はてなキーワード: 小選挙区制とは
かつて1/3を安定的に国会で占め、「1と1/2政党制」の1/2側であった社会党。
それが政党要件消滅間近まで衰退する原因の1つは、北朝鮮拉致問題であった。
社会党とその後継社民党は拉致を頑なに認めず北朝鮮を擁護し続けたことで信用を失った。
自民党は統一教会問題を甘く見ているようだが、拉致問題と同じくらいに国民が厳しく見ている問題だと気づいたほうが良い。
小選挙区制度は風が吹けば簡単に政権が吹き飛ぶことは、政権交代の歴史が証明している。
社会党の二の舞になりたくないなら、すみやかに統一教会含むカルト被害者の救済、カルト団体への暴対法並に厳しい取締、政治家とカルト団体の完全切断をすすめるべきである。
ちなみに全国民が夢を見なきゃいけない、というわけではない
半分弱が政権交代に夢を見れば、その逆を支持する人も投票に行って投票率は上がる
これは自衛隊すら認めていなかった社会党へ政権交代は現実的じゃないけど、「自民党内政権交代」が期待できたから
でもそれじゃ良くないよねってことで小選挙区制になったわけだけど
小選挙区制初の衆議院選の前に非自民政権である細川内閣が誕生して、あっという間に退場して
この2つが同時に消滅したわけだ
この結果平成8年の総選挙では投票率はがくっと下がって初めて6割を切った
でもそれ以降でも「郵政民営化で日本が良くなる!」とか「埋蔵金で減税と給付を同時実現!」なんて
今から見れば荒唐無稽もいいとこな主張ですら、国民が夢を見れば投票率が上がる
(郵政選挙は自民党は与党だったけど、反対派をパージすることで実質野党になった)
もちろんこれらに賛成する人も投票するし、「イヤイヤそんなの現実的じゃないでしょ」って思う人は反対側に投票する
で投票率は上がる
そこで2012年選挙で自民党が政権に戻って、そのあと民主党が反省して第二軸として頑張ってくれればよかったんだけど
民主党は国民の声にこたえられる野党第一党、ではなく、旧社会党方面へ全力ダッシュしてしまった
で、政権交代に夢が見れない、それが今
https://anond.hatelabo.jp/20220623080117
1969年5月生まれ、男性、生まれた時からずっと福岡市中央区赤坂(けやき通りの裏手)に住んでいる。近所の人が見たら推定されるかも知れないが。
私は、経済政策は「大きな政府」「福祉主義」指示で、社会政策は「同性愛婚賛成」「男女別姓賛成」のリベラルで、外交・安保政策は「反共主義」「反韓国」「反北朝鮮」「反中国」のタカ派だ。必然的に合致する政党が無い。一番近いのは実は共産党だが、私は再軍備論者で改憲論者なので、そこでも相容れない。
旧政党で一番、理念が近いのは民社党で、今ならば国民民主党だろうが、国民民主党も政策があやふやなので合致しているかどうかもよく分からない。その、生まれついての政党孤児の私が、特に国政選挙でどう言う投票行動をとってきたかを書くので、参考になる部分があったら参考にしてほしい。
福岡市は県庁が郊外に移転したため、現在の小選挙区で言えば、都心選挙区は福岡2区になる。東京で例えるなら、都庁が江戸川区にあって、江戸川区が東京1区、秋葉原や銀座のあたりが東京2区になるみたいな感じだ。私は福岡2区の住民だ。
1994年、小選挙区制が導入されるまではここは旧福岡1区だった。定数は6人。
私が初めて投票したのは1989年7月の参院選挙で、この選挙では、自民党が大きく議席を落とし、社会党が議席68に急増して、野党が過半数を大きく制した。当時の社会党、土井たか子委員長が「山が動いた」と評し、開けて首相指名では、参議院では土井たか子が指名されることになった。私は、外交安保が不安なので、政権を社会党に委ねたいとまでは思っていなかったが、自民党の腐敗もあり、国内政策でリベラル寄りになって貰いたい思いもあり、社会党に投票した。候補は後に参院副議長の小野明氏(日教組系だ)だったと思う。
基本は、「社会党が政権を獲らない範囲内で野党に入れる」のを投票行動にしてきた。
そんな中で、迷いに迷ったのが翌年の衆院選だ。
自民党が、親子セックスの山崎拓、「(レイプを評して)元気があってよろしい」の太田誠一、野党系が同和ヤクザの松本龍、国会の爆弾男の楢崎弥之助、創価学会新人(後に公明党代表)の神崎武法だ。神崎が一番まともに見えるっていうのはどういうことだ? 福岡はかつて、玄洋社を生み出し、戦前の日本政界を大混乱に陥れた。その罰が福岡市民に与えられているのかも知れない、と思った。
あれが今まで一番苦悩した選挙だった。名前も忘れたが、仕方なく共産党の候補に投票した(その人は落選した)。
その次の衆院選は楽だった。定数が1人多くなり、先に名を挙げた人たちは全員当選したうえで、ぶっちぎりでトップ当選したのが日本新党の山崎広太郎だった。私のような投票先を探している人達の票を広太郎氏が吸引したに違いない。広太郎氏はその後、福岡市長を務めた。
その次の衆院選からは小選挙区制になり、私は基本、「民主党系」の候補に投票するのだが、つくづく福岡1区の住民でなくて良かったと思った。福岡1区の民主党代議士は松本龍だったからだ。もし私が東区の住人だったら、泣く泣く自民党の候補に投票していただろう。ここからも分かるように、「誰がまだマシか」「嫌な奴を当選させないためには誰にいれるのが一番効果的か」で投票すればいいと思う。
真面目に返すと、個人的には衆議院議員選挙は実質的に政党にしか投票できないけど、参議院議員選挙は個人に直接投票できるから行くべきだと思うよ。
衆議院議員選挙は小選挙区制は一政党に1人だし、比例代表制も政党にしか投票出来ないから、その政党が通したい人しか通すことが出来ない。個人が政党を変えたいと思っても、その政党に入れるか、入れないかしか選択肢がないから政党レベルの勝ち負けしか政党は変わりようがない。
対して参議院議員選挙は、小選挙区制も都市部だと同じ政党でも複数人から選ぶことが出来るし、比例代表制も直接通したい人に投票できる。誰が当選するか、当選しないかで政党内に影響を与えることが出来る。
勝ち負けでしかその政党への有権者の思いを判断出来ない衆議院議員選挙より、誰が通ったかで思いを伝えられる参議院議員選挙はより行く価値があると思う。
もちろんたかが1票だから影響は限定的だとは思うけど、参議院議員選挙の方が1票で何かが変わる可能性が高いんじゃないかな。特に今みたいに自民党が強くて、結果がわかりきってる状況でも何かを変えることが出来る可能性があるのが参議院議員選挙の良さだと思う。
個人的には立憲民主党が100議席、共産党が10議席も持っていること自体が小選挙区制度の「歪み」にしか見えないんだけど。
100議席と言ったら、衆議院の定員480名の中で2割くらいを占めているわけだよね。
立憲民主なんて、年々主張が過激化・尖鋭化しているように見えるし、去年10月の衆院総選挙でもそれが公約に現れていた。
当時はウクライナ戦争は起きていなかったけど、コロナや経済対策が最重要政策であることは全員分かっていたよね。
にもかかわらず、立憲は「政権取ったらまずこれをやる」公約の中で、モリカケ問題やLGBT政策を出してきた。
当然の帰結として、立憲と共産は選挙で惨敗したわけだけど、それでも100議席って多すぎるんじゃないの?
概説
二大政党制は通常、国家制度や政党制度としては複数政党制だが、二大政党が大半の集票・議席・影響力・政権担当実績などを保持している点で、多党制と対比される。しかし、どこからを二大政党制または多党制と呼ぶか、もしくは何をもって二大政党制に当てはまるとするかについては学者や時期や観点によっても異なり、明確な定義は存在しない。2大勢力が拮抗していることを条件とする考え[1]や、選挙での一時的な勝敗は度外視して10年以上などの長期間で2つの主要政党による政権交代が行われていることを条件とする考え[2]などがある。
二大政党制では政権交代が比較的容易だとされる。二大政党のいずれかによる単独政権になることが多く、多党制で多く見られる連立政権は、政党同士で長期的な連立協定や選挙協力を組んで一体化している場合(下記のオーストラリアなど)を除けば頻度は低く、二大政党がともに過半数を確保できなかった場合などに限られる。何らかの理由で二大政党を共に含んだ連立が組まれた場合は大連立や挙国一致内閣などと呼ばれる。なお多党制も政党間のイデオロギーの差異によって穏健な多党制と分極的多党制とに分けられる。
ジョヴァンニ・サルトーリの指摘では、二大政党制はイギリスや、イギリスから独立したアメリカ合衆国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどのアングロサクソン諸国で多く見られる。
二大政党制の背景には、主要な二大政党以外からは大量当選が困難な選挙制度である小選挙区制や、国民のイデオロギーや支持層が「保守と革新」など2種類または2方向に大別できること、更に両政党が比較的穏健かつ民主的であり現実的な政権交代を相互に許容できること、などが挙げられる。
二大政党制の利点には、二大政党による政策論争が国民にわかりやすく、二大政党への参加や支持が容易で、現実的な政権交代が容易なため国民に実質的な選択の余地があり、長期政権に発生しがちな腐敗防止や、政権獲得時に国民の支持を背景にした大胆な政策転換を行いやすいこと、などが挙げられる。また、中間層の有権者の支持を得る為に二つの政党の政策が似たものとなる傾向があり、少数派の意見をくみ取る政党がなくなるという問題があるが、ジョヴァンニ・サルトーリの主張ではイデオロギーの差異が小さいことは良い政治であり、この点を利点とする立場もある。
二大政党制の欠点には、二大政党の思想や政策が離れている場合にはイデオロギー的あるいは感情的な対立になりやすく、政権交代の発生時には大幅な政策変更により政治の不安定化を招く場合があること、逆に二大政党の思想や政策が接近している場合には国民に選択の余地が狭く多様な意見や思想を反映しにくいこと、同じ政党・政策・支持勢力などが長期間存続しがちなため政党内の新陳代謝や政策転換が進みにくいこと、特に二大政党間で談合や汚職などが常態化した場合には致命的な政治不信を引き起こしやすいこと、あるいは二大政党制へ誘導するための小選挙区制では大量の死票が発生すること、などが挙げられる。アーレンド・レイプハルトの合意形成型民主主義の考え方に立てば、二大政党制を基盤とする多数決型民主主義においては多党制を基盤とする合意形成型民主主義より、少数意見の代表性が相対的に低いとされる[3]。
私はリベラルなのだろうが、衰退したように全く感じないからだ。
リベラルとは「保守主義とは相容れない考え」。つまり以下をリベラルと呼ぶ。
リベラルが、保守主義と考えが合わないのは当然と言えるだろう。
そして、ここには党派性などここには出てこない。「保守主義」の人たちは、立憲民主党をリベラルと思ってるようだが、全く違う。立憲だけをリベラルなどと思ってもいない。日本全体あるいは世界がリベラルになればいいのであって、おらが村の「党」のことだけを考えているわけではない。リベラルからすれば、そんなのは狭すぎて眼中にない。「保守主義」の人たちは自分の物差しで測っているようだが、あえて真正面から否定しないが苦笑いしか出てこない。
むしろ日本共産党などは、昔の社会主義を引きづってて、保守主義に近いものだ。
リベラルが懸念するのは、むしろ自民党の甘利が牛耳ることだった。あれは古き悪き自民党の代表みたいなもので、あれが居座るのであれば、リベラルの勢力が大いに減じることになる。
幸い、落選して、幹事長からも引いたので大いに安心した。その意味でもリベラルが衰退したなどとは全く思ってない。
むしろ私の小選挙区制だと、神奈川3区で、自民党がとったが、政策はどう見たってリベラル的な政策だ。少なくとも、保守的な政策が出てこない。
しかも河野派なのでなおさら。はっきり言って、そのまま立憲民主党が同じ政策を掲げても全く驚かない。
これらを見ているので、リベラルが衰退した言われてもなんとも思わない。衰退したと思ってる人は何も見てないのだろう。
さらに言えば、実質上、「無能」で典型的な保守主義が壊滅し続けているので、それほど心配してない。リベラルからすれば、その政治家が自らを保守主義と認識しているかは一つも重要ではない。
人権を推進し、新しい考えを容認し、賢く、法を遵守すれば十分だ。どのみち人間は完ぺきではないのだから。
もっと無能な政治家は消えて欲しいが順次消えてもらうしかない。
結局、リベラルが衰退したと思い込んでる人は、せまーい「党」「村」だけを見てるのだろう。
https://note.com/miraisyakai/n/n8aaba30c436a
ここらへんは「野党共闘」を候補者を一本化することを野党共闘と呼ぶ、といってる。候補を一本化するだけなら、要するにトーナメント戦をしているだけで、同じ考えとは限らない。
トーナメント戦で勝った方は、ある程度は負けた方の夢や理想を受け継ぐことになる。
どのみち小選挙区制では、わずかな1位を争うのだから、与党以外は何らかの方法で一本化すること自体は当然と言える。それはいうなれば「予備選」だ。
上記は、分析は合ってると思うが、「野党共闘」は予備選なのだろうか。
野党共闘を批判する人たちは、「予備選」であることなど全く無視し、「政策一致」だけを叩いている。
現状では