が恋愛しようと、性的な関係を持とうと、ニヤニヤ顔でニヤニヤ声で詮索しないでほしい。
午前中は、授業参観ってなことで、見学した。カメラで撮影しようと思ったけど、日の光の加減でプレビュー画面がみえない。適当に被写体にカメラをむけてシャッターを押した。
しんどい。職場に到着したら10時前。劣決定問題をなんとかして情報抽出したよって言うんで、ちょっと目を通してみたら、なんだか聞いたこともないような関数でてきて、まいった。
リンゴとかみかんとかそういうので劣問題の例ないかな?そう思って、ググったら全然みつからない。しかたないので、ハードディスクの中で探索したら昔勉強したスライドがみつかった。
事前情報 先験情報,prior informationってのがもちろんあるはずで、なんにもないのに劣問題とこうとするのは、アホだ。汎用性のある事前情報なんてなくて、個別の問題に応じて
事前○○は異なるんだろ。特殊事情ってのがあるんだろう。それを文章よんで理解する必要ある。事前○○に関してあの問題とわれわれの問題の間に共通性があれば、えるものがある。
そうでない場合は、ああそうですか?そちら方面ではそうなんですよね。ってことになる。そこでおわり。時間のある時にみてみますか
アイドリッシュセブン(アイナナ)を知って今日でちょうど100日経った。
我ながらもの凄いハマりようなので、心が荒んだおっさんにこそアイナナを薦めたい。
アイナナは女の子向けのコンテンツとして男が疎外してしまうのは、非常にもったいない。
だから、主にこの文章はおっさん、そして特に子持ちのおっさんに向けて書くものになる。
何を書けばよいのか全然まとまらないうちに書きはじめたし、そこそこ酔っていることもあり収拾が付かない可能性が高い。先に謝っておく。
まずは簡単に自己紹介をしておこう。私は30代の2男1女の子どもを持つマネージャー(アイナナファンの通称)だ。
アイナナの存在を知り、メインストーリを6部まですべて読んだ後、アニメを3期(53話)最後までみて、ムビナナ(先日千秋楽を迎えたアイナナの映画『劇場版アイドリッシュセブン LIVE 4bit BEYOND THE PERiOD』)に8回通った。アイナナを知ってから全部一ヵ月以内のことである。
もちろん仕事はフルタイムだし、土日は家族サービスDayである。なにか狂気的なもの感じるかもしれないが気のせいだ。大したことはない。ムビナナに関してはもっと行っておくべきだったと反省すらしている。
仕事関係者も見ているTwitter一ヵ月アイナナのことしかツイートしないなど大事故を起こしたのも懐かしい。(今はアカウントわけたよ)
そんな私がなぜアイナナになぜハマったのかを説明する前に、何故アイナナを知ったのか。まずはそこから説明させていただきたい。
今まで私は重課金されるようなゲームを触ったこともなく、重課金税の気持ちがわからないでいた。いわゆる落とし切りのゲームしか知らなかったのである。
このままだとなんだかビジネス的にもエンタメ的にも機会損失しているような気がしていたので、何かしらやってみたいとは前々から思っていた。
「ウマ娘は競馬のことよくわらかんし、とりあえずアイマスは聞いたことがあるからアイマスやってみるか」とアイマスをAppStoreで調べはしたが、アプリが複数出てき、そこで挫折した。まさにおっさん。
若いころはOSのアップデートなんて嬉々としてやっていたが、年を取った今、OSのアップデートなんて恐怖の対象になってしまうようなお年頃なのだから仕方がない。
身近にアイマスのことを聞けば教えてくれる知人は数人思いつくものの、そこまでする必要はないと思い続けてきたからこそ、今まで手を付けられなかったともいえる。
ちょうどそのタイミングで知人同士(この先輩マネの存在がものすごく大きかった)がアイナナの話で盛り上がっていた。「じゃあアイナナにしてみるか」とアイナナを調べたらアプリが一つしか出てこなかった。
さあこれで第一の難関である「インストール」をクリアしたわけだ。
インストールしたはよい。何をやればよいのか。やたらとメニューがあるぞ!これは冷静に考えれば当たり前で、当時は知らなかったがアイナナは8年前にリリースされたアプリだ。
そこで先輩マネージャ達が「とりあえずストーリーをやれ。ただし〇部の前にこのサイドストーリを読め」と初心者が陥りがちな罠をあらかじめ封じてくださったのである。(アイナナはストーリー+音ゲーで構成されているゲーム)
もうここまでお膳立てされたなら走るしかない、見つけ出したチャンス絶対逃せない!
ゲームシステムの解説だったり、各種グッズ関連(代行注文してもらったり映画の半券を譲ってもらったり)、過去イベントの解説をしてもらったり、過去の8年間と今をつなぐようなフォローをいまだにして頂いている。
つまり、よき先輩マネがいたことがとても大きかった。これは私の最大の奇跡だったといってよいかもしれない。その二人の存在がなければ私はアイナナを知ることすらなかったし、知っていたとしても挫折していたに違いない。
ストーリーは無料で最後までフルボイスで読めるので、ぜひお時間がある人には読んで頂きたい。最悪、相性が悪くても溶けるのは自分の時間だけである。推し活につながるかもしれない期待値に比べればたかが知れている。
掻い摘んで言ってしまうと、16人のアイドルが自分の過去を乗り越えたり、芸能界の荒波に揉まれながら成長し輝いてく物語である。
ストーリが完璧にできているかというと必ずしもそうとは言えないのだが、16人のアイドルが個性的で実に良いのである。
「16人?多すぎじゃね」と思ったそこのあなた。そう、最初は多く感じる。私もそうだった。名前すら覚えられなかった。しかし、それを乗り越えるための仕掛けが名前や音楽記号(キャラクター毎に音楽記号が割り当てられている)等にちりばめられている。しかも声優の仕事が良いことも相まって自然と覚えることができる。おっさんでも覚えられる。心配しなくてよい。ポケモンに比べれば全然少ない。昭和生まれのおっさんでも151匹程度は覚えただろ?
1/10だ。
メインとなる16人のアイドルは年齢で言えば高校生~20代前半というのも良い。数年後の自分の息子達と重ねてしまうし、新卒で入社してくる子たちと大差ない。
つまりストーリーを読むということは子どもたちや新卒の子たちのプライベートを見守るのと同義で、荒波に揉まれ、過去の自分と対峙している姿をみれば「頑張れ!」と応援してしまうのは必然なのだ。
そして、彼らには我々おっさんが仕事で目にする人間の汚さというものが全くない。清いのである。清すぎて尊いと言っても良い。メンバー同士で喧嘩していても名言が出てきてしまうくらいに相思相愛な彼らだ。自分の子どもにもこんなに思いあえる仲間ができてほしいと思ってしまうくらいだ。
そうなると、もう彼らは自分の子どもと見分けがつかないくらいに愛おしく感じてしまうのは時間の問題で、かくして私には新しく16人の息子ができたのである。きっとあなたにもできる16人の息子。
さぁ、そんな各アイドルのキャラクターも良いのだが、極めつけがムビナナだ。先日千秋楽を迎えたが、まだ上映している劇場はあるらしい。
あの映画の完成度はおかしい。狂気と言ってよい。千秋楽を迎えた後の今いうべきことではないかもしれないが、絶対に大画面で見るべきだし、欲を言えばドルビーシネマで見てほしい。
映画といってもストーリーなんてほとんどない。16人が歌って踊って合間にちょっとMCをはさみながら、ひたすらライブとして彼らがアイドルをしている姿を観る映画だ。後述するが20~30回程度見てからが本番であとは観れば観るほど寿命が延びるようなシステムだ。
子持ちのおっさんなら子どもの授業参観というイベントには参加したことがあるだろう。こんな友達とこんな環境で勉強をしているのかと色々な発見があって楽しいイベントだ。
では、もし自分の子どもが仕事をはじめたとして、仕事参観ができるとしたら?本当にしっかり仕事できてるの?お前の能力は発揮できてる?授業参観とは比にならないくらい色々と見てしまうはずだ。いろいろと思うところもあるだろう。でも現実的ではないんだよなぁ。
しかし!!!それを実現しているのがムビナナだ。おわかりか。子どもたちが目の前で仕事をしているんだよ。それも、とてつもなく素晴らしい仕事を。凄い演出と音楽と舞台とで。そうなると自分の子どもを引き立ててくれるすべての関係者に感謝を覚えるようになり、それが生きとし生けるものすべてに感謝できるだけでなく、それが存在するこの宇宙に感謝。そして、それらを育んできた過去の全ての出来事に感謝できるようになる。つまりムビナナを見るということはアルファからオメガまで感謝できるようになるということだ。
故に全てのストレスから解放される。だから寿命が延びる。ムビナナおよびアイナナは決して沼なんかではなく名湯であるとここに明記しておこう。
話を戻す。
ムビナナは狂気と言った。どこまでこだわればこんな作品ができるのかいまだに理解できない。
「個性的な16人」と前述したが、立ち絵のストーリしか見てないのに、ダンスの動きを見るだけで誰のダンスか見分けることができるほどの個性であることをあなたはまだ知らない。
意味が分からないかもしれない。だがストーリーを読み切った人に「ダンスで一番動きが大きそうなキャラは?」と聞くと多くの人は三月と答えるだろうし「ステージから客席に手を振るときに両手で振ってるのは?」と聞けば環と答えるだろう。
ストーリーにダンスの描写なんてほとんどないにもかかわらず各キャラクターの「らしさ」がストーリーにはふんだんに埋め込まれている。それをとことん回収していくのがムビナナなのである。モーションつくったソリッドキューブの仕事がマジ凄い。
それを16人やってのけている。驚異的なことだ。あなたは思ったかもしれない「だったら16回見れば良いの?」と。全然違う。違うんだよ。素人は黙っとれ。
私のムビナナの初回の感想は「目が足りない」だった。アイナナだけでも独立する眼球が最低でも7つはないと全く追うことができないなと。
彼ら自身も十分に魅力的ではあるのだが、同時に彼らの「関係性」もまた美しく尊いのだ。
つまりムビナナを楽しむためには人類を超越した何かにならないとならない。
しかしそれは叶わない。何かをササゲても叶わない。だから数をこなすしかないのである。
故に20回くらいは普通に超えてしまうものなのである。むしろ20回を超えたあたりから、ようやく2つの眼球で見るスタート地点に立ったといってもよく、そこからが本来のムビナナを楽しめるといっても差し支えない。そこ、脳筋とかいうな。
ムビナナに通っていると、自分の精神状態を大きく二つに分類することができるようになる。「ムビナナを見ている自分」と「ムビナナを見ていない自分」だ。
ムビナナを見ている自分は大体「尊い」の感情に支配されている。そして見ていないときは「ムビナナが見たい」という思いに支配されている。
それに気が付いた私は思った。「あ、自分って単純」と。そう思えると、今の自分の悩みなんて大したことはないんだと、ムビナナのおかげで気が付けるようになる。
だが、寿命が延びるなら治療する必要はあるまい。むしろ大いに歓迎されるべきではないか。公衆衛生の観点から言えば、ムビナナ鑑賞券は国民皆保険制度の適応対象とすべきだろう。厚生労働省は仕事しろ。
言いはぐっていたが、実はアイナナは音楽もよい。すごくよい。ランティスだ。何十回だって、何万回だって聞ける。
楽曲提供は小室哲哉やヒャダインもいるし、先月の新曲はANCHOR、今月は浅倉大介だった。つまりマネージャがお金を落とすサイクルを確立しているコンテンツなので、楽曲にも力が入れられる強者の運用をできるのがアイナナだ。
故にストーリーなしで曲だけ聞いても楽しめる。全方向からのアプローチを受け止めらるアイナナ凄い。あやかりたい。
このように楽曲にも恵まれ、8年という時間も相まって100曲以上の楽曲をリリースしてきたという実績がアイナナなのである。
書きたいことの5%も書いてないし、終始取り留めない文章になってしまったが、時間も時間なのでこのあたりで勘弁してやる。いえ、勘弁してください。
何か思うところがあったらアイドリッシュセブンをぜひインストールしていただきたい。掴み取れば明日は何色にも変わることをおっさん達に知ってほしい。
晩婚化が進んでいる(正確には10代~20代前半と30前後の2極化+40前の結婚増)とはいえ、子育て考えたら
30までに結婚して子供産んで、小学生卒業が40前半、大学入学が50前ってのが、現実的な人生設計よなあ。(二人目以降考えるなら+2歳~5歳)
子供要らない人はまた別。そういう人が増えて晩婚化が進んでいるともいえるのかもしれない
28歳男。最近職場で母が怖かった話を笑い話程度にしたら思ったより引かれて毒親育ちらしいことに思い至った。
その時同僚と話したエピソードは「母が突然怒り出して三者面談に来なくて担任と二者面談をした」「反復練習が良いと聞いた母に終わった宿題を全部消しゴムで消された」の2つ。俺的にはあんまり他の人がしてないおもしろ体験を話したつもりだった。でも聞いた人たちは引いてたし、増田さんってもしかして毒親育ち?と聞かれもした。
こう言われてから初めて俺は毒親育ちではなかろうかとちゃんと向き合って調べてみた。自分の家庭環境なんて人と比べることがないから今まで気付けなかったけど、どうもそうみたいだ。
俺が9歳から18歳までの間、母と2人で暮らしていた。父は単身赴任で月に1回帰ってくるかどうかで帰ってきても会話はほとんどしなかった。
とにかくメンタルが不安定な母だった。そして他人とよく喧嘩していた。俺の小学生時代、授業参観か何かのイベントで男子児童(友達ではない)をなぜか詰めてその子泣きながら家に帰った事件があった。結局俺は何も知らされなかったけどその後親同士で何か話し合いをしていた。他にも近所トラブルや何やらかんやら。母は孤独な人だった。
母からよく無視されていた。2人暮らしの家で1週間も無視されるのはたまったものではない。小さい頃は泣きながら謝り続けていたが、中学生くらいになると機嫌を取ろうとニコニコしながら話しかけていたように記憶している。謝ろうが話しかけようが全部無視だったけど。そして母はある日突然普段通り話してくれるようになる。母が無視モードに入っているかどうかを確認するために、朝起きて「おはよう」の挨拶が返ってくるか、学校から帰った時の「ただいま」が返ってくるか、をビクビクしながら毎日笑顔で確認していた。この挨拶が返ってこない時は絶望だった。なお無視中でも一方的に凄まれることはあった。結局なぜ頻繁に無視されていたのかは分からない。
ただ、無視中でも、異常に不機嫌ではあるがご飯は作ってくれていた。皿を投げるように扱ったり、「私は召使いか」と凄んできた、大きな物音を立てられたりされながらも食卓を毎日一緒に囲んだ。俺は2人での食卓から逃げられなかった。逃げると余計酷い目にあうから。逃げてもまた狭い家の中で顔を合わせる事になるから耐えるしかなかった。
母は料理について頻繁に「なんで私だけこんなことしなきゃいけないのか」「私は女中か」と俺に言っていた。そこまで料理が嫌だと言うなら、と思い俺が料理をしようとした時もあったのだがキッチンに入った時点で凄まれた。何も解決できなかった。
大したことは無いのだが、よく分からないサプリメントや水素水なんかも無理やり飲まされ続けた。拒否権はもちろん無い。1度水素水に意味が無いことをやんわり伝えてみたのだが激怒されて終わった。受験期によく分からない波の音のCDを毎日20分聴かされたり、塩を撒かれたり、毎晩寝る前にご先祖さまへの感謝を述べなければなかったりもした。まあこれらは無で従えばいいだけだったから辛さはあんまり無かった。
勉強については度々怒られた。俺の成績が悪いことについて、勉強してる最中に1時間怒られることはよくあった。なんなら勉強中に勉強しろと怒られ続けたこともあった。これは母が酒を飲み始めた22時以降によくあった。このおかげで22時くらいに寝るようになったのだが、今度は寝てる最中もお構いなく叩き起して怒ってくるようになってしまった。俺は辛すぎて天井を見ながら無言で泣いていた。怒られている時はずっと無言で泣いていた。言い返すことなど許されなかった。「こんな成績で恥ずかしいとは思わないのか」ということをよく言われていた。
いちばん辛かったのは無視だが、度々「子育てに失敗した」と母から言われるのも辛かった。あれは自分自身への苛立ちを俺にぶつけていたのだろうか。俺に完璧な人間になってほしかったのか。俺が東大に入る成績だったら母は優しかったのか。
小さい頃から母に「人の顔色を伺うな」と怒られていた。今も人の顔色を伺う癖は抜けていない。怒ってる人や不平そうな人に擦り寄ってしまう。だからメンタルおかしな人に好かれがち。メンヘラに寄りかからせてしまう。母とももしかすると共依存になっていたのかもしれない。
ちなみに父親は俺のことがあまり好きではなかった。俺は9歳からオタクだったんだが、12際の頃に父から「オタクは社会に不必要。オタクは死んだ方がいい」と言われてからずっと距離を取っている。
実家にいた頃、とにかく自由が欲しかった。自分の意思で行動したかった。逃げたところでどう考えても結局母と2人の家に連れ返されるのは見えていた。
幸いにも父の稼ぎが良かったから大学で母から離れ東京に出てこれた。東京で念願の一人暮らしだ。一人暮らし中も母からネトストされて激怒の連絡が来るとかあったけど、今は3年か4年に1回くらいしか帰ってない。そして母からの連絡は全て無視している。
ご飯も食べられたし殴られていた訳でもないしお金もあったし教育も十分受けられた。虐待されていたわけではない。なんなら恵まれた環境だったと思っている。贅沢と言えるような環境だったのにも関わらず毒親育ちを自称するのは被害者面して気持ちよくなっているということなんじゃないか、こう思い今まで目を逸らし続けていたのかもしれない。ここでも人の顔色を気にしている。自分が辛ければ辛いでいいのか。
結婚願望はある。俺は辛くない家庭を築きたい。しかし孤独以外の家庭を知らない。父親がいる家庭を知らない。
家族ってなんだろうね。
「職業に貴賤はないし、他人がやってる分には別に気にしない」というものは沢山存在する。
それは他人と他人が共存するのが社会だからであり、そこには他人のやることを一定以上許容しましょうというある種の社会的合意が存在する筈だからだ。一定レベルまでは。
ただ、家族はやや異なる。「自分ではない別個の人間」という意味では他人だが、親は子が未成年である間は育てる義務があるし、成人後も親族が死ねば相続だの扶養義務だのがどうしても発生してしまう。そういう意味で「無関係な人間」とは言えない。
AV女優になるのは他人のことなら好きにすればいいが、自分の家族なら嫌だ。この間の差は一体なんなのか?
もちろんそんなものに答えはない。で、色々思考実験してみたときに辿り着いたのがタイトルの問いである。
こう、授業参観みたいなのを想像してみてほしい。あの逆バージョン。自分の仕事の様子を親が別の場所でじっと見ている。そういう状況になったとき、胸を張って「これが私の仕事だ」と言えるかどうか……というのは、一つの線引きにはなるんじゃないかなーと。
たとえば、エロイラストを書く仕事があったとして、エロ漫画が好きな親とかだったら「いい漫画書いてるじゃねえか」って会話になることもあるかもしれないし、絶縁されることもあるかもしれない。それは絵があるからだな。「巧い絵だ」ってことで許されるかもしれない。
ただ、セックス産業に関しては、AV女優の方も風俗業の人も、親の前でセックスできるかっていうのは結構厳しいものがあるんじゃねえかなとは思う。
良いキャリアウーマンでボランティアにも熱心、ママさんコーラスクラブに入ったりもし、たまには教会にも行き交通遺児基金を支援したりする
しかし異常に根に持つ性格であり、暴力をチクった娘に秘密で、娘署名を偽造して娘に生命保険を掛けた(ひとまず古い契約2件発見)
そのためか、娘の授業参観に来ることはなかった
金が生きがいなのか、長期間にわたるしつこさ
民事でやれって、どうすんのこれ?
一応今も仲良くしてるものの、女親2人っていうのがしんどくて家を出た。ビアンって言えとか主張は各々あるだろうけど、ここではレズって書く。
登場人物は
レズカップルの家庭って言うと「お母さん2人だね」っていい話し風になるんやけど、提供者の精液をスポイトでぶち込むみたいな方法で親1の腹から生まれたので、自分の感覚としては母親+同居してる女の人って感じになる
結局は産んだ方と接する機会が多いし、「母親が2人ですよ」って言われても意外とピンとこなくて、同じように甘えたりはできない。かといってもう1人からは父性みたいなのも感じないから父親代わりじゃないな、みたいな?
家族ってある程度は本能で理解するのであって、理屈じゃないんだなと保育園くらいから思っていた。
うちはレズカップル公表する系の親で、周りもあんま触れんとこみたいな感じで特に問題なく幼少期は過ごした。小学校3年生くらいまでは親2も歳の離れた姉みたいなものだと思えたし、割とみんなで上手くやってたと思う。
でも雲行き怪しくなってきたというか、嫌だなと思い始めてきたのがその少しあとだった。
私の通ってた学校にはクラスメイトの親たちが朝の時間におすすめの本を紹介して読み聞かせをする企画があったんだけど、親2がそこで大人が読む用の虹色系の本を紹介した。
それだけならまだ良かったのに、あげくに誰にも聞かれてもないのに、私がどうやって誕生したのかみたいなことを赤裸々に話し始めたのである。「精子はデリケートだから親1の胸の谷間に挟んで持って帰りました」とかエピソードトークを挟んで。小学校やぞ
これが私はとにかく嫌だった。恥ずかしさのほかに、そもそも親2は出産は無関係だったわけだし、親1と私と精子提供者の男(レズコミュニティの友達の知り合いかなんか)の間のことで、お前は関係ないだろという変な怒りもあった。
親2はアクティブで話が上手くて楽しい人だったけど何かと自己顕示欲強めのレズで、Twitterで同性愛ご意見番みたいなアカウントやってて、フォロワー数千人いるのを最近偶然知った。そのプロフィールに元〇〇(国名)在住って書いてあったけど、それは嘘だ。親2は修学旅行で1回海外に行った話をリアルでも擦り続けてるので、見栄を張りたい気持ちが強すぎる。
話は戻って、親2が教室でやったことは今思えば完全アウトのセクハラの域だったと思う。
だけど何言っても差別になりそうだからか、誰かの親がクレーム出すと思ったら驚くほど無風だった。クラスメイトにからかわれたりとかもなかったけど、あの時本当は誰かに親2を叱って欲しかった。
すっかり学校で腫れ物になった親2は、その後も学校の図書館に虹色系の本を多量に置こうと働きかけ、PTA便りに同性愛カミングアウト怪文書を載せるなどしていた。
あと、親1と学校行事に2人で来て人目も憚らずにイチャついてみたり、「着飾った他のノンケママとは違うのよ」感出したかったのか、授業参観にすっぴんショーパンキャミサンダルで来てみたりとかの奇行も続いた。さすがに児相に通報されたり学校に親が呼び出されたりするレベルじゃないけど、子供からしたら本当に恥ずかしい。
私の学校生活が全部親たちの幸せを審査するのオーディション会場に見えてるみたいだった。
「こんなに理想的な家庭!ナチュラルな私たち!子供達に新しい選択肢を見せてる!」っていう自己陶酔とPRというか。歳が行ってからの子供だったから、その時点でどちらも他の母親より若くはなかったし、女親2人っていう特殊条件の子育てに自信がなかったのかなと思うとかわいそうではあるものの、巻き込まれたこっちはたまったものじゃない。お父さんとお母さんが良かった!とはまた別の感情で、「普通が良かった」とずっと思ってた。
そして親2が男性嫌悪も強めで、男子と仲良くするとあからさまに嫌な顔をしたり、昼休みに男子と外で遊べないようなタイトなスカートを履かせようとしたりするのも当時は悲しかった。小学校時代はスポーツが好きで男子の友達も多かったのに、『運動ができて男女問わず友達がたくさんいる子』よりも、どちらかというと『賢い女友達に囲まれた賢い子』とか『女子を引っ張る強い女』みたいな立場を求められていたんだと思う。
別にお母さんとお父さんのいる家庭でも片親でも、ゲイカップルの子供でも、どの家庭にも多少はあることだろうけど、私はとにかく親2の顔色ばかり伺ってた時期が長くて、影響受けすぎて中学では本気で男嫌いになり、男の先生とかの前だと緊張しすぎて緘黙みたいになっちゃった時もあった。
当時はあまりにも男と話せないから、自分もレズなのかなと思ってた。今は無事に男嫌いが寛解してノンケとして生きてる。彼氏がいることは2人には言えてない。
親も別に私をレズとかバイにしたかったわけでもないと思いたいんだけど(親のコミュニティを見る限りレズとバイは後天的な人も多い)、「自分たちみたいに幸せになってほしい!」みたいな感覚が強かったんじゃないかなと思う。
母数が少ないだけであって私みたいに同性愛者の親の無理解に困ってた子供もいるわけだから、ノンケ親だけを「同性愛に無理解だ」って責めるのも意地が悪い気がする。
うちの親見てる限り、結局自分と違う恋愛趣向とか家族の形を理解できないのはお互い様というか、想像力の限界というか、いくら口では多様性を説いても、経験したものでその人の人生が構築されてるわけだし。
話逸れたけど、そういう学生時代を過ごしてグレはしなかったものの親2への不信感とか、親1の親2への依存とかを見てるのがキツくなってきて、数年前に家を出た。親1は子供に対しても依存心が強くてメンヘラなので説得しきれず、家出まではいかないまでも結構無理やり引越した。
親2のTwitterを見ると私は、早くに自立した最高の娘!一流企業に内定!英才教育でバイリンガル!みたいな扱いになっていて笑えた。近所でも「娘は海外留学した」とか触れ回ってるらしい。実際は職場は早く家出たくて選んだブラックだし、日本語しか喋れませんが。
結局、親2にとっては人生を彩るアクセサリーの1つとして子供欲しかったのかも。好きなところも楽しい時間もあったし、そういう側面だけじゃないのは分かってるけど、どうしても『親じゃない』という気持ちがある。
親1のことは母親だと思ってるけど、いかんせん親2と私にLINEして1時間返事がないと情緒不安定になって仕事を早退して鬼電してくる厄介メンヘラでもあったので、親2を繋ぎ止めるための道具の1つが子供だったのかな、と思わないでもない。
なんでこんな「そんなのノンケ親にもいるだろ!」って突っ込まれるであろう話を長々と書いたかというと、私の親をよう知らん人に「お父さんとお母さんが揃っていても世の中には虐待とかする毒親がいるから、優しいお母さん2人のところに生まれて良かったね!」みたいなことを言われたのがきっかけになる。
それ聞いた時に、「お母さん2人」みたいな優しい雰囲気の言葉とか、同性愛者の聖人化みたいなのはあんまり良くないなと思った。身体的な虐待はなかったと思うけど、毒親か毒親じゃないかで言えばうちの親はかなり毒だったし、同性愛者による虐待事件だって普通にあるし。
私は無事に大人になったけど、周りの差別とか制度とかの話じゃなくて、もっと同性愛を起点とした親の人間性みたいなところで悩むことが多かった。あの家に男で生まれてたらヤバかったんじゃないか、みたいな恐怖感もある。
差別に繋げて欲しいわけでもないから補足すると、学校での出来事以外はどのパターンの家族にも多少形を変えて起こり得ると思う。あと、レズカップルに育てられてハッピーな子供さんもいるでしょう。
でもなんとなく親同士が同性って言うとノンケ夫婦よりも崇高なイメージを持つ人が多いんじゃないかなと。モデルケースが少ないのもそうだろうけど、支援者も当事者も子供を手にしたその先はあまり考えてくれていない気がする。結局、今の技術的にどう頑張っても片方は血が繋がらないわけだし、「海外で暮らして養子をもらいます!」にしたって、家族の人数と役割を揃えたところで全てが上手く動き出すわけじゃないのよ。
社会制度を変えることに必死で、普通に子供を育てること+の難しさがあるって当事者も周りも気づいてない人が多いのかなと思う。あるいは見ないふりをしてるのかな。
圧倒的に不幸なわけでもない。上を見たらキリがないし、育ててもらった恩もあるし、たまに会うくらいならいいけど、1人で暮らすようになって気が楽になった。彼氏と会うのに罪悪感がないし、親が満足するような、レズカップルの正しい子供をずっと演じていた気がする。
最初に書いた通り多少フェイクもあるけど、起きた出来事は基本ノンフィクションです。
これを立場を反転させて「同性愛者が異性愛者の両親に感じている苦痛だ!」って言う人もいるだろうけど、立場でいうと同性愛者の親に育てられたノンケの方がマイノリティになるので、どうかマジョリティ側の体験談に取り込まないでほしいな、と思う。
・内容は学校教育にふさわしい内容を求められる。
・分量は下限と上限が指定されている。
・読む時期が決められている。
・教室の後ろに張り出されて、同学年の全員や下手したら授業参観で他所の家の親にまで見られる
条件キッツ!
俺ネットじゃ結構映画の感想とか書いてるけど(最近は君たちはどう生きるか考察クイズにも参加してた)、この条件でやれって言われたら金積まれても拒否るわ。
自分が感想書きたい作品を、いつ書いてもよくて、書けそうもなかったら書かなくてもいいし、書き方のフォーマットは自由で、皆が好き勝手やってるから比較されても傾向が違うってことで誤魔化しやすく、PCで書いてるから途中で話の順番を自由に組み替えられて、何よりも匿名でやることが出来る。
この恵まれた条件があるから好き放題書き殴れるんであって、その条件全部ひっくり返されたら俺はもう一行も書けねえかも知れんよ。
いや小学生まじすごいよ。
こんなのをほぼ全員がちゃんとやってきてるんだろ?