はてなキーワード: 国際デーとは
レオナルドゥーッス
本日は戦争と武力紛争による環境搾取防止のための国際デー、日本ではお見合い記念日です。
環境搾取と言われると微妙に分かりづらいですが、戦争をしてる人達が優位になるために現存の自然環境を破壊することですね。
井戸水に毒を入れるとかの奴です、アレをやっちゃうとダメなんですって。
でもあまりにも人数も多いしみんな正気じゃないから、他の団体が事前に動いて上手いこと頑張ってるらしいです。
まぁどちらにせよ戦争しちゃうと色々大変だよね〜って話ですね。
今じゃ勝っても戦い方が晒されてしまう世の中ですから、勝っても負けても当事者達には損が多そうですね。
ということで本日は【作業後の清掃よいか】でいきたいと思います。
本日は日本において国際反戦デー、国際と書いてありますが国際機関が定める国際デーではなく日本においての記念日です。
多分英語で書く時も『Kokusai Hansen Day』と書くことになるのでしょう。日本独自だから。
なんというか、何かの企画を通すときはしっかりと筋を通した方がいいですね。
後になってめんどくさくなることって事故の発生以前にも幾らでも現れるような気がします。
そのめんどくささを解決していったら事故は無くなるのでしょうか。
アレはちゃんとしてるのか、いや今がうまくいってるんだから下手に触れないでおこうか。
そんなふうにして棚に上げてきたことが後になって棚に上げた分以上に上から落ちてくるので、やっぱり元から落ちないように、もしくは定期的に棚の掃除をするようにしないとダメなのかもしれないですね。
まぁ元から棚に上げなきゃいけないものを減らすべきなんですけどね。
ということで本日は【許可の確認よいか】でいきたいと思います。
本日は貧困撲滅の為の国際デー、日本では神嘗祭、貯蓄の日、カラオケ文化の日となっております。
貧乏ってのはイヤですね、金が無いと心に余裕が生まれなかったりします。
だからって金があるからってそれに比例して心が広くなるって訳でもなくて
まぁ人間マイナスなことの方が記憶に残り易いからこそ、プラスが発生した時にそこまで広くなった感じがしないのかもしれません。
気付けたらなんとか、って感じですね。
まぁそれはそれとしてお金が増えると嬉しいのでなるべく費用を抑えて過ごすんですけどね。
毎月いたちごっこのようにしているとなかなか気付けませんが、気付いたら結構増えてる、ってのは大事なことですよ。
ということで本日は【費用の確認よいか】でいきたいと思います。
自民教のスローガンなのか統一教会のスローガンなのか、はたまた韓国人様に向けたスローガンなのか、考えるとなかなか意味が深い。
決断と実行もせず、今まで何をやってたんや。。。「自民党議員、急募!椅子に座る、簡単なお仕事です。」つまり今まではこういうことだったわけですね。
これは、つまり、今まで決断と実行をしてこなかったことを強く示すものでもあります。
で、何か来ましたっけ?
はい、来ました。自民党創立以来、我々はついに、ついに!国民のために働くことを決意すると。
今まではあれですか?統一教会のためだけに働いてきたってことでしょうか?いま思えば、この国民は統一教会の信者のことだったんですね。。
では、どう切り開いたのでしょう?捏造の効かない国際データでも出した方がよさそうですね。
もうね、自民党さんのおかげで、世界競争力ランキング、2019年は30位でしたが、2022年の段階では34位です。アベノミクスなんて虚無なプロパガンダ、カルトは騙せても、現実はそんなものですな。
どの口が言うんでしょうかね?虚偽答弁を100回以上繰り返し、説明責任だけでなく、あらゆる責任を果たさなかった安倍@統一教会さんに最もふさわしくない言葉ですね。
この道、つまり統一教会と政治のコネクションのことでしょうね。それ以外に何も浮かびません。
この道というのはプロパガンダってことでしょうね。そもそもこの道しかないだなんて、考えの固定化は危険極まりないです。
うーん、何も思い出せない。相変わらずふわっとしたフレーズです。
韓国のカルト宗教にべったりな自民党がまあ、よく言えたものです。いや、これは。。。韓国主観で考えると、やっていることの実態と結果に整合性がうまれてしまいます。。。
コモンズーッス
今日は地雷に関する国際デーらしく、そちらの意味でもドキドキします
最近では地雷の意味合いも不用意に踏んだら大怪我をすることから、人間の触られたくない部分に触れて逆上されるところからその部分のことを地雷と読んだり、はたまた人間関係を築く上で絶対に触れづらい部分を持っている子がよくしている格好と傾向をファッションに取り入れたのを地雷系と読んだり、様々な地雷が世の中にばら撒かれています。
いや、これが最近の地雷系の解釈でいいのかどうかは置いておいて、今が繊細すぎるのか、それとも今までが大雑把すぎたのかと考えることは最近になって山程出てきたように思われます。
だからこそ、どこかで無関心でいい部分というか、寛容に見せる部分というのは必要になるのかもしれません。
まぁ僕の場合はあまり深い人付き合いをしないというテリトリーの守り方でなんとか過ごしているところはありますが。
そういうところから自分を守っていくのは大事かなぁと思います。
ということで本日は【作業しやすい領域の確保よいか】でいきたいと思います。