はてなキーワード: じゃんけん大会とは
地元のスポーツクラブに所属しているのだが、ここで1カ月に一度は飲み会がある。
そして、自分らでマイクロバスを持っている事をいいことに、飲み会のあとはそれで酔っ払った連中を送迎する習慣がある。
で、前は仲間連中で決死の(笑)じゃんけん大会がひらかれ、負けた奴がハンドルキーパーという習慣があった。
しかし、俺が中型免許の限定解除をして以来は、酒が一滴も飲まないので(飲むと虎ならぬ猿になるので誰も飲ませてこないゾ❤️)自動的に俺がハンドルキーパーになっている。
飲み会は割り勘なのだが、一度ウーロン茶をウーロン杯に間違って酒を飲まされ、猿になったときに「ハンドルキーパーで酒飲まないんだから割り勘なのはおかしいだろ!」とぶち切れたところ、それ以降、大切にしてくれるようになった。
飲み会の時は、監督や長年者を差し置いてまずは俺のスケジュールを抑えてからスケジューリングするようになったし、店も予約が開いている限り100%要望が通る。
一番よく使う居酒屋では、デフォで俺の大好きなパンケーキを用意してくれるようになったし、抹茶がメニューに加わった。
さらに、お酒を飲まないと言う理由でいつも割り勘は1000円引いてくれる。
つまり。
優遇される事が気持ち悪いと言う女子は、中型免許をとってマイクロバスを運転できるようになったらいいんじゃないかな。
そうすれば優遇されても納得感あるよ。
休みの日になると、よく午前中から友達の家に遊びに行き、友達のお母さんにお昼ごはんをご馳走になった。
友達が私のうちに遊びに来た時に、私の母がうどんを振る舞うこともまたよくあった。
そして、誰の家のうどんが一番美味しいのかという話で盛り上がるのだ。
私の住んでいた地域では、親のうどんを作る腕前が子供の学校内での地位に影響を及ぼすことがしばしばあった。
しかし所詮は家庭で作るうどんであり、お店で出てくるようなレベルには及ばないような、あくまでささやかなランク付けだ。
隣のクラスのS君の家で出てくるうどんが途轍もなく美味しいという噂が学年中を駆け抜けたのだ。
それまでS君の家のうどんランクは精々上の下といったところだったのだが、なんとS君のお兄さんが作るうどんは彼の両親を遥かに凌ぐ味なのだという。
ぜひともその味を確かめたいと、何人もの人たちがS君に頼み込んだ。もちろん私もである。
5人くらいまでなら多分大丈夫とS君に言われた私達は、うどんを賭けた大じゃんけん大会を開き、見事私はその5人の中に選ばれた。
後日、手土産を持ってS君宅に上がったときお兄さんは既にうどんを作り始めており、挨拶を済ませた後慣れた手付きで人数分のうどんを作られていくのを私達はじっと見ていた。
S君の話では、お兄さんは1年ほど前からうどん店でアルバイトをしており、家族に振る舞うために店主からうどん作りを教えてもらっているうちにめきめきと上達していったのだそう。
そして出来上がったうどんを食べた私は仰天した。市販の材料から作られたとは思えないほど美味しく、間違いなくうどんランクの頂点に立つ味だった。
翌週、私達が噂は本当だったと触れ回ったことで、S君は一躍人気者となった。
休み時間になると大勢に取り囲まれ、誰もがあのうどんの話でもちきりだった。
まだ半信半疑の者も多少いたが、数週間後にS君宅に招かれた元うどんランク1位のK君や親戚がうどん店を営むN君らの証言もあり、徐々にS君を疑問視する声は無くなっていった。
この出来事によって、それまであまり目立たない方だったS君も少しづつ変わっていった。
以前よりも社交的になり、友達も増えたことでスクールカースト上位層、言ってしまえば陽キャとしての振る舞いが身についていったのだ。
その後中学校でも彼は人気者であり続け、私が親の都合で東京に引っ越すことになってからは会っていないが、元同級生からS君にとても美人の彼女が出来たという風のうわさを聞いた。
でもあれはライン超えだけど、それまでは俺は結構楽しく見てたんだよなぁ
委員長 | 気が向いた時にやる単発ネタ。雑談が委員長の本領っぽく、企画屋という感じではない |
ほんひま | 基本単発ネタ。基本動画。たまにローション相撲王とかやるけど定着するようなネタではない |
チャイカ | 「パンツ見えたら負ける運動会」は笑った。だがシリーズ化するような企画ではなく、単発が多い。インドはネタであって企画ではないし… |
黛 | 100万円じゃんけん大会とかにじクイとか色々やってるけど、いまいちぱっとしない。根回しがうますぎるのか?ゲリラ感がない。にじクイで落ち着いてしまった印象 |
グヴェル | 面白いけど全体的に脳内寄りの遊びというか、勉強配信にしろウミガメのスープにしろ、アカデミックな印象 |
緑仙みたいな下世話(つったらあれだがw)な系統がいないんだよね
元SKE48箱推し、応援していた高柳明音さんの卒コンを見届けたついでに、怖いもの見たさでABEMAで視聴購入してしまった。
お金を払ったのだから、少しくらい文句を言ってもバチは当たらないだろう。
前日の高柳明音さんの卒コンは150点だった。彼女のヒストリーを感じさせつつ、彼女にとっても、SKEメンバーにとっても有意義な内容だっただろう。
一方で松井珠理奈さんの卒コンはというと、彼女のファンにとっても、それ以外のファンにとってもあまり見どころのない、一体誰のためなのか分からない不可解な内容となってしまった。
もちろん彼女が体力的にも精神的にもかなり不安定な状態であることは伺えた。しかし、それでももっと良い見せ方はあったのではないかと悔やまれる。
6. Dear J 7. プラスティックの唇 8. 愛しさのアクセル 9. 心のプラカード
10. チューよりキス 11. monochrome 12. Birthday wedding 13. 花占い
14. 虫のバラード 15. 泣きながら微笑んで 16. 君は僕だ
なんと(M9~M11・M13を除き)AKB48神7メンバーのソロ曲を”SKEの後輩が”歌う謎ゾーンに突入したのである。
後輩に歌い継がせるという意味ではSKEの楽曲でよかったのでは?それかせめて彼女が選抜だったAKBのシングル曲でよかっただろう。
嬉しくない意外性はただの暴力である。これは予測でしかないが、本来はここで1曲ずつレジェンドメンバーに登場してもらうつもりだったのではないか。
そのうえ自身のソロ曲(誰も知らないソロアルバムの曲含む)を後輩に歌わせるパワハラもさらっとやってのける。ここまでくればKMTダンスも見たかったところだ。
このソロゾーンがコンサートの半分を占めるのである。卒業だよ!全員集合!はタイトル詐欺も大概にしてもらいたい。
まさに絵に描いたような誰得な時間が流れる。みんな裏で何してたんだろう。お菓子でも食べてたのかな。
17. わるじゅり 珠理奈 18. ジッパー 珠理奈 19. ハート型ウイルス 珠理奈
そしてようやく本人登場と思いきや、何らかのリクエスト企画で決まった楽曲を披露し始める。
2曲は渡辺美優紀の持ち曲である。別にこういった企画やオフザケも悪くはないだろうが、ただえさえ体力面で本人の出演限られるのであれば、
ファンが見たかったのは「恋を語る詩人になれなくて」や、「思い出以上」を踊る珠理奈だったのではなかろうか。楽曲とのミスマッチ感も含めてかなり痛かった。
その後はシングル曲を中心に披露したため、なんとか無事に終わる。
この時点で夜を視聴するかどうかかなり悩んだのだが、ええい乗りかかった泥舟だ、沈もうが最後まで見届けてやろうと決意する。
まあ、すぐに後悔することになるのだが…
夜公演「珠理奈卒業で何かが起こる!?」
3. 偉い人になりたくない
4. Change your world BlackPearl
何故かチームKメドレーでスタートしたコンサート。SKEの曲、嫌いなのかな?
それでも彼女にもチームKを兼任していた時期があるので、「奇跡は間に合わない」とか「スクラップ&ビルド」で良かったんじゃないかな
これも予想でしかないがここで宮澤佐江さんとかに登場して欲しかったのだろうか。
あとChange Your World好きだね。まあ彼女の作詞曲の中ではかなりマシな部類な気はするが…
7. アイドルはウーニャニャの件 8. 思い出以上 9.天使のしっぽ
10. 黒い天使 11. ここにだって天使はいる
「アイドルはウーニャニャの件」…もちろん彼女が多くの楽曲に出演できる中の一つなら、これをオバサンメンバーで披露するのもネタになるが、
自身の楽曲「思い出以上」を他人にやらせて自分はコレって…その後は何故かタイトルに天使がつく曲を3曲、
まさかのNMB48の公演曲までやり始めてしまった。ここまでSKEの楽曲は11曲中4曲、ほんとにSKEの曲嫌いなのかも。
12. Parting shot
ここで珠理奈が髪を切って登場したのだが、宮脇咲良さんのじゃんけん大会を意識したの?
とはいえその後の発言も含めて精神的に危ない人の奇行に見えて仕方なかった。
キューティーハニーの披露も含めてネットニュース狙ってたのかな?倖田來未さんは反応してくれたみたいでよかったですね。
その後のダンスパートは人がいっぱい出てきた。それくらいしか覚えていない。
16. 強き者よ で1期生の多くが登場、ここは流石にエモかった。ただ、せっかく来てくれたのだからもう数曲一緒に披露してもらいたかった。
PARTYとかSKE48とかやればいいじゃんね。(逆に言うと夜の見どころはここと本家メンバーで披露したGlorydaysくらいしかなかった)
その後は昼と同じくシングル中心に進んでいくので特にこれといったこともなかったが、
「大好き」の多国語言い換えなど随所で滑っている演出が多かったように思う。
オレンジのバスもごめんなさい、松井珠理奈さんの作詞力は世に出すレベルではないのでこれっきりにしたほうが良いと思います。
少なくとも彼女をこれまで応援してきたファンにとっても、これからもSKEを応援していこうというファンにとっても、
あまり見どころのないコンサートとなってしまったのではなかろうか。
正直彼女にはあまりアイドルプロデュースの才は感じないので、SKE48とは少し距離を置いたほうがよいかと思います。おわり。
元SKE48箱推し、応援していた高柳明音さんの卒コンを見届けたついでに、怖いもの見たさでABEMAで視聴購入してしまった。
お金を払ったのだから、少しくらい文句を言ってもバチは当たらないだろう。
前日の高柳明音さんの卒コンは150点だった。彼女のヒストリーを感じさせつつ、彼女にとっても、SKEメンバーにとっても有意義な内容だっただろう。
一方で松井珠理奈さんの卒コンはというと、彼女のファンにとっても、それ以外のファンにとってもあまり見どころのない、一体誰のためなのか分からない不可解な内容となってしまった。
もちろん彼女が体力的にも精神的にもかなり不安定な状態であることは伺えた。しかし、それでももっと良い見せ方はあったのではないかと悔やまれる。
6. Dear J 7. プラスティックの唇 8. 愛しさのアクセル 9. 心のプラカード
10. チューよりキス 11. monochrome 12. Birthday wedding 13. 花占い
14. 虫のバラード 15. 泣きながら微笑んで 16. 君は僕だ
なんと(M9~M11・M13を除き)AKB48神7メンバーのソロ曲を”SKEの後輩が”歌う謎ゾーンに突入したのである。
後輩に歌い継がせるという意味ではSKEの楽曲でよかったのでは?それかせめて彼女が選抜だったAKBのシングル曲でよかっただろう。
嬉しくない意外性はただの暴力である。これは予測でしかないが、本来はここで1曲ずつレジェンドメンバーに登場してもらうつもりだったのではないか。
そのうえ自身のソロ曲(誰も知らないソロアルバムの曲含む)を後輩に歌わせるパワハラもさらっとやってのける。ここまでくればKMTダンスも見たかったところだ。
このソロゾーンがコンサートの半分を占めるのである。卒業だよ!全員集合!はタイトル詐欺も大概にしてもらいたい。
まさに絵に描いたような誰得な時間が流れる。みんな裏で何してたんだろう。お菓子でも食べてたのかな。
17. わるじゅり 珠理奈 18. ジッパー 珠理奈 19. ハート型ウイルス 珠理奈
そしてようやく本人登場と思いきや、何らかのリクエスト企画で決まった楽曲を披露し始める。
2曲は渡辺美優紀の持ち曲である。別にこういった企画やオフザケも悪くはないだろうが、ただえさえ体力面で本人の出演限られるのであれば、
ファンが見たかったのは「恋を語る詩人になれなくて」や、「思い出以上」を踊る珠理奈だったのではなかろうか。楽曲とのミスマッチ感も含めてかなり痛かった。
その後はシングル曲を中心に披露したため、なんとか無事に終わる。
この時点で夜を視聴するかどうかかなり悩んだのだが、ええい乗りかかった泥舟だ、沈もうが最後まで見届けてやろうと決意する。
まあ、すぐに後悔することになるのだが…
夜公演「珠理奈卒業で何かが起こる!?」
3. 偉い人になりたくない
4. Change your world BlackPearl
何故かチームKメドレーでスタートしたコンサート。SKEの曲、嫌いなのかな?
それでも彼女にもチームKを兼任していた時期があるので、「奇跡は間に合わない」とか「スクラップ&ビルド」で良かったんじゃないかな
これも予想でしかないがここで宮澤佐江さんとかに登場して欲しかったのだろうか。
あとChange Your World好きだね。まあ彼女の作詞曲の中ではかなりマシな部類な気はするが…
7. アイドルはウーニャニャの件 8. 思い出以上 9.天使のしっぽ
10. 黒い天使 11. ここにだって天使はいる
「アイドルはウーニャニャの件」…もちろん彼女が多くの楽曲に出演できる中の一つなら、これをオバサンメンバーで披露するのもネタになるが、
自身の楽曲「思い出以上」を他人にやらせて自分はコレって…その後は何故かタイトルに天使がつく曲を3曲、
まさかのNMB48の公演曲までやり始めてしまった。ここまでSKEの楽曲は11曲中4曲、ほんとにSKEの曲嫌いなのかも。
12. Parting shot
ここで珠理奈が髪を切って登場したのだが、宮脇咲良さんのじゃんけん大会を意識したの?
とはいえその後のやり取りも含めて精神的に危ない人の奇行に見えて仕方なかった。
キューティーハニーの披露も含めてネットニュース狙ってたのかな?倖田來未さんは反応してくれたみたいでよかったですね。
その後のダンスパートは人がいっぱい出てきた。それくらいしか覚えていない。
16. 強き者よ で1期生の多くが登場、ここは流石にエモかった。ただ、せっかく来てくれたのだからもう数曲一緒に披露してもらいたかった。
PARTYとかSKE48とかやればいいじゃんね。(逆に言うと夜の見どころはここと本家メンバーで披露したGlorydaysくらいしかなかった)
その後は昼と同じくシングル中心に進んでいくので特にこれといったこともなかったが、
「大好き」の多国語言い換えなど随所で滑っている演出が多かったように思う。
オレンジのバスもごめんなさい、松井珠理奈さんの作詞力は世に出すレベルではないのでこれっきりにしたほうが良いと思います。
少なくとも彼女をこれまで応援してきたファンにとっても、これからもSKEを応援していこうというファンにとっても、
あまり見どころのないコンサートとなってしまったのではなかろうか。
正直彼女にはあまりアイドルプロデュースの才は感じないので、SKE48とは少し距離を置いたほうがよいかと思います。おわり。
10年以上前、某超大企業で派遣社員として働いていたとき、その部署の忘年会に行った。
関係者が100人近く集まり、おいしい食事と料理、豪華賞品も当たるビンゴゲームもありそれはもう楽しかった(自分はビンゴは当たらなかったけど)。
会の最後に現金総取りのじゃんけん大会が行われることになった。
どうやらこの忘年会恒例らしい。
偉い人たちが財布から万札をどんどん出す。「あの人が出すなら俺も出さないといけないだろう」と他の偉い人も出す。テーブルの上のお金は10万円くらいになったと思う。
会場は異常な盛り上がり。
そこで偉い人が
「社員は参加できないぞー」
と言って、自分たち派遣社員だけでじゃんけんすることになった。
派遣社員だけ、と言ってもこの部署の半数近くはどこかからの派遣なのでライバルは多い。
自分はすぐに負けた。
次の日に冷静になって、社員の前でおおはしゃぎしている自分のことを思い出すとすごくみじめな気持ちになった。
あの光景を社員(20代で年収1千万円超えは普通)はどう見ていたのだろうか。
みんないい人だし、ボーナスもない低賃金の派遣社員たちのためによかれと思ってやったのは分かっているけど、それでもモヤモヤする。
前澤氏の100万円プレゼントのニュースを見て、このことを思い出した。
もちろんリツイートはしなかった。
時天空をご存知だろうか。時天空はモンゴル出身の力士で、土俵上での華麗な足さばきによって知られている。かく言うわたしも時天空の足技が好きだ。本人には申し訳ないが時天空が一番好きな力士というわけではないけれど、しかし、彼が勝つと思わずにやりとしてしまう。
土俵の上で時天空はいつも、仏像のようなふてぶてしい顔をしている。立ち会い、ぶつかって両者まわしを取る。相手力士の真っ赤な顔。だが時天空は、素知らぬ風に足をかける。相手の力士は、しまった!という顔でバランスを失い倒れる。
時天空の相撲は、わたしが相撲だと漠然と思い描いているものの輪郭から、時折大いにはみ出す。だからわたしは時天空が好きだ。柔道のようだと思うかもしれない。モンゴル相撲のブフは、もしかしたらこんな感じなのかもしれない。時天空の相撲は、イマジネーションを広げてくれさえする。あの器用な足でまた何かやらかしてくれるのでは?そんな期待をこめて、毎場所テレビを見る。
そこまで言うなら時天空の相撲を見てみたい、もし可能であれば生で国技館で見てみたい、と思っていただけた方がもしかしたらいるかもしれない。願わくばいてほしい。しかしその望みは叶わない。なぜならば、時天空は引退してしまって間垣親方になってしまったからだ。では親方として、警備をしたり解説をしたりチケットをもいだりする、あの仏像のようなご尊顔を拝せるのでは?しかしながらその望みも叶わない。なぜなら元時天空、間垣親方は亡くなってしまったからだ。時天空は2017年の1月31日に亡くなってしまった。今日はちょうど一周忌だ。だから上の文章は、本来ならば動詞を全て過去形にしなければならない。
昔から相撲が好きだったわけでなく周りに詳しい人もおらず、面白そうだしいっちょ見てみますか!と思って見始めたわたしのようなミーハーな若輩者にとって、時天空はありがたい力士だった。なぜなら、時天空と言えば足技だと覚えておけばいいから。とりあえず時天空が来たら足技が出るのを待てばよかったので安心だった。本当は足技が失敗することもあったし足技は特に出ず押し出しで勝つこともあったけど、とりあえず時天空といえば足技。これで間違いがなかった。
力士の立ち会いはよく軽トラックの衝突にたとえられるが、ぶつかられて上半身はその対応をしておきながら、よくもまあ器用に足をかけられるな、バランス感覚はどうなっているんだと常々思っていた。
それに時天空は、四股名もSFみたいでスケールが大きくて格好いい。旭天鵬(現友綱親方)に似てるという意見も散見されるが、土俵上の時天空は、旭天鵬からお母さんみたいな雰囲気を全部抽出しきったあとみたいなおっかない顔をしていて、でもどこか荘厳で、鎌倉後期の仏像みたいで、思わず拝みたくなってしまうようなところがあった。
同僚と国技館で相撲を見ていた時のことだ。幕内の取り組みが始まって当時は平幕の下の方にいた時天空が出た。
「この人は足技がすごくて!」
などと僭越ながら紹介した直後、時天空が裾払いを決めて勝ったことがあった。同僚は普段から大相撲を見る人でなかったからピンと来てなかったようだったが、わたしは嬉しかった。思いが通じたような、どこか共犯者めいた気持ちが満ちた。むずがゆくなるくらい嬉しく、誇らしかった。これからも応援しよう!と思った。
でもその時はまさか、その場所とその次の場所が、土俵上で時天空を見られる最後になるとは思わなかった。
肋骨の骨折で休場というニュースを見て、時天空がケガなんて珍しいな、十両落ちちゃうのでは?と思ったが、その後実は悪性リンパ腫だと知りショックを受けた。場所のたびに休場の発表があり、十両に落ちているのを国技館のチケット売り場の電光パネルで見て、やっぱりと思うと共に早くよくなってほしいという気持ちが募った。
わたしは、時天空に手紙を書こう!と思った。もしかしてあまり読めなかったりして?と思ったが、時天空は日本語がペラペラだし、たとえ読めなくてもそういうのは気持ちだから出そう!と身勝手なことを考えた。ふりがなをふったら逆に失礼か?などと考えながら文面を考えていた矢先、ツイッターで久しぶりに時天空という文字列を見た。リンク先には引退と間垣襲名会見のニュースがあった。
引退はさみしかったがその何倍も復帰が嬉しかった。丸坊主になった時天空は、痩せていたけど想像していたほどではなかった。しかし、目を真っ赤にして涙を流しながら会見していてはっとした。わたしのなかの時天空は、土俵の上のむすっとした顔でしかなかった。しかし仕事だからそうしていただけであって、こんな心許なさそうな表情もするんだと思ったらこみ上げてくるものがあった。でも同時に、モンゴル人力士のなかで真っ先に日本国籍をとり年寄名跡を持っていたことを知り、さすが時天空だと思った。ぜひ後輩を指導してあの足技を継承してほしい。引退はとてもさみしいことだったけれども、帰ってきたことに対する嬉しさのほうが何倍もある。
お相撲さんやっぱり違うな!と思った。元々の体力があるから病気も治るんだな!よかったよかった!わたしは安心してはしゃいでいた。
その後すぐ元時天空、間垣親方は大相撲中継で向正面で解説をしていた。名前を呼ばれると「ハイッ」といい返事なのがかわいくて、それと現役時代と比べて顔が少し穏やかになっていた。時折満面のスマイルを見せるので、うおー時天空こんな一面もあったのかー!とさらに好きになった。解説も日本語が上手なだけでなく的確で詳しく、ついこの間まで幕内にいただけあってこの人と組んだ時はこうだったああだったと、話が尽きないので、聞いていて楽しくためになった。力士たちは「時天空関ととるのは嫌だった」とか「もう二度ととりたくない」とか「足技だけは教えてくれない」とか言っていて、声に出して笑ってしまった。
時天空という力士が幕内からいなくなってしまったことは残念だったけれども、これだけ解説も上手だったら楽しみなことが増えたと思っていた。当時は大島親方だった旭天鵬も、もう一度断髪式すればいいって言っていてその通りだと思った。
わたしはそれからすっかり安心しきっていて、その次の場所で間垣親方が休場していることを全然知らなかった。テレビの映らないところで警備とか協会の仕事をしているんだと思い込んでいた。でもそんなことはなかったらしい。元時天空の間垣親方は、2017年1月31日に亡くなってしまった。
時天空が好きだった。全く知らない人の「時天空サッカー」というツイートを見たときに、なぜだか明確に好きだと思った。モンゴルの平原をまわし姿でサッカーする時天空。似合う!足技はブフで培ったものか柔道で東農大にスポーツ交換留学に来た時のものかと思っていたが、柔道部だったころはそこまで足技に力を入れていたわけではないらしいとも聞く。ではあの足技はなんだったのか?やってみようと思ってやってみたらできたのだろうか。乗馬で鍛えたインナーマッスルが、相撲にも活きたのだろうか。
朝青龍のことを知って、自分もいっちょやってみようと来日して入門。稽古をしながら大学にも通い、卒論を日本語で書き上げたというスーパーマンぶりには目を見張る。卒論のテーマは「ダイナミックモデルを利用したモンゴル国の人口動態に関する研究」、興味深い。
わたしはにわかファンなので、相撲を見始めた頃の時天空はすでに30代なかばのベテラン力士。幕内下位定着たまに十両陥落くらいのイメージだったが、三役経験もあるし前頭一桁代だった時期も長い。時間前に立ち会いをしたり、まわしがとれかけたり、なかなかにバチバチだった時代があったようだ。
亡くなったことがどうにもショックで、当時は巡業の写真などをずっと探しては見ていたのだが、土俵の下ではにこにこしている写真ばかりで意外だった。名古屋場所でトゥクトゥクに乗っている写真。赤ちゃんをだっこしている写真。後援会の人たちとじゃんけん大会をして負けているところ。ウインク。
解説の動画を探していていたときに、酔った時天空が「iPhone4で彼女の顔を見ながら電話したい」と言っている動画を見つけてしまったりした。時天空はとても楽しそうで明るくていつも笑顔で、すごく人生を楽しんでいるように見えた。幸せそうだった。解説の時もそうだった。見ているこっちが笑ってしまいそうになるくらいだった。
一年経った今でも時天空のことを思い出す。病気さえなければまだ幕内で相撲をとってたのではないかと思ってしまう。足で足をバーンと蹴ったりひっかけたり、器用に相手のバランスを崩して勝っていたと思う。
時天空が亡くなってすぐ、入門直後はきまり悪くなると日本語がわからないふりしてごまかしていたこととか、部屋が世論で問題視されていた時に懸賞金を手紙と共に返したこととか、時天空の人となりが感じられる話が世に氾濫して、そのどれもに心動かされ泣いてしまっていた。でも、亡くなってしまってその話を知るくらいなら、知らないでいていいから元気でいてほしかった。じゃんけんが弱いのもお酒が強いのも知らなくてよかった。おっかない顔の足技師としてにやにやさせてほしかった。40歳までは関取だと思っていた。やっぱり、あまりにも早すぎたと思う。
日々、自分の頭の中を好きなものでいっぱいにしていないとやっていけない。時天空もまさにその一部だった。でもその部分は時天空の形の穴になって、他の力士で埋めようとしてもなかなか埋まらない。時天空は、お腹は出ていたけれども膝下が不安になるくらいほっそりしていて、他の力士はそこがひっかかってしまうから駄目だ。
時天空は膝下に脂肪がなくてひきしまっていて美脚だった。その脚が器用に動いていた。またあんな足技が得意な力士が出てきたら面白いけれども、でもたとえ出てきたとしてもそれはまた別の力士で別の魅力があるんだろう。だから時天空の形の穴は埋められないのかもしれない。埋めなくてもいいのかもしれなくて、埋められないことそのものが、時天空という力士が代え難い魅力を持っていたということの証明なのかもしれない。
追記:ニュースで相撲関係の悲しいことばかりが続いてつらくなる。口に出すのもおぞましいような表現で特定の力士を侮辱する言葉はもう見たくなくてインターネットが縁遠くなる。協会のこととか理事長選とか、にわかファンのわたしにはよくわからないしあまり興味もない。わたしはただ、土俵の上で色んな力士がそれぞれの最高の状態で相撲をとっているところが見たいと思う。それを見てわくわくしたいと思う。
9月の終わり、もしくは8月の終わりに卒業するだろうな、と予想していたので、強くショックはありませんでした。
どんなに遅くとも11月の生誕祭の前には卒業されるだろう、と。
慎み深い方なので、自身のイベントをやって更に送り出してもらうことを、自身へ良しとしないだろう、と思って居ました。また、ダラダラとすることを好まないだろう、と。
素敵な卒業です。じゃんけん大会と日程かぶりがやや気になりますが、たくさんの報道陣の方に卒コンについても報道してもらえると思います。
ファンレターを書こうとして、思い出がぽろぽろと溢れてきて困って居ます。
私は、いうなれば在宅のオタでした。
握手会には何度か、公演にも何度か入れました。美浜へ行ったこともあるし、外れてしまった生誕祭はモニターで泣きながら見て居ました。
(いかんせん距離の問題が大きかった、というだけです。)だから、彼女へのファンレターは私には絶対に必要なものでした。
便箋を選ぶところから始まり、構成はメモ帳に、シャーペンの下書き、ペン入れ、最後に宛名を書いて郵便局から出します。
便箋を選ぶ、そのことひとつとっても、とても大切でした。最初に彼女に出すファンレターの便箋のメーカーを決めて、ずっとそのメーカーのものを使用していました。
握手会に行けない時には総選挙のおめでとうを手紙で伝え、彼女の未来が明るく温かいものであることを祈りました。
いつかの握手の際、私はファンレターが果たして本当に届くものなのか不安だったので、真那さんにファンレターを書いている話をしたことがあります。
真那さんは私の名前を教えて欲しい、と言い、名乗ると便箋の柄まで言い当て、字を褒めてくれました。
ファンレターが届いている。
そしてそれは確かに真那さんの手元に行くのだと思うと、それだけで幸せなのに、真那さんは私が出したファンレターを覚えている、便箋の柄まで。
公演にしてもそうです。
SKEが大きなコンサートを何度開催しても、公演に入れるということは、そうした大きなコンサートより思い出に残ることがあります。
私の好きな踊り、指の先まで綺麗な。
目の前に推しがいる。
私は彼女のキャッチフレーズ、M(A)S(A)N(A)に合いの手を入れることが大好きでした。人生で1番幸せだと感じる瞬間でした。
それをやれるのはこうした時だけ。
帰り際、お見送りを受けながら、私は彼女に今日は本当に最高の日だった、応援してる、と早口で伝えました。
ありがとう〜、嬉しい!という彼女からもらった返事。生誕Tにも反応してくれて、何回もある事ではなくても、公演を観ることができたのは本当に幸いでした。
私自身は今後、ファンレターを書いて、8月11日の握手会に参加して、そのあとは卒コンのチケットをなんとか当てたい、と思っています。
彼女の綺麗でそれでいて華やかな卒業を、私もまた見届けたいと思っています。
卒コンが行われることは嬉しいですが、キャパは1万人のホールです。
わかりきっているのは、伝説のコンサートになるということ。また、じゃんけん大会同日ということもあり、倍率は高いと思います。
それでも、卒業コンサートをしてくれる事は、彼女のアイドル人生にまたひとつ、素敵な記念碑が出来ること。
たくさんの後輩から慕われ、妹のような可愛らしい同期と輝かしい未来の為のコンサートを行える、運営の方に感謝しています。
例えば、真那ちゃんは総選挙で選抜に入るようなメンバーではありませんでした。
彼女の長いアイドル人生の中でも、総選挙の選抜に入った事はなく、それでも安定した地位を常に保っていました。
ご飯を食べることが大好きで、表に出さないからこそ、理解されない苦悩も多く、またブログも不思議ちゃん、のような扱いを受ける事もありました。
でも、彼女と彼女のファンを運営の方が見ていてくれた事。その誠実に、何かを残そうとしてくれた事。
それは“誰かが投げたボール”。受け止める人がいる。
1つだけ聞きたい事があります。
私はこれからもSKEを応援します、彼女の残した大切な場所を、また受け継いだ人たちを。
最高のアイドルだと、言ってもいいでしょうか。
好き
ぶっつけ街歩きテイストのくせに結局事前にアポとってるとかより全然マシ
別にAKB好きなわけじゃないけど、じゃんけんっていう運動能力、知能に関係なく強弱が決まるのって、すごく平等で公平で、そういうAKBの投票システムと真逆なことをやってのける秋元がやっぱりすごいんだろうなあクソが