はてなキーワード: コーヒーブレイクとは
増田だよ!
まとめサイトに書く気はない、そう思ったならごめん、困ってるから聞いた
→転職して今電車で1時間かかるようになった、車通勤ダメになったんだ
②朝早くさっぱり起きる方法あったらぜひ教えてくれさい!
→マジで教えて欲しい、早く寝ろ、と言われるとそりゃ寝たらいいかもしんないんだけど、帰宅して飯食って寝て終わる、から④の質問
③晩御飯作ってる??それとも出来合いが多い??
→今の所嫁が作ってくれてるが俺が転職して移動に時間かかるようになったから嫁の負担がでかくなった
昨日なに食べた?が改めてすごいなとなった
→だってすごいだろあれ、ほぼ毎日買い物して飯つ作ってコーヒーブレイクまである
④みんな何時ぐらいに寝てる?!日付超えても起きて趣味のことやってる人いる?!
本日の22:00に機動戦士ガンダムオンラインがサービスを終了します。
なんと2012年12月25日に正式サービス開始から約9年間も続いたゲームです。
そこで、正式サービス開始の2か月前のβテストから参加していたユーザとして
ゲームとしてはガンダムの看板で金づるの1st世代を呼び込むだけのゲームではなく
FPSジャンルでは希少でしたが大人数が同時に参加できるため、個々のプレイヤーが
担う責任が他のFPSよりは軽くなり、行動の自由があるため初心者も参加しやすく
また、機体バランスも定期に準備される環境機体で他ユーザを嬲る俺様プレイが
楽しめましたし、指揮官モードが準備されており、奇策や思い付きの戦術支援や
作戦指示による俺最強軍師プレイも楽しめる素晴らしい環境でした。
私は特に不満を感じていませんでしたが、最近はユーザ減少が進んでいたのは
事実でした。
まぁ、51人vs51人の大規模戦闘が売りであったが故に人数が集まらないと
マッチングしない事もありましたが、待ち時間はちょうど単行本の漫画を一冊を
つまり〇池氏が悪い訳ではないでしょう。
また、ゲームバランスも多少壊れた状態でありましたが、連隊轢き殺し横行も
混合試合(陣営をバラバラにしてマッチング)を続けるという恒久策を素早く
つまり小〇氏が悪い訳ではないでしょう。
同じ陣営のチャットで敵陣営ではなく味方に罵詈雑言か飛び交う心地よさは
他のゲームでは中々に味わえない楽しい時間でしたし、戦闘後の戦犯探しは
最高のコーヒーブレイクでした。
つまり〇池氏が悪い訳ではないでしょう。
ただ、終了の理由を探すとすれば、バトルロイヤル型ゲームの流行によるユーザの
減少や、中国ゲーム市場の先行き見えない状況に加えてバンナムのメタバース
事業転換で止めを刺されたのかもしれません。
つまり小〇氏が悪い訳ではないでしょう。
最近の思い出を書きましたが、思えば砲撃で敵を視認する距離まで進めない
時代から楽しかったレースMAPの凸祭りや特定MS限定祭り等の思い出が
だからさぁ、ガンオン2作ってくれよ 頼むよ バンダイナムコオンラインさん。
2022/03/30 22:00 無事ご臨終されました。 嘘だと言ってよバーニィ!
日付間違いの指摘感謝です
仕事ができないと言われたくなかった。
「俺、コミュ障だし」「俺、アスペだし」とは笑って言えるのに、「俺、仕事できないし」とは言えなかったのである。
現代社会においてコミュ障であることは、仕事ができないことに等しいのは明白なのにだ。
俺はコミュ障だが勉強だけはそこそこ出来た文系という、最も潰しの効かないタイプのゴミである。
まず俺は締め切りが億劫で守れない。
それに叱られるのが怖くて問題を先延ばしにする上、報連相が不能な典型的な使えない新人だった。
取引先相手につい嘘をついてしまい、会社にあらぬ損失を与えたことも何度もある。
こういう時、職場はこいつは排除しよう、という正当な動作をする。ということで俺は孤立した。
さっさと辞めちまえ、という周囲の心の声が聞こえてくるようだった。「仕事ができない」ことを認めたくない俺のプライドはズタズタである。
病院をググるのが面倒なので病院にはいかなかったが、当時は掃除と洗濯、風呂に入るという行為が1週間に一度くらいしかできなかったので、多分適応障害かプチ鬱病だったのだと思う。飯も録に食えなかった。
そんな俺の転機は、同じ社の、俺の尊敬する穀潰しの先輩にアドバイスをもらった時に訪れた。
彼は始末書のレコード記録と横領じみた行為の数々による犯罪者スレスレの経歴を持ち、
「議事録を社内サーバーに上げておく」というだけの仕事を振られていた伝説的カス社員だった。
しかもその仕事すらサボり、散歩とコーヒーブレイクだけをしに会社に来ていたという偉人である。
だが、そんな先輩の栄光の日々も、ついに終わる時は来たのだ。社が新たなビルに移転する際に、更なる完全窓際部署へと追いやられることになっていた。
使えない新人として名を馳せていた俺は、その人の溜め込んだタコ焼き器だとか、やたら派手な扇風機だとか、そういうガラクタを含めた机回りの移動という雑用を振られた。
あらかた俺に荷物を運ばせた先輩は、俺の買ったコーヒーを飲みながら言ってくれたのだ。
「君なら、僕みたいになれる」、と。
その時、俺は目が覚めた。
「そうか、自分は、仕事ができないサイドの人間だったんだ!」と、ストンと胸になにかが落ちた。
それから、俺は使えないサイドの人間として、積極的に会社を使い潰してやろうという意識が生まれた。
その時、ようやくわかったのだと思う。俺は、他人というものが、集団というものが、ルールというものが、嫌いだったのだ。
なぜ生まれた時から法律なんてものを強制されるのかわからず、法律科に行った時の、初心を思い出したような気分だった。
俺は社会人であり、社会の恩恵を受けながら、社会というものが嫌いでたまらなかったのだ。
楽しそうな人間は楽しそうだから嫌いだし、つまらなそうな人間はつまらなそうだから嫌いだった。
この世の、ありとあらゆるコミュニケーションが嫌いだった。好きになる理由がなかった。
おそらく、先輩は俺にそういうことを伝えたかったのでは全くないと思うが、彼の言葉が俺の頭の中のスイッチを押して、回路が上手く繋がったのである。
社会が嫌いなのに、社会に報いようだとか、社会のルールを守ろうだとか考えていた方がおかしかったのだ。
ということで、「仕事ができない男ですが?」という、ある種の開き直りをした俺の快進撃が始まった。
まず、俺は意図的に締め切りを守らないことにした。
あと、挨拶はしない、電話は取らない、メールは気分が乗った時だけ返す、といった自分ルールを設けるようにした。
さらに、積極的に会社になるべく損失を与えるギリギリのラインをつく仕事をするよう心がけた。
するとどうだろうか。
そもそも、俺はルールが嫌いで、ルールを守れない。その病気を上手く利用した形になる。
「意図的に締め切りを守らない」という自分のルールが守れず、そこそこ締め切りを守るようになったのだ。
さらに、締め切りを守らないぞ!という意思は逆に締め切りを意識させることに繋がった。締め切りを完全に忘却していなければ、締め切りを破ってもどうとでもなった。
さらに、会社になるべくダメージを加えようという姿勢は、逆に業務を知ることに繋がったのだ。
例えば、うちの会社はマニュアルをPDF化すらしてなかったので、そのマニュアルを悪戯で勝手に改竄する計画なんかを練ったわけだが、
どこを改竄すれば訴えられず、かつそこそこのダメージを社に与えられるか、というような遊びをしているうちに俺はすっかりマニュアルを暗記していた。
情報に捕まらないように、ITの知識や自分の会社のセキュリティの脆弱性に滅茶苦茶に詳しくなった。
勿論俺はそもそも仕事が出来なかったので、ミスは起きたし、会社に損害も与えた。
始末書や顛末書も幾度も書いた。だが、左遷されるようなことはなかったし、懲戒や減給もなかった。上手く綱を渡れたのだ。
「どれだけ叱られても会社に残る根性のあるやつ」という評価になったのである。大丈夫かよこの会社、と思ったがとりあえず人間関係もまともになった。
仲良くなると、個人情報も結構教えてもらえるようになったので、それも利用できるようになってまさにギブ&ギブの素晴らしい関係だったと言えるだろう。
人間は1人で生きるのではない。俺ような人間のミスをカバーしてくれるアホ共がいるから世の中は回るんだな、と心が温かくなったのを覚えている。
あと、ニュースで報道される、不正を行った人達も優しい目で見られるようになった。人は罪を許し、助け合うことが大事なのだ。
しかし、いよいよ俺の薄汚いリーマン生命でもって罪を償わなければならない時がきてしまった。
うっかり、社に億に近い額の損失を与え、しかも太い取引先を激怒させてしまったのだ。
今回ばかりはヤバい、という空気をヒシヒシと感じた俺は、世話になった会社に報いるべく、何とか多くの人間を巻き込んでメガンテを撃てないか考えた。
だが、告発書をしたためたり、転職サイトに悪評を流そうとか、上司の名刺のコピーを色街にバラ撒こうとか考えていた折、
なんと俺を救ってくれる人間が現れたのである。それは、例の左遷されたはずの、穀潰しの先輩だったのだ。
彼は役員になっていた。
俺はビビった。この会社大丈夫かと思ったが、カラクリは簡単な話で、その先輩は創業者から直接の血が流れる男だったのだ。
仕事なんてしてなくても、していても関係なくいつか役員になる、そういう運命の元に生まれていた人だった。だからこそ大出を振ってサボれていたというわけだ。
とにかく、彼のおかげで俺はクビにはならずに済んだ。
それどころか、俺は業務改善や社内法規を決める部署に転属になったのだ。会社的には出世である。
顔に小じわの増えた、クズの先輩はこう語った。
ルールを破らない人間が作るルールほど穴だらけになるものはない、と。なるほど、と思うと同時に、その時、俺は先輩の隠れたメッセージを受け取ったのだ。
「俺達のような人間を出世させる、こんな会社に復讐してやれ」と。
俺は密命を果たすべく努力しまくった。明文化されていないが仕事を円滑にするためにあえて定まっていないルールというものが会社には多い。
だからこそ法や業務効率の名の元に、仕事がものすごくやりにくくなるやろうなあ、という社内ルールを通すべく俺はあらゆる手を使った。
会社がどんどんギスギスしていく姿に、きっと役員の先輩も喜んでいてくれているに違いなかった。
そういう日々が続くうちに、俺にもいつの間にか妻と子供が出来た。(こればかりは本当に相性のいい人とたまたま出会った)。
基本的に残業は一切しないので、子供の世話もしているが、仕事と違って楽しいものだ。手当も出て給料も上がり、順風満帆な人生を送っている。
何故幸せになれたのかというと、やはり「仕事ができない人間である」というのを認められたからだと思う。
自分が正しい人間だとか、優れた人間だとか、そういうところから脱却するのが肝要だ。
三分過ぎ去ってしまったせいだ。
思えば人間が焼きそばの都合で三分を待つという姿勢が良くない。
そう思った私は焼きそばを家の地下実験室の加速器の中心に入れて、ある実験を行おうとした。
そうすれば焼きそば周辺の時間は遅くなり、こちらがコーヒーブレイクをゆっくりとったあとでも十分に間に合うではないか。
加速器に入れた焼きそばは重力を増大させ、ブーンという音が室内に響き渡る。
こんな私の思いをよそに加速器から出てきた焼きそばはグッチャグッチャにつぶれていた。
「なぜだ!」
地下研究室に苦悩が響き渡る。
前人未到の分野に挑む時人は苦悩するのだ。
そう、売れない検索エンジンのようにだ。
数時間後、考え方を変えた私は焼きそばを加速してみることにした。
もちろん焼きそばは食べられなくなった。
この文章は、20年ちかく前に、旧司法試験の択一だけは3年連続合格した、今は40過ぎの俺が、4か月ほど勉強して令和元年の行政書士試験に合格するまでの軌跡を書いたものだ。
こういう、『ある程度法律知識があるから初学者とは違うんだけど、かといってベテラン行政書士受験生でもない』微妙な位置づけの人も、世の中にはたくさんいるんではなかろうかと思ったんだ。それで、そういう人たちのお役に立てればと思って書いた次第。
最初に――俺はサラリーマンなんだけど――なんで急に行政書士試験を受けることになったのかについて書いておく。俺は副業で色々なコンサル業務をやってるわけ。んで、だんだん行政書士の独占業務の範疇にある仕事に足を踏み入れる可能性が出てきたので、いちおう今時点で合格だけはしておきたかったんだ。そういう理由。
20年ちかく前にもう少し勉強を続けていれば旧司法試験に合格したかも? とか思う日がないでもないけど、あの頃はけっこう気持ちが行き詰ってた。だって、毎晩、大学を卒業できない夢ばかり見てたんだぜ? 実際は大学なんて普通に卒業できてたのにだよ? この夢が意味することって明らかだし、やっぱりまともな状況とはいえないよね。それにその数年前からロースクールが始まって、旧司法試験の合格枠が激減するというアナウンスも出始めてたんだ。
だから、試験に人生をかけていくのはちょっとリスクとして耐えらないと思い始めた。そんな矢先、けっこう良い職場からお声がかかったから、司法試験の勉強はすっぱりやめた。司法試験の勉強をすっぱりやめたといっても、俺のサラリーマンとしての業務は法務に軸足を置いているので、完全に20年も法律から離れてたわけじゃない。でも、もっぱら仕事で使用するのは知財法ばかりなんだけどね。
そして、知らない人のために書いておくと、俺が受験していた当時の旧司法試験の科目は以下の通り。
憲法・行政法・民法・商法・基礎法学・行政書士の業務に関する一般知識等
つまりは、憲法・民法・商法・基礎法学が旧司法試験と重なってるわけ。『基礎法学』は科目としては旧司法試験に存在しないけど、重なっているどころか、旧司法試験を勉強していた奴にとっては、行政書士試験プロパーよりはるかに楽勝だ。行政書士試験プロパーだと、基礎法学は時々まるで意味不明だろうし、対策範囲もわけわからないと思う。でも、旧司法試験を受けた人間にしてみれば、全然わけがわからない問題はまずないと思うよ。ほら、急に模試で「弁論主義」とか「処分権主義」とか言われても、「はいはい、訴訟法でやったねー」ってなるでしょ。
準備する 6月24日
というわけで、俺が行政書士試験の勉強を始めたのは、手元のメモによると、2019年6月24日だ。試験日が2019年11月10日だから、150日間くらい勉強できる日はあったんだけど、途中、2週間ほど海外旅行に行ってたから、実際は126日間勉強可能だったと言える。毎日勉強してたわけじゃないけど、まあそんな感じで勉強を開始した。
行政書士のテキストはたくさん出ているけど、どの会社もその根幹にあるのは「総合テキスト」と「過去問を中心とした問題集」だ。主要な会社はどこも似たような本を出してる。俺は旧司法試験時代に伊藤塾の印象がまあまあ良かったので、伊藤塾のものにした。当時のイメージは、授業もテキストも、「WセミナーやLECは玉石混交」「伊藤塾はベストもないけどひどいものもない、どれもそこそこ良い」だったっけな。あくまで主観だけど。
次に、その足でフェデックス キンコーズに行って、二冊とも断裁して、翌日に会社のプリンターで全部pdf化した。分厚いテキストを持ち歩くのはいやだったし、pdf化してしまえば仕事中にもデスクトップで勉強できるからね。
それから、総合テキストと、それに対応する問題集の問題を順番に並べていった。例えば、テキストの「国会」部分のあとに、問題集の「国会」部分を挿入するといった感じ。あと、なんとなく直感的に問題量が少ない気がしたので、以下の伊藤塾のページから問題を全部ダウンロードして、該当箇所に挿入した。無料だし。
https://www.itojuku.co.jp/shiken/gyosei/feature/ukarugyouseisp.html
https://www.itojuku.co.jp/shiken/gyosei/feature/mgmondai.html
次に、テキストや過去問をぺらぺら眺めながら科目別に方針を考えた。以下のような感じ。
・憲法
旧司法試験の択一試験の憲法は、本番も模試もだいたいいつも16点から18点(20点満点ね)くらいだったから、まあ自信はあった。でも、さすがに20年勉強してないと色々なことを忘れてる。特に択一試験にしか出ないような部分はさっぱりだ。統治の条文知識とか。ほら、内閣はこれをして、内閣総理大臣はそれをして、天皇はあれをするとかそういうの。でも、行政書士試験のテキストと過去問を見る限り、憲法はけっこう楽そうだなあとは思った。テキストを数回読んで記憶を喚起して、あとは条文を数回読めばいけそうだな、あとは判例をどこまで確認するかだな、とまずは考えた。
・行政法
行政書士試験の点数配分を見ると、行政法が圧倒的に重要だとわかった。なにしろ行政書士試験300点満点中、行政法は112点満点だから、全体の三分の一を占めてるわけだ。にもかかわらず、行政法はまるっきり勉強したことがない。大学でも独学でも。ということは、合格には行政法の勉強がキモになるのはわかりきっていたんだけど、どういう法律なのかすら知らないので、とにかく勉強時間の半分以上を行政法に割こうと思った。
・民法
旧司法試験の択一試験の民法は、本番も模試もだいたいいつも17点から20点(20点満点ね)くらいだったから、まあ自信はあった。憲法と同じで、改めて勉強しないと色々と忘れていることは多かったけど。これもテキトーにテキストと問題集を何周かまわしたら大丈夫だろうと踏んだ。
・商法
旧司法試験の論文では、商法はさほど得意ではなかった。それに、俺が勉強をやめたあとに会社法は大改正があって、まったく知らない概念がたくさん登場していることもわかった。だって、俺が勉強してた頃には「合同会社」すら存在しなかったからね。会社法はとりわけ機関のあたりに知らないことが増えてた。会計参与とか。誰だそれ。一方で、行政書士試験における商法の占める割合は超低い。商法に本気で取り掛かるくらいなら、その時間を行政法にまわしたほうが良さそうだけど、どうなんだろうと迷った。そんなわけで、初期の段階では商法にどれだけ付き合うかは決めあぐね、とりあえず保留にした。
・基礎法学
内容もテキストの量も薄くてほっとするわー。まあ大丈夫だろう、という感想。
行政書士試験は一般知識単独での足切りがある。40%以上正解しないと、他の科目が満点でも落ちる。ということで、俺の中では行政法の次に一般知識を要注意科目と認定した。
まずは、総合テキストと問題集が混然一体となったテキスト(要するに俺がpdfで並べたやつね。以降は単に「pdfテキスト」と書く)を頭から読んだり解いたりして行った。当時のメモを読むと、2019年6月26日から勉強を開始して、2019年8月6日に1周目が終わっている。よくわからないところで立ち止まらずにどんどん進むのがコツだと思ってる。
さて、この時点での各科目の感想は以下の通り。
・憲法
とにかく懐かしい。すべてがセピア色だ。マクリーン事件! 三菱樹脂事件! いやあ、あの頃は本当に勉強がつらかったなあ。
・行政法
難しくはないんだけど、とにかくつまらん科目だなあ。pdfテキストを繰り返しやって、最後は条文素読かな。
・民法
懐かしいなあ。久しぶりに民法をやると、得意だった箇所・不得意だった箇所があらわになるなー。今でも法定地上権とか全く問題なくわかるし、連帯債務・連帯保証のあたりが大得意だったのを思い出したわ。逆に、意外なくらい意思表示のあたりがあやふやになってる。テキストだと初めのほうだし、当時は得意だって気がしてたんだけどなあ。
・商法
機関を除けば、株式会社についてはだいたいわかる。でも、ほんと機関が意味不明だ。あと、会社法はクソほど条文が多いわけだけど、行政書士試験のテキストが薄いぜ。こんなんで大丈夫なのか。でも、商法を極めるほどの時間も意味もなさそうだぞ。
・基礎法学
いや、ほんとホッとする。コーヒーブレイク扱い。
ほう。こりゃあ、どうしたもんかな。とにかく「文章理解」を間違う可能性は極めて低そうだ。あとは、「情報通信」と「個人情報保護法」はある程度やる必要があるのかな、どうなんだろう。「政治」はそんなに他の受験生に劣るとは思えない。「経済」は個人的にもともとけっこうわかる。「社会」はどうだろう。んー。
対策方法がわからないので、色々とネットで調べた結果、以下の2冊を買って、夏休みの海外旅行中の飛行機の中で読むことにした。
「改訂第3版 センター試験 現代社会の点数が面白いほどとれる本」
8月の中ごろに2週間ばかり海外旅行に行っていた。旅行中は機内で「改訂第3版 センター試験 現代社会の点数が面白いほどとれる本」と「日経キーワード 2020-2021」を1度ずつ通読した。日本にいる間は、行政法を中心にpdfテキストを回していた。
手元のメモによると、9月13日までに、行政法は4周してる。憲法は3周。一般知識2周。あとの科目はこの期間は何もやっていない。
9月14日に伊藤塾の「行政書士 公開模擬試験 中間模試」を受けてみた。試験時間は3時間。俺は2時間で終えて途中退席して結果は188点。本番の合格点は180点だから、合格点はクリアした。一般知識も足切りされない程度には点数が取れていた。
この時点の進捗に関する感覚は、圧倒的に完成からはほど遠かった。それなのにあっさりと合格点が出てしまって、少し切迫感がうせたしホッとした。あとから気づくわけだけど、このときの模試はけっこう難易度が低かったと思う。そんなこととはつゆ知らず、「この調子で勉強を進めていけば全く問題なく合格する。行政法の完成度が今時点で30%って気がするから、ここを上げていけば大丈夫そう」とこのときの俺は考えた。
でも、この見通しはけっこう甘かったと後で気づく。
そうそう、このときの模試も全てpdf化して、pdfテキストの該当箇所に差し込んだ。
ひたすらpdfテキストをまわす日々 9月14日~10月18日
手元のメモによると、この期間はほとんどpdfテキストの行政法だけをやっていた。具体的には2周。つまり、この時点で行政法に関しては計6周やったことになる。
10月19日に伊藤塾の「行政書士 公開模擬試験 最終模試」を受けた。俺は2時間15分で終えて途中退席して点数は180点。喫茶ルノアールで自己採点をしながら、俺は状況のまずさにおののいた。1回目の模試よりも行政法の勉強はだいぶ進んだにもかかわらず、その行政法の点数が伸びるわけでもなく、全体としては合格点ジャストの180点しか取れなかった。
このときようやく気付いたのだけど、1回目の模試のときは、まだぜんぜん勉強が進んでいなかったので、元々持っている自分のリーガルマインドに頼って直感で勝負していたようだ。ところが2回目の模試では、勉強が多少進んだため、直感ではなく、新たに手に入れたあやふやな行政書士試験知識で解いた結果、勉強は進んだのに中途半端すぎてかえって間違いを増やした気がする。
それでまあ、各科目について以下のことを考えた。
・憲法
憲法ごときに時間を多くは使えない。pdfテキストを無理のない範囲でやり、条文素読(1条から8条まで。それから統治は全部。他はいまさら読まない)をしておけば、試験日までには状態は整うと考えた。
・行政法
行政法についてはずっと勉強し続けているわけだから、引き続きpdfテキストを繰り返しやって、最後はこちらも条文素読だな。素読対象は、行政手続法・行政代執行法・行政不服審査法・行政事件訴訟法・国家賠償法だ。地方自治法は素読は要らん! というか地方自治法に条文レベルで付き合っていられるほど時間的余裕がない!
・民法
pdfテキストをちゃんともう数回まわそう。そうすれば行政書士試験レベルの問題で間違うことはそうそうないはず。
・商法
いまさら真面目に突き詰めるほど時間を割けないので、pdfテキストを流しながら、あとは俺が全然わかってない機関だけやっておこう。
・基礎法学
「文章理解」は過去問・模試問題含め、一切やらない。どうせ解けるから。
「政治」「経済」「社会」「情報通信」はpdfテキストをまわすだけ。
「個人情報保護法」は条文は読まないことにした。問題レベルを考えると、条文を読むことは非効率的だと考えた。あと、伊藤塾の総合テキストは、主要科目はけっこう良くできている気がしたけど、行政法中の「地方自治法」とか「個人情報保護法」あたりはかなりいいかげんだ。条文の中身をただダラダラとコピーペーストしただけのテキストをなんて読む価値ないだろ。それで、「個人情報保護法」については、個人情報保護委員会が出してる、以下の「個人情報保護法ハンドブック」を何度か読んだ。
https://www.ppc.go.jp/files/pdf/kojinjouhou_handbook.pdf
続く。
コーヒーは苦みで嘔吐くし、お酒は生中飲み切るころには吐き気を催す。タバコは生まれつきの呼吸器疾患で副流煙を少し吸うだけで咳が止まらない。
かろうじて紅茶とお茶は飲めるから一人の時は楽しんでるけど周りにはそういう好みの人が少ない。
一番の問題は、人付き合いで昼食後にコーヒーを勧められたり、夜に居酒屋に誘われてタバコ吸う人とお酒を飲まないといけないこと。
(私の所属しているコミュニティ限定かもしれないけど)外部からゲストが来るときは、用事以外で交流はコーヒーブレイクや居酒屋での夕食会などが多い。
ある程度親しい中では嗜好品を無理に摂取する必要はないけど、新しい人脈を広げるときには嗜好品の苦手意識がおおきな足枷になってる気がする。
海外出張で会議に出席するときも、場合によっては Welcome Cocktail や Coffee Break、Banquet でそういう機会がある。
まだ日本と違って海外だと紅茶やジュースとかの代用品や分煙のお願いをしても顰蹙を受けにくいという点があるからいいけど。
大人になってもこういう付き合いが苦手な人は、どういう風に折り合いをつけたり、割り切ってるのだろう。
http://anond.hatelabo.jp/20161204095016
驚いた。全く真逆の感想だ。アメリカといっても、サンフランシスコのイケイケスタートアップからウォール街のクオンツからシカゴのコンサルまで、全く違うだろうけど、5年以上東海岸の米系企業に籍をおき、向こうの地でもそれなりに働いてきた自分からすると全く同意できなかった。あくまで個人的な感想であるけど、いくつか反論してみたい。
俺が米系企業の日本支社に就職したとき、最初に「会議で発言しないのは存在しないのと同じだ」と言われた。少なくとも俺の5年以上の経験で、会議に出て黙ったままただメモを取っているアメリカ人は見たことがない。
誰かが発言しない会議があると「君は何も喋ってないけど、この会議はそもそも必要なのか?」と言われる。真顔で。
これは、日本とアメリカのコミュニケーションの違いも大きい。例えば、日本人が「お世話になっております。表題の件ですが…」と書いているうちに、アメリカ人は「ok」の二文字だけで返信する。件名が「ok / EOM」で本文なし、なんてメールも多い。
必然的に報告だけの会議というのは少なくなるし、会議というのは発言をする場であるということが意識として徹底されている。
本国から来たマネージャーは、日本人が会議に出席していながら全く発言しないことに驚く。日本人は、会議という場が意見をぶつけ合う場にも関わらず異常に萎縮しているように見える。間違ったことを発言したら怒られるのではないか、と。俺自身はどんな馬鹿な質問をしても怒られた記憶はないが、発言しなかったらマネージャーに呼び出されてアドバイスされたことがある。
元増田はアメリカの大学のディベートを見たことがあるのだろうか?ディベートというのは、(悪い言い方をすれば)いかに黙らずに早口で屁理屈を言い続けるかを競うスポーツだ。イエールでもハーバードでもエリートが日々「どんな論点をどんな立場でも」ディベートに勝てるかを検査し続けている。(チョムスキーは、深い思索のないディベートがリーマン・ショックを引き起こしたと言っていた)アイビーリーグ卒業生が多い会社はそういうディベートの文化が根付いていて、会議のスピードが異常に早い。
アメリカ人はちゃんと主張する人を好む。給料上げてください」って言うと結構上がる。言わないと上がらない。大抵の企業では「1/1」という、マネージャーと一対一で話してアピールする場が設けられていて、そこの場でどれだけ自分が頑張ったかを語らされる。
それは、年功序列が薄いことと裏表だ。アピールできるやつはずんずん登っていくし、うだつが上がらなければそのままか、クビになる。だから、ボスにアピールすることはむちゃくちゃ重要なポイントだと考えられてる。
日本人のように「頑張っていたらいつか認められる」なんていうことは考えないし、キャリアというのは自分でアピールして掴み取るものだという意識が徹底している。
これはもう匿名ブログの宿命上、想像でしかかけないのだけど、元増田はあくまで「日本人」として接してもらっていたのではないかと感じた。それも日本人が多い多国籍企業の。
アメリカ人(特にサンフランシスコとかシアトルあたりの)は英語できないやつには慣れているので優しいし、日本人が入るような会社なら、シャイなのも知っているから話も振ってくれる。カリフォルニアなんか白人が4割しかいない。インド人の聞きづらい英語に四苦八苦し、イタリア人のコーヒーブレイクには付き合う。多国籍企業とはそういうものだ、と割り切っている。
そして、文化が違うこと、ネイティブじゃない言語で話す人との仕事の仕方をきちんとわかっている。だから、口ごもる人にはちゃんと時間をくれるし、わかりやすい英語を使おうと頭を捻ってくれる。それはポリティカル・コレクトネスに近い。(日本人だって日本語が下手な外国人がいたらじっと聞かないか?)
日本人が考えずに喋っているとは思わない。むしろもっと怯えずに発言すればいいと思う。どだい、会議というのは話すためにある。ただ単にボスの報告を聞くだけならメールでいい。わかっていないことがあれば空気を読まずに質問すればいいし、気になったことがあれば深く考え込まずに発言すれば良いのだ。
いささか乱暴な言い方ではあるけど、日本人はもっと適当でもいいからどんどん発言するべきだ、と言うのが個人的な結論である。発言することが時間の無駄になるようなメンバーが会議に居る事自体がおかしいのだ。
素晴らしく有能で深い思考を持っている日本人が、発言しないために低い評価に甘んじているのをよく見てきた。とてももったいないと思う。少なくとも、米系企業で働こうとしている人は、とにかく何でも良いから発言する癖をつけたほうが良い。わからないことがあれば聞く、考えていることがあったら意見を言う、適当でも良いから改善ポイントを言う。発言量を増やすだけでキャリアが変わる。
「外は寒いのに、オフィスの中で30円でおいしいカフェラテが飲めるんですよ」って言ってる子。
いろんな意味で辛すぎる。
コーヒーを言い訳に、気になる子ともっと話したい!と相手男性が誘うケースも結構あると思うのだけど
CMの女の子は彼と一緒に仲良くすることを拒否してオフィスにいたいって、
そんなんで彼氏できないよ。だめだよ。
社内がピリピリしてる、あるいは他の人の目を気にせず社外で打ち合わせしたい案件など
別の理由を言い訳にして社外に出たいシチュエーションは結構あるもの。
その空気を読めずに社内でコーヒーブレイクしようとする女の子が辛すぎる。
そんなんじゃ出世できないよ。
CMで使っているコーヒーの抽出器、なぜ30円でカフェラテが飲めるのかと調べていたら、
あれは泡立つように加工したクリープ(粉ミルク)的なものを入れてから、
泡立つように加工したインスタントコーヒーを足してるんで
あれただのインスタントコーヒーに粉ミルク入れたやつなんだよね…。
CMの女の子にとっては、300円払ってカフェで飲むコーヒーと
30円のインスタントコーヒーの味を同じに感じているとしたら
あるいは、味はさておき安さばかりを優先するコスパ至上主義女だと思われてしまう。
それもつらい! コーヒーオタクから見た時のこの女の子、バカにされてるんだろうなーと思うと辛い!
自分的には「会議室で煮詰まってうんうん考えてる女の子、あたりはすっかり暗い。そこに同僚男性(※ただイケ)がコーヒーを両手に入ってきて、2人でほっこり。そこで『思いついた!』となって企画のアイデアを思いつく。翌日のプレゼン大成功!同僚男性と女の子『やっぱりネスカフェアンバサダーだね!』」みたいなのどうでしょう。
日本(彼氏)と海外(私)の遠距離恋愛が始まってはや3カ月が経とうとしているけど、ここ1ヵ月以上、彼氏がまともに連絡を取ってくれない。
社会人の「忙しい」って、たとえば電車のなかとか、トイレで大便所に座った瞬間とか、コーヒーブレイクの時とか、そういうちょっとした間ですらも、短い一言も送ることができないの?
彼氏は社内では上のほうの立場なようで、平社員より仕事と責任が多いのは分かるんだけどね。でもねっていうのがこちらの心境。
過労とストレスのせいで頻繁に病気にかかるから、生きてるんだか死んでるんだか働いてるんだか入院してるんだか、こっちには全然伝わってこなくて、余計に心配になる。
それに私は今まで結構いろいろな男(セフレだけど)にいきなり音信不通にされて会えなくなったりっていうのがあるから、今回も付き合ってはいてもそれが起きてるんじゃないかって勘ぐってしまう。
連絡しても無視され続けて、既読にもならない状態が続くからあまりにも悲しくて憂うつにさせるので、会話のログを消した。
貰ったアクセサリーと、彼氏と一緒にうつってる写真も棚の奥へ片づけた。
待ち受けだった二人の写真も愛犬の写真に変えた。いい思い出はできるだけ遠ざけて、冷める努力をしようと思った。
整理しようと思って開いたけど無理で、ついでに楽しかった思い出を振り返ってしまった。
なんでこの写真のなかの私たちはこんなに笑ってるのに、今は私だけ泣いてばかりいるんだろって、自分の傷に塩をぬりたくってしまったみたい。
同時にどれだけ無視され続けてても、まだ好きなことが分かっちゃった。
彼氏のことをすこしでも頭から切り離そうと思って、メル友募集サイトなんかを利用して、他の人とメールしてみたけど、どれもまったくおもしろくなくて、全然続かなかった。
海外にいるからパーティーを楽しもうにも、お酒を飲めばいつも彼氏のことを思い出ししちゃって、結局テンションはがた落ちになる始末。お酒はいると泣くしいいことなかった。
たぶん彼氏はこんな、「離れていても彼氏中心な生活」になってしまう私がいやなんだろうなぁ、と思う。
きっともっと自立している女だと思ってたかもしれない。実際ふたを開けてみれば依存気味の重たい女で、引いたのかなぁって。
口ではいいよと言ってくれてても、態度がそうは言ってないんだよね。
もうすぐ彼氏の誕生日だけどメールで祝うべきなのか、なにもしないほうがいいのか、すごく悩んでる。ていうか、この状況で付き合ってるって言えるのか、そこも悩んでる。
ちなみに年末に私の住んでいる国へ旅行しにくる予定があって、すでに予約もされているはずだと思うんだけど、この扱いからしてそれが実行される気がしないんだよね。
60万かかったとか言ってたけど、キャンセルしたらどれくらい持ってかれるんだろって思うけど、お金持ってる人だから、あんまり気にしないかなぁ。
もしかしたらこれは今だけなのかもしれないけど…でもそんな自信持てるわけないよね。ずっと放置されてるんだし。
はやいところ私に必要なチケットとか送ってくれれば安心するんだけどな。
ていうか、気持ちを確認したいって言ったんだから、せめて好きの二文字でも送ってくれたらいいのに。