はてなキーワード: 地蔵菩薩とは
地蔵は「地蔵菩薩」。道端によくいる、坊主頭の仏像がお地蔵様だ。地獄を始めとした六道を行き来して迷える魂を救済してくれると言われる。それが転じて道祖神として道を守る仏様として道端によく置かれている訳だ。
釈迦は言わずと知れた仏教の開祖であり、悟った人=仏陀である。信仰の対象としては「釈迦如来」と呼ばれる。
釈迦が分類される「如来」は「悟りを開いた人」であり、像容としては、肉髻と螺髪、つまり頭頂部が盛り上がったパンチパーマみたいな大仏ヘアで表現される。
地蔵が分類される「菩薩」は「悟りを目指し修行中の身」で、髪を結って宝冠を被り持ち物を持つ姿をするものが多いが、地蔵の場合はそうりょのように坊主頭で錫杖を持つ姿で表現される。
壬生寺(みぶでら)は、京都市中京区壬生にある律宗大本山の寺院である。本尊は地蔵菩薩、開基は園城寺(三井寺)の僧快賢である。中世に寺を再興した融通念仏の円覚上人が創始したとされる「大念仏狂言」を伝える寺として、また新選組ゆかりの寺としても知られる。古くは地蔵院、宝幢三昧寺[1]、心浄光院と号した。
目次 [非表示]
1 歴史
2 境内
3 文化財
3.1 重要文化財
3.2 焼失した重要文化財
3.3 重要無形民俗文化財
4 行事
5 関連項目
6 アクセス
7 脚注
8 外部リンク
園城寺(三井寺)の僧快賢が、991年(正暦2年)に自身の母のために建立したとされる。京都では珍しい律宗(総本山は奈良・唐招提寺)寺院である。
中世に融通念仏の円覚上人が中興。大念仏会の際に上演される重要無形民俗文化財の「壬生大念仏狂言」(壬生狂言)は円覚上人が始めたものと伝えられる[2]。
江戸時代後期の幕末には京都の治安維持を目的に活動した新選組(当初は壬生浪士組といった)の本拠が壬生村の八木家に置かれた。当寺境内は新選組の兵法調練場に使われ、武芸などの訓練が行われたという。その縁で境内には局長近藤勇の銅像や、新選組隊士の墓である壬生塚がある(近藤勇の墓とされるものは、当所以外にも会津若松市、三鷹市などに存在する)。
当寺旧本尊の地蔵菩薩半跏像(鎌倉時代後期の作)は、「壬生地蔵」と呼ばれ信仰を集めていたが、1962年(昭和37年)7月25日、放火により本堂とともに焼失した。現在の本尊・地蔵菩薩立像は、火災後に本山の唐招提寺から移されたものである。
現在の本堂は1970年(昭和45年)の再建である。境内には他に大念仏堂(狂言舞台、重要文化財)、近藤勇銅像、壬生塚、千体仏塔(パゴダ様式の仏塔に1000体の石仏を円錐形に安置したもの)などがある。
錫杖(しゃくじょう)
紙本墨画淡彩列仙図 長谷川等伯筆 六曲一双(左隻の一扇を欠く)
壬生寺大念仏堂(狂言舞台)(附 道具蔵、脇門、土塀2棟、棟札2枚)
典拠:2000年(平成12年)までに指定の国宝・重要文化財については、『国宝・重要文化財大全 別巻』(所有者別総合目録・名称総索引・統計資料)(毎日新聞社、2000)による。
金鼓 正嘉元年(1257年)銘 - 「金鼓」は仏堂の軒先に吊るす「鰐口」のこと
毎年節分と春秋に演じられる無言劇。大念仏狂言(だいねんぶつきょうげん)とも呼ばれる。重要無形民俗文化財に指定されている。公開は2月の節分の当日と前日、4月29日から5月5日まで、及び10月の体育の日を含む3日間(年間12日間)[4]。詳細は「壬生狂言」を参照
壬生六斎念仏踊り
年中行事として、かつては毎年8月9日の精霊迎え火、16日の精霊送り火、23日の地蔵盆に壬生寺で上演されていたが、現在は9日にのみ実施されている。重要無形民俗文化財。詳細は「壬生六斎念仏踊り」を参照
地蔵盆時の出開帳
壬生寺は、地蔵菩薩を本尊とする寺として、地蔵盆の際に地蔵の石仏を貸し出す、俗称「レンタル地蔵」を行っていることでも知られる。
京都でも新興住宅地などでは地域の地蔵がなく、地蔵盆が行えないことがある。この場合は宗教色を薄めた「夏祭り」とする所もあるが、地蔵を借りてきて地蔵盆を行うところもある。壬生寺の場合は、明治時代から京都各地の区画整理などに伴って祀れなくなった石仏が多数引き取られており、これを出開帳の形式をとって希望する各町に貸し出しているのである。
今、テレビを見ていたら、インターネット赤ちゃんポストについての記事を見た。
私は、これについては、非常にいい取り組みだと考えている。
たまたま1件、養母が詐欺容疑で逮捕されたとしても、その大きな流れを止める必要はない、と考える。
私が、2004年に釈尊から、「至碧金剛如来」という法号を与えられ、仏陀として認められた時に、釈尊から、
私が地蔵菩薩の魂である、と明かされた。私も、それについては、思い当たる節が沢山あった。
地蔵菩薩は、子供や水子の守り神であり、お釈迦さまから、釈尊亡き後の後事を託された。
その観点からして、中絶される命をどのような形かにせよ、救うことは、社会として認めるべきだと思う。
たとえ、里親が詐欺で捕まえられようとも、途中で育てられなくなって、施設に引き取られる運命を辿るにせよ、
とにかく、生まれて来たことを評価するべきである。その里親がいい人ばかりでなくても、子供を欲しいと願っている
家族の下に、一度でも行くことは、その子の運命として、喜ぶべきことである。現在は、無責任に妊娠するケースも沢山ある。
そして、生まれた結果、いじめや虐待に会う子供もいる。それでも、私は、産んで育てる方が良い、と思うのである。
これは、仏陀の視点であり、反対も沢山あると思うのであるが、宇宙創造主の御心からすれば、そういうことである。
赤ちゃんポストに、寄付するように心がければ良いと思う。私も、生活に余裕ができたら、ぜひ、慈恵病院の「こうのとりのゆりかご」に
過去久遠の昔、インドに大変慈悲深い2人の王がいた。一人は自らが仏となることで人を救おうと考え、一切智威(成就)如来という仏になった。だが、もう一人の王は仏になる力を持ちながら、あえて仏となることを拒否し、自らの意で人の身のまま地獄に落ち、すべての苦悩とさ迷い続ける魂を救おうとした。
http://ja.wikipedia.org/wiki/地蔵菩薩
地蔵菩薩は、「他者の苦しみが無くなるまで自ら苦しみにとどまる」という誓願を立てる事によって仏(一切の苦しみから解放された存在)となり、逆説的に自らも救済する事になった。
まどかは、全ての魔法少女を救い、その呪いを背負う、という願いによって、魔法少女のさらに高位の概念となり、自らの呪いからも解き放たれた。