はてなキーワード: インプレとは
インプレ収入の基礎にできるのは月間のインプレ上位10個のツイート
とか
月間のツイートを見て、インプレ平均値が低すぎる場合、インプレ収入なし
みたいなフィルタリングすれば簡単にインプレゾンビを減らせそうなんだけどな
めんどくさけりゃ他者へのリプからインプレ収入出ないようにするだけでいい リプがバズるケースは稀なんだから
そんな簡単なこともやらないあたり、これでいいと思ってるんだろうな
いのまたむつみ先生の業績を雑に語ってインプレ稼ぐ人が出てこない
仕方ないので自分が口火を切ろうと思う
自分たちの世代にとって、いのまたむつみ先生はジャンルファンタジーの擁護者であり守護者だった。
ライトノベル黎明期を支えたイラストレーターだが、元々はアニメのキャラデザ、作画監督で有名で、特に幻夢戦記レダとウインダリアのキャラデザで、ファンタジーアニメといえばいのまたむつみ先生、というイメージを植え付けられた。
ロードス島戦記より前、ファンタジーアイコンといえばビキニアーマーだった時代、レダのイラストがファンタジーアニメというニッチの存在感を支えてくれていた。
(ロードス島戦記のディードリットでファンタジーアイコンがビキニアーマーから耳長エルフに置き換わる。ディードリットの衝撃は耳の長さもさることながら、ファンタジーなのに肌色の多いビキニアーマーじゃなくちゃんと布で覆われつつファンタジー鎧だとわかる格好をしてることだった。コンプティークのディードリットヌード扉絵がプレミア価格なのは、ビキニアーマーじゃないちゃんと服着てるヒロインが脱いだからこそで、それだけ衝撃がすごかったのだ。耳長エルフが世界的に広まってしまった現在だと該当コンプティークのプレミア価格は億超えしかねないぐらいだ)
いのまたむつみ先生のレダが他のビキニアーマーと違うのは、やはり、ビキニアーマーなのにエロ方面に振られてなくて、あくまで綺麗な姿として描かれてたことだと思う。ドリームハンター麗夢だとロリコン絵柄ということになってしまうし、都築和彦先生のザナドゥも思春期男子には刺激が強すぎて広告だけで繰り返ししこらざるをえなかった。
そんなビキニアーマーという黙ってるとすぐエロになってしまうグラフィックを、エロの手前にとどめて一般へ訴求するに足るラインにしてくれたいのまた先生の功績は大きい。
先日、ジャンルファンタジーがマンガ雑誌編集に拒絶され描かせてもらえなかったという話題がバズっていたが、ジャンルファンタジーが市場として認知されるのはテレビゲームで十分に裾野を広げた後に、映画ロードオブザリングが世界的ヒットした21世紀以降で、それより前、ジャンルファンタジーは「ストーリーを展開する前に説明しなければならない設定が多すぎて一般層に届けるのは難しい」という認識だったと思う。レベルとスキルとエルフとドラゴン、といったテンプレが準備され誰にでも通用するとみなされる以前は、ファンタジーアイコンとしてキャッチーさで客を捕まえらえる要素は少なかった。ファンタジー黎明期を支えてくれたのがビキニアーマーというアイコンであり、そのビキニアーマーをエロくなく綺麗に描いてくれたのが、いのまた先生だった。イーノ・マータがエロの女神じゃなく美の女神なのはすごく大事なことだった。
次いでいのまた先生キャラデザのウインダリアもRPG以前のジャンルファンタジーとして重要な作品だった。ファルコムのイースのネタ元ではラピュタが挙げられることが多いが、ラピュタとほぼ同時期に上映されていたウインダリアもネタ元だった。イースの名前の由来はフランスの伝説の町イス(Ys)だけど、イスの伝説をイースより先に採用したのがウインダリアのイサ。ファルコム出身の新海誠はウインダリアからネタをちょくちょく拝借してる。ラピュタやウインダリアが上映されていた当時、「火吹山の魔法使い」などのゲームブックは既に発売されファンタジーブームに火がつきかけていたが、アニメーションはSFアニメが主流でファンタジーアニメは殆ど存在しないに等しかった。なのでウインダリアは貴重な供給元だった。
おっす。オラ工業高校卒。以前に学力テストについて話をかいてみんなにいろいろ突っ込まれたおかげで知見がすげえ広がってうれしかったぞ。
最近、はてなのスター、シロクマ先生が以下のような記事を書いてたんだ。
https://blog.tinect.jp/?p=85698
こうした認識があったものだから、『安楽死が合法の国で起こっていること』を読んだ私は安楽死の導入に大きな不安を抱くようになった。欧米、とりわけアングロサクソンの国々で安楽死が制度化されるのはまだ理解できる。だが、日本のように自由と責任の建付けの曖昧な国で安楽死が制度化したら、その安楽死はいったい誰の自由意志によるものなのか、その安楽死はいったい誰のためのものなのか、やっぱり曖昧になるだろう。
と、「人権感覚の進んだ欧米では安楽死制度は運用可能かもしれんが、人権後進国の日本では無理」みたいな感じで書いてあったんだ。
でも、この文章のネタ元になっている『安楽死が合法の国で起こっていること』では、安楽死制度を導入した国で起きたエグい問題についての話がガッツリ書いてあって、人権先進国だろうがなんだろうが、とても人間には運用不可能な制度って印象なんだ。
でも、シロクマ先生記事だけ見ると「多少の問題はあるが、人権意識の進んだ国ならおおむね運用可能だし将来の有望な選択肢」みたいに見える。本を読んだオラからすれば、地球人を信用しすぎてないか?って気がするぞ!
シロクマ先生はこのあたりの事件はセンセーショナルすぎて、持論を書くには邪魔になると思ったのかもしんねえ。確かにこういう事件に感情的な反応をする人が多いから、本質的な議論ができなくなるってことはありそうだ!
でもオラは、シロクマ先生が書かなかったことはみんな知っとくべきだと思うんだ!ブコメでもあんま突っ込まれてなかったしな!
詳しくは『安楽死が合法の国で起こっていること』を借りるなり買うなりして読んでほしいんだけど、本で挙げられている「安楽死制度を導入した国で起きたエグい事件」について参考リンクを示しながら書いてみるぞ!
参考:https://www.bbc.com/news/world-europe-49660525
最初に書いておくが、安楽死を担当した医者は安楽死のガイドラインを逸脱はしていないとして無罪となっているぞ!
アルツハイマーを患っていた患者は、以前から「介護施設に入るようになるまで症状が悪化したら安楽死したい」「死ぬ時期については自分で決めたい」と意思表示していて、書面に残していたんだ。
で、実際に症状が悪化して施設に入ったんだけど、患者の状態が悪化していて意思疎通ができなったので、医師がほかの医師とも話し合って安楽死の日取りを決めたんだ。
当日、家族が見守られる中、鎮痛剤入りのコーヒー(これはガイドライン違反)で大人しくして安楽死をさせようとしたんだけど、安楽死用の薬剤を注射しようとしたとき、手を引っ込めちゃったんだ。
どうやら鎮痛剤が効かなかったようだ。そこで医者は家族にその患者を押さえつけさせて、抵抗する中で薬剤を注射して安楽死を行ったんだ!
これが「本人の意思を確認したか」という点で裁判になったんだ。死ぬ直前になって怖がるなんてこといくらでもあるからな!
結果、最初に書いた通り医者は無罪になったぞ!ついでに安楽死前に鎮痛剤とか使って大人しくするのも合法化されたんだ!
うっひょー!そんな死に方はちょっとしたくねえな!
参考:https://www.frontiersin.org/journals/psychiatry/articles/10.3389/fpsyt.2022.933748/full
19歳のときに境界性パーソナリティ障害と診断された患者がその障害の重さから仕事や私生活で苦労し続けていて、大学を卒業してパートナーを暮らし始めて安定したところで、薬物使用とパートナーからのDVとそれによる別れで鬱を発症、なんとかうまく行きかけてた人生で大きな挫折をしてしまうんだ。
もとからあった希死念慮がさらに強くなってたところにセカンドオピニオンで他の医師を受診するんだけど、その医師は安楽死を推進する団体をやっているような人で、患者がアスペルガー症候群であると新しい診断をしたうえで、それの治療を試みることなく、アスペルガーとパーソナリティ
障害が併発していることを理由に安楽死を申請して、認められ、患者を安楽死してしまったんだ。
この件は本だと無罪になったとされているが、現在は遺族が大陪審に上訴して現在も争ってるぞ。
たぶん、
こういう記事をふむふむって読んで知識仕入れてる層は原典どころか取り上げた本すら読まねえから、適当に書いてインプレ稼いだもん勝ちだしどうせバレない。
って思われてるんじゃねえかな?Webで物書いて飯を食うには確かにこのスタンスは強いと思うぞ!でも見習いたくねえな!
ちなみに、本だと
あたりも書かれてる(むしろ、こっちのほうが議論になりうそうな問題が多い)ので、このあたりの知識がない人間が安楽死制度の問題を考えるなら、まず一読するべき本だぞ!
というよりこれすら読んでない人は””制度としての””安楽死の是非についてはあまり語らねえほうがいいと思うぞ!自分が死にたいとか言うのは勝手だけど、他人を殺す基準を作るなら感情ドリブンで話しちゃだめだ!
Amazonのリンク置いとくから、気になったら買ってくれよな!:https://www.amazon.co.jp/dp/4480075771/