はてなキーワード: 古戦場とは
オメェいつまで古戦場に囚われてんだよ!
荒瀧一斗と虫相撲しようぜ!
脱走兵が多発するその古戦場、そこで得られる体験にセンス・オブ・ワンダーはあるのか?!
ゲームが苦行じゃいけないんだよ!
同じようなことをやってたらどうしたって人間は飽きる!
それは自然の摂理!
あの手この手でおもてなししてくれる、常に新鮮な遊びがある、そう感じる運営のところへと逃げるのは間違っちゃいねえ!
いいか、3年だ!
どんな運営型ゲームも3年続けると飽きがくるが、3年を越えてもなお新鮮さと魅力的なコンテンツが追加されつづける作品であれば、続けて良い!
しかし、全部が全部魅力的じゃない、そういうこともあるな?
魅力的じゃない苦行部分にかける時間の割合が、作品から得られるセンス・オブ・ワンダーに浸っていられる時間を越えたら、辞め時だ!
これが20年間、月額ネトゲ時代からあらゆる運営型ゲームをやりつづけてきた俺の、ファイナルアンサーだ!
胸に手を当てて……よく考えてみるといい!
ビックリした。
めっちゃ短いじゃん。
プレイ時間が100時間のゲームを月に一本遊んだとして年12本×50で600本しか遊べない。
ビックリだわ。
各歴代ゲーム機の人気ソフトベスト100をやろうとしても6台ぐらいで終わりだ。
50時間でクリア出来るゲームもあるし、10時間で終わる名作もあるけど、それを考えて3倍に増やしても20台弱のゲーム機までしか網羅できない。
今までの人類の歴史を振り返って「まあそれでいいんじゃね?」と思ってる人間は考えが薄すぎるよ。
あのね。
50年しかないけど、同時に50年もあるんだよ。
20台で収まるかどうかさえ分からない。
これから生まれるゲーム機の名作を上から100個ずつ遊ぶか、これまでに出たゲーム機の名作を上から100個ずつ遊ぶか、どっちかしか選べないんだよ!
ここで大事なのは「2倍の種類を楽しもうとしたら楽しめる数は1/2倍になる」ってこと、帰納法で考えれば「N倍の種類にしたら1/Nの数になる」ってことだよ。
今はゲームのことだけ考えたけど、映画・ドラマ・読書・スポーツとかで考えてみようか!
大雑把に1/5倍ずつ頼もうとしたらゲームの方は上から10個ぐらいが精一杯になるね。
なんてこった!
人生は恐ろしいほどに足りない。
趣味の種類を増やしていけば一つ一つはあっという間に薄まっていく。
気づけば最も人気のゲーム機3つの人気ソフト上から5本ぐらいが精一杯とかになるかも知れないな。
凄いことだ。
人生に対して世界は狭すぎるし、その割には働く時間は長すぎる。
色んなことに飽き飽きするには人生は凄く短くて、とにかく足りないものばかりで構成される。
焦りが凄い勢いで吹き出してくる。
それらを全部吹っ切るために「釣りをのんびり楽しめばいいんだよ」とか極論に走っちゃう人がいるんだろうな。
多分だけどそういうのって最後の最後になってから突然後悔するんだよ。
「なんで俺は釣りをのんびり楽しめばなんて強がった!もう時間が残ってないぞ!」となると思うんだ。
ちゃんと向き合うべきだ。
どうしたらいいんだろう。
手っ取り早いのは不老不死になることで、遠い昔であれば天国を信じることだった。
今は脳を機械に移植するとか転生するとかが主要な考えみたいだ。
現実的に言えば資本家になることって、それを格好つけていったのがFIREってことみたいだ。
皆同じようなことに悩み過ぎだろ。
FFは全部やったけどDQはやったことないからって何だというんだ。
ビートルズは一通り聞いたけど松任谷由実はほとんど聞いてないからって人生の価値がそんなに変動するかよ。
淡々と割り切ればいい。
あとで後悔するとか知ったことっちゃない?
そうだろ?
先日異次元フェスというアイマスとラブライブの合同ライブがあり、そのライブのゲストに対する誹謗中傷行為が行われている様が現在進行形で多くの人の目に触れていますね。
同じく、今週末開催のグラフェスに対する反応でも同様の誹謗中傷が多数見られます。イベント名で検索すればいくらでも出てきます。
結論から言うと、「アイマス・ラブライブ・グラブルのファンの言う『この作品に触れて感動した』『尊い』『推す』という感想は大嘘だった」という事です。
アイマスもラブライブもグラブルも、外部から招待された人を非難する行為なんて推奨してません。むしろそのような悪しき行いを挫き、手を取り合い輪を広げ協力する事を善しとしています。当然ですよね。
しかし彼らファンはこの作品に触れて感動したと言ったその口で、親の仇かのように出演者を苛烈に叩くのです。目を疑うような光景です。何に心を動かされていたのか理解が出来ません。
この自称作品を大事に思っていると主張するファンのような何者かが、どれだけ作品に対して不誠実であるか書いていきます。
まず「異次元フェス」とは公式サイトに書いてある通り、コンテンツの垣根を越えてコラボを実現する為の音楽イベントシリーズであり、アイマス×ラブライブはその第1弾でした。
にも拘らず、アイマスとラブライブのファンは勝手に「アイマスとラブライブの為のイベントである」と曲解し、果ては「アイマスとラブライブ以外の要素は許されないイベントである」と完全に主旨を無視した自分勝手なルールでゲストを苛烈に叩き始めました。
そのゲストだって事前に応援大使として選ばれた、イベントを広めて盛り上げるれっきとした仲間です。応援大使が外部から選ばれる事だって極めて常識的な話です。まるで侵略者かのように目の敵にしておりますが全くもって的外れな主張です。
そしてゲストが登場した時だって同じ場所には彼らが神聖視する声優も立っています。ゲストを迎え、来てくれてありがとう、一緒に盛り上げましょうと手を取り合っています。しかし彼らはそんな声優の言葉すら足蹴にして自分の嫌いをごり押すのです。
「あくまで俺はゲストに対してだけ悪態をついておりそれが正しいファンの意見として通る」と勝手に思い込んでいるようですがそんな訳も無く、自分達のステージを無視された声優は相当なショックでしょう。
イベントの主旨も理解せず、メインの声優の呼びかけや努力さえも蔑ろにし、あたかも自分は被害者であるかのように誹謗中傷を正当化する様は、精神年齢が子供のまま狡賢い逃げ方ばかり学習した駄目な大人そのものです。
ゲストが登壇する事に非常に嫌悪感を示しており、その理由が「作品と無関係」「キャラクターではなく生身」と、子供の駄々をこねるような感情的な意見が目立ちますね。
グラブルフェスは過去にも作品と関係の無い(キャラを担当していない)声優がゲストに複数回来ており問題なく進行しております。また、しばらくしてグラブルの格闘ゲームの宣伝役として何の縁も無い生身のゴールデンボンバーが紹介されたら「こっちがゲストに来れば良かったのに」と、その時その時に脊髄反射でゲストを叩く為に自分達の主張を都合よく変えています。
コラボグッズが公開され「グラブルキャラと一緒に映ってないならコラボの意味も無いだろ」という意見も多く見られます。
コラボグッズが競演してないイラストで販売する事など何も珍しい事でもなく意味不明です。そもそも、ゲストが世界観を壊しグラブルキャラと一緒にいることをこんなにも不快だと喚き散らしているなら、むしろグッズで競演してない事に安堵するんじゃないんですか?
「やり込んでないのにゲストに来るな」という意見も非常に多い。まぁこれは他ゲームでもよく見る「プレイ期間が長い・やり込んでいる者はヒエラルキー上位である」というありがちな勘違いではありますね。見てて恥ずかしいですね。ゲームを長くやっているとゲストに来る条件を決められる権利まで得られるのでしょうか。
今回ゲストに来る方々は、名前ばかり有名な古戦場がどういうものなのかを複数回体験・未プレイユーザーに伝えていますし、中にはグラブルのメインストーリーを1から追っていくという、ニッチでありながらグラブルの物語としての良さが多くの人に伝わる配信を行っております。この活動が運営から見て良い影響があったからコラボが実現したんでしょう。マイナスであったならコラボなんてしません。会社なら当たり前です。
「ゲストを見にきたんじゃない、フェスがゲストに乗っ取られた」と過剰な被害妄想で暴れている点が共通しています。
先ほども書きましたが、ゲスト共にメインキャストも一緒にイベントを作り上げています。「ゲストと何を話しどんなリアクションを残すのか」は紛れも無くメインキャストの普通では見られない貴重なシーンであり価値があるものです。ファンを名乗る人間にとって、メインキャストよりゲストへの興味の方が強く大切な感情である事の証明です。
あと本当にこれが一番頭おかしいと思うのですが、それぞれの主催は異次元フェスはバンナム・サンライズ・ランティス、グラフェスはサイゲという非常に大きな会社です。対してゲストは会社どころか文化そのものが生まれて数年の若輩です。主催に上からごり押しを通せるような立場ではとてもじゃないですがありえません。ゲストにイベントを支配されたと本気で言ってる人は認知の歪みが極まり過ぎです。
このように「個人的に嫌い」という感情を世間の目に届けて気持ちよくなる事を最優先に考え、それを正当化するために尤もらしい理由を後付けする事によって、言えば言うほど破綻しています。
「その作品の熱心なファンを自称していながら、その作品のメッセージや出演者の想いは全く届いておらず、それらより自分勝手な悪感情を撒き散らす事の方が何より大切な娯楽であり、被害者面をしながら誹謗中傷を正当化する人間」
これがただゲストが来るだけの事に異常な執着と憎しみで暴れる人間の正体です。
異次元フェスで起きた帰れコール、出演者無視という行為が行われた事実を元に、「グラフェス参加者も同じ事しようぜ」と呼びかけるポストが続々と投稿されています。実現が可能な攻撃であると認識されてしまっております。
果たして彼らは仮にも愛していると主張する作品を尊重し会場一体となってイベントを盛り上げるのか、それとも作品や出演者のメッセージなど気にかける事無く我侭を通し自己満足の暴挙に満足しその行為を承認欲求の為に嬉々として投稿するのでしょうか。