西洋世界でもっとも無慈悲な資本主義者は誰だろうか?
彼らの独占の仕方の前では、ウォルマートさえ街角の個人商店にすぎず、
メディア王マードックでさえ社会主義者に見える。
そのような候補者は限りなくあるだろうが、
私が一票を投じる先は銀行でも保険屋でもない。
学術出版社である。
科学や最先端研究を理解することが望ましいということには、誰もが賛意を惜しまない。
最新の知識を欠いては安定した民主的決定は不可能だ。
しかし出版社はその門の前に立入禁止の札を掲げる。
タイムズ紙やサンデー・タイムズ紙をアクセスするのに24時間あたり1ドルという、
マードック流の購読システムには飽き飽きしている人も多いだろう。
しかし、少なくともその期間内はいくつでも記事を読めるし、ダウンロードしておくこともできる。
エルゼビアの出版する学術雑誌では、1つの論文を読むのに31.50ドルかかる(原注1)。
シュプリンガーは34.95ユーロ(原注2)。ワイリー・ブラックウェルは42ドルだ(原注3)。
10件読みたければその10倍を払わなければならない。
そして出版社は永続的な著作権を保持している。
1981年に出版されたレターを読みたければ、やはり31.50ドルだ(原注4)。
もちろん、(まだそれがあるとして)図書館で読むという選択肢もあるが、
図書館も多額の購読料に苦しめられている。
化学分野の学術雑誌の場合、年間購読料は平均して3792ドルだ(原注5)。
なかには年間1万ドル以上に及ぶものもある。
私が見た範囲ではエルゼビアの Biochimica et Biophysica Acta の2万930ドル(原注6)が最高額だ。
大学図書館は購読を打ちきることで帳尻を合わせようとしているが、雑誌購読費は予算の65%を占めている(原注7)。
大学の支出のうち学術雑誌購読料はかなりの割合を占めており、
そのつけは学生に跳ね返ってくる。
マードックは記者や編集者に賃金を払っており、
彼の会社群が使うコンテンツの大半は彼ら自身が作ったものだ。
一方、学術出版社は論文と論文の査読と編集作業の大半とをタダで手に入れている。
コンテンツの製作に当たって支払いをするのは出版社自身ではなく、
政府による研究費を通して支払う私たちだ。
そしてそれを読むために、私たちはもう一度支払うのである。
上がりは天文学的だ。
前会計年度のエルゼビアの経常利益率営業利益率は 36% (20億ポンドの収入中7億2400万ポンド)(原注
8)。
この結果は市場の独占から来ている。
エルゼビア、シュプリンガー、ワイリーはそれぞれ競合企業を買収した結果、
今では学術雑誌出版の42%を占めている(原注9)。
さらに重要なのは、大学が購読にロックされていることだ。
一つの学術論文は一ヶ所でしか出版されず、
研究者は最新の情報に追いつくためそれを読まなければならない。
需要の弾力性はなく、競争は存在しない。
同じ内容を別の出版社で出版することはできないからだ。
多くの場合、出版者はたくさんの学術雑誌をパッケージとしてまとめて購読するよう、図書館に強制している。
この国の人々を食い物にした極悪人の一人、
ロバート・マクスウェルが学術出版でその財の大半をなしたことは驚くに当たらない。
製作と配布の費用をまかなうためにこれらの購読料を課さざるをえない、と出版社は主張する。
また(シュプリンガーの言葉では)「雑誌のブランドを築き、学術情報流通を電子的基盤で支援する」という付加価値を提供もしているという(原注10)。
しかしドイツ銀行の分析では異なる結論が出ている。
「出版社が出版プロセスに与える付加価値は相対的にはほとんどないと考えられる。
もし出版社の反論するように出版プロセスがそれほど複雑で高コストだとすれば、40%の利益率は不可能だ」(原注11)。
大出版社は、投稿から出版までに1年以上の長いプロセスをかけることによって、
研究を伝播させるどころか研究を隠してしまっている(原注12)。
ここに見られるのは、公共の資源を独占し不当な価格を課す、純粋なレンティエ資本主義である。
経済的寄生ともいえよう。
その製作に当たって自分たちがすでに支払っている知識を得たければ、
私たちは地主に土地を明け渡さなければならないのだ。
これが学術界に対して害をなすのはもちろんだが、
世俗に対してはさらにひどいことになっている。
私は主張をするときは根拠となる原典をたどれるようにしておくべき、
という原理にしたがって、査読済み論文を引用する。
だがその主張を私が公正に要約しているかどうか、読者が検証しようと思っても、
その費用を支払えるとは限らない。
在野の研究者が重要な学術雑誌に目を通しておきたければ、
数千ポンドを支払わなければならない(原注12)。
これは教育への課税、公共の知の収奪である。
「全ての人は自由に……科学の進展とその恩恵を享受する権利を有する」とする世界人権宣言に抵触する恐れすらある(原注13)。
Public Library of Science (PLoS) や物理の arxiv.org などの優れた事例もあるとはいえ、
オープンアクセス出版は独占資本家を駆逐するには至らなかった。
1998年、エコノミスト誌は電子出版の可能性を調査し、
「利益率40%の時代はまもなくロバート・マクスウェルと同様に終わりを迎えるかもしれない」と予言した(原注14)。
しかし2010年のエルゼビアの利益率は1998年と変わらず36%のままだった(原注15)。
その理由は、大出版社がインパクトファクター上位に来る学術雑誌を手中にしているからだ。
こうした雑誌で出版することは、研究者にとって、研究費を獲得しキャリアを積むためにかかせない(原注16)。
とっかかりとしてオープンアクセスジャーナルを読むことはできるが、
クローズドな方もけっきょくは読まなければならない。
少数の例外を除いて、各国政府は彼らと対決することができていない。
米国 National Institutes of Health は、自らの研究費を獲得した研究者がオープンアクセスのアーカイブに論文を置くように求めている(原注17)が、
英国の Research Council の公共アクセスについての宣言は無意味の極致である。
それは「出版社が現在のポリシーの精神を維持しつづけるという仮定」に基づいている(原注18)。
政府は短期的には、出版社に対する監視機関を備えるとともに、
政府の研究費に基づいて製作される論文がすべて無料の公共データベースにおかれるよう強制すべきだ(原注19)。
また長期的には、政府は研究者と協調して中間搾取者を追い出し、
ビョルン・ブレンブスの提案に沿い、学術論文とデータの世界単一アーカイブを作る取り組みを進めるべきだ(原注20)。
査読を監督する独立した機関を設置し、
いまは略奪を受けている図書館の支出でそれを運営することもできるだろう。
知識の独占は、穀物法と同様、正当化できない前時代の遺物だ。
寄生地主を追放し、私たちの研究を解放しよう。
George Monbiot
2011年8月30日、ガーディアン紙
http://www.monbiot.com/2011/08/29/the-lairds-of-learning/
- 原注1 エルゼビアの価格については次の雑誌を確認したところ、どれも31.50ドルだった。Journal of Clinical Epidemiology, Radiation Physics, Chemistry and Crop Protection。さらにJournal of Applied Developmental Psychologyは35.95ドルだった。
- 原注2 シュプリンガーの価格については次の雑誌を確認したところ、どれも34.95ユーロだった。Journal of Applied Spectroscopy, Kinematics and Physics of Celestial Bodies. Ecotoxicology。
- 原注3 ワイリー・ブラックウェルの価格については次の雑誌を確認したところ、どれも42ドルだった。Plant Biology; Respirology, Journal of Applied Social Psychology。
- 原注4 エルゼビアのApplied Catalysisのアーカイブで、1981年4月の創刊号の価格を確認した。
- 原注5 Bjorn Brembs, 2011. What’s Wrong with Scholarly Publishing Today? II. http://www.slideshare.net/brembs/whats-wrong-with-scholarly-publishing-today-ii
- 原注6 http://www.elsevier.com/wps/find/journaldescription.cws_home/506062/bibliographic
- 原注7 The Economist, 26th May 2011. Of goats and headaches. http://www.economist.com/node/18744177
- 原注8 前掲 The Economist,。
- 原注9 Glenn S. McGuigan and Robert D. Russell, 2008. The Business of Academic Publishing: A Strategic Analysis of the Academic Journal Publishing Industry and its Impact on the Future of Scholarly Publishing. Electronic Journal of Academic and Special Librarianship, volume 9, number 3. http://southernlibrarianship.icaap.org/content/v09n03/mcguigan_g01.html
- 原注10 Springer Corporate Communications, 29th August 2011. メールでエルゼビアに尋ね、コメントを求めたが得られなかった。
- 原注11 Deutsche Bank AG, 11th January 2005. Reed Elsevier: Moving the Supertanker. Global Equity Research Report. 前掲 Glenn S. McGuigan and Robert D. Russell からの引用。
- 原注12 John P. Conley and Myrna Wooders, March 2009. But what have you done for me lately? Commercial Publishing, Scholarly Communication, and Open-Access. Economic Analysis & Policy, Vol. 39, No. 1. http://www.eap-journal.com/download.php?file=692
- 原注13 Article 27. http://www.un.org/en/documents/udhr/index.shtml#a27
- 原注14 The Economist, 22nd January 1998. Publishing, perishing, and peer review. http://www.economist.com/node/603719
- 原注15 前掲 Glenn S. McGuigan and Robert D. Russell。
- 原注16 前掲 Glenn S. McGuigan and Robert D. Russell。
- 原注17 http://publicaccess.nih.gov/
- 原注18 http://www.rcuk.ac.uk/documents/documents/2006statement.pdf
- 原注19 ダニー・キングスレーは小さな改革がいかに大きな効果を生むかを述べている。 「現在大学はすべて学者によって書かれた論文とその書誌を集めている。……しかし集められているのは出版社によって公開された版のPDFである。ほとんどの場合こうした論文は機関レポジトリでオープンアクセスにすることができない。……技術基盤はすでにありプロセスもできあがっている。しかしオーストラリアの研究への実質的なアクセスを享受するためには、もう一つ小さな改革が必要だ。政府は出版された版ではなく採録された版(査読を受け校正をした段階の版)を置くように指導すべきなのである。」 http://theconversation.edu.au/how-one-small-fix-could-open-access-to-research-2637
- 原注20 前掲、Bjorn Brembs。
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