はてなキーワード: 惣菜屋とは
マカロニサラダでもいい。
味付けにマヨネーズを使うのが「コレジャナイ」感が強くて悩んでいた。
なんか水っぽい。たくさん食べられない。惣菜屋のと違う。
そこで教えて貰ったんだ。
コストコで売ってる。
口にした途端、開眼した。
ぴかー。眼底の電球が光ったね。
試したことない奴、一回食ってみろ。
ポテトサラダというと、じゃがいもを茹でて(もしくは蒸して)潰したものに、きゅうりなどの野菜を刻んだものを加えて主にマヨネーズで調味した物を思い浮かべると思う。
ただこのタイプのポテサラもじゃがいもの潰し方や、加える野菜の種類やマヨネーズの量で結構味が変わってくる。
俺がよく作るのはポテサラに解答したミックスベジタブルとミックスビーンズを加えて、ちょっと控えめのマヨネーズとオリーブオイル、クレイジーソルトで調味したものだ。
使うじゃがいもを潰すのではなく、粉吹き芋にしたもので作っても美味い。
親父曰く、粉吹き芋にした方はつまみにもなるそうだ(俺は飲まないので分からないが)。
うちは玉ねぎはあまり加えない場合が多いのだが、お惣菜屋さんで売ってるポテサラだとスライス玉ねぎが入ってる場合が結構ある。
業務用スーパーで売ってる1kgのポテサラにも玉ねぎが入っている場合が多い。
おそらく変色しにくいなどといった理由があるのではないかと思う。
以前入ったカフェではマヨ控えめのポテサラと蒸してほぐした鶏胸を耐熱容器に詰めて、上にチーズを乗せてバーナーで炙ってチーズだけとろけさせた変わり種のポテサラみたいなものを出していた。
へーそういうのもあるんだねーと感心したのをよく憶えている。
ポテトサラダの定義をじゃがいもを使ったサラダというとこまで広げると、さらにバリエーションは増える。
例えば細い短冊切りにしたじゃがいもをサッと茹でて、水に晒したものを和風ドレッシングで食べるサラダや、生野菜サラダの上に細めのフライドポテトを乗せて食べたりってのもある。
おそらく俺の知らないポテトサラダがまだまだあるのだろう。
いつか出会えると思うととても楽しみだ。
リアルなのでマウントする意図は全くない。というか読んでもらえれば分かるが、自慢にはならない。
52才男。京大卒。
年収は1100万円、会社から900万円とそれ以外のブログ収入等で200万円。
家族は、妻、高校生の男子、女子の4人。子供は2人とも偏差値70台のトップ高校。
中学まではクラスで3番目ぐらいの成績、まぁ「頭いい子だね」ぐらい。
大学4年時に大学院に行く人も多い中、怠惰な大学生活を終えようと思い、誰でも知ってそうな外資系のIT企業に内定。
就活は苦労しなかった。行きたいと言えば内定がもらえた。学部卒でそのまま就職。
最初に入った外資系のIT企業は12年で退職した。最後の方の年収は34才で800万円ぐらいかな。
辞めてから、知人数名と会社を興すがあまりうまくいかなかった。
8年ほどもがいたけど、結局辞めた。
3年ぐらいたって転職した外資系企業が日本から撤退することになって、行くところが無くなった。
この頃が一番きつかったか。
何しろ45才で京大卒、IT知識やマネジャー経験はあるとは言え、変にプライド高そうなおっさんが行くところはあまりない。
LinkedIn経由で外資系のプロジェクトマネージャーには誘われるけど、面接行っても連敗した。
そうこうしているうちに、先輩の会社のところに引き取ってもらった。
年収は減ったが、あまり変な人間関係に悩まされずに、のんびりと仕事をしたかった。
管理業務が主体だけど、プログラミング自体もすることあるし、小さな会社なので基本、なんでもやる。
年齢と立場もあって、誰かから怒られることはないし、プレッシャーとかストレスはあまり感じない。
そういった奴は部長か子会社の社長とかになっている。年収も多分1500万円から2000万円ぐらいはあるだろう。
住んでいる3LDKのマンションは4000万円で買って、ローンの残りは1500万円ほど。貯金は800万円ほど。
貯金から借金を引いたら借金の方が多いが、毎年200万円ぐらい減っている。
多分、借金が120万円ぐらい減って、貯金が80万円ぐらい貯まっているんだろう。
お小遣い制とかではないので、毎日に食べたいものに好きなだけ買っている。
朝はコンビニのパン、昼もお惣菜屋さんのお弁当が多い。夜は家で食べる。
スタバとかも毎日行く。ほとんど気にしたことないが、平日は毎日平均2000円は使っているか。
酒やたばこ、ギャンブル、風俗には興味がないのでそういったところでお金は使わない。
車は普通の国産乗用車250万円で買って8年になる。駐車場、保険、車検とかで年間40万円ぐらいか。
旅行は夏にキャンプ、冬はスキー。家族で年間15万円ぐらい使っているか。
5万円ぐらいなら欲しいと思った物は普通に買う。
高級レストランとか高級ホテルには行ってみたいけれど、それほど興味がある訳でもない。
総じて貧乏性なので、お金を使うのは食べたいものを食べることぐらいか。
何かの機会でどこの大学を出ていますか?という話をしたときに「京大です」と言えることぐらいか。
それで「ええー。すごい。頭いいんですね。」となるけど、それ以上の話にはならない。
たまに新卒の面接をすることあるけど、自分よりはレベル低いんだろうなと思ってしまう。
思い出したので、なんとなく書き留めておく。
その日もいつも通りのバスだった。
季節は恐らく春か夏。
退勤処理をして外へ出るとまだ空は明るくて、なんだか得した気持ちになった。
その路線バスは車両の前側から乗って真ん中あたりから降りるタイプ。
乗り込むときに運転席の横で電子マネーをピッとやる。都会のバスは優しいのでどこで降りても定額料金だ。
番号のスタンプされた乗車券を握りしめ着々と値上がっていく電子料金表をビクビクしながら見つめ続けなくてもいいんだ。とてもやさしい。バス停に屋根もあるし。
停車しきる前から開いてるんじゃないかという勢いのドアから乗り込み、ピッとやって、運転手へゆるく挨拶して、歩きながら車内を見渡す。できれば座りたかった。
手前の一人がけの席は埋まっている。じゃあ奥の二人がけの席はどうかな。
人間2人分強はありそうな巨漢だった。
別に両国は近くないからアレは十中八九ただの巨漢だ。ただの巨漢が奥から数えて2つ目の座席に窮屈そうに肉を収めていた。
巨漢と窓の間にサラリーマンが挟まっていたのでよく覚えてる。
二人がけ座席は手前に1つ空いているのにわざわざサラリーマンを圧縮している巨漢は見るからにやばそうだった。
ぶよぶよしている。関わりたくない。
心のなかでリーマンへ合掌して手前の空いている席を目指した。
新たに乗り込んだ客は自分ひとりだったため、申し訳ないぐらいゆったり座れた。
自分が強い人間だったらあのリーマンを助けてあげられるのになと、のんきに車窓を眺める。
次の停留所で巨漢が動いた。
バスが停まり、老婆がひとり降りていった。遅れて巨漢が立ち上がり、降車口近くに座っていた自分の横までやって来る。
「ああ降りるのか」と思った。
リーマン開放されてよかったな~とにっこりしたのもつかの間、なぜか巨漢の尻がこちらにめり込んでくる。
何を言っているのかわからねーと思うが気付いたら巨漢と窓の間に挟まっていた。
右のひんやりは窓ガラスだ。その向こうの景色はゆっくり動き出している。
反対側は巨漢だ。自分の装備はスーツで長袖長ズボン。なのに向こうのTシャツからはみ出た肉のしっとりひんやりしている感じが、なぜか伝わってきていた。
なんで降りない?なんで座った?なんでとなり?
混乱のさなか、さきほどのリーマンのように圧縮されている自分を遠くから見たような気がした。
それどころではないので次の停留所までこの状況に耐えられるのか考えてみた。
この時間はバスがたくさん走っているから、降りてもあとから来るやつに乗り換えればいい。
町並みから察するに次の停留所はトンネルの向こうだ。ちょっと遠い。
ムリ。
まあムリ。
肉を押しのけた。とにかく立ち上がった。
立ち上がったが、肉壁が行く手を塞いでおり通路へ出られない。
天罰だとしても身に覚えがなさすぎる。
今すぐここから開放されたい。
しかし巨漢に悪意はない可能性をこの数秒では捨てきれなかった。だって悪意あったらこわい。
万が一にもピュアかもしれない生き物相手にいきなりミッション・インポッシブルなスタントで脱出を試みられるほど、自分は鍛えられていなかった。
では元に戻れるかというと、先ほどまで尻を収めていた座面はもう肉で見えなくなっていた。
肉の主は、無言で進行方向を見つめている。
戻れないなら攻めるしかない。
何を得て何を犠牲にするかの判断が明暗を分ける。形成は圧倒的にこちらが不利だ。
彼にとっても魅力的な提案のはずだ。
なんといっても窓際はいい。散歩しているわんこも見られる。窓ガラスだってひんやりしている。
方や自分はといえば通路側という呼吸するスペースを手に入れられる。
お互いメリットだらけ、Win−Winだ。
なのに肉のやろう渋りやがった。
ヤツの表情はイマイチ読めなかったが動く気はないらしいのは理解できた。
もう絶対にここから逃げ出す。自由を手にすると心に決めていた。
「次の停留所で降りるんです」
ダメ押しにと震える手で降車口を示した。
バスではよくあることだ。
座ってようやく落ち着いた頃、窓側に座っている人間が停車ブザーを鳴らし、次で降りると主張する。
また立つのは正直めんどくさい。どんな善良な人間だってそう思う。
君が嫌いなんじゃあない。
君に面倒をかけるのが申し訳ないんだ。
だから席を交代しよう。
一度こちらの提案を棄却している彼だ。重ねての親切を無下にはしにくいだろう。
更にこれは日常的に乗客間で行われているごくありふれたやりとり。
それを受け入れないのは不自然。このシーンでの不自然は悪意を浮き彫りにする。
これで動かなかったらいよいよトム・クルーズになるしかない。とルートを探り始めた頃。
目の前を塞いでいた肉はのそりと動き出し、ようやくその向こう側に通路が見えた。
やった!生きられる!
いつでも動けるようカバンを抱え直すと、空の弁当箱がカチャリと小さな音をたてた。
焦るな。今じゃない。
ギリギリの空間へ体を滑り込ませた途端プレスされて圧死なんてシャレにならない。
必要なスペースを見極めろ。その瞬間を見逃すなーーー
巨漢が巨漢なりに窓際へ収まったのを確認してから、こちらもようやく座席へ腰をかける。
勝った。勝ったのだ。
隣りを見れば圧縮リーマンに多少厚みが戻ってきていた。それでも前髪は乱れてげっそりして見える。
おつかれリーマン。ほんとうにおつかれ。
なんか巨漢がこっちをチラチラ振り返ってくるがそんなことは関係なかった。
そのうちバスは次のバス停へ止まったが、誰も乗らなかったし誰も降りなかった。
自分はそのまま終点までバスに乗り、ほかの乗客と一緒にバスを降りた。
巨漢は席を立つタイミングを逃したようで座席の横を通り過ぎる人々を見送りながらもぞもぞしていた。
それきり二度と会わなかった。
ダイエットがなかなか進まなくてやけっぱちになってたときに、間違ってお弁当を床に落としてしまった時に偶然気がついたライフハック。
まだ半分も手を付けてないにも関わらずお弁当は空中で半回転して見事に食べ物の面から落ちた。
「こりゃもう食べられないわねー」と仕方なくお弁当をゴミ箱に捨てることにしたのだけど、捨てた途端にさっきまでの食べたい欲求がすーっと消えていくのがわかった。
今までそれは空腹だと思っていたものは、実は眼の前の食べ物が食べられるものだとわかっているから食べたいと感じていた欲求なのであって、それが一度ゴミ箱に捨てることで「もう食べられないもの」に変わってしまえば、その欲求は消すことができることに気づいたのだ。
それからというもの、最初のうちは本でも読みながらゆっくりとよく噛んで食べて、半分程度手を付けたあたりで中身がひっくり返るようにしてゴミ箱に捨てるようにしている。
確かに満足感は足りないけど、かと言って焦がれるような空腹感が続くわけでもない。
それならば最初から少なく買えばいいと思ったよ。捨てるの良くない。
だけど、それはそれで、買う時に少ないとこれで足りるのだろうかという不安のほうが勝ってしまい、ついつい余計に買ってしまうことのほうが多くなってしまった。
だったらこれなら満足しそうだなというお弁当を買っておいて、残して捨てるほうが結果的に沢山食べないでも大丈夫だった。
わたし一人ぐらいお弁当の半分を捨てたところで環境問題になんてなんの影響もない。やせるまでだから許して!って地球さんと生産者さんに誤りながら捨ててる。
いまのところ体重も順調に減っている。
ついでに、帰り道にこれでもかと誘惑をかけてくるお惣菜屋さんとかも、お財布の中身を想像して「買える!」と思った時点で負けだということがわかった。
お弁当と一緒で、それが自分は食べることができると頭で理解してしまうから。
誘惑に耐えて家まで帰ってパジャマに着替えてしまえば、再び準備を整えて買いに出ることのほうが億劫になってしまうのであきらめが付く!
ショートケーキとケンタッキーのチキン、小さいけれど気の利いたクリスマスツリー。
私の実家のある環境は、他の地域よりちょっとだけ恵まれた場所でした。
老舗のお惣菜屋さんのローストチキンはチェーン店のチキンより安くて美味しくて、チーズケーキが自慢のケーキ屋さんがあって。
そんな地元で買ったローストチキンとチーズケーキを並べて、母親がつくったツリー柄のパッチワークを飾るのが、私の実家のクリスマスでした。
心のどこかに、テレビCMみたいな典型的なクリスマスへの憧れがありました。
だから、今日改めて「典型的な日本人のクリスマス」を過ごせることに、心から感謝
したかったのに!
したかったのに!