はてなキーワード: 場所とは
「今日は水素担当は来てるの?なんで、帰らせてるの?一緒じゃん、GX(グリーントランスフォーメーション)に関連する分野の人を全員集めてって言ったでしょ!」「身内を大事にしない人間が、何で“チームさっぽろ”ができるんだよ!なんで、気がつかない!」
「どうして、メッセージとかさ、そこの札幌市の連中!〇〇(個人名)とかさ!みんな、あなたもそうじゃん!」「みんな仕事するけど、そういうところ、一番大事にしなきゃいけないところを無視じゃん!信じられない!」「おまえ、一番仲間で、一番大事にしないといけないところ、大事にしてない!」
「この(新聞の)記事出た瞬間に、僕なら『これは、金融機関だったら怒るよね』と思うから、火消しに入るかと思いきや、誰も何も言わない」「それも何でですかって、こんなんは、別にそう大した記事じゃありませんって、〇〇(個人名)!狂ってるよ!」「あんたから、ありがとうも、クソも、メールもない!ありがとうもない!結果もない!誰が、おまえは、って感じだよね?」
「サービス精神のない人が、サービス精神が必要なところをやっちゃだめです」「サービス精神が必要で、調整が必要でって、調整の得意な人がやってください」
「無理なところに無理な人材突っ込んでもダメですよ、もう1回、調整し直して」「札幌市でこれ終わったら、もう1回、会議やってください」「このままでは通用しない、はっきり言います!」
「向いてない人を向いた場所で、人は活躍しないといけないので、向いている人を置いてください」「向かない人を置いても、それは、その人の生き方があるし、生きたままの価値観があるから、無理な場所は無理です」
宗教的な問題であるけれども、 立花孝志が出てくれば落ちるだろうというか、問題が解決するだろうと信じられていたが、立花孝志も、Youtubeの動画も、鈴木光のオヤジの警察官には
効かないというかね、 USBに入れてトラメガでそいつの前でぶっぱなしても効かなかった。
荒川緑道でもそうだが、鉄のポールが横に設置されている場所からこちらに黙って歩いてくる警察官に対して、拡声器を放っても、平気な顔をして接近してくるので、出しても落ちない。
独身女だけど別に男児を女性スペースに入れても構わないと思う。ただ「幼児には性欲がない」というのは間違ってるから気を付けて欲しい。その思い込みは子供を間違った方向へ進ませてしまう可能性がある。
あとそういう場所で男児に限らず子供が何か他人に迷惑を掛けた場合「子供のすることだから」と、言っていいのは「された側だけ」ですよ。これは許す側の言葉です。迷惑を掛けた側が口にしていいことではありません。特に子供の前でそれを言うと「子供である自分の行動を許容しない大人は悪である」と勘違いし助長させる可能性もあります。
子供が他人に迷惑を掛けて許されるのは「単純に子供だから」でなく「無知だから」です。まだ社会のルールを分かっておらず善悪も理解出来ていない。この世には自分やお母さんやお父さんだけでなく多くの他人が自分と同じく尊厳と権利を持ち支え合いながら共同生活を営んでいるんだと知らないからです。
私たちは自分たちがそうであったように子供がそういう存在であると分かっているからこそ「成長することを前提に」許しているのです。その親が子供の責任を取るという信頼関係の上で許しているのです。
繰り返しになりますが私は男児だろうが女児だろうが女性スペースに入ることに何も抵抗はありません。それこそ「子供のすること」と一蹴出来ます。ただ本当にそれが正しいのだろうか?とは思います。
たとえば猫が人間社会のルールを守らないことに腹を立てる人はいませんよね。私の子供に対する気持ちは「それ」に近いです。だからむしろ男児に対して女性スペースに入らないで欲しいと言う女性の一部は「子供を1人の対等な人間として扱っている」と感じますし、ずっと子供の将来を心配しているように思います。(ただしそれによって過度な男児追い出しに繋がることは理解出来ませんが)
それを踏まえてこれを読んでいる親御さんに聞きます。
「あなたは自分の子供を対等な1人の人間として尊重していますか?」
それとは別に、なぜ「もし自分の子供が女性スペースで迷惑を掛けたなら親としてきちんと責任を持って叱ります。だから女性スペースを使わせてください」という意見が出ないのだろうと不思議で仕方ありません。(見逃していたら申し訳ありません)
1番理想的なのは男性スペースに男児が父親と入れてかつ安全であること、ですよね?それが出来ないから「女性スペース」に「仕方なく」入れるしかない、ということですから。
男親は女親より子供を危険に晒しやすいという意見も見ましたが、それならば「トイレはこういう危険があるから目を離さないでね」と言うことは出来ないのでしょうか?もしくは普段から男児のトイレを世話をしてもらってトレーニングしておく、とかも無理なのでしょうか?
とは言え当然親は完璧超人でないことは理解しています。上記の対策を取っていたとしても、もちろん状況的に絶対無理なこともあるでしょう。
ですがこれがもし「父親と娘」だった場合、父親は娘と一緒に女性トイレに入るでしょうか?恐らくそれはほとんどないケースだと思います。またその場合、女児は1人で女性トイレを使用することになりますよね。私自身そういう記憶はたくさんあります。
ではどうして女児で実現出来ることは男児で実現出来ないのか?答えは「女性スペースでは見ず知らずの女性が女児を守ってくれると当たり前に思っているから」ではないでしょうか?またこれは実際にそうだと思います。もし女子トイレに小さな女の子が1人でいたら近くに親がいないか、何かトラブルに巻き込まれていないか、そういう見守りをする無関係の女性は多いと思います。これは「子供嫌いの独身女」でもそうです。かつて女児だった私もこの名も知らぬ女性たちからの当たり前の親切に守られて来ました。
だからと言って男性にそういった見守りがないと言いたいわけでは一切ありません。ただ男性の場合は女性の「危険が側にないかじっと観察し守る」とは違い「自分が危険でないことを知らせるために無関心を装う」という手法を多くの人が取らざるを得ない状況があるかと思います。これは男性自身が危険な存在だと認識されがちであると自覚しているからこその優しさだと思います。
この違いはあくまで私の仮説ではありますが、男女で見守りの形が違う以上どうしたって子供にとって安全なのは女性スペースになります。だから私は“現状の妥協策として”子供を守るためには女性スペースに受け入れることは必要だと思います。
男児の親御さんにお願いしたいのは、トイレや銭湯などでは決して子供から目を離さないこと。子供が性に興味があるという現実から目を背けないこと。
どうしても1人で居させないといけない場合は私もこっそり見守ります。でももしトイレを覗いたり何か迷惑行為をしていたら「ダメだよ」ときちんと叱ってください。そうしたら「子供のしたことですから」と許してくれる人はたくさんいると思うんです。
そして家できちんとお子さんに自分の体のこと、他人の体のことを教えてあげてください。人の体に興味を持つこともエッチな気持ちになることも決して恥ずかしいことではないこと、でもそれは時と場所を選ばなくてはいけないこと。最低限それを理解出来ないうちは女性スペースでは目を離さないでください。
いつか男性スペースに男の子が1人で入っても安心出来る世の中になるまで、男児ママとか女児ママとか子なしとか独身女とか皆で頑張って行きましょうよ。そして世の中のパパたちや独身男もよろしくお願いします。子供たちが大人になった時、もっと安全な世の中になるよう社会全体を良くして行きましょう。
※
私は小学校に上がる前から長年に渡り実の兄から性的虐待を受けたことにより複雑性PTSDになり恋愛も結婚も諦めました。
もしあの時、親が少しでもおかしいと気付いてくれていたら。私の話を聞いてくれたら。兄ではなく私の味方をしていてくれたら、と今も思います。
あの頃の私のような女の子がこれ以上増えませんように。
そして兄のように「妹を犯した兄」という罪の意識を背負って、いつか私に復讐されるのではないかと怯えながら生きて行かなくてはならない男の子が増えませんように。
今子育てをしているお父さんお母さんが自分の子供ときちんと向き合ってくれたら、きっとあの日の私の苦しみも無駄ではなかったんだろうと思います。
津田沼とか蕨とか川崎などの、東京都心まで電車で30分以内で行ける首都圏の駅の話だよ。
それらの駅には、周辺部から路線バスなどで多くの通勤客がやってきて、東京方面の上り列車に乗車していく。
朝夕の時間帯はその路線バスもラッシュ状態なので、ようやくバスのラッシュから解放されたと思ったら、次はラッシュの電車に乗らなければならない。
その点、駅前に建っているタワーマンションは、駅から徒歩0分の場所なので、路線バスのラッシュは味わう必要が無い。
その事実を知ってしまうと、今まで自分たちが味わっていた路線バスのラッシュって一体何だったんだろう、という気持ちになる。
「駅から5キロも離れたベッドタウンに家を買う必要なかったんじゃないか?駅前のタワマンの方が多少お金が掛かっても、そっちの方が超便利だよね
その事実が世間に知れ渡ったりしたら、自分が今住んでいる駅から離れたベッドタウンの価値が暴落するのではないか」
という気持ちになる。
だからお前は 延岡市大貫に存する建造物内の、最近の消防司令補であって、 平成4年11月の志村の消防司令補の佐藤正雄ではない。次に 永谷正男が指定した通信指令補は
裕鳳の管理に係るめぞんときわ台の303号室は203号室と同じような感じ 大貫の消防司令補はみたことがあるが、志村の建造物には行ったことがない上、そもそも、認識が到達
していない
自分は社会経験も豊富ではない上、今まで小さい会社に勤めていただけだったから、こういった仕事は初めてだった。
で、新人たち。まぁ見事に挨拶もしない、返事もしない。こちらが問いかけても全く無反応。
一人だけ反応しようと素振りが見られるが、周りが静かすぎて合わせて沈黙する結果、全員が無反応。
自分たちが社外の人間だからだろうか、とも思っていたが、直属の上司にも全く同じ反応。
「連絡事項があります」と声をかけても、喋ることをやめない。
まぁ、社会経験のなさか……よく言われるZ世代の特徴か……?とは思いながら、そこは現状様子を見ている。
ちなみに、ここの社風はなかなかに古風なThe 体育会系だ。(研修プログラムの中に、走り込みや登山などがある)
そんな感じだからか、勝手な偏見で「こんなだりぃ事やってられっかよ!」みたいな、反発心があるかといえばそこは全然なかった。
とにかく自主性がない。いわれたことはきちんとやる。その代わり、いわれたこと以外は全くしない。
今回の学習方針が「自主性を育てる」だったのも相まって、割と研修者に決定権を委ねる、という事を多々行っているが、皆とにかく困惑する。
誰も動かない上に「いやそっちで決めろよ」という空気すら流れる。
そんな研修者たちの自主性のなさや熱量の低さと社風の古式ゆかしいシステムが、第三者から見ていてあまりにもアンマッチだった。
都会とは到底言えぬ場所に会社を構え、その周辺に引っ越しをさせる。ある人はアパートやマンションを借り、ある人は社宅へ居を構える。
居住地でさえ会社に縛られる。その他の様々なアクティブな雰囲気をまとった行事もあいまって、研修者の性質とのギャップを感じ、頭をひねった。
自分なら間違いなく息苦しさを覚えて、こうも変な風習に縛られるのなら、さっさと離脱してしまうだろうな、と考えた。
でもすぐに、こういうのって割と社会人として普通なんだろうな、と思った。
自分の社会経験の薄さもあいまって、判断に困るのだが、それでもある種自分に社会性がないのだな、と気付いた。
外国で働いていた知人のお子さんが大病を患って帰国することになった。
そりゃ国民健康保険のある日本で治したいよな。親のサポートもあるし。
お子さんは、小中学校は日本の税金で無料で通い、高校も補助金が出て(これもそのうち無償化するだろうが)、大学は留学し、現地で就職した。
今の親は子供に積極的に外国語を学ばせているし、実際子供の語学力も高い。
だからこのお子さんだけじゃない。
日本の税金で学校に行き、働いて金使うのも納税するのも外国、病気になれば治療は日本、そんな若者が増えてるんじゃないか?
日本みたいな未来のない国、出られるなら出たいだろ、若者ならなおさら。
子供が日本国籍のままなら、親が税金の免除や各種申請・支払いをしておけば、帰国した時ある程度日本人と同じサービスを受けられそうだ。
なんで新入社員時点で嫁がいる前提なんだよwwww
たとえば機械系を専攻して世界一の自動車技術を開発したい人にとって、世界一魅力的な街は東京じゃなくて豊田市なんだよ
だから就活時点で第一志望にとおったら自分はこの先ずっと豊田市に住むことがわかってるんだよ
そんで、もともとの話は機械系専攻の女性の大学生がどういう道を選ぶかって話じゃん
男だろうが女だろうが、技術職が仕事で一番しあわせを実感できるのは、自分の技術を世界のトップレベルで生かせることで
自分の技術を生かせるかどうかで、就職先も住む場所も職場環境も決めるべきなんだよ
そういう職場であれば、もとの増田に書かれている悩みなんて、経験済み・解決済みの先輩女性社員も多い
結婚・出産するんでも、そういう技術者の街で技術職同士結婚して育休とって復職する事例がまわりにゴロゴロいるので参考になる
レゴランド・ディスカバリー・センター大阪では大人だけで入場出来ますか?
全世界のレゴランド・ディスカバリー・センターの規則に合わせ、大人だけでの入場をお断りしております。 入場時にお子さまの同伴がない場合は入れません。
先月から書いて準備してある婚姻届は、実は3回も書き損じてしまった。
なんだあの普段の生活で見慣れない言葉の数々は。世の既婚者さん、よくストレートに書けましたねという気持ちだ。
「結婚はしてもしなくてもいい」わりとそんなスタンスで生きてきた。結婚は相手の気持ちがあることだし、今の時代は必ずしなければいけないものでもないと。でも、提出予定日を間近に控えた今、とてもワクワクしている。
結婚をより楽しみで素敵なものに変えてくれたのは、彼はもちろんだけど周囲の人たちの反応もとても大きい。
「顔合わせも結婚式もいらんでしょ。なんなら結婚指輪も婚約指輪もなくてもいいよ」
基本的にはそんなスタンスだった私だけど、「いや、結婚指輪はつけるでしょ」という彼の言葉に「そうなんだ!」となり、一緒にいくつかのお店を見て回った。なんだかんだ、ふたりとも同じ温度感で気に入ったお店が見つかり、近々また訪問する予定だ。刻印する内容を毎日考えては彼に「これはどう!?」と見せびらかしている。いつの間にか私の方が欲しがってる感じになってる。
「両家の顔合わせとかも別にいいっしょ。あーでも、結婚するならとりあえず彼と家族だけは会わせておいた方がいいかね」
そんな感じで、私の家族と会ってもらった。今住んでいる場所から新幹線に乗らなければ着かない私の地元に彼がいるのは、なんだか新鮮だった。
私の母は「仲がいいのが伝わってきてとても良かった、会えてよかった」と言ってくれ、父は「変なヤツじゃなくて普通のヤツで良かった」と言っていたらしい。どんなん連れてくる思っとんねん。「これがオレの精一杯や」と家族がくれたご祝儀には、私が想像するよりもたくさんのお金が入っていた。たまたま会えた親戚の子どもたちも「楽しかった、また会いたい」と言ってくれているらしい。かわいい。
その後、母が「絶対にドレス似合うと思うから着て欲しい」と、お金を支援するのでブライダルフォトを撮らないかと提案してくれた。その言葉を聞いて「ああ、母に結婚した姿をきちんと見せないと」という気持ちになった。結婚式というのは、家族のためにやるものだと言う人がいるけど、「これかあ」となった。家族だけで神前式をしたい、写真も撮りたいと彼に伝えたら、「結婚式はしたいと思わない」と言っていた彼も「やろう」快諾してくれた。ありがとう。綺麗な着物を着て、なんたらかんたら読み上げてもらえると思うと楽しみだ。支援はもちろん断るつもりだけど、母は時折頑固だからな。
彼のご両親も、話を聞く限りだと「家族の関係が希薄な方なのかな?」と思っていたけれど、いざ会ってみたらとても嬉しそうで、私にも良くしてくれる。ご祝儀やお祝いの品をくれたり、「相手の親御さんに何かした方がいいのか?」と丁寧に聞いてくれたり。
それぞれの親の反応を見て、なんだか私も彼も、「私たちって、両親にとってとても大事な我が子だったんだね」と改めて実感することばかりだ。
「既に一緒に住んでいる私たちが結婚しても、そんなに何も変わらないだろう」
そう思っていたけれど、こんな風に家族が喜んでくれて、親戚も友達も「おめでとう」と言ってくれるのは、こそばゆくて嬉しい。 「なんてことない」と思っていた結婚のイベントが、なんだかすごく素敵でたまらないものに感じてくる。
そうそう。「プロポーズなんて別にいらないっしょ!自然かたちでオッケーOK!」と思っていた私だけど、彼は意外にもきちんと考えてくれていた。ある日、私が帰宅すると玄関にぬいぐるみがポンと置かれていて。「見慣れない子がいるねえ」と、その子を抱き上げると、頭にキランとネックレスがついていて、メモが添えてあった。これがプロポーズか!となった。
私はぬいぐるみが好きだ。でも、自宅をぬいぐるみ屋敷にしないよう、なるべく買わないように、買わないように(でも時々厳選して買って)努力している。そんな私の気持ちを知っていながら、ときどき私にぬいぐるみをプレゼントしてくる彼は「オレがこの家をぬいぐるみ屋敷にしてしまうかもしれない」と言っていた(笑)。彼がいいなら別にいいのだが。この新しい子も、他の子達も、わんころべえも、ついでに私も。末永く大事にしてくれたまえ。
別に煽ってるわけじゃなくてさ
子供が見るような場所で性的な広告はやめてね😉って言ってるだけの人たちに顔真っ赤にして反論
ちょっと異常じゃない?
くどいようだけど別に煽ってるわけじゃない