はてなキーワード: コンクリとは
その1はこちら https://anond.hatelabo.jp/20240612182609
昔の地名や字がアスファルトとコンクリで埋まってしまったその土地の成り立ちや危険性を示すというのは面白いのだが、関西だと部落差別の問題が出てくるのに注意が必要だろう。
また、字は面的に付けられる名前なのでピンポイントの危険個所からズレが生じる事がある。
例えばここは今の渋谷区広尾3丁目、旧名原宿村字羽根沢なんだが、
https://koaza.net/?zoom=15.99&lat=35.6539&lng=139.719
真ん中に細いひょろひょろ道が見えるだろうか?(広尾(@三)の@の部分を縦に通る)これはいもり川という川の暗渠で結構深い谷になっている。羽根沢の羽根というのは、埴輪の「はに」の事で粘土の事だ。粘土が露出しているという事で崖地形を表す(赤羽とかも同じ)。
ここは坂の上まで字羽根沢なのだが、危険なのは谷底なのだ。なので字だけではイマイチ判別がつかない。
https://maps.app.goo.gl/9A13navyJbp4qrcG8
いもり川の横に半地下の駐車場…。青学から始まりガーデンフォレスト、日赤の斜面、山種美術館の斜面、全ての水が集まる谷底に…。以前見たらベンツSLとかマセラッティとかが止まってたのだが…言うまい!
https://koaza.net/?zoom=15.99&lat=35.7252&lng=139.7206
東池袋なんだが、水久保という字が見える。都電(王子電車)の電停名も水久保という時期があった。
でもこの水久保の範囲というのは高台と緩い斜面で、明治大正だと畜産農家の牧場があって牛が飼われていた。
水久保の名の由来は、巣鴨村と雑司ヶ谷村の境界の巣鴨村字向原側に水窪川が流れていて現大塚6丁目に掛けて湿地帯になっていた。ここはやっぱりゲリラ豪雨で出水リスクがあるが、それは谷底で字水久保からはずれてるのだ。
各自治体が公開しているハザードマップだが、これも絶対という訳ではないし罠があると思う。
例えば二子玉川付近のハザードマップでは瀬田と二子の間は想定浸水域3~5mとして同じ色で塗りつぶされる。これは多摩川破堤時の危険だ。
でもこの時、駅周辺が堤外地だ、というイレギュラーな危険は覆い隠されてしまうのだ。台地以外は同じ色になっていれば、「そういう大災害の時なら仕方がないだろう」と譲歩してしまうかもしれない。でも駅の周りの堤外地は危険のレベルが全然違う。河原から溢れただけで洪水となる地域という事を逆に隠してしまう可能性がある。駅北側のマンション売ってる不動産屋なども使ってる手口かもしれない。
また危険箇所を取りこぼしている箇所も結構ある。増田が把握している過去の出水箇所で塗られていない箇所もある。誰も市役所や区役所に届けなかった、職員が見回りに行った時には水が引いていて確認疎漏になったなどだろうか?先に指摘した、いもり川の谷底も危険性を把握されていない。それで不動産屋が重説で「この物件の場所には色が付いていません」とか言われて半地下駐車場に契約してしまう、乃至は半地下の部屋に入ってしまう。
でもそこで見るべきは今は消えた川という水の流れであって、他の箇所に色が付いていたらその谷筋は全部危険なのだ。ハザードマップもアスファルトに隠れてしまった土地の記憶を見る能力が必要なのだ。今は隠れていても水はきっちりと重力に従って低きに向けて正確に流れるものなのだ。
桶川ストーカー事件もはじめは「被害者はミニスカに厚底ブーツのキャバ嬢で、ブランドバッグを貢がせた相手に殺された」みたいな語り口でバッシングされまくってた
コンクリ事件も当時ワイドショーが「派手な女の子だった」「夜遅くに出歩いてた」「煙草を吸っていた」などと被害者の落ち度を論っていた
三鷹ストーカー殺人事件も「被害者は男にブランド物を貢がせていた」とデマを流され、さらに被害者のリベンジポルノが出回ったこともあり、バッシングされまくった。被害者は「くぱぁや」という下劣なあだ名をつけられ、罵倒されまくった。今でもネットにその形跡は残っている
カナダやルーマニアで邦人女性が殺害された事件だって、被害者がざまぁみろバカ女日本男をバカにした罰だと叩かれまくっていた
殺人事件ではないが、朝霞少女監禁事件もそう。当時は「女子中学生は逃げられたはず。逃げなかったのは誘拐ではなく家出少女だったからだ!ビッチな家出少女が男を嵌めたんだ!女尊男卑!!」とTwitterでも言われまくっていた
小金井殺傷事件も「男の純情を弄んだのだから刺されて当然」「警察の言うことを聞かなかったバカ女が図々しくも警察を訴えた」などと言われ、被害者叩きされまくっていた
山口達也に襲われた少女も自業自得だハニトラだ山口達也が可哀想だという意見が溢れていて、デヴィ夫人など著名人もそれに乗っかっていたし
韓国で暴力振るわれた女性も、韓国なんかに行く自業自得だ帰ってくるなと叩かれまくった
どれもこれも、被害者叩きは今では鳴りを潜めてなかったことのようになり、youtubeの解説動画で許しがたい悲惨な事件として紹介されている
「昔はオッサンもおったしアバもおったし、夫婦も三すがいもおったし家族はたくさんだった」と語られるが、オッサン・アバというのは、親族呼称上の区分として、長男・長女をアニ・アネと呼ぶのに対し、次三男以下、次女以下の呼称であるオジ・オバである者が、結婚適齢期である二十歳過ぎても、未婚のまま生家に継続してとどまっているような状態を指す。オバは嫁として他家の正規な一員となる可能性が高かったが、オジは「二十四まで家に奉公して、シンゲ(自立)しろよ」といわれ、二十五歳からは家業以外の仕事で得た収入はシンガイ(個人の自由になる私財)にして良いとされ、独立することが望まれた。明治になって転居の自由が認められてからは、松前イカの盛況で、北海道へ行ったオッサンも多かったといわれている。
しかし「オジゴンボウ(牛蒡の分かれ根は余計なもの)」とか「アバ見りゃ荷が重い」といった言い回しが残っているように、かつては独立できず生家にとどまっていた傍系親族も多かった。生家にとどまっている間は、以前は結婚が認められず、独身生活を強いられたわけであるが、明治の末年頃まではオッサン・アバのまま一生を終える者もみられたという。オッサン・アバのまま死ぬと、縁付かずに死んだということで、夭折した子供と同様、「先祖」にはなれず、「無縁さんになる」といった。
明治になれば少なくとも結婚の自由は保障されたわけであるが、明治末年の頃のオッサン・アバの暮らしは聞書きで、ある程度は捉えられる。明治三十年生まれの宇川ハルさんによれぽ、オッサンのなかには仮の住まいを作ってアバと一緒になって暮らす者もあったが、ただし「寝床は下にコンクリー固めてムロみたいの作ってのぉ、そこに馬の糞の乾燥したのをそこに入れておくとホカホカとしてくる。その上で寝ていた」という。それぞれ生家の仕事を手伝って、その日暮しの生活を送っていたが、よくしたものでそのうちに潰れた家や立退く者の跡を継いだり、両養子やナカモチ(中継相続)に入って何とかなるものだったという。
おかげでバカなブクマカが何人もスケジュール調整とか言ってる。
リンク貼られたプレスリリース読んだ?読んでないよな?読んだらスケジュール調整などという舐めた感想は出ない。
品川も愛知も工事停止の理由は技術的なものだとはっきりと記載されているからだ。 リリースの内容が真実なら以下の通り。
品川の工事停止の理由は2つ。添加剤装置の故障と曲線区間のアールのキツさ。
1つ目、掘った土を柔らかくするために注入する添加剤装置が故障し掘削の効率が上がらない。おまけにシールドマシンの刃に土がこびりつく。
故障は修理・改善し、土を除去するため後方から刃の隙間を通して細い配管を出し、配管を首振りながら刃を回転させながら水責めする。
シールドマシンの前面に出て確認することが不可能なのか(後退できない?)地上から新たな穴をシールドマシン前面に掘ってカメラ確認することすら検討された。 頑張って後方から差し込んだカメラのピントボケボケ写真が泣かせる。
スタートが2021年10月、点検・発覚が2022年3月、対策完了が2023年3月。
https://company.jr-central.co.jp/chuoshinkansen/urban_shield-tunnel/progress/_pdf/000042598.pdf
https://company.jr-central.co.jp/chuoshinkansen/urban_shield-tunnel/progress/_pdf/000042599.pdf
2つ目、直線区間でのシールドマシンは自身より一回り大きい刃で穴を掘って前進し、後方で掘った壁にコンクリのプレート部品(セグメント)をはめ込み円形の壁を形成する。
壁とセグメントの間には部材(裏込め)を注入し円形を保つ。
曲線区間では本体の胴やケツが壁に当たって曲がれないためさらに大きく穴を掘り、その空間は裏込めの量を調整して円形を保つ。
ところが大きく掘った穴の壁と本体との隙間に土が押し込められ本体が変形した。円形の本体に沿ってセグメントはめ込むのだがその本体が変形してしまい作業効率が落ちた。
変形は修正し、土が溜まらないようもっと大きく掘るよう対策、形状確認しながら作業します!と。
掘る量増えて裏込め量も増えて確認の手間も増えるって効率激落ちか?まだ再スタートもしていない。
点検が2023年7月、解明が2023年9月、対策完了し準備中というのが2024年3月時点。ここまでが進捗124m。予定では2021年10月~3月で300mなのに。
なにも静岡待ちの時間合わせで調整しているのではなく、普通に問題発生と対策をやって遅れており、再スタート後に順調にいくかどうかもやってみないとわからない。
https://company.jr-central.co.jp/chuoshinkansen/urban_shield-tunnel/progress/_pdf/000042792.pdf
愛知の工事停止の理由はシールドマシンの刃。試しに40cm掘っただけで118個中の8個、412個中の4個が損傷。これはヤバイとなって止まった。
刃の修繕・増設・配置・強化を考えますと2022年8月発表し続報がない。うまくいってないのか?
シールドマシンは通常1日10m程度進む予定である。40cmでこれなら1日何十個、10km掘るのに何万個の交換という単純計算になり、そもそもこの刃のもろさと地盤の固さでは掘り進められるのかもわからない。
山岳でも何でもない名古屋駅から20km程度の場所でこの地盤の固さは完全に想定外では?
https://company.jr-central.co.jp/chuoshinkansen/urban_shield-tunnel/progress/_pdf/000042522.pdf
偉そうに書いたけど別に専門家でも何でもない。もともとわかりやすく書かれているJR東海のプレスリリースを勝手に噛み砕いただけ。
国の資料を出して他のトンネルは進んでいると言ってるブクマカもいるが、山梨実験線除いて「リニア工事として初めて」貫通したのが2023年10月って、それやっぱり工事全然進んでいない印象しかないな。
しかもシールドマシンでない重機で掘れるトンネルで長さ800mだし。この800m掘るのにも1年7か月を要している。
これから10km 20km級の大深度地下トンネルやアルプスを貫き、レールと設備作って調整して試運転してって10年のレベルでは不可能だろと素人は思うね。
JR東海が4月8日に改めて進捗を発表したので追記しておこう。
東京・北品川工区:2024年4月 調査掘進再開(予定300m)進捗124mのまま
いずれの工区も「4月から開始・再開します」という報告だけなので距離的には進捗はない。
坂下西工区は40cmで停止していた立坑コンクリ壁の掘削が2024年2月完了なので進捗1m?と言ってもいいかもしれない。地盤的には0mだが。
名城工区も進捗0m。3か月?ぶりにプレスリリースページに工区の項目記載が復活した。
~追記ここまで~
JR東海が3月28日にリニア工事の品川部分の進捗をプレスリリース発表した。静岡での工事許可が出ないことをネックに開業が遅れているとされるリニア中央新幹線。
さぞ他の箇所の工事は順調に進んでいることだろう。起点となる東京・品川駅のトンネル掘削工事の経過を簡単に紹介する。
以上だ。
ん?124m?124kmの見間違いだろうか?リニア車両5両分よりも短い距離だが…
東京-名古屋のリニア全長は286kmありそのうち地下トンネルは246km、86%を占める。山梨実験線は42.8km。
東京-神奈川は地下トンネル(第一首都圏トンネル37km)で結ばれ地上には現れない。この工事は4分割した各拠点からシールドマシンを発進させ合流する。
工事区域は東京側から順に北品川工区9.2km、梶ヶ谷工区11.8km、東百合丘工区4.2km、小野路工区12.0kmと言う。
本格的な掘削を始める前に掘削しながらその影響の調査や各種確認を行い、これを「調査掘進」と言う。
上に挙げた進捗は北品川工区の調査掘進がまったく進んでおらず2024年3月時点で工事拠点の敷地から出てもいないことを示す。
一点、JR東海を擁護するならこの北品川工区はリニア工事全体で最もカーブがキツくシールドマシン掘削の難所だということだ。難所なら仕方ないなあ。
では同じく3月28日に発表された神奈川側・小野路工区12.0kmの進捗を見てみよう。
以上だ。
梶ヶ谷工区は工区内の拠点から名古屋方面(1号機)と東京方面(2号機)に別れて掘削する。2機あるから進捗が期待できそうだ。
1号機
2号機
以上だ。
次に2023年12月25日発表(以降の発表はない)の東百合丘工区 4.2kmの進捗。
以上だ。
これら4工区で計540m、第一首都圏トンネル37kmの進捗1.46%である。
では岐阜-愛知を結ぶ第一中京圏トンネル34kmを見てみよう。
こちらも工区が4分割され岐阜側から順に西尾工区4.7km、坂下東工区2.2km、坂下西工区10.1km、名城工区7.6kmと言う。
このうち西尾工区は重機で掘る山岳トンネルで、他3工区はシールドマシンによる大深度地下トンネルだ。
このトンネルの進捗だが現時点でプレスリリースのページに記載があるのは坂下西工区のみである。
以上だ。
2022年8月9日発表で調査掘進をする前の準備段階で停止して以降、続報はない。
西尾工区、坂下東工区、名城工区はページにその項目名自体がないのだが、名城工区については削除された経緯がある。
2024年1月18日版のインターネットアーカイブには名城工区の項目があり、2023年12月8日付発表で住民説明会を2024年1月に開催する案内があったが、2月15日版以降では項目ごと削除された。
(工事写真を見ると西尾工区のトンネル工事はある程度掘り進められていそうだ。環境保全資料を読み解くと名城工区は2023年9月にシールドマシン組立が終了したことがわかる。坂下東工区は不明)
プレスリリースでの公式発表された進捗は上記だけである。シールドマシンを使用しないトンネルでは発表もなく、各県ページの工事写真が更新されるくらいだ。
が控えている。難所だらけだな。加えて駅舎や車両基地の工事もある。車両基地の用地買収は未だ終わっていないという報道もある。
そもそもJR東海の発表では2023年9月時点で用地取得率は未だ進捗70%だ。名城工区のように工事が始まる以前の住民説明会をやってる工区もある。
静岡云々以前に2027年開業など明らかに不可能なことがわかるだろうか。静岡を除いて品川-山梨で部分開業というのも笑い話だ。
工事状況の散々な遅れに対してJR東海はこれまで「開業時期に影響なし」のコメントを繰り返してきた。
なぜ静岡県知事が強気に出られるか、なぜJR東海が開業遅れの原因を静岡になすりつけるか、合点がいく。
JR東海の虚言を信じ2027年に合わせて税金を投じ駅周辺を開発してきた沿線自治体も愚かなものだ。
https://company.jr-central.co.jp/chuoshinkansen/urban_shield-tunnel/progress/
2024年1月18日版 工事に関するお知らせ|JR東海(名城工区の記載あり)
これの逆バージョン https://anond.hatelabo.jp/20240313123638
巣鴨プリズン/東京拘置所跡にサンシャイン60ビルを建てるにあたり、池袋駅から地下道を通す計画があったが、地元商店が「人の流れが変わって駅前が廃れる」と反対し沙汰止みになった。
一番反対したのは洋菓子店のタカセ。ここは戦後に繁盛して地元の顔的な立場であった。
これに他の人は「タカセのヤツ、勝手に顔役ぶりやがって」と陰口を叩き、裏では総スカン。
地下道は都道反対側からだけに短縮されてそこまで利用者は歩くことになった。代わりに都バス乗り入れが行われたが利用者は伸びなかった。
しかし地下道入口に東急ハンズがオープンすると付近にカメラ量販店(後にゲーセン)、飲食ビル、映画館が誕生し、池袋駅東口~東急ハンズは若年向けの飲食サービス業が立ち並ぶ大商圏となった。
90年代にJRAは女性をターゲットとしたCMを打つなど競馬のイメージアップに努めてはいた。
だが池袋駅東口に場外馬券売り場を開設する計画が持ち上がるとイメージの悪化を恐れて地元商工会は大反対。JRAは土地も押さえていたが出店中止に。馬券売り場の上にサロンや飲食室などを設ける大規模な計画だった。
この土地を後にヤマダ電機が押さえて都市型店舗の第一号としてオープン。その後に近くの三越が閉店して建物が売りに出されるとヤマダ電機が取得して現在のLABIとなり、池袋の家電激戦区っぷりに火を注いだ。
米軍が接収した立川飛行場は手狭のためにジェット機用に滑走路を延長する計画があった。この為に滑走路延長先の砂川町の農地や家屋に収用が掛かった。
これに住民は大反対し、そこに学生運動等が乗っかり、デモ隊基地内侵入などの事件が起こり大騒動になった。
憲法問題などで出てくる「砂川事件/砂川判決」というのはこの事件。
この事件などがどの程度影響を与えたかは判らぬが、米軍は立川飛行場の拡大を諦め、瑞穂町の横田基地に集約する事を決定。立川飛行場は日本に返還される事になった。
箱根ヶ崎付近の八高線と国道16号がぐにゃっと曲がっているのは、横田基地の滑走路拡大をした為である。
返還された立川飛行場は学校や研究所、法務修習所、陸自基地などに転用されたが、一番広い面積を有するのは昭和記念公園で、電車で3駅分ほどもある巨大公園となった。
真ん中には広大な広場もあり、大コンサートもよく行われている。
なお、騒動の原因となった滑走路の残骸が未だ残っている。https://maps.app.goo.gl/ewECyedzGvD9p88t7
(よく見ると滑走路アプローチの>>>>のペイントがうっすら残る)
東海道新幹線が開通して暫くすると、騒音と振動が問題になり訴訟も提起されるようになった。成田新幹線のゴリ押しによる頓挫もあり、山陽新幹線以降の新幹線開通は困難が予想されるようになった。
そこで都市近郊での建設スキームを変更、新幹線に付随した在来線も同時に工事して迷惑施設というだけではなくて近隣住民の利益にもなるスキームにした。
この為に赤羽~大宮間では通勤新線(埼京線)、大宮駅北側には高架にまとわりつく、つる植物のような新交通線が出来た。
なお、東海道新幹線は通常の鉄道のように地面に砕石を敷いて線路を敷く工法なので高速運転では周囲に振動が伝わる。その後は平地でも鉄筋コンクリートの高架を走るのが一般化した。杭基礎で支持されるので振動は地下奥深くに吸収され、コンクリの高架は重いので振動自体が押さえられる。その為に公害は発生しにくくなっているが、交渉時には工法までははっきりしていなかったのでこういう形になった。
空襲焼失地区の戦後の復興は東京都などが管理して区画整理などを行ったが、計画的過ぎて無機質であるとの反対意見も多かった。
そこで都は神楽坂については住民同士の話し合いで区画整理を決める自律的な方法を試す事にした。
しかし優越な資本や有力な地元のまとめ役が居ない地区だったので、結局は路地などが沢山残る防災的にはアウトな形で復興する事になってしまった。
しかし建物の建て替えが進むと、街路側は多くが不燃建物、その路地の奥は不燃建物と古い料亭などが混在する形となって何だか防火と風流の両手取りみたいな地区になって、アンテナの高い外国人などにも好かれる町並みとなっている。
戦後の歌舞伎町は全域がゴールデン街のような闇市バラック状態であったが、再開発をする事になった。
しかし高田馬場を始発駅とする西武新宿線が新宿駅まで伸びる予定であり、歌舞伎町の付近に仮駅を設置された。
当時の西武鉄道経営陣としてはピストル堤と言われた堤康次郎も健在であり、堤は人を騙して土地を買収したり、ピストルの名の通りに暴力による脅迫で買収したり人の土地を勝手に占有して後に所有権移転したりと、要するにやり手実業家の皮を被ったヤクザであった。しかも権力とみっちりと癒着しているばかりかその後に代議士にもなっていた。
その為に歌舞伎町の地主たちは鉄道が来るのは歓迎だが堤が来るのはたまらねぇ、として西武の買収に対抗する策を練った。
そこで街路幅はきちんと確保しながらも、その所有区分を細分化、買収しにくくした。それが功を奏して西武も含め、大資本が入り難い地域となっている。道幅を確保しながらも細分化策が功を奏したのは主導的な町会長などが存在した為による。
ブクマページの米でそれは違うというのを幾つか。https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20240313123638
流山は常磐線忌避したという話は良く効くが、多分これは違う。というのも、地理的条件があるからだ。
田端を起点にして北千住を通り、土浦に至るというのは決まっていた。で、その途中には避けねばならぬ「水」があるわけよ。霞ヶ浦、牛久沼、手賀沼は避けねばならない。だから柏の先のルートはこれしかない。
問題は北千住から柏で、今の南回り松戸ルート、八潮→三郷→流山の北回りルート(TXコース)がある。
でも北ルートには難点があって、それは毛長川、大場川、古利根川の氾濫域の土壌ぐちゃぐちゃ地帯に入ってしまう。今でも越谷レイクタウンの南側は田んぼのままで、ここは乱開発すると土地の保水力が無くなり八潮の市街で出水してしまうので開発禁止の状態になっている。武蔵野線敷く時もまず水路の開削からやって平地なのに築堤築いている。そうしないと列車の振動で沈下して線路が狂ってしまう。それくらい地盤が悪い地域だ。
だから日本鉄道はここを通るのは避けたかったはずで、そうすると流山に行くのは無理って事なのだ。
日光御成街道の宿場町として栄えた名残が邪魔して鉄道忌避の街になり、ついに川口市に吸収合併された、元鳩ヶ谷市とか?東北本線って計画では、王子以北は今の埼玉高速鉄道をなぞってたって言うし
これも違うと言い切れる。地形で説明するよ。
日本鉄道熊谷線(現高崎線)は日本で2番目の鉄道なので工事量を減らす為に「ここしか無い」という厳選されたコースを通っているのだ。工事期間がやたらと短いのも特長で、コースを厳選した結果だ。
上野駅を出た京浜東北線(大宮までは中距離電車じゃなくてこっちが元のルートを通る)は赤羽までずっと急な崖の下を通る。この崖だが、真っすぐなのが特長だ。こういう真っすぐな崖というのは海食崖の特長だ。海の崖だね。
地球の海面は氷河期には氷河や南極に氷となって蓄積するので海面が下がる。一方、温暖な間氷期には海面は上がり、平野のずっと奥までが水没してしまう(海進)。
縄文時代などの間氷期の海進で、関東平野は海の底となり遠浅の海となっていた(奥東京湾)。間氷期の気温で海進の程度は変わり、最大で高崎あたり、縄文時代では大宮までが奥東京湾だった。(そういう訳で、尾久とか東三条には貝塚がある)
海には波がある。この波は真っすぐ進んでドンと当たって止まり、ではない。斜めに陸に当たった時は、陸に当たった後にその勢いは横に流れる。波が引く時はその横向きの流れのままに引く。沿岸流が出来るのである。
すると陸の出っ張っている所は削られて、やがて必ず真っすぐな海岸になるのである。
つまり、上野~赤羽の崖が真っすぐなのは海進時に波に削られたせいである。
波は崖を真っすぐに削っていくが、この時潮の干満により崖の下には平場が出来る。満ち潮では海面下に隠れているが引き潮では通れたりするアレだ。親不知子不知が引き潮の時だけ取れるというアレ。
上野~赤羽では小規模な波蝕台が連続し京浜東北線はこの上を通る。但し複々線化で判り難くなってはいるが。
この波蝕台跡は他の低地より少し高いから田んぼになっていないので用地買収がしやすい。更に少し高い故に大雨でも出水しにくいし、砂礫が多いので水捌けも良い。線路用地として優秀なんだな。
陸地の角があると波による沿岸流はその先に砂を置いていく(漂砂)ので、真っすぐの海岸線が延長された地形が出来る。砂嘴である。北海道標津の野付半島や京都の天橋立が有名だ。砂嘴で延長された浜により沿岸流と漂砂の働きも延長されるから砂嘴はどんどん伸びていき海底が深くなると砂嘴の延長はとまる。
この先で荒川を渡らねばならないので当然線路はこの砂嘴の上を走る。高さを稼ぐ為である。この砂嘴は江戸時代の荒川開削と田んぼ開発により削られているが、根元だけは残っている。赤羽の北で環八を跨ぐ時の橋台はこの砂嘴に乗っている。
当時蛇行していた荒川を真っすぐ渡る為に(鉄橋の距離が短くなるから)右に曲がり、荒川を渡る。川口方には堤防(曽根)があるのでそれを超えると熊谷に向けて左に曲がりながら築堤で地平に降りていく。地平に降りた所に川口町駅設置。川口宿からは離れているが駅は水平でないといけないのでここしか無い。
川口町駅からは当初の終点熊谷、その先の高崎までは殆ど直線なのだが、所々に緩いカーブがある。このカーブの全てには必然性があり、全て工事の最小化の為のものだ。
南浦和までは低地にあるが、この先で大宮台地に登る。そこで沢が削った斜面に入り、他の沢の斜面側面に取りついて高さを稼いでいく。
浦和駅からはもう芸術点が高く、沢山の小さな沢がある所を、最小限のカーブでその谷頭を両側でギリギリかすめるルートを取っている。ここはダッジボーナスが沢山入る所だろう。舞踏家みたいな避け方である。
大宮から先も小さいカーブで芸術点高いルートを通るが、中仙道に平行している。中仙道自体が芸術点高いルートを通っているのでこの区間はコピー忍者って感じだ。
このルートの良いところはもう一つあって、途中の蕨から中仙道が平行してくるので宿場町近くに駅を造れば集客と集荷が期待できる。更に当時は道が限定されているので、名のある街道に近くないと客や貨物が駅に来れないのだ。
文明開化したばかりの明治日本が、鉄道二本目でこんだけ緻密なルート選定出来たのは何故か?
お雇い外国人の英国人の力だけではない。江戸時代に新田開発と用水路開削をしまくっていた為なのだ。
台地上に水田を作る場合、もっと標高が高い場所から用水路を引いてくる必要がある。水は一度低いところに行ってしまったらもう高さが上がらないから、長距離の測量を正確にせねばならない。その技術が蓄積されていた。
やり方は結構単純だ。長い木箱を作り(水盛り箱という)、水を入れる。水面は必ず水平だ。両端の水面から10センチのところに糸を張ったらそれも水平だ(水糸という)。
更に両端の水面から10センチのところにライフルの照準的なものをセットする。その照準で200m先を見て、照準が合っている場所はやはり水平だ。200m先に助手が目盛りが付いた物差しを持って立つと、その地面はこっち側から何センチ下/上がっているかが判る。
これをずっと正確に繰り返す。だから両側の谷頭の直ぐ上を抜けるルートなんてお茶の子さいさいだったかもしれない。
という訳で、日本鉄道などが造った初期の鉄道路線は土木技術で地形無視って事を極力避けるルート選定をしているので、マクロ的にもミクロ的にも必然性の塊となっているのでありますよ。
全然崩れてない。理系は、ほぼ物理的技術的要件を達成しに行こうとする。つまり化学/物理学の理屈で動く。一方で、文系は、コストとペナルティを天秤にかけ発注者にOKもらえば達成!として接待したり賄賂を出したり試験記録を偽造したりして懐柔してサボる。お金や心理学やコミュ力の理屈で動く。なので、文系がトップに来る組織では張りぼての建物やコンクリの薄いトンネルとか実際には試験に通っていない自動車ができる。一方で理系の理屈で正面からやっていてはリソースが持たない面もあり、上手にサボらないとダメな場合もあるが、いざというとき用をなさないか、あとの事故処理でより多くのリソースが必要になる場合がある。この2つの価値観は決して相容れない