はてなキーワード: プロパガンダとは
今日、朝の生放送バラエティ番組「ラヴィット!」で誤って北朝鮮の資料映像が8秒ほど流れてしまった
軍事施設の外観や北の将軍様や軍事パレードが映し出されたのだが
本来であればJアラートについて報道する際に流す映像が誤って流れてしまった、とアナウンサーが謝罪していた
実際、一昨年の11月、生放送中にミサイルが発射されJアラートが鳴った際には番組を中断してニュース番組に切り替えたことがあったのだが
テロップの有無の違いこそあれど映像は今日流れたものと同じだったそうだ
ついでに言うとその映像はミサイルの落下と市民の安全が確認されJアラートが解除された後に
しかしヤフコメやXでは「TBSは北朝鮮と内通しているに違いない!」「恐ろしすぎる!!」「緊急時に北朝鮮の映像を流そうとしていたなんて!!」「プロパガンダだ!!」と批判の声一色だ
北朝鮮のニュースに使う用の映像があらかじめ用意されている=陰謀、というのがまったくピンとこない
スギ花粉が多いことを知らせる時に花粉を撒き散らすスギの映像、
日本がスポーツで勝ち進んだ時用、あるいは敗退した時用のテロップなど
〇〇があった時用の映像をあらかじめ用意している、というのはごく普通のことではないのか?
あらかじめいつでも映像を切り替えられるように準備していることそのものが仕組まれていることの証明だと言っている人たち、
この大勢のコメントの主は全員人工地震界隈にでも属しているのだろうか?
もしかすると「Jアラートの緊急時などに使用するために準備していた映像」という言葉を額面通りに受け取りすぎて
ティロンティロンとJアラートのあの音声が流れている間、避難指示ではなく北朝鮮の軍事パレードを画面いっぱいに流し続け恐怖を煽るつもりだった、という風に勝手に妄想しているのではないだろうか
一昨年の放送を例に画像付きで誤解を解こうとしている人もいるが全然伸びないしTBSやバラエティ番組が相手であれば誹謗中傷やデマを拡散しても良いと思っている人が多いので
[B! 戦争] ウクライナ政府が『マインクラフト』にて、ロシアに占領された町「ソレダル」を再現。ミニゲームや歴史学習、学校再建のための寄付も可能 - AUTOMATON
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/automaton-media.com/articles/newsjp/20240326-287307/
id:pokute8 米機密文書へのアクセス権限を持たないはずの21歳https://tinyurl.com/muhvr3td が不思議なことにそれを流出させた場所がディスコードのマインクラフト関連鯖。https://tinyurl.com/bp6spdwb /https://tinyurl.com/2ekywv6r
プロパガンダだろうが、侵略戦争を仕掛けている露助が悪いのが第一なので何の問題もないことがわからないオマエの頭が悪いのが最悪だってことを自覚してください。
落ちこぼれたやつを最低限のセーフティネットで救い上げる方式にしろよ
このままだと大多数のまともな人間は使いつぶされる。
なぜ障碍者どもに王侯貴族かのように振る舞うことを許してるのか
今のやつらは甘やかされ過ぎて勘違いしている
ADHDだのASDだの、一昔前は人間扱いされていた人間が、人間扱いされないようになって
ああ、俺は障碍者だから社会の歯車として生きていかなくていいのだ、という免罪符を与えられる
俺もADHDの診断を受けたものの、薬物は使わずにTool Assistedで何とか社会人として生きている
あのまま、医者の言われるがままに手帳を取っていたらと思うとぞっとする。
日本は何でもかんでも付加価値にならないところにお金と労力を掛けすぎだ。
そりゃいいところもあるよ。余裕があるから細かい部分にフォーカス出来て独自の文化が作られている側面もあるだろう
だが、それが行き過ぎて大多数の優秀な人間、善良な人間が割りを食うようになったらおしまいだよ
昨年、障がいを抱えながらも定年まで勤め上げた叔父が亡くなった。
晩年、彼はずっとこういい続けた
こういう事例を見掛けるたびにそれを思い出す。
今までそれから疎外されていながらも、存在を許されていたはずの彼らが
社会の在りようを自分中心に定義するようになってしまえば、大多数の人間が苦しむようになる
これでは誰も救われないじゃないか。
多様性の時代、存在を許すこと自体はいいし、出来る範囲でさらなる快適さを求めるのはいい
だが、それはあくまで存在だけであって、社会の有限の余剰リソースを使ってそれが許されているに過ぎない
少数民族が大多数のリソースを使いつぶす社会は絶対にうまくいかない
それはまるで、グリーンベレーが少数民族に国を支配させたような植民地支配の形だ。
我々は、お互いに謙虚でなければならない。
統一された意思があるとは最初から思ってないし、山本五十六みたいなのがいるわけだから、みんな思惑はバラバラだったとは思うよ
綿密な戦力分析があったらしいけど、でも、その報告書も抹消してるわけでしょ
ということは、抹消されたことで、なんだかんだアメリカや欧米列強の真の力を知る人がいないわけで、
今の時代みたいにネットがあるわけでもなく、向こうのテレビや新聞の情報を直接入手することがみんなできない
仮に、今の時代のNHKや民放がこぞって日本のプロパガンダに従った報道、情報統制をしたとしても、
ネットがあれば、直接向こうの情報を英語なり現地語で調達することができる
この違いは大きいと思うんだよ
行動経済学的にも正しいとか言ってるけど、この二択の確立がえらい低い確率だって認識は、やっぱり当時の日本人の多くになかったんだと思うよ
いずれにせよ、綿密な情報分析がされてようが抹消されてしまうわけだし、結果的にみんな無知にされてるわけで、
トータルで考えれば、やっぱり認識甘かったんじゃん、としか言いようがない
まあ、地政学的に?開戦するしかなかったような気もするし、敗戦しちゃったけど、結果的に米国に支配され続けてここまで来たわけで、
これはこれで良かったと思ってるよ
全部見終わった 。まず番組の作りへの不満。30年前に書かれた本に今日的な価値を見出そうとするなら、その後の状況変化、新たに生じた条件を踏まえて今でも通用する部分・陳腐化した部分を検討するべきである。ざっくり古典としてたてまつるには早い。
オミットするべからざる状況変化の第一はアメリカの孤立主義傾向である。トランプはそれを始めたのでなくその流れに乗っかりダメ押ししているだけだ。
もう一つはいわずもがなインターネットだ。特に近年目につくようになったのはいわばデマのデジタル物量飽和作戦である。ロシアの得意技。当局の雑すぎるウソ発表を、当初我々はナメて嘲笑していなかったか? しかしその雑さは「東側」的な要領の悪さ・いい加減さの結果というよりそれ自体が場を荒らし言論そのものを無力化する作戦だったのだ。今後はそれにAIが加わる。公共の「情報空間」そのものが腐海に沈む。
第三夜以降の内容に目新しいものはなかった。エクスキューズをたっぷり挟みつつ基本的にチェリーピッキング。リトアニア独立を非暴力による成功例と言われても、そんなのいわばソ連崩壊過程の余録だろう。
数々挙げられている「成功例」は、非暴力が勝ったのではなく体制が瓦解する時に民衆の側から追加の暴力はいらなかっただけだ。
独裁体制側に暴力の口実を与えないための非暴力というが、プーチンやアサドみたいにヘッチャラでガンガン殺すパターンは?
「多少やられてもいずれはこっちが勝つ」その多少の死体になりたくないし近親をならせたくないのが人間の本音だ。
非暴力的手段に命をかけさせる煽動もまた暴力的であると言える。
畢竟、独裁体制を倒す「さえたやりかた」なんかないのだ。あると思うのが思い上がりである。安全圏からの上から目線のアドバイス。
暴力的な独裁体制下の民衆はやり過ごし耐え忍ぶしかない。独裁体制は本来的に不安定なのだから。なんかの弾みに瓦解する日を待つのだ。俺ならそうする。
シャープ理論への興味が尽きたところで思うのは「民主主義体制もまた本来的に脆い」ということだ。これぞお手本という民主主義のロールモデルは存在しない。民主主義国の数だけブサイクな異形が存在する。イスラエルなんかわりとお手本に近いような先進的でシステマチックなイメージもあったような気がするが今やすっかり自己コントロールを失ってひどい体たらくだ。
「独裁体制か民主主義体制か」が今日的課題なのではないではないということだ。ポイントはそこじゃない。
今日的に重要なポイントはそれぞれにダメな国々がいかに協力して虐殺や抑圧の「悲惨」を避け得るかということ、でもそのための枠組みが死んでいるということだと思うのだが詳論は他日。
「平和な国での平和運動」に、膾吹きカルチャーに現実主義的なふんいきをまとわせる箔付けにはシャープ本は格好のモノだろう。
なんかずっと何かに似てると思ったら伊勢崎賢治だ。さも実務家の触れ込みで全然中身は伴わないという。
ところで「先生役」の清泉女子大名誉教授・中見真理という人を知らなかったがぜんぜんダメだった。完全に仕上がった人である。和田春樹とかの類。
「日本人は平和憲法を棚ぼたでいただいたので、外国のように自分の手で自由を勝ち取る発想がない」
「アメリカはそれであのー経済的な観点からもね、あーの軍事的な、あのー介入を抑えていきますよねこれからね当然ねそういう、そこへ、日本がのほほんと、その(失笑)軍事力を、増強してなんて出ていったら、ほぉーんとにバカみたいですよね」
「他者に決定を委ねる方が楽だと思う人が増えているのではないかっていう気がします。独裁的なリーダーの出現を防ぐことができるかは私たち一人一人の自覚にかかっているということです」
「他国に脅威を与えるような“専守防衛”になっていないかどうか。他国に不安を与えるならば必ず日本の不安となって跳ね返ってくるわけです」
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血みどろの「今」を生きてる人の肌感覚じゃない。伝統芸能の業界内でのんべんだらりとやってきて勝ち逃げ確定の人の鼻歌みたいな言論。