はてなキーワード: 多様性とは
大きいサイズの友人が、合うサイズがない、合うサイズで安くて可愛い服少ない、大きいサイズだけ高いお店があるって愚痴ってきた。
配慮してほしいよねって悲しそうな言い方してたけど、そのサイズを欲しがる人が少ないんだから当たり前じゃん…値段高いのだって、Sサイズと比べて生地の量から違うと思うけど。
あらゆるルートの結論が「親密な1対1の人間関係の中にしか人間の救いはない」と語っているようで気持ちが悪い。
人間は他者と交流することによって社会を形成してはいるが、そこにある救いの形を1対1の恋愛関係に収束されてしまうのはどうも筋が悪いように思う。
こんなことを恋愛シミュレーションゲームに言うのがそもそも筋違いであるのだが、あの頃※1のオタク界におけるエロゲの勢力拡大は凄まじく全てのADVが自動的にエロゲの文脈に落とし込まれていった。
エロゲの文脈とはすなわち「主人公が、女の子と恋愛関係になり※2、その結果として主人公や女の子が抱えていた人生の宿題が解決する」というものだ。
人生におけるありとあらゆる問題は人間関係の結果として解決されるわけだ。
現実が相手ならそんなわけはないと言えるが、生憎あれらはゲームなので、そういう文脈なのだと言われたらもうぐうの音も出ない※3。
俺はCROSS†CHANNEL※4,5 が好きなんだが、あのゲームは泣きゲーに近い所はあるし、人間関係の中に人生の答を見出すが、それは1対1の関係の中に見出すわけじゃない。
アレは、世界と自分の関係について自分の中で答を落とし込んでいく過程として他者との交流、相互理解があるという物語だ※6。
俺だってさ、誰かが本気でお互いのことを考えてくれたら一人では解けない愛のパズルが解けてついでに人生も大体どうにかなるってファンタジーが嫌いなわけじゃないよ。
でもそれがこの世界におけるあらゆる感動的な物語の全てなんじゃないかってぐらいの勢いでそんな話ばかりされるのにはうんざりしてたんだ。
今はもうすっかり業界も下火になったし、力のあるライターが外に出ていったり、ソシャゲを作ってたり、そしてエロシーンを積まない業界でやってたり、トゥルーエンドが一般化したり、そういったことによって「エンディングの形はヒロインと結ばれることだけである※7」という考えは薄れてきているように思う。
そもそも「泣きゲー」というジャンル自体がかなり弱まってきて、人の気持ちを震わせる方法はいい感じのBGMを流しつつ声優に涙声演技させる事だけじゃないし、ガチで感動できるゲームは泣く以外にも笑ったり感心したりさせてくるから「泣き」に特化してるわけでもないなと界隈の空気が変わってきている気がするんだよな。
だからもう俺の「泣きゲー」アレルギーみたいなのも時代遅れになった。
時代遅れになった今だから言えるんだが※8、俺は「泣きゲー」と言われているものが好きじゃなかったよ。
さあ、これが俺のEDだ。
スチルを出してEDテーマを流そう※9。
※1 20年ぐらい前のエロゲ全盛期。KANONや月姫の時代。ネットでは皆エロゲをやっていて、未成年はPS2とかでエロゲをやっていた。きっと多くの親御さんが「この子もキモータになるのかしら」と心配していたことだろう。今はスマホで出来るので親にバレなくて安心。
※2 一部の鬼畜ゲーだと恋愛関係にはならずレイプしたり調教したりする関係になる。が、今回は泣きゲーの話なので省く。が、レイプとかする関係の泣きゲーだってあるにはある。が、今回はその話は省く。
※3 うぐぅに空目したかも知れないが、俺はちゃんと「もうぐうの音も」と書いている。お前の心が歪んでいるからそう見えるんだ。
※4 Google日本語入力が覚えてくれているおかげで「ダガー」で変換する必要がなくなったの楽ちんだね
※5 山田ロミオの名作エロゲ。全ての発達障害と障害者と自閉症とその他諸々がプレイするべき。ただし精神疾患を持っている人がやると危ないので辞めたほうがいい。
※6 そして物語の最後、それぞれのキャラクター達との間でそれぞれの形での1対1の関係が描かれ、それが受け手に「いろんな形でのつながり、いろんな他者の解釈があっていいのだ」と伝えてくれるわけだ。
ミキミキの解釈と霧の解釈が2つに割れて、それに対してお互いが「自分の内心は譲らない」「相手の内心を無理に変えさせる気はない」という形に自然に落ち着いている所が、救われるんだよな、他人の中にある自分の像にもまた多様性が許されていいっていうただそれだけの話なんだけどさ、現実の世界にいる奴らはいざそういう話になったら「そんなの当たり前だろ?」って顔するくせに実際には「いやいや、同じ情報を与えられてその人から得る印象なんて概ね1つに定まるんじゃないの?」みたいな風に平気で思い込んでたりするんだろうなってのが滲み出まくってるじゃん俺はアレが本当に辛くってさ、救われたんだよな、二人のそんな姿に。
※7 バッドエンドとして一人ものエンドがあるだろってツッコミもあるだろうが、アレはGAME OVERの1つでしかないだろ?
※8 俺はKYじゃないから、流行り物に水を差したくないってことだ。
※9 バッドエンドじゃないのかって?そうかも知れないな。結局、俺の物語は奇跡が起きなかったんだよ※10。
奇跡が起きて全員が助かる話
・
ハテラボの登録名はNoralemontan、ノラレモンタン、になっていて変ですが、Tanを付けないと、当時のGoogleがなぜかアカウントをくれなかったからです。
・
ここには、ある場所の過去ログを溜めていたので、3つずつ載せて行きます。
・
・
約7年くらい前、インターネットのとあるところに、ASDスペクトラム他の発達障害者や理解者、関係者のための、掲示板がありました。
リアルの現実では『軽度発達障害グレーゾーン』と呼ばれる人たちなどが、何千人も、ネットの海に潜伏していました。そして掲示板にたどり着いていました。
その、発達障害当事者・関係者向けのコミュ場所、掲示板も、もう終了してしまいました。
・
小さな小さな、一参加者だったレモンむしぱん(旧ハンドルネーム)はブログを作りました。
https://5502r4gengoka.seesaa.net/
・
受動当事者なのに頭の中だけ、言語化が止まらない。生活を浸食する言語化。自分を許せない感情の分析で言語化。
苦しんでいるはずなのに救済をあきらめ続けることが止まらないこの国の軽度当事者たちの不可解さを言語化。
とり憑かれると生活を浸食される妖怪、それは妖怪ゲンゴカー。野良レモンに取り憑いて、今日も薄いペラッペラの言論を危なっかしく書き走る。
・
・
・
・
発達障害GZ(グレーゾーン) Noralemon見た後のリスト
https://www.youtube.com/playlist?list=PL6rI5QtoBePzBZK17qNPaYJE9GcZ5pX3v
ここの説明文の過去ログを、ここに3本ずつ置いていきます。不定期です。1~2カ月に1~2回ぐらいにしようかと考えてます。
・
ユーチューブに自動設定で付いている『後で見る』を公開しようか考えたことがきっかけで、やはり私が一度以上は見て、健全か、恐くないか心配事を確かめてからが良いだろうと考え、『見た後の』リストと名前を付けました。
通常は10本前後の動画と、説明文を入れ替え、入れ替えしているので、2本目のSNSのように利用しています。
無料、安全、難しい手続きなしで使えるらしいのでね。リストに載せたものの感想や連想や思い出や言いたいことを、書きまくった場所。
その説明文を、全部じゃないけどログを取っておきました。3本ずつ載せます。元の動画、URLがあるものも、無いものもあるけどごめんなさいね。
・
▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶
・
●ひっそりと趣味を続けて、ストレス溜まっても趣味を続けて、発散されて、安らげる。ここが羨ましい話。いいねぇ。
この場合は、私も一時期えんえん見てたけど、ソロキャンプがバズってしまって、承認されて、収入としても花開いてしまったけれども、近い世代の野良としては、羨ましいのはそこじゃなくて。もうかったところじゃなくて。
心のオアシスが、今でもいつまでもオアシスであり続けるところ。
私は、身体に限界がきて制限している趣味が発生している。私たち当事者たちは、限界が早めに来やすい。旅行とかの趣味はなるべく早く、気が済むところまで極めておいたほうがいいかもですよ。
https://www.youtube.com/watch?v=3P8zMqCMYxs&t=211s (リゲイントリプルうんちゃらの宣伝も入っていましたが、野良はそんなの視界に入ってません。興味は無いでもない…)
・
●子どもの支援の場合についての動画ですが、4つにまとめられていて、とても ❝とっつきやすい❞ ので揚げました。
大人の私たちも、悩みは多肢にわたって抱えます。あれがうまくいかない、これが満たされない、この相手にこれが通じないetcetcで、まず自分に原因を探すさいに、私たちは自分の生育の中でなにが足りなかったんだろう? と振り返ります。よね?
野良のように、医療からは検査診断以外のなんの分析もご指導ももらえない境遇の当事者は、自分で自給自足しようと孤軍奮闘して人生がほぼ終わるわけです。自分で調べても、ネットで聞いても、振り回されるばかりなのですが、私たちに不足している栄養分(お勉強)にはだいたいこういうものがありますよ、と可視化されるだけでも不安感は違うものなのです。
それでもね、私たちに必要なのに、無い栄養分が4つもあるなんて、多過ぎるかもしれませんね。日々の日常を回すときに、念頭に置いておける限界は、せいぜい1つか2つでしょ。世の理不尽は底知れませんね。
ちなみにこの4つがそろうまでも、1つ1つがブームになりながらそろってきた歴史があります。発達障害が世に知られてくる20年以上前からメンヘラさんたちの治療に応用行動分析、次に自閉の療育にティーチ、そのさいコミュニケーションするためのツールとしてぺクス、今はSSTが流行………? 書店に本がいっぱいある感じですね。
(動画URL、取っといて無かった)
・
ふーん。野良は ❝いやいや過激な実験ですねぇ……❞ と感じて苦笑いするだけで済みますが、済まないかたは、動画再生は無理しないで。
少なくとも、野良の生活圏内で、この治療に近づく手段は無い。それに想像力の獲得が短時間だけ、でも考えようによっては命懸けの治療を一般化することは、今はまだ現実的に考えづらいですよ。
ASD傾向の人は、ASD持ちの家系にも生まれるんでしょうが、一般の普通の家系にも普通に生まれます。それが、こんなお幾ら掛かるか分からない治療が必要であることも現実的に考えづらい。保険適用にするとしても、日本人たちは同調圧力という気質も強い。治療をするように社会が強いることにならないように、成人してから標準以上の知能指数で考えて自己決定でする法整備も必要。成人するまでに、養育者が療育する自信が無いとか、難しいとか、そういう事情は別問題として、横に置いておいて議論されなくてはならないという意見を私は持つよ。
「治療に出資してやるからここに署名捺印しろ」とか、犯罪しろとか、利益を貢げとか、服役しろとか、加害者の加害を受け入れて従えとか、そういう悲劇も問答無用で制裁されて欲しいけど、問答しないと法整備されないのよね~。
私は『永遠の『宿題』の提出』(ブログ参照してね。)問題の自説を持っている。治療していざ、張り切って思考した結果が、必ず『永遠の『宿題』』の正解を出せるものでなければ、脳をリスクにさらしただけで、本人の人生はなにも変わらない現実にしかならない。
大人の当事者たち自身も自己努力をするけれど、多様性を社会が受け入れてくれる気があるなら、たとえば貧困や二次障害のメンヘラを傍観する見守りするだけじゃなく、今の社会の『永遠の『宿題』』の内容をどーにか議論することから始めていただきたい。
(動画URL、取っといて無かった)
多様性はすばらしいことだけど
女性オタクのその、カタギに迷惑を掛けまいと鍵をかけて閉じこもる仕草、よくねーと思ってる。
迷惑だと認識してる時点で、好きを貫く活動が日陰でやるような後ろ暗いもの、だと言うメッセージになってるやん。一般層が見えない引きこもりの内情を理解することは永遠にない。
むしろ線引きのギリギリのラインに挑戦し、できる限り自分たちの活動は明るいものだと示してくべきだ。そうして表現の自由の領域を広げていく。男性オタクの開けっぴろげなスタイルは女からは嫉妬されてうとまれてるけど、言うなればこれは公開ロビー活動なんだよ。
子どものいる家庭を批判してる人がいるらしくて、子持ちとの分断だ、と言われてる。
分断ってゾーニングだよね。
「アフタでやって欲しいのが全部ジャンプ+に取られた」って嘆かれてるし
「四季賞(アフタヌーンの年四回ある漫画賞)に出してくれよ…」 って切なる願いが飛びかってる
でもこれ、個人的にはアフタヌーンにも原因あるんちゃうかなって
アフタの編集者が怖いとか横柄でモラハラされた?みたいな話をわりと聞くんだよね
その漫画を他社に持ってったら普通に批評してもらえるわけで、ならアフタ向き漫画だけと他社に、どうせなら現在多様性に力入れててチャンスも多いジャンプ系列で、って流れてくのもありえるかもな、と
先日、大阪府の吉村洋文知事が0歳児に選挙権を認めるべきという考えを示し、コレに対して愚策であるとするブコメが散見するという事態になったけれども「そもそも民主主義とはどういうシステムなのか?」を考慮すると、直感的に愚策と判断するのもわからなくはないが、実際のところ愚策とも言い難い「決して釈然とはしないが案外悪くはない・・・」「いやでも意思決定に関して能力の低い0歳児に選挙権を与えるのは大人としてどうなんだ・・・」「でも認知症の人も選挙権持ってるしな・・・」と困惑する程度には真面目に考えたい案であるのは間違いないのだ。正直に言って困惑するくらいがバランスの取れた姿勢なんじゃないかと思うが民主主義とはどういうシステムなのか改めて認識してみよう。
民主主義とは人口を背景とした意志の多様性により意志権力の分散を発生させ意志権力の一極集中を防ぐシステムである。
まぁそもそもより新しい形が出てこない限り、現在の形の民主主義とは人口に依存したシステム体系を持っていて、現在の形の民主主義ベースの政治体制を持つ国家が民主主義の保全保護をはかるという意味では人口の源泉足る家族集団へ対してより多くの票を与えるという考えは愚策と断言できるほど頭の悪いものではないんだ(何度も繰り返しているが"現在の形の"である。将来はわからん)。
もう少し具体的に言わないと理解できない人も居るかも知れないから具体的に言うが、我々の国は民主主義を取ることによって天賦人権説が国と有権者によって肯定されており、即ち我々の国の天賦人権説は人口に依存した形で運用されているのだ。
我々の国は神のための国でなければ王侯貴族のための国ではなく人民のための国であるが、それは民主主義システムを背景として運用されており、天賦人権説み言論の自由も表現の自由も信教の自由も性愛の自由も、あらゆる自由が人口を背景として運用されているのだ。0歳児選挙権はこれを心の底からマジで認識してから考えなきゃいけない。
更に付け加えると、あまりにも傲慢でかつ悪逆非道の物言いだが、LGBTQ+の性愛がなぜ違法でないのか?それはLGBTQ+の方々の懸命な活動によって我が国の民主主義を突き動かし民主主義を背景とする我が国の法がLGBTQ+の性愛の自由を認めたからだ。我が国の法は人口を背景として運用されているのだ。LGBTQ+の性愛の自由は人口に守られている。民主主義とはそういうシステムなのだ。
民主主義とは人口を背景とした意志の多様性により意志権力の分散を発生させ意志権力の一極集中を防ぐシステムであることを考えれば、事実上の権力者である政治家が0歳児選挙権を訴えることは自身に集中する現在の意志権力を削ぐことを意味し、民主主義国家の政治家の考えとしては不合格ではなく少なくとも合格ラインには触れる及第点以上は与えなきゃいけない考えなのだよ。
確かに「家族集団という意志権力へ対して意志権力の一極集中をもたらすのはどうなのか?」というのは真っ当な批判であり、前述したLGBTQ+の方々や子供を持たない人たちが苦しい思いをするのではないか?という懸念はもっともである。0歳児選挙権の大きな問題の1つであることは間違いないだろう。
このエントリの目的は「民主主義とはどういうものなのか?」と多くの人々が「0歳児選挙権へ対して直感的に愚策であると判断して思考停止に陥ることを防ぐ」ことにある。
どうかご一考いただきたい。
ひねりも何もなく超絶ど真ん中なフェミドラマだけどあんま話題になってないような
(米津インタビューはブクマついてたけど。あの曲もドラマの内容そのまんまだよね米津は主題歌だとちゃんと上手く合わせてくる)
フェミネタだけじゃなくて、モデルの人は初めて原爆投下は国際法違反とする判決を出してるんだがそこまでやるんだろうか
あと女子法学生仲間の一人としてわざわざ朝鮮からの留学生というキャラを設定してるけどそういう政治的に微妙な所までやるのか?やれるのかNHK
Vにお布施したりはしないが、そこで救われる人がいてもいい気はする
ただ、整形!脱毛!レーザー!ハイフ!油抜き!みたいなのはマジでイキスギって感じ
ほどほどのところで落ち着かないもんかね
まあ、ある程度の家庭なら
重度のADHDだった俺もボコボコに殴られながら風呂に入り、歯を磨いて、ベッドメイキングしたよ
そのお陰でゴミ屋敷にならず、社会人になっても人を呼べる部屋を維持できてる
平成中頃までは夜に爪を切らないとか、色々教えられただろ
今の令和の家庭だとどうなんだろうな
叱らない、殴らないでどうやって清潔感の大切さを教えるんだろうか。
イジメのない今は、中学でも高校でも、臭いよ、って言ってもらえないんでしょ?
教えないよな?わざわざ。