はてなキーワード: じゃんけんとは
一応、事前に両家の親に話は通した。
両家とも「どっちの姓でもいいよ。好きにしなよ」という返答だった。お互いが新郎新婦と相手方の家に気を遣った結果なのかもしれないが。
いや、俺の婆ちゃんだけは俺に元の姓を名乗り続けてほしいと、やんわりと希望を伝えられた。事情を説明して、じゃんけんで決めることには納得してもらった。
元増田のように片方の家が強硬に反対するなら、折れた方が良いのかもしらん。今後の関係性もあることだし。
後述するように、姓が変わったことは個人的には大したインパクトは無かった。
こんなことで家族と絶縁することはないよ。
もう一回三本勝負でじゃんけんやるなら両家揃った場で、パーティーイベントみたいにしたら良いよ。
じゃんけんの結果、俺は妻の姓に戸籍が変わったわけだが、いろいろな公的な手続きは確かに煩雑ではあったけれども、それ以外はさしたることはなかったよ。
最初の内こそ何か大変なことが我が身に起きたような感覚があったが、感覚があっただけだった。少し経つと俺自身は何も変わっていないことに気付いた。
周りからは「(妻の姓)さん?誰だっけ?ああ、増田か!」みたいなイジりが暫くあったけど、「はい!(妻の姓)です!」ってニコニコ笑って答えてたら何ほどのことはないよ。
それより改姓の手続きがあらゆる場で発生して、全部やりきるのに二年くらい掛かった。改姓する大半は女性だが、みんなこれをやったのかと思うと偉いよ。大変な労力だったよ。
姓が変わる話しばかりしてるけどさ、それより結婚とそれに続く生活こそ大変なことだぜ。そっちの心配した方が良いよ。
ブコメに「じゃんけんで決めるくらいどうでもいいなら親に従って夫の姓にしてもいいじゃん」みたいの沸いてるけど頭おかしいのか?
じゃんけんで決めたのは「どちらの姓にしなければならないという根拠をお互いに持ってないから、平等にじゃんけんで決めた」だけであって、夫婦二人で納得のいくように決めること自体をどうでもいいと思ってたわけじゃないだろ。
婚姻後の姓の決定権は夫婦にのみ存在するのであって、親の決定に従わなければならないならそれこそイエ制度だろうが。
親の意見を聞いてから決めるのもアリだったろうが、親の意見で決めてしまっては平等感がないと判断したから、自分たちだけで決めたんだろ。
妻と夫の決定をまず尊重せずに「じゃんけんで決めるとかいい加減すぎるしだったら親の言うこと聞け」とかいうコメントがわらわら出てくること自体びびったわ。
リベラルが聞いて呆れる。
お互いに、本当にどっちでも良いねとなりました。
しかしここで、「世の中の大半は夫の姓にしているから、私たちもそうしよう」とするのは、女が姓を変えるもの!という男尊女卑的な価値観の継承であり、あってはならないことです。※追記①
また逆に、あえて多数派に反抗して妻の姓を名乗ろう!というようなアンチテーゼを主張したいわけでもありません。ただ、どっちでも良かったんです。
結果、私たちはじゃんけんで勝った方の姓にしようとなり、妻の姓にすることになりました。じゃんけんというと軽慮浅謀に聞こえるかもしれませんが、私たちの中では、ただどちらかがどちらかの姓に合わせる必要がある、ただそれだけだったんです。くじ引きでも、あみだくじでも、なんでもよかったと考えています。
そうだね、どうでも良くはないね
ただただ、何でも良いと思っていただけですねぇ
うんうん
じゃんけんで決めれる軽いもんなら誰も不幸にならない夫姓で良くね?
リベラルで理性的な自分に酔ってるだけにしか見えない。わけ分からん理屈こねて無駄に人を傷つけて勝手に生きればええやん。
どうせ創作だろうし。
私は30手前の男で、弟がいる長男です。結婚の報告とともに、妻の姓にすることを伝えたら、散々な話し合いの末、父にはお前は親の気持ちもわからない幼稚な人間だ、”変”な人間だと散々罵られ、母には自分の息子でなくなる気がして悲しいと泣かれました。
皆さんならどうするか、ご意見を聞かせてください。
〈私の考えてきたこと〉
結婚した妻が夫の姓を名乗るのには「嫁入り」といった考え方が根底にあり、実際に妻が過ごした旧家を出て、夫の家に嫁ぐという、女性が実態として夫家に従属することを姓を持って表してきました
これから夫婦になる私たちは、お互いに実家を離れて東京で過ごし、それぞれ仕事をしています。結婚しても仕事上の名前は変えず働くつもりです。嫁入りも婿入りもしない、という考え方です。今はまだ実現していませんが、選択的夫婦別姓が認められていれば検討したかもしれません。
ただし、これから生まれるかもしれない子供のことも考えると、結婚してどちらかを代表者とした戸籍を作り、どちらかが戸籍上の名前を旧姓とする必要があります。
それは、旧家を去るということでもなく、相手の家に属するということでもありません。ただどちらかがどちらかの姓に合わせる必要がある、ただそれだけです。
どちらにするかを決めるにあたっては、様々な要素によって、ベターな選択をすべきと考えます。例えば一方が国家資格などを持っていれば、変更の手間が増えますし、親から土地や会社を継ぐ場合、同じ苗字であるメリットはありそうです。
ですが、私たちにはその要素がほとんどありませんでした。お互いに、本当にどっちでも良いねとなりました。
しかしここで、「世の中の大半は夫の姓にしているから、私たちもそうしよう」とするのは、女が姓を変えるもの!という男尊女卑的な価値観の継承であり、あってはならないことです。※追記①
また逆に、あえて多数派に反抗して妻の姓を名乗ろう!というようなアンチテーゼを主張したいわけでもありません。ただ、どっちでも良かったんです。
結果、私たちはじゃんけんで勝った方の姓にしようとなり、妻の姓にすることになりました。じゃんけんというと軽慮浅謀に聞こえるかもしれませんが、私たちの中では、ただどちらかがどちらかの姓に合わせる必要がある、ただそれだけだったんです。くじ引きでも、あみだくじでも、なんでもよかったと考えています。
〈妻側の意見〉
彼女は、結婚しても今の姓を名乗り続けたいものの、通例的に夫姓にすることにもさほど抵抗はなく、どちらでも良いと言ってくれています。
彼女のご両親も、当然娘は夫姓になるものと考えていたが、妻姓のままでいてくれるならそれはそれで問題ない。私のご両親がいいならいいとのことでした。
〈私の家族の反応〉
上記の説明を両親にした上で、納得してもらおうと何時間も話し合いましたが、冒頭の結果となりました。
人格を否定するようなことも言われました。親の意見を聞けないのは人としておかしい、妻の姓にするなんて変な人間だ、お前は洗脳されてる、と。
※追記③
そんな罵詈雑言を除いて父の主張をまとめると
①客観的には、今の名前(夫姓)のままでいるべき理由はない。が、心情的に受け入れられない。
②希望としては、夫姓を継いで、これからも名前(夫姓)を子孫代々発展させて欲しい。生まれてくる孫は自分と同じ夫姓であって欲しい。
③妻姓になるということは、ウチを出るという考え方しかできない。
④ これまで一家を背負ってもらいたい気持ちで育ててきたのに、裏切られた気持ちになった。
といったものです。
①について、私が姓を変えるべきでない客観的理由が出てくれば、考え直す必要があると伝えましたが、父もまた実家を出ていて、継ぐべき土地や家業はないため、それは特にないということで合意しました。ただただ、受け入れられないそうです。
②について、私たちが子供を作ることを前提にしている時点でがっつりセクハラです。閉口しました。※追記②
③④については、家族の繋がりはどちらの姓になろうと変わらないよ。と何度も伝えましたが、理解を示しませんでした。例として挙げた話をすると、私の母は戸籍上父の姓になりましたが、我が家は毎月のように妻姓の集まりに出席していて、姓が変わることで家族の繋がりが失われるわけではないことは身を持ってわかっているはずです。ただそれが男に逆転すると理解できないそうです。
ちなみに他の家族ですが、弟は私と同じ考えを持っていて、姓がどっちだろうが何にも変わらないよね?というスタンスでした。
母は話を納得してくれた上で、夫の姓にこだわらない夫婦がいるのはわかるけど、心の準備ができていないので、貴方には夫姓でいて欲しいとしか思えないという主張でした。3回勝負ってことでもう一回じゃんけんしたら?って言われました。ナイスアイデアですね。
父の話は感情論ばかりで、言っていることはわかるけど俺の想いとは反する、というばかりでした。当然父の想いは尊重したいですが、それが男尊女卑的な思想、実態に合わないイエ制度的な考え方を前提にしている以上、それを次世代に持ち込ませないのが私のやるべきことだとすら思えました。
双方折れずで議論は平行線のまま終わりました。仕事のため東京へ戻る新幹線の車中で、これを書いています。
〈今私が考えていること〉
普通に考えれば、彼女のご両親のご意向に沿っても、私の親が反対している以上、じゃんけんで仮に決めた妻姓ではなく、夫姓とするのが「人間らしい」選択なのかもしれません
ただそれは、全く私の話を聞き入れず、ただ自分の想いを押し付けた親を認めるということになり、その点に関して納得いかない自分がいます。
夫姓にすることは、彼女に改姓させるのが申し訳ない程度の問題で、私の親も希望通りの大団円のように見えますが、姓への考え方は私たち夫婦+弟と両親で全く異なったままだと思います。
これから結婚するかもしれない弟や、できるかもしれない私たちの子が同じことを相談した時、また同じように踏みにじられるんじゃないかと思えてきます。
親の願望として、差別的・前時代的思想だと思いながら素直に聞き入れてあげるか、時間をかけて説明し切ることを考えるべきか、悩んでいます。
もしかしたら、時間が経って親が自分たちで色々と考える中で、私の考えを理解してくれる可能性もあるんじゃないかと期待する自分もいます。
皆さんなら、どうしますか?
私の考えは偏った、ヤバい、変な考えなんでしょうか?
親を悲しませないために差別的思考を受け入れることはやむを得ないと感じますか?
長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただいた皆様には格別の感謝を贈りたいと思います。ありがとうございました。
追記①
「世の中の大半は夫の姓にしているから、私たちもそうしよう」とするのは、女が姓を変えるもの!という男尊女卑的な価値観の継承であり、あってはならないことです。
↑
この書き方は雑でした。女性の友人、知人の中には、結婚で姓の変更を強いられることに苦痛を感じると話している方も多く、男の私が女性に姓を変えさせることを当たり前に思ってはいけないと学生の頃から考えていました。思想が間違っているから、あってはならないと言っているのではなく、特定の性別に生まれたことが原因で苦しむ人が少しでも減るべきと考えているところがこの発言の意図です。
追記②
私たちが子供を作ることを前提にしている時点でがっつりセクハラです。閉口しました。
↑
あまり本題とは関係ないので、あまり言及しない方がいいかもしれませんが、補足です。
私たちはまだ子供の予定はないと話していて、その上で父が(授かれるかもわからない)孫の姓が自分と同じ姓じゃないのはショックだと話していたのを見て、孫の顔が早く見たいと妻に迫る毒親と同じ不快感を感じました。セクハラというより、マゴハラ?産めハラ?
ちなみに父は、孫が妻姓だった時に夫姓の時と同じように接せるかわからない。内孫と外孫は違う。と話していました。自分がここで親を立てて夫姓に従った場合、将来授かれるかもしれない子にも影響が及ぶんじゃないかと怖くなりました。勝手な被害妄想かもしれませんが。
追記③
説明が足りていませんでしたが、父は私がジェンダー論や男女平等的思想の洗脳を受けていると思ったそうです。私の主張は、人から見聞きしたことのほかに、大学で学んだジェンダー論にも基づいていることを話しました。大学進学を後押ししてくれたのは父なので、父としてもそういう視点がある方が受け入れやすいかなと思っての行動でしたが、無駄でした。
お昼ご飯でカルボナーラとボロネーゼのどっちを食べるかレベルのどっちがが折れなきゃいけないしょ〜もない決め事の時に、「やっぱ私カルボナーラでもいいよ〜!」とか「私めっちゃボロネーゼ食べたいんだけど😠」とか「じゃんけんで決めよっか✋✌👊」みたいな流れにならずに、「いや!やっぱカルボナーラでいいよ!いいから!うん!(早口)」ってこっちに譲ったムーブを見せつつ不機嫌そうにして空気を悪くする人ってたまにいるよね。そんなにボロネーゼ食べたかったのか〜って思って、別にボロネーゼでもいいよ?って聞いても「いや、そっちがカルボナーラ食べたいって言ってたじゃん!別にこっちはいいから!」って相変わらず不貞腐れた感じ?被害者ズラ?の一点張り。私と対話するのがそんなに嫌なのか、人に貸しを作るのが本当に嫌なのか、それとも逆に譲ることで少しでも私の上に立ちたいのか、意識してこういう発言してるのかそれとも無意識にやってしまっているのか気になる。
面白かったけどツッコミどころはたくさんあるし、スピンオフ作品とはいえJOJO感はまるで無かった
なにせ、見てて欠片も荒木飛呂彦っぽさがない
じゃあ原作レイプかって言われると悩ましい
もはや高橋一生版岸部露伴はカリ城以降のルパン三世みたいに原作とは別の媒体でそれ用に分裂したのではないかと思われる
「岸部露伴は振り向かない」の原作は尽きかけてる(なにせJOJO4部のじゃんけん小僧もやったし)ので、今後も続けるならオリジナルな話が増えていくだろう
そうなった時のこの高橋一生版岸部露伴にとても期待してしまっている
泉京香(飯豊まりえ)とのコンビも実に良いので、このヘブンズドア使いの岸部露伴と後悔の無い人生を送ってきた泉京香が怪奇な謎を解き明かすミステリードラマが連ドラになってくれるととても嬉しい
ジャンケットバンク(田中一行)が面白いのでちょっと書かせて。
次のギャンブル、シヴァリングファイアがどうなるのかを考えるのが楽しい。我ながら良いファンだ。
ここで読める→https://shonenjumpplus.com/episode/3269754496840031515
→ジャンププラスのコメントでは「氷点下で凍ったペットボトルでガラスを割る」とか「水をガラスにかけて凍らせた後、100度の温度差で割る」という考察があった。
他には「冷却口に水かけて凍らす(温度が下がらないようにする)」とかもありか。霜が張った冷凍庫みたいな。
→そもそも、最終的には-30℃くらいになるにせよ6戦×4ラウンド×選択時間1分+最終ラウンド10分=34分でそんなカチカチに凍るか?(最初は室温からスタートだし)とも思う。
一応濡れたタオルなら-10℃で振ればすぐ凍るらしい。上着を水で凍らせてガラスにぶつけよう!(やけくそ)
もしかしたら真経津は「34分で凍るか怪しいから引き分けのラウンドをわざと作ったのさ!(ドヤ顔)」をするのかもしれない。
→つまり、ゲームでは真っ当に勝たずに氷点下も100度も耐えるということでもある。
→「ストックが少ない」というのを、司会は「じゃんけんに負け続けたやつをぶち殺す」と言い換えていたのも気になる(グーで2回勝てばストックが少ないまま勝てる)。
→反則は「暴行・通信機器の使用・遅延(すべての選択は1分以内)」で、わざわざガラスで隔離されているのに暴行が禁止されているのも気になる。
強いて言えば前述の「凍らせたペットボトルでガラスを殴る」のが暴行扱いになるんだろうか。
→反則負けした場合の処遇は書いてないけど、ワンヘッドだし、たぶん死ぬのだろう。
→究極的に言えば、あれは御手洗くんの物語なので真経津が死んでもいい…が、「他の銀行の賭場を潰したデギズマン」だの「灰色の目の男」だの伏線を置きまくっているのでまだ死なないと思う。それに真経津が死ぬには相手は小物すぎる。
田中一行先生のジャンケットバンク(漫画)が好きすぎてルーチンワークしながら次回の展開予想してる。
①決着がつかない場合、両方の室温を100℃にして1時間放置、それでも死ななければ「より多くじゃんけんに負けた側」が死亡する
→室温100度で死ぬの?水が大量に配られたことといい、それまでに凍らせたペットボトルで身体を冷やせば(あるいはサウナみたいに撒けば)生き残るんじゃね?
ただし、
②室温30℃、ラウンド終了時-10℃される×4ラウンド(つまり何もしなくても-10℃でゲームを終える)
どっちかが3勝しなければラウンドやり直しなのでモタモタしてると極寒になってしまう
→これが曲者ルールで、①の勝ち方をするにはここで良い勝負してしまうとお互いに冷えすぎて共倒れになってしまう(ので、マフツはとにかくマイナスカードでもいいから勝ち続ける必要がある)
③ラウンドで失う温度は最高でも-7℃×4ラウンド=最終ラウンド-28℃(何もしなくても減る室温と合わせて-38℃)
→-38℃は軽装の人間には耐えられないだろう、たぶん。
つまり「マフツはプラス・マイナスのどっちのカードでもひたすら勝って、もらった水を凍らせた後にほどほどの室温であいこになる(そして1時間のサウナを生き残る)」必要がある。
…けど、この読みじゃ作者は越えてきそう。
マナベが「君ならそう考えると思ってた」とか言ってカードを出し渋るとか(カードを選ぶ時間はルールになかったので一度優勢になったら何時間でも待てば勝てそう)。