はてなキーワード: エミュレーションとは
なぜかはわからないが、アスペルガー症候群の真逆のように、空気が読める。
正確には、自分のよく知っている人が何をしたら、どのような反応をするのかを正確に読むことができる。
おそらく95%くらいで当たるので、役に立つ能力だと言えばそうかもしれない。
大学時代は先輩・同期・後輩がどのようなことに価値を感じており、何をされると嬉しいのかわかるので、気の利くヤツと周りから重宝されていた。
モテるような容姿ではなかったが、好きな女性の機嫌やされると嬉しいことがわかるので彼女はできた。
会社に入ったら、上司ともツーカーのようになるので、気の利くヤツとして、それなりに出世した。
出世というか、上司や先輩から可愛がられ、社内の王道的な部署のポジションにいるというのが正しい。
何をしたら、どのような反応をするのがわかるということは、ほぼ正確に実コミュニケーションをエミュレータ上で模倣できるということだ。
学生時代にはそんなことはなかったのだが、仕事で忙しくなればなるほど、
エミュレータ上でのコミュニケーションに自分が頼ってしまい、他者とのコミュニケーションが疎かになりはじめた。
これは問題だと思って、真面目に連絡や相談をするようにしたが、そこで返ってくる反応は自分の想像と変わらない。
とはいえ95%の精度ということは5%は失敗する。失敗してはいけない上司の意思決定の読みを失敗してしまうことも頻発した。
社内での評判は、周りに情報を流さないヤツ、スタンドプレーをするヤツと低下していった。
家族もそうだ。どうせ言っても仕方ないと、自分の中で問題を溜め込み、妻からも見放された。
悲しいかな、彼らがこのような反応をするだろうことも織り込み済みだった。
映画化は継ぎ接ぎだ。
ある状況下において必要だった形質も、喉元すぎれば不要になる。その場その場で必要であった言葉の集合、小説の文体は場当たりの継ぎ接ぎでできている。映画化なんて前向きな語は間違ったイメージを人々に与えやすい。エンタメは、いやすべてのコンテンツは膨大なその場しのぎの集合体なのだ。
だとしたら。我々読者が獲得したこの伊藤計劃なる奇妙な作家を、とりたてて有り難がり、神棚に祀る必要がどこにあるのだろう。『ハーモニー』は、『虐殺器官』は、すべて時代への適応として作家が描出したにすぎない継ぎ接ぎの一部だ。死後の評価も、映画化の「プロジェクト」も、すべて「ある時代で」においてのみ、皆が生きるために必要だったから、SFというジャンルの生存に寄与したから存在しているだけだ。
かつて読者には、怒りが必要だった。
かつて読者には、喜びが必要だった。
かつて読者には、哀しみが必要だった。
かつて読者には、楽しみが必要だった。
1990年代(かつて)、2000年代(かつて)、伊藤計劃が生きていた時代(かつて)。
かつて読者には、「これ」こそがわたしであるという思い込みが必要だった。
<list:protocol>
<p:その他パンフ等を入念にチェックする>
</list>
「大丈夫。わたしは観られる」
そうつぶやくと、斜面に並べられ、ふかふかのウレタンの詰まった座席に腰を沈めた。
「やあ、読者。七年ぶり、だよね」
「でも、仕方なかったって言うんでしょうね、きっと」
「ええ、言うわ。『仕方なかった』」
わたしは例の盗撮注意CMを聞いた。映画泥棒がパトランプの白い指先をかすめ、法で定められた条文が読み上げられる。
「わたしにとっては、仕方なくないわ」
「そうだね。でもこれ以上衰退させるわけにはいかないんだよ。わたしたちの世界(SF)をね」
「そう。わたしたちの望みはね、伊藤計劃読者のハーモニクスなの」
わたしはね、永遠と人々が思っているものに、不意打ちを与えたい。
わたしたち三作の死が、その一撃なの……。そうわたしは聞いた。世界って変わるの。
わたしたちにとっては、すべてが変わってしまうわ。
「ついに、わたしたちはここまで来た」
「ここまでって」
業界の幸福を目指すか。真理を目指すか。読者は<天才の夭逝>のあと幸福を選んだ。まやかしの永遠であることを、自分は進化のその場その場の適応パッチの塊で、継ぎ接ぎの出来損ないなコンテンツであることの否定を選んだ。人格を圧倒すれば、それが得られる。すべて、わたしたちが読んでいるこの世界のすべてをシノギに置換すれば、それが得られる。読者はもう、戻ることのできない一線を超えてしまっていたんだよ」
わたしは画面にくぎづけになったまま、戸惑いの表情を浮かべる。
それを憎んでいたのは、
誰よりも否定していたのは、
「そ、わたしは『意識のない』作家の一員。というより、生を必要としない作家の一員、と言ったほうがいいかな。生を獲得した今となっては、だった、って過去形になっちゃうけど。わたしの生はあなたたちのそれとは管理する現実のセクションが違うんだよ。TOHOアニメーションと早川書房の一部でエミュレーションしている、らしい。わたしのプロジェクトはね、ここで生まれたんだ」
性器が屹立したような桃色の建造物の群れ。『チャージマン研』のころの未来像。
「ここはね、アニメのスタジオだった。書店から誘拐された原作本(おんなのこ)たちが、ここで毎日アニメーターにやられてた」
「わたしにのしかかってきたプロデューサーはね、わたしに繰り返し繰り返し入れながら、原画と台本をわたしに触らせてた。これがアニメだ、これが贈与だ、これが力だって言いながら、まるで自分のもうひとつのペニスをさすらせ、しゃぶらせるようにわたしの口にredjuiceを突っ込んで、何度も何度も突き入れた」
わたしは計劃の話を聞きながら、既に涙を流していた。
これほどのことを、こうもにこやかにさわやかに話すことのできる意識。
「そうして突き入れられて、台本を修正校でべたべたにしているときに、わたしは生まれたの。このスクリーンのなかには、LINEスタンプも新装カバーもコミカライズも特集もトリビュートアンソロジーもグッズも本屋大賞も、すべての夢がたっぷりと染みついている。わたしは希望のなかでもう一度生まれた。いわゆる、プロジェクトとしてね」
「計劃は言ってたじゃない」と言うわたしの顔は涙と鼻水でぼろぼろになっている。
「計劃はこの世界を憎んでいるって。愛し愛され真綿で首を締められるようなこの産業を憎んでるって。どうなの、あそこはここ、この劇場よりひどい場所だったの……わたしたちの読んでいたジャンルは、この生首ディスカッションばかりのアニメよりひどい作品だったの……」
「どうしたらいいか、わからなかった。
この世界を憎んで、この世界に居場所がないって、どの作品も叫んでいた。わたしはそのときに思ったの。わたしは人間がどれだけに自意識過剰になれるか知っている。そしていま、逆に人間が自意識を――自然を押さえつけようとして、どれだけ壊れていくかを知った。そのときは、わたしは単純に思ったの。この社会が、このクール・ジャパンが、この2010年代という時代の仕組みがおかしいんだって。内部から、自分の裡からあのときの感動を徹底して求める読者がおかしいんだって考えたの」
そうだ。商業的健康を何よりも優先すべき価値観とするイデオロギーの許に、ポジティブな感想を常に提出しつづけなければならない空気。ジャンルの存続のために自らを厳しく律することが平和と協調と新作を生むと皆が信じている社会。
「何を」
「読者は変われるってこと。読者としての、信者としての偏狭な視点の限界を突破できるってことに」
「この業界を、わたしたち読者を憎んでいるから、あんな桜Trickを作ったわけじゃないのね」
「うん。わたしは愛している。この映画を全力で愛してる。あなたたちを愛してる――すべてはこの世界を肯定するため。すべては『わたし』を忘却できず、『わたし』に侵食される世界を救うための」
「この世界にとって完璧なプロジェクトを求めたら、作品の質は最も不要な要素だった。お笑いぐさよね」
「わたしは、笑わなかったよ」
感動げな大自然の映像が流れる。感動げなコーラスが流れる。どこからかニコニコ動画の亡霊の歌声が響いてくる。
「そうすべきだと思った。いま、世界中で何万というコンテンツが発生している。日本でもね。ジャンルが要請する小さな利益とか、そういう細々した関係性を扱う以前に、わたしたちはまずどうしようもなく読者で、継ぎ接ぎの機能としての快楽や欲望のよせあつめにすぎない、っていうところを忘れることはできないんだ」
「あなたは思ったのね。この現状に信者たちがなじめず腐っていくのなら――」
伊藤計劃が指をぱちん、と鳴らすと、今度は『ファイト・クラブ』の上映がはじまった。
「というより、読者であることをやめたほうがいい。SFファンを、オタクであることをやめたほうがいい。文化が生み出した継ぎ接ぎの快楽摂取行為にすぎない読書を、この身体の隅々まで徹底して駆逐して、骨の髄まで社会的な存在に変化したほうがいい。わたしがわたしであることを捨てたほうがいい。社畜になったほうがいい。書を捨てよ、会社に行こう――『わたし』とか意識とか、夭逝の天才だとか、プロジェクトだとか、SFだとか、アニメだとか、映画だとか、環境がその場しのぎで人類に与えた機能は削除したほうがいい。そうすれば、復讐を目指したあなたたちに、本物の復讐が訪れる」
「じゃあ、計劃は戻りたかったんだ。あの『エヴァンゲリオン』以前の風景に。自分の民族が本来はそう在ったはずの風景に」
「そう、なのかもしれない。ううん、きっとそうなんだね」
「じゃあ、それを奪うことは、わたしのささやかな復讐になるのかな」
「え」
「SFは死ぬ必要がなかった。だから早川はコンテストを再建したんでしょ。創元は短編賞作ったんでしょう」
「……そう、なのかな」
「あなたの『プロジェクト』は自己正当化する必要があった。あのときは。既に受賞済みの、止めようがない才能たちに対して」
「そうなのかな」
わたしはうなずいて、そしてきちんと座り直した。
「どうやって」
そして、わたしは席を立った。
検証したのはMBP2011, core i7/RAM16GB
設定画面のプロセッサー数をふやしたら、MBP本体のコア数の消費が増えるかと思いきや、複数コアをエミュレーションしているだけのよう。エミュレーションそのものにパワーを食われるのか、プロセッサー数の数値を増やすと体感があきらかに遅くなる。
ビデオメモリー割当量より、上記のプロセッサー数での影響のほうが大きい。1の状態のほうがスムーズ。
私の説明に異議があったならその時にその文を引用して具体的に「ここに異議アリ!」とやってください。
後からなんとなく「出来てない」と言われてもどこに不満があったのかがわかりません。
これまでこうやって部分に対して「いやそれこういうことだよね」って言ってきたやり取り全部が「異議」なんですけど。
例えば私モテが自己中心的だしそれがキモイと指摘すると「自己中心的でキモイと思うのはあなたの価値観」「意味が分からない」「他作品もそう」とか言って、「私モテの自己中心的と言われる要因」についての指摘は何ら覆せてないでしょ?
っていうかむしろ認めてるしね、オタクがモテない女子高生かぶってるしそれは奇形的だって。
今のあなたの主張っていうのは要約すると「オタクがモテない女かぶってモエててわりーか!かわいいんだからモエるんだから売れるんだからいいだろうが!叩くな!!1!叩きは全部感情論で意味がない!!1!!」ってことでしょ。
そんなの叩かれるのはしょうがないじゃん。異様だし身勝手だし自己中なんだから。自分の欲望に都合良いようにしか考えてないんだから。
「勝手なこと」っていうのは批判されちゃうものなんだよ。真に受けたくないならスルーすればいいのに。
代表的なところで
1部、5部、3部(5部)、2部
登場キャラは「英国紳士」や「イタリアンマフィア」の皮をかぶっていますが彼等のスタイルや思考回路や好悪の感覚、正義、怒り…は本物の英国紳士やマフィアのものではなく荒木飛呂彦や私達でも理解や共感が出来るものになっています。
意味不明。挙げられた部のどのキャラが「皮被った日本人」なの?
「本物の英国紳士やマフィアのもの」じゃないって、読者が理解・共感できるから本物じゃないっていう理屈なの?その「本物」って何?
「異様」という新フレーズが出てきましたが、これまでの類語です。
「気持ち悪い」「ちゃんとしてない」「まともでない」「真っ当でない」「超勝手」 +「異様」。
これらはあなたの感覚と違うということしか説明しない単語で、『私モテ』があなたの感覚に合わないことはもうわかっていることです。
不当で不誠実。不正確。かつそれに意図的に目をつぶろうとするのが身勝手であり超勝手。自己中心的。
ほら、また話を変えようとしてる。よく読んで。
元の文章って「オタ向け作品が叩かれるのは何故か」っていうことに関してのわたしのいち意見であってわたしが気に入る気に入らないの表明じゃないから。
荒木飛呂彦の思考回路や拘りをそれらのプロフィールや状況に当てはめているわけです。
あれは要するに…「荒木飛呂彦が独身の殺人鬼ならどういうポリシーを持ちどう行動するか」というエミュレーションです。
『私モテ』作者は智子について自分の思考回路や思い出(主に駄目なもの)を女子高生というプロフィールや状況に当てはめているわけです。
違うでしょwジョジョのやってることはエミュレートというよりシミュレート。
リアリティを重視すると公言する岸辺露伴をきちんと描写するためには、想像力が大事と考える荒木飛呂彦個人のこだわりは差し置いて「岸辺露伴ならどうするか」を考えなきゃダメじゃん。
荒木飛呂彦が独身で人殺したくなったとしても吉良吉影の三位重視のポリシーとか他人の手首へのフェティシズムとかとは別の動機別のスタイルになって当然でしょ?
岸辺露伴も吉良吉影も、架空性の問題以前に作者とは別だからだよ。
私モテの「作者の高校時代を女子高生でやってます」という話とは全然別次元でしょ。出発点からして違うし。
それにジョジョに「こんな人いるいる!」感がないっていうのは私モテに「こんなモテない女子高生いるいる!」ってのがあり得ないのと同じですから。
どうでもいいですが、私は『私モテ』が好きだなんて言った覚えは一度もありません…。
でももこっちには萌えてるんだよねw「かわいい」とか言ってたみたいだけど、かわいくはないよ。かわいくはないよ。
作者もかわいくなく描いたって言ってるらしいし。
>「描けば良いのに」「不誠実」「超いい加減」。
これまでもそうだったけどすごく簡単な日本語しか使ってないので、「意味が分からない」は今後スルーしますね。
「これこれこういうことだと理解してるけど、違いますか」くらいには自分の理解レベルを示してから言って下さい。
それを持ち出すぐらいならまずジョリーンや他の女囚が別に女性的でもないことを持ち出します。
あなたの論理を六部に当てはめれば「主人公が女でなければ描けない、女でなければリアリティが出ない説得力を持たせられないものを描くために主人公を女にするならまだ意味があるけど、
『ストーンオーシャン』はそうじゃないじゃん。」
むしろ「すごく良く女を描いてる」と言ってる評もあるんだけど。
http://blogos.com/article/20426/
作者本人の見解としてはhttp://proudyblood.nobody.jp/wryyyyyyy6.htmlの冒頭、作者コメントの引用かな。
ちゃんと「これを表現するためには女でなければならない」というポリシーで描いてるわけ。
絶対「そのギャップが面白いと思った」というあたりで私モテと同一だとかいって揚げ足取ってくるだろうと思うので先に潰しておくけど、女ではハードルが高い困難を超えさせるということが物語を盛り上げる上で「面白い」という意味であって、男がやるより女がやったほうが見苦しくないとかカワイイとか萌えるとかいう面白さは全然追求してないから。ジョジョにはそういうごまかしは見られない。
残念ながら。
あなたがすごく気持ち悪いと感じていることはよくよくわかりましたが
それでもわからないとしたら、たぶんあなたがそれを「欠陥」と認識できないということなのでもう私にはどうしようもないかな。
かなり長くやりとりをしてきたのに
っていうことにしておいて下さい。
1行目と2行目が繋がらないと思います。
例えば「作品」のかわりに「社会」であれば1行目と2行目は完全に繋がりますし、
そのような社会は間違いなく不当です。
が、「作品」と言い出したら、そんなもん、購読者の絞り込みでしかないと思いますが…。
「全てが喪男を喜ばせる方向に動いてる作品」は喪男以外の人が期待読者層から排除されているかもしれませんが、
排除された人達にはそんな喪男向けコンテンツなんか以外の無数のコンテンツが用意されています。
ないがしろにはされていません。
「ないがしろにする」の意味はその後のやりとりで出ているのでよく読んでね。
そのとおりで不当だし不快を感じる人がいても当然でしょ。あなたはそう感じない?
レディスデーのときにデートで映画入ろうとする女がいたら男はイラッとする可能性あるじゃん。
CamCamは基本ファッション雑誌なのですべて女性向けで不当っていう感じでもないけどananとかは特に女から見ても「うわあ…」って紙面のときあるよ。
仮に客側読者側である女が「それは商業的に向こうがそうやってるんだから仕方ないじゃん」と言ったとしたら、「そうだけどだから?文句出るのは当然じゃん?むしろ何で擁護みたいな感じになってんの、自分が利益得られるから?」って言い返されるのは全然おかしなことじゃないでしょ。理屈として間違ってない。
笑えることって楽しくない?w
「客観的にこの作品は批判されるべきである」といった主張をするなら論理性が足らない(というよりほとんど無い…)と感じます。
「客観的」というのは「あなたの感性にも合致するかたちで」ってことじゃないんですけど。
むしろ論理性が足らないと「感じます」って、あなたの主観でしょそれ。
感じることは人それぞれだからそう感じたこと自体は責めないけど(あなたを見習ってw)、それは私の意見に論理性がないということは意味しないから。
せめて間主観くらいには自分の枠から出てきてから言って欲しいな。
「非難されるべき理由や要素」というのは残念ながら一つもわかりません。
ほらこれも、「わかりません」。「ありません」じゃなくて。
「挙げられたこれとこれとこの指摘は作品に関する事実と相違しています、つまり誤解です、誤解なのでその非難は的外れです」とかじゃない。
あなたがわからないだけなんだよ。あなたの主観において受け入れがたいだけ。
あっごめんねwだって反応のパターンがすごいよく似てると思ってさ。
本当に冷静な人間はw文字一つとっていちいち攻撃だとか感情的になってるとかあげつらわないもん。そこ本題じゃないんだし。
取り乱してもいいんだよ?それだけ傷ついてるってことなんだから。
どこで「間違っていることを説明」できてるの?
私の説明に異議があったならその時にその文を引用して具体的に
「ここに異議アリ!」とやってください。
後からなんとなく「出来てない」と言われてもどこに不満があったのかがわかりません。
「客観性がない」というのは初めて聞きましたがおっしゃる意味が良くわかりません。
それはそう思う。
オタクとか性欲剥き出し男向けの作品の類が叩かれるのって結局はそういう自分勝手でいい加減なところが気持ち悪がられてるからだし。
えーとつまり
『私モテ』が特別気に入らないのではなく
オタク向け作品全般が気に入らないだけですか?
>例えばイギリス人やイタリア人のフランス人やアメリカ人の皮をかぶった日本人なら出てきます。
どこに?w
代表的なところで
1部、5部、3部(5部)、2部
登場キャラは「英国紳士」や「イタリアンマフィア」の皮をかぶっていますが
彼等のスタイルや思考回路や好悪の感覚、正義、怒り…は本物の英国紳士やマフィアのものではなく
荒木自身が一番長い時間浴してきたのは日本社会であり日本文化ですので
あなたがいう「もっとリアルになるように描き直すべきだ」をあてはめるなら
JOJOは全部の舞台を日本に、主人公を純日本人にすべきでした。
「異様」という新フレーズが出てきましたが、これまでの類語です。
「気持ち悪い」「ちゃんとしてない」「まともでない」「真っ当でない」「超勝手」 +「異様」。
『私モテ』があなたの感覚に合わないことはもうわかっていることです。
「私の感覚に合わない」以上のことを言いたいなら論理的な言葉を使ってください。
「これこれこういう状況に陥った時『彼らなら』どう考え行動するだろうか?」と想像し描くことが出来ているだけ。だからリアリティがあるの。わかる?
荒木飛呂彦の思考回路や拘りをそれらのプロフィールや状況に当てはめているわけです。
あれは要するに…「荒木飛呂彦が独身の殺人鬼ならどういうポリシーを持ちどう行動するか」というエミュレーションです。
『私モテ』作者は智子について
自分の思考回路や思い出(主に駄目なもの)を女子高生というプロフィールや状況に当てはめているわけです。
あれは要するに…「私モテ作者が女子高生ならやっぱりこういう駄目な生活になるだろう」というエミュレーションです。
荒木作品のキャラクターって「こんな人居る居る!」感っていうのはあんまり無いんですよね。
独特の濃い思考回路の持ち主ばかりで、どこか共通の風合いがあり、あれは荒木の人格のいろんな角度の像です。
荒木ファンが荒木飛呂彦本人を偶像化して憧れるのは彼こそがJOJOやDIOの中身だと知っているから。
あなたは荒木以外の作家を持ち出した方がこの場の議論にはまだ良かった気がします。)
『彼らなら』がかけ落ちてるのが『私モテ』。彼らじゃなくて『俺なら』で通そうとしてるのがあなたの大好きな作品なんだよ。そうでしょ?
どうでもいいですが、私は『私モテ』が好きだなんて言った覚えは一度もありません…。
『俺なら』で通すなら『俺』をそのまま描けば良いのに、そこを(『俺でない誰か』を、でなく)『俺でない誰か』で描くのは不誠実だし超いい加減。
>「描けば良いのに」「不誠実」「超いい加減」。
論理的な言葉を使ってくれないと「私は気持ち悪いと思う」から踏み出した議論になりません。
しかもその『俺でない誰か』と『俺』との乖離はかなり著しいときたらかなり自分勝手じゃん。美醜を差し置いても男を女にするのって相当な飛躍だよ。
>「自分勝手」
意味がわかりません。
相当な飛躍だよ
エンターテインメントやフィクションに対して「甚だしい飛躍」は褒め言葉です。
主人公が女でなければ描けない、女でなければリアリティが出ない説得力を持たせられないものを描くために主人公を女にするならまだ意味があるけど、『私モテ』はそうじゃないじゃん。
不誠実でいい加減で自己チューって終わってるよ?
>「不誠実」「いい加減」「自己チュー」
意味がわかりません。
>「叩かれたってしょうがないと思う」
意味がわかりません。
あ、アナスイの例とか出すのやめてね。アレは男女チェンジがどうこう以前に『俺』でない『彼ら』のひとりだから前提から違っちゃう。
別に持ち出す気はありませんでした。
それを持ち出すぐらいならまずジョリーンや他の女囚が別に女性的でもないことを持ち出します。
「主人公が女でなければ描けない、女でなければリアリティが出ない説得力を持たせられないものを描くために主人公を女にするならまだ意味があるけど、
『ストーンオーシャン』はそうじゃないじゃん。」
またあの刑務所内エピソードの元ネタ本の著者も男性元服役囚です。
感情の経路って何のこと?
この作品の欠陥はもうかなり指摘されてるよ。それがわからないってこと?
残念ながら。
あなたがすごく気持ち悪いと感じていることはよくよくわかりましたが
客観的な批判をしたいならまず
「気持ち悪い」「ちゃんとしてない」「まともでない」「真っ当でない」「叩かれたってしょうがないと思う」
「超勝手」「異様」「自分勝手」「不誠実」「いい加減」「自己チュー」「終わってるよ?」
というような非論理的・感情的・主観的な言葉を使うのはやめるべきだと思います。
(大学のレポートや卒論で何かを批判するとき、このような言葉を使ったか思い出してみてください。)
誰かのトラバだけど
ttp://anond.hatelabo.jp/20120810111827
まず、
かなり長くやりとりをしてきたのに
論理的な説明を自分のログから出せずに他人のものを引くあたりに
次に
喪男中心の価値観に基づいて作られた作品は全てが喪男を喜ばせる方向に動いている。
…本当にこれでいいんですか?
「気持ち悪い」「いい加減」というふわふわした言葉の連呼よりは手ごたえがありますが、
1行目と2行目が繋がらないと思います。
例えば「作品」のかわりに「社会」であれば1行目と2行目は完全に繋がりますし、
そのような社会は間違いなく不当です。
が、「作品」と言い出したら、そんなもん、購読者の絞り込みでしかないと思いますが…。
「全てが喪男を喜ばせる方向に動いてる作品」は喪男以外の人が期待読者層から排除されているかもしれませんが、
排除された人達にはそんな喪男向けコンテンツなんか以外の無数のコンテンツが用意されています。
ないがしろにはされていません。
「レディースデーやってる映画館は男をないがしろにしてるので不当」とか
「CanCamは全て女性を楽しませる方向で誌面が作られてるから不快」みたいなレベルですよ。
あ、またつけちゃった。でも本当に煽ってるわけじゃないんですよ。
ただ単に可笑しいだけ。
私はあなたの怒りや苛立ちを誘おうとしていないのに
あなたがそういう感情に囚われているのを見るのは心から残念です。
可能であれば楽しく、それが出来なくてもせめて静かな心でお話がしたいと思います。
非難されるべき理由は私もこれまで書いてきたけど、そもそもでっち上げるまでもなく大元の増田記事が大体指摘してくれてますよ。
これまでの所あなた達が書き得たのは
「気持ち悪い」という感情の話か
「レディースデーは男をないがしろにしてる」レベルの”論理”です。
感情は尊重するし自由だということを私は繰り返し書いてると思います。
ただそれ以上のこと、「客観的にこの作品は批判されるべきである」といった主張をするなら
好きな作品が叩かれるのに耐えられないんじゃないかなとは思うんだけど、でも非難されるべき理由というか要素は全部認めてますよね。
「非難されるべき理由や要素」というのは残念ながら一つもわかりません。
イジメられっ子みたいな気持ちなのかな?「いじめられるのはいじめられっ子に理由があったとしても責任は無い」ってよく言うし。
ブログに書くと、一発で仕事バレするようなニッチなネタなのでここにメモっとく。
http://www.atmarkit.co.jp/fsys/zunouhoudan/091zunou/xmos_cpu.html
ここではボロカスに書かれていたが、やっと安い評価キットが出はじめた。
http://www.csp-consortium.org/apps/XMOS_training_kit%282010-08%29.pdf
ニコニコ技術部あたりが食いつきそうなネタではあるものの、今の所ニコ動でXMOSで検索しても1本も出てこない。
デジキーですぐ買える。チップ1000円~3000円。小規模な評価キット2万~3万ぐらい。
ちなみに総産研にXMOSという名前を使った特殊なMOSトランジスタの研究発表があるが、それとは全く別物。
特徴:
普通にC言語でも使えるらしいが、チップの特徴を活かすためにはXC言語という専用の言語を使う。
昔、トランスピューターをやってた人達が作った。なので、XCの実態はトランスピューター用言語とC言語を混ぜたような感じ。
・小規模な組み込み向けの用途において、安価なチップで、並列処理とかイベントドリブンな処理が可能、という点が画期的。並列処理は大規模コンピューティングだけのものじゃないよ!という熱いメッセージ。
・ハードウエアの動作をソフトでエミュレーションする処理は、いわゆる「ワンチップマイコン」よりは得意&楽。
・XCは言語仕様としてポインタが削除されてる(!)。XCをC言語の派生言語と呼んでいいのか迷う所。
・XCは、昔のトランスピュータを勉強した経験がある人じゃないと、上手には使いこなせないクセモノ。いい感じにガラパゴス化しとる。
・大容量のメモリをつなぐことを想定した専用ハードを持ってないので、自ずと用途は限られる。(DRAMのI/Fをエミュレータでやれ、なんて言われても絶対嫌だ。)
・XCの言語仕様は、「木に竹を接いだ」ような状態で、お世辞にも美しいとは言えない。ソースコード眺めてるだけでムカつく。(将来的に改善される可能性はある)
・「チャネル」というのが1つのキモだが、この帯域幅が今時のチップとしてはしょぼい。ただしこの欠点は大量のチップを並列に使えば、理論上はある程度補うことが可能らしい。
・MMUを持たないので、Linuxを移植できないのか、と言われるとツラい。
XMOS応用例 Youtubeでもやっと数千再生しか行ってない。
http://www.youtube.com/watch?v=4gbFagvjSfU
http://www.youtube.com/watch?v=eLyn2Ghq_oE
http://www.youtube.com/watch?v=atAdpt5SZe8
今、XCとXMOSに取り組めば、あっという間に国内のこの界隈では有名人になれるかもしれない。強いて言うならそこが唯一の魅力。
なるほど。
さすがにそのお医者さんはよくわかってるみたいですねw
信頼していいんじゃないかと思います。
俺は発達障害の診断を受けたことは無い(近いうちに診察に行こうかとは思ってますが)ですが、おそらくお子さんよりは健常に近いケースだと思われます。
戸締りなどを忘れる頻度は「ちょっとおっちょこちょい」レベルでした。
お子さんもCPUは良さそうなので、成長に応じて大抵のことはソフトウェアエミュレーションで何とかなるようになると思います。
俺は今は漢字書けますし(割と忘れますがw)、文章も普通に書けますし、英語なんかもそこそこ(TOEICで900くらい)はできるようになりました。
個人的に今でもきついのはやっぱり記憶関連が弱いことですね…。これは受験生のときも苦労しました。
俺は受験テクニックとか大嫌いなひねくれ者だったのでw余計に苦労しました。暗記はできないしテクニックも使いたくないと。
それでも(それほど高級ではない自分の)CPUパワーで押し切ればそこそこのところには行けたので、テクニック的な部分も教えてあげればおそらく問題ないと思います。
まぁこれは蛇足でしたが、まずは何よりお子さんがひねくれてしまわないようにしたいですね。
自分の場合は中学校の最後くらいから周りが俺の能力を認め始めたため色々楽になりました。
そうなる前に変な方向に大きくずれてしまわないよう、何とか手助けしてあげてください。
ではまた。
バイトでも落ちまくるってのはやっぱ何かしらクリティカルな問題があるんだろうなあ。
俺も新卒のときの就職活動は苦労したが、その原因は「社会のルール」を理解してなかったことだった。
空気が読めてなかったと言ってもいい。物事の価値基準に関する漠然とした、だけど確実に存在する暗黙のルールだな。
もしそれが原因だったとしても、「こうするべき」と明確に言えるものじゃないのが難しいんだが…。
俺自身は今でも空気は読めてなくて、でも「普通の社会人」を脳内エミュレーションできるようになったので何とかなってる。
なんかしらのとっかかりがつかめればわかると思うんだけどね。
http://d.hatena.ne.jp/wiseler/20090303/p1
主張:
・マジコン販売禁止では不正コピーはなくなるどころか,より被害は悪化する
・ゲーム業界は「断固たる禁止」ではなく,異なった道を模索すべきである
背景:
・マジコンとは
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%a5%de%a5%b8%a5%b3%a5%f3
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%B8%E3%82%B3%E3%83%B3
平たく言えば,ゲームソフトの不正コピーや,不正コピーしたゲームをプレイすることを可能にするもの
・カジュアルコピーの氾濫
各種雑誌での紹介,口コミなどにより,「タダでゲームが遊べる機械」として一般的に認知され普及
誰でも簡単にマジコンを入手でき,容易に不正コピーされたゲームを取得できた
特に必要となる専門知識が無かったのが普及の最大要因であると考えられる
・法的手段によるマジコン禁止措置
最近では,販売前から任天堂正規のゲームが不正に流通するなど,売上げに深刻な打撃を与えかねないところまできている
それを見かねた任天堂やスクウェアエニックスなどゲーム業界各種は共同で,
マジコンを輸入・販売する業者に輸入販売の差止めを求めて東京地裁に提訴,販売差し止めの判決がなされた
http://www.nintendo.co.jp/corporate/release/2008/080729.html
「ゲーム・プログラムの複製物が、起動可能となるため、(略)極めて大きな損害を被っており」
と示しており,少なくともこの文章から素直にその目的を受け取ると,
マジコンが普及することにより,ゲーム全般の売り上げが損なわれることを阻止したい
ということになる.
では,なぜその手段として,「マジコンの販売差し止め」を選んだのか
結論から言えば,「一番コスト対効果が見込めるから」だと私は考えている
売り上げ被害阻止の方法はいくつか考えられるだろう
・アップロードしているユーザを著作権侵害で訴えるなどして辞めさせる
など
おそらくこれらも並行して行っていくつもりであろうが,
まずは,マジコンの普及を止めることが最も効率がよいと考えたのだと思う
大半の人は技術を持たない.パッケージ化されたもの=マジコンと不正コピーが用意されて初めてその技術を用いることができる.
マジコンしか方法を知らない人にとっては,マジコンが入手できない=不正にプレイすることができない,になるからだ
しかしながら,これでめでたしめでたしとはならず,まだ問題は残りつづける
なぜなら,ゲームの不正コピー自体はこれからも存在し続けるからだ
既製品としてのマジコンを奪われたとしても「タダで遊べる」という魅力がある限り
他の方法(エミュレーション,自作マジコン,闇ルートからのマジコン取得)で不正コピーゲームを遊ぶ人はいるだろう
2 それでもマジコン(エミュレーションソフト,マジコン設計図?)を作り,売る人がいる
リーガルリスクがあろうとも,1のような人を対象とした儲けがある限り,闇ルートを確立して売る人は残る
3 だからこそ不正コピーを作成する人がいる
1,2のような不正コピーが求められる環境が整うからこそ,不正コピーは残り,増え続ける
これらの問題は,ハードウェアの改良や法的処置などで改善されることはあっても,
リバースエンジニアリングや不正利用者とのいたちごっこであり,根本の解決はない
結局のところ,ゲームを不正にコピーする輩がいる限り,完全にこの問題を解決することはできない
さらに悪いことを言えば,その被害が確認できないという状況に陥る可能性がある
今までは,マジコン大手が一般のお店でマジコンを販売することが許されていたので,良くも悪くもその状況は理解しやすかったが
闇ルートが横行すると,大手が出所を隠蔽し,出回っている数や性能などが把握できなくなってしまう
そのため,ハードウェアの改良,法的処置というパッチすら当てられない状況になりうる
といって手をこまねくわけにもいかないので,異なる解決策を模索してみよう
先ほどのハードウェア改良などは,いわば強硬策である
この方法ではよほどの画期的な改善が無い限り,いたちごっこに陥る.
では,逆にもっと柔軟な策はないだろうか
先ほどの理由1,2をもう一度見てみよう
なぜ不正なことをしてまで遊びたいかといえば,「タダ」だからである
2 それでもマジコン(エミュレーションソフト,マジコン設計図?)を作り,売る人がいる
1のタダで遊びたい,という心理につけこめるから,儲けることができるのである
強硬策は,マジコン販売禁止などの方策で,無理やり両者を切り離そうとするものである
そうではなく,1にとって魅力的な,代替を示すことで,両者の関係を解消できないか
完璧な技術・法的根拠によって,違反者0となる仕組みを作るのではなく
ある程度ととのった仕組みを作ることで,違反するためにはちょっと手間暇をかけないといけなくして
メリットがあまり感じられなくすることで,ゲーム業界が儲けを確保できる程度に違反者を減らせればいいのではないか
かなり突拍子の無いことを提起しているようだが,順を追って説明する
これが可能な限りやすくなればよく,究極的にはタダになれば最高である
さて一般論として,ものを安くするには,中間のマージンを減らすことがよいことは周知の事実だろう
では,ゲームソフトにおいてそれを実現するにはどうすればよいか
単純に考えれば,メモリーなどの物理的なモノを売るのではなく,デジタルデータのみを,直接販売するのがもっともよいだろう
そこで,ゲーム会社と購入者との購入契約を,任天堂公式のマジコンが承認するという形を取るのはどうだろうか
この契約はDRMのように(例えば)任天堂において一括管理されており,正式利用者にはサービスを提供し,
不正利用者を発見した場合には,ゲームができなくなるなどの処置を施すようにする.
ゲーム業界としては売り上げ動向の把握も容易になり,開発計画も立てやすくなり,ゲーム価格は適正なものになると考えられる
参考までに,同様の取り組みをPCで行っているSteamを紹介させていただく
http://ja.wikipedia.org/wiki/Steam
物理的なものにこだわらない仕組みであれば,体験版も可能であるし,
MMOなどで取られているような,基本無料,拡張課金という提供も可能である.
場合によっては,広告などをうまく活用して無料のゲームも提供できるかもしれない.
あるいは,知り合い間ではゲームデータのコピーを許容してお試し期間内にはタダで遊べる,などできるかもしれない.
ある程度の(ゲーム業界に利益がもたらされるような)制約をもうけながらも提供すること である.
さて,以上が私の主張であるが,ここでは視点を変えて,公式マジコンを用いたアマチュア開発の可能性を示唆する
PCにおいては,ゲーム会社が作成するようなプロのゲームのほかに,一般者が必ずしも営利目的としないアマチュアのゲーム開発がされてきた.
その出来は様々であり,ものによってはプロにも匹敵するようなゲームもあり,ときに,ゲーム会社から正式に販売されることもあるほどである.
これらアマチュアによるゲーム開発は,プロによる「完成度」が求められるゲーム開発のオルタナティブとして重要な役割を果たしており,
荒削りではあるが,未知の可能性を秘めた原石がそこには確かに存在する.
専用ハードで展開されているゲームにおいても,このアマチュア開発の「可能性」を取り込むことはデメリットにはならないはずである.
しかしながら,現状の,非正規なマジコンによるアマチュア開発では,この可能性の発見,原石の掘り出しは難しい.
これら開発は正式に許可されたものではないため,ひそかにやらざるをえず,日の光を得ないからである.
その上,マジコンが販売禁止になったので,これからさらに闇ルートへと隠されていくわけである.
そこで,公式マジコンによる,正式なアマチュア開発への門戸開放である.
門戸開放とは,公式マジコンという技術提供だけではない.一般利用者への開発物提供の場を与えることも含めたものである.
ただし,アマチュアによるゲームをプロによるゲームと同等に売り出すことは意図していないことを注意されたい.
アマチュアが勝手にゲームを販売し始めたら,いわゆるアタリショックなどで知られるようなゲーム自体の質の低下を招きかねない
無法地帯を作るのではなく,ゲーム業界が管理可能な範囲で自由に作ってもらうようにする.
敢えて誤解を恐れず言うと,ニコニコ動画などのような,
アマチュアが作り出したものだと一般利用者が理解してくれることを前提としたアマチュア特区である.
作り出されたものの中から,特に優秀で可能性のあるものに対しては,正規ルートによる販売を促進するのだ.
最後にまとめると,必ずしも法的根拠による厳しい措置は,すべての解決の道とはならず,負の連鎖に陥る可能性がある.
任天堂その他ゲーム開発会社には,より柔軟なシステムづくりによって,利用者にとっても,開発者にとっても利益がもたらされるよう努力を望む.
その可能性として,じゃあ思い切って公式マジコンもありじゃね?と思った次第です.
id:wiselerの日記 http://d.hatena.ne.jp/wiseler/20090303/p1 を見て,伝えたいと思われる意図を自分なりに代弁してみた.
議論の練習ということで,必ずしも私本人がこのようなことを強く切望しているわけではないので誤解しないでもらいたい.
あくまで別の視点として,本論には一切登場させずに論じることで,議論の軸をぶらさないようにしたつもりである.
また,余計な,自分が知りえる知識を出すのではなく,必要性が無い場合は論じなかった.
マジコンの歴史,詳しい仕組みは説明するだけ長文になり,理解の妨げになる.
原文が文章構成として一貫性が欠けるものとなっているのは,主観による言葉を多用しているのに,その主観がいちいちぶれるからである.
具体的には,
「アマチュア開発者にとっての死刑宣告」「アマチュア開発者の封じ込め」
消費者視点
「任天堂にとって良いこと尽くめ→我々消費者が任天堂のような企業利益の視点で考えなければならないのかはなはだ疑問」
主観で書くなら,自分の立場を(少なくともその文単位における主観を)はっきりさせた上で,その主観からぶれないこと.
いろいろな利害をめぐる話を書くなら,客観性をもった言葉に徹すべき.
結局,言いたいことがわからない.
はっきり言わせて貰うが,これは議論云々以前の問題である.
いずれかの立場から,何が問題であると感じており,結論として何を言いたいのか.
「私はマジコンがなくなると,利用者はタダでゲームが出来なくなるので困ると思います.」
あまりに幼稚な主張だが,これは何が言いたいのか明確である.議論も可能だろう.
発言のよしあしではなく,この域にすら達していないことが問題なのだ.
であり,
ので,ご留意を.
ただ,せっかくのコメントですので回答をば,させていただきます.
枠組みとしてはご指摘通り,同じだと思います.
正直に言えば,私もその点を元ネタに対して突っ込みたいくらいです.
とにかく自分で言える範囲の主張としては,もっとオープンにしてみるということです.
質云々はそんな気がしますが,まったくオープンに展開してない状態で,所詮アマチュアは・・・って言えないはずですよね?ってことですね.
少なくとも現状のDSでは,まともなゲームは一律数千円かかるのが現状です.
数百円程度のお手軽価格で簡素なゲームなら,わざわざ違反してまで手に入れなくなると思います.
(DSiはアプリ購入があるとかないとか 時代は変わったと思いますが)
今までの歴史上,オフィシャル以外でまともなのがない,というのはごもっとも.
ただ,繰り返しになって恐縮ですけど,公開の場が無かったのは一つの要因じゃないでしょうか.
近年の利用者が,「モノ」に対する価値を失いつつあるのは,このデジタル社会での宿命でしょうね.
じゃあどうやって,ゲームメーカーは生き残っていくのか.その答えが,
おっしゃるとおりのサービスへの対価を払うというシステムへの移行なのだと私も思います.
exactly そのとおりだと思いますよ.
それを元ネタに対するブックマークでは,「不正コピー撲滅の第一歩」と表現された方がいたのではないかと思います.
(元ネタ側はそうではないと再反論していますが・・・)
ただ,元ネタ側をフォロー?すると,訴訟のときのゲームメーカーのコメントには,法的処置をさらにとっていく,という
強硬な態度を見せていますので,本文のような指摘をさせていただいた,という体です.
マジコン業者はともかくとして,利用者にとってもゲームメーカーにとっても,もうちょっと平和的な解決はないのでしょうかね
長文ゴメンナサイ&目的の書物じゃなかったかもしれませんね.
ぶっちゃけていえば,「以上,本題」以下が本題のつもりの文章です.
メリットデメリットというのは,メーカーサイドがわざわざアマチュアに門戸を開けることについてでしょうかね.
ここも敢えて誤解を恐れず言えば,ニコニコ動画を経営するニワンゴにおけるメリットデメリットと似たようなものだと思います.
敢えて大手任天堂が危険を顧みないで行うほどのイノベーションではないという話であればそのとおり.
ですが,それは人それぞれの考え方ですので,ね.
大体合ってる
(http://www.kev009.com/wp/2008/11/on-file-systems/)
訳した。分からなかったところは英語のまま。ファイルシステムについて完全な素人なので変な所があるかも。
ファイルシステムはOSの重要な要素だが最近ではあまり関心を払われていない。ビットが入ってきてビットがでていく……デスクトップシステムにとっては、たいてい十分に働いてくれる……ただし、電源が落ちるまでは。しかし、そんな状況ですら近頃ではあまり困ったことにはならない。
Linuxのファイルシステムの分野には競合製品が多い。ext2が長い間標準とされてきたが、2001年辺りから他の選択肢も主流となった。あまり歴史に深入りせずに要約すると(順番は適当)、ext2が進化してext3となり、ジャーナリング機能が付いた。ReiserFSがリリースされた。SGIはXFSを移植した。IBMはJFSを移植した。
いくつかの理由があって(主に政治的な理由で)ext3がLinuxのデファクトのファイルシステムとなった。
私が古典的ファイルシステムと呼ぶとき、基本的にいつも同じ概念を指している。つまり古典的なUnixレイアウトのファイルシステムにジャーナリング機能を追加したものだ。ここに述べるのは、それら古典的ファイルシステムのハイライトである。
これは後知恵だが、JFSやXFSが牽引力を持たずに、ext3が人々を古典的時代に停滞させたのは一種の悲劇だった。しかしながらext3は信頼性を証明し、きちんと動くように一貫として保守されてもいる。
2005年にSunはZFSという爆弾をリリースした。ZFSは私が次世代ファイルシステムと呼ぶ時代への案内人である。
ハードディスクが大きくなるにつれて、バックアップの戦略、完全性(integrity)の検証、巨大なファイルのサポートは前より遥かに重要になってきている。
ここあげるファイルシステムは古典的なVFS lineを曖昧にしたりLVMとRAIDを強固な結合することによって管理を楽にする事を目的としている。
ダメなハードウェアで起きる静かな(観測されない)データの破損も心配の種である。これに対抗するために、次世代のファイルシステムはチェックサムを供えている。
いろんな意味でLinuxのコミュニティーは完全に油断しきっており、多くの開発者はZFSがリリースされるまで次世代ファイルシステムについて真剣に考えてこなかった。Reiser4はいくつかの新しいアイデアを持っていてキラーファイルシステムとなろうとしたが、Hans Reiserは、他のカーネル開発者との著しく酷い関係を楽しんでいたのだった。ただ幸運な事に、いまではいくつかの、より先進的なファイルシステムが登場しようとしている。
kernel 2.6.28と一緒にext4がリリースされるが、BtrfsやTuxs3が安定するのを待った方がよい。Btrfsの開発陣は短距離走開発を行っているので、Linuxのカーネルの開発サイクルに次か、あるいはその次で取り込まれると思われる。
SSDが普及するのは明白だ。理論的に速度の面で磁気ストレージより圧倒的に早く、現実にも既に書き込み速度が追い付きはじめている。最新のIntelのランダムアクセスやIOPSは非常に印象的である。Btrfsは当初からSSDへの最適化を取りいれようとしている。しかし、これらの新しいデバイスは、更に速度の早い新しいファイルシステムを生むだろう。
私自身の考えでは、ウェアレベリングやFATエミュレーションがSSDの性能を押し止めているため、 新たなファイルシステムが登場すればパフォーマンスを改善できるだろう。
一部では某携帯ゲーム機の新型が出るかも知れないという噂で持ちきりのようだが、ゲーム機の性能/機能には同一世代中に向上/追加可能なものそうでないものがあるという事をきちんと理解したうえで発言してる人って意外と少ないな。自分とこ(のブログやコミュニティ)でも、非現実的な「性能アップ」をガチで発言してる人がいるようで対応に困る。そういう事を並べるのもネタとしてありだと思うけど、それを真面目な要望と同列に扱われる事を期待されても、ねえ?
それとなく指摘しても「それでも、○○(ゲーム機メーカー)ならやってくれると信じたい!」と思考停止しちゃって、案の定後日その目論見が外れると「もう○○は信用出来ない!」とか言い出しちゃうもんだから始末が悪いったらありゃしない。
その手の「逆ギレ」で一番多いのがPS3で、現在はPS2ソフトが動かない(初代PSソフトは動く)40GB版しか実質手に入らないのだが、これに対して「いずれファームウェアがアップデートされてPS2の互換性が復活する」と、本気で信じてる人が未だに絶えないのは本当に厄介。元凶はGIGAZINEのこのエントリーなんだろうけどね。
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20080117_ps3_ps2/
以前GIGAZINEでPS2と互換性のあった初代PS3(20GB、60GBモデル)の国内出荷が終了し、互換性のない新型PS3に一本化されることをお伝えしましたが、ソニーが新型PS3に対して、PS2との互換性を搭載する意向であることが明らかになりました。
このページによると、ソニーはPS3および次世代システムにおいて、初代PS、PS2、PS3、PSPを対象としたエミュレーターの開発ができるエンジニアを募集しているそうです。
引用文の前者と後者が、一見すると関係ありそうで実際は無関係なところがそもそもの最大の問題点なんだよな。
具体的に言えば、根拠となっているSCEの募集要項は昨年5月から存在していたというのがまず一つ。40GBの発売は募集開始した半年後の11月なので、当然ながらリンク先には「40GB」の語句はどこにもない。
上記の事情とこの文章から「40GBにもPS2互換が復活する」という推測を導き出すには相当にアクロバティックな思考を経なければならないのは明らかだ。
40GBが発売される半年前にこういう募集をしているページを、40GBが発売された3ヶ月後に取り上げて「新型PS3(40GBだと誤解を招く表現をとりつつ断定していないあたりが姑息だな)にPS2との互換性を搭載する意向」と書いてあるんだから、このエントリーには何か別の意図があるのではないかと勘ぐりたくなってくる。
さらに(リンクを踏めば分かるが)、今現在はその募集要項のページが既に削除されている事が二つ目のポイント。さらに三つ目は、40GBの発売直前に、SCE欧州が公式に「40GBへのPS2互換性の搭載予定は無し」と発表している事。
新プレイステーション3のPS2ソフトエミュレーションは困難、提供予定なし
http://japanese.engadget.com/2007/10/08/40gb-playstation3-cannot-handle-bc/
SCEE広報ディレクターNick Sharples氏によれば、新PS3はPS2互換に必要なハードウェアを搭載しておらず、またソフトウェアエミュレーションによる互換も著しく困難であるため提供する予定はないとのこと。
さらに言えば、PS3の部品構成だけでPS2を再現する事の難しさは既に各所で様々な考察がされている。分かり易いところではここなど。
http://monta.moe.in/wp/2008/01-17/23-59_331/
もう解りますね?PS3では48GB/secの速度が出せず、PS2のグラフィックス処理が追いつかないのですよ。。
つまりエミュレートしても遅延が発生してしまうわけです。GSとeDRAM間の帯域をフルに使っていない簡単なゲームならリアルスピードでエミュ可能なのでしょうが、末期のPS2のスペックを余すことなく使い切ったソフト群はエミュ不可能でしょう。
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2007/0314/kaigai344.htm
業界関係者によるとGSを残す理由は、GSをPS3チップセットでエミュレートできないためだという。GSが、超広帯域かつ低レイテンシのeDRAM 4MBの搭載を前提としたパイプラインになっているからだ。GSの特殊なアーキテクチャは、同じGPUでも、PS3のGPU「RSX(Reality Synthesizer)」はメモリは外付けを前提としたPCグラフィックス型のパイプラインなので置き換えることができない。
引用者註:「GS」とはPS2のグラフィック部分を担当するチップ。でもって、40GBには「GS」が搭載されていない。
こういった情報が揃っている事を示しても、それでもなおろくな根拠もなく「40GBにPS2互換が復活する」を諦めない人達が居るんですな。このレベルになるとまさに「狂信者」そのもの。新興宗教にハマる人達を全く笑えない。
時系列で並べればこうなる。
ここまで見渡せば、GIGAZINEの該当エントリーがいかにいい加減であるかが明らかなはずなのだが…。
これはあくまでも、PS3に関する、いくつもある誤解のうちのたった一つに過ぎない。他のゲーム機に関してもデマの質、量ともにPS3と大差は無い。こういった誤解の淘汰を積み重ねていく事こそがゲーム系ブログやコミュニティに求められる役割の一つだと思っているんだが、なかなかうまくいかないもんだなあ。
いろいろ間違ってるかもしれないが、力尽きた
分類 | 開発環境 | 開発言語 | メーカー | GPU | OS | API | 備考 | URL |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
シェーダ言語 | _ | Cg | NVIDIA | GeForce | Linux Windows Mac OS X XBOX | OpenGL DirectX 8/9 | C言語ライクな言語 グラフィック用途向け シェーダープログラムの最適化 | http://developer.nvidia.com/page/cg_main.html |
シェーダ言語 | _ | HLSL | Microsoft | GeForce RADEON | Windows | DirectX | グラフィック用途向け シェーダープログラムの最適化 | |
シェーダ言語 | _ | GLSL | OpenGL ARB | _ | _ | OpenGL | C言語ライクな言語 グラフィック用途向け シェーダープログラムの最適化 | |
GPGPU言語 | CUDA | C言語 | NVIDIA | GeForce GeForce 8100 mGPU以上 | Linux Windows XP/Vista Mac OS X | _ | 標準C言語 | http://www.nvidia.com/object/cuda_home.html |
GPGPU言語 | Stream SDK | Brook+ | AMD | RADEON R600世代以降 (=RADEON HD2400以降) | Linux Windows | OpenCL(対応予定) DirectX 11(対応予定) | C言語ライクな言語 | http://ati.amd.com/technology/streamcomputing/index.html |
GPGPU言語 | Brook for GPU | Brook | スタンフォード大学 | GeForce RADEON | Linux Windows | OpenGL DirectX 9 | C++ライクな言語 | |
GPGPU言語 | Close to Metal(CTM) | アセンブリ言語 | AMD | RADEON | _ | Stream SDKのCALに移行 | ||
GPGPU言語 | _ | Sh | _ | _ | _ | _ | C++ライクな言語 | |
GPGPU言語 | RapidMind | C++ | _ | GPU マルチコアCPU Cell | _ | _ | Shの商用化版 |
参考文献
CUDAを使う:tech.ckme.co.jp
http://tech.ckme.co.jp/cuda.shtml
【特集】超並列プロセサ - GeForceアーキテクチャとCUDAプログラミング
http://journal.mycom.co.jp/special/2008/cuda/menu.html
Windows環境は、Visual Studioを用いてmakeを行うようになっている
あんまり書くと特定されるのですが、富士通の親指専用キーボード&親指仕様LIFEBOOK持ちです。
エミュレーションというよりも専用ハード&専用ドライバで親指シフト対応しているので、
自分の手元ではわざわざエミュレータを使っていない&対応していないのです。
飛鳥に手を出さない理由を、強いて言えば、
??食わず嫌い
??「いろんな親指配列」で頭が混乱するのを避ける
??飛鳥に興味を持った当時、まだOASYS専用機/FMRを使っていた
??FMVTW-KBS/FMV-KB611の場合、専用ドライバを使わざる得ないのでエミュレータが使えない
??LIFEBOOK以降のノートは、ハード自体は汎用だけど専用ドライバを使わざるを(以下略
??については、体験的な感想ですけど、キーボードを見た瞬間に、
「己はいまから親指で打つのか?ローマ字で打つのか?」を判定しているようなのです。
エミュレータを走らせている計算機の前に座って、頭では「親指打ちできる環境」とわかっていても、
キーボードを見てしまった瞬間から「ローマ字打ちの環境だな、よしローマ字打ち」と指が動いてしまいます。
また、もともとJISかな打ちだったのですが、親指への移行期の当初に「あれ?どっちだったっけ?」と混乱した
記憶があるので、やはり「かな打ち」を共存させることに抵抗があります。