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【bot、暴走中!】「Slackは福利厚生」と言い切る、ドワンゴ流・Slackの超活用術とは
https://seleck.cc/1063
上記の記事で取り上げられているように、ドワンゴのslack文化はおそらく社外にいる人間が予想するより遥かにフリーダムである。
そしてその自由さが何をもたらしたかといえば、一部雑談チャンネルの2ch化だ。
その中で最も参加人数の多い雑談チャンネルは、なぜかは知らないが入社時に予めjoinされた状態であてがわれる。
全社的なお知らせをbotが拾って流してたりもするので、一見全員参加の情報共有チャンネルなのかなと思うのだが、そこで話されていることは9割型業務とは無関係な話である。
まあそれでもほのぼのとした世間話が行われてるだけなら無害なのだが、時折Publicという意味を理解できないクレイジーな連中が登場して場が荒れる。
ということもあってかこの雑談チャンネルから真っ当な大人は抜けるようになってきた。
結局、ルールのないネットのコミュニケーションは同じ末路を辿る。
現職エントリ - 毎日わんわん
https://mi111.hatenablog.com/entry/2019/11/01/013545
この現職ブログがslackに対する無理解について叩かれているが、slackを業務連絡チャットとしてのみ利用している部署にとって、自分の業務外のチャンネルで目につくのはそういうところである。
そういう雑談に常駐してるのはほぼ同じメンツのエンジニアなので、彼らがいつ仕事してるのかと感じてしまうのは無理はない。
むしろこのブログ主は、開発現場を振り回しがちな番組制作者が多い中では、開発側に常に敬意を持って接している貴重な人だと思っている。
さて件の退職ブログであるが、あれが各論には同意できる部分があるのにも関わらず、一部の現職から強い反感を買っているのはこの投稿主の人となりにある。
この投稿主はmtgにしろslackにしろ、とにかく意見の異なる他人を罵倒することで有名だった。
あの記事では一切そういう面を出していないので同情が集まっているようだが、彼のtwitterの過去ログを辿ればその断片は垣間見れると思う。
あたかもニコニコの不遇と自分の境遇をシンクロさせてヒロイックに語ってはいるが、彼の場合は他の退職ブログと同列に受け取れないもやりがある。
むしろドワンゴというゆるゆるな環境の中でこれまで許されてきた振る舞いが、体制が変わって許されなくなっただけなのではないか(それでも一般的な会社に比べれば十分ゆるいが)。
今回の記事も含めてドワンゴは大企業病になったと評されることがあるようだが、個人的にはむしろ事業規模に応じてちゃんと大企業になれなかった会社だと思っている。
川上はそういうことに興味がなかった。それでも金のあるうちはなんとかなってしまったのだ。
夏野になって良くも悪くもドワンゴは普通の会社になりつつある。
それがニコニコにとって終わりに見えるのならば、そもそも終わる宿命だったのだろう。
10年前はイケイケどんどんの状態で、この10年高成長を続けてきたIT系企業だ。
高成長に伴い、どんどん人員が入社してきました。カルチャーを大切にする会社でしたが
人員の増加に伴い、カルチャーの崩壊というものを目の当たりにしてきたような気がする。
外資系によくある、英語だけができるため評価され入社したような方も多くなり
IT系のバックグラウンドを持っていない人たちも多くなることにわだかまりを感じていた。
それに伴い社員のレベル感というものは相当低くなってきたようにも感じる。
この10年間、右肩上がりで、世界的にもトップクラスの成長をした経験からか社内には成功体験に固執する風土が高まり、外側で起きているイノベーションやブレイクスルーにマネージャークラスが目を向けず、トレンドに疎くなっている様子は肌で感じた「我が社が一番世界で最高レベル」といった発言が当たり前のように行き交う様相に愕然というか、なんとも言えない残念な心境になっていった。それに伴い社内の雰囲気やレベル感、製品やサービスに対する消費者からの評価は次第に停滞するようにも感じる。
アナリストや評論家の視点からは、製品などの点に焦点を当てた会社の成長見通しや今後の予想が多い。でも私が感じるに大企業病というか、従業員のレベル低下が今後のこの会社の衰退の原因にもなる気がしている。
私は新たな旅に出る。
弊社はベンチャー企業でゾンビ企業だ。第三セクターぽい会社だと思ってくれ。
5月から社長になってしまった。上層部が言うには、事業をするうえで、今の社長は不要らしい。
経常赤字で債務超過、そんな会社に外部から人を招くわけにもいかず、俺が指名された。
正直、末期癌みたいな会社を渡されても困るが、まぁ借金の個人保証はしないし、
20代でそういう経験ができるのは、今後のキャリアにとってもチャンスかなと思って引き受けた。
債務超過で経常赤字の会社の株なんていらんので、俺は株は買わない。雇われ社長といったところだ。
社長の経験はないが、もともと金融機関にいたので、財務と経営についてはある程度知識があった。
今はなんとか立て直している。
中小零細企業なのに大企業病に患っているような節があり、形式を大事にする会社運営がされている。
理念などが制定されておらず、社員の向いている方向がバラバラ…etcと、問題は山積み。
社長になって変わったのは、給料をもらう側から払う側になったという意識だ。
利益を出さないと社員の給与すら払えない、ただ会社にいるだけで金が降ってわいてくるわけではないのだ。当たり前だが。
労働者は法律で保護されすぎている。使えない社員はマジで負債だ。使えるように教育するまでは。
産休とか有給とか残業代とか育児休暇とかヌルいことを言えるのは、大企業だけだと感じるようになった。
中小零細にそんな余裕はないのだ。有給休暇とか申請されると、マジでぶん殴りたくなる。断れないから許可するけども。
両親は大企業での社内結婚組だ、母は仕事を辞め父はクビも異動もなく勤め上げているというモデルケースのようなタイプだ。
そのおかげか親はとにかく大企業病だ。
「大企業なら安心」「福利厚生など面倒見てくれる」「とにかく面倒見がいい」
と刷り込まれる。
その中で感じることは、面倒を見てもらえるということに意識しすぎて気持ち悪いということ。
大企業信仰には飼い慣らされる感じというかいつまでも自立できない感じというか、そういう不気味さを感じる。
理想としては、「雇って面倒見てあげる」というより「君が必要だから働いて欲しい」と言われる人になりたいと思っている。
そうなるための勉強や逆境なら安賃金でも請け負いたいと思う。別に知名度や安定にはこだわらない。
大企業かどうかではなく、そういう基準で仕事を選びたいと思う。
1998年当時、皆が大手企業を中心に就職活動するなか、東京勤務と大企業にだけは就職したくないと、中小企業狙いで就職活動していた反抗期の自分。
今では、ネット界隈で「新卒は教育が充実している大企業か、即戦力が鍛えられるベンチャーか」という論争が盛んだが、当時はネットでの就職情報さえなかった時代だ。当時の俺は、即戦力をつけたいという思いから100人くらいの会社に入社した。仕事は徹夜続きでブラック企業だったが、成長実感が感じられ、働き甲斐も大きかった。
その後、数社のベンチャー企業を転々とした。プロジェクトや会社に与える自分の影響が強いことに働き甲斐を得られる反面、このタフな働き方をずっとは続けてはいけないこともわかった。社長とビジョンを信じ、給与が出ない生活にも耐性がなかった。
働き始めて17年後、いくつかのご縁と幸運が重なり、今は、大企業の東京本社で勤めている。
だが、組織システムが硬直化し動きが遅い上、現場は遠く、自分の仕事なのかどうかも実感できない日々が続く。
社内調整が重視されるため、若いころに培った伸び盛りある現場仕事のノウハウが活かせるような職場でもない。
大学生のころ、絶対に行きたくないと思っていた大企業の東京本社で勤めている。
現実逃避で友人のベンチャー企業を手伝っていると、いつのまにか自分が大企業病に罹っていたことを知る。
やはり、給与がいつ出るかわからない環境に身を置けるほど、若くもなくなってしまった。
リスクばかりを気にするようになった。
技術発展の方向性についても既に世間に転がっているニーズに答えるための「最適化型の発明」と
今の社会には存在しないが商品化されることで必需品となる「新提案型の発明」の2種類がある。
新提案型は今ある問題に対して新しいアプローチや、直接的に目の前の業務と関係性のあることじゃない勉強や開発が必要とされる。
大企業なら企業体力がありそれ専用のプロジェクトチームを作るのは難しくないが、
中小企業は適度に暇な時間を現場レベルで作って遊んでると思われても自分たちで勉強して手探りしていかないといけない。
ベンチャー企業が無かった頃は、会社に残って一生懸命残業してアイデアをひねり出したとか美談のように語られるが、
ぶっちゃけ技術者がこっそり余暇を使って…正確には余暇を作って、自分の知的好奇心を会社を私物化して行ってただけのこと。
誰も予想できない新発見を目指した開発が公に認められるわけがない。
研究所に入って自分のテーマをプレゼンして理解を得て初めて資金を調達して研究できるというプロセスをすっとばして、
会社の物を使って自分のやりたいことをやってたやつがゴマンといたのが昔の話。
その中でたまたまヒットした成功者をピックアップして昔の技術者すごい!今の技術者どうした!?って絶賛してるのがプロジェクトX。
んで、技術者はいるだけで好きな事してた環境があったから立ち回りとか全然そのあたりのノウハウが蓄積されずに、
歳食ったエンジニアは追い出されて、海を渡り今度は中国で好きなことをし始めたのが20年前。
今はもうそういう余暇を奪うことが絶対正義と勘違いしてしまった結果、大企業病が多発してプラスを能動的に作れず不正だらけになった。
利益率にならない行為を認める余暇の重要性を理解していないと今の日本のようにどれだけ先進国としてインフラを発展させても簡単に凋落する。
どうしたら良いのか、何を信じたら良いのかわからなくて困っています。
私の現状はこんな状況です。
・将来独立したい気持ちもあるけど、怖いなぁという気持ちもある。
・専業主婦にはならず生涯働きたい。
いくつかネットの情報などを拝見し、それぞれのメリット、デメリットを知ることができました。
それでも本当かどうかはわからないですし、なかなか実際のところどうなのかという話は聞けませんでした。
ここだと、はてな上に色んな経営者の方や大手からベンチャーまで色んな社員の方がいるので、聞けるかなと思って投稿しました。
※前の匿名記事で実名で書けというコメントがあったのですが、私は就活が怖いので実名では書けません。。。ご了承ください。
忙しいのであまり教えてもらうことができない。
OJTというより、いきなり現場に立たされて知識もないのに自分で調べながら仕事をしなければならない。
もう成長しきっている。
悪くいえばダラダラしてしまっている。
残業はある時期はあるが、労働組合などがうるさいので最近は減っている。
成長途中なのでとにかくがむしゃらに働く。
寝ずに働く。
ただ、家でもどこでも仕事ができちゃうので仕事に関わる時間は多い。
ただ、30超えてから一気に増える。
35歳くらいで一軒家がローンで買える。
初任給でも少ない。
企業が成長し上場とかできるならまだしも、あまり給料が増える保証がない。
一軒家は諦めたほうが良い。
株を渡されることもあり、バイアウトとかできたらある程度のお金が入る。
一軒家は諦めたほうが良い。
色々なコネクションが得られるのが利点。
取引先とか。
ただ、独立しても大企業病が消えず、あまり成長できない会社も多い。
ただ同じようなブラック企業を作ってしまわないかという不安があるらしい。
ディズニーランドが安くいける。
無い。
無い。
こんな感じでしょうか。
私の偏見とネットの変な知識が中心なので、実態を教えていただけるとうれしいです!!
よろしくお願いいたします!!
出勤前にふと思いついたことを、他の方々の意見を聞きたいと思って簡潔に書く。
皆さんの考えをお聞きしたい。
ご存知のとおり、東芝の粉飾決算問題は日に日にその根深い構造を露わにしている。
複数の部署が、上司の指示に従い、協力して粉飾決算を繰り返していた。
日経ビジネスオンラインで指摘されていたのは、
上司も問題だが上司の不正な指示に唯々諾々と従う社員も問題だということだが、
本当にその通りだと思う。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/110879/072800052/?n_cid=nbpnbo_mlp&rt=nocnt
たとえクビになっても会社に意見をするとか、不正に関与するくらいならば会社をやめるとか、
そんな社員がいてもおかしくなかったのに、それがいなかった東芝の企業風土に幻滅した。
東芝では、上司の指示に異を唱えられない企業文化だったのだろう。
それに比べて思うのが、日立製作所の風通しの良さだ。
「拝承」の人など、元日立製作所の人が会社を辞めた後に、いろいろとブログで批判を繰り広げているけれども、
他の企業と、そこが明確に違う。
そして、日立を批判した人々の記事を読み込むと、逆に日立のシステムの良さ、内部の風通しの良さが伝わってくる仕掛けとなっている。
元勤務先を批判している有名ドコロでは大前研一という経営コンサルタントがいる。
彼もまた日立製作所のOBで、現役時代の日立の硬直性を、ときどき著書で揶揄している。
それを読むたびに、
「日立って、大企業にしてはかなり柔軟性のある良い企業じゃないの?」
と思ってしまう。
大前研一がこれほどビッグになって、その意見に権威があるにも関わらず、そう思える。
会社を辞めたあとですら批判できない東芝を始めとする一般企業と、辞めた後の批判を、明白な名誉毀損でない限り許容する日立製作所。
この差は大きい。
結局、社員を萎縮させない日立の自由があるから、大手電機8社の中で唯一大企業病にかからず、日立は一人勝ちを続けているのじゃなかろうか。
それに、日立を辞めて批判をしている人々は、独特の癖がある人が多い。
こんなコミュニケーションに問題のある人物を、能力があったとはいえ、日立はよくぞ採用したものだ、と思う。
この手の人々は、自分なりの正義感を持っていて、それに反することがあれば上司の指示であっても決して従わないから、大企業では採用を控えるものだが、
日立はそれよりも彼らを雇うメリットの方を取っているのだろう。
時に、内部批判などの危険性を招くけれども、それでもいい、という日立の懐の深さがあるのだろう。
……ということをふと考えたのだけれど、どうだろう?