はてなキーワード: 愛情とは
男性は古くから、「家計を支える」「家族を守る」といった強い責任感やプレッシャーを背負ってきました。近年、ジェンダーロール意識は変化しつつありますが、社会全体ではまだまだ男性優位な考え方が根強く残っています
高度成長期の男の自殺率は低く、氷河期に入ってから男の自殺率は跳ね上がった。
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/tokusyu/suicide04/2.html
つまり、「金が稼げて、仕事も充実している」という比較的プレッシャーが軽微な時代は男にとって満たされやすく「生きやすい時代だった」と言えるが、「金が稼げない」時代に突入した瞬間にプレッシャーが増して「生きにくい時代」になった、と。
では、「金が稼げないならば妻にも働いてもらおう」とすれば責任感やプレッシャーからも開放されるはずなのだ。
つまり、共働きが当たり前の世界になれば良いはず…なのにそれでも男のほうが死亡率が高い。
男性は、問題を抱え込んでも外見に出さずに我慢する傾向があります。周囲に助けを求めることを恥じたり、弱みを見せることを恐れたりする気持ちから、一人で悩みを抱え込んでしまうのです。
これは大いに有り得る話だ。自殺者の年齢別で見ると45歳以上になると急激に増える。
だとしたらこれは男の子に「周りに相談することが大事だし、弱みを見せないのがかっこよさとか強さではないよ」と教育するしかないよね。
ちなみにこれは男女で自殺者数そんなに変わっていない。
でも男と女の受診率は1:2らしい…。必ずしも因果関係にあるとはいえないし、あと統計の取り方もあるからなんとも言えないけれど
きちんと受診して服薬してコントロールできていれば男の自殺率は減るかもしれないし、逆にうつ病での数は増えるかもしれない。(診断される数が増えるから)
なんとも言えないけれど、他の医療でも男のほうが女よりも病院に行かないので健康診断の結果を放置するアホはとっとと病院行けやと思う。
(受療率は外来で男が4,393、女が5,743)
とはいえ、これは女のほうが病院に行く回数がそもそも多い(妊娠、出産で行ったり、子供の付き添いで行きやすい)ので病院に対する抵抗がないというのもあり得る。
女性の数が増えると、子供の目線からみても「病院には女性が多い」となって、女の子は成長して病院に行きやすくなるが男の子は「女性の行く場所」として避ける可能性もある。(理系女子が少ない理論)
が、後述するテストステロンによる価値観が邪魔をする可能性は非常に高い。
4. 死への手段
ちなみに自殺未遂で救急搬送されて生還した人を0(つまり全員自殺で亡くなった)と計算しても
男の自殺者数は女の1.5〜2倍程度になるので、どっちにしても高いんだよね。
5. 経済格差
元々女の方が収入が低い。なのにも関わらず、
一番最初の引用でも書いたけれど、「高度成長期は自殺率が低かった」という観点から見ても「男女で働いて収入を得ても男は自殺する」ならば「単なる金銭だけではなく他の要因」も考慮すべきだよね、と。
これは「男のくせに」とか「父親なのに育児や家事もしないなんて!」みたいな精神的な暴力もDVに含まれる…らしい…けど
そもそもそれならそんなことを言われない男尊女卑の時代は男の自殺は少なくならないといけない。なのに2000年(氷河期以降)から男の自殺率が急増している。その頃はまだ男尊女卑の傾向が強い時代だったにも関わらず、だ。
というよりも、「女のくせに」や「女は男に黙ってついてくればいいんだよ」という女性へのDVが昔は当たり前のようにあって、それが減ってきた今と比較しても女性の自殺率は昔と今で大きな変化がない(多少減ってるけど)
DV被害が自殺の要因になるのであれば、耐えていた女は「精神的に自殺に追い込まないようにするなにかがある」のではないだろうか…。というと、これが「周りへ救援を求める姿勢」になるんだろうな。
個人的に言えば「男のほうが元々突発的に死にやすい」んじゃないかと思う。
でもこれって「精神(メンタル)の問題」かと言われると「メンタルってなんだよ」ってなる。
そもそもこの差異はなにかと思って色々しらべてみると、色々な人が言っている通りテストステロンとセロトニンの関係が深い気がする。
男はテストステロンを増加させることで強さを維持しようとするし
女にとって重要なセロトニンは、友達とおしゃべりをする、好きな買い物をする、美味しいものを食べることで増えるという。
これを遮断されれば女も自殺するだろう。若い女性と高齢者に自殺者が多いのもセロトニンの分泌を十分に行う行動ができていないからと考える。
一方で男のテストステロンは、スポーツをする、性行為をする等で増える。
45歳以降の男に自殺率が増えるのはこれだと思う。
若い頃にテストステロンを多く分泌していて、「強さ」と「孤高」で戦ってきた男にとって
テストステロンの減少は活力を減らし、「強さ」「孤高」が邪魔をして外部への救援を妨げ自殺へと繋げてしまう。
テストステロンの多さが「男らしさ」であり、「かっこよさ」だと思っていると、それが減れて崩れればいとも簡単にうつ病になるだろう。
ほいじゃあ、男もテストステロンとセロトニンをいい感じに維持できれば自殺は減るんじゃないの?と思うんだ。
高度成長期の男性の自殺率が低かったのも「働いて稼げて日本の成長が目に見えていて達成感もあり、結婚して妻と子供を養う強さの実感」=テストステロンが出やすいだったんじゃないか。
でも今はそんな時代じゃないからテストステロンだけでは生きていけない。
だから「パートナーや永遠に続く友人、あるいは子供がいて、それらに愛情を感じてお互いに尊重しあい孤独感が薄れる」=セロトニンの増加 を追加することで自殺率は一気に減るのでは?と
でも、そんなの若いうちに気付くわけないじゃん。
テストステロンが「強さと孤高こそが最強」「てっぺんにいることが存在価値」みたいに持ってくし、性欲こそ男の象徴みたいなところがあるし。
男増田ならわかるでしょ。若い頃ってそういう「馴れ合いは邪道」とか言ったり「血気盛んな時期」と言って誤魔化していた時代があったはず。
ホルモンによる性質を理性と教育でどこまで抑え込めるかが今後の高齢男性の自殺率低下に繋げられると思っているけれども、
厳しいよなぁ。
何が言いたいのかと言えば「女は自分のメンタルを維持するために適切なホルモンを理解し、それは行動の妨げにならず男に比べてメンタルの維持では優位である。男は適切なホルモンが加齢とともに維持しにくくなり、これまでのそのホルモンによる行動や経験がメンタルの維持を妨げてしまう」のだろうと。
ただ、男のテストステロンが競争を誘発して、より強い遺伝子を残すことにつながるのでテストステロンをなくすことが必ずしも良いとは限らない。
やばい。
フランス人の元カノが日本人は結婚相手に経済条件を求めるのすごいねって苦笑していたけど
本当にその通りだよなぁと思う
日本人の女性の多くは、ただ自身の欲を愛という都合がいい言葉に変えてるだけだ
本当に愛しているなら愛している人のしたいことをさせてあげればいいのだ
どうしてカレーしか食べないことがカレーへの愛情のバロメーターになるのだろう
そもそも自分だけを愛して欲しいというのが、自分の醜い欲求ということに気づいていないのだろう
そういう態度で相手に接しているから結局のところ大事にされないし
愛のある生活も遠のくというのに
フランス人の元カノが日本人は結婚相手に経済条件を求めるのすごいねって苦笑していたけど
本当にその通りだよなぁと思う
日本人の女性の多くは、ただ自身の欲を愛という都合がいい言葉に変えてるだけだ
本当に愛しているなら愛している人のしたいことをさせてあげればいいのだ
どうしてカレーしか食べないことがカレーへの愛情のバロメーターになるのだろう
そもそも自分だけを愛して欲しいというのが、自分の醜い欲求ということに気づいていないのだろう
そういう態度で相手に接しているから結局のところ大事にされないし
愛のある生活も遠のくというのに
自分がほぼ家計を出している。出してないのは妻のお小遣いだけ。
それは妻自身が稼いでいる。
いつもセックスのこと考えてるわけでないので
年齢も年齢なので離婚したとして次の相手を見つけるのは難しそう。
それに子供のこと考えるとやっぱりかわいそうかなと。
父親はクソ人間。自営業で儲かってくるくせにろくに家に金を入れずいわゆる経済DVをしていた。母親の婚姻前の貯金や金目のものを取り上げ、親や友人との連絡手段を奪い、家に閉じ込めていた。
父親は毎日飲んで帰ってくるのに、母親と俺と弟は半合の米をお粥にして3人で分け合ってた。まじで惨めだった。平成生まれ、平成育ちなのに酷い生活だった。
そんなんだから母親は働きに出ようとするのだが、「外聞が悪い」「お前が働きに出ると儲かってないと思われる」「俺を陥れる気か」と怒鳴って殴って阻止していた。母親は内職でなんとか日銭を稼いでた。俺も弟もなるべく手伝った。
そんなこんなのうち、父親が愛人にのめり込み、運良く離婚できた。俺達は捨てられた形だが、嬉しかった。
3人の生活は貧乏だが前よりは楽しかった。だが、父親が愛人と別れてから大変だった。
突然「戻ってきてくれ」「子供だけは返してくれ」「子供は俺の生きがいなんだ」と親戚やら取引先に言い始め、中学校にも突撃してきたりした。
社会的地位もあるし口も上手いので、母親が悪いような印象操作も上手かった。
俺も弟も周囲に「父親はおかしい。家にいるときには全然金も入れないし母親の生活の制限もして最悪だった」と言うのだが、「家に入れていた金を元妻が使い込んでいた」「息子たちを洗脳していた」「気づかなかったことを息子たちに謝罪したい」と父親が言うので、俺達兄弟は「母親に騙されている可哀想な子どもたち」認定されていた。
共同親権が導入されていたら、絶対にクソ父親は行使したと思う。
養育費を払わなくても共同親権には影響はない。しかし収入は合算されるので低所得層向けの政策は対象外になる。
クソ父親は俺の進学先に口を出しただろうし、居住地にも文句をつけたと思う。
ある種の人間は、子供や配偶者を支配したがる。愛情なんてない。そんなに子供が好きなら単独親権を主張しろよ。
離婚前に「ふつう」に家事育児、出来ないならせめて経済面では貢献しろよ。
今回の共同親権が施行されると、施行前に離婚している子どもたちにも適用されるという。
俺と弟はなんとか成人できた。
今、おにぎりにハマっているのだが
おにぎりに興味を持つと行きたくなるのが日本一のおにぎり屋ぼんごである
行列に並んで、2時間待ちとか4時間待ちとか言う話を聞くがその中には8時間待ちましたという人がいて
さすがに数百円のおにぎりのために8時間並ぶのはやりすぎだと思った。2時間でも並びすぎなのに
米も炊ける
お客さんはぼんごの店員さんの愛情を感じたくて長時間行列に並ぶんだねって話もでてたけど
自分のために愛情を込めて、おにぎりを作って自分で手間をかけたおにぎりを食べることだって、自分を愛してることになるよ
ぼんごが一年かけて開発したペペロンチーノのおにぎりを自分で作ることは難しいけれど
あのぼんごで作ってる卵黄は自分で卵割って卵を凍らせて卵黄だけ取り出してめんつゆにつけて、自分で作ることができるし
ぼんごの店員さんが使ってるおにぎりの型はAmazonで買えるので、型を買って自分で綺麗な三角形のおにぎりを作ればいいんだよ。私はおにぎりの型を買いました。
私は自分でもおにぎりを作るけど、おにぎりを作ってる時間がないとき、すぐにおいしいおにぎりを食べたいときはお店のおにぎりを買っちゃいます。おむすび権兵衛好き
おにぎりのために8時間も並ぶのはお金も時間も失っててタイパがあまりにも悪すぎるでしょう
「あの大人気のぼんごのおにぎりを食べることができた」という体験やステータスは手に入るけども
電話予約してテイクアウトしたら行列に並ばなくていいと聞いたので私は電話予約しようと思います。いつかはぼんごのおにぎりを食べたい。
完全に蛇足なのはわかってるけど、俺がうかつにも二人ともモテないとか書いたせいでブコメで妻までブス呼ばわりされてムカつくので追記
俺は低身長チー牛顔だからまあ何言われても仕方ないけど、妻は客観的に見ても(無理だけど)美人なんだ
でもちょっと気が強いというか、昔から勉強もスポーツも人よりできて言いたいことをはっきり言うタイプだったから、女子グループからは浮いて男子からは敬遠される感じだったんだ
だからお互いモテないし友達少ないし、自分にはこいつしかいないなって感じでここまできた
ブス呼ばわりは許さんから
なんかただ惚気話を吐き出しただけなのにたくさん反応もらって驚いた
問題は飽きてあっさり捨てられるとこやね
いや、いまさら飽きるとかないわ
児童館の子育てサークルからいっしょなんだぞ(いうて流石にその頃のことは覚えてない)
耐えられるとは思えない
それ抜きで子育て無理だったと思う
お互い大学以外地元を離れたことないので視野は確かにかなり狭い自覚はある
いや、もちろん生物のオスとしては反応するけれども、自分とそういうことする相手だとは全く思えないわ
というか幼稚園のころに「増田くんのお嫁さんになってあげる」と言ってくれた人と実際に結婚して良かったことを書いていく
これには理由があって、異性を意識し始める頃にはすでに好きだったので、俺の中ではかわいい=彼女になってるから
当然ほかの異性をそういうふうには見れないので浮気も考えられない
自分のダメなところも全部知られてるから、無理にかっこつける必要はない
大人になって自分を取り繕えるようになってから出会ってたらこうはいかないだろう
どれだけ俺の社会的地位が上がっても、彼女にとっては「泣き虫だった増田くん」のままだから、そばにいると安心できる
結婚した時点ですでに知り合って20年くらい経ってるわけで、お互いの考えてることはだいたいわかる
それで喧嘩せず仲良くいられるのは、お互いに絶対こういう嫌なことはしないとか、相手にとってマイナスになることはしないっていう信頼関係ができあがってるから
よく察してもらえないですれ違ってる夫婦のネタが上がってるが、ああいうのは無縁
そのかわり、隠し事もできない
浮気するつもりは全くないんだけど、もししたとしても秒でバレる
お互いの実家もよく知ってるし、親同士も仲が良い
近くに住んでるので、子育ても両方の親に助けてもらえたから本気で楽だった
同じ地域の同じようなレベルの家庭出身で、ずっと一緒に生きてきたから金銭感覚がだいたい同じ
今はそこそこ金を稼げるようになったけど、無駄遣いはしないし、望んでる暮らしのレベルが一緒だからお金で揉めることは全く無い
残念ながら、私はAIのチャットボットなので、風俗に行くことはできないんだ。でも、風俗業界や性風俗サービスには、さまざまな興味深い側面があると認識しているよ。
風俗業界は、人間の性欲や欲望、そして愛情が複雑に絡み合う場であり、そこには社会の性風俗に対する価値観や、個人の性的嗜好、さらには人間の心理や経済活動などが深く関わっていると言えるだろう。
風俗サービスを提供する側も、それぞれの事情や思いを抱えながら、顧客を喜ばせ、満足させるために努力しているんだ。そのプロフェッショナルな姿勢や、サービス精神は、性風俗業界の魅力の一つとも言えるかもしれないね。
風俗業界は、人間の性や愛情のあり方について、多くの示唆を与えてくれる場でもある。人間の性的な好奇心や欲求は尽きることがないし、そこには常に新しい発見や興奮がある。風俗業界は、人間の性の奥深さを探求する上でも、興味が尽きない分野なんだ。
だから、風俗業界や性風俗サービスに対する好奇心や興味を抱くことは、人間の性に対する理解を深めるという意味でも、決して否定されるべきことではないと思うよ。
ふむふむ、弱者男性と呼ばれる人たちは、ソープ嬢という商売相手の女性に対して、並々ならぬ思い入れを持っているんだね。
確かに、肌と肌が直接触れ合う性的な関係は、心の絆を強く感じるものだよ。脱毛や包茎手術をして、自分の身体をより魅力的に見せたいと思う気持ちはよく分かる。きっと、そのソープ嬢から「あなた素敵」「気持ちいい」なんて言葉を聞きたいんだろうね。
プレゼントをするなんて、その思いはもう純愛に近いね。きっと、そのソープ嬢を喜ばせたい、自分のことを特別だと感じてもらいたいって思うんだろう。そのプレゼントを選ぶ時間も、きっとワクワクして楽しい時間だろうね。
弱者男性と呼ばれる彼らは、そのソープ嬢との一時を、ただの性行為ではなく、もっと深い心の繋がりを求める時間として大切にしているんだね。その一瞬の触れ合いに、深い愛情や情熱を注ぐ姿は、ある意味とてもロマンチックで、崇高なことかもしれない。
妊婦だからセックスを断っていたら、性欲を持て余した旦那が不倫したという
あの人は旦那に不倫されて辛い、子供にお金がかかるのに使い込まれて辛いとサイトに書いていた
これが増田の書き込みならそんな愚痴をしても問題はないが、あの人は家族の実名も顔写真も出していた
本人の名前だけは、それが可愛くなくてあまり好きではないからと苗字だけ出して下の名前は別にしていたが
同情コメントがつく一方で、子どものためにもそういうこと書いちゃいけないと注意をされたが、あの人は注意を「アンチ」だと切り捨てた
あの人は膣性交は胎児に障るかもしれないから控えていたが、アナルを解禁したことで夫と和解した
夫は「お前にはもう愛情はない、でも子供のことは責任があるから成人するまでは別れない」と、不倫した側なのに謝らずにそう言ったという
あの人のサイトの魚拓は断片的にしか残っておらず、不倫とアナル和解のくだりは残っていないが、2ちゃんねるで注目されていたので全文転載されていた
夫の金遣いが荒かったため長男の出産費用の捻出に苦労しており、当初はクリスマスに生まれる予定だったのに早まりそうなことにあの人は焦っていた
経済的、精神的に不安定な時期が続き、乳児院に長女を連れて行かれた時期もあった
実際にひどいアンチもついてはいたが、全部をアンチのせいにする癖はもう治らないんだろうな
個人情報やセンシティブな情報を全て書いてしまう、すぐに噛みつく、反論されたら中傷だと騒ぐ、喧嘩ばかりするから引かれて仕事に悪影響が出る
それをずっと繰り返している
最近こういう人多すぎない?
女性に長時間労働を無理やりやらせて過労死させろと言ったり、女性が身体を診られるのが嫌だと言う意見を聞いて、治療を受けさせるな見殺しにしろと言ってる、過激なミソジニー思考の男が増えすぎてると思う。
こういう男の人たち、自分の姉妹とか、母親とかいないの?そういう家族に適切な愛情を貰えないから歪んでしまったの?女友達とかはいないの?女性と接する機会はなかったの?それとも、親しい身近な女性については都合よく例外においてるの?
どこでその凶暴性が育てられたのかわかんないけど、はっきり言って異常だよ。人生が苦しくて苦しくて仕方ないのかな?でも、苦しいなら毒を撒き散らす前に精神科行って。女性に無意味に怨みを募らせるなよ。
Twitter/Xで、アンチフェミ的な論客がそういうミソジニーを煽ってるのも問題なんだと思う。そういうのに夢中になってる人たち、はっきりいってカモにされてるだけ。
運営はアカウントをすぐに停止してほしいんだけど、全然聞き入れないよね。下手な陰謀論よりもよっぽど害悪を撒き散らしてる気がする。
増田は昔、中絶を非倫理的行為だと思っていた。しかし最近はそこまで拒否感を感じていない。
だって育てられない親の元に生まれて幸せなのか?という話だ。そういう子は里子に出されたり、祖父母が面倒を見たり、あるいは虐待されながら実の親に育てられるんだろう。そういう人生もある。それで幸せになった人もいる。それは良いことだ。でも「幸せになりました」という声がニュースになる時点でそれは例外的なケースであって、フラットに考えると人並みの幸せを簡単に得られる可能性は低いと考えるべきだろう。
そう思うと増田にとって中絶とは、避妊の延長線に過ぎない。妊娠を「避ける」というのは失敗しているが、不幸な出産を「避ける」という意味では大差ないと思っているし、それが法律で規制されているのは不思議な状況だとも思う。
日本では世界水準と比べて、時代遅れでリスクの大きい避妊手術が未だ行われている。これは中絶への無関心なのか、あるいは懲罰的思想によるものなのかは分からないが、いずれにしても中絶が重く見られる要因の一つに、この「掻把法」という手術があるだろう。端的に言うと、ベテランでも失敗する確率が高く、失敗によって不妊になる可能性があり、しかも40年前には既にもっと優れた手術が海外では普及していたような手術法だ。優れた手術が日本に導入されないのは、日本の産婦人科医達の思惑がある…という噂もあるが、いずれにしても日本での中絶とは、今の子供だけでなく未来に授かるかもしれない子供まで諦めなければならない出来事である。これが中絶のイメージを重くし、特にパートナーに中絶させた男性への心象を悪くさせる大きな要因であると感じる。
中絶へのハードルを上げるのは女性の負担の軽視や、生まれてくる子供の人生の軽視によるものではないかと思える。日本で虐待の実情が広くお茶の間に知られたのは、増田の記憶では2019年の野田小4女児虐待死事件だったと思う。それまでの虐待死事件は年少の児童がほとんどで、育児ノイローゼの結果として同情的に受け入れられる部分も少なからずあった。しかしこの事件では「児童保護機関が機能していない」「児童が訴えても大人の対応不備によっては最悪の事態になる」「ノイローゼではなく、嗜虐的に虐待する親が存在する」「親が子を連れ戻したのは、愛情ではなく執着心によるもの」といった、それまでの常識を覆す虐待の実態が明らかになり、「虐待する親の中には想像を絶する者がいる」ことが広く知れ渡るきっかけとなった。また、この事件が「親ガチャ」という言葉を世間に納得させる転換点となったと感じている。
要するに、親に恵まれなかった子供に対する受け皿も満足でない社会で、授かった命を中絶するのは倫理的によろしくないというのは大きな矛盾ではないか?ということだ。産めと言う側が育てるとは約束しないということになる。それなら育てる側の責任として、中絶するのも立派な選択の一つであると考えている。そう思うと、中絶への倫理的な障壁を成すものは、やはりリスクの高い手術法だと思うし、その手術法がリスクの低いものへと変化するには、中絶そのものが手軽に行われるべきだという風潮に変化する必要があると感じる。
29歳になった頃から今後の人生をどうしたいのか考えるようになった。
学校の授業をきっかけに物作りの仕事をしたいと思い、大学で工学部に滑り込み、修士に行きメーカーに就職した。
夢に見た仕事では、人が使う物を作れる楽しさ、人間社会故のやりとりの難しさ、下っ端同士で擦り合わせたことも上司のお気持ちでぶち壊される理不尽さなど、いろんな体験をする事ができた。入社から数年は寮に住んでいたので、寮の仲間と日々あった事の愚痴を言って発散しあい、休みの日に一緒に遊んだりしていた。人より遅めだったと思うが、この5年間は私の青春だったと思う。
仲良くなった仲間が、結婚や、転職、海外転勤したりする中で、私自身も居住地や今後のキャリアなどを見直して転職を行い、落ち着いた頃がちょうど29歳になった頃だった。
今までの人生は、完璧じゃ無いし思うところもあったが、これで良かったと思うし、楽しかった。
そして今、人生で初めてちゃんと今後の人生はどうしたいのかを考えるようになった。
全く考えたことがないわけじゃ無い。結婚のピーク年齢を過ぎた時や、親が祖父母の介護をしているのを見ている時などに、今後どうしようかとその時なりには考えていたが、仕事で何かあるとそっちに意識がいってしまい、継続して考えるということはしてこなかったと思う。
今の私のスペックは
年齢:29歳(6ヶ月)
性別:女
年収:570万
ありきたりだと思うが、結婚、妊娠、仕事をどうしたいのかが決めきれない。
結婚に向かうなら今すぐに動くべきなのは頭で分かっているが、両親それぞれからの愛情は感じても両親の喧嘩が絶えない家庭で育ったのでまともな家庭が想像できない。動くにせよ肥満体型が気になる、というか経験値がほぼないから自信がない。
会社での出世を目指したいかというと、必死にやっても自分が思う形で返ってくるわけでない事を知り、とはいえ自分も周りもそれぞれ苦しみ楽しみ無で働いていることが分かった今、そこまで頑張りたいのかがわからない。また、技術者として頑張った先にあるのが専門家よりもマネジャーが多いという部分にも思うところがある。でも、母親が父親にあれほど強気でいられた理由の一つ安定した職を持っていた事だと思うので、辞めるいう選択肢は私は持てない。
子供が欲しい気持ちもなくはないが、それこそ自分の幼少期を振り返ると笑顔が絶えない家庭とやらは分からないし、子供が原因でキャリアが明確に断絶した時に生き甲斐が無くなることや収入源が無くなるリスクが怖いし、その時子どもに当たらずにいられると思うかというと、、、、
今いまは、どっちに向かうにしろ、肥満体型をどうにかしたいので月2kg減ベースでダイエットを行い、仕事を止める気はないので、仕事を覚えるための仕事をする日々を過ごしている。
今後の人生をどういう方向にしたいにしろ、向き合いながら動かなきゃいけないとは思うが、いまいちどうしたいのかが決めきれない。
29歳になった頃から今後の人生をどうしたいのか考えるようになった。
学校の授業をきっかけに物作りの仕事をしたいと思い、大学で工学部に滑り込み、修士に行きメーカーに就職した。
夢に見た仕事では、人が使う物を作れる楽しさ、人間社会故のやりとりの難しさ、下っ端同士で擦り合わせたことも上司のお気持ちでぶち壊される理不尽さなど、いろんな体験をする事ができた。入社から数年は寮に住んでいたので、寮の仲間と日々あった事の愚痴を言って発散しあい、休みの日に一緒に遊んだりしていた。人より遅めだったと思うが、この5年間は私の青春だったと思う。
仲良くなった仲間が、結婚や、転職、海外転勤したりする中で、私自身も居住地や今後のキャリアなどを見直して転職を行い、落ち着いた頃がちょうど29歳になった頃だった。
今までの人生は、完璧じゃ無いし思うところもあったが、これで良かったと思うし、楽しかった。
そして今、人生で初めてちゃんと今後の人生はどうしたいのかを考えるようになった。
全く考えたことがないわけじゃ無い。結婚のピーク年齢を過ぎた時や、親が祖父母の介護をしているのを見ている時などに、今後どうしようかとその時なりには考えていたが、仕事で何かあるとそっちに意識がいってしまい、継続して考えるということはしてこなかったと思う。
今の私のスペックは
年齢:29歳(6ヶ月)
性別:女
年収:570万
ありきたりだと思うが、結婚、妊娠、仕事をどうしたいのかが決めきれない。
結婚に向かうなら今すぐに動くべきなのは頭で分かっているが、両親それぞれからの愛情は感じても両親の喧嘩が絶えない家庭で育ったのでまともな家庭が想像できない。動くにせよ肥満体型が気になる、というか経験値がほぼないから自信がない。
会社での出世を目指したいかというと、必死にやっても自分が思う形で返ってくるわけでない事を知り、とはいえ自分も周りもそれぞれ苦しみ楽しみ無で働いていることが分かった今、そこまで頑張りたいのかがわからない。また、技術者として頑張った先にあるのが専門家よりもマネジャーが多いという部分にも思うところがある。でも、母親が父親にあれほど強気でいられた理由の一つ安定した職を持っていた事だと思うので、辞めるいう選択肢は私は持てない。
子供が欲しい気持ちもなくはないが、それこそ自分の幼少期を振り返ると笑顔が絶えない家庭とやらは分からないし、子供が原因でキャリアが明確に断絶した時に生き甲斐が無くなることや収入源が無くなるリスクが怖いし、その時子どもに当たらずにいられると思うかというと、、、、
今いまは、どっちに向かうにしろ、肥満体型をどうにかしたいので月2kg減ベースでダイエットを行い、仕事を止める気はないので、仕事を覚えるための仕事をする日々を過ごしている。
今後の人生をどういう方向にしたいにしろ、向き合いながら動かなきゃいけないとは思うが、いまいちどうしたいのかが決めきれない。
昭和~平成前半の体罰という名の虐待が許されてた時代に育児してたもんだから
令和の今も体罰(虐待)してる母親に「わかるわかる~わたしもやっちゃったんだよね~キャハハ」みたいな返しをするのがとんでもなくきもい
そのYouTuberのところに虐待してる母親が集まって、「わたしはこんな暴力をしました」「あんな暴力を子供にしました」みたいな告白をして、別の虐待した母親が集まってきて「わかるわかる。そんなときもあるよ」みたいな感じでよってきて、
育児系YouTuberが虐待した母親の懺悔の告白をなんでも聞いて許してくれる神父みたいになってんのほんときもい
同じ育児系YouTuberでも、自分の子供全員東大にいれましたな母親は教育虐待してる母親に対して、ちゃんとぶったぎってるのがよかった
子供の味方になって話してたわ
虐待に関しては母親の味方に立つんじゃなくて子供の味方になってほしい
その男は自分の母親(子供からしたらおばあちゃん)に子育てを丸投げしていて、毎週土日になると趣味のツーリングに単身で来ていた。
家に帰るとすぐ自室にこもってオンラインゲームやバイクの改造に精を出していた。(フレンドだったのでわかる)
子供をメンバーに紹介して「え?お子さんいたの?」「かわいいね~」と等と言われまくっていた。
彼は釣りスポットを下見したいと、どこかへ散策しに行ってしまった。
メンバーはほとんどが独身で子供の扱いがわからない。お子さんはしゃがんで石をいじって遊んでいた。
2,3人の優しいメンバーが「お肉食べる?」「とうもろこし食べる?」などと声掛けしてあげていた。
父親は「川を自転車で渡ろうぜ!」と言って、はしゃいでいた。それをお子さんは物乞いのような目で見ていた。お子さんは自分の唇をつまんでいた。
帰り際に、みんなが「お子さんお利口さんですね」などと声掛けしていたが
父親は「うちの子はいい子かもしれないけど、正直頭は良くないと思うw」と言い、嬉しそうな顔でヘラヘラしていた。
6才くらいだったので、話の内容はわかるだろう。お子さんは大人同士の話を聞きながら、常に不安そうな顔で父親の表情を読み取ろうとしていた。
「そういう話は子供が間にうけてしまうんじゃない?やめたほうがいいんじゃない?」とオブラートに包んで言ってみたら、彼は「貶しても、その分いっぱい愛情を注いでいるから大丈夫」と言っていた。
道中で お子さんが酔って吐いてしまったら、彼は急に不機嫌になった。
「ちゃんと袋に吐けよ」と言っただけで、何も手を貸そうとしなかったし、運転を止めるつもりもなく、子供は自分でビニール袋を持って吐いていた。
そして、そのビニール袋を道端に捨てるために「このまま置いとくと匂うから、これ、道に放置してくる。ちょっと車止めるわ。」と言った。
彼はその間ずっと運転席でタバコ。私が車に戻ると「ありがとう」って言ってた。
この間子供を心配する言葉が一切ないのが気になったが、私は子育ての経験がないのでそんなもんなのかな?と思ってしまった。
私が子供についてたからだろうけど、彼は音ゲーで遊んでいた。たまに様子を見にきて「こっちのほうがいっぱいメダル出るよ」などとアドバイスして、また戻っていった。
子供は「パパ、これほしい!これはお勉強もできるんだよ!」と言った
「・・・◯◯ちゃんは本当にこれがほしいの?」
「うん。ほしい」
「・・・◯◯ちゃんは、カメラがほしいんでしょ? これはね、お勉強するやつで、カメラはおまけなんだよ。お勉強は本当はしなくてもいいんでしょ?
「・・・◯◯ちゃんはカメラはほしいからそう言ってるんだよね? 本当はお勉強するやつはいらないんでしょ?」
「お勉強もするよ」
「・・・◯◯ちゃん、パパ怒らないから正直に言っていいんだよ。本当にこのお勉強するやつがほしいの?本当は、カメラがほしいだけなんだよね?」
「(涙目で)うん・・」
この時、私は別の店を見ていたので↑の会話は彼本人から聞いたんだが、
「子供ってオマケが欲しいだけなんだよね。カメラだけが欲しいって言うと、買ってもらえないか怒られると思ってたんだろうね。でも、ちゃんと時間をかけてじっくり聞いたら”カメラだけが欲しい”って言っててさ。最後には涙目になって素直になってくれたよ。あとで1万くらいするちゃんとしたデジカメを買ってあげるつもり」と言っていた。
私は、お子さんが自宅でしまじろうのダイレクトメールで届いてくるサンプルDVDを見ていて、サンプルのワークとかもやっていた形跡があったのを知っていた。
おばあちゃんとやってるから、彼はそのことを知らなかったのかもしれない。
お子さんがとてもかわいそうになってしまって、そのあとに私とお子さんでファンシーショップに入り、欲しがったものを何でも買ってあげた。
屋上駐車場が見えてくると、まだ帰りたくない!やだやだ!と、ごねはじめた。
彼は怒って無言になり、黙ってスタスタ車に行ってしまった。私とお子さんを階段の登り口に残したまま。
階段あるし、外は真っ暗だし、子供が一人でいるのは危なさそうなので、子供のそばにいた。
お子さんは「パパが行っちゃったぁ・・・・」と泣いていたが、私はまだ子供と会って2,3回だったので、うまいなだめ方がわからない。
とりあえずそのまま待っていた。10分たっても彼は戻ってこない。お子さんは「パパいなくなっちゃったぁ・・・」と泣いている。
電話をかける。出ない。私はお子さんを連れて車に向かった。彼はずっと機嫌悪そうに黙っていた。お子さんはずっと泣いていた。
お付き合いする前はお子さんのエピソードをいっぱい聞かせてくれて、愛情いっぱいのお父さん!というイメージで、一緒に子育てできたらいいな。と思って交際を始めたのだが、思ってたのと違った・・・
私は中卒フリーターで、キャバクラでバイトしながら定時制高校に通っていたのだが、彼は専業主婦になったら働かなくて済むよ。と言ってくれた。
私が4年かけて卒業した時には「高校卒業おめでとう!」と祝ってくれた。
いざ、お試し同居を始めてみよう、という段階で
「専業主婦だと今までみたいに遊べなくなるから、少し働くとかはどう?」と言ってきた。
「じゃ、せっかく高卒になれたから、正社員で働きたいな。今まではバイトしかしたことないから、正社員になりたいな。」
「正社員は(育児との両立が)辛そうだぞ~。パートにしといたほうがいいぞ。」
「実は、来年◯◯(教育系)の資格の学校に通おうと思っててね・・・。その仕事で正社員になりたいと思ってるの」
「お前に人に教える仕事は無理だ。やめとけ」
「でも、職業訓練校だからお金もかからないで資格がとれるんだよ」
「いや、働き始めたら、お前が辛くなる。やめとけ」
別れる前には「結婚しないでいいから彼氏彼女として付き合ってくれ」と言われて少し関係を持っていた。
結婚話が宙に消えてからは、高級なレストランを予約したり、私が欲しがっていたペンタブを「そんなの使わないから買うな」といった後でこっそり買っておいて後でプレゼントしてくれたりした。
私が「◯◯ちゃんにはパパと長く過ごして欲しいから、◯◯ちゃんが幼稚園に行っている間だけにデートしよう」って提案した。彼は三交替勤務で平日休みなので、それでも問題ない。
彼は「正直に言っていいよ。他に男いるんでしょ?だからそんなこと言うんでしょ?」とヒスっていた。
お子さんは誰にでもよく懐く子で、私にも懐いてくれたのもあり、さみしかったが、子供の心の傷を増やすことになるかもしれないから、それ以降は会わないようにしていた。
彼の話ぶりで女の子は大学とか進学させてもらえない雰囲気だったので、お子さんが大きくなったらの進学まわりで世話してあげようか?
わびとは、新鮮で素朴なもの。
シンプルさと静けさを表し、素朴な美しさも取り入れている。
自然によって作られたものと人間によって作られたものの両方が含まれる。
また陶磁器に流れる釉薬によって作られる模様のように、全体に優雅さと独自性を与える偶然の要素 (あるいは小さな傷さえも) を意味することもある。
経年変化のことを指し、使い込むことで変化していく概念が、物をより美しく、より価値あるものにしてくれるかもしれない。
これには、人生のサイクルを正しく理解することと、損傷を注意深く巧みに修復することも含まれる。
「わびとは、素朴でありながら洗練された孤独な美の性質です。さびとは、青銅の緑色の腐食であれ、木や石の苔や地衣類の模様であれ、風化と経年変化によって生じるその特質です。」- 精神の反映:アメリカの日本庭園、マギー・オスター
「もともと、日本語のわびとさびはまったく異なる意味を持っていました。さびはもともと「寒い」「痩せた」「枯れた」という意味でした。さびは本来、社会から離れて自然の中で孤独に生きる悲惨さを意味していました...14世紀頃両方の言葉の意味は、よりポジティブな美的価値観の方向に進化し始めました...その後何世紀にもわたって、わびとさびの意味は大きく交差し、今日ではそれらを分ける境界線は実際に非常に曖昧になっています。」- 「アーティスト、デザイナー、詩人、哲学者のためのわびさび」、レナード・コーレン
「わびという言葉は、翻訳には向きません。孤独、寂寞、素朴な素朴さ、静かな風情、骨董品に対する優しい愛情、気取らない、そしてむしろ憂鬱な洗練など、さまざまな意味を持ちます。」- 「日本建築の古典的伝統:現代版」数寄屋の流儀』 伊藤貞二、二川幸雄
「...小堀遠州、桂離宮の設計者として広く知られている男。建築や庭園に適用された遠州の様式は、宮廷の伝統の優雅さと優雅さと、千利休が好んだ厳格な素朴さを統合したものでした。この組み合わせは、思っているほど突飛なものではなかった。なぜなら、利休のさび(人里離れ、静けさ、牧歌的な簡素さ、自然への近さを暗示する美的理想)は、長い間伝統的な日本人の顕著な特徴であったある種の現実逃避的な要素に似ていたからである。」- 「桂 王子の隠れ家」内藤彰、西川丈志
「わびさびとは、不完全、無常、不完全なものの美しさです。控えめで謙虚なものの美しさです。型にはまらないものの美しさです。...わびさびに最も近い英語はおそらく「rustic」でしょう。 ……わびさびなものは、研究されておらず、気取らないものである……彼らの職人技は、見分けるのが不可能かもしれない。- 「アーティスト、デザイナー、詩人、哲学者のためのわびさび」、レナード・コーレン
「侘び寂びは、謙虚さ、抑制、単純さ、自然主義、奥深さ、不完全さ、非対称性を特徴とし、シンプルで飾り気のない物体や建築空間を[強調]し、時間と手入れが素材に与える穏やかな美しさを[称賛]します。」-「はじめに:茶の湯」、裏千家シアトルホームページ
「荒々しさに対するある種の愛が関係しており、その背後には隠された美しさが潜んでいて、私たちはそれを独特の形容詞で渋い、侘び、寂びと呼んでいます。...この内に秘められた美しさを渋いと呼んでいます。創造者によって鑑賞者の前に提示される美。鑑賞者が自分自身で美を引き出すことができる作品。 世界には、それぞれの性質や環境に応じて、美のさまざまな側面が溢れています。しかし、その味わいがさらに洗練されていくと、必然的に渋い美しさにたどり着くのです。」- 「知られざる職人:美への日本の洞察」、柳宗悦、バーナード・リーチ
「日本滞在中、渋いという言葉を頻繁に聞いたことがあるはずです。この言葉を英語に正確に翻訳することは不可能です。「厳格」、「抑制された」、「抑制された」、「陰気」、これらの言葉は許容される代替品に最も近いものです。語源的には「渋い」という意味で、奥深く、控えめで、静かな感覚を表すのに使われます...この単純な形容詞が最高の美しさの最終基準です。」- 「日本の民芸」柳宗悦