2024-05-01

anond:20240423093412

https://ameblo.jp/kamosikaneko/entry-12409589412.html

皆ケ作 遊郭

2018-10-04

 

建物も多く残っているのが「元皆ケ作地区こと船越町

京急田浦駅の海側に元海軍造兵本部があったので・・さぞかし賑やかだったと思われます

写真多数)

 

http://www.shurakumachinami.natsu.gs/03datebase-page/kanagawa_data/kaigasaku_file.htm

皆ヶ作 花街 長浦港に面した旧カフェー

三浦半島追浜横須賀の間は平地が少なく入り江の地形のため、国道16号線と京浜急行が並走し、トンネル連続する。そんな入り江地形の一つ、横須賀の北、長浦港に面する皆ヶ作という町がある。横須賀近代軍港として栄えた町であり、3つの遊郭があった。一つは軍港の開設にともなって置かれた「柏木田」、新開地として整備された「安浦」、そして規模は小さいが田浦追浜の間の皆ヶ作である

京急田浦駅を降り、国道16号線を100mほど横須賀方面へ歩くと、左手海側に「仲通商店街」のアーケードが見える。アーケードは今や寂れた商店街だが、そこから左右の路地に入ると住宅街の中にかつて花街時代建築が残っている。昭和30年では、40件ほどの店を数えたという。

銅板貼りやモルタル吹き付けの看板建築伝統洋式建築が細い路地に面してポツポツと建っている。比較的大きい割烹料亭もあった(現在営業しているか不明)。建物デザインは、玄関周りや窓周りに人目を引くための独特な意匠が施されているので、注意して見れば単なる住宅建築ではないことは分かる。かつては港に近接し、港近くの飲食店がひしめいていたような場所があったが、港が埋め立てられたため今や必然性のない不思議場所になっている。

 

http://sasabarikenta2019.blog.jp/archives/6127575.html

神奈川県横須賀船越「皆ヶ作カフェー街」201203・201808

  

前回は安浦の旧赤線跡を取り上げたが、横須賀にはその安浦の他にもう一か所同様のカフェー街があった。

それが今回紹介する「皆ヶ作」、現在地番横須賀船越、最寄り駅は京急田浦だ。

『全国女性ガイド』によれば、

安浦よりちょっと落ちるが、田浦追浜の間の皆ヶ作にも四十三軒ほどあり」

という。

 

この「皆ヶ作」の近く長浦港には戦前海軍工廠造兵部があり、戦後東芝に変わっていた。

恐らくはそこで働く労働者兵士などで賑わっていたのだろう。

おもしろいのは、割烹料亭のような建物が残っていたことで、恐らくは芸者もいたのだろうと思われる。

完全に私娼街の安浦とは違い、ここはカフェーや銘酒屋から転じた赤線と、花街の両面を持ちあわせていたのだと思われる。

実は、皆ヶ先には二度訪れている。

ネット情報などによれば、北側に行くと更に遺構が残っているというのだ。

その確認のため、5年後に再度訪れた。

(略)

写真多数あり

 

https://bonzin529.exblog.jp/10068182/

古い文献には現在船越町6丁目方面花屋敷と呼ばれた花柳界存在し、戦争法律変更等で、時代に合わせて業態変更を繰り返していったのだと思います。なんと言っても横須賀市は軍港の町です。現在船越町1丁目にある仲通商店街周辺に、昭和香りを感じられる建物が多く残っています

 

記事への反応 -
  • 大吉原展に行って思ったこと 見終わった後に思ったことは地方の性風俗関連の歴史は消えかかってるなという印象 東京の性風俗すらキャンセルカルチャー好きのメディアによって消え...

    • https://ameblo.jp/kamosikaneko/entry-12409589412.html 皆ケ作 遊郭跡 2018-10-04   建物も多く残っているのが「元皆ケ作地区こと船越町」 京急田浦駅の海側に元海軍造兵本部があったので・・さぞか...

    • 後世での研究のために、頑張ってバクサイにでも記録を残してくれたまえ

    • そうでもないぞ むかし花街だったあたりには、スナックや小料理屋の集積がみられるよ 花街時代にデビューしたてだった古参のママも、まだギリお店に出てるかも 歴史の消滅を嘆くな...

      • 門前町が花街を兼ねてた場合はままあるし、地域史が地元出版社・新聞社・雑誌社・自費出版等で何冊も発行されてきた程度に規模の大きい都市なら、そういう記録は文化史として割と...

    • https://apyway.exblog.jp/6657410/ 2007年 11月 30日 花街 船越   昭和4年に建てられた、割烹料亭飯田屋さん。 中は汐入にあった新井閣のような木の階段やすてきな欄間があるんだろうな~ 戦前は...

    • ちょっと僻地の山あいの農村にそれなり立派な日本建築の戸建が建ってると「こういうのを建てるのに身売りした娘がいるんだろうな」と思いを馳せることはある。

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