はてなキーワード: オタキングとは
いや、クソ映画でもクソバンドでもクソラノベでもなんでも同じだけど、
そういう人たちが愛と称して作品をくさすのは作品を楽しんでる訳ではないんだよ。
作品ではなく、作品をトホホさを見い出せる自分のセンスに酔ってるだけ。
連中は自分のセンスをひけらかすための踏み台として作品を使っている。
自分自身を変化させようとする受容の相互性がセックスにたとえられるなら、
作品から距離を置いたまま自分は変わらずに相手を変えようとする行為、
相手の身体を使った一方的なオナニーって客観的にはレイプにしか見えないんだよ。
まして作品を攻撃することで自己満足だけを得ようとする行為って
クソだと呼ばれてるものの良さを見いだせば「世間様」に勝った気にもなれた。
アウトサイダー・アートをドヤ顔で見せびらかすあの感じ。胸が痛い。
「作品の楽しみ方は人それぞれ」というルールもまあ納得はする。
でもリョナ趣味はよっぽどうまくやるか信用がないとやっぱ共感得られないよ。
まして今のはてなや増田って例のアニメに概ね好意的じゃないですか。
そんな中で、
「あいつ頭弱そうだから一発犯してやろうと思ったら意外と強くて返り討ちにされた、死ね」
それで叩かれて反撃としてどっかのオタキングみたいに
なんてレコーディング結果を貼り付けたって、
周りの死ね感がかえって増すだけで軋轢もよけい広がっちゃうってば。
セックスと違ってオナニーは自慢しても同好の士にしか評価されないんだから。
結論。
だいじょーぶ、のけもの同士でもちほーによってはフレンズになれるから!
凄いってどういうことさ。
だってもう、庵野がゴジラの時点でギャグとして成立してるんだから、そりゃ面白いんだろうけど、
そういう前評判を超える何かがあるわけ?
でもさ、正直「庵野が監督」という要素を伏せても面白いもの、つまり、普通に映画として面白いものなんて、見たくないんだよね。
こっちはあの庵野がゴジラを撮るっていう、内輪ネタで盛り上がりたいだけなんだから
というわけで、どうしたら凄いのか考えてみた。
これが一度に全部起こったら、凄いと思うわ。
そりゃ貴方みたいにオタク分野の「批評」って根っこのマウント欲求を全然隠さないから信用がとうとう築かれないまま来ちゃったからね
すぐこういうこと言い出す消費者が増えた。
ていうかもうこんな奴ばっかり。
「お前の批判はここが間違ってる!ばーかばーか!」じゃないんだよ。
「批判をするなんてお前の魂は傲慢で腐っている」という倫理や感情や人格面での反撃が返って来る。
確かに我々より上の過去のオタクシーンでは過剰に攻撃的なマウンティング批評みたいな物はあったし
そこから脱却しなかったオタキングとか唐澤とかの老醜はなかなかきついものがある。
けどその反動でむしろもう批判的な批評というのは全くなくなっちゃったよね。
(映画秘宝村なんかで細々と継承されてたけど偉そうな町村の爆死で完全に根絶したし)
批判的な批評、厳しい批評についてはもう脊髄反射の感情で「偉そう!」って反応しかしなくなった。
このいま噛み付いて来てる子もさ、キズナイーバーの熱心なファンですらないと思うよ。
単に俺みたいにちょっと自身満々に留保をつけず批判書く奴見ると
「偉そうでムカつく!」「批判をするなんてこいつは魂が悪い!」という感想しか出ないわけ。
攻撃な批評や批判ばっかりのシーンっていうのは俺も嫌だけどさあ
「批判=悪」みたいな馬鹿が増殖した世界ってどんどん頭が悪くなるでしょ。それも嫌だよ。
岡田まりみたいなポンコツな人ですら水面下のアンチは養ってても
公的な場所ではっきり「あんたの脚本はポンコツだ!」と勝負を挑まれたことがきっと一度も無いのよね。
ズケズケした批判に対しても内容の正否だけが問題にされる傾向の強い場所だけど
「叩いていい奴」としてエネミー化された作家以外は批判されない。
誰かが批判書くと必ず「偉そうに!」って感情でキレていく人が湧いて荒れるからね。
久しぶりに『批評空間( http://erogamescape.dyndns.org/~ap2/ero/toukei_kaiseki/ )』を覗いてみたのですよ。
いやぁ~ 昔と変わりませんなぁ。
ノベルゲーだからテクノロジー上の大きなブレイクスルーがないのを割り引いても、ゲーム内容・ファンの意識には往年を偲ばせるものがあります。
まず物語のパターンが古典落語や歌舞伎並にテンプレ化されてるじゃないですか。
パーツの組み合わせが変わってるだけなんですよね。GoogleのDQNやIBMのワトソンでもシナリオ書けそうです。
次、ユーザー層。
ゼロ年代くらいのファン層がまんま繰り上がってオッサンになっている印象を受けます。
発売日の延期、修正パッチをネタにして騒げる人たちなんかは、ワシントン条約で保護すべきでしょう。
エロゲ界隈は真性オタの牙城と言いますか、原理主義者の聖域のままであってほしいですね。
電車男以降、オタクがライト化するのに抗して生まれた"キモオタ"概念が近年ベタになりつつあるのは懸案事項であります。
『オタキング→ダイエットに成功したサブカル博士→家族をシェアするイロモノ』というキャリアを"詰んで"しまった岡田斗司夫には失望しました。
経産省の旗振りのもと、AKBや深夜アニメと一緒に『クール・ジャパン by 秋元康』なんていうプロモーションされたら海外のファンコミュに亡命します。
ま、やったことはゲスだけど。
あの人はずる賢くて法律議論になったら、問題にはならないぎりぎりのところを攻めている。
やれ、公序良俗に反する契約は無効だとか、対価型セクハラだとか、準強制わいせつだとか、岡田斗司夫を責めている人は適当なこと言っているけど素人がかじった法知識をぶんなげてもどうにもならんよ。
詳細に見ていったら、まずそれには該当しないように行動しているから。
で、マンガ描いてオタキングを告発しているイラストレーターは、当人からして「私は被害者とは思っていません」とか言っちゃってるし、この人まあ、本当脇が甘すぎなんですよ。
オタキングへの私怨メラメラで叩きたいのはいいとして、私怨でやっています的なことは表に出したら証拠になりますからね。
自分は被害者ではない、つまりそこには加害者もいないのに、オタキングを吉本興業や大阪芸大から失脚させるためにマンガを描きました、って言っているわけだから。
リソース・ベースト・ビューとポジショニング・ビューという経営戦略の中でも有名な2つの理論を通して、恋愛市場を見ていく。
簡単に説明すると、リソース・ベースト・ビューってのは自分の持ってる要素を活かして競争相手と差をつけましょうという理論。
ポジショニング・ビューってのは有利な市場を見つけ出して勝負しようってこと。
この2つの戦略は相反するものではないので、組み合わせて使うことができる。
2リソース型
3ポジショニング型
4非効率型
こんな分類だけでは良く分からないと思うので、岡田斗司夫を例に出して考えてみる。
オタキングは色々ポジショニングを変えているけれど、主に最大効率型かリソース型と言える。
彼の記録が正しいとするならば、メイン狩場の一つは大阪芸術大学。ここは男女比がやや女性多めで、社会経験の少ない大学生をターゲットにしていた。(ポジショニング)
そして、講師という立場や知名度、業界への繋がりといった自分の武器を使って学生を刈り取っていた。(リソース)
例えば彼が渋谷のクラブやストリートでナンパをしていてもあまり成果は上がらなかっただろう。
見た目は冴えないオッサンだし、彼の知識や業績やフォロワー達は異文化の人にとっては無価値となりうる。
去年話題になったサークラはポジショニング型で、男女比の偏りと恋愛経験の少ない市場で無双していた。
ここ数年は出会い系サイトからSNSへの転換やストリートナンパが地味な盛り上がりを見せている。
しかし、美味しい思いが出来る人はそう多くないというのが現状ではないだろうか。
その多くは市場がまずいかリソースを活かせていないか、その両方かであるように思う。
見た目に自信がない人や人見知りがストリートナンパをするのも、男女比が明らかに偏っているツイッターの裏アカウントにリプライを送るのも非効率と言わざるをえない。
といっても、いわゆる恋人関係ではなく、彼も私も独身ではあったものの不倫のような関係だった。
というか、彼は私を恋人ではなく、愛人のように扱っていた、のだと思う。今思えば。
彼は文章を書く人なのだけれど、私の書いた手紙の文面を見て、とても私をいとおしく思い、
たまたま彼は長く付き合っていた恋人と別れた後だったかなにかで、なんとか私に会いたいと思った、のだと言っていた。
私は当時(まあ今もだけど)非常に強い容姿コンプレックスがあって、会うのを先延ばししていた。
そのうちに彼が欧州某国へ半年間留学となり、その間もエアメールで何度も手紙が届いたりしていた。
帰国した後、彼と会った。そして、冒頭で書いたような関係になった。
デートといっても、食事をして、あとは彼のアパートで彼の好きなワーグナーを聞いたり、
文学だの野球だのについてのとりとめのない会話をして、それからセックスをし、
ベッドのなかでまたとりとめのない会話をして、それから送ってもらう、そんな感じ。
その関係はそんなには続かなかった。
彼の元の恋人は、恩師の友人の御嬢さんで、恩師は彼のいる世界では日本で一番の権威のような人。
その恩師から、元の恋人について、「そろそろなんとかしてあげたらどうだ」と言われたのだと。
「自分としてはとっくに別れたつもろだったのだけれど、そういわれたら断れない」と言った。
「自分は他人を愛せない人間で、君のこともとても大事に、たぶん彼女より大事に思ってはいるけれど愛していない。
もちろん彼女のことも愛することはないけれど、もし結婚して子供ができたら、子供を愛することはできると思う。
そして自分が今後もこの世界で生きていく以上、君は結婚の対象とはならない」
簡単にはあきらめられなかったけれど、結局は彼に従わざるをえなかった。
何年かして、時々彼の名前を新聞の書評らんでみかけるようになった。
そしてさらに数年して、彼の本は年間ベストセラー一位となり、テレビのバラエティでも何度か姿をみかけた。
その後ブームは去り、彼は今大学で教えながら、時々雑誌にコラムなどを書いているようだ。
彼の著書にあった新婚旅行の時期は、私に別れ話を切り出してからほぼ1年以内のことだったし、
たぶん彼の言葉は本当だったのだろう、と思う。というか、思っていた。
だけどここ最近のオタキング絡みの一連の、文化人が若い女の子を云々の話を読んでいて、
もうずっと昔のことだけれど。
追記:
これについては、「なんで嘘付いた?」という疑問もあったし、
「火消し必死ですねオタキング。みっともない」という感想を持ちました。
そこについての釈明が聞きたくてニコ生をリアルタイムで見たというのも一部分ありました。
しかしこれについて、岡田サイドのニコ生を見、そしてAさんのツイートがあった時、
双方の主張に矛盾が発生してしまったので、この件について結論が出せなくなっています。
本件について自分が結論を出せていない、という結論に至ったエビデンスを提示します。
岡田サイドの言い分を、ニコ生を書き起こすと(ニコ生13:10〜)
「(女性は)写真流出についてすごい罪悪感をもってて、できれば無かった事にしたいと。
それについて、僕ができるといえば、とりあえずこれは…
うーんまずい手だなと思いながらということもないですけど、
ごまかしきれるかなぁと心の半分で思いながらも、
という話があって、なるほどAさんの思いに対して、岡田サイドのレスポンスがあのツイートだったと考えられます。
「なかったことにしたいなんて言ってない」
とおっしゃっています。
ちなみにこれについては投稿時間からの私の判断です。恐らく間違ってはないかと思いますが。
ここのところで(Aさんのツイッターの発言が、上記の岡田さんの釈明についてのレスポンスだと言う前提で言えば)
この現状だけ見ると「岡田斗司夫は印象操作をした!」と断言できないのが
Aさんサイドに立てば
「Aさんがこういっているじゃないか!だから岡田斗司夫は印象操作をした!岡田斗司夫はひどいやつだ!」
という主張になるのでしょう。
一方で岡田斗司夫さんサイドに立つと
「岡田斗司夫が言っているんだから、間違いないだろう。Aさんは嘘つきだ!」
と言うんだろうと思います。
しかし、自分は現状双方の主張が食い違っている時点でどちらの側にも立てないです。
これは言い方を変えれば「Aさん又は岡田斗司夫の主張を信じる事が自分にとっての『正義』である」という意思の元であり、
バッシングされる方もいて当然と思います。その方にとってはそれが「正義」だからです。
だから本件について思う事は「岡田斗司夫は(恋愛については)糞野郎だな」という感想だけで、
しかし、Aさんの言っている事が正しい、という明瞭なエビデンスが提示されれば別です。
こういった色恋沙汰の矛盾というか水掛け論って、結論を求めるのであれば、
出るとこ出ないと駄目だと思ってます。
「そんなこと言ってない」というAさんの主張について、岡田斗司夫自身に裏を取る必要があります。
岡田斗司夫に「私は無かった事にしたいなんて言ってないよね?」という事を
Aさんが記録に残る形で確認し「確かに君は言ってない。あれは勢いだった」と
「ニコ生での発言は捏造であり、印象操作だった」という結論があると思います。
しかし恐らく岡田斗司夫さんはこうした下手は打たないでしょう。
ですから、もしAさんが今後考えなければならない事は、
(岡田斗司夫の発言が捏造であり、岡田斗司夫を絶対に許さない!という意思の元、実際に行動に移されるのであれば)
彼の嘘をどう立証するか、どう効果的に世間に対して主張していくか、についてだと思います。
今なら賛同し、協力してくれる方も多く居ると思うので、それについて行動を起こされるのであれば今です。
Aさんは作家になりたい方だと見たので、この話を週刊誌にネタ提供して、
仮にですが、岡田サイドからAさんに対して何らかの脅迫なり圧力なりがあったのであれば、
もし警察が取り合ってくれなくても、警察へ行ったという行動結果は
恐らく、より火消しに躍起になると思うので、そこでボロを出すかもしれません。
あと、詐欺師である、として民事訴訟に踏み切る手もあるかもしれません。
(自分は門外漢なので、これについて民事訴訟で扱うレベルかどうかの判断は付かないので、
「あるかもしれません」とぼかしました)
ニュース的に書けば
『俺は出版社とつながりがある』
『俺がデビューさせてやる』
でしょうか。これだけ書くと大悪党ですね。
ただAさんにこういった行動力があるかどうか、それだけの精神状態かというと、
恐らく力の出ない状況だと思います。
そうした点で、ここまでAさんを追い込んだ時点で岡田斗司夫さんはやはり「糞野郎」と思います。
しかし一方で、Aさん側が傷ついて参っていて、Aさん側が打破する力をつけて岡田斗司夫が詐欺師で女の敵である!と主張しない限りは、
水掛け論の域を自分の中では出ないので、
何だか非モテ男性のまずいところを凝縮したようなエントリを読んでしまった。どこがまずいのか。
誰がどう見ても岡田氏を全力で擁護し、相手の女性を侮辱する内容なのだが、増田は中立的に語っていると思っている。
恋愛で人が傷つくことに2chレベルも2chまとめサイトレベルも大炎上レベルも関係ない訳だが。
相手の女性は、ニコ生で笑い話になることに必死に抗議しているのに、「まとめサイトに載ったらうれしい」などと自分の感覚に引き付けてしか物事を捉えることができない。相手の立場を思いやれない。
女はたくさん持っていれば持っているほど「すごい」。増田にとって女性はモノである。
男社会の地位と信用を守るために女は不当な目にあっても黙っていろというのが増田の「男としての意見」。
まるで狙って書いているかのようなゴリゴリのホモソーシャル思想。増田の世界に生身の女性は存在しない。
ガイナックスの設立理由とか些末なことを調べていないことで何故か女性を責める。
これも異性の過去の恋愛歴にこだわる男性的な思考でしかものを捉えられないことによるもの。
Aさんが疲弊しているとの事なので、これについては早く元気になってくれる事を祈るばかりです
散々タコ殴りにしておきながら何故か最後にお祈りする極まった偽善者っぷり。相手の女性がこの記事を読んだらどれだけ傷つくかということも分からない。
女性について何も知らないし知ろうとする意志もない増田が「女性問題について、語る」とはどういうことか。
恋愛への依存傾向がある女性を狙うヤリチンといのうはよくある話。そこには異常性欲があるだけで、思想はない。
「恋人9人」の後に「勉強をしっかりして思考力を鍛えた」などと続ける異常性に増田は本当に気づいていないのだろうか。
増田はどう有意義なのか説明しない。おそらく増田が考えている「一夫一妻制度とかについての話」は有意義ではない。
どうでもいい岡田ファンのマニアックな知識をあたかも皆が知っているべきことのように語る。
増田は知るべきことを知らず、知らなくても良いことを知っている。
これについては緒論あると思いますが、基本的に岡田斗司夫さん、
当該の女性(以下Aさん)双方をバッシングしないように書く事を意識しております。
今回の件について、私は「Aさんがどれだけ岡田斗司夫という人物を知った上で付き合ったのか?」という所に
終始すると思います。
1.Aさんの行動について
これは「岡田さんが有名人だから」こそAさんの問題が様々な方向で問題になったものであって、
例えばこれが普通の男子との恋愛だったら、それこそ2chの恋愛板で「ひどい目にあった!」と書いて
「かわいそう!」とか「ひどい男に捕まったね。勉強と思って次に良い恋愛をしてね」とかの優しいコメントはいくらでも
貰えると思います。つまりは2chレベル。まとめサイトに載ったらうれしいわwくらいのレベルの話の様にしか思えません。
(これは僕が芸能人を芸能人だ!と自分より格上に見ない思考もあってのことですが。
でも岡田斗司夫って言うほど有名ですかねwいや俺は好きなんですけどね)
2.そもそも岡田斗司夫さんってさ
ネットでは「Aさんかわいそう!」とか「ひどい男だ」とか色々なご意見があるとは思いますが、
そもそもが特殊な価値観を持っている人で、我々の価値観ではかる事はできないと思ってます。
これは、勉強をしっかりして思考力を鍛えたからこそ導きだされた価値観だと思うし、
それについて我々が「感想」を述べる事は許されてもそれについてバッシングしたり否定し、
あくまで「俺はその行動や価値観については同意できない」という「意思表示」のレベルで、我々は話をすべきです。
そこで今の一夫一妻制度とかについての話が広がれば、これは非常に有意義な思索になると思いますが。
で。
私は感想として「岡田斗司夫さんってすげぇ糞野郎だな」という感想を持っています。
これはただ単に岡田さんの価値観に「同意しかねるから」というだけです。
ただ一方でオタク文化や作品への考察力や観察力は素晴らしいと思いますし、
話の論理性等についても非常に納得してます。すごい人だと思ってます。
ただ「すごい人=聖人」では無いのです。
今回の一件で「裏切られた!オタキング信じてたのに!」とか言っている人も居るのかと思うんですが、
そういう人はそもそもオタキングの(私の言う所の)「糞野郎」っぷりを知らなすぎる。
ネットやってて、アニメファンで、この話を知らない人は少ないと思います。
(知らない人向けに要約すると、経済活動の拠点を大阪においていたけれど、
大阪で浮気をしてやらかして、仕事ができないレベルにまでなってしまった。
だから東京に活動拠点を移した。その時に作った会社がガイナックス)
こういう過去を知っていると、今回の問題は「なに?岡田斗司夫また何かやったの?w」レベルの話なんです。
3.過去を見て、男を選んだか
岡田斗司夫側の意見として率直に「ひどい事するなぁ」と思いました。
一方で男としての意見で「うわAさんやっちゃいけないでしょそれは」と思います。
(これは男という集団の中に身を置いたときの保身的な意見ではありますが)
しかし、客観的に見た時に前に書いたガイナックス立ち上げの経緯もあります。
だから、どんなに言葉巧みに岡田斗司夫さんがAさんに迫ったとしても、
そもそもネットでいくらでも仕入れられる。
こうした時に「こんな人だけど面白いから良いや」と思ったのか、
「いやお前過去にこんだけやってるだろ。きもいわ」と思ったのか。
客観的に見れば岡田斗司夫さんは過去にさんざんな事をしてますし、
これについて、岡田斗司夫という有名人に言い寄られた時に調べたりしなかったのか。
調べた上でなら「ひどい男で有名人なんだから、リスキーなのも分かってるでしょ?」と思うし
(や、今回岡田さんが捨てたのか知らないけど)
調べてない上でなら「有名人と付き合うのに調べが甘すぎる」というだけです。
「『相変わらず』ひどい事するなぁ、岡田斗司夫は(半分笑・半分Aさんに同情)」なのです。
Aさんへは
「有名人と付き合ってるんだからリスキーなのは明らかだったのだから仕方ない。次行こう!次!」
岡田斗司夫さんへは
「相変わらず女泣かせやなぁ。もちっとなんとかならんのか?(半分笑・半分怒)」
という所であり、これって結局「ヤリチンとそれに泣かされたうぶな女の子」の話なだけなんですよね。
これがここまで燃えるのがインターネッツの怖い所ですね、というだけで。
Aさんが疲弊しているとの事なので、これについては早く元気になってくれる事を祈るばかりですし、
岡田斗司夫さんについては、駄目になったスターウォーズ談義の番組で話そうと思っていた事を
ニコ生で語ってよ!と思う限りです。
どうでもいいが、そろそろオタク界の老害と化してきた岡田斗司夫をオタキングとか呼ぶのはやめるべき。
つかもうオタですらないだろ。ただの元オタ。
246 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/08/26(日) 11:57:11.29 ID:1sUaF5Ci
退会します
元オタキングEXの社員で無くなってからもこのクラウドシティには
残ってたまに市民の皆さんや仲間達が書く日記を楽しみにしていました。
魅力もクラウドシティや岡田氏に対する熱意や期待も薄れてしまったので、
この際退会することになります。 退去後は岡田さんの意向通り過去日記は
全て削除して頂いて結構です。
さて最後の最後なので元オタキングEX、それから岡田斗司夫氏に対する所感です。
前にも社員向けのSNSでは書いたのですが、一言で言うならオタキングEX
に参加する事が出来て良かったです。 僕が社員になったのは2010年10月からの
1年間なのですが、最初の3ヶ月はまるで世界が変わったかのような錯覚でした。
それまでの30年間生きてきた中でもトップ3に入るほど、刺激的で心地良く触発
された3ヶ月間だったと思います。 そんな時間がずっと続く物だと思っていたのですが、
上に錯覚と書いたようにそれは長くは続きませんでしたが・・・。
でもきっとこれからもずっと自分が死ぬまで親しく出来るであろう数少ない仲間たちに
会えた事や、岡田斗司夫の発言や人物像を間近で見ることが出来た事は決してお金では
買えなかった物なので、あの頃を振り返ってもオタキングEXに入社した事は大英断
だったなとしみじみ思うばかりであります。
なぜ上に書いたような幸せな時間が続かなかったのか、あれだけ大好きで畏敬の念を
抱いていた岡田斗司夫に対して熱意や希望が失せ、魅力を感じなくなってしまった
のかは既に数名の元社員からの日記や告白・告発により皆さんの方が詳しいでしょう。
岡田さんは面白い人です。自分もその主張や物事の考え方にはとても影響を受けました。
中でも自分が入社を決意するに至ったひとり夜話のマイケルジャクソンのThis is itに
対する見解、感想にはとても心を打たれたし、これからも忘れる事は無いでしょう。
でもその感動は行動や人格が伴ってこそ初めて真価を帯びるものだと思います。
「僕の岡田斗司夫に対する評価」はその行動力や精神性・人間性の点において驚くほど欠ける物だったということです。
その人間の評価を現す瞬間が人生には3つある。生まれた時と結婚する時と死ぬ時だ。
お前が今死んでも一体何人が悲しむと思う?
僕の前の上司が飲みの席でいつも言っていた言葉で、これに続いて明日お前が死んだとしても悲しむのは俺くらいなもんだ。だからしっかりしろ!
なんて苦言を呈されていたんですが、もし岡田さんが明日逝去したとしても一滴の涙も流れないと思います。全く遺憾ですが、それが僕の岡田斗司夫に対する評価ですから。
今までありがとうございました。
http://anond.hatelabo.jp/20120706010536
の続き。これで終わり。
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exというシステムは、その中心となる人物には清廉さなり、自ら率先して情報開示・ 説明責任する必要がある。払っている人たちから(見返りを求められているとしても、大半は善意で)お金をもらっている以上、それに対して自分がそれを得る にふさわしい人であることを証明し続けなければいけない。でなければ人員の入れ替えがあっても、組織として、岡田斗司夫が目指している10年以上という長 期にわたり続けることはできない。
だが、最近のオタキングexは「社長の独裁」ということが強調され、exというシステムに必要な透明性がどんどん失われている。
当初の計画が狂ったというならばそれでも問題ない。ただ、なぜそのような行動にでるのか、思いつきや「何かが降りてきた」というだけでまともな説明責任を果たしていない。これでは返って不信を招くだけだ。
お 前(私)が言えよ?明に暗に各所で言い続けてきたのだが、見過ごされてしまったようだ。そもそもこれはexの社員である誰かに促されなくても、組織の独裁 の正当性を示すために、岡田斗司夫自身が率先してやらなければいけないことだ。でなければ、人を魅了する組織であり続けるのは難しい。
オタキングexはその理念にもある通り、「人類苦痛の0.3%を軽減する」という岡田斗司夫が立てた目標の実現にためするために作られた。
自分を含め、何もない状態で最初に集まった社員は、多かれ目標にその目標に感銘なり共感して入社したはずだ。「岡田斗司夫がやりたいことを実現する、あるいは岡田斗司夫個人に尽くすための組織」に入ったわけではない。
ただ、その組織の中心にいる人物は「今自分がやりたいこと」を優先して、目標のためにやらなければいけないことを「辛いのがイヤだ」という子供のような理由で避けている。あるいは自身への個人的忠誠を求めるような行為に走っている。
前者は前にも説明した、劣化した週刊アスキーの連載が好例だ。
後 者は私が直接辞める原因になった「☆制度」がそうだ。社員に自分がオタキングexでしてきた仕事や実績とその所要時間数を申請させて、それに対し岡田斗司 夫が感謝の意を示し「☆」を与えるというものだ。この☆をバベルの塔のプロフィール欄で名前の後ろにつけるのを義務付けている。「代々木のアニキ★☆」と いった具合だ。☆は時間数に対して与えられるもので、★は時間とは関係なく岡田がその人の個人実績として認めて与えたものだ。
評価経済導 入の実験の一環ということで始まったが、私自身この仕組みがどうにも受け入れがたいほど気持ちが悪かった。☆は岡田斗司夫が個人に対して与えるものであっ て、社員同士あるいは社員が岡田斗司夫をといった相互評価する仕組みにはなっていない。当初は年間12万円払えば何もしなくてもいいという話だったはずな のに、これでは12万円払った上で仕事をしないと居づらい仕組みになってしまう。
岡田斗司夫が実社会では無価値なものを与え、それを社員はありがたく頂戴しなければいけない…。ってこれだと最初あれだけ否定していた「怪しい宗教組織」と大差はない。他にもこの制度について言いたいことは山ほどあるのだが、それについては割愛する。
こ れが導入されたのは2011年の8月だが、11月半ばからは今まで自分がした仕事を申請して、かつ☆をつけないものは翌年度以降は社員の更新は断るという お達しが出た。しかも、今まで申請してこなかった人は謝罪文を出さなければいけないというおまけつき。それを順守しなければいけない理由として岡田斗司夫 は「exは独裁制だから社員は社長の言うことを聞かなければいけないから」と説明した。
導入時から自分はこの仕組みに対して反対だったことに加え、謝罪はしたくないし、する理由もない。それまでに鬱積したものがついに爆発するような形で2011年11月17日、退職届を出した。
私 を含め、昨年末から退社した一部社員の間では、社員の更新時期を迎えずに退社宣言することを「脱北」と言っている。「理屈民族の都市国家」という「地上の 楽園」をうたいつつ、周りには個人的忠誠を求め、☆というチャチな勲章を与え、自らは絶対的かつ安全なポジションに君臨しようとする岡田斗司夫を、北朝鮮 の独裁者になぞらえてのものだ。
国家運営に失敗している北朝鮮が強気な発言をし続けなければ成り立たないように、岡田斗司夫もexやクラ ウドシティは今のやり方が自分が作ったルールに沿っていて、目標に向かっているし、道筋も見えていて、前進していると言い張るだろう。でも、実態は私が説 明してきた通りだ。クラウド市民の方々が成功と判断するか、失敗と判断するかは、今後出てくるであろう他の元社員のコメントなども参照した上で判断してい ただきたい。
ちなみにこの文章は当初、オタキングexを去った・あるいは去る予定の人、そして今後も在籍する予定の人を含めた有志に公開 し、転載も自由としたが、今まで社員SNS「バベルの塔」には転載されなかったようだ。私の言い分が全て正しいとは言わない。それでも、今後FREEex やクラウドシティの運営を改善していく上で幾分かは聞く価値はあるはずだ。それでも岡田斗司夫に伝えなかった・伝わらなかったということは、耳に痛い・都 合が悪いことは「無視する」「上に伝えない」ダメな組織に成り下がったということなのかもしれない。そもそも岡田斗司夫が耳にいたい・都合が悪いことは聞 かなかったことにする性格だが…。
この文章はクラウドシティでそれなりに注目を集めているはずだが、私の発言の是非について、おそらく退 社した(退社を決めた)社員を除けば、誰一人としてクラウドシティ内の日記やコミュニティでコメントをしていないはずだ。最近バベルの塔では、立ち上げ当 初からあった、岡田斗司夫自身は読めず社員だけが書き込み・閲覧が可能な、岡田斗司夫に対する愚痴を言うトピックが本人の要望で撤去されたと聞く。それか ら察するに、自由に何かを言える雰囲気ではないのかもしれない。
ここに至るまで岡田斗司夫に付き合ってきたexの社員は、現状に責を負う ところはあるか。社員だった自分自身を含め当然ながらある。ただ、コロコロ変わる方針や思いつきで増える作業、その揚げ句自分で始めたことなのに「疲れた から休む」とわがままを言ったり自分で決めたルールすら忘れる岡田斗司夫に、今いる社員はついていくだけで精一杯なはずだ。
繰り返すこと になるが、目標へ到達するための途中の道は間違えても構わない。ただ、ある決断がそのときは正しかったという履歴を残せないのであれば、将来その組織が目 標に到達したとしても、正義をなしたとは認められないし、「よい組織だった」とは言えなくなる。オタキングexのように、活動記録の大部分がネットに残っ ているならなおさらだ。現在オタキングexにおいて、立ち上げからいる社員の少なからずが不満なりわだかまりを明らかにして退社を宣言している。岡田斗司 夫がそうした正しさを示せていないからだ。
今のオタキングexは理念にある「人類の苦痛の0.3%を軽減する」ための「考え方のOSの普 及」には努めていない。社員が企画したオフ会より参加者が少ないディズニーリゾートやUSJでのイベントは、参加者の数が示すように需要がないし、そもそ も傍目からは岡田本人が遊んでいるようにしか見えない。目標を実現する過程は「楽しく」あるべきだが、それは決して「楽」をすることではないはずだ。
そ してこれ(と同時にクラウドシティにおける、社員たちの私の文章にた対する無反応)は、岡田斗司夫が自ら課した苦痛の「軽減」ではなく、安易な「逃避」に ほかならない。逃避は、岡田自身が「クラウド市民憲章」で語った理屈民族の悩みの解決方法(解決、発散、依存、逃避)のうち、「理屈民族のフォロー範囲 外」とされるものだ。http://ja-jp.facebook.com/CloudCityex?sk=app_7146470109
オタキングexの理念は、岡田斗司夫自身さえも書き換えを認めていないと宣言している。その組織の根っこである「理念」から、exの対象である岡田斗司夫本人が離れてしまったと私は考えている。もっと厳しい言い方をすると、exの理念は失われてしまった。
そうなった組織に存在価値はないし、そこに居続ける意味はない。
細かい個別事例なども指摘すれば言えることはほかに幾らでもあるが、オタキングex・FREEexが抱える問題点を整理した上での私の退社理由はこんな感じです。