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はてなキーワード: 土器とは

2024-04-20

anond:20240420102051

日本人先祖紀元前1500年ごろに朝鮮半島で栄えた無紋土器文化の人々だ

これらの人々が紀元前1000年頃に列島移住して弥生時代が始まった

本来朝鮮半島日本集団が先住していた土地だった

しか古墳時代ごろには朝鮮系集団に圧迫され、百済滅亡と白村江の戦いでの敗北で半島での影響力を完全に失ってしまった

民族故郷を失いアイデンティティ危機に晒されたからこそ記紀編纂日本を名乗るようになったのだ

まり朝鮮半島はパクられたのだ

2024-03-25

昔の日本ではハート形を何と呼んでいたのだろう

気になるねえ

何故気になったのか

昨晩の鉄腕DASH自然薯を掘っているのを見たか

自然薯を探すときはまず特徴的なハート形の葉を探すとよい」のような説明がされることがままある

ハート形」という概念が無い昔の日本だと自然薯山芋の葉のような形を何と呼んでいたのか、というのを知りたい

調べましょうね

とりあえず「ハート 昔 日本」でぐぐってみるか……

なるほど、西洋からいわゆる「ハート概念が伝来する以前から土器織物ハート形の文様存在する、と

神社仏閣など建築物には「猪目」と呼ばれるハート形の意匠が施されている、と

なるほどねえ

じゃあ昔の日本自然薯を探すときは「猪目型の葉っぱを探すとよい」と説明されていたのだろうなぁ~

……とはならない

西洋ハート伝来以前から猪目と呼ばれるハート形の文様存在した」イコール自然薯など芋系のハート形の葉っぱを当時の人は猪目のような形の葉っぱと呼んでいた」とはならない

芋掘りする農民が「猪目」というある種の専門用語日常的に使用するか?という点を疑う

農民が子を連れて山に入り、山芋の探し方を教える時に「山芋はこういう形の葉っぱだ」と伝える時、その葉の形をどういう形と表現するか?

勘だけど逆なんだろうな

すなわちハート形を「芋の葉のような形」と呼んでいたのではないか……という勘

その場合

ハート形」という概念が無い昔の日本だと自然薯山芋の葉のような形を何と呼んでいたのか、というのを知りたい

の問いの答えは「自然薯山芋の葉のような形はそのまま『芋の葉のような形』と呼んでいた」ことになる

農民が子に山芋の探し方を教える時も、山芋の葉の形を何かに例えたりせず「こういう葉っぱの形は芋の葉の形だ」と表現する……?

さて、この勘由来の仮説を検証するにはどんな文献を探せばいいのか

とりあえず昔の植物図鑑記述を探してみるか?

いろいろぐぐってみるか

……「大和いも」のwikipediaのページの記述

大和いも - Wikipedia

1911年明治44年)、奈良県農事試験場(現農業研究開発センター)がツクネイモの品種試験を開始した。黒皮ツクネの特徴として「所謂大和薯にして本県の原産なり 蔓褐色にして太く葉は広き心臓形にして葉肉厚く濃緑なり 草勢強壮にして本県の風土に能く適正す 塊根は球状にして豊肥凹凸なく外皮粗厚にして小亀裂をなして亀甲形の斑点をなす 肉質純白水分少なく粘気強くして品質頗る佳良 料理菓子蒲鉾用等に用途広く四ヶ年平均反当収量六百三十二貫四百匁(2.37t)にして種薯に対する生産割合は約八倍に達し供試各品種第二位にありと雖も其価格高きが故に経済上は寧ろ第一位を占む 該薯は零余子(むかご)は頗る小にして二ヶ年間栽培せざれば種薯に供養し難し[9]」と記録されている。

20世紀初頭時点で「心臓形」という表現が使われている

キリスト教伝来から300年以上経過しているかハート形という概念が浸透していても不思議じゃない

キリスト教伝来以前の記述を探したいところだが……

いや、リンネ分類学著作日本に伝来した時期あたりも調べる価値があるか?

西洋植物図鑑で「heart-shaped」のような説明がされているのが翻訳されたことで明治期に一般に普及の可能性……

『日葡辞書』になんか自然薯記述とかないかなあ……いや、あったとしてもポルトガル目線記述から意味いか……

江戸時代アサガオ流行したようだ

園芸アサガオの葉っぱの形で「芋葉」と呼ばれる変異パターンがあるようだ

この呼称江戸時代からあったかどうか?

もし当時からそう呼ばれていたとすれば傍証にはなるか……?

時間切れ、また夜に調べるか……

しかハート形の葉っぱなんて芋に限った話じゃない

例えば徳川家三つ葉葵紋とかもハートの形しているし

三つ葉葵紋は西洋人にハート形と誤解されたみたいな逸話をどこかで読んだような……

いも限定で探すのは筋が悪いかもしれない、再考すること

これは日記です

---

追加で調べたメモ書きを追記しましょうね

葉身 - Wikipedia

Wikipediaの「葉身」の「葉の概形を表す用語」を見ると興味深い

自然薯や葵のような葉は「心臓形(cordate)」と分類されている

その一方でカタバミのような葉は「倒心臓形(obcordate)」と分類されている

へえ……カタバミの方が逆位置扱いなんだ?

きっと西洋メジャーハート形の葉が葵みたいなタイプで、後からマイナーな側に倒心臓形と名付けられた、みたいな流れがあるのだろう

ヨーロッパメジャーハート形の葉っぱの植物……西洋菩提樹とかかなあ

知らんけど~

おそらく現代人の葉っぱの形に対する分解能が昔と比べて落ちている

色の分解能が上がって青と緑が別々になった現象の逆

葵の葉の形と芋の葉の形を現代人は一括りにハート形としてしまうが、昔の人は正しくそれぞれ「葵の葉のような形」「芋の葉のような形」と認識していた可能性がある

ゆえに、「ハート形」に類する形を指す言葉不要だった……とか

その場合

ハート形」という概念が無い昔の日本だと自然薯山芋の葉のような形を何と呼んでいたのか、というのを知りたい

に対する回答は「ハート形より細分化されたそれぞれの植物の葉の形に例えられた表現で呼ばれていた。芋の葉は芋の葉のような形と呼ぶほかないし、葵の葉は葵の葉のような形と呼ぶ。」

となる

本当に?ちょっと怪しい理屈な気がする

そもそも葉っぱ以外でハート形をしたモノが例えば江戸時代にどれだけあったというのか、という話がある(桃とか……しかし葉っぱを指すときに「桃の形の葉っぱ」とは言わんやろ、たぶん)

市松模様とか唐草模様とか、古くからある文様でいわゆるハート柄っぽく見えるものはないっぽいしなあ……一応「猪目文」があるのか

それこそ数少ない葉っぱ以外のモチーフハート形が現れたときそれを「猪目」と呼んでいたのではないか

検証できるかどうか

うーんどうだろう、例えばこういう攻め方はどうか

本草学」という昔の日本学問ジャンルがある

博物学医学薬学中間みたいなジャンルという認識なのだが、植物の葉の形で分類するみたいなことをやっていたらしい

そういう文献にはきっとハート形の葉の説明文章があるはず

ただなぁ~、学者先生が使う言葉認識と、市井の人々の使う言葉認識って別だろうからな……

自分が欲しい情報じゃないかもな

とりあえず1759年ごろに書かれた『花彙』という名の植物図鑑国会図書館デジタルコレクションで読んでみよう

---

ああそうだ、江戸時代には和算というものがあった

面積を求める和算問題で、ハート形の図形の面積を求めよ……みたいな問題あるかもな

もしあったなら「〇〇に似たこの図形の~」みたいな記述があるかも

一応調べること

→軽く調べてみたが無さそう……こち方面調査頓挫

---

調査がとっちらかったので自分の関心の向き先を言語化しておこう

■メインクエス

・「ハート形」という概念が無い昔の日本だと自然薯山芋の葉のような形を何と呼んでいたのかの調査(昔の人は山芋の探し方をどうやって伝えたのか問題

■サブクエスト

・昔の日本における(芋の葉以外の)「ハート形」と類似した図案、文様使用例、またその呼称調査

幕末明治期の文献からハート形」」「心形」「心臓形」の記述を探して市井の人々の中に「ハート形」という概念が定着していった流れの調査

調べがいがありそうなテーマだし、焦らずゆっくり調べていこう

---

メモ

こういう調べものをしていると古辞書に何と書かれているか確認したいというシーンがしばしばある

インターネット上で閲覧できる古辞書を調べる事

また、現代語訳された古辞書書籍として売ってあるなら購入も検討すること

辞書で「猪目」をひいて何と書かれてあるかを確認したい

辞書辞典であるならば形の説明文章でしている可能性がある

また、もしも辞書に「猪目」が載っていないなら当時の一般的な語彙の中に「猪目」が含まれていないとみなすことが出来るかもしれない

ここまでの調べものは「猪目は確かに日本古来から存在するハート形の模様だけど、昔の日本の多くの人は猪目って単語を知らないのではないか」という話が前提にあるので、その裏取りにもなる

神社仏閣に猪目模様があって、その模様があると知っている人でも、その模様の名前を知っているかどうかは完全に別

例えば……コンクリートブロック塀の松みたいな模様の穴が開いたブロック、あれの名前を知っている現代人は少ないのではないか

似たような構造があることを疑っている←この例は適切ではない……「身近にある模様でも名前を知らないものはある」という意図で例示したが、……上手く言語化できないな、後で再考する バックスペースを押さないことがアウトプットやすくなるコツみたいな文章を何かで読んだ

トランプハート柄が「猪目柄」と呼ばれないという傍証はあるんだけどな……→昔の日本人でも猪目という単語を知っている人は少ない説

それはそれとして、そろそろくずし字を読めるようにならないと調べものが滞る……教材を探して勉強してみるか

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■メインクエス

・「ハート形」という概念が無い昔の日本だと自然薯山芋の葉のような形を何と呼んでいたのかの調査(昔の人は山芋の探し方をどうやって伝えたのか問題

→率直に「芋の葉の形」と何にも例えず呼んでいた、あるいは「芋の葉に似た植物の葉の形」を例に挙げて説明していた……と思われる

直接的な物証発見できず

しかし古い植物図鑑を見ていると、例えばサツマイモの葉の説明をするときに「葉は朝顔に似る」のように別の植物で例える記述が多くみられた

(余談だがアサガオヒルガオ科サツマイモ属なので葉が似ているのは納得、リンネ階層分類体系は偉大っすなあ)

であれば別の植物の葉の形で例えるのがまあ自然か……

■サブクエスト

・昔の日本における(芋の葉以外の)「ハート形」と類似した図案、文様使用例、またその呼称調査

→これは猪目、家紋で描かれるカタバミや葵あたりが該当

芋って家紋モチーフにないんだなあ、考えてみるとちょっと意外(芋桐紋とかあるけど、これは芋ではなく桐モチーフと呼ぶべきだろう)

♡の幾何学的な図形の特徴を指す呼称という意味では、そのような概念存在しない……か?

猪目が一応それではあるんだけど、市井の人々に広く知られた概念ではなかった(これも証拠なし)

からこそ芋や葵の葉も「♡の幾何学的な図形の特徴を指す呼称」で形を例えられないということになる

幕末明治期の文献からハート形」」「心形」「心臓形」の記述を探して市井の人々の中に「ハート形」という概念が定着していった流れの調査

→ https://web.archive.org/web/20181002182121/nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/261341.html

トラバ言及いたここに詳しい(情報提供感謝

調査がひと段落したのでクローズ

2024-03-13

現代詩

実る道行

 

 

 

いま雄叫びからすむぎ

そして実りゆく案山子

つるむらさきと芹ならば

かえって心も気も楽か

 

紙が毛羽立つ筆先に

今日自分感情

眠れるものから綴じるのか

寝てもいいけど角度を変えて

どの交情が占めるかとか

激情の水と信仰

雁は帰巣の頭を巡らせ

湯冷めのしない羽休め

気持ちをすべて言い当てられて

謎まだ解けず

声、小さいよ

もう眠そうな声

眠いのか、そう眠たいならね

 

薄暮れにひきあげて

体の幅で塞ぐ畦道

ゆくりなく渡り歩いて

抜き足を峠まで運ぶか

運んだ先の馬場で待つ蟻

 

夜の目も利く先導と

山裾からまた山裾へ

 

思い出したら話してくれる

何かと深めた信心

あたらしい主になり代わる

鯰の潜む流れから

 

遠くから二十万騎のかちどき

おおむね好意を内に示して

 

尖底土器まで野心が巡る

ただ走り先走る尖石

 

雪が見えるの

なれの果て

それがおまえ

おびただしく連なるからたち

 

絶えずまわりにくべる火の

しらじら退いた機先

 

明日の天気は野を分けて

みだりに迫り来る老齢

未来蕎麦も遠のいて

昼のあずきとも関係ない

払えば道となる藪を

ぼうぼう伸びるにまかせていれば

 

北限に迫る脊梁

とうとう採集しきれぬノート

たかく道行き

ゆずりあう群落を間引いても

洗いそそいで運ばねば

枯れるもなにも使う人のない枕木

 

ノウゼンカズラ

向こうで咲いてたか

走りながら根付くわけではないか

うそこまで行ければいい気がする

 

ひとまず不慣れな先行きで

まずは燕をとらえるか

あぶみを離れるいななきの

鼻先まで香るうちに

まずは燕をとらえてみるか

 

 

 

パッチ・ワークス』(港の人)より

https://www.minatonohito.jp/book/420/

anond:20240313125528

従来は縄文人弥生人の混血によって現代日本人が構成されていったと思われていたが、古代ゲノム研究によって現代日本人は縄文時代DNA10% + 弥生時代DNA15% + 古墳時代人80%で構成されていることが判明した

そして縄文人DNAを最も色濃く引いているのは現代アイヌ

これらのDNA情報に加えて発掘された考古学情報によって日本人誕生が明らかになっている

1.東南アジア起源とする集団が3万8千年前ごろに日本へ到着(ベトナムホアビン文化人骨のゲノムと極めて近い)

2.3000年前 朝鮮半島の無文土器文化集団第一波として日本列島水稲耕作を携え列島流入弥生時代の始まり

3.1800年朝鮮半島から第二波の移住古墳時代の始まり

  先住していた縄文人同化され縮小、関東以北では「蝦夷」として残存

  東北地方以南では日本語族集団同化されたため縄文系言語北海道アイヌにのみ、日本語に強い影響を受けた形で、残存

このうち弥生時代古墳時代列島流入した集団は偏堡(Pianpu)文化紀元前2700年頃の遼西地区東部もしくはマンチュリア南部遼河流域に起源があることもゲノムによって分かっている。

紀元前1500年頃に朝鮮半島北部中央部ゴングウィリ(Gonggwiri)式土器を介して朝鮮半島南部の無文(Mumun)文化形成し、

この頃に磨製石器を伴う稲作など灌漑農耕が山東半島から遼東半島経由で朝鮮半島南部へと広がり、

紀元前9世紀に九州北部へと広がり弥生文化形成に至って、日本列島在来の「縄文語」系統を(北海道を除いてほぼ)駆逐した、と研究は示している。

2024-01-31

[]

可児市郷土歴史館で開催している柿田の遺跡発掘調査展を拝見してまいりましたわ

カタカナでカキダと表記されているのをみてカタギと読み間違えてしまいましたわ

おほほ

流路跡に廃棄された木製品がたくさん見つかっていて貴重ですわ

「大足」と呼ばれる木製品は実は胴体をはめて使っていたことが判明した忍者道具の「水蜘蛛」と違って

足を置く場所があるので「大足」は本当に足を乗せて使っていたようですの

常設展からみて墨書土器に関心が高い可児市郷土歴史館らしく墨書土器もまとめられていましたわ

2024-01-30

anond:20240130143632

やはり理系科学

古代ゲノムこそが日本の新の歴史を明らかにする

従来は縄文人弥生人の混血によって現代日本人が構成されていったと思われていたが、古代ゲノム研究によって現代日本人は縄文時代DNA10% + 弥生時代DNA15% + 古墳時代人80%で構成されていることが判明した

そして縄文人DNAを最も色濃く引いているのは現代アイヌ

これらのDNA情報に加えて発掘された考古学情報によって日本人の誕生が明らかになっている

1.東南アジアを期限とする集団が3万8千年前ごろに日本へ到着(ベトナムホアビン文化人骨のゲノムと極めて近い)

2.3000年前 朝鮮半島の無文土器文化集団第一波として日本列島水稲耕作を携え列島流入弥生時代の始まり

3.1800年朝鮮半島から第二波の移住古墳時代の始まり

  先住していた縄文人同化され縮小、関東以北では「蝦夷」として残存する

  東北地方以南では日本語族集団同化されたため、縄文系言語北海道アイヌでのみかなり日本語に影響を受けた形で残存

このうち弥生時代古墳時代列島流入した集団は偏堡(Pianpu)文化紀元前2700年頃の遼西地区東部もしくはマンチュリア南部遼河流域に起源があることもゲノムによって分かっている。

紀元前1500年頃に朝鮮半島北部中央部ゴングウィリ(Gonggwiri)式土器を介して朝鮮半島南部の無文(Mumun)文化形成し、

この頃に磨製石器を伴う稲作など灌漑農耕が山東半島から遼東半島経由で朝鮮半島南部へと広がり、

紀元前9世紀に九州北部へと広がり弥生文化形成に至って、日本列島在来の「縄文語」系統を(北海道を除いてほぼ)やがて駆逐した、と研究は示している。

2023-12-21

anond:20231221180034

日本語祖語は偏堡(Pianpu)文化紀元前2700年頃の遼西地区東部もしくはマンチュリア南部遼河流域に起源があり、

紀元前1500年頃に朝鮮半島北部中央部ゴングウィリ(Gonggwiri)式土器を介して朝鮮半島南部の無文(Mumun)文化形成し、

この頃に磨製石器を伴う稲作など灌漑農耕が山東半島から遼東半島経由で朝鮮半島南部へと広がり、

紀元前9世紀に九州北部へと広がり弥生文化形成に至って、日本列島在来の「縄文語」系統を(北海道を除いてほぼ)やがて駆逐した、とされます(Miyamoto., 2022)。

一方、朝鮮語祖語もマンチュリア南部とその周辺に起源があり、現在北京付近位置した、いわゆる戦国の七雄の一国である燕の東方への拡大に圧迫されて朝鮮半島へと移動し、

その考古学指標紀元前5世紀頃の粘土土器(rolled rim vessel、Jeomtodae)文化になり、やがて朝鮮半島から日本語系統駆逐した、と指摘されています(Miyamoto., 2022)。

まりマンチュリア南部とその周辺から、まず紀元前二千年紀半ばに日本語系統朝鮮半島へと到来し、その後で九州北部に広がったのに対して、朝鮮語系統紀元前千年紀半ばに朝鮮半島へ到来した、というわけです。





参考文献:

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doi.org/10.1126/sciadv.abh2419

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doi.org/10.1038/s42003-020-01162-2

Gelabert P. et al.(2022): Northeastern Asian and Jomon-related genetic structure in the Three Kingdoms period of Gimhae, Korea. Current Biology, 32, 15, 3232–3244.E6.

doi.org/10.1016/j.cub.2022.06.004

Harris EE.著(2016)、水谷淳訳『ゲノム革命 ヒト起源真実』(早川書房原書刊行2015年

Huang X. et al.(2022): Genomic Insights Into the Demographic History of the Southern Chinese. Frontiers in Ecology and Evolution, 10:853391.

doi.org/10.3389/fevo.2022.853391

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doi.org/10.1537/ase.190415

Lee DN. et al.(2022): Genomic detection of a secondary family burial in a single jar coffin in early Medieval Korea. American Journal of Biological Anthropology, 179, 4, 585–597.

doi.org/10.1002/ajpa.24650

Mafessoni F. et al.(2020): A high-coverage Neandertal genome from Chagyrskaya Cave. PNAS, 117, 26, 15132–15136.

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Mao X. et al.(2021): The deep population history of northern East Asia from the Late Pleistocene to the Holocene. Cell, 184, 12, 3256–3266.E13.

doi.org/10.1016/j.cell.2021.04.040

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doi.org/10.1017/ehs.2021.49

Mizuno F. et al.(2021): Population dynamics in the Japanese Archipelago since the Pleistocene revealed by the complete mitochondrial genome sequences. Scientific Reports, 11, 12018.

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Ning C. et al.(2020): Ancient genomes from northern China suggest links between subsistence changes and human migration. Nature Communications, 11, 2700.

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Petr M. et al.(2020): The evolutionary history of Neanderthal and Denisovan Y chromosomes. Science, 369, 6511, 1653–1656.

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Sato T. et al.(2021): Whole-Genome Sequencing of a 900-Year-Old Human Skeleton Supports Two Past Migration Events from the Russian Far East to Northern Japan. Genome Biology and Evolution, 13, 9, evab192.

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Scally A. et al.(2012): Insights into hominid evolution from the gorilla genome sequence. Nature, 483, 7388, 169–175.

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Sikora M. et al.(2019): The population history of northeastern Siberia since the Pleistocene. Nature, 570, 7760, 182–188.

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神澤秀明、角田恒雄、安達登、篠田謙一(2021b)「鳥取県鳥取市青谷上寺遺跡出土弥生後期人骨の核DNA分析」『国立歴史民俗博物館研究報告』第228集P295-307

神澤秀明、角田恒雄、安達登、篠田謙一(2021c)「香川県高松市茶臼山古墳出土古墳前期人骨の核DNA分析」『国立歴史民俗博物館研究報告』第228集P369-373

神澤秀明、角田恒雄、安達登、篠田謙一、斎藤成也(2021d)「島根県出雲市猪目洞窟遺跡土人骨の核DNA分析」『国立歴史民俗博物館研究報告』第228集P329-340

国武貞克(2021)「中央アジア西部における初期後期旧石器時代(IUP期)石器群の追求と日本列島到来の可能性」『パレオアジア文化史学アジアにおけるホモ・サピエンス定着プロセス地理的編年的枠組みの構築2020年研究報告書(PaleoAsia Project Series 32)』P11-20

上峯篤史(2020)「存否問題のムコウ」『Communication of the Paleo Perspective』第2巻P24-25

佐藤宏之(2013)「日本列島の成立と狩猟採集社会」『岩波講座 日本歴史  第1巻 原始・古代1』P27-62

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篠田謙一、神澤秀明、角田恒雄、安達登(2019)「西北九州弥生人遺伝的な特徴―佐世保市本山岩陰遺跡土人骨の核ゲノム解析―」『Anthropological Science (Japanese Series)』119巻1号P25-43

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瀬川拓郎(2019)「アイヌ文化縄文文化関係はあるか」北條芳隆編『考古学講義』第2刷(筑摩書房、第1刷の刊行2019年)P85-102

高宮広土(2014)「奄美沖縄諸島へのヒトの移動」印東道子編『人類の移動誌』初版第2刷(臨川書店)第3章「日本へ」第5節P182-197

松波雅俊(2020)「ゲノム検証する沖縄人の由来」斎藤成也編著『最新DNA研究が解き明かす。 日本人の誕生』第2刷(秀和システム)第5章

水ノ江和同(2022)『縄文人は海を越えたか 言葉文化圏』(朝日新聞出版

山田康弘(2015)『つくられた縄文時代 日本文化原像を探る』(新潮社

2023-12-05

縄文式土器の底が尖っている理由は、煮炊きをする時に火のまわりをよくするためと考えられています。また、ヨーロッパではバスケット形態模倣したとする説もあります。

底が尖っている土器は尖底土器と呼ばれ、縄文早期を中心に、一部の地域では前期や晩期にも見られます。尖底部の形状は砲弾形・乳房状・天狗の鼻状などがあります。

縄文土器の主要な用途は煮炊きや貯蔵です。地面を掘りくぼめて土器をおいたか、または五徳(ごとく)のようななんらかの台を用いて使用したと考えられます。

2023-11-11

anond:20231111204833

縄文人弥生人は、たぶん鉄炉や磁器窯を作る部族排斥してたよね

土器部や石器部の利権保護しつつ、鉄器磁器を作るべきだったね

2023-11-04

公的郵便物にだけ消印がないのなんとかなんないの?役人データにおいてタイムスタンプが何よりも重要だってこと知らないの?

山のような過去郵便物からうっかり見つかった重要書類

締切はとっくに過ぎているが、悪いのは私だ

市役所までバスで行くのも、平謝りするのも問題ない、寧ろ、迷惑しているのは向こうであろう

しかし、なぜにこの手の郵便物には消印がないのだ

発掘された書類前後から、この郵便物がいつ頃届いたのかは類推がつく(このへんは恐竜土器の発掘と酷似している

しかし、正確ではない(山や地層は一度切り崩されているのかもしれない

そして、タイムスタンプが分からない以上、どれだけ喫緊書類であったのかもこちら側にはパット見では想像できない

封を開いて、書類に赤い大文字激怒とでも書かれていれば、緊急性を理解できるかもしれないが、

こっちはこっちで仕事があるのだ

そもそも、細かい話は端折るが、役所側がやるべき仕事こちら側にまでやらせ体制はなんとかならんのか

昔よりはまともになった気もするが、やはり公務員というのは頭がおかし人種である

すまん、つい怒って、人格否定してしまった

いや、でも、非効率人間が集まっていたり、そんな中に俺だけは周囲と違って効率的なんですなんて勘違い野郎が多いのが公務員というか、

まあ、サラリーマン全般社会なのかもしれない

隠れたヒーロー気取りはいいからなんとかしろ

2023-10-12

anond:20231012183957

弥生人祖先である倭人現在中国東北部遼河にあった夏家店下層文化ルーツを持つ

気候寒冷化と共に朝鮮半島へ南下し無文土器文化を起こした

 ← で、彼らが稲作を日本に持ち込んだというわけかい?  

日本における弥生系の人々の中心地であろう関西言葉アクセントパターンが他の地方方言に比べてトー言語の特徴をより強く帯びている点や、助詞の省略が多くて孤立語的な性格がやや強い点を考えると、どうも弥生人の主流は中国南部から(おそらくは朝鮮半島南部を経て)日本へ来たという説が説得力があるように思えるのだが。

そもそも日本語の開音節的が基本の音韻体系はポリネシアあたりの言語共通点が見られたりしないかね?

2023-10-05

複数属性持ちでいちばんかっこよい組み合わせは雷✕炎

水+炎 お風呂じゃん

水+土 泥じゃん

水+風 4DXじゃん

水+氷 お冷じゃん

水+雷 お風呂で髭剃して感電死じゃん

水+光 4DXじゃん

水+闇 ナイトプールじゃん

炎+土 土器じゃん

炎+風 キャンプじゃん

炎+氷 水単独属性じゃん

炎✕雷 最強じゃん

炎+光 花火じゃん

炎+闇 邪王炎殺黒龍波じゃん

土+風 目に入るじゃん

土+氷 不純物じゃん

土+雷 ツチイカヅチじゃん

土+光 微生物じゃん

土+闇 がち暗いやつじゃん

風+氷 たいして涼しくないじゃん

風+雷 風神雷神じゃん

風+光 『風光る』は、渡辺多恵子による日本漫画作品じゃん

風+闇 こっちに風の通り道がある。抜け出せそうじゃん

氷+雷 冬の雷は、なんと夏の雷に比べ100倍以上に達する凄まじいエネルギーを持っているじゃん

氷+光 おしゃれじゃん

氷+闇 寝たら死ぬじゃん

雷+光 自然じゃん

雷+闇 くっきり写真に写るじゃん

光+闇 勇者魔王じゃん

 

な?

2023-09-30

anond:20230929094541

火炎式土器フューチャーした大河ドラマを見たい。

ごく限られた時期と地域だけに存在したその傑作。

恐らくは一名の天才が創り上げたのだろう。

しかして同時期には水紋式土器存在する。

こちらも短期で絶えている。

どのように生まれ、どのように忘れ去られたのか。

見たくはないか

2023-09-29

anond:20230929125531

FGO「やりました」

 

解説

FGOはぐだぐだ邪馬台国イベントをやったが

食べ物が稲とハマグリであること、食器土器人形はにわをつくってること、墓が前方後円墳であること、穀倉が返しのついた高床式……

くらいしか現地の様子がよくわかってないし

それはすべてフィーチャーしてやはり内容がうすかったので新撰組信長をぶちこんで成立させた

 

そうはいっても人気がそこそこあるイベントだったので復刻して卑弥呼の次の壱与まで実装した

クリティカル殴りがきもちいいよ

ついでになぜか織田信勝実装されたよ

 

基本的にはちゃん邪馬台国なので

はにわは巨大化してハニーと叫びながら中央めがけて侵攻してきたのを新撰組龍馬で食い止めたし、

復刻で高床式が木造100階だてになって森蘭丸脇差しに乗って空を飛んだよ 

森長可のほうが森蘭丸より実装が早いゲームは多分FGOが初めてだよ

2023-09-02

[]

國學院大學博物館に行ってきましたわ!

神職養成機能もある國學院ということもあって中近世神道・神祇信仰史料なんかがあればいいなと思って行ったんですけど、正直神道関連の展示はイマイチでしたわ。

けど考古学関連の展示は土器・石器が充実しててすごく良かったのですわ。

最初期の縄文土器は方形・底が平らで、樹皮や蔦を素材にした籠を模倣した可能性があり、「縄文」も植物の模様を再現したものかもしれないというのは初めて聞いたのですわ。

実際の縄と、それを転がしたとき粘土にどのような模様が出来るのかという例がたくさん展示されていたのも面白かったですわ。

あとミニチュアサイズ土器が作られていたというのも興味深かったですわ。

以前別の美術館江戸時代玩具工芸品として精巧に作られたミニチュアサイズ家具を見たことがあるのですけど、そういうものを楽しむ文化は古から受け継がれているのですわね。

これで入場料ロハコスパ最高ですわ!

2023-07-04

anond:20230614173023

高等学校日本史B清水書院 2017年

初期の前方後円墳の一つである箸墓古墳の築造時期の見直しや、奈良県纒向遺跡魏志倭人伝にいう

「宮室」にあたるとも考えられる遺構が出土するなど、この問題に関する新たな発見が続いている



『詳説日本史研究山川出版社 2017年

古墳については、出現の当初から近畿を中心に分布することが知られている。

従来、古墳の成立については、4世紀のこととされてきたから、

3世紀前半の邪馬台国問題と直接関係しないと考えられてきたが、

最近では、古墳の出現年代3世紀後半までさかのぼると考える研究者が多くなり、

少なくとも考古学の分野では、近畿説をとる研究者が多くなりつつある



『新選日本史B』 東京書籍 2018年

大型建物跡や大溝が見つかった奈良県桜井市纒向遺跡の発掘結果や、

漢の鏡の出土分布から大和盆地南東部がその候補地として有力になりつつある



『もういちど読みとおす山川新日本史』 山川出版社 2022年

古墳が成立する時期を3世紀とする研究が進む中で、

ヤマト」を中心とするヤマト政権邪馬台国連合が直接つながる可能性が高くなった。

邪馬台国中心部とされる候補地の一つに、纏向遺跡がある。

この遺跡奈良盆地の東南、三輪山のふもとに位置し、大量の土器が出土し、大型建物跡も発見されている。

巨大な運河などの土木工事がおこなわれた大規模な集落であり、政治の中心的地域だったと考えられる



高等学校 日本史探究清水書院 2023年

史料2に倭の女王(卑弥呼)が魏から銅鏡100枚を授けられたことがみえる。

それに該当する可能性があるのが、前期古墳に副葬された三角縁神獣鏡である

また、史料1に、247年ころに卑弥呼が死去し、直径100歩あまりの塚をつくったことがみえる。

その有力候補に、奈良県桜井市三輪山のふもとに立地する箸墓古墳がある

2023-05-18

クローズアップ縄文時代

・火の起こし方、新技発見!?

・食べられる草、一挙30種類を紹介

プレゼント企画 火焔型土器と遮光器土偶をセットで3名様に!

2023-03-11

明日香の天武文武聖武や、窯倉の源不死原は、鮮卑かその傀儡なんだろうな

法隆寺も焼かれてるし、学校日本史おかしいね

鉄器がなかった土着日本人が、金閣銀閣鉱業国を作れるわけがない

土器が焼けるのに、磁器は知らなかったし、温度差や薪の量や窯の形や土質を考えてなかった

水銀は輸出していたが使い方が分かってないし

注意障害なのかな?

2023-02-28

anond:20230228002530

関孫六(せきのまごろく)

土器孫六(どきのまごろく)

骨器孫六(こっきのまごろく)

青銅器孫六(せいどうきのまごろく)

鉄器孫六(てっきのまごろく)

2023-02-17

anond:20230217170437

麺が冷たい場合はダシのほうを、土器鉄板的な保温器にあっつのあつで持ってきて?

2023-02-13

料理ロボット使用金属片混入のリスクあり

とか抜かすやつはさ、鉄鍋にお玉でジャッジャッやってる店には金輪際近づくなよ。

そもそも土器プラスチック、木片だって危険だと思うから調理器具使ってる店も駄目だな。

人間素手でやってる場合感染症リスクがあるからこれもアウト。

お前が起こした焚き火食材が直接自分の体を火に投げ込んでくるような店なら大丈夫だ。

2022-11-22

ダーティペア土器先生、まったく衰えてないな

62歳に思えない相変わらずの絵のうまさだ

https://www.4gamer.net/games/388/G038881/20221122053/

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