はてなキーワード: コインとは
人が死んでも天使になるわけじゃない、キリスト教的世界観においても
この表現を多用している一番有名な漫画はおそらくドラゴンボールだろう
どこかで発想の飛躍があったのかな
気になるねえ、ぐぐりましょうねえ
天使に限らず聖人などを描いた絵画にも、聖人の後ろに光が差す表現が用いられたのだとか
天使に限らないのであれば以降は天使の輪じゃなくヘイローとここでは書くようにしておこう、ブルーアーカイブ風の呼び方
発想としては仏教の後光と同じか
まだ足りない
天使や聖人を描いた絵画→???→漫画的表現の死者を表す記号としてのヘイロー、間に挟まるものを探さないと
なんかこれだ!って情報がなかなかヒットしないな
勘だけど風刺画が間に挟まる気がするんだよな
天使や聖人を描いた絵画のパロディで、天使を例えば政治家に差し替えた風刺画みたいなのがどっかにあるんじゃないか
それが転じて死者の頭上にヘイローを用いるのが一般化したとか?
一応、英語圏のイラストで死者の頭上にヘイローがあるイラストはまあまああるっぽいが……
日本でもなんかドラゴンボール以前に死者の頭上にヘイローがある表現をした漫画無いかな
……手塚治虫がやってる気がする
あの人だいたい何でもやってるからな、あとで探すか
うーん、探し方が下手
wikipediaの「光輪 (宗教美術)」の「大衆文化における使用」の記述が少ないな
英語版だと……英語版の「Halo (religious iconography)」には大衆文化の項自体無いのか
うーんアメコミにもヘイローの使用あるかもだが、アメコミに詳しくない
ここまで調べたというメモ
なんかコレ!っていう本があれば読みたいんだが、この疑問をずばっと解決する文化史本は無いかもなあ
今週の『サチ録』、番外編15を読んだ結果
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こういう路線で調べていくのがよさそうか
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なぜ亡くなった人の頭上に「天使の輪」を描くようになったのでしょうかよろしく... - Yahoo!知恵袋
漫画の記号的表現としては昔からある定番スタイルですよね。 ディズニーのアニメにも、ヨーロッパのカートゥーン(cartoon)にも良く死者の記号として使われていますね。
人間は死ぬと天使になりますか | ものみの塔 オンライン・ライブラリー
アリーロという,まだ7歳の幼い女の子が亡くなりました。悲しみに打ちひしがれた両親は,柩に横たわる白いドレス姿の娘を前に,ぼう然としています。慰めようとして,神父がこう言います。「神様は,天使をもうひとりお望みになって,アリーロちゃんをお召しになったのです。幼子の魂は,今ごろ,神様のみそばで翼を広げて飛んでいますよ」。
死んだ人間の魂が天使になる,と信じている人は少なくありません。公式の教理として教えられることはまれですが,映画やテレビの連続ドラマでは,死んだ人が翼のある天使になって,生きている人を守る,という話がよく取り上げられます。
あなたはいかがですか。愛する人が死後に天使になると考えておられますか。聖書は何と教えているでしょうか。では,天使の本質について,また死んだ人の本当の状態について,聖書そのものが何と述べているかを調べてみましょう。
うーん、「死んだ人間の魂が天使になる」という発想は無いわけではないのか
それが転じて天使ではない死者の霊魂的な何かの頭上にもヘイローが描かれるようになった?
っていうかドラゴンボールつまみ食い的にしか読んだこともアニメを見たこともないんだよな
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ここら辺の本があるいは参考になるか
だいたい最終章は「現代における天使がどのような姿で描かれているか」みたいな話題だから、そこに期待が出来る
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英語圏の情報を探そうとしてもゲームの『HALO』ばっかり引っ掛かってやりにくいったらありゃしない
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そうだ、『トムとジェリー』で爆死したトムが雲の上でヘイローつけた状態で不満そうな顔してるってオチのエピソードがあった気がする
プレゼントボックスに入ったトムが針でめった刺しにされるシーンは涙なしでは見られない
やっぱり「死んだら天使になる」って発想がポップカルチャーである程度一般的に表現されていたようだ
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ってことは
天使や聖人を描いた絵画→死後に天使になる認識、またそれを表現したイラストやアニメ→天使ではなく単なる死者にもヘイローがつけられた
……か?
まだ足りないぞ
キリスト教の教義だと死んでも天使になるわけじゃない、それはカトリックだろうがプロテスタントだろうがエホバだろうが他の何かであろうがだいたい同じだろう
ヘイローは聖なるものの加護を表すからどんな死者でもヘイローは頭上に表れる?
でもトムは爆死して天使になっとるじゃろがい
まだまだ調べないと納得できないな
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ひょっとしたら演劇やミュージカル側の文化が関係している可能性もある
死者を表現する記号として頭の上にヘイローをのっけた衣装を着ていた……とか、あるかもしれない
一応留意して調べる事
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「池にコインを投げる風習はいつから始まったのか?」みたいなテーマでおととい調べて日記書いたときは、その風習を有名にした「Three Coins in the Fountain」っていうアカデミー賞受賞作品を見つけたんだよな
聖者の記号としてではなく、単なる死者の記号としてヘイローを使った何らかのヒット作品があったので一般化したみたいなキッカケがひょっとしたらあるかもしれない
しかしあんまりこの仮説に固執するのはよくないな、気長に探そう
あるとすれば19世紀後半以降くらいのはず
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そうか、調べるポイントが二つに分かれちゃったんだなあ
②漫画的表現で死者が天使となった描写→漫画的表現で死者に(翼など他の天使的要素抜きで)ヘイローのみが付与される描写となった転換点を探すルート
こりゃ大変だ、いったん追加調査ここまで
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次にやる事
→実は守護聖人の頭上にヘイローだけでなく、翼がはえているなどあったりするかどうか
:積んでるキリスト教入門みたいな本をさっさと読む
→なんもかんも体系的な知識が欠けているのが悪い
→でもなー、自分の興味の向き先は「キリスト教の教義はこういうものです」って知識じゃなくて「人々はキリスト教をこのように解釈して信仰していました」という知識なんだよなあ、基礎の勉強ってどうしても飽きちゃって
→第一次世界大戦は1914年7月28日~1918年11月11日、ちょうど探したい年代
:キリスト教的素養がない私がヘイローの描写を見たとき、それが宗教的な性質を持っているのかそれとも記号化したものなのかを区別できるのか?という点について考える
:そもそもヘイローがあって翼があったらそれは天使とみなしていいのか?「天使」って何?「御使い」って何?何もわからない、調べる
→基礎(略
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②についてだが「ゲームのドット絵でキャラが死んだことを表現するのにヘイローが便利で、ドット絵で翼を描くのが大変だったから省略された」という仮説を思いついた
流石にお話として出来すぎな気がする、この仮説は最終的に棄却することになりそうだ
しかし調べるとっかかりとしては魅力的
ヘイロー関係ないけど「ゲームで戦闘不能をどう表現するか?」というテーマを調べるのめちゃくちゃ楽しそう
また別の機会に調べよう
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「Heaven Cartoons」というジャンルの風刺画があるらしい
画像検索してみるとなるほど確かに天国で天使がなんやかんやする種類の一コマ漫画
いつ頃から描かれているかをちょっと調べてみたがなかなか難しい
Wikipediaの「カリカチュア」のページの「主な作家」の項に載ってる人の代表作を一つずつ見ていくしかない
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星新一がアメリカの一コマ漫画を蒐集してそれについてエッセイを書いた『進化した猿たち: The Best』をkindleで購入
権利関係の問題のせいかほとんど掲載が無くなってしまっているようだ
もっと挿絵を見たいから挿絵が載ってる物理書籍のほうを読まないといけないなこれは
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やっとひとつ見つけた
ざっくり言うと政治家が天に召されている様子の風刺画が1868年?1869年?に描かれた、ってところか
翼があり、ヘイローもしっかり完備
しかし余談だけれど死後4年後たってから風刺画が描かれていて不思議だ
なんか「天使になる」ってのは語弊があって「昇天するときに天使と同じ装いをする」という言い方の方が正確なのかもしれない
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トムとジェリー以前のオールドカートゥーンを片っ端から観ているが、天に召されるシーン自体を全然見つけることができていない
ところでチャップリンの『キッド』に天使が登場するシーンがあった
オールドカートゥーンの本当に初期の初期は紙の漫画をそのまま映像化したようなやつだったから、漫画の文脈だと思うんだけどな……
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『マーク・トウェインの天国建設の旅』という論文を見つけたが、これは読む価値がありそうだ
絵やイラストとして描かれていなくても天国に行くとヘイローと翼とハープが通行証かのように与えられる認識は当時の人々視点で昔からあったようだ
18~19世紀の文学作品で天国を描写しているものを探すべきだな
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Elizabeth Stuart Phelps Wardという人が書いた『The Gates Ajar』という宗教小説がアメリカで1868年に刊行されめちゃくちゃ売れたらしい
当時の人々の天国観に影響ありそうに見える
In contrast with traditions of Calvinism, Phelps's version of heaven is corporeal where the dead have "spiritual bodies", live in houses, raise families, and participate in various activities.
カルヴァン主義の伝統とは対照的に、フェルプス版天国は、死者が「霊的な身体」を持ち、家に住み、家族を養い、さまざまな活動に参加する身体的なものである。
とのこと(『The Gates Ajar』のwikipedia英ページより引用しdeepl翻訳)
うーむ、おぼろげに流れが見えてきた気がする
『マーク・トウェインの天国建設の旅』という論文の序文あたりに19世紀半ば以降に天国ものの小説が流行ったみたいなことが書いてあったが、その一因はこの小説な気がする
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そういえばこの日記メモには記述をしていなかったが、宗教美術におけるヘイローは写実主義の高まりによって19世紀までにほとんど衰退しているらしい
なので宗教美術において死者(例えば聖人、殉職者など)にヘイローが描かれたものがあったとしても、カートゥーンのヘイロー描写がその影響を受けているとはちょっと考えにくいのではないか
一度断絶しているのでは?という疑問を持っている
ヘイロー描写は一度衰退し、再び風刺画やカートゥーンなどで記号として便利なので復活したという前提で調べている
あー、いや……この前提本当に大丈夫か?自信ないな
19世紀のアメリカで人々が見ることが出来た美術や絵画はどのようなものだったのか?というのがわからないと正確なことは言えないな……
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自分が確認した限り、カートゥーンアニメで「死んだら天使の装いをして天に召される」表現をやった一番古いものは『トムとジェリー』の『ネズミ取り必勝法』
オールドカートゥーンを全て総ざらいして確認したわけではないからもっと古いのがあってもおかしくはない(アカデミー短編アニメ賞受賞作品すらすべて確認できていない)
幽霊は沢山出てくるんだけどねえ
『ネズミ取り必勝法』はアカデミー賞とる程度には人気だったので、カートゥーンにおける元祖でなかったとしてもビジュアルイメージ固定に大きく貢献したといっていいかも
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キリスト教の教義では死者は天使になるわけではない、という認識があった(今でもそうではある)
→19世紀半ばにスピリチュアルな小説が流行り、人々の天国観を変えた
→それは死後に霊的な体を持った死者が天国で現世と同じような生活を営むものだった
→たまたま印刷技術の発展とタイミングが同じで新聞の挿絵、風刺画、漫画などで聖人でもなんでもない普通の人の死者の絵が多く描かれるようになった
→死者に天使の装いをさせた風刺画、紙の漫画、カートゥーンアニメでビジュアルイメージが固定される(この時点ではヘイローと翼はセット、あくまで天使など聖なる魂的な存在(専門用語を適切に使う自信が無いので曖昧な表現)と同じ装い)
→日本でキリスト教の文脈が無視された記号的な描写がされ、ヘイローのみで死者を表す記号的表現となる
……という流れだという仮説を立てることが出来た
うーん、自信ない
「18世紀以前に普通の死者も天に召されるときは天使と同じ装いをするという認識があった」と言える材料を見つけることができていない
印刷技術が生まれる以前だと絵画にそこらへんの人が天に召される絵なんて描かれないんだよなあ
探すとすれば厳格な宗教者が教義通りに書いた本でなく、人々を慰撫する目的で教義からすれば不正確な内容が書かれた本みたいなのがあればあるいは……(というか、それが『The Gates Ajar』なのよ)
また、『The Gates Ajar』などの天国観を変えるイベントによって死者が天使の装いをするようになった、とある程度の自信をもって言えるような材料は正直見つけることができていない
しかし、とりあえず一定のレベルで納得は出来たからこの疑問はクローズ
4F以上:BBQ場
新型コロナウイルスでステイホームされてる俺が本当に過ごしたい休日
9時 起床
11時 起床
15時 BBQる準備
16時 BBQの買い物
18時 BBQ開始
その謎を解明するため調査隊はインターネットの奥地へと向かった
その結果、英語圏の歴史解説YouTubeチャンネルを発見した
Why Do We Throw Coins in Fountains?
動画の字幕の書き起こしをChatGPTに翻訳&要約してもらった
毎年、世界中で私たちは噴水から井戸、さらにはテーマパークの乗り物まで、コインであらゆるものを飾ります。私たちは幸運を求めて、願いが叶うことを望んでいます。場合によっては、ローマで誰かと結婚するためにもコインを投げます。この伝統は時代を超えて広まり、その起源は古代ローマにまでさかのぼります。ローマの公務員であるガイウス・カエキリウス(別名:プリニウス・ユニオル)が書いた手紙によれば、人々は清潔な泉に感謝の意を表す形で贈り物を投げ込むようになりました。当時、清潔な水は非常に貴重であり、神々への感謝の印としてコインを投げる習慣が広まりました。この伝統は今でも続いており、ローマのトレヴィ噴水が特に有名です。また、映画「Three Coins in the Fountain」でもこの伝統が取り上げられ、ロマンティックコメディの要素として広まりました。噴水に投げられるコインは、都市や観光地の収益の一部として寄付されることもあります。
要約の結果、元動画が言っている内容とちょっと違う文意になっている箇所があるな……
しかし歴史解説YouTubeチャンネルの内容をを鵜呑みにするのはちょっと気が進まない
調べるとっかかりとしては役に立つんだけどね
あと、この解説はアジア圏のコイン投げについての観点がまるっと抜けている
中国人が願掛けとして飛行機のジェットエンジンに向かってコインを投げ入れようとした、というニュースがあるくらいだ
すなわち、現代の池へのコイン投げの風習は二つの源流があるはずだ
ひとつは西洋起源、小プリニウスが書き記したそれであり、コインを投げ入れて願い事をするヨーロッパの民間伝承「Wishing well(「願いの井戸」と訳すべきか)」を経由してトレヴィの泉に辿り着くルート
もうひとつはアジア圏のいわゆる願掛け目的のいわゆる「賽銭」を辿るルート
二つに分ける意味はあるのか……?
うーん
どうだろう
ないかも
あるということにして調べよう
映画「Three Coins in the Fountain」がもしも存在しなければ、西欧圏でコイン投げの風習は廃れていたかもしれない
しかしその映画があろうとなかろうとアジア圏の人々はコインを投げて願掛けする風習を続けていたであろう……気がする
あとで二つに分けて考える意味は無かった時点で考えを改めればいい、ということにしておこう
RedditやQuoraでも「なんで中国人って池や川にコイン投げるの?」みたいなトピックが立てられいるのを確認した
(そしてそれに対する回答は「コイン投げの風習は世界中にありますよ」というもの、質問者が知りたい内容とはちょっとずれている気もする)
「キリスト教の教会に併設されている池にコインが投げ入れられて困った」みたいなスレもたっていた
というわけでイスラム教とユダヤ教でコイン投げによる願掛けがどう認識されているかもぐぐりましょうね
ユダヤ教はなんか出てきた
ラビに「願いを込めて願いの井戸にコインを投げることは何か悪いことですか?」とユダヤ教の教義に反していないか質問する内容のサイトが引っ掛かった
解釈によってはセーフだけどあんまり推奨しない、みたいな空気感の回答だな
コイン……つまり金属製の硬貨のみが投げ入れられるのか?という疑問もある
貝製の通貨、貝貨を池に投げ入れるみたいな文化がある地域ないかな~
パプアニューギニアは現在も貝貨を使っている人々がいるみたいだが、願掛けとして貝貨を投げるみたいな記述は見つけることが出来なかった
パプアニューギニアのなんかでっかい噴水のストリートビューを探して金属コインの他に貝貨が沈んでないか探してみてもいいかもしれない
まあおそらく無さそう
お葬式で貝貨を精霊に扮した人に向かって投げるみたいなことはやるらしいんだけど……
そもそも何で調べ始めたかって「海外……例えばアメリカでは合格祈願の願掛けとかするのかな?」と思って
ぐぐった結果は「願掛けしない」というもの、まじかー
教会でお祈りとかする人もいるにはいるけど、願掛けするくらいなら勉強しましょうねみたいな考えをするってなんかのブログに書いてあった
例えばかつ丼みたいな勝負飯食べたりお守りを買ったりみたいな風習もないっぽい
いやー……そうはいっても欧米人だって水にコイン投げて願い事するじゃん?池にコイン投げて合格祈願とかしないの?
そこらじゅうに願掛けスポットが大量にある日本が特異、ということだろうか
まあまあ、結論を急ぐことはない
もうちょっと調べましょうね
賽銭とトレヴィの泉を一括りにして包括的に投げ銭文化について論じた論文をまだ見つけることが出来ていない
投げ銭に限らず「迷信」というテーマで調べてもいいかもしれないな
……といった感じで調べた内容を一旦メモ
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太宰府天満宮の菅原道真公のような受験、学問を司る守護聖人にお祈りするみたいな風習があるかどうかを調べること
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「こん」
オンライン島にて2020年からずっと見た目女の子で遊びに行っている(昨日も行った)
初めて行った時にびっくりしたのがその礼儀正しさである。オン島は大体未成年が多いのだが、島に到着すれば色んな場所から吹き出し「こん」が
そろそろ帰るといえば「ばいばい」と吹き出しが島のどこからか飛んでくる。
「普通のパチンコくれ!」とお願いしたら金のパチンコをくれる人がいて「そこまで求めてないんだよなぁ…」と困惑したこともある
その辺りから男の子アバターから女の子アバターに変えた。すると、これが面白くて女の子になった途端「えっちする?」とか聞いてくる奴はいる
プレゼントしてくれる人はいる、女の子だと思って悩み相談してくる人もいた。
このお陰でまだ参加していないイベントのアイテム(豆とか)海外限定アイテム(スパークリングサイダーとか)配信限定アイテム(セブンのATMとか)更に開けらないプレゼント袋、フライパン
会話がめんどうな時はひたすら虫取りしてた
虫取りの効率いいやり方を教えてくれる人もいた
他人が虫取りをしてる時に走ったり歩いたりしてはいけないこと、逃がしたらすぐ謝ることも学習した(すぐ謝ると割と許してくれる)
12月限定のツリー飾りを置きまくって自分仕様に変えちゃった人、バグに付き合ってくれと言って私を嵌めた人、穴で私の周りを囲って出れなくした人(特殊な穴)、雨を降らせた人(本来は晴れか曇りしかない)、ロビーの電気を消したりつけたりを繰り返す人、オン島のコインで交換する品物を全てかっぺいの写真にしてまるで遺影が並んでいるみたいにする人、ロビーに太陽を出現させるひと…まあ色んな人がいた
あまりに暴言が酷いのでブログでソパカを晒したら「discordで喧嘩しようぜ」と言ってきた中学生(自分で言ってた)「働きたくない」とか書かれたTシャツを着た人にソパカをアニメの画像にする人も○○ノ○○村みたいな名前の人も小学生だけど
ドリフのファンで「ツーツラツー」と歌っていた人も都合が悪くなると「子供が泣いちゃって世話していたから」と誤魔化す人もみんな今となっては思い出のひとつ(だけどドラクエ村のソパカが
とこやみのりゅうグレナードって書いてあった人は許さん)売名してくる奴も未だにオン島にいるらしい。一回喧嘩したねぇ、チャンネル登録者500だとか威張ってたねぇ、同じくロビーにいた人が爆笑してたね。
すれ違い広場を確認したら出会ったMiiは1000人を超えていた。HIKAKINのMiiに、キヨのMii、真っ黒Miiなど本当に小中学生の作るようなMiiだらけだった。
そんなオン島も4月で終わる
しかし、最後までアイルランド語を訳せる人は現れなかった(TwitterIDを検索する奴とWiFiでマウント取って帰らせる奴はいた)
「じゃあそろそろかえるね」
息子が学校に行っている間、私にはタマムシシティのスロットゲームでコインを稼ぐことと、セキチクシティでラッキーとケンタロスを捕獲することが期待されていた。20年以上経った今でもタマムシシティとセキチクシティだけは頭にこびりついている。
特にケンタロスを探すゲームは大変だった。毎日やっているのにちっとも出てこない。やっと見つけてもすぐ逃げる。やっとの思いでケンタロスを捕まえて、もうポケモンはこりごりだ!とそれからポケモンに触れず生きてきた。
ゲームと縁のない生活をしていたけれど会社のビンゴ大会でSwitchが当たった。今はもうすっかりおじさんな息子に報告したら、ポケモンのゲームをくれた。
ポケットモンスタースカーレット。ポケモン赤のことを洒落た呼び方するのねと思っていたら全然別のゲームだった。
タマムシシティもセキチクシティもない、スロットゲームもない、ケンタロスを捕まえるゲームもない。過去のポケモン経験が全く生きず何をしていいかもよく分からずふらふらと草原を歩いていたら、因縁の相手ケンタロスに出会った。
ケンタロスは私が想像していたよりずいぶん黒かった。昔のケンタロスは白黒の絵だったけど何となく黄色か茶色だと思っていただけにびっくりした。ボールを投げたらあっさりと捕まえられたのにもびっくりした。
という話を息子にしたら、ダウンロードコンテンツを入れてくれた。そこには私が想像した通りの茶色いケンタロスが走り回っていた。ケンタロスがあまりに想像通りで笑ってしまった。
聞くところによると、ケンタロスにはまだ種類がいて、しかもなかなか見つからないらしい。20年越しにまたケンタロス探しをすると思うと不思議な気分だ。今度はポケモンに懲りる前に見つかってほしい。
ウチにはテレビが無いのにいつ頃からか息子がピカチューと言い出した
どこで覚えてくるのだ
幼稚園だろうか?好きなだけ触らせているタブレットか?知らんが、
ドハマる
(本人曰くは鉄道趣味も並行してしるらしい、夢は大宮の鉄道博物館にEF55を見に行くこと)
数週間はTVアニメで満足していたが俺のスマホをチラ見したときポケモンGOの広告が見えた
だーかーらー、そういう知識はどこで仕入れてくるのだ、すげぇな最近の5歳
秒速ドハマる
スマホを返してくれない
ポケモンGOを簡単に説明すると、スマホのGPS位置情報と連動し画面上に抽象化された実際の町と同じ地形が現れ、スマホが移動すれば画面上の位置も移動する、ポケモンがランダムに現れる、ボールを投げて取る、沢山取れば進化や強化ができる、たまに珍しいポケモンも現れ、様々なタスクをクリアすることでも獲得できる
恐らくサーバー側ではSQLでユーザーデータ管理しているだろう
管理者であればSQLコマンド一発でレベルアップだろうがポケモンコレクションだろうがどうにでも操作できる
データベースのどこかのレコードのなにがしらのテーブルの数値を変更するためにちまちまちまとアホらしい作業をやってる
と子供にもわかるように意訳し諭したが「ぼく子供だからそういう難しいことはわからない、それよりパパ見て超珍しいポケモンゲットした、飴が集まったから進化できるよ」
仕方がないので余っていたスマホを息子用に再整備し、バカだからどうせすぐに壊すだろうからハードケースに入れてセットアップしてアカウントも作り直した
それから早半年が過ぎた、まだブームは続いている、俺と息子のPL(ポケモンレベル)は39まで成長した。スマホは傷だらけだがまだ壊していない。
レイドパス(一日1枚付与される特別な戦闘チケット、勝利するとレアなポケモンを取得できる)をスルーして流したことは一度も無いのではなかろうか。毎日やってる
俺の自転車の後ろに乗り、あっち行け、こっち行けと指示され俺は自転車を漕ぐ
俺は画面も見れないので俺が取りたいポケモンが出たら後ろから息子が教えてくれる仕組み
だが、ある日教えてくれてない事に気づいた、
問い詰めたらパパだけレベルアップ進むのズルいから、らしい、かわいいなぁ
ポケモンGOにはゲーム内コインがあり、集めると有利なアイテムが手に入る
クレジットカードで購入することもできるが自力で貯めることもできる
そのためにはジムにポケモンを配置しなきゃならない、一日最大で50コイン取得できる
長い時間ジムに滞在させたほうが多くコインが貰える、他のユーザー(トレーナー)に攻撃されてジムを乗っ取られるとそこでリセット(ポケモン返却+それまでの時間のコインをゲット)となる
一箇所のジムに最大6匹(同一ユーザーは1匹)まで配置することができる
俺は子供が寝た後に近隣のジムに赴き(町中に点在している)、既配置されている他人様のポケモン達をぶっ殺しジムを乗っ取り俺と息子のポケモンを配置する
俺なにやってんだ?
俺の時間単価から考えたらクレカでサクッと購入したほうが合理的だが
そういうものではない、それをやっちゃお終いだ、ゲームをやる意味が無い
Bluetoothでスマホと接続しちまちま手作業でポケモンを取らなくても全自動で周囲のポケモンを根こそぎ取ってくれる
こーゆーの使ったら意味ねぇのよ
というか、ポケGO初めてから数日後にアホらしくなりどうせアカウントマーケットがあるだろうと検索したら案の定ある
引退した人などの育成とポケモンコレクション済みのアカウントが売られている
でも、そーゆー事したら意味ねぇのよ
息子と自転車で走り回り一喜一憂するのがプライスレスなの、楽しいの
ともかくそういう思いで集めたコインだが、コインはある程度貯めてからアイテム交換(購入)したほうが割引率が高い
どう考えても後者がお得で、それ以外にもコインはある程度貯めたほうが良い
戦闘用のレイドパスよりもゲームを快適有利に進めるため先に入手したほうが良いアイテムもあるのだが、5歳のバカは100コイン貯めるとそっこーでレイドパスに交換し戦闘をする。
アホだ
何度説諭しても聞きやしない、まぁ好きにすりゃいい
戦闘(バトル)するとポケモンが弱ったり死ぬ(正確には気絶、ポケモンの世界ではポケモンは死なない、平和だね)
回復には回復アイテムが必要、これもゲーム内で一定作業をしなければ手に入らない
俺は勝手に溜まっていくので回復アイテムは常に捨てるほどあるが
息子は、バトルする、負ける、残ってる弱いポケモンで再戦、当然負ける
これを繰り返し、ポケモンは最大300匹持てるのだが全滅するまで諦めない、アホだ
回復アイテムを入手するにはフォトディスクをちまちま回すかフレンド(ゲーム内のユーザーリレーション)とギフト交換しなきゃなんないが、そーゆー作業は面倒くさいとやりたがない
これも俺が夜にこっそりやってた
すると数週間で全滅状態が無くなった、タコなりに学習したようだ
そんなこんなしていると気づいたら足し算と引き算と掛け算を習得しやがった
我が家は非認知能力全振りの方針なので認知能力的学習はほぼほぼやらせてない、が
コイン管理などゲーム進行には四則演算が必須で、数字概念の学習導入、誘導はしてやったが、なんか知らんうちに3桁の足し算と引き算は暗算している、掛け算の概念もどうやら分かっている模様
ポケモンすげぇな
レイドで俺だけ取れて息子が取り逃がしたら発狂して面倒なので息子が取れたことを確認してから俺も取っていたんだけど、いつからかこれも無くなった、パパ良かったね、ボクは取れなかった残念、なんて言うようになり、前頭葉、精神的成長の証か
と喜んでいたらパパからポケモン交換でぶんどるからいい、だってさ
町中で同じようにポケGOをやってる少年たちと遭遇することがあるが
息子は臆することなく話しかけて「ポケモンやってるの?フレンドにならない?」って、そこからポケモン談義してる、すげぇな5歳のコミュ力
幼稚園にもポケモングループがあるらしく日がな一日ポケモンの話をしているらしい
スマホみせっこ自慢大会に連れて行かされる、飽きると走り回って謎のポケモンゴッコ
パパ友ネットワークができた
大学生のころ、元カレがいたのだが、彼の家にお泊まりして、トイレを借りていると、彼は鍵をコインを使ってこじ開けて扉を開けてきた。
半ケツで頑張って扉を閉めようと歩く私を見て、彼はケラケラと笑っていた。
一度だけでない。何度も何度もしてきた。
私は本気で嫌がり、やめてと言ったつもりだが、複数回そのいたずらは続けられた。
そのうち飽きてやらなくなったように思う。覚えてないけど。
恐らく私が嫌がるさまを見て楽しんでいるのだ。
今でもトイレの前に人が通ると、こじ開けられるんじゃないかと怖くなる時がある。
まあその元カレとは半年で別れ、もう2年になろうとしているので、すっかり過去の話なのだが、 思い返せば元彼との関係はデートDVのケがあったかもしれんな。
いや、もうあんまり覚えてないけど、まあ私視点の話だからなんとも言えないけど、 巷のデートDVチェックリストにはそれなりに当てはまるなぁ…みたいに思う。
・私が傷つくことをわざと言って私が傷付くさまを楽しむ 例えば巨乳の二次元キャラクターと私の身体を見比べてあからさまに馬鹿にするとか。
・LINEなどの内容をすべてチェックする。その上でつまらんなどと文句をつける
・YouTubeの履歴を見るのは本当にやめてと何度か言ったけど結局見る。その上で変なのを見てたらからかい、そういうのがなかったらつまらんと文句を言う。
・研究室で私が他の男子と楽しそうに喋っていると怒る。やめろという。やめなかったけど。
・他の男子と少し話していただけで、その男の子のことを好きだろうと言って私を責める。私が好きなのは君だから安心せいって言ってるのに。
・避妊具なしでの性行為を強要する。私は自衛のために低用量ピルを飲んでいた。精神的に不安定になったのはこのせいもあったと思う。
・疲れているので家に帰りたいと言っても無理やり自分の家に泊まらせる。
余談だが、彼はずっとオカモトゼロツーの避妊具を使用していたけれど、のちに他の人に避妊具レビューをしてもらったところ、「これは非常に分厚く感じて刺激が得られないので、これを使っていたらナマでしたくなるかもしれない」と言っていたので、そのせいもあったのかもね。
・不機嫌になると、(自分が馬鹿にされたと感じる、がトリガーに感じていた)、私の話を無視する、不機嫌を私に当たり散らし、私が謝り倒しても無視を続ける。
無視も、「僕は傷ついたのであなたを無視しますよ」のアピールがあからさまなのだ。「つーん」とマジで口に出し、顔を反らして不機嫌そうな顔をする。
この記事では、暗号資産投資を考えている初心者の方向けに、いま界隈がどういう状況になっているか、もし投資するとしたらどのようにアプローチしていくべきかを身も蓋もない形で説明します。
以下のどれかが望ましい。
2024年のメインイベントは米国ETFとビットコインの半減期、そして利下げ開始である。
つまり主導権は米国経済でありつつ、暗号資産のサイクル的には半減期通過で一定の期待が持てる状況。
ビットコインはまもなく米国の現物ETF判断が出て、かなり確度が高く承認の見込み。質のいい資金の流入が期待できる。
イーサリアムもETF申請が行われており、こちらも確度が高い。スケジュール的にはビットコインの相当あとになりそう。
コインベースは、これらのETFのカストディアンとしてほぼすべての申請が指名している。新NISAでビットコインETFはまだ買えないので、もしその枠で検討するならコインベースがいいだろう。ただし、コインベースは自分の鍵で管理できるアセットではない。分散思想的にNGな人はビットコインかイーサリアムを買えば良い。
上記三種以外にお金を入れる人は、自信過剰な界隈の猛者か、資金を最速で失うお客様である。これを忘れてはいけない。
上記で挙げなかったが、ソラナ(SOL)とアバランチ(AVAX)は選択肢として検討しうる。ただ、ビットコインやイーサリアムより遥かに価格変動が大きい。例えばソラナでいえば、以下の文脈を踏まえた投資が必要。
もし現時点で一つでも詳しくないトピックがあるとしたら、貴方は情報で劣後している。投資家ではなく出口様である。止めておいたほうがいい。
1月初旬(というか数日中)に承認されそう。承認後は資金流入が期待できるが、事実売りで低迷期があるのではないか?と懸念されている状況。
2024年4月になりそう。売却圧が減りテクニカル的に煮詰まることで、半減期後しばらくすると価格が急騰すると一般的には言われている。現在のところ再現性もある。ただし、半減期の前後で毎回大きな調整が発生している。
2024年3月ごろになりそう。いわゆるレイヤー2と呼ばれる連中の取引手数料が減ると思えばOK。
いつ始まるか不明。
利下げが始まると、一般的には債権に資金が流れるため、株やコモディティの価格は下がりがち。
①②③の価格押上効果は強そうだが、④を考えると、通年でのんきに価格が上がっていくというシナリオは考えづらい。
かなり高い確率で、大きめの調整があるだろう。そのため、どのタイミングで資金を入れるかはよくよく考える必要がある。
株の暴落があると思うなら調整を待てばいいし、難しいことを考えたくないならドルコスト平均法でのんびり買えば良い。
「暗号資産業界に興味があるから、NISAでコインベースを買って放ったらかします」も悪い選択肢ではない。
上記以外にお金を入れるな。これに尽きる。インフルエンサーが様々な暗号資産を煽るだろうが、彼らは本質的に出口を欲している。あなたはお客様だ。ゲーム、GPS、AI、新興チェーン、まあとにかく手を変え品を変え出てくるだろう。
だが、どれほど詳しい人であっても、基軸となるトークンよりも良いパフォーマンスを出すことは至難である。
2023年の年初にBTCを買ってホールドすれば、資産は3倍弱になっていた。大きな声を出してキラキラと煽る彼らがそれ以上の利益を出せていたか?答えはNOである。もちろん例外はいるが、そんなのは例外に過ぎない。
ブロックチェーンゲームで良作が出たとしよう。あなたはそのトークンを買ってはいけない。楽しいゲームが出たら遊べ。シンプルにそれだけでいい。買うな。初心者が、界隈の猛者を差し置いてラッキーパンチを引けるか? そんなことは不可能である。
BTCとETHを以外を買った場合、あなたは高確率でお金を失う。
Inscriptionのせいで、これまでシットコイン製造機と散々バカにしていたスマコン通貨と同じ悲劇がビットコインで発生。
ビットコインは最早シットコイン製造機であり、ギャンブルの本場である。ETF賛否と合わせてコミュニティで意見が割れる。
彼らの本音と建前を書くとこうなる。
Inscription:
(本音)俺たちの大好きなビットコイン上でカジノ遊びしやがって、ふざけんな絶対に許さん
(建前)Permissionlessなので止めることはできない。手数料が増えることも持続可能性にとってプラスである。
ETF:
(建前)ETFは、自分の鍵を自分で管理するビットコインの本来のTrustlessに反する動きである。賛同しない。
ソラナの猛追を受けて自信喪失気味。待望のアップデートが目前、Modularの筋の良さも相まり決済レイヤーとして展望が良くなっている状況でこれは不思議極まる。
一方でOFAC準拠のバリデーターが増加傾向だったり、バブル期に弱者から資金を抜きまくっていた勢力がエアドロにタカり始めた結果、本家シットコインカジノの汚い輝きが増してきた。彼らは投機を越えた投棄勢であり、ロクな連中ではない。イーサリアム界隈に行くなら注意しよう。
Trustlessの世界で、CZをTrustする不思議なひとたちがかつていた。米国に押し込まれた結果、王国は半壊。パーティー会場として散々散らかされたBSCは廃墟と化し、深刻なアイデンティティ危機に見舞われている。opBNBはOP stackを使って構築されているが、BSCに共通する文化、つまりオリジナルに対する敬意が極めて希薄。コピーキャットを礼賛する連中の集まりのなかで、Pancakeだけが唯一、勢力を保っている。
2023年に最大の利益を得た勢力。といっても、「FTX崩壊事件後、ATHからどの程度戻したか」という指標で見ると実は他とそんなに変わらなかったりする。開発者コミュニティが残り継続的なアクティビティがあるのは素直に称賛されるべきだろう。とはいえ、JLPはオラクル決済型GMXとほぼ同じ設計で、Bonkはミームである。現状、何もかもが足りていない。FTXの巨大な売圧はまったく解決していないし、他と比べたときの高インフレ体質は調整時の脆弱さにつながる。もちろん高値更新を続ける可能性はある。だが、イキリ散らかした後始末はどこかで歪みとして発生するだろう。
ModularのETHとモノリシックのSOLに囲まれて、存在感がどんどん薄くなっている。
イーサリアムのアップデート後はさらに苦しい立場になりそう。最近Avalanche Foundationがミームトークンに出資する発表をしていたが、まさに迷走を象徴している。
ATOMはもう救えない。みんな諦めた。可哀想に。Celestiaが生まれたことで、Modularの中心候補としてイーサリアンと奇妙な共闘状態になりつつある。同床異夢となるかは分からん。
DoKwonが、事業失敗ではなく単なるポンジ詐欺師だったことは様々な報道や裁判で明らかになっているが、全員目を背け忘れたフリをしている。
過去に煽ってた連中は涼しい顔をして別のプロジェクトを推している。
あとこいつの問題は、「これを買えば安心」という基軸がないこと。これに尽きる。Tia高すぎるだろ。
もう救えない。polkadot sdkは微妙に使われているが、そいつらが生き残っていけるかは不明。生き残ったとしてもDOT本体とはあまり関係がない。現在の構造で競争に勝ち抜くのは無理。
無理。がんばってください。
期末時価に対する税制改正など、バズワードだったWeb3をテコにした法改正はとてもうまく立ち回っている印象。汗をかかれたかたはお疲れ様でした。一方で一向に統一されないJVCEAとJCBA、トラベルルールで相互に送付ができない取引所など、なんでそうなるねんという状況が多い。控えめにいって業界としてのガバナンス能力がない。
経営層もさー、明らかにプライベートでスマコン触ってないでしょ? そういう人が指揮をとるのは業界の損失なので、さっさと後進に道を譲ってください。
ある人がなにか話をしたいのに、相手からその話をまともに聞いてもらえないとき、そこには聞いてもらえないなりの原因が必ずなにかあるものだ。しかしながら、その原因の所在を求めるときに明確な性差がある。概して男は責任の所在を「話し手(自分)」に、女は「聞き手(相手)」に求める。
女が生まれついて話がつまらないとか、笑いのセンスがないとか、そういうことではない。むしろこれは後天的な「必要性」の差だろう。男は「おもしろくなる」必要に迫られるが、女は必ずしもそうではない。その差が結果として「話のおもしろさ」の格差になる。
「理解のある彼くん」が登場しやすい性であることと「話がつまらなくなること」はコインの表裏である。逆に「理解のある彼女さん」が登場しない性であるからこそ、男はどんどん話が「おもしろく」なっていく。
ただ、「女だからつまらない話をしてもセーフ」というような状況は長続きしないだろう。男女平等を背景にして、女も相応に「話を聞いてもらう努力」を求められるようになる。そんなときに彼女たちをやさしく庇護する「フェミニストお父さん」は大きなリスクになる。
1000円台の電ハブならワイの推しはMijia T100をアリエクで買うことやで
替えブラシもアリエクで社外品が単価100円前後で買えて遜色ない質やで(プラの色味が白すぎるくらいの違いだけ)
価格だけに洗浄力が強いわけやないけど30秒おきに知らせる2分自動停止機能とかは便利やで
なにより価格帯では一番かっちょええスタイリッシュデザインやと思うわ
充電ポートの蓋が汚れやすいんと今どきMicroUSBってのが気になるけどそこは最廉価モデルやし仕方ないで
ワイは数年使っとるけどまだまだ元気や
本体 https://www.aliexpress.us/item/1005005060231430.html
替え8本 https://www.aliexpress.us/item/1005005402787406.html
これとこれでワイの垢やとコイン割込で1,534円やな
本体にも純正の替えが1本くらい入っとった気はするけど送料無料にするため同時に買っとくのが安上がりやと思うで
ちな本体のリンクのページタイトルとか別の商品っぽくなってておかしいけど多分問題ないと思うで
https://www.aliexpress.us/item/1005005414115419.html
こっちが無条件送料無料でコイン割込1,204円、ピンクならもちっと安いな
最近アリエク使っとらんならAliExpress Officialクーポン144円が適用できると思うし新規ならもっと安くなるはずやで
👦「『死の六コイン』とどっちがつよいの?!」