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2023-12-18

anond:20231218122249

40代とは言っても、今50前後の人たちと40代前半の人たちとでは、また感覚が違うと思うなあ。

前者はバブル空気が残る頃に世に出た人たちの世代で、後者はずーっとケチ世界で生きてきた個人主義者たちの世代でしょ。

2023-12-09

子供が生まれから世界情勢が気になって仕方がない

自分だけだったら、戦争になってもまあなんとか生き延びるか、最悪死んでもいいかなって思ってた

でも子供が生まれて、この子未来を考えるようになった

自分さえ良ければいいなんて思えなくなった

自分生命保険をかけるとか、そういうのじゃなくてさ

ロシアウクライナイスラエルハマス戦争見てたらさ

今後日本はどうなっちゃうんだ?子供未来は?なんて思ってしまうんだよ

自分子供お金とか知識とか愛情を与えても、世界情勢は変えられないもんな

辛いよ

少子化がどんどん進んで、個人主義も進んでる気がする

自分さえ良ければいいってなってる

それが良いのか悪いのかは置いておいても、子供を生むと個人主義じゃいられなくなるなって思ったよ

もし中国台湾に侵攻したらどうなるんだ?

日本はこのまま衰退するのか?

心配しても仕方ないからできるだけのことするけど、子供はこれから80年くらいは生きるはずだ

その頃には22世紀に近くなる

絶対世界情勢は変わってるよな

産んでよかったとは思うけど、不安になるよ

とりあえず教育ちゃんと受けさせたいな

それくらいしかやれることがない

2023-12-07

日本特有同調圧力

「『日本人同調圧力が強い』と言われるがアメリカ同調圧力を知らないだけ」という言説もメジャーになってきた。

かにひとり飯に特化した飲食チェーンが発達するなど日本はかなり個人主義が強い国だと思う。

集団の外のやつはどうでもいいと考えるのが日本個人主義だ。

アメリカでは同性愛者を攻撃するとかが発生するが日本では直接的な攻撃はあまりないだろう。しかし、これが自分の子供が同性愛者だとかになってくると打って変わって難色を示す。別に同性愛者に寛容なわけではなく自分ごとではないからどうでもいいというだけ。

国全体で見ても難民を受け入れる気がさらさらないのはこういう思想に基づいているんだと思う。受け入れるべきだと思っている国民もごくごく少数派だろう。

アメリカにおける"先進的な価値観"を日本ではとっくにやっている」という言説はこういうトリックに基づいている。アメリカ問題になる箇所が日本では問題にならないからといって問題がないわけではない。ドメスティック問題として向き合わなければならない。

2023-11-27

アメリカ人的「謝らないコミュニケーション」は、ただ単に幼稚性から来るのかもという推察

アメリカ人は謝らない、とよく言われる。自分の非を認めるのはすなわち、10:0で過ちを認めたからだ、と言われるのだ。


しかし実際にアメリカに行ってみると違うことに気付く。

実はアメリカ人結構頻繁に謝る。


「君が傷ついてしまった、すまないと思う」

「今のは君に不快な思いをさせる言葉だったね」


と。意外と謝るじゃん、とその時は思うのだ。

しかしよくよく考えてみると、謝っていないことに気付く。

彼ら、とにかく「主体」を「自分」ではなく「他人」に設定するのだ。


「君が傷ついてしまたことをすまないと思う」→お前が勝手に傷ついただけ

「今のは君に不快な思いをさせる言葉だったね」→君が「不快になったことは」謝るよ、でも俺は悪くない、俺の言葉で傷つかない人もいるんだから


日本人責任回避しがちというが、実際は違う。責任が0か100なのだ。謝る時はしっかり、

貴方を傷つけてすいません」「不快言葉を言ってすいません」

という。しかアメリカ人は「自分責任」と「相手責任」を切り分ける。

根底に、「あくまで傷ついたりしたのはお前の責任」と思っているのだ。


ぱっと思いつくのは、小学生の「謝っているようで謝ってない謝罪

とにかく責任回避をしたい、自分の悪さを認めたくないという部分。


自分の非を認めて前に進むことは大人必要なことだ。

外資に長年勤めている人は、アメリカ企業が良くも悪くもだんだん日本化しているとも聞く。

逆に日本企業は謝らない、幼稚になったとも聞く。


そういう「自分責任他人の切り離し」を、個人主義的な美徳だと考える人も居るが

実際はただ単に未熟な人が多いだけで、自分の非を認められないだけなんじゃないか最近は思っている。

2023-11-24

何が目的個人主義推し進めたんだろうか

自由恋愛個人主義基本的には国を亡ぼす結果にしかならんと思うんだが、

何が嬉しくて自由恋愛個人主義推し進めてきたんだろうか。

2023-11-21

アメリカ移住して2年が経った


IT界隈でエンジニアとして働いているが、なんとか2年持ちこたえることができた。

まだまだ自信なんてものはないし、一生自信なんて生まれない気すらする、俺の同僚の優秀さ。

必死にやらないと戦力外通告を受けてもおかしくないくらいの気持ちで日々働いている。

それでも日本だったら、その辺の日本なんちゃってCTOよりはマシなスキルを持っていると思う。

将来的には日本に戻って日本社会に貢献できればと考えていたが、外から見える日本ヤバイ

何がヤバイって、まず政治の面。

政治

安倍下りとか、まだ自民を盲信するアホな国民がいることに対して、民主主義が完全に機能してない点。

そりゃ他の党もまじでイケてないよ。希望の党?なんだあのルー大柴弟子みたいなおばさんは?ルー小池

中身のないやつほど、カタカナ語精神論で話を濁すよな。馬鹿おまえら、これだけは言っておく。どうせこういうカタカナ語大好き、精神論大好きなやつは100%したことは言ってない。何がワイズスペンディングだ。当たり前のことをカタカナに直すな。

そもそも政治システムが終わってるから、どうしても短期的で無益政策しか国民受け、特に老人受けしないことが破綻の原因だと思う。だから自民だけを攻めたりはしない。

政治合理性がなく、本来やるべき政策が盛り込めないことが致命的すぎる。だって票とれなきゃ戯れ言で終わるからね。

でも残念ながら、政治システムを変える流れなんておそらく破綻したって起きやしないだろう。

この数十年、政治家は老人優遇政策少子化対策度外視で、少子高齢化を歪なまでに加速させてきたよな。

日本少子高齢化はある程度は自然発生している部分もあるが、世界一少子高齢化社会自然現象で起こっていることじゃないからね。

無益な過剰医療税金を老人の延命に全力投入したって何の未来もない。政治家都合の老人票のために多額の税金が使われるとか、10年前にそろそろやめようぜって議論してたって時既に遅しだったのに、まーだ軌道修正せず、今までと同じ路線政治をしようとしている。

短絡的な政策未来なんて老人政治家は考えやしない。目先の経済政策国民歓喜

国家破綻現実味を帯びてきた今、草も生えん。

このまま少子高齢化が今のペースで進んだらあと20年で日本船は沈むんだぜ。2年前の俺は30年は持つと思ってたが。

自分日本政治に完全に諦めた。破綻エンターテイメントなんておもしろいわけないじゃん。日本ヤバイって言ってるけど、嫌いで言ってるんじゃないからね。諦めたということは、破綻を受け入れるという意味だ。

次にビジネスの面。

ビジネス

二番煎じ以外でなんかビジネスあったっけ?創造性のかけらもないよね。さら倫理観までないときた。

なんだよ、メルカリとかDeNAとか道徳なき商売とかまじで社会的大罪だからな。社会に混乱与えてるだけじゃねーか。国も国で倫理なんて知ったことではないときた。

日本人が思っている以上に日本人の倫理観って低いよ。

ちょっと脱線するけど、目の前で事故が起きて、スマホ写真とる馬鹿が決してマイノリティーでない国民性はヤバイ

金が絡むところでしかサービスがないのに、おもてなし日本人の国民性かのように言うな。

完全に個人主義社会で人が困ってたって人助けするほうがマイノリティーじゃねーか。

こっちでは新しい独創的なビジネスが次から次へと生まれている。日本じゃ考えられないペースでだ。もちろん、お金になるかどうや怪しいビジネスもたくさんあるけど、他社のビジネスコピーすることしか脳のない日本社会より全然マシ。

から日本に働きたい会社がほぼない。

そして企業凋落。既に国際競争力はほぼない。大企業すらボッコボコ潰れていくだろう。

これで少子高齢化が進んで、老人だらけになったら未来の見えない老人じゃ内需にすら貢献できないよ。

少子化で人がいない。完全に売り手市場なのをポジティブに考えすぎて若者自民を支持してるらしいね

ただの少子高齢化政策で人がいないだけだぞ。お前らの未来は真っ暗だけどな。


日本にいずれ帰ろうって思ってた自分は、そんなに馬鹿だったのか??少なくとも視野経験も今より格段に低かったことは確かだ。

2年前の自分を今見たら、もう哀れみしか感じない。

もうあと数十年で破綻することが目に見えている状況でさすがに日本には帰れない。

なんで沈む船に乗らなきゃいけないんだ?両親はギリギリ逃げ切り世代自分が守るべきは自分だけだ。

もともと自分ではなく社会の先行き不透明から子供は作らないって決めていた。その選択は正しかったと思う。

政治家さあ、お前らが馬鹿じゃないなら、意図的破綻活動をしているってことだよな。

おまえらが保身しか興味ないのはいい。もう知らん。

せめてもの償いとして、日本国民世界で働けるように働きかけてくれ。労働visaハードルが下がれば、あとは英語力があればやっていけるだろう。

俺は超苦労した。ネイティブには劣るものの、問題なく仕事ができている。

2023-11-20

anond:20231120081758

自分給与アップも手当アップも両方賛成だけど、それは別に少子化対策という意味ではなく、福祉方向性として賛成なだけだな。

そもそも、どっちをやったって(両方やったって)出生率なんて増えないだろ。

お金がないか結婚できないとか、お金がないか子供を諦めるなんてのは、全部でたらめだよ。本人がそう信じ込んでいたとしてもそれは自己催眠でそういう理由を上書きしてるだけだ。

本当のところは「子供のために他のこと(多くは生活レベル個人生活)を諦めたくない」ってだけの話だよ。金をばらまいたところでその金相応に個人欲望が大きくなるんだから、やはり子供を入れる気分になんかならないって。生活レベルさえ気にしなければ日本婚姻可能成人の大半が子供作れるだけの収入持ってるってのが現実なのだから

それに対して「幸福な家庭」とか「最低これくらいは子供に与えてあげたい」とかいイメージ先行の子育て幻想でどんどんハードル上げた結果、「そういう結婚子育てはいまの収入ではできません」っていう人が増えただけで、別に「そういうレベル結婚子育て」以下をしちゃいけないわけではない。自分生活レベルさげて子育てハードルも下げて年収200でも300でも子作りすればいいんだよ。

から少子化を本気で食い止めたければ、結婚しないやつや子供のいないやつは社会悪としてどんどん弾圧していくしか無い。マスコミ使ってやり玉に挙げて社会寄生虫として公共の敵という形で晒し上げにするくらいじゃないとどうにもならないよ。昭和初期までは概ねそういう社会だったからみんな結婚して子供作ってた。そうじゃないと社会構成員として失格だ、半人前だ、権利を与えるべきではないっていう雰囲気存在たから、みんな所帯を持ってた。

でも人権思想とか個人主義とか個人人生やりがいとかそういうのが発明されちゃった現代ではそうは行かないので、先進国はみんな少子化してる。そろそろその辺認めて、諦めたほうがいいと思うよ。ばらまいたって少子化解決しない、って。個々人の人生自由があって、子供づくりが両親の任意である社会において、子作りは趣味なんだ。趣味の人が、稼ぎや可処分時間をぶっこんで作るだけなんだから趣味じゃない人は作らない。半額補助しようが優待制度作ろうが、興味ない人がアイドルライブ人生の数割とかぶっ込んでくれるかってくれないでしょ?時間と金のかかり具合考えたら子供作るってガチ勢しかいない趣味なんだよ。

それを認めない元増田みたいな人が「AかBかのどっちで行くべきだと思う?」というような、「あたかも金で少子化解決するみたいな前提」を暗黙裡に埋め込んだ設問や議論をするのは、卑怯で不誠実だとすら感じる。

もはやいい加減に認めて、少子化は止まらない前提の社会に移行していくべきだよ。

anond:20231120070324

つーか個人主義を突き詰めれば隣人のことすらどうでもよくなるのに

お気に入り弱者を助けたい時だけ大同団結呼びかけたって都合良すぎてどうにもならんでしょ

2023-11-19

個人主義が進めば、「先祖代々お世話になっているお寺」みたいな存在って消えていくんだろうか?

古風な家系、というよりお金に余裕ある家は続けるだろうけど、一体そんな世帯がいくつあるんだか。田舎は多いのかな。

親の代は頑張ってたと思うよ。そういうしきたりを真面目に受け継いでいた。

でもそろそろ転換点じゃねぇかなあって、守んなくていいじゃんそんな古くさい慣習なんてって、いちニートとしては思うわけですよ。

やだねー先祖代々って響きは。こんなこと言うと親不孝も極まれりってもんだが、まるで呪いのようだよ。

2023-11-16

anond:20231116061145

そこまで風呂敷を広げていませんよ

人権正義民主主義の話がメインでしょう?

日本民主主義人権主義個人主義採用してますからね。

偏見だ!国のために死ぬのが日本人!国のためなら飯など食わぬ!人権など要らぬ!個人主義など要らぬ!我々は全体主義者だ!民主主義なぞいらぬ!主君の命なら死も厭わぬ!拷問は良き戦略!民の1人の命に価値などない!臣民は死んでこそ!それが日本人の美徳なんだ!というなら、別にいいと思うんですが、

なんで採用したんでしょうね?なんで変えないのですか?としか

2023-11-09

anond:20231109120154

村社会共同体を脱した個人主義社会ってそういうことで

共依存的な相互扶助がなくなった結果、交換可能ビジネス的な金銭トレードのみとなり

スペックによって常に他の個体に置き換えられる恐怖の中生きていくって事だろ。

20世紀アメリカとかでよく言われてたような感じのやつ

2023-10-31

精神論も大切だと思う

精神論ブラック企業とか、とかく"良くないもの"みたいなイメージになってしまっている気がする。

でも、精神論ってそんなに悪いものか?

逆に精神論がないがしろにされているか個人主義が進み、"自分けが良ければそれでいい"みたいな分断社会が加速しているんじゃないかって思うんだ。効率を重視するのはもちろん大切だし、客観的事実に基づいて議論を進めるのも当然必要だ。

それでも、精神論すべてを否定するのは違うと思う。精神論根本には、優しさと、他人を思いやる気持ちがあったはずだ。

2023-10-28

anond:20231028133443

そうなったから、少子化対策と言う話を聞くと

テクシに子供を産ませたかったら国は金を貢ぎなさい

って答えるアホが増えて

異次元少子化対策とか嗤いながら自分自分のくびを締めてる

挙句それを国のせいにするバカばっかりになった

1973年までは、まだ地域、家、会社と言ったもの機能したんだけど

(唯一成功した社会主義国家と言われたほどで日本の優位性はそのくらいしかなったのだけど)

それを個人主義にかまけてどぶに捨てて

これからどんどんと衰退していくけれど

滑稽な事にそれを全部他人のせいにして「失われた30年」とかにしがみ付いてる

これからまれ子供可哀想だよな

他責して自分を省みない大人に溢れた社会で、愚痴を言うだけで何も改善しようとしないバカ上司なんだぜ

子供を産まずにいるのは正解かも知れないよな

anond:20231028002335

制度お見合いは、全体主義軍国主義のような「愚かで思考力がなく反抗しない奴隷を増やして、工員や軍隊臣民を作り、工場や軍で労役させ税を納めさせる」にはとても都合がいいし、そのための制度から

合理的なのは当たり前


日本は知らんけど世界個人主義採用してるので、もちろん「個人自由幸福人権のために国家がある」とする個人主義民主主義社会においては、合理性など無いし有り得ないわけだが。

2023-10-21

anond:20231021190122

そもそも個人主義を徹底した先は「共同体の存続」自体がどうでもよくなるのに

左やフェミの人ですら都合のいい時だけはそこを人質に取ろうとしてくるんだもんな

anond:20231021030820

個人主義でもない限りそれら捨てるの無理

新自由主義信者なら出来るけど結婚して子供持つと変わる

2023-10-17

ノンストップかい番組はたとえ日本宣戦布告され戦時下に入っても時事ネタやらないって方針貫く気なのかな。

そういうときはさすがに挙国一致してみんなが自国の戦況に関心持つべきだしテレビもそれを助けるような話題のみを放送して戦意高揚などを図るべきだと思うんだけどね

こんなこと言ってると右扱いされるんだろうけど。行き過ぎた個人主義でどんなときでも自分無関係自分の好きなカルチャーだけを考えてる自己中を認めるべきとは思えないんだよな

2023-10-14

団塊世代中立中庸中道のスタンダート」という±0の起き方から始まる「Z世代論」が気持ち悪すぎる

いやいやお前らも十分異常な世代だろ。

まず、自分らがされて嫌だったことを下の世代に平気でやるのがスタンダートっていうのがヤバイ

セクハラパワハラをされて嫌な思いしたことに対して、「じゃあ次は俺の番だからやるね。やられっぱなしとか損じゃん」ってなるようなモラルの無さのどこが中立中庸中道なんだよ。悪・混沌利己主義も良い所だろ。

あと団塊の世代ってすぐにゆとり世代・Z世代個人主義的と言うけど、昭和初期世代と比べるとお前らも十分個人主義だよ。

核家族という概念はあっても大きな親戚づきあい概念や、国家地元に貢献するという気持ちがかなり薄まってる。

大日本帝国時代滅私奉公国民総動員な価値観はもちろん異常。

でもそこから反動でかなり覚めてるというか「結局さ、個人個人なんだよ。いざとなったら皆敵同士なんだ」みたいな方向性にかなり振り切れちゃってるところがあるよね。

それが極端に出たのが就職氷河期時代における次世代切り捨て。

口では「俺も若い頃色んな人にお世話になったから後輩には……」みたいなカッコイイこと言っておいて、いざ自分ピンチになったらバンバン下の世代を蹴落とし始めたじゃん。

あいう時に口にする「皆で助け合おうじゃないか」の「皆」の範囲がいざとなったときかな~~り狭くなるのが団塊の特徴。

自分友達」「自分家族」という極めて小さな「最小単位のムラ」までで助け合おうとする。

地域一丸なるみたいな感覚あんまりないんだよね。

せいぜい多くて20人ぐらいまでしか「皆」に含めようとしない感じ。

昭和はもうちょい広かったと言うか、たとえばトトロでメイを創作するために村総出で動いたけど、ああいう「いざとなったら視界に入る地域の全員で協力する」みたいなノリが団塊の一つ前だとあるんだよ。

「既に個人主義が始まっていた世代」なんだよね団塊って。

その癖して「ゆとり世代」「Z世代」に対してステレオタイプ論をふりかざすときは「コイツらは個人主義で」と言う。

いやいや自分らを棚上げにしすぎやろって。

こういう「自分が±0だと思っているから、自分より少しズレたら異常だと騒ぎ出すけど、自分たちがそれより以前と比べたらまた異常であるってことに対して無関心」な所が本当に気持ち悪いんだよね団塊の世代世代論は。

お前らも過去世代から見たら異常だろと。

天皇写真を飾りもしないし、「Q.日本が攻められたらどうしますか?」「A.アメリカ亡命します」って考えが多そうだし、100年前の日本人がみたらビビるぐらい日本という国に対しての関心度が薄い所とかさ、今はもう当たり前になってきてるけど一つ前の世代からしたらマジで異常なんだって

お前らは別に中立でも中庸でもスタンダードでもなんでもないって事だけはいい加減自覚してくれよ。

お前らの世代常識が全人類常識になることなんてないんだって

そんなんだから価値観の変化についてけね―んだよ。

自分たちもまた過去から比べて変化した世代であるってことを忘れてるから「俺が子供の頃はスカートめくりぐらい普通だった。職場の偉い人はお茶くみ係の尻触ってた。なんで俺が怒られるのかわからない」とか言っちゃうだって

まあ、結局のところ、これが団塊の特徴なのかもな。

「なまじっか人数が多いせいで自分たちの世代こそがスタンダードである思い込みがち」っていうのが。

この辺掘り下げるブームとか今後出てくるのかな。

Z世代向けに「団塊の世代取説」みたいな本がバシバシ出たり

2023-10-12

子どもが生まれたけどめっちゃ祝福される

万人に共通する幸福価値観結婚出産お金、美の4つしかないと言ったのはマツコ・デラックスだが、この中でも出産はとびきり特別だ。

タイトルの通り、最近子どもが生まれたのだが、本当にみんな喜ぶし祝福するのだ。

自分の不甲斐なさからギクシャクしていた義父義母もニッコニコだし、実父実母は言わずもがな

役所に行っても病院に行ってもまずはおめでとうございます。散々と文句を言われてるし不足している部分は多いが、自治体の子持ちに対するサポート独身子どものいない夫婦とは比べ物にならないぐらい手厚い。

散歩してれば知らないジジババがめちゃくちゃ話しかけてくるし、電車に乗れば席を譲られるし、職場子どもが!と言えば大抵なんでも許される。

やはり人間が一人増えるということが社会にとってどれだけ重要か分かるし、どんなに個人主義的な考えが広まっても(子どもをつくらない夫婦やLGBTQの権利を広げて言っても)この壁は超えられないんだろうな〜と感じてしまった。

2023-10-05

結論的には少子化対策は、子作りの努力目標化と45歳以降の子無し税

子作りは個人の「子を持ちたい」という願望への依存だけでは、必要十分ではない。→人間が生まれる源である共同体の維持、持続性には個々人で子作りの負担を分担しようとしないと維持できない。今より格段に貧しかった先祖の苦労で生存できているのに、自分の代になれば、辛ければ後世を残すという責務はなくて良いのか?子作り育児の困難をいかに取り除こうとするのではなく、絶対負担がある子作りの困難をいかに受け入れられるようにするかが肝心。子作りの「位置付け」を、苦労で諦めてしまう「個人意思や願望でもうけるものから個人、および共同体の持続性に必要不可欠なもの位置付け、税のように広く必ず「共同体負担すべきもので個々人が協力すべきもの」へ。現代人の自由人権を守って、貧しければ子供を作らずに少子化でどんどん日本人が減少し、移民主体の国に置き換わっていくか、個人が貧しくても子育て負担を受け入れて生き残るか、突きつけられる究極の2択ーー。いや、子を持ちたい人を支援すれば、子供を欲しがる人の意思だけで、増えていくハズ←増えませんでした(確定事実・少しでも出生率改善しているわけでもないので、量が不足していると考えるより、方向性が間違っていると考えるべき)。

出生率低下の原因】

現代は昔と比べて出生の要素が減少した(子作りを個人意思コントロールできるようになった)。

出生率が高かった時代の子が生まれてくる要素は①「子を持ちたい願望」に加え②「農業労働力や後継男子が生まれるまで子を作ろうとした(インセンティブがあった)」③「道楽としての性欲」④「避妊堕胎がなかった」←そもそも出生率が高かった昔も親の子供を持ちたい希望だけで、人口が維持、拡大できたわけではない。つまり、本意でないのに作っていた群もいて、その結果、人口が維持拡大できた。いわば、不本意でない出生が人口維持や増加を支えていた。もちろん苦労もあり、苦労と出生数はトレードオフ関係だった。

しか現在日本(他の先進国も)は①子を持ちたい願望だけの「一本足打法」になった

子供が生まれる要素が減り、これだけでは出生率2以上には足りない。もともと、子供を持ちたい願望のある世帯だけでは、出生率2に足りない。

・個々人にとって結婚や子作りに消極的な主な理由経済環境があげられるが、人間社会にとっては少子化になったのは願望や愛情をそそぐ満足感を得るためのものになった(子供位置けが生産材→消費財へ)

・原因は子作りや結婚経済環境的な障壁ではなく、障壁に感じるかどうか。

→それは、結婚や子作りが個人主義の台頭でほぼほぼやるべきものから個人裁量対象になり、個人志向

依存することになり、(例・ペットは狩りができなくなったのは、ペットに聞けば狩りは難しい事を原因に上げるが、本当の原因は人間に飼いならされてしまたから)

理想の子供の数の平均は2.5人程度だが、これは貧しければ簡単に諦める人も含まれる「熱量」が全く考慮されていない数値。資本主義という制度上、必然的存在する貧しい層の存在に対し、「賃金を上げられれば」など、無責任で実現できないタラレバを唱えても時間の浪費と共に少子化が進行するだけ。

・したがって、いくら育児支援をしても、子を欲しがる人の数が足りないので効果が出ない。アンケートでも、金銭面や環境面だけではなく、自分時間が潰れるのが嫌だからという回答多数。

先進国ほど少子化、豊かになるほど少子化 ←エンゲル係数は下がり、全自動洗濯機など家電は便利になり、家事負担も減り、保育所の整備は進み、待機児童も減り、育児休暇率も上がり、男性育児参加も進んでいるのに、出生率は低下。結局、子作りや育児負担がある限り、また別の何かに不満や負担を感じてしまう←不満や負担問題解決ではなく、どのみち解消できない不満や負担を受け入れることが重要

個人自分にとって最適な行動(コスト負担を避けるために子供を作らない)をするほど、出生率は低迷する

過去と比べた場合出生率低下の原因=1970年代前半まで既婚率97%、貧乏人でもほぼ結婚して子供を作っていた。「個人主義の台頭による子づくりの優先順位の低下」(経済環境で諦める対象になった。子作りにおける世代扶助より自己実現を優先)経済環境は原因ではなく結果。

・昔「みんな必ず、大変でも子供は作りましょうね」→現在「子作りは各々の自由ですよ〜」→当然、経済的、環境的に大変な人は子作りを避けるようになる

・逆にいうと、子作り圧力などにより、先代が結果として自己利益犠牲(昔の方がエンゲル係数が高かった→昔は今より無理して子供を育てていた)にした結果、現代人が存在できる。

社会のレールは「子作りと仕事の両立」ではなく、実際には「完全に仕事を優先」(新卒一括採用の掟)してしまっている

教育費が高い問題子供の数が少ないから、教育費に金をかけられる→金をかけるから金がかかるになる。

出生率向上の上でのポイント、注意点】

負担回避しようとする(無理=その間に少子化がどんどん進行してしまう)のではなく、いか負担を受け入れてもらうか。出生を子育て世代の願望による産物ではなく、生物学的な道理摂理に根ざしたものにすべき(人口維持に必要な数を目標にすべき)。→手順や方法ではなく、結果(出生率)に拘る。ターゲット戦略型にする

・子作りは楽ではなく、元々大変なもの問題なく少子化解決できる「魔法聖杯」を探し続ける時間が長いほど少子化は進行してしまう。

移民政策では、出生率低下により減り続ける日本人少子化問題解決しない。→単純に減り続ける日本人の代わりに移民と置き換わるだけで、共存が続くわけではない。X字のように、時間の経過とともに、人種構成移民と置き換わるだけ。日本人がいなくなっても日本列島に移民がいれば解決ではない。

少子化対策は質より量を目指す。数字ありきが正解。←質を保ちつつ、量を目指してきたが、結局失敗した(量が競争により質を向上させる面も)。

・出生の機序と誤解

生物学的には性欲→性交渉→出生→愛情が芽生えて育児 

子供が欲しいから作る人が大半だが、全てではない。←ここがポイント。完結出生児数が2ならば、100%の人が結婚しないと少子化確定(そんなの無理)。

そもそも、全ての人が最初から結婚し、子供を望んでいるわけではない。←生物学的にも子供本能希望だけではなく、元から全ての要素ではない。←あくまで授かって生まれ子供愛情が芽生えるのであって、愛情最初からあって作ろうとするのではない(本来は順序が逆)。

労働やりがいではなく、出生率を優先すべき。持続性が生命大前提。それが担保された延長線上に個人のやりたいことや夢がある←人間は目先の報酬を優先してしま

・子作りは生物学原理なのに、個人価値観対象としてとらえらてしまっている。→生物自己価値観合致しているか子供を作るわけではなく、あくま本能人間生物額的本能が退化してしまった可能性がある。

共同体の持続性は、個々人の負担で達成される。(個人利益と相反)共同体というプールがあるから人間存在できる。一代(今の自分自身)の人間利益を最大化すると共同体の持続性が毀損され、やがて人間少子化によりどんどん存在できなくなる。

選択肢が多いほど不幸になる「選択のパラドックス江戸時代農村結婚相手が限られていた

・「出生率向上の目標」は子育て環境満足度や子作りの納得感を上げることではなく、出生率の数値を上げること。子育て世代の満足感の向上への努力出生率向上に繋がっていない。納得感、満足感ではなく、出生率数字向上を重要視する(少子化感情モラル倫理観ではなく、「数」で決まる現実を受け入れる)

子供を増やすことによる副作用より、まずは頭数が重要。無理に増やすと、問題も増えるといって対策を打たなければ、プラマイゼロではなく、出生率低迷の長期化による出生数減はどんどん進行する。

・無理やり増やそうとするデメリットより、少子化デメリットの方がはるかに大きい(子供を無理に増やすことの問題が増えても社会は持続できるが、少子化時間の経過で物理的に絶滅する・例=癌と一緒。痛みがなく治る方法を探しているうちに、どんどんガンが進行して取り返しがつかなくなる。

→痛みがない方法はあるかもしれないが、見つからない段階ならさっさと痛みを堪えて切除するしかない)。現状は、「賃金を上げよう。環境改善しよう」と雀の涙給付無責任念仏を唱えるだけ

→これで出生率が上がるわけがない。

・子作りは自由から逆に責任が生まれ責任回避動機から減ってしまう。

子供を作る方法自体は、性交渉であり、実は簡単動物繁殖もやることは分かっているため、簡単。ただ、現代社会性交渉の機会を増やすことは非常に難しい。また、人間で難しいのは人権があるという点。逆に言えば、出生率改善しにくい原因は子育て世代人権保護を「優先」する為と言える。さらに逆に言えば、かつての子育て世代は周囲のプレッシャーなど窮屈な思いをして、自己実現生活水準我慢した結果とも言える。10割、自分の為に生きるのではなく、3割は次世代の為に負担を受け入れるという考え方の共有が重要

少子化解消への解決策】

・子作り(親世代が子世代を作って育てる=「世代扶助」)の重要性を教え、その価値観社会と共有する

→親や先祖による世代扶助(子作り負担)の結果、現代人が存在できるという仕組みを、しっかり社会で共有する(自由人権を主張できるのも、親や先祖の子作り負担の結果、出生できたから)←この因果関係をしっかり理解する。

・子を持つことの「社会位置付け」を変える

→子を持つことを、子育て世代の「幸福の実現手段の一つ」から社会的に共同体にとって「絶対必要不可欠な原理」に変える。←子育て世代の子どもを作ることへの責任感の向上があり、社会からの協力も得られやすくなる。

→子作りを義務的に考えれば、必然的教育競争は弱まる。現在自由意志だから結婚子育て競争になる。(生物学的に必要不可欠な要素は競争ではなく、分配の方が結果的にうまくいく)義務的になれば、無茶な競争意識から解放され、育ってくれればとりあえずOKとなる。実は義務である方が責任がなく子ができた後は精神的にはかるかに楽。自由意志だから責任が伴う。

↓↓

社会的に解決困難な課題個人にとって避けたい行動を導くにはルールを作り、負担社会全体で分担するのがセオリー。つまりルールを作ることが解決策。出生率が高かった時代事実上、ルールとして意識されていた。

ルール化と政府による積極的な子作り推奨・子作りの「社会的な位置付け」の変更←子育て世代希望者だけ子供を作るのではなく、皆で分担して作る→結婚子供を作る人が増えれば、相手も見つけやすくなる。

個人として避けたい負担でも全体にとって必要不可欠な行動はルール化するのが古今からセオリー、例えば税金貧困者も負担する。国によっては徴兵制もある(こちらは国を守るために命を投げ出せと言ってる)

子作り子育て世代になれば、子供を作りましょう(もちろん健康問題がある人は除く)

・子作りのタスク化(個人の願望の産物だと、モチベーション環境に左右されてて必要出生率を確保できない)

政府による要請

政府は期待、支援するだけではなく、能動的に子作りを「要請し、積極的に推奨」する。あらゆる生物共通する、共同体が持続するための『世代扶助原則負担があるから持続する)』を説明すれば多くの人は理解できるはず)

個人の「幸福手段」の一つとして子作りを位置付けるから幸福でないなら子供を作らないという行動になってしまう(幸福手段という位置付けだから、基本「勝手自助努力でやれ」になる)。大前提として子作りを「幸せの実現手段」ではなく、「個人存在の源でもある共同体の持続性に不可欠な存在」と定義する。そうすれば子育て世代は子作りに対する責任感が生まれ政府会社社会負担を受け入れて協力的になるはず。

②有利不利で動機付ける

実質的な「子なし税」の導入

人間は得をするための行動より、損を避ける行動を重要視する(「損失回避」=プロスペクト理論)例えば45歳以上で子供がいなければ、所得10%を課税される→早めに結婚でもして子供を作ろうとなる。また、子なし税は応分負担原則からいっても、共同体構成や成立、持続性において必要不可欠である子供を作らないのに、福祉だけ享受するのは不公平という理屈もある

・多額の給付金(財源は一般会計とは別枠の「子供国債方式」で持続性を担保→時の政権の介入を防ぐ。不正受給を防ぐために日本国籍限定

一生の納税額は少なくとも3000万円。1000万円配っても十分、ペイできる。

財源節約には、最初動機を高める第1子と子供を増やすための第3子以降を手厚くする。親のパチンコ代のために無責任に生まれても、生まれてこないよりもはるかにマシ。

良いこだけ産まれてくればいい、という都合のいい解決策は存在しないことを良い加減、学習しましょう。現代人が存在できているのも、元々は祖先労働力欲しさや性欲など打算の結果でもありす。もともと「子を持ちたい親の気持ち」だけで子孫たる現代人が存在しているわけではない。

子育て支援(そうはいっても大事)

・誰でも使える認可保育園学童保育の24時間営業バカ親に育児放棄されるより100倍マシ、育児負担感は大幅軽減、効果的な幼児教育もやればいい)

繰り返すが、人権個人自由などを一部、我慢して、仮に自身環境が悪くても、後世を残すことに対する負担をしないと、共同体の持続性が損なわれ、やがて個人少子化により、存在できなくなる。いわゆる移民政策を導入しても、減っていく日本人の傾向は変わらず、日本人が滅んで移民に取って代わられるだけで、日本人の持続性を担保できる政策ではない。

負担を受け入れても、子供が増えれば社会希望が増し、投資が増え、国民は豊かになる。

2023-09-28

anond:20230928060817

から同性婚や別姓にしてもそうだけど

個人主義立脚するならば、そもそも役所書類提出して私たち結婚しますけどよろしいですかってお伺い立てる意味がなくなるのよ

そんなことはどうでもよくて制度についてくる利権漁りをやってるに過ぎない

2023-09-17

anond:20230917123409

今の親世代はこれだよな

そしてそれを見てる子供達が親世代問題意識当事者意識皆無、誰かがなんとかしてくれるを根拠とした個人主義で生きる馬鹿集合体と気づいたのちどこへ向かうのかが今後よ

2023-09-09

長く使われるって凄い

羊皮紙に関しての某ゆっくり解説動画を観ていたところ、植物性の紙が容易に生産出来る技術確立された事で羊皮紙のメイン記録媒体としての立場は取って代わられてしまったが

イギリスでは2016年まで『法律羊皮紙印刷し保管すること』と言う法律存在していた事から分かる様に、長い歴史の中で培われたその権威は早々に失われなかった。との話が有った。

また、アメリカワシントンリー大学なる大学では卒業証書は紙か羊皮紙選択でき、価格10倍近く違うのに卒業生の3割は羊皮紙を選ぶそうな。

勿論羊皮紙古来より比較的高級品で宗教と密接な関係が有ったりや、植物性の紙よりもかなり長く保存出来るため紙に勝る部分も有ると言う面も有ったりで、権威は生じ易かったのであろうが

それにしても、たか記録媒体でも長い歴史の中で使われたなら権威が生じるのは面白い

現代技術革新の速度が目まぐるしく、ある技術製品が新技術や新製品に取って代わられるまでの期間も相当に短いと思われる。

こんな世の中ではある世代の中で愛着を持って貰える事は有っても、権威まで生まれ難いだろう。

MDも生まれ時代が違えば権威を持てたのかもしれない。

それにしても千差万別価値観を持つ人々の間において、権威と言うのは集団意識確立にも一役買うのだと思うが

その権威が生まれ難いと言うのは何かと個人主義が目立つ昨今において、集団意識と言うか同族意識的なものを更に薄れさせていくのだろうか。

でもまぁそんなもん今更で、ずっと前からそんな流れなのか。

2023-09-08

少子化対策結論的には子作りの努力目標化と独身税しかないと思う

子作りは個人の「子を持ちたい」という願望への依存だけでは、必要十分ではない。→人間が生まれる源である共同体の維持、持続性には個々人で子作りの負担を分担しようとしないと維持できない。結果的に、今より格段に貧しかった先祖の苦労で生存できているのに、自分の代になれば、辛ければ後世を残すという責務はなくて良いのか?子作り育児の困難をいかに取り除こうとするのではなく、絶対負担がある子作りの困難をいかに受け入れられるようにするかが肝心。子作りの「位置付け」を、苦労で諦めてしまう「個人意思や願望でもうけるものから個人、および共同体の持続性に必要不可欠なもの位置付け、税のように広く必ず「共同体負担すべきもので個々人が協力すべきもの」へ。現代人の自由人権を守って、貧しければ子供を作らずに少子化でどんどん日本人が減少し、移民主体の国に置き換わっていくか、個人が貧しくても子育て負担を受け入れて生き残るか、突きつけられる究極の2択ーー。いや、子を持ちたい人を支援すれば、子供を欲しがる人の意思だけで、増えていくハズ←増えませんでした(確定事実・少しでも出生率改善しているわけでもないので、量が不足していると考えるより、方向性が間違っていると考えるべき)。

出生率低下の原因】

現代は昔と比べて出生の要素が減少した(子作りを個人意思コントロールできるようになった)。

出生率が高かった時代の子が生まれてくる要素は①「子を持ちたい願望」に加え②「農業労働力や後継男子が生まれるまで子を作ろうとした(インセンティブがあった)」③「道楽としての性欲」④「避妊堕胎がなかった」←そもそも出生率が高かった昔も親の子供を持ちたい希望だけで、人口が維持、拡大できたわけではない。つまり、本意でないのに作っていた群もいて、その結果、人口が維持拡大できた。いわば、不本意でない出生が人口維持や増加を支えていた。もちろん苦労もあり、苦労と出生数はトレードオフ関係だった。

しか現在日本(他の先進国も)は①子を持ちたい願望だけの「一本足打法」になった

子供が生まれる要素が減り、これだけでは出生率2以上には足りない。もともと、子供を持ちたい願望のある世帯だけでは、出生率2に足りない。

・個々人にとって結婚や子作りに消極的な主な理由経済環境があげられるが、人間社会にとっては少子化になったのは願望や愛情をそそぐ満足感を得るためのものになった(子供位置けが生産材→消費財へ)

・原因は子作りや結婚経済環境的な障壁ではなく、障壁に感じるかどうか。

→それは、結婚や子作りが個人主義の台頭でほぼほぼやるべきものから個人裁量対象になり、個人志向

依存することになり、(例・ペットは狩りができなくなったのは、ペットに聞けば狩りは難しい事を原因に上げるが、本当の原因は人間に飼いならされてしまたから)

理想の子供の数の平均は2.5人程度だが、これは貧しければ簡単に諦める人も含まれる「熱量」が全く考慮されていない数値。資本主義という制度上、必然的存在する貧しい層の存在に対し、「賃金を上げられれば」など、無責任で実現できないタラレバを唱えても時間の浪費と共に少子化が進行するだけ。

・したがって、いくら育児支援をしても、子を欲しがる人の数が足りないので効果が出ない。アンケートでも、金銭面や環境面だけではなく、自分時間が潰れるのが嫌だからという回答多数。

先進国ほど少子化、豊かになるほど少子化 ←エンゲル係数は下がり、全自動洗濯機など家電は便利になり、家事負担も減り、保育所の整備は進み、待機児童も減り、育児休暇率も上がり、男性育児参加も進んでいるのに、出生率は低下。結局、子作りや育児負担がある限り、また別の何かに不満や負担を感じてしまう←不満や負担問題解決ではなく、どのみち解消できない不満や負担を受け入れることが重要

個人自分にとって最適な行動(コスト負担を避けるために子供を作らない)をするほど、出生率は低迷する

過去と比べた場合出生率低下の原因=1970年代前半まで既婚率97%、貧乏人でもほぼ結婚して子供を作っていた。「個人主義の台頭による子づくりの優先順位の低下」(経済環境で諦める対象になった。子作りにおける世代扶助より自己実現を優先)経済環境は原因ではなく結果。

・昔「みんな必ず、大変でも子供は作りましょうね」→現在「子作りは各々の自由ですよ〜」→当然、経済的、環境的に大変な人は子作りを避けるようになる

・逆にいうと、子作り圧力などにより、先代が結果として自己利益犠牲(昔の方がエンゲル係数が高かった→昔は今より無理して子供を育てていた)にした結果、現代人が存在できる。

社会のレールは「子作りと仕事の両立」ではなく、実際には「完全に仕事を優先」(新卒一括採用の掟)してしまっている

教育費が高い問題子供の数が少ないから、教育費に金をかけられる→金をかけるから金がかかるになる。

出生率向上の上でのポイント、注意点】

負担回避しようとする(無理=その間に少子化がどんどん進行してしまう)のではなく、いか負担を受け入れてもらうか。出生を子育て世代の願望による産物ではなく、生物学的な道理摂理に根ざしたものにすべき(人口維持に必要な数を目標にすべき)。→手順や方法ではなく、結果(出生率)に拘る。ターゲット戦略型にする

・子作りは楽ではなく、元々大変なもの問題なく少子化解決できる「魔法聖杯」を探し続ける時間が長いほど少子化は進行してしまう。

移民政策では、出生率低下により減り続ける日本人少子化問題解決しない。→単純に減り続ける日本人の代わりに移民と置き換わるだけで、共存が続くわけではない。X字のように、時間の経過とともに、人種構成移民と置き換わるだけ。日本人がいなくなっても日本列島に移民がいれば解決ではない。

少子化対策は質より量を目指す。数字ありきが正解。←質を保ちつつ、量を目指してきたが、結局失敗した(量が競争により質を向上させる面も)。

・出生の機序と誤解

生物学的には性欲→性交渉→出生→愛情が芽生えて育児 

子供が欲しいから作る人が大半だが、全てではない。←ここがポイント。完結出生児数が2ならば、100%の人が結婚しないと少子化確定(そんなの無理)。

そもそも、全ての人が最初から結婚し、子供を望んでいるわけではない。←生物学的にも子供本能希望だけではなく、元から全ての要素ではない。←あくまで授かって生まれ子供愛情が芽生えるのであって、愛情最初からあって作ろうとするのではない(本来は順序が逆)。

労働やりがいではなく、出生率を優先すべき。持続性が生命大前提。それが担保された延長線上に個人のやりたいことや夢がある←人間は目先の報酬を優先してしま

・子作りは生物学原理なのに、個人価値観対象としてとらえらてしまっている。→生物自己価値観合致しているか子供を作るわけではなく、あくま本能人間生物額的本能が退化してしまった可能性がある。

共同体の持続性は、個々人の負担で達成される。(個人利益と相反)共同体というプールがあるから人間存在できる。一代(今の自分自身)の人間利益を最大化すると共同体の持続性が毀損され、やがて人間少子化によりどんどん存在できなくなる。

選択肢が多いほど不幸になる「選択のパラドックス江戸時代農村結婚相手が限られていた

・「出生率向上の目標」は子育て環境満足度や子作りの納得感を上げることではなく、出生率の数値を上げること。子育て世代の満足感の向上への努力出生率向上に繋がっていない。納得感、満足感ではなく、出生率数字向上を重要視する(少子化感情モラル倫理観ではなく、「数」で決まる現実を受け入れる)

子供を増やすことによる副作用より、まずは頭数が重要。無理に増やすと、問題も増えるといって対策を打たなければ、プラマイゼロではなく、出生率低迷の長期化による出生数減はどんどん進行する。

・無理やり増やそうとするデメリットより、少子化デメリットの方がはるかに大きい(子供を無理に増やすことの問題が増えても社会は持続できるが、少子化時間の経過で物理的に絶滅する・例=癌と一緒。痛みがなく治る方法を探しているうちに、どんどんガンが進行して取り返しがつかなくなる。

→痛みがない方法はあるかもしれないが、見つからない段階ならさっさと痛みを堪えて切除するしかない)。現状は、「賃金を上げよう。環境改善しよう」と雀の涙給付無責任念仏を唱えるだけ

→これで出生率が上がるわけがない。

・子作りは自由から逆に責任が生まれ責任回避動機から減ってしまう。

子供を作る方法自体は、性交渉であり、実は簡単動物繁殖もやることは分かっているため、簡単。ただ、現代社会性交渉の機会を増やすことは非常に難しい。また、人間で難しいのは人権があるという点。逆に言えば、出生率改善しにくい原因は子育て世代人権保護を「優先」する為と言える。さらに逆に言えば、かつての子育て世代は周囲のプレッシャーなど窮屈な思いをして、自己実現生活水準我慢した結果とも言える。10割、自分の為に生きるのではなく、3割は次世代の為に負担を受け入れるという考え方の共有が重要

少子化解消への解決策】

・子作り(親世代が子世代を作って育てる=「世代扶助」)の重要性を教え、その価値観社会と共有する

→親や先祖による世代扶助(子作り負担)の結果、現代人が存在できるという仕組みを、しっかり社会で共有する(自由人権を主張できるのも、親や先祖の子作り負担の結果、出生できたから)←この因果関係をしっかり理解する。

・子を持つことの「社会位置付け」を変える

→子を持つことを、子育て世代の「幸福の実現手段の一つ」から社会的に共同体にとって「絶対必要不可欠な原理」に変える。←子育て世代の子どもを作ることへの責任感の向上があり、社会からの協力も得られやすくなる。

→子作りを義務的に考えれば、必然的教育競争は弱まる。現在自由意志だから結婚子育て競争になる。(生物学的に必要不可欠な要素は競争ではなく、分配の方が結果的にうまくいく)義務的になれば、無茶な競争意識から解放され、育ってくれればとりあえずOKとなる。実は義務である方が責任がなく子ができた後は精神的にはかるかに楽。自由意志だから責任が伴う。

↓↓

社会的に解決困難な課題個人にとって避けたい行動を導くにはルールを作り、負担社会全体で分担するのがセオリー。つまりルールを作ることが解決策。出生率が高かった時代事実上、ルールとして意識されていた。

ルール化と政府による積極的な子作り推奨・子作りの「社会的な位置付け」の変更←子育て世代希望者だけ子供を作るのではなく、皆で分担して作る→結婚子供を作る人が増えれば、相手も見つけやすくなる。

個人として避けたい負担でも全体にとって必要不可欠な行動はルール化するのが古今からセオリー、例えば税金貧困者も負担する。国によっては徴兵制もある(こちらは国を守るために命を投げ出せと言ってる)

子作り子育て世代になれば、子供を作りましょう(もちろん健康問題がある人は除く)

・子作りのタスク化(個人の願望の産物だと、モチベーション環境に左右されてて必要出生率を確保できない)

政府による要請

政府は期待、支援するだけではなく、能動的に子作りを「要請し、積極的に推奨」する。あらゆる生物共通する、共同体が持続するための『世代扶助原則負担があるから持続する)』を説明すれば多くの人は理解できるはず)

個人の「幸福手段」の一つとして子作りを位置付けるから幸福でないなら子供を作らないという行動になってしまう(幸福手段という位置付けだから、基本「勝手自助努力でやれ」になる)。大前提として子作りを「幸せの実現手段」ではなく、「個人存在の源でもある共同体の持続性に不可欠な存在」と定義する。そうすれば子育て世代は子作りに対する責任感が生まれ政府会社社会負担を受け入れて協力的になるはず。

②有利不利で動機付ける

実質的な「子なし税」の導入

人間は得をするための行動より、損を避ける行動を重要視する(「損失回避」=プロスペクト理論)例えば45歳以上で子供がいなければ、所得10%を課税される→早めに結婚でもして子供を作ろうとなる。また、子なし税は応分負担原則からいっても、共同体構成や成立、持続性において必要不可欠である子供を作らないのに、福祉だけ享受するのは不公平という理屈もある

・多額の給付金(財源は一般会計とは別枠の「子供国債方式」で持続性を担保→時の政権の介入を防ぐ。不正受給を防ぐために日本国籍限定

一生の納税額は少なくとも3000万円。1000万円配っても十分、ペイできる。

財源節約には、最初動機を高める第1子と子供を増やすための第3子以降を手厚くする。親のパチンコ代のために無責任に生まれても、生まれてこないよりもはるかにマシ。

良いこだけ産まれてくればいい、という都合のいい解決策は存在しないことを良い加減、学習しましょう。現代人が存在できているのも、元々は祖先労働力欲しさや性欲など打算の結果でもありす。もともと「子を持ちたい親の気持ち」だけで子孫たる現代人が存在しているわけではない。

子育て支援(そうはいっても大事)

・誰でも使える認可保育園学童保育の24時間営業バカ親に育児放棄されるより100倍マシ、育児負担感は大幅軽減、効果的な幼児教育もやればいい)

繰り返すが、人権個人自由などを一部、我慢して、仮に自身環境が悪くても、後世を残すことに対する負担をしないと、共同体の持続性が損なわれ、やがて個人少子化により、存在できなくなる。いわゆる移民政策を導入しても、減っていく日本人の傾向は変わらず、日本人が滅んで移民に取って代わられるだけで、日本人の持続性を担保できる政策ではない。

負担を受け入れても、子供が増えれば社会希望が増し、投資が増え、国民は豊かになる。

2023-09-06

anond:20230906084300

そりゃこの個人主義の世で家も国も地域自分の死んだ後どうなろうが知ったこっちゃないからな

都合のいい時だけ民族主義団体みたいなこと言うのはやめるべき

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