はてなキーワード: 中三とは
ゲーム依存症とかゲーム規制をきっかけにいろいろとぼんやり思ってしまう。
ビデオゲームを集中してやった時期もあるが、
きっかけではあるのかもしれない。
集中してやっていたってのをやや詳細に書くと、
好きなゲームの関連作が出たら、一通りやるまで集中してやるとかが多い。
また、特定のゲームをやらなければ俺の人生はより悪かったんじゃないかとも思う。
中一の前半くらいはほぼ毎日メガテン2やファイアーエムブレムのエンディングを見ていたと思う。
(メガテン2のラスボスは現在も現実で信仰されている対象の神話的エピソードにおける振る舞いと
そのキャラを毎日やっつけて呪われていたことが現在の悪い状態の原因なのでは、
とか調子の悪い時に一瞬思う。精神病にありがちな症状の原因の説明だと思う。)
私(シス女性・ヘテロ)にはFtMの親友がいる。これから、私から見たその親友について、彼と初めて出会ったときから順番に時系列で書いてみようと思う。
この記事を書こうと思ったのは、ツイッターやネットには、ジェンダーについていろんな意見が飛び交っているけれど、LGBT(この言い方は性自認と肉体の問題であるトランスを性志向の問題であるLGBと一緒くたにしていてあまり良い言い方ではないと思うが)の当事者とヘテロの人との関わりについて、ヘテロ側から書いた記事が少ないなあと思い、そういう視点からの話があったら何かしらの意義はあるかもしれないと思ったからである。
最初に断っておくが、私は「性別なんて結局関係なくて全ては人間同士の問題だ」といった浅はかな話を伝えたいわけではない。私の親友は現在進行形で社会のトランスジェンダーの人々への不理解・不寛容による様々な不利益を被っている。そのような不利益はなるべく早くこの世から無くすべきだし、そのためには多くの人々がジェンダーにまつわる問題を自分事として、リアルに考えられるようになることが必要である。そのために、この記事が少しでも世の中のジェンダーにまつわる問題を考える人の参考になったら幸いである。
↓以下自分語り↓
彼とは中学で出会ったけれど、初めて出会ったころからしばらくは彼はまだ「彼女」として生きていた。お堅い私立の女子校に入った割には少しやんちゃなタイプで、4月早々の初めて一緒に帰った日に寄り道禁止の校則を破って一人で新宿で電車を降りようとした私に、彼女は「面白そう!」と言って付いてきてくれた。
一緒に帰ってる子がいるのに勝手に寄り道しようとするところから察せられると思うが、当時の私は集団行動がとにかく苦手だった。あと、謎のプロフィールカードを回して(書くのが地味にめんどくさい)、趣味とか性格とかをやたらと自己開示して同じ雰囲気の人同士で固まっていく、女子特有のあの謎の雰囲気にも全然なじめなくて、あんまり友達ができてなかった。彼女は一緒にいても無理に私のことを聞き出したり、自分のことを話したりもしなくて、そういうサッパリしたところがすごく楽で私たちはすぐに意気投合した。
毎日一緒に新宿で降りてその日のノリで無意味にアルタとか世界堂とかを気が済むまで一緒にぶらついた。私は可愛いアクセとか服とかをよく買ったけど、彼女は最新のごついボールペンとか、銀粘土という私が知らない謎の粘土(それを使ってクロムハーツっぽいかっこいい系のシルバーアクセを作っていた)とかを買っていた。お金がない日はパックのジュースをコンビニで買って地元駅のベンチで座ってずっとだらだらどうでもいいことを喋っていた。彼女も私もあんまり家に帰りたくないタイプだったので、無意味に夜の9時くらいまでベンチで喋っていた記憶とかあるけど、何をしゃべっていたのか全然思い出せない。多分最近やったおすすめのゲームとかそういう他愛もないどうでもいい話をずっとしていたんだろうと思う。中二の頃は二人してゲーセン通いにハマって、大金をつぎ込んでハウスオブザデッドをラストまでクリアしたり(金の無駄すぎる)、夏休みを全てクイズマジックアカデミーに溶かしたりした。マジアカに関しては昔は1クレで2回遊べるような気前のいい設定のゲーセンが結構あって、二人で交互にお金を出すと1000円もかからずに一日中遊べた。答えるジャンルは彼女は理系学問と歴史の担当で、私はアニメゲーム芸能の担当だった。あと彼女はクレーンゲームを一度やると取れるまで諦められないという悪癖があり、月のお小遣いを一瞬で溶かしてどうでもいい景品を取ったりしていた。いつだったか、彼女がクレーンで私のために戦国BASARAの伊達政宗のフィギュアを取ってプレゼントしてくれた時はすごくうれしかった。
中学二年生できっちり中二病になった私が突然ロリータに目覚めてピンクのフリフリドレスを着だしたときも、「似合ってるしいいんじゃね」の一言でそれ以上特に何も突っ込んでこなくて、その雑さがかえって楽でありがたかった。
とまあとにかくこんな感じで彼女と遊ぶのはとても楽しかったけれど、仲良くなるにつれてだんだんと、そして確信的に、私は彼女が他の「女の子」とはどこかが違うということを感じつつあった。何が違うのかはまだはっきりとはわからなかったけど、とにかく彼女は他の女の子と何かが決定的に違っていて、そして、違っているからこそこんなに気が合うんだろうなあと漠然と思っていた。
中学二年の終わりごろのある日、彼女が急に長かった髪をバッサリ切って学校にやってきた。私服の服装も、ワンピースとカーディガンみたいな感じから、Tシャツにジーパンみたいな男の子っぽい服装に変えた。他の子は「すごい大胆にイメチェンしたね~!」とか言ってたけど、私は彼女のそれが「イメチェン」なんかじゃ絶対ないことが何となく分かっていた。自分の性別についてとか、そういう話を彼女としたことは無かったけど、その時は漠然と「多分彼女は本来の自分の姿に戻ろうとしてるいるんだろう」と思った。私がロリータを着だしたとき、「うちのお母さん宝塚とか好きだからさ、そういうの着て欲しそうにするんだけど、嫌なんだよね。」とポツリと言っていたことを、何となく思い出した。髪の毛は、お母さんはもったいないから切るのやめなよ!そんなに短くしたら男の子みたいだよ!って言って反対したらしいけど、自分で勝手に美容室に行って切ったと言っていた。「そっちのほうがしっくりくるじゃん!」って彼女に伝えた。
中三の頃から、お母さんとの折り合いが悪いとかで、彼女の元気がない日が多くなっていった。私はそういうことに無理に相談に乗ろうとするタイプじゃなかったし、彼女も多分それを望んでないだろうと思ったので、元気がない日はとりあえず一緒に遊んで、彼女が家に帰らずに済むようになるべく長い時間一緒にいるようにした。ジョナサンのドリンクバーで追い出されるまで粘って、彼女が授業を休んだ分を一緒に勉強したりした(完璧に教えられるほど私が頭が良くなかったのは申し訳なかった)。一緒に夜遅くまでいると彼女の携帯にお母さんからしょっちゅう電話がかかってきていたけど、そうなると彼女は携帯の電源を切っていた。確か彼女の携帯はストラップも何もついていない、青いシンプルなソニーのやつだった。
高校生になると、彼女はだんだんと学校に来なくなる日が増えた。学校になじめないとかそういうことじゃなくて、多分、彼女が「彼女」でいることが限界を迎えつつあったんだと思う。たまに学校に来られる日はむしろ楽しそうにしていたし、学校はすごく楽しい、全然嫌じゃないって言っていた。今にして思えば、女子校で性別が一つの空間だったから、自分が男の子に対する女の子だっていうことをことさらに考える必要が逆に無くて、彼女を苦しめる色んなものから解放される場所だったんだと思う。
けど、そういうことを彼女のお母さんはどうやら絶対にわかってくれないようだった。学校の先生も「何でいじめもないのに来ないんだ」って感じだったし、周りの大人は誰もかもが、何か彼女の根本的な何かを理解してなさそうだった。私もその時はまだはっきりと彼女の苦しみを理解できていたわけではないけど、ただの思春期の悩みとか親子関係のもつれとかではないだろうことはぼんやりと感じていたし、そして多分、私が彼女のことを根本的に救うことは出来ないだろうということを感じていて、何とも言えない気持ちになっていた。私にできることはただ今までと変わらず仲良くすることだけだよな~と思って努めてそうしようとしていたけど、先生とかに「〇〇さんと仲良くしてあげてね~」といかにも不登校の子のケア的な感じで言われるたびに、そんなことずっと昔からとっくにしとるわ!と白けた気持ちになった。
彼女は結局高二高三と結局ほとんど学校に来られなかった。私はアホなりに頑張って何とか大学に合格したけど、彼女はそんな調子だったから、何とか卒業はできたけど当然現役で受験するのは無理で浪人することになって、春休みに会ったときに予備校に通うことにしたと言っていた。大学に入ってからは私も忙しかったし、彼女も親と一緒にいるのが限界で一人暮らしを始めたりした関係で、初めて半年くらい会わない期間があった。その半年の間に、私は女子校を出て男という存在に実に小学校ぶりに接触し、この世界には男と女がいてそうやって社会が成り立っていることを久方ぶりに思い出した。何なら初めての彼氏まで出来た。
そんなある日、サークルの部室でスマブラでもみんなでやろっか~ってなったときに「ゲームとかやったことある?」って何気なく男の子に聞かれて、その瞬間、「ああ、「男の子」と「女の子」っていう、こういう感じの雰囲気、あったな」という感覚が自分の中に鮮烈に蘇ってくるのを感じた。私は小学校の頃からゲームが大好きで結構いろいろなソフトを遊んでいたけど、女の子でゲームが好きな子は小学校のクラスに一人もいなかった。男の子が新作ゲームの話で盛り上がって「今日俺んちで一緒にやろうぜ!」って言ってるのを聞いて、混ぜて欲しいなあって思っていたけど、何故か言えなかった。そういう小さいころほのかに感じていた違和感とさみしさが心の中にバーッと思い出されてきた。小学生までの私はずっと一人でゲームしていてすごくさみしかったし、一緒に気兼ねなくゲームしてくれる友達がいればいいのにな~ってずっと思っていた。だから、男だからとか女だからとか考えずにとりあえず一緒にゲーセンに通って、アホほどマジアカやれたのが、あんなに楽しかったんだなあってことがようやくしっくりきたのだった。
夏の終わりころ、「引っ越し終わったから会おうよ」って連絡が来て、家に遊びに行って半年ぶりに会った。一人暮らし始めたてだという部屋はめちゃくちゃ殺風景で、唯一あるデカめな本棚に河合塾とか駿台のテキストに混ざって横光三国志とかジョジョとかいろいろな漫画がたくさん詰まっていた。プレステがない事にちょっとがっかりしたが、「浪人してるので親に止められた」って言われてまあそりゃそうかって納得した。けれど、親に干渉されない空間で前よりだいぶ生き生きしているようで安心し、それからちょくちょくまた一緒に遊ぶようになった。
最近はよくそういう話もするけれど、どういうタイミングで性同一性障害とか、FtMとか、そういう話を彼から聞くようになったかを私は何故かはっきり覚えていない。大学生になってからだというのは覚えているが、はっきりとしたカムアウト的なことを受けたのがいつだったか、記憶があいまいなのである。もしかしたらそういうはっきりしたカムアウトも無くて、「男なんだよね~」「そっか、まあだろうね~」みたいな感じで、ダラダラ喋ってるときにノリで言われたのかもしれない。どのみち、私は大学に入って自分の中で「男」という概念を思い出した時点で、ああ、彼女はやっぱり完全に「男」だったなという確信を持っていた。肉体の上での性などどうでもよく、長年一緒にいて相手のことを知りつくした結果、彼女が「女」では絶対にないということが理性を超え出でて感覚レベルでしっくりくるものがあったのである。性別というものは全くもって不思議なものだなあと思う。とにかく、大学生になってからは私の中では彼女だったあいつは完全に「彼」になった。もっとも、私は中学生のころからきっと、もともと彼のことを特別に彼「女」とも思っていなかったけれど。
けれど、「彼」として彼と一緒に過ごすようになってから、私は何回か彼のことを配慮のない言葉で傷つけてしまったことがある。例えば、「久々にプールでも一緒に行かない?」って何気なく誘ったとき。中高のときは家も近かったし、ゲームの合間にたまに区民プールに一緒に行って泳いだりしていたのだ。彼は泳ぎがとてもうまかった。けど彼は「水着が着られないから行けないよ。もうずっとプール行ってないな。」って、ちょっと悲しそうな顔をして答えた。私は、ああそうか、まだ一緒の更衣室で着替えていたあの時も、彼はずっと気まずい思いを抱えて過ごしていたんだなあと思って、そういうことにひっそりと苦しみながら誰にも言わずにずっと耐えていたことを思い、ものすごくつらい気持ちになると同時に、無神経に誘ってしまって申し訳なく思った。あとは、彼が中高の共通の友人の結婚式に出るのを断ったと聞いて、行けばいいのに!って言ってしまったとき。なんで行かないのって聞いたら、まだオペしていないから男物のスーツを着て行って浮きたくないし、何より「女子校時代の友人」って言われるのがつらいって言われて、ああそうかごめん…と思った。私の結婚式はドレスコード何でもOKで、「昔からの超マブダチ」みたいな感じでぼんやり紹介するから来てよって言ったら、それは行くわと言ってくれてうれしかった。
とにかく女として見られることがつらいので、彼は大学生になってからは名前の漢字も男の子っぽい名前に名乗り変えて(予備校で事情を説明して対応してもらったらしい)、高校を出てからは基本的に男として過ごしていた。だから、予備校で知り合った友人に私を紹介してくれたときも「高校の友達だとだけ言っといて!どこの学校か聞かれたら適当にごまかすから」と私に言った。何でわざわざぼかすの?って聞いたら、女子校出身だってバレたくないから、ごめん!って言われて、なるほどそうか…と思い、私はよく分からない共学出身の人としてその彼の友人とよく遊ぶようになった(ちなみにその人はすごく理解のあるいい人だったので、最終的には彼がFtMで女子校出身ということもきちんとカムアウトしてすっきり過ごせるようになった)。
とにかく、彼と友人として共に過ごしていく中で、私は世の中がいかにトランスジェンダーに対して無関心で配慮が無いかということを、図らずも身に染みて思い知ることが出来た。私は元々ジェンダーに対してあまり意識が高くなかったけど、彼は大学に無事合格してからはそういうジェンダーにまつわる問題に取り組むサークルに入って、この社会が抱える色々な、特にトランスジェンダーに関する問題について、私に色々と教えてくれた。「病院で保険証出してあれ?みたいになるときマジ困るんだよね~ここばっかりは女っていうよりしょうがないけどでもやっぱ嫌なんだよね~」みたいな、彼の身近な問題から分かりやすく説明してくれて全然押しつけがましくないのが、彼らしくて良いなあとよく思う。
つい最近、彼が昔の話になったときに、「一度だけ学校の先生に『自分は男なんだ』と相談したけど、その時『言ってる意味が分からない』と言われて否定されてすごくつらかった。それから中高の時にはそういうことを言えなくなってしまった。けど、お前に自分が男なんだってことを言ったとき、『やっぱそっか、私にとって〇〇は〇〇で男でも女でも変わらないけど、今度から男って思っとくわ!』とあっさり言われたのが、すごく気楽で救われた。自分の性別について否定されるのはつらいけど、逆に気を遣われすぎるのもつらいから。」と彼に言われた。私はマジで思ったことをそのまま言っただけで意識してそう言ったわけではなかったけど、そう言ってもらえたのはすごくうれしかった。これからもずっと、大切な友人として、過ごせたらいいなあと思っているし、彼を取り巻くあらゆる不利益が一刻も早くなくなるよう祈り、自分ができることをやっていきたいと思っている。
マジかよ中三でミ=ゴになるなんて名状しがたいな
中学三年生の文章とは思えないほど語彙力も論理構成も素晴らしく、釣りとしか思えませんが、万が一本当に中学三年生であるならば、という仮定のもとアドバイスします。
率直に言えば、まだまだもう少し練る余地はありますが、熱意からくる粗さだと思えば、中三にしては素晴らしいレベルです。
論理の殴り合いに勝つスキルは、どんなフィールドで生きることになっても役に立ちます。
論理的に説明する力とほんのちょっとの独創性があれば、世の中はイージーモードです。
マーケティングをやっても企画をやっても、エンジニアをしてもリサーチャーをしても、自在に予算を取ってこれるでしょう。
どんな仕事でも、理屈通りに上手く行かないこともあるので、成功者になれるとまでの保証はできませんが、他の人より有利なのは間違いないです。
ロジカルでなければ高度に計算したものが作れないわけで、ある一定の構成力がないと勝負の土俵に上がることが出来ません。
ただ、技術やロジックに頼った作品を嫌う傾向が芸術の世界にはいくぶんあります。
教官自身の論理のその向こう側への憧れを受験生に求めるのが正しいことかわかりませんが。
個人的には、デザインとは「モノ」に「形を与える」ことにより「機能」を持たせることだと思っています。
例えば、鉄という素材そのままでは何の役にも立たないものが、形を与えられることによって刀にもハンマーにも自動車にもなる。
例えCGも同じです。
なにもなかった画面にドットを表示させるだけで、点は座標に、画面は座標平面になる。
ただ、藝大は日本における芸術の世界の権威ですから、あなたをどう評価するか少し心配です。
あなたの能力なら、美大ではない大学に進んだほうが特性を活かせる気がする一方で、美大を出ても美術以外の生き方を出来る気もするので、応援したい気もします。
中二のとき同級生の女子が一個上の男の先輩と付き合ってるという噂を聞いた。あくまで噂のレベルだ。
その女子は超スタイル良くて、胸もスゲーでかかった。スカートも膝上くらいまで短くしてて、当時はスカート丈はスネくらいまでだったので、膝上とはいえ短くしている女子が少なかった。スカートが揺れるたびに太ももとか出ててエロかった。体育座りとかしたとき、中の方まで見えたりして興奮した。
そんなエロい子が先輩と付き合ってるなんて噂を聞いたから、絶対セックスしてると話題持ちきりだった。クラスでイケてる男子たちは妄想話に花を咲かせていた。
中三になり、卒業近くになった時、クラスのイケてる男子が、その女子にセックスさせて欲しいとお願いしてみたらしい。当然断られようだ。でも、それをきっかけに、色々な女子にセックスさせて欲しいとお願いするのが学年で流行ってしまい、問題になった。
全校集会後に中三の男子だけがそのまま残るように言われ、最も怖い男性教師から全員に対して厳しく注意された。中にはショックで学校を休んだ女子もいるらしい。
でも、自分はクラスカースト下位でその流行りに乗れるようなキャラじゃなかったが、結構女子も楽しんでたように見えた。だめ〜、とか、最低〜、とか言ってキャッキャしてて楽しそうに見えた。
ただ、その休んだ女子というのが、冒頭のエロい女子だったのだ。別のクラスだったので状況は伝え聞きだが、その子のところには毎日のようにお願いがあったらしい。結局その子は卒業式までずっと休んでいたようだった。
話は飛ぶが、大学卒業のとき、同じように学科の同期の女子にセックスさせてくれた頼んで回ったやつがいた。そいつは別大学に彼女もいたし、結構遊んでたので、別にお願いしなくてもやりまくってるやつだった。
そいつは一通りお願いして回った後に、結局誰もやらせてくれなかったと文句を言っていてしょうもない奴だった。
ただ、そんなことを言われても、女子たちからそいつは阻害されることなく、普通に接している。むしろ女子はそういうやり取りを楽しんでいるように見えた。
また話は飛ぶが、自分は最近転職した。退職が決まって、近しい人が送別会を開いてくれた。送別会をやってくれると分かった時から考えていたのだが、参加した女性社員に、最後だからセックスさせてくれたお願いしてみようかと思った。
でもその時、中学の時に学校を休んでしまった女子のことを思い出して、お前はバカかと、そんなことをが許されるのは大学までだと、そんなことをしようと一度でも思った自分を恥じた。
気持ち悪いかも知れないが、その日、その休んだ女子の名前をFacebookで検索してみた。すぐに見つかった。更新は結構前に止まっていたが、海外にいて、外人と結婚して小さな子供もいた。年齢を重ね、とても魅力的な女性になっていた。
いつもタイトスカート履いてて、ストッキング履いた太ももがエロかった。
しゃがんだ時、スカートの奥まで丸見えで、胸元からブラと胸がチラチラ見えてた。
先生をオカズに覚えたてのオナニーを何回もした。AV見てからは先生とのセックスを想像するようになって、学校でもオナニーするようになった。
ませた友達が先生に、セックスしたことあるの、と聞いてて、そういうこと言うんじゃないの、って言ってる先生が最高にエロくて仕方がなかった。質問はだんだんエスカレートして、ま○こ濡れてんの、とか、パンパンされて感じてんの、とか言われても、もうっ、と軽くあしらう先生。
結局、卒業まで先生でオナニーする日々を続けるだけだったけど、どうせだったら、セックスさせてほしいとお願いすればよかった。
高校に入ってからも、先生とのセックスを想像してオナニーして満足してた。同級生の女の太ももとか全然エロく思えなかった。パンチラとか逆に臭そうで汚く見えた。
そんなだから、高校3年間童貞だったけど、先生をオカズにオナニーして受験も乗り切った。
大学に入ってからも、しばらく同期の女がガキっぽくて興味がなかったけど、バイト先の巨乳の先輩女性が先生みたいに大人っぽくて、先輩と先生でオナニーするようになった。先輩は彼氏がいるみたいで、彼氏とセックスしまくってんだろなと想像するとたまらなくて、一日中先輩とのセックスを想像してオナニーしまくった。
バイト辞めてからも、先生と先輩とのセックスを想像してオナニーしまくった。大学のトイレでも、買い物先のお店のトイレでもオナニーした。
大学の卒論や就活は辛かったけど、先生と先輩をオカズにオナニーして乗り切った。
結婚十七年目。
最初に書いてから十二年経ったが、引き続き妻が可愛く見えて仕方が無い。
ピチピチ!とはもうさすがにいかないが、目尻のシワもほうれい線もまだないし40代には見えないかなとは思う。
前回やや太り気味だった身体はその後ジムに通ったりダイエットしたりしてだいぶ絞られてきた。腰はくびれたしお尻は小さく脚も細くなった。それを言うと嬉しそうにするが、私はふっくらしている方が好みなので少し残念だ。
ただ身体の中の方はだいぶガタが来ていて、会話の話題も子どもの成長の話から自分たちの健康ネタに移ってきた。
長いこと言い続けてきた「可愛いね」はだいぶ頻度が減って月に二度ほどになった。
前回書いた通り、そう言ったところで喜ぶでもなく出てくるのは愚痴ともつかないネガティブなことばかりなので、気付けば減っていた。喜んで欲しいと思って言っているわけではないが、ネガティブな話は聞きたくない。
代わりに言葉にせずにマジマジと顔を眺めたりしていたが、それも気に入らないらしく怒り出したりするのでそれも少なくなった。
数日喧嘩したり、お互い虫の居所が悪くて口をきかなかったりというのは十七年前からそこそこあるが、振り返れば夫婦仲はいい方だとは思う。
娘がかかりつけの歯科衛生士さんに「うちの両親はとても仲がいい」と話していたことが巡り巡って私たちの耳に入った。
私自身は子どもの頃、両親が喧嘩ばかりでついには離婚してしまったので、子どもたちにそういう思いをさせずに済んでいるのは幸いである。
前回書いたものはニュースサイトで取り上げられたりしてそこから女性向けの掲示板に転載されスレッドが立っていたが、そこでは「こんなことを書く男はロクなものではない」的にやや叩かれていたし、気持ち悪く見える御仁もいるようだ。
ただ、男の人の反応からすると、私だけでなく多くの旦那さんは奥さんのことが可愛く見えているようだ。
私はたまたま本人に言ったりこうしてどこかに書いたりしているが、どこの旦那さんも何も言わないだけできっと奥さんは可愛く見えているのだと思う。
前回「次は娘が高校卒業した頃に」と書いたが、日本人的には十二年単位の方がキリがよさそうなので一年早く書いてみた。
娘は今年大学受験をするようだ。息子はエスカレーターでまだまだのん気な中三生活である。
長々と書いたが、つまるところ前回と概ね変わっていないので、次は変化があった頃にまた。
毎日のように遊び呆けていた小学生時代も終わり、中学生になった。
最初は不安だったが1年の頃はそこそこ楽しかった。 新しい友達も増えた、部活も楽しい、小学生の時ほどではないが遊びにも行けていた。
2年生になり学習塾へ通い始めた、テストの順位が下がってきていたからだ。
学習塾に入ったことによって、元々少なくなっていた自分の時間がさらに狭まり、無いも同然になっていた。
4時に起床し、5時から朝練、8時から授業が始まり16時に終わる。そこから18時まで部活をして帰宅。
だが19時から学習塾があるので、すぐに家を出て、家に帰れるのは21時過ぎ。ここに来てやっと自分の時間が取れる。
かと思いきや、また明日も朝練があるのでもう寝なくてはいけない。
ただでさえ1日に8時間は睡眠を取りたい自分にとってはかなりキツいスケジュールだった。
溜まり続ける睡眠不足、疲労、ストレス、解消する術も無かった。
夏休みに入り、これで少しは休めるかと思ったがそうもいかなかった。
依然として部活はあったし、学習塾も受験が控えているということもあり張り詰めていた。
そんな夏休みも終わり、始業式の日がやってきた。
その日は頭痛持ちだったこともあり、朝から酷く頭痛がして布団から出られずにいた。
「頭がすごく痛い」
そう母に言うと、自分の予想していたものとは違う言葉が返ってきた。
「それじゃあ休む?」
少し困惑した。てっきり「頭痛薬でも飲んでさっさと行ってこい」くらいは言われると思っていたからだ。
しばらく考えた後、こう答えた。
「休む」
甘えた。 間違いなく歯車が外れた瞬間だった。 引きこもりの誕生だ。
それからはタガが外れたように休んだ。
最初は今日も頭が痛いと仮病を使っていたが、1週間もすればなんの理由もなくただ家で寝ていた。
結局そのまま学校には一度も登校せず、卒業式にも行かなかった。
今思えばさっさと部活をやめていればこんなことにはならなかったと簡単に言えるが、この事に気づくのに2,3年は掛かった。
当時の俺はそんなことにも気付かないくらい切羽詰まっていて、ストレスで正常な判断が出来なくなっていた。
部活をやめれば内申点に傷が付くと思い込み、ストレスが溜まるのは自分が弱いからだと思い込んでいた。 実際そうだけれど。
もれなく毎日。
何か卑猥な妄想をしていたわけでもないのに、ねっとりしている。
それが何日か続いた。
寝る前に意図的にシコシコとする。
翌日、トイレ休憩時に汁が我慢した形跡がパンツの中に広がっているのが確認できた。
自慢ではないが他人と比べても性欲は強くない方で、
自慰は月1ほどで十分。
そんな40手前のオッサンだ。
一回シコるだけで翌日疲労感でボーっとするようなレベルの精力のない人間が。
念のため前日に引き続きシコシコとする。
その翌日、パンツの中の状況は何も変わっていなかった。
ゲッソリしてるけど体調大丈夫?と声をかけられたぐらいだ
こんなのは嫌だ。
我慢汁の原因はなんとなくわかっている。
誰にでも分け隔てなく仲良くしようとするタイプの女であっという間に社内の人間と仲良くなっていく。
たまたま自分が仕事のやり取りをすることが多いこともあって、すぐに距離を詰めてこられた。
向こうのコミュニケーション能力故か、経歴が似ていたこともあってか
会社帰りに何度も二人で飲みに行ったり遊びに行ったりした。
おかげで仕事中も軽い冗談を言い合うようになり、毎日楽しいのは事実である。
向こうが気づいているかは知らないが、会話中三回に一回はちんこが甘勃ちしている。
別に色気のある話をするわけでもないし、向こうから好意を示されてるわけでもない。
仕事をしていて人としてかわいいやつだなと思うし、これは親愛だと思う。
こちらから男女の仲に持ち込もうという気もないしそもそもそんな行動力自分にはない。
自分は貯金もなけりゃ彼女は生まれてから出来たこともないほど全く冴えないし、矢印がこちらに向くことなどあり得ない。
「勘違いするなよ?」という念押しを定期的にされているようなもので進展などまずない。
そんな状況なのに分をわきまえず我慢汁。
久しぶりに女と密にコミュニケーションを取れていることで、
身の程を知れといいたい。
全く解決策など見えないまま、また明日を迎えると思うと精神的にもこたえる。
若い女と話をしただけで我慢汁を毎日垂れ流しているオッサンが自分なのかと思うと、
つらくて仕方がない。
助けてもらえるなら誰か助けて欲しい。
まず、根拠のない自信がつく。童貞を捨てたからといって自分の価値が上がるわけじゃないが実感としてなぜか自信が倍マシになる。
そして、ポジティブになる。人生にはこんなに幸せになれるいいことがあるんだと思うとそれだけで人生が明るくなったような気がする。
さらに頑張るようになる。勉強、スポーツ、趣味特技なんでもそうだが何か秀でたものがあればそれを好きになってくれる女がいる。セックスのチャンスが広がる。だから頑張る。
そもそもなんで中三かというと高校になってから経験してもそこからなにか頑張ろうとしても選択肢があまりないから。セックスを正のエネルギーに変換するには中学のうちに経験しておくのが一番だ。
そして、中学生のうちに経験しておかないとその後中学生とセックスすることができないというのも大きい。
お互いなにも知らないなかで、手探りで快感を導いていく過程こそが本当のセックスであり至高のセックス。これを経験せずして人生を歩んでいるとは言えないだろう。
タイトル通りです。
miwaとか西野カナ聴くレベルです。下手したらTwitterとかに「まぢ共感、ホンマに切ない」って書くぐらい。miwaの片想いなんかもう歌詞見ないで歌えるし西野カナの震える歌以外も覚えてLINEの音楽にしてるぐらい。LINEMUSICの再生履歴が女性アーティストと清水翔太だらけです。
友達に言うと確実に気持ち悪がられるのでこの場を借りて全力でこの恋なのかどうか分からない気持ちをぶちまけていこうと思います。
11歳上の奴とどこで出会うねんって話だと思うんですけど、普通に塾です。中2からお世話になりました。卒業が近くなって、いろんな人にLINE交換しよ!って言ってみんなでふるふるしたのが懐かしいです(一年前)その中の一人でした。いやなんかもっと細かくいうとめちゃくちゃ面倒臭いからそういう感じ。
中三勢はがっつりお世話になったし、思い出に!っていうノリ。中3あるあるにしてもいいと思う。
そんでこの人めちゃくちゃかっこいい。中間淳太に似てる。知り合い七人中六人が認めたのでほぼ中間淳太です。身長は神ちゃんと同じでちっちゃめ。アンド手が最高。そんでベースしてるって……丸山隆平要素までぶっこんでくるんですか?ジャニヲタにはしんどいです。
私も、ベースをちょっとやってて、ここどうやってやるんですか?とか聞いてて、そのたびに丁寧に教えてくれています。
その事を友達に言ったら「え、スタジオ?密室?エロない?」と。どんな思考回路してるねん。
待ち合わせの駅まで電車揺られたよ。着いたんだけど初めて来たところで出るところ間違えた。ひっさびさ、ほぼ一年ぶりやし大丈夫かなってかなり心配したけど結構普通に話せてよかった。あ、まさかの車で一瞬「!?!?!?」ってなったし、自分より早く付いてて何分前からおったん?!ってなった。
自分のわがままにも付き合ってもらったしほんまに優しさの鬼です。
結構夜遅くにご飯食べてて、「今ご飯食べてる」って23:00ぐらいにLINEしたら「女の子やねんから早く帰りや」ってきて飲んでたウーロン茶が枝豆にかかりそうになりました。リアルに「は!?」って声出した。このクソブスにもそんな優しくしてくれるなんておそらくあの人は菩薩だ。
そうなんです。あの人は優しいんです。とにっかく優しい!!!!!
産み育てたお母さまに、ありがとうございます。どのような教育をなさったのですか、と聞きたい。
この顔面ゴリラに優しくしていいんですか?彼女いますよね!?!?てかその見た目で彼女いなかったら私泡吹いて倒れる自信ある。そのあなたの優しさで一体何人の女を泣かせたん?このみたらしが!なんでそんなにかっこいい上に優しいんですか?
もっとこう優しさ無しで冷たくして欲しい。でもそんなんリアルにされたら病んでLINEのプロフィール真っ黒にして一言コメントに「しにたい」って書いてしまうと思う。
てか今、HYのNAOの歌詞めっちゃ刺さる。諦めたくなっても、あなたまたほら優しくするでしょう 同じ気持ちじゃないならそんな言葉や態度なんていらない。これ書いてる今流れててやばい。
あかんどうしよ、これやったらTwitterで謎ポエムのとかニャンちゅうとか引用リツイートして分かるーって言ってる女子高生と同じだ。
「諦めたくなっても〜」入った。どうしよ、泣きそう。
ポエム書きだす前に、この謎の恋を早急に諦めなければならない。
行く予定の高校も通信制高校だし、全日制の高校に通うことから逃げちゃったんだよね。新しい環境で普通の学生としてやり直すのが怖くて、また逃げた。これじゃ二年前と一緒じゃん。何一つ成長してない。
あと、まだ幼稚園児の弟がいるんだけど、こいつが全然好きになれない。ていうか家族が嫌い。同じ空間にいるだけで息が詰まって逃げ出したくなる。
母は私に手当たり次第に愚痴とストレスをぶつけてくるし、父はパチンコ大好きのクズ野郎の癖にすごい上から目線。こんな親どうやって尊敬すればいいの?ってくらい嫌いだし気に食わない。しかもデキ婚だから愛情なんて一度も注いでくれなかったし、褒められた記憶もほとんど無い。こんな親だったら生まれない方が良かった。心の底からそう思う。
弟は家中走り回って騒ぐし、一日に数えられないくらい泣き喚く。子供だから仕方ないとか言われても私が気に食わないんだから邪魔なものは邪魔なんだよ。この間は「バカ」とか「死ね」とか言われたし。発達障害の気もあるし、生まれない方が幸せだったんじゃない?可哀想に。
親がこれだからもちろんその子供もまるで駄目で、私自身今まで努力とかそういう物をほとんどしてこなかった。自分の好きな物を追いかけるだけでやらなきゃいけない事から目をそらし続けて、結局不登校だよ。本当情けないな……
何かやらなきゃいけない事でも、なぜか足がすくんでしまって出来ないし、努力とか忍耐とかそういう物もまるで出来ない。ただのクズじゃん。中三でこれとか、死んだ方がマシじゃない?
この文章も眠れなくてぐだぐだ書いてるだけだし、自分を見つめ直して何かが変わる訳じゃない。増田を見ている時間も無駄な時間だって分かってる。でもやめられない。どれだけ苦しくても逃げる事がやめられなくて、また自己嫌悪に陥る。