はてなキーワード: プロ棋士とは
プロ棋士だけじゃなくて、アマも、対局ではAIを使わないが、AI絵師は自分の実力だと誤解してしまう。
自分はAIのプロだから、AI絵で他人の絵をコピーして稼いでもいいと思ってしまう。
本当にそう思うぐらいの魔力がAIにはある。
自分が全能になったようなきがするんだよね。
「ゲームエンド」とか「もう絵かきは必要ない」とか、本心から言ってしまうんだよね。
冷静になると、藤井聡太にタメ口で話しかけてるバカなんだけれど。
でも、そう思ってしまう。
「俺だって努力してるんだ」とか言いながら、実際には絵描きの絵に画作りで勝てないことがわかってるAI絵師が何をするかといえば、AI盗作だ。
どうせ、そのアカウントが消えたところで、痛くも痒くもない。
chatGPTによって人間の言動もかなりの精度でカテゴライズして再現することができるということをありありと見せつけられると、いよいよ人間的な価値というものがググっと下がってしまい、ホンモノの人間の自分たちはどう振る舞うべきなのかということを考えさせられる。こうして当事者になってみるとソフトに追い抜かれたときのプロ棋士の気持ちが分かってくる。
将棋ではすでに指し手の最適解が分かってる上で、藤井聡太はAI最適手を指せただの、羽生はトチっただの、外部からは丸付け作業のように毎日の対局を見られている。
人間も、特に雑談などにおいてAIが算出した最適なレスポンスからどれだけ外れているのかはたまた一致しているのかという、いわば
AI版朝までそれ正解
の最適解との比較が為されるのではとか。思ったり。
第72期ALSOK杯王将戦7番勝負は、藤井聡太王将が羽生善治九段を4勝2敗で破り、王将位の防衛を決めた。本当に、本当に面白かった。手に汗握る、ヒリヒリするような名勝負の連続。名実ともに歴史に残ることとなったこのシリーズを振り返っていきたい。
棋士は「勝負師」「研究者」「芸術家」の顔を持つ。そう唱えたのは永世名人の谷川浩司である。この3要素は、どれか1つが10割というものではない。一流棋士は、これら全ての要素を持ち合わせ、盤上において切り替えながら戦っていく。それが、一流棋士の一流棋士たる所以である。そうはいっても、棋士によって個性、より強く出てくる要素というものは確実に存在する。私見だが、藤井聡太にとってのそれは「研究者」、羽生善治にとってのそれは「勝負師」だと考える。そして、羽生の「勝負師」としての側面が、何よりもこの番勝負を白熱させたように思う。
6局が指された番勝負で、羽生が勝利した第2局と藤井が勝利した第5局は特に名局だった。第2局は羽生の先手番で相掛かり。59手目、盤上のそっぽに放たれた金が驚きの一手。どこから飛び出てきたのかという異筋の金打ちだが、浮かび上がってくるとこれがべらぼうに厳しい。簡単に指せる一手ではないが、羽生はこの手をノータイムで着手。凄まじい事前準備、乾坤一擲の番勝負に懸ける決意をみた一手だった。しかし、この一手だけでノックアウトされる藤井ではなく、将棋はその後も難解な進行を辿る。羽生の本当に凄かった一手は、その後の銀打ちだ。盤上の中央で威張る藤井の馬にアタックする一手。理屈としては分かるが、それにしても怖い。この手を指すと、自らの玉頭に風穴が空く。無傷では済まされない変化だが、それでも羽生は果敢に飛び込んでいった。対する藤井、「許さん」とばかりに猛攻に出る。銀をかち込み、馬と角の睨みで羽生玉を一気に仕留めにかかる。危険極まりない羽生玉だが、ここでほとんど唯一といってよい、絶妙な凌ぎの手順が存在していた。そして、羽生はそれを読みきっていた。これが本局のハイライト。藤井の猛攻を正確にかわし続けた羽生が、シリーズ初勝利をものにした。何という勝ち筋か。銀打ちの一手は、藤井をこの変化に誘い込んだ渾身の勝負手だったのかもしれない。羽生が最後に放った香車は唯一の正解手である。持ち駒も打ち場所も多いが、ここにこの駒を打たなければ助からないのだ。傍目には怖すぎる変化にも果敢に飛び込んでいった勇者羽生。投了図は、勝負師が生んだ最高の芸術であり、羽生の名局である。
第5局は藤井の先手番。戦型は羽生が誘導して横歩取りとなった。飛車角が空中を乱舞するスリリングな戦型で、かくして本局も華々しい展開となる。激しいやり取りがあり、羽生陣は空中分解の寸前。玉が露出し、またしても危険極まりない状態となった。戦況は藤井有利から優勢へ。このままじっくり勝ちを固めてもよさそうなところだったが、本局の藤井はアクセル全開。防御を完全に放棄する驚愕の手順で、一目散に羽生玉に襲い掛かっていった。このまま押し切れば藤井の快勝譜だったが、その先で羽生が放った金が受けの妙手。藤井の攻めから逃れるために作った即興の囲いだが、この懐が妙に深い。アクセル全開だった藤井の手はパタリと止まり、戦況は混戦へともつれていった。本当に、妙なところに懐はあるものだ。将棋の奥深さ、恐ろしさ。羽生がどこまで狙っていたのかは分からないが、藤井の快勝に思われた一局は一気に混迷を深めていった。形勢は逆転し、むしろ羽生がよくなった局面もあったようだが、あまりに難解で、羽生はこれをつかみきれなかった。最後は藤井が抜け出し、シリーズを一歩リードする3勝目。攻めの藤井と受けの羽生。互いの特徴がよく出た名局で、深淵な羽生の受けは藤井の手をも止めさせた。藤井にとっては薄氷の勝利だったといえるだろう。
最終的には、4勝2敗で藤井が制した番勝負。しかし、星の差以上に競っていた、紙一重の局面が多かったように感じる。ここで冒頭の話題に戻るが、これは「研究者」と「勝負師」による名シリーズだったように思う。藤井は「研究者」。盤上の真理、最善を追求し、そのためには持ち時間を一気に注ぎ込むことも惜しまない。相手の戦法は全て受けて立ち、相手によって戦い方を変えるということをしない。横綱、王者の戦い方である。一方の羽生は「勝負師」。もちろん将棋の研究も超一級品には違いないのだが、羽生は相手によって戦い方を変えることも多いように思う。相手を見て、その相手に有効と思われる勝負手を果敢に仕掛けていく。勝負への抜群の嗅覚であり、勝負勘。「羽生マジック」と呼ばれる絶妙手の数々はまさにそれで、時には善悪を超越した一手で勝利をつかみ取ってきた。そして、本シリーズでもそんな「勝負師」としての一面を遺憾なく発揮した。特徴的だったのは羽生の戦型選択である。今期の藤井は、先手番で圧倒的な勝率を誇り、なんと一時は28連勝を記録。特に角換わりは絶対的なエース戦法であり、付け入る隙がないという強さを誇っていた。これを踏まえた羽生は、後手番で戦型を工夫していく。第1局は一手損角換わり、第3局は雁木、第5局は横歩取り。苦しいとされる後手番で、羽生は藤井の絶対的エース戦法を避け、様々なコースにボールを散らすことを選択した。何を投げるかというところから勝負は始まっている。球種の多さで、狙いを絞らせない。羽生の勝負術は、「次は何を繰り出すのか」と将棋ファンを魅了し、この番勝負を白熱させた。もちろん、角換わりを避けたからといって簡単に勝たせてくれる藤井ではない。どこにボールを投げてもその応手は的確で、結果として羽生は藤井から後手番で白星を挙げることはできなかった。それでも、羽生が後手番で繰り出した3種類のボールはどれも見応えがあり、複雑なねじり合いを生んだ。後手番で必死に食らいつきながら、先手番の2局では会心の内容で勝利をもぎ取った。心から、素晴らしい番勝負だったと思う。
防衛を果たした藤井王将は、羽生九段との番勝負について問われ、「羽生先生の強さだったり自分の課題を感じたところがあった」と振り返った。藤井がインタビューで対戦相手の名前を出すことは非常に珍しい。なぜなら藤井は、前述のように盤上の真理を追究するタイプであり、対戦相手がどうこうというタイプではないからである。今回、藤井が「羽生先生の強さ」と述べたのは、それを肌で強く感じたところがあったのではないかと推察する。羽生の強さ。すなわち、勝負術であり勝負勘。これまで何度も目にしてきたつもりだったが、本シリーズではその真骨頂を見せられた気がした。そんな羽生を相手に防衛を果たした藤井王将のことを、心から讃えたいと思う。
五冠を堅持し、さらなる頂に向かって突き進む藤井王将が将棋界の絶対王者であることは全く疑いようがない。その他の棋士は、極めて厳しい戦いを強いられている。しかし、厳しいからといって戦うことをあきらめてしまえば、その時に将棋界は終わる。今回、52歳の羽生がこれだけの戦いをみせた。勝負を仕掛けた。このことが、将棋界に良い化学反応を起こしてほしいと願う。選ばれしプロ棋士たちには、藤井という絶対王者に対し、果敢に「勝負」を仕掛けていってほしい。必死に戦い続けてほしい。そのように願う。
羽生さん。敗れはしたが、あなたは本当にかっこよかった。藤井王将は、その勝負術に正面から触れ、この番勝負で吸収した。今後は「勝負師」としての要素も強め、さらに手が付けられなくなるほど強くなるのではないか。そういう確信に近い予感がある。それでも言う。さらに強くなった彼に再び挑むのは、あなたであってほしい。
自分も、かなり仕事のやり方が変わったりして、省力化できるところや社会の影響とかいろんな人の発言とか読み漁っていた。
AIコスプレイヤーを使って、自分の仕事も少し変わったりしたし、下手したら論文にできそうな内容のこともできたんだけど。
「そもそも、コスプレイヤーに興味ないから、自分にあんまり関係なくね?」ってなった。
②お客さんが欲しがるものが何か
③世界がどう変わるか
の順位。
つまり、「③世界がどう変わるか」ってのって、いろんな人が語るけど、それってあんまり自分にはいらないじゃん。ってなった。
AI失業とかなる人たちは、当然世界と自分とお客さん全部が関わるのかもしれないけど。
将棋も見るけど、プロ棋士は大変だねとかAIでそういう感じになるんだねってくらい?
あと、「③世界がどう変わるか」って色々な専門家の資料読み漁ったけど。
「ぶっちゃけわかりません」って感じじゃん。
マクロでどうなるかすら、フワッとしてる感じ。
色々これからどの業界がどうみたいな話はあるんだろうけどさ。現状はわからない。起こってみて後追いでいいじゃんって感じ。
「パートナーはいる?」にぴしゃり。宇宙飛行士候補の米田あゆさん、プライベートな質問に対する答えが最高すぎた
https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_63feabe7e4b0cab1fa3209ae
若い女だ!彼氏はいるのかな!?って反応をする、ましてや直接聞いちゃうのがゲスであることは、今の時代は当然である。
問題はその先
また、同じ記者による「若い女性という観点から、宇宙開発の事業にどんな貢献ができるか」という質問には、「私自身は特に若い女性であるという特性に対して、それを押し出して、と言いますか、それを意識してっていうのではなく、一宇宙飛行士候補生として頑張っていければな、と考えています」と返答した。
人間って誰しも何らかの属性を持ってて、属性から切り離された抽象概念みたいな人間は存在しないのよ。
誰しもが〇〇人であったり、父であったり、姉であったり、芸術家とか〇〇家であったり、〇〇士であったり、何かの属性、背景をもって存在している
その属性でもって能力や特徴を決めつけたり、殊更強調したりするのはよくないよね、というのは今の時代の価値観ではあるのは確かだけど、あらゆる属性の影響を否定することがポリコレ的に正しい振る舞いだとはどうしても思えない。
政治家なんかは女性の視点、母の視点が政治には必要だ、と主張して支持を集めるなんかも珍しくもない。
女性をターゲットにした商売をすることは差別ではないし、ましてやその企画開発メンバーに女性を入れることも差別ではないどころか、女性の属性の強みに期待してのこと。
女性に限らず、学校の生徒指導部にはがっしりした若い男の先生を必ず含めたりもするし、この前話題になったようなライン工や肉体労働は男性がほぼしめてたり、男性の属性に期待しての仕事もたくさんある。
将棋だと、女性のプロ棋士がまだ誕生していないが、里見先生がもしプロ棋士になった時、当然「初の女性棋士が生まれた意味をどう考えるか?」「今後初の女性棋士としてすべきことは何だと考えるか?」のような質問はされると思うし、それがゲスだとも差別だとも思わない。
今回の米田あゆさんが、実際にどんな雰囲気で聞かれたのか、動画見てなくて記事の文字しか知らないから、ひょっとしたら今回のはひどい差別的な態度だったのかもしれない。
それだったら申し訳ない。
だけど、「あなたの属性を意識して、あなたがその仕事をやる意味は何か?」という質問は決しておかしいものとは思わない。
それに対する返答が「私は属性を意識せず仕事に邁進したい」というのは別にひとつの立派な意見だとは思うが、ゲスを痛快にやり込めた話、にしてしまうのはなんか違わない?みたいに思う。
例えばオリンピックの柔道で金メダルを取った時、「日本が金メダルを守り抜きましたね!」みたいに選手が言われたら、「私は日本人という属性は関係ないいち選出ですので」と、まあ、言ってもいいんだけど、それが痛快な話とは思わなくない?
「先輩方の気持ちを引き継げてよかった」くらい言うよね?それが自分がどうやっても抜けられない属性そのものへのリスペクトだと思うんだけどな。
若い女性が宇宙飛行士やる意味は?と言われれば若いから体力があるとか、体が小さいとか柔らかいとか、骨密度とか筋肉量とかも男性と違うから無重力下での若い女性だけが持つ強みとかきっとあるでしょ?知らんけどさ
そんな記者を叩く話?
ちなみに、男性には男性ならではの、って聞かないの?ってのがカウンターになると思ってる人がいそうだけど、集団のメンバーからしてマジョリティの属性は属性について聞かれないのは当たり前よ。
マイノリティだから属性ならではの視点や技能があるのではと期待されて聞かれる。
もちろんそれは性別に限らなくて、日本人初のプレミアリーグでのハットトリックですが、とか、白毛馬初の芝G1制覇ですが、とかと同じこと。
囲碁は理解できない、どう打ったらいいかわからないというコメントが散見される
そこで自分が囲碁を完全に理解するまでにどのような過程・経緯を辿ったのか、経験を記したいと思う
プロの対局などを見て狙いや見どころがなんとなくわかって楽しめる
という定義とする
自分は田舎ゆえに教室も師匠もなくほぼ独学だけで上達したので、独学で上達したい人には参考になるはずだ
もちろん教えてもらう環境にある人はどんどん教えを請うのもありだ
NHKで対局シーンを見たことはあったが、何をやってるのかわからないし
白と黒を使っててオセロっぽいのにどうやらオセロじゃない、盤面が木の定規みたい、とても奇妙なゲームに思えていた。
このゲームがなんなのか、とても盤面からルールを類推できなくて、自分にとって理解できないものは不愉快だった
オセロっぽいのにオセロじゃないなんか得体の知れない気持ち悪いゲーム
途中、小学生の時にヒカルの碁ブームもあり友達が一人ハマっていたがやはりルールを説明されてもよくわからなかった
囲碁のルールを知ったのはずっと後のことで、15歳の時だった。
自分は囲碁のルールをとても難解なものだと思っていたので入門書の薄さにまずびっくりした。
勝手に囲碁の入門者は六法全書のような難解な厚さだと思っていた
手に取ったのは梅沢由香里・著『よくわかる・すぐ打てる みんなの囲碁入門』
あまりの薄さに興味を惹かれ、よくわかる、すぐ打てる?嘘つけと思い立ち読みしてみると
たしかにルールが少なく簡単ですぐ読めそうだったので、子供の時分からわからなかった囲碁をとうとう知る時が来たと
本を買ってその日のうちに読み終えた。
自分は囲碁というものを勝手に極限にルールが複雑なものと誤解していた。
囲碁のルールの単純さと、その単純で最小限のルールから導かれる二眼の生きや手筋などの美しさや不思議さに感動を覚えて、囲碁についてもっと色々知りたくなった
その日以来、途中ブランクはありつつも20年来の趣味となっている
入門書の次に買ったのは詰碁だったと思う
基本というタイトルに釣られて買ったがよく見ると初段~2級と書いてあった
入門者の自分にできるのかと思ったが意外と解けた
この詰碁をやることで「急所」というのがなんとなくわかるようになった
ウチ欠き、ホウリコミなどの手筋も覚えられた
考えてわからないものはすぐ答えを見ても問題なく、囲碁における変化のパターンを知ることが重要
そこでまずゲームを買うことにした
http://www.success-corp.co.jp/software/sl2000/igo/
COMと9路盤で繰り返し対局することで2線のハネツギのあとは守らないと切られて取られることや
当時のコンピューターは激弱だったのでそこそこ勝てたが、19路になると茫漠としていてどう打っていいのかわからなかった
知識が不足しているらしい
9路盤が打てるようになっても19路となると途端にわからなくなったので棋理や格言などが書いてある本を買った
・実利と厚み
・囲碁十訣
・その他格言や手筋
読む前よりはなんとなく19路の考え方をつかめたがやはりこれだけでも足りなかった
特に囲碁の格言はケースバイケースで字面通り実践しても逆にひどい目に遭い役に立たないことが多かった
ツケにはハネよ
ハネにはノビよ
二目の頭見ずハネよ(見てる暇あるならさっさとハネろ)
ここらへんを鵜呑みにしたら大変なことになった
棋譜もNHK杯のテキストや、秀策など江戸時代の棋譜を買って並べた
見ているうちに自然と頻出する定石や変化、筋が知識と入ってくるようになったり
徐々にいい形や勘所がわかってくるようになった
ダッシュ囲碁(現・東洋囲碁。旧タイゼム)で対局をしたこともあったのだが、いかんせん当時は有料だったので高校生の自分には荷が重かった。
本格的にネット対局をしだしたのはKGSと2ch棋院を知ってからだった
KGSがよかったのは無料であることと、部屋という独立したチャット部屋のあるコミュニティ機能があることだ
当時の2ch棋院は人が多く賑わっていて対局したり色々教えてもらった
当時は他にもiGO棋院など有力な対局サイトが複数あり、そこそこ人も分散していて使い分けていた
VIPでも囲碁スレが立っていたりしてiGo棋院が現役のときはたしかVIP囲碁部の活動はiGo棋院で行われていたと思う
その後とても優秀な棋書と出会い一気に棋理に明るくなった
おそらく19路を打つための指針・棋理で一番上達に役立ったのはこの2つかもしれない
依田ノートで生きている石の近くは小さいことや、序盤の手の価値の大小を知った。
厚みに近づくなというのは前述の『ことわざ・格言で強くなる!! マンガ囲碁必勝法』にも書いてあったことだが
その真の意味するところを知ったのはやはり依田ノートのおかげだろう
その後はしばらく休んだり再開したりを繰り返して今にいたる
再開してしばらくは忘れていて前より弱くなるが、少し慣れてきて新たにいろんな知識を身につけると前より強くなりやすい
復帰した後のほうが確実に前より強いのを実感している
また自分で打たなくてもプロの碁を眺めてるうちにいろんな知識が入ってきて勝手に強くなる
囲碁を覚えるまでにこんな過程をたどった自分だが、自分の経験から今ショートカットをオススメするなら以下のようになる
動画やSNS、アプリを活用することで自分が習得したスピードよりはるかに速く"理解"できることだろう
ソシャゲとかが好きな人は『囲碁であそぼ』(iOS/Android)がいい
https://www.nihonkiin.or.jp/news/release/_1220.html
ただ幼児向けな部分が強く、設問が丁寧すぎるので、要領のいい人には簡単すぎてまだるっこしく感じる
この二人の他の著書もオススメ
など
碁会所などのある都市圏にいる人は実際の教室や指導碁、囲碁イベントなどに行ってみる事もオススメする
実際の碁盤で打つのはパソコンでポチポチしてるより100倍楽しいし仲間ができて交流にもなる
純碁は初心者向けに簡略化されたルールで、オセロのように置いた石の数のみを競う。得点のために石を埋めていく過程で死活も理解できるようになるので入門にはオススメだ。
上の3つで小路盤になれたら『みんなの囲碁』や『JustGo』で19路のスパーリングをするといいだろう
『みんなの囲碁』では9子置かせて始めて徐々に石を減らしていくのが良い
『JustGo』にはパワプロのサクセスモードのようなプロ棋士として出世していく「キャリアモード」という一人プレイモードがあるので、COM対戦が好きな人にはオススメだ。名局観戦や問題集、AI解析なども充実している。実写と見紛う美麗なグラフィックも見どころだ
https://store.steampowered.com/app/1862520/_/
対局した後わからないことがあれば棋譜を晒して増田かTwitterで聞こう、囲碁タグをつけてつぶやけば誰かが教えてくれる
Gokibitzというサイトもあり、そこに棋譜を上げると外国人が勝手に怒涛の添削をしてくれる https://gokibitz.com/kifu
ぶっちゃけ囲碁は観てるだけである程度勝手に棋力は伸びるので観る碁をするのもいいだろう
囲碁は有限
今すぐにはわからなくても頭の片隅に入れておけばいつか、あーそういうことかと合点の行く日が来るはず
> 死活がぜんぜんわからない。生きてる所の盤面が自陣の色に変わったらわかりやすいのかもしれないけど。
あるよ
Twitterでプロ棋士の生涯獲得賞金を紹介したら、棋士の妻から「30億とか先行されると又不審なバンとかが来たりするのでやめて欲しい」と言われました。
それに対して「こちらの表は、日本将棋連盟が毎年公表しているデータをまとめたものです。念のため弁護士に相談したところ、こちらのツイートは法的に特に問題ないという回答がありました。」と返信したのですが、周囲から非難されてしまいました。
何が問題だったのでしょうか?
おそらく、このようなデータを公開することによってプライバシーの侵害になったということが問題となっているかもしれません。また、棋士の妻が不安を感じたことから、十分に配慮しなかったという批判もあるかもしれません。このような問題が起こった場合は、関係者の意見を尊重し、十分に配慮することが大切です。
そうですね。実際には、棋士の賞金額は公表されている情報であり、そのようなデータをまとめてツイートすることは、法的に特に問題ないということもあります。ただ、関係者の意見や感情も尊重することが大切であり、場合によっては公開することが不適切な場合もあります。十分に検討し、自分の行動に対する責任も持って行動することが大切です。
どのように返信するのがよかったのでしょうか?
返信する際は、以下のようなポイントを考慮すると良いでしょう。
例えば、以下のような返信が考えられます。
「申し訳ございます。こちらのツイートは、プライバシー上の問題があるということもあり、関係者の意見を尊重することも大切だと思いました。このような問題が起こらないように慎重に対応します。」
繰り返しになりますが、もとより公開されている情報であり、プライバシー上の問題は無いと思います。
そうですね。もとより公開されている情報ならば、プライバシー上の問題はないと思われます。ただ、関係者の感情や立場にも配慮することが大切であり、必ずしも情報公開が問題ないということもありません。
ChatGPTすげえ。
コンサルティングはやめとけって他のみんなからも聞いてるんだけど、やっぱりそうなのかな。
選択肢の中で、最後の現職に残ると言う奴と、3のコンサルはマイナス批評(やめとけ)が複数いただいている。
増田のアドバイスをいただいて、もうちょっと考えてみる。違ったら突っ込んでほしい。
コンサルティングというのはどういう仕事なのか、自分なりに調べた感じだと
「問題(≒あるべき姿との差)を埋めるためにどのような事が必要かを考えて提案し、システム(ITに限らない・仕組みと言っても良い)を作り上げる手助けをする」
と言うのがメインの仕事で、分解していくと
と言う事らしかった。ただし、コンサルティングと名乗っていても、ガートナーやNRIの様にゴリゴリの上位概念だけを考えてやっていくところもあれば、アクセンチュアみたいにシステムインテグレータに数えられるところもある。またアビームや富士通総研のように行政向けのコンサルティングもある。
ほか、財務コンサルティングと言った様に、ピンポイントに専門領域に入るコンサルティング、建設コンサルティングや、M&Aコンサルティングのように上流のプロジェクトマネージメントを担う実務的コンサルティングもある。
俺が内定を出していただいたコンサルティングファームは、いわゆる技術コンサルティングと、戦略コンサルティングの両方の領域に跨がるコンサルティング会社のようだった。
なお、コンサルタントと名乗っているだけで、とてもじゃないけれども雇えないような技術者を導入してアドバイスや技術を得ると言うような人脈をつなぐために動かすようなケース(その道の第一人者のような方が、副業でやっている様なコンサルティング事務所とか、大企業出身者が人脈でやっている様なところとか)もある。逆に、実際にはお客様から言われた事をやっているだけと言うような高級派遣社員というか、小間使い的なケースもあるというのは、ネットで読んだりしたのだが、実際はどうなのだろうか。
さて、分解した業務の内、1から3はAIのほうが強くなるのはもう間違い無い。
というのは、AIはコピーがいくらでもできるので、人間を超えていくからだ。
世界中の知恵を集めたツールが作れるんで、人間は絶対に敵わないんだよな。
これはウサインボルト選手でも素人が運転した自動車に勝てないみたいなもので、どうやっても変わらない事実であると受け入れる他ない。
仮に情報収集を鍛えても、昭和初期に人力車の車夫を極めた人みたいな感じになって、実用品としてはタクシーの運転手には勝てないと言う事が起きる気がする。
使う人は残るだろう。しかし、この辺りはそれを専門にするプロというのは消えていきそうなレベルになる気がする。たとえば1ヶ月かかっていた調査が、数分で済むと言うようなレベルになっていく可能性が高い。
そうなるとトライアンドエラーを繰り返す事ができるようになるので、昔よりもか圧倒的に短い時間で経験が積めるようになる。
例えば、AI相手に練習ができる様になったプロ棋士ががそれ以前の棋士とは違う成長曲線を示していく、といったことが発生してくるだろう。
こうあんると、もうコンサルタントという職業ではなく、AIのシステムに一定の金額を支払った上で、それをユーザが自ら操ってやっていくようになる、気がする。
つまり、情報をとりだして探すパートナーとしての機能は、AIに変わっていくと思う。5年以内には来る気はする。もちろん自ら道具を使えないと言うような人々向けに代替するという商売はあるだろうが、そんないわゆる「情報弱者」に付け込むような仕事は、将来性があるのだろうか。
あと、5と6もちょっと怪しい。ただ、こちらは効率化はされるだろうが、専門職として残っていくのではないかという気はする。
ただし、必要な人は減る。
例えばコーディングの世界ではオープンソースソフトウエアで質の高いコードを使って学んだAIがコードを提案してくるものが出てきている。これはこの間漫画家・イラストレータのこげ*とんぼ先生がAIが出してきたレイアウトを利用して仕上げる、と言う実験をやっていらっしゃったが、恐らくそういう時代になっていくのだと思う。すると仕事は
と言うことになっていく気はする。その前の段階に恐らく情報収集も入ってくるので、その前段階は消えていく気がする。
しかし、こういったツールが出てきたとき、果たしてコンサルタントは仕事はどうなっているだろうか?
残るのはやっぱりコミュ力なのかなあと思ってしまう。
例えばAIが今の仕事は今後は厳しいと言う結果を出してきたとして、それを受け入れるかどうかは別で、それをインプットするのがコンサルタントの真の仕事である、みたいなことを聞いたことがある。
あるいは受け入れられないにしても、その間を取り持って落とし所を探るといった仕事なのではないか。
コンサルタントというのは、日本語では「相談相手」と言う意味があるらしい。
そして、ここにおける相談というのは、だいたいは相談する側の意見を洗練させるためにあると言って良い。
自分の会社の事に最も詳しいのは、ぽっと金で雇ってきた人手はなく、その会社の社員や経営者であるはず。なので、そこでの相談とは、決して自ら話すことが得意では無い人、言語化することが得意とは言いがたい人が話しやすいように環境を作り、適宜、タコツボ化しないように外からの視野を供給しつつ。話された内容を咀嚼すること。
そして、その場で「こう言う内容ですよね?」とフィードバックするような、鏡のような役割になるはず。
さらに、そうして出てきた情報をまとめて、レポートとして整え、やるべき事を決めて、持ち帰り、フィードバックするという事になるのだと思う。
この妄想が当たっているかどうかは別として、これは人間が残るのだろうか?
書いていて思ったのは、これは、残らない気がしてきた。
他の方で、ChatGPTに入力してくださった方がいるが、
もうかなりピンポイントに総論をまとめている。もうみんなこれでいいなじゃないかなと思う。人間相手と違う所は、何回でもためせるので、多少精度が悪くても良いと言う事がある。
自分のペースでできるので、ちょうどバッティングセンターとか、テニスの壁打ちだとか、将棋のAIだとか、そんな感じで自分でできる様になっていく領域は広がっていくのではないか。
あと、実態としてはともかくとして、人間ではなくコンピュータが出してきたと言うところで、逆にコンサルティングの「胡散臭い」臭が抜けるので、コンピュータが出してくれた結論の方が、すっと受け入れられる人もいるのではないだろうか、とかも思う。
つまり、急激に進歩してているこいつらに対抗する事になるわけだ。
個人に対するコンサルティングという事で考えると人間の数だけあるとも言える膨大な需要があると思うところに、対抗しながらの領域が残る事になる。
こんな感じのシステムが今後出てくる事を考えると、今の俺が入りこむような余地はない気がしてきた。
一部のトップクラスのコンサルタントは別として、将来的にはアシスタント的な業務はどんどんAIに持って行かれると思う。しかし、俺が入りこむとしたら、そのアシスタントなんだよなあ。
そのコンサルタントの下の方で情報を整理したり、あるいはお客の要望に応じて細かい技術的な検討、仕様を作ると言う事になると思う。いわゆるアシスタントなんだけど、ここら辺は結局AIに勝てない戦いを挑むことになりそうな気がするんだよなあ。それ俺は無理でしょ。そんで、特に中小のコンサルタントってイメージ商売でやるような所があると思っていて、そういう点で俺のクソザコ履歴なんてマイナスにこそなれどプラスになる事はない。
また、増田のみんなのアドバイスで、要介護者を擁護しなければならないという点でも、冷静に考えるとやはり厳しいと感じる。
一方で、このように技術的ロードマップを見ていくと、コンサルタントの人たちが使っているツールや能力というのは、今後は民主化されていく気がする。
そうなると、ここのスキルを鍛える事を求めてコンサルティング業界に飛び込むのは、コスパが悪いというか、それらのノウハウが含まれたシステムが今後出てくる事が予想されるならば、無理にそこに特化する必要は無いのかも知れない。
実は、正直憧れがあるのだ。ぼんやりとしたイメージで、コンサルタント!というと凄い人たちというイメージが合って、事実そうだと思う。そんなところからスカウトがきたもんだから、喜んで面接した。他社の内定が出て、日程的に合わないと伝えたら最終面接繰り上げて急遽内定出してくれたりしたんで舞い上がっていたんだけど、やっぱり無理そうだという気がしてきた。
もし将来、技術でしっかり喰っていくなら、まずは事業会社でしっかりスキルを積み上げるという事だし、その可能性を残すなら、中小企業診断士なり、技術士なりの資格をとって勉強していくという事なのかもしれないと思った。
みんなありがとうございます。
何をやらせてもAIの方が上になって人間の存在価値が「人間である」だけになる世界が。
芸術も科学もAI発症の発展ばかりの世界、政治も倫理も共感さえもAIの方が上になる。
既にそれが起きている世界が「陸上選手」や「ボードゲーマー」だ。
彼らはもう機械に敗北している。
プロ棋士は試合中に対戦相手がAIの手を借りたと勘違いするやいなや界隈全土を巻き込んで大暴れをした。
もしもAIなんて全然大したことがないなら「こんな重大局面でピコピコに相談か?気が狂ったらしい」で終わっただろう。
だがそうはならなかった。
終盤における決定力、序盤の定石力、そしてついには分水嶺における発想力さえもAI棋士は身につけている。
今プロをやっている棋士ですら、100%フルパワーのAI相手には苦戦する世界だ。
ゆくゆくは棋士の存在価値は「人間なのにAI並だ」という評価を得ることだけになるだろう。
そこにずっと昔にたどり着いている職業がある。
なぜなら彼らが本気で走るよりも馬やチーターの方が早いからだ。
人間の十八番と言われる遠投ですら、ルールを正しく把握したゴリラや象が相手ならば負けるだろう。
古代のコロッセオにおいて奴隷解放寸前の闘士が最後にぶつかるのはライオンだ。
生身でぶつかれば人は多くの獣に劣る。
だから道具を使う。
だが、それで結果を出しても道具が凄いだけなのではないかという疑問が残る。
中でもシンプルに圧倒的に動物に負け続けてきたのが陸上競技者だ。
もしも競馬にゼッケンを付けたトラック選手が乱入したとして、大穴狙いでも彼に本気で賭ける人はいるだろうか?
今後AIが発達すれば誰もがこういった「人間であることだけが最後の砦」という価値の中で生きることになる。
人間よりも優れるものに囲まれ、人間が自分でやる必要がない事実を突きつけられながら、エンターテイメントとして「人間であること」を売り続ける社会だ。
俺は地獄だと思う。
というかこんなのにすでに耐え続けている連中は本当に凄い。
「チーターと比べたらウサイン・ボルトなんて雑魚ですよ」という画像は図鑑などの定番だが、世界一の栄光を得てなおこうやって晒し者にされる人生をよく生きる気になるなと
ボクサーを撲殺したのは僕さ
これから満で数つけるわ
ナンを何枚も食べるのなんて、なんでもないよ
新患の新幹線に関する新刊に新館を立てて震撼し信管が作動する。
ケニアに行ったら生贄や
柑橘類の香りに歓喜し、換気を喚起したが乾季が訪れたので、寒気がした。
塗装を落とそうか。
観光客がフイルムに感光させた写真を刊行することが慣行になった。
サボってサボタージュ
景気が良くなりケーキを食べる契機を伺う徳川慶喜(とくがわけいき)
夫を成敗するオットセイ
つまらない妻の話
竹の丈は高ぇなー
餅を用いて持ち上げる
ロストしたローストビーフ
サボテンの植え替えサボってんな
過度な稼働は可動範囲を狭める
伯爵が博士の拍手に拍車をかけて迫真の爆死をし白寿の白人を白紙にもどす。
紅葉を見て高揚する
甲子園で講師をする公私混同した孔子の実力行使には格子窓も耐えられない。
死んでんのか?「心電図を取ってみよう!」
夜祭で野菜を食べる。
信玄餅を食べながら震源を特定するように進言する新元素を発見した人。
蜂の巣(honeycomb)を見てはにかむ
五反田で地団駄を踏む
ようやく要約が終わった
海溝で邂逅
豪華な業
甲板で甲板をかじる
甲板で乾パンをかじる
店頭で転倒
大枚をはたいてタイ米を買う
醤油をかける人「えっっ?」
神田でした噛んだ
少食な小職
牛の胆嚢の味を堪能する
あの娘にはどう告っても(どうこくっても)慟哭する結果に終わるだろう。
キーンという高音の起因が掴めない。
こんな誤謬は秒でわかるだろ
壊疽した箇所が治るというのは絵空事だ
経口補酔液
痴的好奇心
セントーサ島に行くのは正恩が先頭さ
軽微な警備
冬眠する島民
ベットは別途用意してください
The deserted desert in desert desert.
九尾のキュービズム
罹災者へのリサイタル
画家の画架
不納が富農になるのは不能だ
理工がRICOHに利口な履行
I sensed tha it is in a sense sense.
私はそれをある面では扇子だと感じた。
鯖を食べている人と、それを見ている人の会話
鯖 ça va?
ça va 鯖
ça va
ゆめゆめゆめをみるわけにはいけない
早漏で候
凪に難儀
東上線に搭乗した東條が登場
高校を後攻で煌々と口腔で孝行
蝉が転んでセミコロン
道徳をどう説く
写真はフォトんど撮りません
ダリ「絵ぇかくのだりぃなあ」
華美な花瓶のカビに過敏に反応
檻に入っておりいった話をする
夏のおサマー
夜は寝ナイト
渦中のカチューム
渦中のカチューシャ
リスボンでリスがborn
どうないはどないなってんねん
苫小牧でてんてこ舞い
市内を復旧しないと
石狩の石を借りる
おが置いてあるのを見た人「おはおっかねぇーから置かねぇ方がいいぞ」
砂がどしゃーw
東上線に登場した東條が登場
飽きない商い
おなか吹田市
観劇で感激する
側転に挑戦し即、転倒
別件を瞥見
凹地のお家
魚を初めてみた人「うぉー」
カラヤンの頭の空やーんw
豚をぶった仏陀
只見線をタダ見w
菊名でそんなこと聞くなよ
五秒で死んで御廟に埋葬
がらんとした伽藍
有給を使いすぎて悠久の時が流れた
長谷に想いを馳せる
Thinkerの真価
不具の河豚
暗記のanxious
半世紀にわたる半生での藩政を反省
タンチョウが単調増加
ショック死内親王w
カルカッタの石軽かった
天皇のこと知ってんのー
蒋介石を紹介した商会を照会した商會の船で哨戒する
其方のソナタ
先王に洗脳される
防潮堤で膨張した傍聴人
砂漠で鯖食う鯖を裁く
筒に入った膵島
サイコロを使った心理テスト(psychological test)
カラシニコフが辛子個踏んだ
皇帝の高弟が公邸の校庭の高低差を肯定する工程に拘泥した記録を校訂
にようかで酔うか?
うるさい人が売るサイ
どんなもんだい、を、どんなムンバイ、と言い間違える人
透徹した饕餮の眼球
チャカで茶菓を破壊
slimyなすり身
ゆうほど広くない遊歩道
いにしえのイニシエーション
コーランをご高覧ください
K殻の傾角を測定する計画
協賛した共産党員に強酸をかける
負けたのは聖者の静寂のせいじゃ
裏地見るウラジミール
カミオカンデの上に紙置かんでw
県大会がおわり倦怠感を感じる
夕暮れのユーグレナ
ストライキをする公務員に呼びかける人「 Stay calm(公務)」
エド・はるみの穢
祭壇を裁断
腐卵ダースの犬
全然人が集まらないクラブの人「参加数人は我々の十八番ですから。だけに。」
四苦fuck
都バスが人を跳ね飛ばす
怒るカロテン「なにカロテンねん」
嫌がる慰安婦「いやんっ」
かえるがえる帰る蛙
沈厳な青梗菜
トリコロールの虜
布陣を組む夫人
栗けっとばすクリケット🦗
婉容と遠洋漁業
アマルガムで余るガム
ハラスメントの疑いを晴らす
滋賀を書けない人を歯牙にも掛けない
他意はないタイ人の鯛の態度
鯛が蛇足
ダジャレではない↑
割と面白い
ハラッパーの原っぱ
紫に関して思案を巡らす
Huluが夏の風物詩だと思っている人「Huluですなぁ」(風流)
下調べのムニエル
わからないので
意味ない諱
よく分からんリポーター「うわぁ〜美味しそうですね!少なくとも不味そうには全く見えません!」
どうしても下がりたくない人「黄色い線の内側は、境界を含みますか??」
計算ができない人
着ていく服を決めた高橋是清「これ着よ」
enough、enoughは工夫がenough
負け負け山(カチカチ山)
薬師丸せま子
トーマス・マンの書いたふるさと「うさぎ〜おーいし、魔の山〜♫」
その心は
焼結が猖獗を極める
これはstaleだから捨てるか
衒学的な弦楽を減額
完全な勧善懲悪
イボ人の疣痔
イブに慰撫
(訳 ぬるぬるしてるありふれた魚)
盲いるのに飯いるの?
アーヘンで阿片を吸った人「あー変」
毒吐く独白
明借りるアスカリ(車)
丁寧な砂浜「Could you九里浜」
ゴーンと奉公
その心は
サンクチュアリに山窟あり
熟れたウレタンは売れたんか?
清澄な声調を静聴し成長
プエルトリコで増える虜
象さんを増産
兄弟が今die
Dose heで始まる疑問文に答える京都人、Yea, he どす
ソフィカルのソロカル
美人局に筒持たせる
十把一絡あげ
篤信な特進が涜神を得心
これは何という植物かな?ムユウジュでは?あそっか、なるほど。
クートゥを食うとぅいいよ
マイソールで昧爽に埋葬
ドクサは毒さ
暗殺で朝死んだ
クラシックについて語る人をそしる人「弦楽なんてペダンチックだなあ」
凛々しいリリシズム
衛生的な俳人
御髪も亂とはオクシモロンだ
コロナ後の世界を分析する学問→postcoronialism
影響が色濃いイロコイ諸族
あてのあてないアテナイ
記事の冒頭で引用した田丸昇九段のブログのほかに、野月浩貴八段と藤森哲也五段も言及している。いずれも対局に命をすり減らす生き様を肯定的に捉えているので、棋士の間では人気の(?)豆知識になっているとも言える。(将棋界にとって「耳の痛い話」ではないのかもしれない)
ギズモのつれづれ将棋ブログ ドキュメント電王戦 その時、人は何を考えたのか <前編> (2013年)
野月「(プロ棋士は)ステージをより上げないといけないと考えています。(中略) 実際に、現代でも棋士の寿命は、平均寿命と比べると、圧倒的に短いんですよ。そう考えれば、もっと自分を律し、負けたらすべてを失う覚悟で対局しないと。」
東出昌大さん、藤森哲也四段を自宅に招いて将棋。杏さんも一緒にいてたまに指す | 将棋ワンストップ・ニュース (2016年)
「将棋棋士の平均寿命は、世の中の平均よりも短い」と言うのが、なかば定説のようになっている。プロ棋士と趣味の将棋では肉体的にも精神的にも負荷がまったく違うとはいえ、将棋を普及させようとする上では、将棋界にとって少し耳の痛い話だろう。
将棋棋士の平均的寿命について - おおた 葉一郎のしょーと・しょーと・えっせい (2007年)
結果は・・67.51才である。短い!
棋士と年齢を分析する | 将棋ペンクラブログ (2014年)
全体の平均 68.5歳 (110人)
*最も長命だったのが加藤博二九段の90歳(2013年)、最も若かったのが村山聖九段の29歳(1998年)。
将棋棋士の平均寿命を調べてみた - 将棋ペンタゴン (2021年)
物故棋士は91人でその没年齢の平均は72.0歳となっています。
野月浩貴八段と藤森哲也五段の発言例も→ anond:20230124165248
しかし、これらの記事に書かれた棋士の平均寿命のようなものは、「既に死亡した棋士の死亡年齢を平均したもの」であって、いわゆる世の中で平均寿命として公表されている「今年生まれた0歳児が何歳まで生きるか」とは異なる。極端な話、江戸時代までさかのぼれば棋士の死亡年齢はもっと短くなるわけで、「過去400年間に死亡した棋士」と「今年生まれた0歳児」を比べるのは的を外している。(最初に挙げた記事のうち 将棋棋士の平均的寿命について にはいくつか但し書きも添えられているが、それでも不十分)
そこで、直接比較しやすい「死亡年齢」だけに着目して、5年ごとに区切って世の中の平均と比べてみた。
ただし、全男性の死亡年齢は、新生児の死亡なども含まれるので、特に古い時代ほど低くなりやすい。「棋士が0歳で死亡する」ことはありえないので、おおむね棋士の年齢に対応する「20歳以上」に絞った死亡年齢と比較するのがよいだろう。(棋士のプロ入り平均年齢は22.4歳)
(※1/24追記: 全男性と20歳+の計算に間違いがあり、すべて-0.5だけ下方修正しました。考察や結論に変わりはありません)
平均死亡年齢の推移:
年 | 全男性 | 20歳+ | 男性棋士 | 男性棋士の 誤差(95%) |
---|---|---|---|---|
1940年 | 54.7 | 5.2 | ||
1945年 | 61.5 | 16.9 | ||
1950年 | 41.1 | 57.8 | 61.0 | 22.0 |
1955年 | 50.0 | 61.1 | 48.5 | 10.1 |
1960年 | 55.5 | 63.3 | 43.0 | 6.0 |
1965年 | 59.3 | 64.7 | 67.8 | 6.9 |
1970年 | 61.0 | 65.3 | 64.8 | 19.5 |
1975年 | 63.1 | 66.6 | 64.6 | 8.5 |
1980年 | 65.7 | 68.1 | 69.3 | 7.0 |
1985年 | 67.4 | 69.1 | 73.5 | 6.1 |
1990年 | 69.2 | 70.5 | 72.4 | 8.8 |
1995年 | 70.4 | 71.4 | 71.3 | 6.4 |
2000年 | 71.4 | 72.1 | 68.2 | 16.4 |
2005年 | 73.3 | 73.7 | 66.1 | 10.1 |
2010年 | 75.1 | 75.5 | 73.8 | 8.8 |
2015年 | 76.9 | 77.2 | 81.3 | 6.4 |
2020年 | 78.4 | 78.6 | 78.9 | 6.9 |
グラフ:
こうしてみると、誤差は大きいものの、「将棋棋士の平均寿命は、世の中の平均よりも短い」という定説は、妥当ではないと言える。もっとも、1960年や2005年ごろにかけては世の中の推移に逆行して若くして亡くなる棋士が多かったため、誤った定説を生み出しやすい環境だったとは言えるかもしれない。
※ 政府の統計は5歳ずつの階級を中間値で平均して求めた(たとえば80-84歳での死亡を一律で82歳とみなしている)。新生児と高齢者は本来の死亡年齢より高く、それ以外は低く算出されやすいが、結果的にある程度相殺される。
※ 政府の統計は「その年」に死亡した男性だが、男性棋士の統計は「その年の前後5年(2020年なら2018-2022年)」に死亡した男性棋士である。
※ 政府も棋士も誕生日までは考慮していないので、「80歳と11ヵ月」で死亡しても80.0歳として計算される。(どうしても平均寿命と比べたいなら、+0.5するとよいが、本来は人口ピラミッドの影響も差し引かなくてはならない)
ちなみに囲碁棋士は女性も含んだリストしかなかったが、特に将棋棋士に比べて大差あるわけではなかった。
プロ将棋界の2023年は、藤井聡太王将に羽生善治九段が挑戦する第72期王将戦挑戦手合七番勝負で事実上の開幕を迎える。
2017年、藤井がデビューからの29連勝を達成した時、羽生は「檜舞台で顔を合わせる日を楽しみにしています」という言葉を贈った。
その時は、誰もが王者・羽生に若き挑戦者・藤井が立ち向かう構図を思い浮かべたはずだが、そこから5年半、ずいぶんと形を変えたものの、いよいよ1月8日、静岡県掛川市でその幕が開こうとしている。将棋のタイトル戦としては極めて珍しい、両対局者への前日記者会見がネットで中継され、ニュースに様々な記事が踊り、メディアの空気はずいぶんとそわそわしている。
先にこちらを書いておいたほうがいいかもしれない。王将戦は普段のようにabema将棋チャンネルで無料で対局を見ることができない。CSの囲碁・将棋チャンネルが独占放映権を持っているからだ。以下の方法のいずれかを選択することになる。
すでにチューナーとアンテナを持っている人、またはCATVに加入している人にとってはこれが一番確実だろう。CATVによっては、契約の基本セットに入っていて追加料金無しで視聴できるかもしれない。
今回はabemaでは「1局ごとの有料課金」というかたちで囲碁・将棋チャンネルの番組をそのまま配信している。abemaのチャット欄が好きだという人はこれを選ぶのがよいかも。
囲碁・将棋チャンネルのYouTubeの有料チャンネル「https://www.youtube.com/@igoshogiplus 囲碁将棋プラス」でも月額390円の課金で視聴ができる。こちらは第1局が無料配信のため、おすすめできる。
これについては、率直に言えば多くの将棋ファンはそこに期待していない。羽生の奪取を「信じている」ファンはもちろんそれなりの数がいるが、他方でそれを「期待している」ファンの数はそこまで多くない。メディアが沸き立つこの番勝負に、ファンが大きな楽しみを抱きつつも、熱量が沸騰しそうになっていないのもそこが理由である。両者の現在の実力を示す指標であるeloレーティングによる期待勝率が示す番勝負結果のケース別発生確率にそれがよく現れている(出典:第72期王将戦(シミュレーション) 将棋連盟 棋士別成績一覧(レーティング)2023/1/7 現在)。
藤井聡太 | 4-0 | 羽生善治 | 47.00% |
藤井聡太 | 4-1 | 羽生善治 | 32.34% |
藤井聡太 | 4-2 | 羽生善治 | 13.91% |
藤井聡太 | 4-3 | 羽生善治 | 4.78% |
藤井聡太 | 3-4 | 羽生善治 | 0.99% |
藤井聡太 | 2-4 | 羽生善治 | 0.60% |
藤井聡太 | 1-4 | 羽生善治 | 0.29% |
藤井聡太 | 0-4 | 羽生善治 | 0.09% |
もしブックメーカーがこの勝敗で賭けをしようと思ったら、仮に本命である藤井4勝0敗のオッズを1.05倍に設定したとしても、控除率を50%にしないと儲けが期待できないことになる。もちろん本場イギリスのブックメーカーはそんなに高い控除率は設定しないので、これはやるだけ胴元が損するたぐいの賭けにしかならない。
だが、往年の絶対王者が、競合揃いの王将戦リーグを6戦全勝で勝ち上がったのに、これほど圧倒的な差が本当にあるものなのだろうか?
2021年度にプロ入り後初の年度での負け越しを経験した羽生が、2022年度に勝率を6割5分にまで戻してきた理由については様々な考察がされているが、ここでは明確な説明がされているものとして、プロ棋士のhttps://www.youtube.com/watch?v=6PYg7IpYucg 中村太地の解説を紹介したい。要約すれば次のようになる。
スポーツファンなら、モハメド・アリがジョージ・フォアマンを相手に自らロープを背負う不利を負いながら、フォアマンの疲れを待って一気に逆襲に転じて勝った「キンシャサの奇跡」を想起するかもしれない。いかに自らが有利な条件にあるからといって、アリや羽生ほどの実力者を相手に有利をそのまま拡大していくのは極めて難しい。そこに逆転の余地が生じる。
羽生がこういう戦法を選択するようになったのは、「将棋AIが強くなった時代において、プロ棋士はいかに自らの身を処すべきか」というテーマに向き合った末のひとつの答えに辿り着いたという意味合いがある。将棋AIの示す最善を追求するだけではなく、敢えて不利とされる順に自ら入っていっても、それでも勝負に勝つことができる程度には将棋は自由なものであるし、それを示すのが人間の生きる道であろうということを、自ら結果を出すことで証明しているようにすら見える。
ところが、この方法は藤井聡太には通じない。デビューから6年を過ぎてなお生涯勝率が8割3分を保つ藤井の強みは、たまに話題になる「AI超え」ではなくて、むしろ選択の難しい局面でAIが最善とする手を正しく選び取っていくその確実さにある。こうなると、わざわざ自分を不利にしてまで複雑な場面を作っても意味がない。そのまま有利を拡大されて押し切られてしまう。
羽生は2022年度、藤井と2局戦って2敗している。1局は後手番で、上記の動画で解説されていた「横歩取り」戦法を採用し、1手の疑問手を正確に咎められて完敗した。もう1局は先手番で正攻法を挑んだが、中盤戦の何気ない自然に見える1手、ただしAIに言わせれば選ばない、そんな手をきっかけにじわりじわりと藤井が優勢を拡大し押し切られてしまった。
かつて「コンピュータ対人間」の対決として行われた電王戦のときに「コンピュータに勝つための準備は人間に勝つための準備と全く違う」と言われた。今、同じことが藤井について言われている。曰く「藤井さんに勝つには他の棋士に勝つのと全く異なる準備が必要になる」と。あくまでも現段階においては、羽生が藤井相手にどういう手札を切ってくるのか、そこが最大の興味になっているのは、自然なことなのである。もちろん、この先の成り行き次第で、そこは大きく変わることになる。
なので、あくまでも現段階では、勝敗以外のところにそれぞれの楽しみを見出すような状況になっている。私が楽しみにしているのは、138回目のタイトル戦にして、初めて羽生が「明確な挑戦者」として迎える、というそのシチュエーションそのものである。
羽生は、タイトルを獲得する前の段階において、すでに実力では棋界でトップであった。以来、同格の相手と争うことはあっても、自分よりはるかに強い相手と戦うということはついぞここまでなかった。つまり、もうすぐ40年に届こうとする羽生の棋歴の中で、これはまぎれもなく初めての状況なのである。そういう未知の状況にあっては、過去のことを材料にした分析はそこまで意味をなさない、むしろ真っ白な頭でこの誰も見たことのない景色を楽しむに尽きる、そういう姿勢でこの第1局を見てみたいと思っている。
なお、逆のシチュエーション、つまり羽生が実力的に懸絶していると見られていた状況でタイトル戦に負けたことがあるか、というと、これがある。以下に、タイトル戦が始まった日において羽生が対戦相手よりeloレーティングで250以上上回っていて敗れた例を示したい(なお現在の藤井と羽生のレート差が273である)。
羽生が七冠を独占し無人の野を進むがごとくの進撃を続け、誰が羽生の牙城を崩すのかに興味が集まっていた中、それをなしたのは当時としては意外な伏兵の三浦弘行だった。2年連続で羽生の棋聖位に挑戦しており、すでに単なる有望な若手の域ではなかったにせよ、羽生に勝つにしてもここではないだろうという見方が一般的な中での快挙だった。
前年の2011年度に羽生から4勝3敗で名人位を奪取した森内だったが、この年度は名人戦以外の成績が全くふるわず、年度勝率.345を記録して2ch将棋板では「3割名人」なる蔑称をつけられるに至った。これに対し捲土重来を期す羽生はA級順位戦を9戦全勝で制して森内の名人位に襲いかかる。結果は火を見るよりも明らかと思われていたが、名人位防衛の準備を進めていた森内が4勝2敗で防衛する。羽生は翌2013年も森内に挑戦するが1勝4敗で名人戦で3年連続で森内に敗れる。星数だけでなく年々内容も悪くなる一方で羽生の威光に翳りかとも見られたが、翌2014年に4年連続の顔合わせで羽生は4勝0敗のスイープで名人位を奪還する。
絶対的な強者に対して「失うものがない」立場で応じる側が強者であるということを、羽生ほど経験してきた棋士はほかにいない。その立場を羽生は今回初めて逆転して勝負に臨むことになる。これはきっと面白いことになる、それは間違いないだろう。
id:BigHopeClasicでした。
colaboに噛み付いてるのは女性差別意識に起因してないけど、暇空茜には間違いなく女性差別意識はある。
例えば、女性は生理というハンディキャップを抱えているので、男性のように極限状態に挑むのは難しいという趣旨のnoteを書いている。
東大の進学実績は圧倒的に男が多いし、将棋のプロ棋士に女性は存在していないという旨のツイートもしていた。
暇空茜の主張にも理があるとは思うが、女性が極限領域で活躍していないのを「生理があるから」で括るのはあまりに失礼だと思う。
遠方に進学したくても娘に一人暮らしを許さない親はいまだに多いし、入試の際に男子にゲタを履かせる大学も存在していた。
女性は男性に比べて、好きなことに好きなだけ挑戦できる環境が用意され辛いのは事実ではないのか。
暇空茜に特別差別意識があるという訳でなく、これが日本の一般中年男性並みのジェンダー意識だとは思う。