2024-05-10

お酒は体に夢を見せるためにある

俺の敬愛する中島らも言葉だ。

実際、俺は今酷く酩酊しながらこれを書いているし、支離滅裂になっても構わないと思ってこれを書いている。

俺はまどろみが好きだった。

起きた時に未だとろんとしている情緒が、夢と現実の境目に居るかのようなまどろみが好きだった。

そこは現実ではない、何処かのように感じられたから。

今の情報化社会には感謝しているのかもしれない。だがそのせいでもあった。

彼女が今、何処で何をしているのかを知ることが出来たのだから

俺には幼馴染が居た。

彼女とは家が近所で、歩いてすぐに行ける距離だった。

小、中、高と一緒で、中学の時には一時距離を隔てたこともあったが、それ以降は以前のように仲が良かった。

俺は彼女のことが好きだった。しかし”関係を壊したくない”なんていうありきたりな理由でその気持ちを伝えることはなかった。

要はビビっていたのだ。

高校卒業し、俺は進学と共に地元を離れた。

幼馴染は地元に残った。彼女高校卒業して働きはじめた。

やりたいことがあったんだ。それがなにかはここでは書かない。身バレを怖れるという恐怖心は俺の中に未だまどろいんでいる。

俺はそのまま県外で就職し、彼女との連絡は続けていたものの次第に疎遠となり、連絡し合うのは正月ぐらいになっていた。

風の噂を耳にした。彼女が、風呂屋で働いているという噂を。

信じたくはなかった。それでも確かめないわけにもいかなかった。

大型連休になると俺はひっそりと帰郷し、噂の店を訪れた。

それは地元から数駅離れた駅の近く。その駅からは歩いていける場所にあった。

商店街の隅、こじんまりとした階段が顔を覗かせ、ビルテナント表記されている。

俺はエレベーターを使わずゆっくり階段を上った。足取りは重い。彼女の顔が幾栄にも脳裏をよぎった。

ただの噂だ。嘘だってこともある。俺は足を止めると顔を上げた。重々しい扉の前に立った。ひっそりと鼻で深呼吸をした。

俺はもう子供じゃない。28にもなるのだ。躊躇うことはない。

扉に手伸ばし、中に入ると受付がまず目に入った。

先払いでお金を支払うと奥に案内され、顔写真が飾ってあり、俺はゆっくり視線を漂わせた。

ある一点で止まるとそこで活動を休止させたように、俺の目には他に何も入らなくなった。

一時呼吸を忘れ、それから「…この子で」と声を絞り出した。

ソファに座って待つ間。俺は自分の手ばかりを見ていた。動悸は激しくなり、何も考えられない。

彼女が迎えに目の前に現れた時、彼女は目を見開いた。それからたことのない商業スマイルを見せ「こちらへどうぞ」と俺を案内する。

個室に入るまでには一切口を利かなかった。

靴を脱ぎ、部屋に上がる。彼女はベッドに座り、俺は彼女の前に立った。

お互いに何も言わなかった。

どうして?と俺は言いたかった。久しぶりだね、と彼女が口を開いた。

俺は俯いたまま、床ばかりを見つめながら彼女名前を口にした。

昔、ずっと好きだったことを告げた。

静かだった。物音一つしない。鼻をすする音が聞こえ、顔を上げると彼女が泣いていた。

その言葉もっと早くに聞きたかったなぁ、と彼女が言った。俺は

もっと早くに聞けてたら、違う人生だったか

彼女がそう口にするのを、俺ははっきりと聞いた。

俺は彼女の隣に座った。ごめん、と言った気がする。

彼女は俯いて静かに泣きながら俺に両手を伸ばし、俺の左手をその手で包み込んだ。

ごめん、と彼女も俺に言った。俺は泣いた。

それからのことは思い出したくない。俺は彼女に脱いでほしくなかった。手を握り続けてくれればそれでよかった。それでも離したくなかった手を俺は離してしまったのだ。

俺にはどうすることもできない。

俺は店を出て階段を降り、ゆっくりと振り返った。それから帰った。もう帰る場所はないように思えた。

戻ってきても仕事に熱が入らず今日もこうして俺は酒を飲んでいる。

まどろみたいのだ。

まどろんで現実過去狭間に居たい。

今でも幼馴染は、彼女は俺の夢に出てくる。

俺は彼女幸せにしたい。救ってあげたい。

それでも今の俺にできることはこうして酒を飲むことだけなのかもしれない。

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