2024-05-01

Ado国立競技場ライブ批判殺到。「顔出しNGでのライブ」にそもそも無理はないのか

Ado音楽プレゼンテーションに無理はないのか

 そもそもAdo音楽プレゼンテーションに無理はないのか、という問題です。

 まず、曲。大ヒットした「唱」をひとつとっても、一曲の中でいくつもの急展開があり、そこに多くの楽器効果音が使われ、細かなフレーズが入り組んでいる。ヘッドフォンで聴いたとしても、一度で全てを追いきれないほどの情報量がある楽曲です。

 これを大きな会場、しかも屋外で再現することを考えると、かなり厳しいと言わざるを得ません。

 そこで、やむを得ない音質の乏しさを補うために、ステージ演出Ado自身レア感が重要になってくるわけですが、ここで新たな問題が出てきます。顔や姿を出さず、シルエットだけのキャラクターに、どれだけ没入できるかという問題です。

 たとえば、テイラー・スウィフトビヨンセライブを観に行って、最高級の音質を楽しみたいという人は稀でしょう。(なかにはうるさ型のマニアいるかもしれませんが)やはり、彼女たちが発するオーラ体感したい、観客にそう感じさせるのがアーティストでありスターなのですね。

https://news.yahoo.co.jp/articles/c0adbf265d08ee3192799af71d93dd6db67c2ac7?page=2

彼氏でも顔出しNG、なのーん?

  • 顔出しは顔を出すなのに中出しは中に出すなのおかしくない?

    • その通りですね 顔出しも「顔に出す」と解釈するのが正しいです

記事への反応(ブックマークコメント)

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