はてなキーワード: 国際的とは
X(Twitter)のフェミやリベラルやママ垢の日本像ってかなり歪んでないか
で日本の産前・産後・育休制度が国際的に極めて手厚いことが示された。
ここに私は予言する。
これからは10年後、日本の手厚い育児制度は、どちらかというとその導入を主導してきたジェンダー論者(女性学でもフェミニズムでもリベラルでも何でも良いが)や、その影響力の強い政党(今なら立憲とか共産党だが将来どうなってるかは知らん)から猛批判を浴びるだろう。
概ね以下のような批判となるだろう。
◯長期の育休産休制度があり、またそれを取ることが推奨されたせいでスキルや所得、社会的地位の向上の機会を奪われた。
◯この手厚い長期の産休育休は女性の低待遇を固定化し、家庭に縛り付けるために敢えて導入されたものだ。
◯米英を見よ、彼らはすぐに職場復帰してキャリアに穴があかないようにしているではないか。それに比べて日本は男女差別が残っている。
長期職場を離れるせいで地位向上が目指せないというのはゴールディンの議論のとおりで、日本のジェンダーギャップ指数が低い理由の一つになっているなどある程度筋が通っているのがたちが悪い。問題は誰が望んだかだと思うんだが。
近い将来、日本の手厚い育児政策は、それを必要だとしてきた者たちにより猛批判を浴びるだろう。
キャッチフレーズは「私達は休まさせられた」だろうか。
10年としたのはだいぶ安全よりで、3年以内にその兆候が見られ、5年以内にそういった論調がリベラル論壇では標準的になっていると予想している。
いちフェミニストとして、草津の件ではフェミニストと名乗り発言力のある人たちが騙されたとはいえ真偽不明の案件に乗っかって誹謗中傷して謝罪もせず、本当に申し訳ございません。
でも、わたしだってテキトー言って謝らない人とか悪口言ってばっかのひととか反出生界隈とかトランス排除主義とかミサンドリストとかエロ絵が憎いだけの人とかはパージしたいと思ってるよ〜〜〜
そこはもともとフェミニズムの一派ではあるけど厳密には別物じゃ〜〜
でも自称されるし、一緒くたにされるし、どうすればいいんや〜〜
リアルでも気心知れた人とか、近しい人とは、トランス排除に惑わされないように話あったりしているよ〜〜〜
(あとついったのミサンドリストとか反出生界隈には、ビジネスアカウントが相当数いて、そのエコーチェンバーに巻き込まれた未成年や精神的に参ってる人も多いんじゃないかなと勝手に思ってる、、、夜職、有料note誘導とか)
ほんとはそこに巻き込まれてる人や分断を煽っている人も含め、もっと大きな構造的差別の解体を目指すのがフェミニズムなんじゃないかなーと思ってるんだけども
(フェミニズムはしがない市民がこのクソな社会に搾取されず、おもしろおかしく生きるための知恵なんじゃ〜〜〜)
これ以上、悪いインターネッツのなかでフェミニズムが汚名を着ていくのは忍びないんじゃ〜
堂々と前向きにおもろいフェミニズムを知ってほしいんじゃ〜〜
(だれかおもしろいフェミニズムコンテンツおすすめください…他力本願寺)
【追記】
だって、変なのがネットで目立つずっと前からフェミニストだったんだよ〜〜
歴史や学術や国際的な視点で見ればまともなフェミニストだってたくさんいるし
そこを荒らされて悲しいんだよ〜
フェミニズムを乗っ取られたくないし、形骸化させたくないんだよ〜〜
ここを見てるような人にとってはもう遅いのかもしれんけど、、、
男性の地位が女性より低い場合も、国際的には男女平等の一種と認定されるんだよ。
国際連合の人権ジェンダーランキングの計算人権方法もそういう風になってる。
男女が全く同じ場合だけでなく、女性より男性の達成度が低い場合も、すべて満点としてカウントする。
現実主義として、女性が嬉しいと感じる支援を打ち出していくしかないんだよ。
国が滅びたら元も子もないもの。
その悔しさも丸めてぐっと呑んでほしい。
その通りだよ。だからこそ、女性のそうした本能や習性を前提とした支援が必要なわけ。
しかし、今の日本の状況を見ていると、どうしても財政破綻した夕張市のことを思い出す。
表面上はきれいごとばかりで何が起こったのかわかりにくいが、
といった緊縮策が実際に行われたようだ。
夕張市民が市長に詰め寄るシーンをまだ覚えているが、こんなことになってもまだ自分たちは被害者だと有権者は信じていた。
同じことが日本という一つの国家規模で起こるか?間違いなく起こるだろう。
国際的な日本企業は数多いが、家電もパソコンもスマホもほとんどは東南アジアで作っているし、車も現地生産の割合が多い。
国内の工場は下請けの小企業でさえ外国人研修生が主力だ。今の日本人には国際競争力が何もない。
ときめきメモリアルに触発されたSLG志向のゲームが理想をけん引したが、当時の多くのメーカーには追従する技術力がなかったため、膨大な選択肢による内部パラメータの操作やフラグ管理でゲーム性を表現しようとした。
同時にノベル作品としてのクオリティも向上していった結果、ゲーム性かストーリー性かどっちかに集中してくれという声が強まっていった。
ゲーム性捨ててルート分岐でルート毎のクオリティを上げようぜ、という方向に流れたのが泣きゲーのはしりであり、その狭まったジャンルの中で競争力を求めた結果が感情に直接訴求するシナリオや表現だったりする。
まあ外連味を嫌う人がいても仕方がない。
その後の時代ではルート分岐すら廃れた。ゲーム性の排除はより先鋭化され、一筆書きでなぞれるノベルが発達した。
そしてその領域で活躍できるライターは次々に泥舟を捨てて文筆業に転換し、この路線は破綻を迎えた。
一方フラグ管理ゲームはその後も細々と続くが、コンプリートのタイパの悪いとか、SNSの発達でゲームの進捗がユーザー間でズレると初動の動きが悪いとかいろんな理由が積み重なって先細りが進んだ。
現在でもノベル的なゲームは数多く制作されているが、ソーシャルゲーム(オンライン運営型ゲーム)の勃興により、見かけ上は選択肢があるもルート分岐どころか直後の差異すらない、形式だけ模倣された作品も多く見る。
日本人の「コミュニケーション能力」はますます低下 ドイツ人がコンビニで「震えるほど怖かった」瞬間とは
https://www.dailyshincho.jp/article/2023/08231100/?all=1
日本人が購買力と同程度に失っているのではないか、と危惧する事柄がほかにもある。コミュニケーション能力である。
今年前半に2度ほどイタリアに行ったが、その際に見かけたり、自分が体験したりしたさり気ないコミュニケーションを、まずは思い出すままに記してみたい。
小さな商店で食料品を購入するときも、店員と買い手のあいだに会話があり、たがいに目を見て話し合っている。ホテルの廊下でほかの客とすれ違った際に、あいさつされることが多い。エレベーターにだれかと乗り合わせると、相手から先に降りるように促されることが多い。電車内で棚に荷物を載せる際に苦労していると、何人もの人に助けられる――。
上記は一例にすぎないが、帰国後に感じたのは、日本では同じような場面でのコミュニケーションのありようが、おおむね正反対だということだった。
コンビニエンスストアでもスーパーマーケットでも、多くの客がほとんど言葉を発しないまま買い物を終える。店員になにかを問われたとき相手の目を見て話すと、目を逸らされてしまうことが多い。ホテルの廊下で客同士があいさつし合うことなど、ほとんどない。エレベーターにあとから乗ってきた人たちは、後ろを一切振り向くことなく自分たちが先に降りる。新幹線などの車内では、客同士はできるだけ関わり合わないようにしており、棚に荷物を載せるのに苦労している人を、大抵の人は見て見ぬふりをしている。
日本人男性と結婚し、5年ほど前から日本に住むドイツ人女性も言う。
「日本のコンビニで買い物をするとき、相手の目を見てなにかを聞いても、目を逸らされたり怪訝な顔をされたりするのには、慣れるのに時間がかかりました。電車内やカフェなどで知らない人に話しかけても、ほとんど変な人あつかいされます。日本人はシャイだと感じますが、こうした応対はシャイである以前に国際的に見て普通ではなく、日本人にとって損だと思います」
「やまびこあいさつ」をご存じだろうか。コンビニや小売店などで、一人の店員が「いらっしゃいませ、こんにちは」とあいさつすると、ほかの店員も一斉に同じあいさつをするもので、集客力と売上げアップのために推奨されているという。しかし、これが実践されている店舗では、ほとんどの店員が客の顔を見ておらず、このドイツ人女性ははじめて「やまびこあいさつ」をされたとき、「震えるほど怖いものを感じた」と語る。人間と人間のコミュニケーションの崩壊が感じられたというのだ。
日本語で喋れじゃないだろ。知識がないから分かりませんでした、説明してくださいますか、お手数かけてすみませんだろ
何でこの内容で煽られなきゃいけないの?
まず、差別とは「人種や性別などが原因で理由なく学業や就労等において差別があること」と言われている。
これはどういうことか。
ひとつめに、
個々の貧しさや不細工や性格や異性からの人気や友人の多さのような要素は含まない。
「出生時の門出のために社会的構造によってある属性のみが偏った取り扱いをされる」ことではない=差別ではないからね
歴史的経緯でかつて属性によって異なる扱いをされることで大きく人権を損なわれていたことへの反省と禁止なので、社会に義務がより強く設定されている。
過去の歴史の反省という点で他のイシューとは明確に区別されており、上の『差別以外の人の差』をもし語りたいならば、差別ではなくて別のイシューとして語るべきである。
もともと人間には差があるもので、その差を全て無くすことは不可能。
「差別」とは人の間の差を全てなくそうという思想ではない(それを主張する場合、差別という語ではなく他の語を使うべきである。)
たとえばブサイクに生まれて苦しいから差別だとか、性格が消極的で恋人がいないから差別、友達がいないから差別、同じように採点されたけど成績が悪くて入試で落ちたから差別、アレルギーで牛乳が飲めないことは差別、身長が低く生まれたことは差別、
これらまで何でもかんでも差別と呼んでしまう何でもありの概念が差別ではない。
ふたつめに、
学業や就労といったようなどのシーンでの取り扱いの差を差別と呼ぶか、の問題がある。
例えばAさんが告白されたとき、見た目でCよりBを選んで付き合った。
企業Aが、就活生のうち、資格を持ったBを選んでCを落とした。
例えばA国が、移民のうち、条件がよりよいBを選んでCの移民審査は落とした。
これらは差別とは呼ばない。
もう面倒になったので終わるけど、何を差別と呼ぶかは、極めて限定的で判断に慎重さを必要とする。
差別禁止!の名の下に上の告白とか就活とか離婚とか移民とかアレルギーとかの事例にまで何でもかんでも適用したら何でもアリになって社会は機能しなくなる。
差別の態様には、色々あるんだけど、典型的な差別的振る舞いというのがある。
先住民に対して、女性に対して、黒人に対して、「そんなのは差別ではない」「我々の方がもっと差別を受けている」というのは歴史的によく使われた詭弁のひとつであった。
マジョリティがマイノリティや差別という概念に接したときに取りがちな態度なんですね。
もー全部面倒くさいので差別の歴史を調べてくれと思うが、なぜ日本人は義務教育で差別をちゃんと教えないんかね?アイヌといい女性といい在日韓国人といい教える必要のあることばかりだと思うんだが?
国際的信頼を失うぞ?
まあともかく、
こいつの言ってることは、上のような差別の矮小化事例そのものなんですね
これが結論
ワイがその辺のこと書いたのに誰も反応してくれなかった(´・ω・`)
妻とか知人があんまり興味ない俺にも意見を求めてくるからちょびっと調べた俺の今の理解を書くけど、浅いと思うので間違ってたり考慮してないケースがあったりしたら教えて。ソースとかないです。拾い食いです。
なお、性別に引っ張られないようにヤバい方の親を「甲」、まともな方の親を「乙」と表現します。
●(精神的/経済的/肉体的)DVをしてきた甲から、まともな乙が子どもと一緒に逃げたケース
①家庭裁判所がちゃんとDVがあったことを認定し、共同親権は認められず、乙と子どもだけで手術や進学を決められる。子どもと甲との関わりはなくなる。
②DVがあったとは言えないと家庭裁判所が判断し、共同親権を認め、甲が子どもの人生に口出しをしたり定期的に子どもと面会したりする権利を得る。
●カルト宗教や精神的な病が原因で正常な判断ができなくなった(もしくはもともとできない)甲が、『乙はパートナーや自分の子にひどいことをする親失格の人間だ』みたいな嘘を子どもに吹き込み、一緒に逃げたケース
③家庭裁判所が乙による存在しないDVを見出し、共同親権が認められず、子どもの人生は甲に一任される
④家庭裁判所が甲の嘘を見抜き、共同親権を認め、輸血を禁止させたり進学を阻止したりしようとしている甲に乙が口出しできる
⑤家庭裁判所が共同親権を認め、子どもの人生の重要なステージにおいては話し合って方針を決める
●エイリアンvsプレデター!放置して新しい恋人と乳繰り合ってる親↔あいつと違って飯を食わせてやってるから文句禁止DV親が離婚するケース
⑥家庭裁判所が……どうするんだ?施設に送るの?ここまで終わってないけどこんな風なドイツ在住のブロガーが共同親権(子どもの生活のベースはまだマシな方の親と同居)になってた気がするからそうなるのかな?
肯定派の人たちは現在③の乙扱いされている人に「子どもをヤバ親に連れ去られた被害者なのに子どもに一生会えなくて可哀想!この法が成立すればきっと③みたいなことはなくなるから安心して」と思っていて、否定派の人たちは施行後生まれるであろう②の乙に「DVからなんとか逃げられたのに、加害者と一生関わり続けるなんて可哀想!」と思っている。
①④⑤しかないのが理想だけど家庭裁判所も間違えるだろうし、どれがどの割合になるかは分からない。海外を見れば分かるかもしれないし、日本では今まで単独親権でしかも母親が有利だったから参考にならないかもしれない。
備考
●国際離婚に際しての日本人による子どもの連れ去りは世界的にも問題視されている。話し合おうとする外国人パートナーから子どもと一緒に国外に逃げるのがハーグ条約の違反らしい。福原愛がこれをやった
●G20で共同親権がないのは日本・インド・サウジアラビア・トルコのみ(ジェンダーギャップが大きい一部の国で残っている古い制度的な扱い)
●2021年度の時点で、母子家庭119.5万世帯。父子家庭14.9万世帯。そこから死別や未婚の親を除くと離婚が原因なのは母子家庭の80%くらいで父子家庭の70%くらい
●母子世帯は平均年収373万円、父子世帯は平均年収606万円
●養育費未払いが母子家庭の3/4と父子家庭の9/10に起こっている(養育費払ってないくせに口出しはするわけ!?と否定派はまだ見ぬ②の甲に怒っている)
●協議離婚に関するアンケート(回答者1000人)での「別居の相手と話し合わなかった理由は何?」の回答:話をしたくなかった=37.9%、突然出ていった・突然追い出された=33.8%、相手が応じなかった=13.1%、DVや虐待で余裕がなかった&話し合いをすることが危険だった&別居時取り決めることに関する知識がなかった=それぞれ4.1%ずつ
俺の考え
国際的な問題になっている連れ去りを国内でも違法にするために共同親権にしたいのはわかる。「外圧に負けるな!日本では未来永劫単独親権のみであれ!」とは思わない。我が子と引き離されて親権取られて養育費もちゃんと払ってそれでも面会させてもらえない親とかいるだろうし、遅かれ早かれ共同親権になっただろう。そのことに異論はない。行ったり来たりで子どもが忙しいとか学校どうするとか両方新しい恋人作って子どもの居場所がないとかの問題もあるみたいだけど……銀の弾丸なんて無いからそこはしょうがないのかなと思う。夫婦別姓も然りだけど、制度として選択肢が多いほうが良いように思うし。
ただいくつか疑問もある。養育費を払わない奴に強制的に支払わせる仕組みを先に作るか同時に整備するかして、養育費を払わず口出しをする甲が生まれる可能性を潰してるの?【追記:ありました】あと家庭裁判所の負担はかなり増えるだろうけど親権の認定は数カ月〜数年待ちでミス多いですとかにならないの?いろいろなシステムにおいて「事前に整えておく」か「大きな転換になるから現場の人は大変だけど、一気に同時に変える」の方式を取るべきじゃないの?変更足りてなくない?そもそも父親と母親の単独親権の割合を半々に近づけてからの方がみんなの抵抗少ないんじゃない?あと新聞とかテレビとかネットニュースの人たちはもっと報じてくれない?俺スポーツ興味ないんだよ。
追伸
話し合いをしなかった理由:話し合いたくなかったからとか養育費未払いがいっぱいとかさ、もっとみんなちゃんと生きてよ。いい大人にお気持ちで動かれちゃ子どもも裁判所もアンハッピーですよ。「あ、こいつ話通じねーわ何話しても無駄じゃん」になる直前とかなった直後の、まだ話し合いするだけの理性が残ってるうちに離婚切り出しなよ。対話の拒否が一番子供っぽいよ。
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https://www.yomiuri.co.jp/politics/20240308-OYT1T50047/
今までの法律は「別居してるけど親なんだから……扶養してあげたら?いや義務ではないけど……」といった感じだったけど、新しい法では「お前にも親権あるんだからお前も親のままだよ。当然養育費も出すよね?」という理論で養育費の支払いを義務付けられるっぽい。
米連邦捜査局(FBI)や国際刑事警察機構(インターポール)のホームページには、「実子誘拐罪」で指名手配されている被疑者のリストが公表されており、その中には日本人の母親数名も含まれている。
外国政府からは日本政府に対して問題の解決を訴える要請がなされており、2011 年 12月時点で、米国から 84 件、英国から 39 件、カナダから 38 件、フランスから 32 件の子の連れ去り事案が提起されている。
2004年1月国連子どもの権利委員会が、子の奪取に関する保護措置が十分でない点について懸念を表明し、ハーグ条約への批准を勧告。
2005年12月在京領事・総務関係者団体(TCAC)がセミナーを開催し、日本のハーグ条約締結を訴える。
2006年6月日・カナダ首脳会談において、ハーパー首相より、ハーグ条約に関連する問題への対応について二国間での協議を要請。
2008年3月カナダ大使館でシンポジウム「ハーグ条約― 21 世紀における国際的な子の権利」が開催される。
2008年5月国連人権理事会の日本審査において、カナダとオランダが、日本に対し、ハーグ条約締結の検討を勧告。
2008年7月日・カナダ首脳会談で、ハーパー首相より、ハーグ条約への日本の参加を希望する旨発言。
2008年11月日・カナダ外相会談で、キャノン外相より、ハーグ条約への日本の参加を要請。
2009年3月米国議会下院が、日本を含む未加盟国のハーグ条約締結を求める決議を採択。
2009年3月日米外相会談で、クリントン国務長官より、日本に対して、ハーグ条約に加入する可能性の検討を求める旨発言。
2009年5月日・カナダ外相会談で、キャノン外相より、子の奪取に関するハーグ条約への日本の加盟につき要請。
2009年5月米国、英国、フランス、カナダの4か国の臨時代理大使・公使等が、日本のハーグ条約早期締結を求める共同声明を発表。
2009年9月日英外相会談において、子の親権問題について議論。
2009年10月米、豪、カナダ、仏、伊、NZ、スペイン、英の8か国の大使・公使が千葉法相との会談で、日本のハーグ条約早期締結を要請し、共同声明を発出。
ハーグ条約、特に国際的な子の奪取の民事的側面に関する条約に批准している国々において共同親権を制定する理由はいくつかあります。この条約は、国境を越えて不法に連れ去られたり、不当に留保されたりした子どもの迅速な返還を目指していますが、批准国が共同親権の枠組みを持っている場合、以下の利点があるとされています。
1. **子どもの最善の利益**: 共同親権は、子どもが両親双方と均等な関係を維持することを可能にし、精神的な安定や社会的な適応を促進します。子どもの利益を最優先するアプローチとして、多くの国で推奨されています。
2. **親の平等**: 共同親権は、母親と父親のどちらにも平等な権利と責任を与えることを目指しています。これにより、性別に基づく偏見が減少し、親権争いの際の不公平感を軽減します。
3. **国際的な基準の一致**: ハーグ条約に批准している多くの国々では、子どもの権利に関する国際的な合意や慣行に従うことが期待されています。共同親権を持つことで、国際的な法的枠組みとの一致を保ちやすくなります。
単独親権が必ずしも問題となるわけではありませんが、共同親権は子どもが両親のどちらとも定期的に接触を持つことを保証し、よりバランスの取れた育児環境を提供するという利点があります。そのため、ハーグ条約のような国際的な枠組みの中で、共同親権はより効果的な解決策と見なされることが多いのです。
ChatGPTちゃんセーフだった
近年の人権や平等の推進などを考慮し、単独親権と共同親権どちらがより望ましいと考えられる?
ChatGPT
人権や平等の観点から親権の形態を考える場合、多くの専門家や国際的な基準は共同親権の方向に進むことを推奨しています。その理由は主に以下の点に集約されます。
1. 平等の原則
共同親権は、離婚後も両親が子供の育児に等しく参与する権利と責任を持つことを保証します。これは、性別に基づく役割分担の固定観念からの脱却を促し、父親と母親が平等に子供の生活に関与する機会を提供します。この点は、性平等の観点からも重要であるとされています。
2. 子供の最善の利益
多くの心理学的および社会学的研究によると、適切に管理された共同親権の状況下で育った子供は、社会的、心理的にも健全な発展を遂げる傾向にあるとされています。子供が両親との関係を維持することで、安定感や自己価値感を高め、精神的な健康を保つことが可能です。
3. 法的および国際的傾向
国際的には、欧米を中心に共同親権が推奨され、実施されている例が多く見られます。例えば、欧州人権裁判所では、親権を巡る問題において子供と両親との関係を断つことは、家族生活の権利を侵害するとされることがあります。
4. 社会通念の変化
現代社会では、家族の形態も多様化しており、従来の「母親が育児を担う」という固定観念から逐次解放されつつあります。この社会通念の変化に合わせて、法制度も進化する必要があります。
ただし、共同親権には適切な実施が求められます。たとえば、親間の対立が激しい場合や、家庭内暴力が存在する場合など、子供の安全を確保するために単独親権が適切とされる状況もあります。そのため、共同親権を基本としながらも、例外的に単独親権を認める柔軟な制度設計が理想的です。
総じて、平等と子供の最善の利益を推進するためには、共同親権が望ましい形態と考えられますが、その適用にあたっては各家庭の具体的な状況を考慮する必要があります。これにより、全ての関係者の権利と福祉が保護されるようにすべきです。
https://www.nytimes.com/2024/04/09/health/europe-transgender-youth-hormone-treatments.html
ヨーロッパ5カ国は最近、性別に悩みを抱える青少年に対するホルモン治療を制限した。
英国の今回の変更は、独立した小児科医であるヒラリー・キャス博士が火曜日の夕方に発表した4年間のレビューによるものである。「ほとんどの若者にとって、医学的な治療法は性別に関連した苦痛を管理する最良の方法ではない」と報告書は結論づけた。医学雑誌に掲載された関連論説の中で、キャス博士は、若者のジェンダー治療が有益であるという証拠は "不安定な基礎の上に成り立っている "と述べた。
NHSは今後、臨床研究に登録された患者を除いて、思春期を阻害する薬を提供しない。そして報告書は、テストステロンやエストロゲンのような永久的な身体的変化を促すホルモンは、"細心の注意 "をもって未成年に処方するよう勧告した。
英国の動きは、北欧におけるより広範なシフトの一部であり、保健当局は近年、思春期の性別治療の需要が急増していることに懸念を抱いている。
12月、ノルウェーの地方保健当局は、青少年の性別医療を「試験中の治療」に指定し、臨床試験に参加している青少年にのみホルモン剤が処方されることになった。デンマークでは、今年最終決定される新ガイドラインにより、ホルモン治療は幼児期から性別違和を経験したトランスジェンダーの青少年に限定されることになる。
若者に対するジェンダー治療の先駆者はヨーロッパ人である。1990年代、アムステルダムのあるクリニックは、幼少期から自分は違う性別だと感じていた青少年に思春期抑制剤を投与し始めた。
世界中のクリニックがオランダのプロトコルに倣うようになった。これらのクリニックへの紹介は2014年頃から急増し始めた。例えばスウェーデンのクリニックでは、2014年には約50人だった紹介患者が、2022年には350人にまで増加した。英国では、その数は2014年の470件から2022年には3,600件に増加している。
そして、オリジナルのオランダの研究の参加者とは異なり、新しい患者の多くは思春期まで性別の苦痛を経験せず、うつ病や自閉症を含む他の精神的健康状態を持っていた。
現在、オランダで発表された当初の知見が現在の患者にとって妥当なのか疑問が呈されている。
フィンランドで2011年から青少年ジェンダー・プログラムを率い、この治療を声高に批判するようになった精神科医、リイッタケルトゥ・カルティアラ博士は、「世界中が、何千、何万もの若者に対して、1つの研究に基づいて治療を行っている」と述べた。
カルティアラ医師自身の調査によると、フィンランドのクリニックに入院している患者の約80%は女性として生まれ、思春期の後半に性別の悩みを経験するようになった。多くの患者は心理的な問題も抱えており、ホルモン治療では改善されないことがわかった。2020年、フィンランドは薬の使用を厳しく制限した。
同じ頃、スウェーデン政府は厳密な研究レビューを依頼し、青少年に対するホルモン療法には「不十分な」エビデンスがしかないことを発見した。2022年、スウェーデンは「例外的なケース」のみにホルモン療法を推奨し、その理由のひとつに、どれだけの若者がこの先、医学的移行(脱移行と呼ばれる)の中止や逆戻りを選択する可能性があるかという不確実性を挙げている。
2021年、タヴィストックの臨床医たちは、思春期阻害剤を服用した44人の子供たちを調査した結果を発表した。
薬によって自傷行為や異和感の程度が軽減されることはなかった。2020年、NHSはキャス博士に治療法の独立レビューを依頼した。彼女は科学的レビューを依頼し、国際的なケアのガイドラインを検討した。また、若者とその家族、トランス成人、離脱者、擁護団体、臨床医と面会した。
レビューの結果、NHSのケア水準は不十分であり、性別による苦痛の原因となりうる精神衛生上の懸念に対処するルートはほとんどないと結論づけられた。NHSは先月タヴィストック・センターを閉鎖した。
キャス医師は、火曜日に発表された『ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル』誌の編集者とのインタビューの中で、「子供や若い人たちは、実にお粗末な扱いを受けてきました」と語った。小児医療において、若い人たちに取り返しのつかない治療を施し、大人になったときにどうなるのか全くわからないというようなことは、他に考えられません」。
今月、NHSによって制定された変更は、「私たちの懸念が実際、妥当であったことを認めたものです」と、2018年に懸念を表明したタヴィストック・スタッフの一人であるロンドンの臨床心理学者、アンナ・ハッチンソンは言う。"これらの子供たちに関連する決定について、より強固でエビデンスに基づいた道筋に戻ろうとしていることは心強い。"
フランスでは今年、医師が思春期阻害剤やホルモン剤を処方することを禁止する法案が提出され、懲役2年、罰金30,000ユーロを科した。そして月曜日、バチカンは性転換を人間の尊厳を脅かすものとして非難した。
ジェンダー・ギャップ指数は、スイスのジュネーブに本部を構え、世界情勢の改善に取り組む国際的で独立した非営利団体である世界経済フォーラム(World Economic Forum、略称WEF)から毎年発表されています。
勝手な偏見だろうけど、この一文だけで「お前ら有色原始人を我々が白人ホモ・サピエンスが導いてやろう」っていつもの白人仕草を感じてしまう。
そりゃ名誉白人を自称する日本人としては白人ホモ・サピエンスに従順でいたいだろうけど、どんなに従順に従ってもそれに対する白人の評価はせいぜい「よく懐いたサル」にとどまることをいい加減理解しろよ。白人は白人以外にペット以上の価値を見出すことはないよ。白人の中ですら明確な階級社会があって、下層は人間扱いされてないって言うのに。